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【HIPHOPCs独占インタビュー前編】北海道からNYへ:巨匠dj hondaが切り開いたヒップホップ〜Mos Defとの制作秘話〜

少年時代とロックからの出発 北海道留萌市。雪に包まれた地方都市で育った少年が、のちに世界のヒップホップシーンで名を馳せることになる。彼の名は dj honda(本名:本田勝裕)。日本から海を渡り、ニューヨークで数々のラッパーやプロデューサーと肩を並べた数少ない日本人だ。 しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。今回は、この偉大なるヒップホップの巨匠へぶつけた質疑応答を交えつつ、その軌跡を振り返る。 逆境を超え、ロック少年→ターンテーブリストへ 幼いころの honda 氏はヒップホップとは無縁。夢中になったのはギターとロックバンドだった。仲間と音を鳴らしながら「いつか大舞台に立ちたい」と願っていた。しかし東京に出てから、1980年代後半に日本へ届いたアメリカ発の新しいカルチャー――ヒップホップと出会う。クラブに鳴り響くビートとスクラッチの音が、彼の人生を大きく変えた。 Sei:少年時代は、どんな子どもだったのでしょうか? dj honda: 9歳の頃にギターを手にして、12歳には本気で弾き始めた。中学ではバンドを組んでライブにも出て、当時は完全にロック一筋。音楽がすべてだった。 Sei:幼少期、または上京した際の小話エピソードがあれば。 dj honda :11歳で耳を悪くして、左耳の手術を13回受け、鼓膜を除去したこと。17歳で東京に出た時は、金も伝手もなく、ゼロからのスタートだった。 Sei :ロック少年からヒップホップDJになった経緯は? dj honda:音楽をやるために東京に出たけど半年くらいで行き詰まって、住み込みの仕事を見つけた。その行き先がディスコだった。ギターを続ける資金を稼ぐつもりが、そこでDJと出会ったのが転機になった。 Sei:音楽的な世代間の溝(マンブルラップやトラップ)をどう見ますか? dj honda:音楽は音楽でしかない。マンブルだろうがトラップだろうが、オールドもニューも関係ない。結局は良いか悪いか、それだけ。 Sei:10〜20代前半へのアドバイスは? dj honda:遊びでも仕事でも本気でやってみること。中途半端にやったことは残らない。若い時はとにかく、“やらない理由”を探さないこと。結局、経験したことが全部武器になる。 Sei:他に何か若者へメッセージ、アドバイス等があれば。 dj honda:夢は簡単に叶わない。でも諦めず追い続ければ、必ず形になる。若いうちの挑戦も失敗も、全部が力になって未来を作る。 東京でのDJ活動とNYへの挑戦 1980年代後半、17歳で東京に上京。クラブでスクラッチやターンテーブルのスキルを磨き、クラブシーンで名を馳せる。1990年代初頭にはDJバトルで注目を浴び、アンダーグラウンドで確固たる地位を築く。 「日本で認められるだけじゃ本物じゃない。ヒップホップの本場で勝負したい」 1992年、英語もままならないまま活動の場をアメリカへ。ニューヨークでゼロからの挑戦を始める。MCやプロデューサー達とセッションを繰り返す中で、独自のハードなビートメイクで頭角を現し、現地ラッパー達の心を掴んでいった。 Sei:1992年 Battle for World Supremacy のために西海岸に住んだと聞きますが? dj honda:最初に挑戦したのは1990年。1回戦で負けて日本に戻った。本格的に住み始めたのは92年のバトル後。ロサンゼルスに渡って、そこから拠点を移した。 世界を驚かせた『h』 1995年、デビューアルバム 『h』 をリリース。Fat Joe、Redman、Common、The Beatnuts らを迎え、NYヒップホップ黄金期を凝縮。日本人プロデューサーがここまで豪華な布陣でアルバムを作ることなど誰も想像していなかった。批評家も驚き、ファンは honda のビートに熱狂。彼は本場で認められたのだ。 『hV』2曲目に収録されている『Respect...

