Drake『ICEMAN』前夜論、Kendrickの制作共同体を突破できるか

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とうとう5月15日まであと5日。Drakeが氷塊の中に「2026 will be my year」と書いたTシャツを残し、Kendrick Lamarが沈黙したまま自分の数字を積んでいる。本誌は先週の週刊ニュースで、「個人で物語を動かし続けるDrakeと、制作共同体によって楽曲を自走させるKendrick」という二つの哲学を提示した(週刊ヒップホップニュース 2026年5月第1週)。

本論はその哲学を、もう一段深く検証する。誰がアルバムを作っていて、誰が音源を持っているのか。そのレベルで二人を並べてみると、見えてくるものが違ってくる。

『ICEMAN』が判定するのは「Drakeが勝てるか」ではない。Drakeが氷塊や配信や仕掛けで物語を動かしてきた、この物語装置の運用が、作品そのものが残る力へ変換されるのか。その問いの答えが、5月15日以降の数字と批評で見え始める。

念のため断っておく。これはDrakeの失速を断じる記事ではない。むしろ、いまだ世界最大級の商業力を持つアーティストだからこそ、その数字が「作品の持続力」とどこまで一致するのかを問う記事である。

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物語装置の下で、問われ始めた楽曲の寿命

Drakeのロールアウトの完成度については、本誌が4月22日の記事で詳述した通りだ。25フィート級の氷塊、Twitchストリーマーのkishka、トロント警察3部隊出動、消防局による融解処分。各都市・各ストリーマー・各ハッシュタグが、装置の構成要素として接続された。CBC Artsはこの一連のロールアウトを「2026年に人々の注意を獲得することがどれほど難しいかを示す事例」と整理している。

問題は、装置の派手さではない。

その下で、Drakeのチャート数値が静かに変化していることである。

『ICEMAN』のロールアウト期にDrakeが提示した関連3曲のBillboard Hot 100初動は、明らかな下降線を描いている。なお、ここでいう「関連シングル」とは、アルバム本体への収録確定曲ではなく、同作の前後でDrakeが提示してきた関連楽曲群を指す。

「What Did I Miss?」(2025年7月5日)は2位デビュー、初週22.6Mストリーム。「Which One」feat. Central Cee(2025年7月25日)は23位デビュー。「Dog House」feat. Yeat & Julia Wolf(2025年9月9日)は53位デビュー。

ビーフ前のDrakeの基準で言えば、「Dog House」の53位は事件である。彼は通算84曲のHot 100トップ10を持つアーティストだ。

ただし誤解を避けるために補足すると、Drakeは2026年1月にBillboard 200へ10作品を同時チャートインさせる史上初の記録を達成しており、Spotifyでは2026年最速の20億ストリーム到達も報じられている。Hits Daily Doubleは『ICEMAN』を「2026年最大のアルバムになる可能性」と予測した(本誌関連記事)。

つまり、商業力そのものは衰えていない。

衰えているのは、1曲が単独で持つ寿命のほうだ。装置が走っている間は数字が出る。装置を止めた後で、曲が一本立ちで走り続けるかは、別の問題になっている。

Drake自身が、『ICEMAN』期の制作態度を示すような発言を残している。Adin Ross、xQc、PartyNextDoorとのKick配信で、彼はこう語った。「『ICEMAN』のために朝まで録音している。外では祭りで人が騒いでいる。俺も飛び出して一緒に飲んで、戻ってまた録音する。そういう空気を感じたいんだ」。

即興。気分。装置の中の動き。録音されているのは音楽なのだが、その音楽は、装置のリズムに同期している。

Kendrickの制作チーム──Sounwaveの17年、Antonoffの3年

Kendrickの作り方はこれと正反対の場所にある。

中核にいるのは、まずSounwaveだ。2009年からKendrickの全アルバムをプロデュースしてきた、17年続く協働である。これだけでもう、Drakeの先行3曲のクレジット表とは違う種類の話になる。

そこに2022年から加わったのが、Jack Antonoffだ。BleachersのSam Dewと組んだバンドの繋がりでSounwaveから声をかけられ、Electric Lady Studiosで「3年間離れなかった」と本人がポッドキャスト「Armchair Expert」で証言している。Antonoffはこの関係を「specific language between us」と表現した。長年の協働で培われた、二人だけに通じる作り方の言語、ということだ。

