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Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)とは。ピューリッツァー賞、グラミー27冠、フジロックで果たした「約束」

Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)は、ラップで初めてピューリッツァー賞を獲ったラッパーだ。

2018年、アルバム『DAMN.』で音楽部門を受賞。1943年の創設以来、クラシックとジャズ以外から選ばれたのは彼が初めてだった。

2026年2月には第68回グラミー賞で5冠を追加し、通算27冠。JAY-Z(25冠)を抜いて、ラッパー史上最多になった。

しかも彼は、その正統性を「ディス曲」で獲っている。ここが、彼を理解するうえでいちばんややこしく、いちばん面白い。

日本との接点も一本の線で繋がる。2013年、フジロックのホワイトステージで、彼は数少ない客に一つ約束をしていった。

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プロフィール

項目 内容
名義 Kendrick Lamar/別名義 K.Dot、Kung Fu Kenny、oklama
本名 Kendrick Lamar Duckworth
生年月日 1987年6月17日
出身 米カリフォルニア州コンプトン
クルー Black Hippy(ScHoolboy Q、Jay Rock、Ab-Soulと)
レーベル Top Dawg Entertainment(2005–2023)/Aftermath・Interscope(2012–)/pgLang(2020–)
代表曲 「Swimming Pools (Drank)」「Alright」「HUMBLE.」「Not Like Us」「luther」「tv off」
主要作 『Section.80』『good kid, m.A.A.d city』『To Pimp a Butterfly』『DAMN.』『Mr. Morale & the Big Steppers』『GNX』
グラミー 通算27冠(ラッパー史上最多)
主な受賞 ピューリッツァー賞音楽部門(2018)
主な共演 SZA、Dr. Dre、Baby Keem、Mustard、Thundercat、Kamasi Washington、Clipse

コンプトンの少年が、映画を撮るようにラップした

コンプトン。N.W.A を生み、西海岸ギャングスタ・ラップの代名詞になった街だ。Kendrickはそこで1987年に生まれ、K.Dot名義でミックステープを回していた。2005年、地元インディーの Top Dawg Entertainment(TDE)と契約。以後18年、彼はこのレーベルを離れない。

2012年、そこにもう一本の線が繋がる。Dr. DreのAftermath Entertainmentとの契約だ。DreもコンプトンでN.W.Aのビートを作った人間である。街の先輩が、街の後輩をメジャーに引き上げた。

この関係は13年後、スーパーボウルの舞台でもう一度効いてくる。

転機は2012年10月22日のメジャー1st『good kid, m.A.A.d city』だった。初週242,000枚でBillboard 200初登場2位。

この作品が特異だったのは、内容よりも組み立て方だ。ギャング文化に囲まれた17歳の一日を、留守番電話のメッセージと車内の会話で繋ぎ、時系列をあえて崩して並べた。ストリートの実話を、映画の脚本として組み直したのである。

評価が確定したのは、ずっとあとだ。

Rolling Stoneが2022年に組んだ「史上最高のコンセプト・アルバム50選」で、この作品は1位に置かれた。2位はGreen Day『American Idiot』、3位はPink Floyd『The Wall』。

評者Mosi Reevesは「スコセッシやタランティーノと比較されるのが当然の、映画的スケールを持つ青春譚」と書いた。発売直後の批評ではない。10年かけて出た答えである。

「暴力を描く」ことと「暴力を消費させる」ことは違う。その線を、彼は最初のメジャー作で引いてみせた。

「Alright」が、デモの現場で歌われた

2015年3月15日の『To Pimp a Butterfly』で、彼は完全に別のレイヤーへ移る。

Flying Lotus、Thundercat、Kamasi Washington、Pharrell Williams。ジャズとファンクの人脈を大量に呼び込み、George Clinton、Snoop Dogg、Ronald Isleyをゲストに迎えた。初週324,000枚で1位、Metacritic 96点。