【HIPHOPCs独占インタビュー】サウスにコネクションを築いた唯一の日本人ラッパー──Cz TIGERとレジェンドBun B(UGK)“Let’s Get To It”制作秘話

アメリカ南部、いわゆる“サウス”に足を踏み入れること。普通の感覚じゃ「行きたくない」と思う空気があると思う。そんな空気に、“HIPHOPファン”としてではなく“同じ目線で”飛び込みコネクションを築いた日本人が何人いるのか。 https://youtu.be/EydIfdtHODA?feature=shared 英語が通じると思ってる人は多いが実際、サウスでは「英語」ではなく「訛り(スラング)」が支配しているし、そもそも英語が通じないところもある。 他の地域なら、すでに多くのアジア系が暮らしていて、音楽カルチャーに参加する入り口は多いのも事実だろう。 https://youtu.be/NqtVgabWVkc?feature=shared King Von がATLのクラブ外で、Quando Rondo関係者との口論から銃撃戦になり、亡くなった抗争も如実に土地柄を表していると感じる。 Bun Bは、Pimp Cと共にUGKとして全米チャート1位を獲得 彼はUGK(Underground Kingz)という伝説的デュオの一人として、1980〜90年代からテキサス州ポートアーサーを拠点に、南部(サウス)のリアルを叩きつけるラップで地位を築いた。つまり、南部ヒップホップの土台を作り、Jay-Zすらもリスペクトを表明するリアルと知性を兼ね備えた南部の王者である https://youtu.be/Cgoqrgc_0cM?feature=shared https://youtu.be/CQL-IFEk6hw?feature=shared Bun B、まさにアンダーグラウンドのキング その意味の重みは関わった人間にしかわからないからこそ、Cz TIGERがBun Bやその他のラッパーと築いたとコネクションや信頼は、日本のヒップホップ史上でも極めて特殊で異質だと言える。多くのリスナーは気づいているのだろうか そしてそんなCz TIGERさんに今回は貴重なインタビューをさせていただいた。 インタビュー・Bun B(UGK)との出会いについて Cook:Bun B(UGK)といえば真のレジェンドですよね。出会いについて是非教えて頂きたいです!どんなエネルギーを感じましたか? Cz TIGER : 今までコラボした海外アーティストの人とは制作する曲の意見交換とかVibesを会うなり、どうしても会えないならビデオ通話で制作を進めてきました。 Bun B ( UGK ) に限っては当時中学の頃から聴いていてかなりのファンだったので例外で、僕のことをデビューする前から応援してくれてた DJ 3cho から電話が来て...

【HIPHOPCs独占インタビュー】DJ2high第2弾!TLCの故Lisa”Left Eye”Lopezとの友情と思ひ出を初告白

DJ 2high。西海岸で活躍する、唯一無二の日本人プロデューサー。且つTha Dogg Pound(ザ・ドッグパウンド)唯一の日本人メンバー。レジェンドDJ。 そんな彼が、90年代を一世風靡した伝説のトリオ、TLCのラップを担当していたLeft Eye(レフトアイ)ことLisa Lopez(リサ・ロペス)と仲良しだったという噂を聞きつけた筆者は、その真相を確かめるべく2high氏に再度直撃インタビューを試みた。 前回の記事の通り、メルローズ・アベニューのMarathon Burgerで腹ごしらえした後、その裏にあるポインセチア・レクレーションセンターに場所を移し、話を伺った。 https://hiphopnewscs.jp/2026/02/17/dj2high-la-hiphop-spots-marathon-burger-biggie-death-row/ SEI:2highさん、今日もお時間いただきありがとうございます。前回は2Highさんの生い立ちとか、音楽活動とかそういう話を聞かせていただいたんですけど、 今日はちょっと小耳に挟んだんですけど、かの伝説的ガールズトリオグループ、TLCとかともなんか過去に繋がっていらっしゃったとかで、是非お話をお聞かせ頂きたいなと思いまして。今回は質問状とかないんですけど、フリースタイルでお話して頂けたらなと思っています。TLCの誰と仲良かったんですか? 2high:Left Eye(レフトアイ)です。 SEI:彼女、2002年の4月25日に事故で亡くなっていますよね? 2high:出会ったのは1999年、『No Scrubs』が出た後くらいですね。 https://youtu.be/FrLequ6dUdM?si=056RjT2bsc7atKSs SEI:え、『No Scrubs』?!あの時のレフトアイ、めっちゃ可愛かったんですが(動画参照)。どこで知り合ったんですか? 日本?アメリカですか? 2high:日本です。どうやって知り合ったかっていったら、もともとはシャヒードっていう僕の友達のデザイナーの人がいて、 彼がTLCの『CrazySexyCool』の絵を描いたデザイナーさんです。 SEI: 私、そのイラストのTシャツ持ってるんですけど。あの3人の絵ですよね。めっちゃ好きなイラストです。シャヒードさんにさっき2highさん電話していましたよね? 2high: そう。それを描いたのが シャヒード・アリー。俺はシャーって呼んでるんだけど。 SEI:彼はどこにいらっしゃるんですか? 2high:今はニューヨークです。ちょっと前までLAにいたんだけど。シャーと出会ったのは日本。 98年に僕がKSRって会社を作った時に、その時に雇ってた外国人が仲良かったらしくて。確か彼は当時クラブ「ハーレム」で遊んでたの。その当時シャーは固定の宿がなかったので日本滞在時は僕の家に滞在させていたの。 SEI:あ、そういう経緯だったんですね。へー、なるほど。 2high:で、シャーがアメリカ帰る時に、成田まで送って。その時に、「絶対レフトアイ紹介するから」って言われて。そんなこと言ってたけど、 気にもしてなくて。実際に紹介する人って少ないし。だから僕、そこの部分は気にしていなくて。でも、シャーとのコミュニケーションがすごく好きだったから、またシャー会いたいなと思ってたんだよね。 だけど、ここからね、2ヶ月、3ヶ月ぐらい経って、俺とレゲエのCorn Head(コーンヘッド)と一緒に横浜の中央市場にある『さがみや』っていう、子供の頃から行きつけの寿司屋さんでご飯食ってたら、知らない090の番号から電話かかってきて。誰だこれと思って電話出たんですよ。そしたら、リサって言うんですよ。「Who?Who?(誰?誰?)」って聞いたら「LEFTEYE FOOL(レフトアイよ、バーカ)」って言われて「WTF?(なんだ?)」って? SEI:えーホントですか? うわー、やばいやばいやばい。 2high:「何してんの?」って聞いたら「今日本にいるんだけど、ヒマ」って返事で。 SEI:えっ!?レフトアイ日本にいたんですか? 2high:そう、「今日本にいるんだけど I'm bored(退屈してるんだ)」って。だから自分は「Do you have anybody...

