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【HIPHOPCs独占インタビュー】DJ2high、西海岸のレジェンド日本人プロデューサーがぶっ飛び半生を語る【前編】

『Cali Jap』を爆音でかけながら車を運転し高速道路の110を北上すると、蜃気楼のようにロサンゼルスダウンタウンのビル群が浮かび上がって見えてきた。生憎の曇り空だったが、気温を見ると23度と思いのほか心地よい。世間はメモリアルデーの連休だが、その最終日の昼下がり。日本を代表する西海岸のレジェンドプロデューサー、且つ日本人唯一のDogg Pound(ドッグ・パウンド)メンバーのDJ 2highさんが指定したスタジオ兼自宅に向かった。もちろん目的は独占インタビューだ。 DJ 2highという漢(おとこ)のサバイバル半生 ウィキペディアにも彼の情報が断片的に載ってはいるが、かのSnoop Dogg(スヌープ・ドッグ)に見いだされ、Dogg Pound(ドッグ・パウンド)の唯一の日本人メンバーであり、そして西海岸のヒップホップ業界に誰よりも精通している御仁だが、そのベールは謎に包まれている。約束の時間に到着すると、スキンヘッド、且つタトゥーだらけで一見強面の2high氏が満面の笑みで迎え入れてくれた。彼のスタジオの壁には、ラッパーやスターウォーズのフィギュア、サイン入りのTシャツ、そして何よりも後述するJoe Cool(ジョー・クール)のイラストがところ狭しと飾られていた。部屋の奥に、パソコンやらキーボードやらの曲作りの機材が置いてある。差し入れたタコ焼きをつつきながら、インタビューは始まった。 SEI:HiphopCsのインタビューをご快諾頂き、ありがとうございます。業界では有名でいらっしゃいますが、一応HipHop若葉マークの読者のために、簡単な自己紹介をお願いいたします。 2high:DJ2high(DJ・トゥーハイ)です。簡単に紹介すると、日本人で唯一のDPGメンバーですね。というか、黒人以外で誰もいないんですよ。スタッフとかカメラマンだったりとかではいるけど、DPGだっていうスタンプは押されていないから。 SEI:18歳からコンプトン、ロングビーチなど旅行者は近づかないような場所を拠点としてWestsideのカルチャーに溶け込んでいくにあたって苦労した点や、危険な目に遭った話などを教えてください。 2high: 僕は元々、音楽もそうなんですけど靴屋をやっていたタイミングがあって、それの買い付けでしょっちゅうLAに来ていたんだよね。買い付けをしながら、レコードもDigしてたんだ。靴屋さんの時僕16だったんだけど、当時はNIKEのAirMAX95の黄色が何故か流行ってて、それを履いているとカツアゲされて俗にいうMAX狩りがあったあの頃です。僕らのお店で当時の販売価格が黄色が25万、パープルが38万!そういう事やってた時にLAに来まくっていてコンプトンだったりとか…。その靴屋のパートナー(社長)箱崎さんが『Indoor』って洋服屋さんやっていて、今も横浜にある老舗なんだけど。ウェストコーストのカルチャーの洋服を売っている所だったから、コンプトンとかに行って調達するわけです。そこについて行っていたから、入りはそこです。 こっちに来たばっかりの時に、よくコンプトンのブロックパーティーとかハウスパーティーみたいなのやってて、そういうとこでよくDJとかやっていたんだけど。そういう時とかは、色んな事あったかなぁ…パンッパンッパン!みたいなのとか。それがしょっちゅうだったし。やれば喧嘩になってビールの瓶を投げあったりとか。 SEI:その当時、赤とか青とか抗争が激しかったと思うんですけど、その関係とかですか? 2high:あ、僕ね一緒にいた連中DMKってグループのTagger(タガー)の集まりだったの。その時はキキ・スムースの家に滞在させてもらってた。わかりやすく言うとストリートのグラフィティ描く集団、やってることはギャングの連中と変わらないね。だからやっぱりギャングバイオレンス多かったな…。98年に僕がこっちにきて仲良くしてたイメルダって子が〇ろされちゃったんだ。その子もイケイケだったから、パーティーで彼女から拳銃出したんだけど。そしたら返り討ちで〇られちゃて。それからね、そこが引き金になってもう弔い合戦じゃないけど色々ハードな状況が続いて、その時に自分が住んでいた家に5匹犬がいたんだけど、5匹とも〇ろされちゃった。ガードドックだったから、これヤバいなって思って僕コンプトンからロングビーチに引っ越したの。 SEI:すごいハードコアだ!(笑) 2high:そのイメルダを〇したのは、イメルダのBaby Daddy(ベイビーダディ…子どもお父さん)の兄弟なんだけど、そのベイビーダディが滅茶苦茶不良で刑務所出たり入ったり出たり入ったりしてる奴で、最後に捕まったタイミングで国選弁護士がついたんだけど、そいつはF〇ck the Worldみたいな世界観の人だったから弁護士にも態度悪くて、弁護士も良い仕事しなかったんだよね。