その外側に、「Not Like Us」と「TV Off」の同時代LAヒップホップサウンドを担ったMustard、『To Pimp a Butterfly』以降全作に関わっているKamasi Washingtonがいる。

『GNX』はこの共同体で、2022年5月『Mr. Morale & the Big Steppers』直後から制作が始まった。3年で80〜100曲を作り、12曲に絞った。Antonoffは「Luther」一曲のためにギターとMellotronのレイヤーを長時間一人で彫り込んだとVarietyのインタビューで語っている。Sounwaveが残した発言が、共同体の温度をよく表している。「最後の一秒で涙が出なければ、まだアルバムは終わっていない」。

ここで重要なのは、プロデューサーの数ではない。

「どれだけの時間、その人と話してきたか」のほうだ。

『GNX』のクレジットには合計20名のプロデューサーが現れる。だが中核は「Kendrick / Sounwave / Antonoff」の三角形であり、その周囲をMustard、M-Tech、Kamasi Washington、Bridgeway、Sean Mombergerが固める。アルバムごとに集めた集団ではない。3年かけて積み上げた、共通の感覚である。

クレジットを並べてみる──Drakeの関連3曲と、Kendrickの「Luther」

具体的にプロデュース・クレジットを並べる。

Drakeの関連3曲のうち、「What Did I Miss?」はLondon Cyr、O Lil Angel(=Octavian)、DJ Lewis、Tay Keith、Oz、FnZ、Elyas、Gyz、Patronの9名。「Which One」(feat. Central Cee)はBoi-1da、O Lil Angel、Tay Keithほか数名。「Dog House」(feat. Yeat & Julia Wolf)はBnyx、Smash David、Bosleyの3名。

Kendrickの「Luther」はSounwave、Jack Antonoff、Rose Lilah、M-Tech、Bridgeway、Kamasi Washingtonの6名。

3曲のプロデューサー編成を並べてみると、Drake側の共通項が薄いことがわかる。曲ごとに連合が組み替えられている。O Lil Angel(=英国ラッパーOctavian。2020年にDV疑惑で一度業界を離脱した経歴を持つ)が「What Did I Miss?」「Which One」に共通して参加しているが、彼は『Some Sexy Songs 4 U』(2025年)以降に組み込まれた比較的新しい協力者だ。

一方、Kendrickの「Luther」の6名のうちSounwave、Antonoff、M-Techは『GNX』12曲のほぼ全曲に登場する。

数の話ではない。Drakeの関連3曲には「3年間同じスタジオで作り続けた人物」が見当たらない。Kendrickの『GNX』12曲には、その人物が3人いる。

そして、長年Drakeのサウンドを支えてきた**40(Noah Shebib)**は、多発性硬化症の闘病もあり、『Some Sexy Songs 4 U』では──Drakeのプロジェクトとして初めて──参加していない。Complexは「40がIcemanで戻る可能性」を示唆しているが、5月10日時点で確定情報はない。

つまりDrake側には現状、ICEMANを通して貫く制作の核がまだ見えていない。

これは優劣の話ではなく、作り方の違いだ。Drakeはアルバムごとに、最新のサウンドに合わせてプロデューサー連合を組み替える。Kendrickは長い時間で積み上げる作り方に賭ける。速さと柔軟さを取るか、深さと持続を取るか。同じヒップホップアルバムという形式の中に、別の哲学が二つ並んでいる。

物語の所有と、作品の所有

作り方の違いは、「誰が音源を持っているか」という所有の構造にも現れている。

KendrickはTDE/Aftermathから離れ、Dave Freeとの共同設立会社pgLangで活動している。『GNX』以降のリリースの著作権表示は「pgLang under exclusive license to Interscope Records」となっており、pgLangを起点とした所有・流通の流れが成立している。

Drakeはこれと対照的だ。OVO Sound経由でRepublic Records(UMG傘下)の流通網に接続している。彼の音源はUMGの広告・配信インフラを介して市場に届く。