だがこの作品の最大の事件は、チャートの外で起きた。

収録曲「Alright」が、警察暴力に抗議するデモの現場で自然発生的に合唱されたのだ。誰かがアンセムに指名したわけではない。街頭が勝手に選んだ。

同曲は Black Lives Matter の実質的な主題歌になる。第58回グラミーでは最優秀ラップ・パフォーマンスと最優秀ラップ・ソングを獲った。

同じ賞レースで、年間最優秀アルバムはTaylor Swift『1989』が獲った。この結果は当時大きな論争を呼んだが、9年後、彼はその借りを別の形で回収することになる。

この時期、彼は自身の立場についてこう語っている。

「(リーダーであることは)野心ですらなかった、正直に言うと。俺は答えなんて持ってない。それはいつも人に言ってる」

— NME(2015年7月14日/取材:Alex Denney)

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ピューリッツァー賞という事件と、その讃辞に残った引っかかり

2018年4月16日、『DAMN.』がピューリッツァー賞音楽部門を受賞した。ラップがアメリカで最も権威ある文化賞に組み込まれた瞬間である。

だが、日本語圏でほとんど紹介されていない論点がある。審査員の讃辞(citation)の文言そのものが、アメリカで批判されたことだ。

公式の讃辞はこうだ。

「その土着的な真正さ(vernacular authenticity)とリズムの躍動によって統一された、名人芸的な楽曲集。現代のアフリカ系アメリカ人の生の複雑さを捉えた、心を打つ小品群を提示している」

— The Pulitzer Prizes 公式讃辞(2018年)

Slateは同月、「ピューリッツァーはKendrick Lamarを間違った理由で表彰した」と題した論考を掲載した。

要旨はこうだ。「真正さ(authenticity)」を評価軸に置くことは、黒人の表現を「本物の生の記録」として扱うことになる。

だが『DAMN.』の面白さはそこではない。時系列を反転させ、神学的なモチーフを対にして置き、逆再生で聴くと別の物語が立ち上がるように組んである。この作りの込み入りかたが、讃辞からまるごと抜け落ちている──というのがSlateの指摘だ。

つまり、賞は与えられたが、与えられ方に「黒人音楽=リアルの記録」という古い前提が残っていた。この指摘は、日本語圏でヒップホップを語るときにもそのまま刺さる。「リアルかどうか」で作品を測る癖は、褒め言葉のふりをした値切りになりうる。

『DAMN.』は初週603,000ユニットで1位、Metacritic 95点。先行シングル「HUMBLE.」で、リード名義として初のBillboard Hot 100 1位を獲っている。

2024年、ディス曲がグラミー主要部門を獲った

2022年5月、『Mr. Morale & the Big Steppers』。TDE在籍最後の作品になった。

翌2023年、彼はTDEとAftermathを離れる。拠点は、2020年3月に盟友Dave Freeと設立したクリエイティブ・カンパニー pgLang へ移った。

そして2024年3月、Future & Metro Boomin「Like That」への客演が、Drakeへの宣戦布告と受け取られる。

その後の応酬は現代ヒップホップ最大の抗争になった。「Euphoria」「6:16 in LA」「meet the grahams」と続き、5月4日、Mustardプロデュースの「Not Like Us」で決着がつく。Hot 100 1位。

6月19日、ジューンティーンス(奴隷解放記念日)。彼はロサンゼルスで「The Pop Out — Ken & Friends」を開き、西海岸勢を総動員した。勝利宣言と地元の同窓会を、同じ日に同じ場所でやったのである。