そしたら彼は何をしたかというと、刑務所から剃刀の刃を瞼の中に隠してそれで刑務所から裁判所までずっと隠したまま行って、裁判始まった瞬間にその剃刀で自分の弁護士を#O@&$して(爆笑)。ニュースにもなってるんだけどね。このベイビーダディだけど、2年くらい前に(監獄の)中の暴動で〇されたって。その息子はイメルダの妹に育てられたんだけど、その子からこの間電話あって父親は〇んだよ、って聞かされたよ。 SEI:やはりKarma is a b!tch(カルマはビ〇チ)ですねぇ。あの、2highさん自身は大丈夫だったんですか?傷付けられたこととかあるんですか? 2high:あのね、最近だったら友達のThe Dove Shack(ザ・ダブ・シャック…LBを拠点にしているG-Funkグループ)のリーダーのC-Knight(C-ナイト)が亡くなってCandlelight Memorial(キャンドルライト・メモリアル…故人を偲び、追悼するための行事)に行ってたの。VIPのコーナーに居て。結構いい感じにみんな集まって最後に一緒に歌を歌っていたんだけど、そこでパパパパーン、パパパパーン!って。は?何の音?って思ったら隣にいたおばちゃんが「アウッ!」って(大爆笑)。アレ?って思って身を伏せて。あれは怖かったなぁ。Youtubeにも出てるけどね。ヒュンヒュンッって弾が飛ぶ音聞こえる。それが最近だね。いっぱいあるけど。 https://www.youtube.com/watch?v=iiwTsoD2qkU SEI:貴重なお話ありがとうございます。あの、90年代って東海岸も熱かったですがなぜ西海岸を選んだのですか? 2high:ああ、それも今さっき名前出したDove Shackだね。95年とから96年とかに彼らが日本に来てライブをやった時に、僕はそれまで西も東も分からずにヒップホップ一緒くたで付き合ってたんだけど、これだ!ってなったのがDove ShackとTWINZ(ツインズ)の来日ライブだった。その後2Pac(2パック)が殺されてそれでイーストコーストが嫌いになったの。Biggie(ビギー)のインスト流して2パックの『Hit Em' Up』の「Fuck Biggie!」って部分をひたすらスクラッチしてた。パーティーで。で、ビギーのアルバムを割るっていうパフォーマンスをやっていたから。今Puffy(パフィ)が捕まって、俺からすると「ほら言ったじゃん!30年前から言ってたじゃん!」って。96年から俺言ってるから、ずっと。あの当時から彼バイセクシャルて噂はあったけど、噂だったから、ジャニーさん伝説みたいな類だったわけなんだけどさ。火のない所に煙は立たないし。 父親からの教訓と音作りを始めるきっかけ SEI:すごいなぁ。ちょっと家族について聞いても良いでしょうか?業界でも有名なお父様(松山猛さん)との関係や影響等があれば教えてください。お父様は2highさんのキャリアを応援されているんですか? 2high:そりゃあ、応援して「やりたいことやれ!」って。でも、別にだからと言って父ちゃんのコネクション使ったことは……1回か、2回しかない(大爆笑) SEI:大爆笑。無いのかと思いきや!素直過ぎます。 2high:パパには以前ビジネスで繋いでもらったことはあるけど音楽は別ね、今俺は俺でやっているから。パパの成した2.8ミリオンをレコードで売ったっていうデビュー作。その次のイムジン河は発売禁止になっちゃったんだよね。あ、2000年にそれを解除したのに俺が少し一役買った感じなんだけど。その流れで映画『パッチギ』が生まれたわけで。唯一親孝行出来た案件かな。とにかくパパはとんでもない記録を持っている人だから、俺はその記録を塗り替えるんだ!みたいな野心と気持ちで昔から戦ってたんだけど……無理ね(大爆笑)。でも一発で超えることは無理かもしんないけど、280万にたどり着くにはじゃあ2.8万を100発出せばいいのかな、っていう気持ちに切り替えてコツコツやってる。あの人は超えたくても超えられない壁で、尊敬する父です。 SEI:お父様は作詞家、ライターさんですが恐らく天才的クリエイティビティは最強遺伝子を引き継いでいらっしゃると思います。もちろんご自身の努力でアメリカではここまでいらしたと思うのですが、2highさん自身はなぜダンスやラップでは無く、DJやビートメイキングに興味をお持ちになったのでしょうか?物書きでもないんですね。 2high:中学生の頃アメリカに毎年夏休みの時行って、その時テレビで流れていたのがPublic Enemy(パブリック・エネミー)だとかTLCのファーストだったりとか、Kris...