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2026年3月第3週 |今週のヒップホップニュース:JAY-Z「帝国の帰還」、Coachella日本勢3組、司法が裁くヒップホップの罪と罰

JAY-Zの“帝国の帰還”、Coachella日本勢3組、Mystikal有罪答弁、Watson武道館、LiFTED JAPANローンチまで。2026年3月13日〜19日のヒップホップ重要ニュースを、USと日本語ラップの両面から整理する週刊まとめ。

2026年3月第2週:今週のヒップホップニュース| Playboi Carti急浮上、Kodak Blackに“フェンタニル”脅迫、Lil Pump炎上

Playboi Carti、Kodak Black、Lil Pumpを使用した週刊ヒップホップニュース用アイキャッチ。2026年3月6日〜13日の主要トピックを表現したビジュアル

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POP YOURS 2026 直前完全ガイド──5周年・初の3DAYS・71組が幕張メッセを埋める3日間を、どう回るか

POP YOURS 2026の見どころをDAY別に整理。LANA、千葉雄喜、KEIJUのヘッドライナーから、配信されないTerminal 6 STAGEの重要性、現地での回り方まで一気にわかるHIPHOPCsが送る直前完全ガイド。

【発言の問題】UsherとJ. Coleは何を言ったのか。そして何に触れなかったのか

via @usher instagram 問題は「擁護したかどうか」ではない UsherとJ. Coleが、Diddyをめぐる発言で注目されている。 Usherの発言についてはすでに速報で伝えたが、問題は二人がDiddyを全面擁護したかどうかではない。 重要なのは、何を言ったかと同じくらい、何に触れなかったか、だ。 そして、言葉がなぜその方向へ滑っていったのか、だ。 J. Cole──「倒れた人間をさらに蹴りたくなかった」 J. Coleは3月25日公開のCam'ronのポッドキャスト「Talk With Flee」で、2013年のMTV VMAsアフターパーティーでのDiddyとの衝突について語った。 Ibとともにその夜の出来事をポッドキャストで収録していたが、公開を取りやめたという。 「It felt like damn near kicking a man while he's down. It would...