異常だったのはここからだ。

  • 2025年2月2日:第67回グラミー賞で「Not Like Us」がノミネート5部門を全制覇。年間最優秀レコードと年間最優秀楽曲という主要2部門を、ディス曲が獲った
  • 2025年2月9日:スーパーボウルLIXハーフタイムショーに単独ヘッドライナーで出演。ニューオーリンズのシーザーズ・スーパードームで「Not Like Us」を全米中継し、視聴者は1億3,350万人。歴代最多視聴のハーフタイムショーになった
  • 2025年9月7日:クリエイティブ・アーツ・エミーで、音楽監督のTony Russellとともに本人が最優秀音楽監督賞を受賞。2022年のスーパーボウルLVIに続く、2つ目のエミーになる
  • 2025年10月9日:Drakeの名誉毀損訴訟が棄却される。UMGを相手取り「Not Like Us」を巡って起こしたもので、判断したのはJeannette Vargas判事。ラップ・バトルとディス曲の歌詞は「事実として検証可能な内容ではない」とされた(Drakeは同月29日に控訴)

私闘として始まったものが、賞レースを通り、国民的スペクタクルになった。

法的な部分は正確に書いておく。裁判所が言ったのは「ディス曲は芸術だ」ではない。ディス曲の歌詞は事実の主張として真偽を検証できるものではないから、名誉毀損の対象にならない、という判断だ。しかもこれは訴えを門前で退ける段階の決定で、Drakeは控訴している。確定はしていない。

それでも、この一連の流れが持つ意味は小さくない。ディス曲を「事実を述べたもの」として読まない、という前提が、賞と司法の両方で通ったからだ。

抗争そのものは終わっていない。2026年に入ってからのDrake側の動きは別記事で追っている

コンプトンの線が、スーパーボウルで戻ってくる

2022年2月13日、スーパーボウルLVIのハーフタイムショー。ヘッドライナーは5組だった。Dr. Dre、Snoop Dogg、Eminem、Mary J. Blige、そしてKendrick Lamar。会場はロサンゼルス近郊のSoFiスタジアムである。

西海岸のレジェンドが並ぶ画の、いちばん若い位置に彼はいた。

翌2023年、彼はDreのAftermathを出る。

そして2025年、同じ舞台に一人で戻り、歴代最多視聴の記録を作った。師の隣に立った3年後、師のレーベルを出た2年後の話である。

Dreが引き上げ、Dreの隣に立ち、Dreの手を離れ、同じ場所へ単独で戻る。コンプトンのラッパーがコンプトンのラッパーを継ぐ形として、これ以上分かりやすいものはない。

賞のほうも回収された。2016年、「Alright」で獲れたのはラップ部門の2つだけだ。年間最優秀アルバムは逃している。その9年後、彼はディス曲で年間最優秀レコードと年間最優秀楽曲を持っていった。ラップ部門の外にある賞を、いちばんラップらしい曲で獲ったことになる。

Kendrick自身はスーパーボウル前の記者会見で、この舞台の意味をこう説明している。

「(この舞台は)ラップとヒップホップの本質と、それがどこまで行けるかを思い出させてくれる。カルチャーをあるべき最前線に置くことであって、キャッチーな曲や1バースに矮小化することじゃない。これは本物のアートフォームなんだ。この規模のステージでそれを代表するというのは、俺が積み上げてきたすべてであり、カルチャーについて信じてきたすべてだ」

— スーパーボウルLIX 記者会見(Apple Music主催/2025年2月6日・ニューオーリンズ)/PBS NewsHour

同じ会見で聞かれた「何を持ち込むか」への答えは、一語だった。ストーリーテリング。そして、こうも言っている。

「これが俺だ。ケンドリック・ラマー、37歳。それでもまだ上がっていってる最中だし、まだ旅の途中だと感じてる」

— 同会見

『GNX』──レーベルを出た男が作った、いちばん荒い音

2024年11月22日、6thアルバム『GNX』が pgLang / Interscope から予告なしにリリースされた。

初週319,000ユニットでBillboard 200 1位。

そして全12曲がHot 100にデビューした。12曲とも30位以内、うち7曲がトップ10。トップ5は5曲とも『GNX』である。

1位は「Squabble Up」(週間5,200万ストリーム)。以下「tv off」「luther」「wacced out murals」「hey now」と続く。