【HIPHOPCs独占インタビュー】サウスにコネクションを築いた唯一の日本人ラッパー──Cz TIGERとレジェンドBun B(UGK)“Let’s Get To It”制作秘話

アメリカ南部、いわゆる“サウス”に足を踏み入れること。普通の感覚じゃ「行きたくない」と思う空気があると思う。そんな空気に、“HIPHOPファン”としてではなく“同じ目線で”飛び込みコネクションを築いた日本人が何人いるのか。 https://youtu.be/EydIfdtHODA?feature=shared 英語が通じると思ってる人は多いが実際、サウスでは「英語」ではなく「訛り(スラング)」が支配しているし、そもそも英語が通じないところもある。 他の地域なら、すでに多くのアジア系が暮らしていて、音楽カルチャーに参加する入り口は多いのも事実だろう。 https://youtu.be/NqtVgabWVkc?feature=shared King Von がATLのクラブ外で、Quando Rondo関係者との口論から銃撃戦になり、亡くなった抗争も如実に土地柄を表していると感じる。 Bun Bは、Pimp Cと共にUGKとして全米チャート1位を獲得 彼はUGK(Underground Kingz)という伝説的デュオの一人として、1980〜90年代からテキサス州ポートアーサーを拠点に、南部(サウス)のリアルを叩きつけるラップで地位を築いた。つまり、南部ヒップホップの土台を作り、Jay-Zすらもリスペクトを表明するリアルと知性を兼ね備えた南部の王者である https://youtu.be/Cgoqrgc_0cM?feature=shared https://youtu.be/CQL-IFEk6hw?feature=shared Bun B、まさにアンダーグラウンドのキング その意味の重みは関わった人間にしかわからないからこそ、Cz TIGERがBun Bやその他のラッパーと築いたとコネクションや信頼は、日本のヒップホップ史上でも極めて特殊で異質だと言える。多くのリスナーは気づいているのだろうか そしてそんなCz TIGERさんに今回は貴重なインタビューをさせていただいた。 インタビュー・Bun B(UGK)との出会いについて Cook:Bun B(UGK)といえば真のレジェンドですよね。出会いについて是非教えて頂きたいです!どんなエネルギーを感じましたか? Cz TIGER : 今までコラボした海外アーティストの人とは制作する曲の意見交換とかVibesを会うなり、どうしても会えないならビデオ通話で制作を進めてきました。 Bun B ( UGK ) に限っては当時中学の頃から聴いていてかなりのファンだったので例外で、僕のことをデビューする前から応援してくれてた DJ 3cho から電話が来て...