『BULLY』リリース72時間──初日3,320万ストリームの裏で、James Blakeは名前を消した

カニエ・ウェスト(Ye)の12枚目のソロ・スタジオアルバム『BULLY』がストリーミングサービスに到着して72時間が経過した。数字は出揃いつつある。そしてその数字自体が論争になっている。さらにその裏側で、ひとつの象徴的な出来事が起きている。 初日Spotify3,320万ストリーム──ただしこの数字自体が論争の対象になっている。Apple Music US全ジャンル1位。全18曲中16曲がSpotifyグローバルチャートにランクイン。一夜で新規月間リスナー200万増。初週売上予測は250k〜275k(HITS Daily Double)。少なくとも商業的には、市場は「カニエを許した」と言っていい数字だ。道義的な「許し」がこれを意味するかは、まったく別の問いとして残る。 一方、アルバムのクロージングトラック「This One Here」のプロデューサーとしてクレジットされていたJames Blakeが、リリース当日にクレジットの削除を要請した。理由は反ユダヤ問題ではない。「自分が作ったものの精神が、最終版にはほとんど残っていない」──つまり、作品の変質そのものに対する拒否である。 市場はカニエを受け入れた。では共作者はどうか。『BULLY』リリース後72時間で浮上したこの問いは、前回のレビュー記事で論じた「謝罪の重さと音楽の軽さの断絶」を、別の角度から照射している。 数字が語ること──「許し」の商業的証明 まず事実を整理する。 HotNewHipHopの報道によれば、『BULLY』のSpotify初日ストリームは3,320万。これは前作『Vultures 2』(Ty Dolla $ignとの共作)の初日2,470万を約34%上回る数字である。しかもこの3,320万は、3月27日のYouTubeリスニングパーティー後、翌28日早朝にSpotifyに配信されたため、実質的に約6時間分のトラッキングを失った上での結果だ。 配信元のGammaは即座にInstagramでこの数字に反論。「部分的な数字に過ぎない」とし、「BULLYはフル初日でSpotifyで5,000万近くのストリームを記録した。BTSやHarry Stylesと並ぶ2026年最大規模の初週であり、ヒップホップではJ. Coleを大幅に超えて断トツ1位」と主張した(HotNewHipHop、3月31日付)。カニエとJ. Coleの確執を考えれば、この比較が偶然とは思えない。Day 2のストリームは2,930万(Polymarket集計)で、勢いは持続している。「Father」(feat. Travis Scott)が初日410万ストリームでアルバム内トップだった点も、師弟コラボの歴史を持つ二人の訴求力を裏づけている。 Polymarketの予測市場では当初「初週300k未満」が88%で支持されていたが、31日時点では250k〜275kが36.5%、275k〜300kが32.5%まで接近し、300k到達の可能性が浮上しつつある。『Vultures 2』の初週107kからの大幅増だ。Billboard 200での1位デビューはほぼ確実視されている。 つまり、Adidas契約破棄、CAA解雇、反ユダヤ騒動──これらすべてを経た後でも、カニエ・ウェストの商業的求心力は健在であるどころか、回復基調にある。1月のWSJ全面広告での謝罪が、チケットとストリーミングの両面で商業的な「許し」のトリガーとして機能したことは、数字が証明している。ただし、ストリーミングの再生ボタンを押すことと、反ユダヤ的言動を許すことは同じ行為ではない。数字が語るのは「関心」であり、「赦免」ではない。 James Blakeの離脱──「個人的なことではない」の重さ 数字の裏側で起きたJames Blakeのクレジット削除要請は、『BULLY』のもう一つの真実を映し出している。 Varietyの報道によれば、Blakeは自身のD2Cプラットフォーム「Vault」上でファンの質問に応じる形でこう書いた──「自分がボーカルをピッチ補正し、フリースタイルからトラックを構築した部分は一部残っている。しかし、他の新しいボーカルテイクが大量に重ねられ、自分のプロダクションの精神はほぼ不在だ」。 そして核心の一文──「It's not personal. I...

コラム

咆哮系ラッパーMystikal、第3級レイプで有罪を認め、終身刑を逃れたものの最大20年の懲役の可能性

「Shake Ya Ass」で知られるルイジアナ出身のラッパーMystikal(本名Michael Lawrence Tyler)が、2022年に発生した性的暴行事件で第3級レイプの罪を認めた。量刑は2026年6月6日に言い渡される予定で、最大20年の懲役刑が科される可能性がある。

日本メディアが見落とした、デムナ初グッチ最大の核心──なぜ無名ラッパーがランウェイを歩いたのか

デムナのグッチ初ショーの核心は、美学でもセレブでもない。FakeminkやNettspendの起用に表れたのは、ラグジュアリーがアンダーグラウンドから文化的リアリティを受け取る時代への転換だった。

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