これは単なる契約の話ではない。

制作共同体が長い時間をかけた共通の感覚に賭けるなら、所有と流通の主導権も、その内側で完結する形になりやすい。物語装置は、流通の網に乗って初めて大きく走る。そのぶん、外側の配信・広告・話題化のインフラと切り離せなくなる。

それぞれの強さは、別の場所に集中している。作品が長く残ることに賭けているか、装置が走り続けることに賭けているか。

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UMG訴訟──Drakeが法廷に持ち込んだ相手

ここで一つ、誤読されやすい構図を整理しておきたい。

2025年1月、DrakeはKendrick Lamarの「Not Like Us」公開・宣伝をめぐって名誉毀損訴訟を起こした。提訴の相手はKendrick Lamar本人ではなく、Universal Music Groupだった(本誌関連記事)。

2025年10月9日、Vargas判事は訴えを却下した。理由は、楽曲の発言は事実陳述ではなく保護される意見表明にあたる、というものである(詳細はこちら)。Drakeは2026年1月に控訴し、現在も第二巡回区控訴裁判所で係争中だ。

この訴訟は、本論の枠組みで読むと別の意味を帯びてくる。

Drakeが法廷に持ち込んだ相手はKendrick本人ではなく、UMGだった。だからこそこの訴訟は「作品そのもの」ではなく、「作品を世の中に広げた装置」をめぐる争いとして読める。

つまりDrakeが問題にしたのはKendrickの存在そのものではなく、レーベル、配信、宣伝、推薦、報道が一体となって「Not Like Us」を巨大化させた回路だった。

装置は物語のコントロールを求める。制作共同体は、作品が独立して残ることを求める。

Rolling Stoneの最新分析は、ICEMANが「Not Like Usを忘れさせるだけでなく、UMGを訴えた事実すら忘れさせる仕事を負っている」と整理した。

装置は走り続けないと止まる。Sounwaveの17年は、止まっても残る。

5月15日以降──HIPHOPCsは何を観測するのか

『ICEMAN』が判定するのは「Drakeが勝てるか」ではない。Drakeはチャート指標では引き続き圧倒的に強い。Hot R&B/Hip-Hopで通算31曲の首位、Rhythmic Airplayで43曲の首位、Hot 100の通算トップ10入り84回。これらの記録は揺るがない。

判定されるのは、別の問いである。物語装置の運用が、楽曲が残る力に変換されるのか。

本誌は3層で観測する。

リリース当日(5月15日)には、楽曲構成・参加者・プロダクション布陣から、「制作共同体側に踏み込んだか/装置のままか」を見極める。観測ポイントは、Sounwaveに相当する「3年単位で繰り返し登場するプロデューサー」の有無、40(Noah Shebib)の復帰の有無、客演アーティストとの長期的な関係性だ。

72時間後(5月22日前後)には、初動チャート、ストリーミング動態、主要批評を見る。装置の外で曲が走るかどうか。ビーフ後の3シングルが示した下降線(#2→#23→#53)が、アルバム全体でどう反転するか・反転しないか。

1ヶ月後(6月中旬)には、チャート推移と国際批評──Rolling Stone、Pitchfork、Billboardの本格レビュー──から、長期的な共通の作り方が形成され始めたか、それとも装置の終わりになったかを見る。比較指標は『GNX』のMetacritic 87点・「universal acclaim」だ。

結論

Kendrickの2025年は、すでに数字でも文化でも閉じている。Grand National Tourは47公演で1.7Mチケット、約3.587億ドル、共同ヘッドライナー興行として史上最高収益。Super Bowl LIXハーフタイムショーは1億3350万人、史上最多。Grammy 2026では9部門ノミネート、Album of the Year・Song of the Year・Record of the Yearを含む。

これは「victory lap」ではなく、「次のサイクルの土台」である。

対するDrakeは、Spotifyで2026年最速の20億ストリーム到達、Billboard 200に10作品同時チャートイン。装置は機能している。

問われるのはここだ。装置の力で出る数字と、作品そのものが残る力は、同じものではない。

『ICEMAN』は単なる新作アルバムではない。Drakeの物語装置が、作品そのものが残る力へ変換されるのか。その判定が、5月15日から始まる。


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HIPHOPCs編集部 公開:2026年5月10日

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