同一週にHot 100のトップ5を全部埋めたのは、The Beatles、Drake、Taylor Swiftに続く史上4組目である(Billboard/Forbes)。

ただし、この独占をジャンルの好調と読むのは早い。当編集部は別稿で、ヒップホップがHot 100の上位から後退している状況を扱った。Kendrick一人がチャートを埋めることと、ヒップホップが強いことは、同じではない。

音楽の中身も見ておく。SZA、Roddy Ricch、AzChike に加え、レヒオナル・メヒカーノ(メキシコ地方音楽)の歌手 Deyra Barrera を招いた。ウェストコースト・ラップとメキシコ系音楽を、同じアルバムの中で正面から並べている。

ロサンゼルスの人口構成を考えれば、これは奇抜な実験ではない。遅れてきた当然の記述である。制作は Sounwave、Jack Antonoff、Mustard、Kamasi Washington。

『Mr. Morale』の内省から『GNX』の直球へ。この振り幅について、本人はこう語っている。

「『GNX』については、完璧なタイミングだと感じた。エネルギーが失われていただけじゃなく、俺の中でも同じエネルギーが煮えたぎっていたから。ラップの噛みつく感じ、ざらついた感じの最前線に戻りたかった

「ただハードなラップと、ハードなビート。俺にとってはそれが基本なんだ。『ガキの頃、俺は何が好きだった?』って考えたんだよ。ハードなラップと、バチバチに鳴ってるいいビートだろ」

— Apple Music(Ebro Darden/Nadeska Alexis による取材、2025年2月6日公開)

「Grand National Tour」──共同ヘッドラインの史上最高額、3億5,870万ドル

2025年4月19日、SZAとの共同ヘッドライン公演「Grand National Tour」がミネアポリスで開幕。12月11日のシドニーで終わった。

Billboard Boxscoreの集計で総興行収入3億5,870万ドル。BeyoncéとJAY-ZのOn the Run II Tour(2018年)を抜き、共同ヘッドライン・ツアー史上最高額になった。Billboardの2025年年間Boxscoreでは、全ツアー中3位である。

記録は北米レグを終えた時点ですでに決まっていた。23公演で2億5,640万ドル、110万枚。On the Run IIの記録を、北米だけで1%上回っている。

数字をもう一つ置いておく。シアトル・Lumen Fieldの1,481万ドル(60,941枚)は、ヒップホップの単一公演として過去最高の興行収入である。

第68回グラミーで5冠、通算27冠

そして2026年2月1日(現地時間)、ロサンゼルスのCrypto.com Arenaで第68回グラミー賞。獲ったのは5つだ。

  • 『GNX』── 最優秀ラップ・アルバム
  • 「luther」── 年間最優秀レコード、最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンス
  • 「tv off」── 最優秀ラップ・ソング
  • Clipse「Chains & Whips」への客演 ── 最優秀ラップ・パフォーマンス

この夜まで22冠。5つ足して27冠になり、JAY-Z(25冠)とKanye West(24冠)を同時に抜いた。

『GNX』での最優秀ラップ・アルバムは、『To Pimp a Butterfly』『Mr. Morale & the Big Steppers』に続く3度目である。

日本とKendrick──ホワイトステージの「約束」から、サマソニのヘッドライナーへ

日本語圏でこの人物を語るとき、必ず押さえておくべき一本の線がある。

2013年、フジロック。 初来日の彼が立ったのはホワイトステージのトリ前だった。同じ時間帯、グリーンステージにはBjörkがいた。会場発の公式レポート(FUJIROCK EXPRESS ’13)はこの時間帯としては多くない出足だったと記録し、現場で観ていたRolling Stone Japanの筆者は「過去に見たことがないくらい閑散としていた」と振り返っている。彼はその客席にこう告げて降りたという。「信じていてくれ、俺はまたここに戻ってくる」。

2018年7月28日、フジロック。 彼はグリーンステージのヘッドライナーとして戻ってきた。「DNA.」「ELEMENT.」「King Kunta」を通し、カンフー映画のモチーフを敷いたKung Fu Kenny期の演出をそのまま苗場に持ち込んでいる。ピューリッツァー賞受賞から、わずか3か月後だった。

2023年8月19日・20日、SUMMER SONIC。 19日に大阪・舞洲、20日に千葉・ZOZOマリンスタジアム。前日に発表されたBlurに続く、2組目のヘッドライナーだった。来日は2018年のフジロック以来、5年ぶりである。

2013年、2018年、2023年。5年ごとに戻ってきて、そのたびにステージが一段上がっている。

ただ、ここで押さえるべきは周期ではなく中身のほうだ。

2023年8月のサマソニは、Drakeとの抗争が始まる7か月前にあたる。「Not Like Us」もスーパーボウルも『GNX』も、まだ何ひとつ起きていない。

つまり日本の観客は、いまのKendrick Lamarをまだ一度も見ていない。日本の舞台で「Not Like Us」を歌う彼を、誰も見たことがない。本稿執筆時点で、2026年以降の日本公演は発表されていない。

もうひとつ。彼の日本での受容は、長く「難解な社会派」に寄りすぎていた。

だが本人がApple Musicで語ったとおり、『GNX』の出発点は「ガキの頃に好きだったハードなラップとビート」である。

Kendrickを「勉強して聴くもの」にしてきたのは、彼ではなく、彼を紹介してきた側だ。 ここは日本語圏の書き手として引き受けるべき反省点だと思う。

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年表

年月日 出来事
1987年6月17日 カリフォルニア州コンプトンに生まれる(本名 Kendrick Lamar Duckworth)
2005年 K.Dot名義の活動を経てTop Dawg Entertainmentと契約(〜2023年)
2011年7月2日 インディペンデント作『Section.80』をリリース
2012年 Dr. DreのAftermath EntertainmentおよびInterscope Recordsと契約
2012年10月22日 『good kid, m.A.A.d city』リリース。初週242,000枚でBillboard 200初登場2位
2013年 フジロック初出演(ホワイトステージ)
2015年3月15日 『To Pimp a Butterfly』リリース。初週324,000枚で1位、Metacritic 96点
2016年 第58回グラミー賞で『To Pimp a Butterfly』が最優秀ラップ・アルバム、「Alright」が2部門受賞
2017年4月14日 『DAMN.』リリース。初週603,000ユニットで1位。「HUMBLE.」でHot 100初の1位
2018年4月16日 『DAMN.』でピューリッツァー賞音楽部門を受賞(クラシック/ジャズ以外から史上初)
2018年7月28日 フジロックにグリーンステージのヘッドライナーとして出演
2020年3月 Dave Freeとクリエイティブ・カンパニー pgLang を共同設立
2022年2月13日 スーパーボウル LVI ハーフタイムショーに、Dr. Dre、Snoop Dogg、Eminem、Mary J. Bligeと並ぶ5組のヘッドライナーの一人として出演(SoFiスタジアム)。同ショーでエミー賞最優秀バラエティ特番を受賞
2022年5月13日 『Mr. Morale & the Big Steppers』リリース(TDE在籍最後の作品)
2023年 TDEおよびAftermathを離れ、pgLang / Interscope体制へ
2023年8月19・20日 SUMMER SONIC 2023(大阪・千葉)にヘッドライナーとして出演
2024年3月 Future & Metro Boomin「Like That」に客演。Drakeとの抗争の起点となる
2024年5月4日 「Not Like Us」(prod. Mustard)公開。Hot 100 1位
2024年6月19日 ロサンゼルスで「The Pop Out — Ken & Friends」開催
2024年11月22日 『GNX』をサプライズ・リリース。初週319,000ユニットで1位、Hot 100トップ5独占
2025年2月2日 第67回グラミー賞で「Not Like Us」が5部門全制覇(年間最優秀レコード・楽曲を含む)
2025年2月9日 スーパーボウル LIX ハーフタイムショーに単独ヘッドライナーで出演。1億3,350万人が視聴(同年9月に最優秀音楽監督賞のエミーを受賞)
2025年4月19日〜12月11日 SZAとの「Grand National Tour」。総興行収入3億5,870万ドル(共同ヘッドライン・ツアー史上最高額/Billboard 2025年年間Boxscore全体3位)
2025年10月9日 Drake対UMGの名誉毀損訴訟が棄却される(Drakeは10月29日に控訴)
2026年2月1日 第68回グラミー賞で5冠。通算27冠でラッパー史上最多受賞者に

※TDE契約(2005年)、Aftermath契約(2012年)、TDE離脱(2023年)は年単位の記載にとどまる資料に基づく。正確な日付は確認できていない。

過去インタビュー・重要記事

本人の言葉と、本稿で使った数字の原典。

  • NME(2015年7月14日/取材:Alex Denney) — “Kendrick Lamar Interview: The Compton King On Riches, Responsibility And Immortality”。『To Pimp a Butterfly』直後、「リーダーであること」への戸惑いを語った長尺インタビュー。記事
  • The Pulitzer Prizes 公式ページ(2018年) — 『DAMN.』受賞の公式讃辞と審査情報。原文で当たるべき一次資料。記事
  • NPR(2018年4月16日) — “Kendrick Lamar’s ‘DAMN.’ Wins Historic Pulitzer Prize In Music”。受賞当日の音楽ジャーナリズム側の反応。記事
  • Slate(2018年4月) — “The Pulitzers Awarded Kendrick Lamar for the Wrong Reasons”。讃辞の「vernacular authenticity」という評価軸そのものを問い直した論考。日本語圏でほぼ紹介されていない。記事
  • Apple Music/Ebro Darden・Nadeska Alexis(2025年2月6日公開) — 『Mr. Morale』から『GNX』への転換を本人が語った回。Complexによる書き起こしあり。記事
  • PBS NewsHour(2025年2月) — スーパーボウルLIX記者会見の報道。ストーリーテリングとカルチャー表象についての発言。記事
  • Rolling Stone Japan — 「ケンドリック・ラマー、5年前の『約束』を果たしたフジロック帰還」。2013年ホワイトステージと2018年グリーンステージを繋いだ日本語圏の重要レポート。記事
  • Variety(2026年2月) — 第68回グラミーでJAY-Zの記録を破った夜の報道。記事
  • Billboard(2024年12月2日) — “All 12 Songs From Kendrick Lamar’s ‘GNX’ Debut on Hot 100, Including Entire Top Five”。Hot 100トップ5独占と各曲の順位の原典。記事
  • Billboard Pro(2025年) — “Kendrick Lamar & SZA’s Grand National Tour Just Broke an All-Time Record”。Boxscore由来の興行収入はこの系列の集計に拠る。記事

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ラップを薄めずに、権威の側へ届かせた

彼の特異さは、ラップの「ストリート性」と「文学性」のどちらかを選ばなかったことにある。

『good kid, m.A.A.d city』でストリートの一日を映画の組み立てに変え、『To Pimp a Butterfly』でジャズと黒人史を持ち込み、『DAMN.』で賞の側を動かした。そして2024年、いちばん原始的な形式であるディス曲でグラミーの主要部門を獲り、スーパーボウルでそれを全米に歌わせた。

権威を獲るためにラップを薄めるのではなく、ラップのまま権威の側に届かせる。TDEと契約した2005年から数えて20年、彼が出した答えはこれだ。

そして『GNX』でやったのは、その全部を持ったまま「ガキの頃に好きだったハードなビート」へ戻ることだった。


アイキャッチ画像: Kendrick Lamar at the Pulitzer Prizes 2018 — Photo by Fuzheado / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0(トリミングして使用)

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