【HIPHOPCs独占インタビュー前編】西海岸のDJ Couz:Big BoyにNipsey、B-Real、そしてAK-69×MACCHOのビートの裏側まで

「Voice of LA(LAの声)」と聞いた時、ヒップホップ好きは誰を想像するだろうか?LA出身の大御所は何人もいるが、Snoop Doggのあのシズルニズルな声を思い浮かべる人もいれば、Ice Cubeの語尾上がり「ウェッサーイ!」を連想する人が居るかもしれない。はたまた、今やLAといえば、Kendrick LamarのあのNot Like Usな声を想起するかもしれない。だが、LA住民…いや、南カリフォルニア在住民にとっての「LAの声」は、他でもないヒップホップ専門FM局Real92.3のBig Boyというラジオパーソナリティなのだ。今やポッドキャストの時代だが、それでも朝の通学や出勤時、LA住民が車の中で聴く声は、もう90年代からずっとこのBig Boy氏である。彼の声でLAの一日が始まると言っても過言ではない、西海岸では名前(とその姿)を知らない人はいない、超超超有名な大御所ラジオパーソナリティである。 この超有名なBig Boyの番組に度々登場する日本人DJが存在する。それが今回のインタビューを快諾してくれた、DJ Couz(DJカズ)氏なのだ。自身のHPや過去インタビュー数本しか彼の情報が見当たらないが、西海岸のヒップホップシーンのリアルを語れる、数少ない人物なのだ。キャリアは長いものの表舞台にはあまり出てこないこのDJから、彼自身と業界の話を伺う機会があったので、早速紹介する。 西海岸ヒップホップカルチャーを誰よりも熟知している日本人:DJ Couzの正体とは?! Sei:今回はありがとうございます。まず、簡単な自己紹介をお願いします。 Couz:はい。LA在住のDJ Couz(DJカズ)です。DJとしての作品は、Nipsey Hussleを始めとするU.S.アーティストのオフィシャルミックスを含むミックステープを約200本リリース。それからLA近郊のヒップホップ専門FMラジオ局の毎週金曜日夕方のレギュラーDJを以前やっていたり、アーティストのライブDJとして全米とカナダツアーを2回、全部で約50公演やりました。 Sei:うわ、すごっ! Couz:それからTorres EmpireっていうローライダーのカーショーがLAコンベンションセンター(LA中心部にある、日本でいう東京国際フォーラムレベルの大きな展示会場)であったんですが、それの2018年のステージでメインDJを勤めました。他にはU.S.アーティストのジャパンツアーのセットアップ。プロデュースだとアメリカでは元Cash Money RecordsのGlasses MaloneとCypress HillのB-Realをフューチャリングした…。 Sei: B-Real?!なんて曲ですか? Couz:あ、B-RealはCypress Hillに入っている曲じゃなくて、DJ Couz名義なんで。『Floating』 っていう曲です。 Sei:あの声、もうやばいですよね~ Couz:やばいですよね~(笑)。B-Real、元は超悪い人だったんですけど、今は超いい人なんですよ。 Sei:超悪くて超いい人?知りたい!…でもちょっとB-Realの話は後で聞かせてください。 Couz:はい。あと、South Central...

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データで見る日本語ラップの現在|拡大する市場はバブル?構造転換?

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2026年3月第1週:今週のヒップホップニュース|Drake『ICEMAN』延期とハッカー恐喝、ピラフ星人武道館でメジャーデビュー、MIYACHIが問うヒップホップ愛

Drake『ICEMAN』リークで延期、MIYACHIが「ヒップホップを愛していない」と問い、C6ixが43日間の拘置所体験を語る──ピラフ星人の武道館メジャーデビューも。2026年3月第1週のヒップホップニュースを独自視点で総まとめ。

LATEST NEWS

POP YOURS 2026はフェスを超えたのか?全71組・タイムテーブル・5年の構造分析

POP YOURS 2026は全71組・初の3日間開催・幕張メッセ1-6ホールへ拡大。タイムテーブル発表を受け、LANA、千葉雄喜、KEIJU、Tohji引退前出演、オリジナル楽曲戦略まで、このフェスがなぜ日本語ラップの現在地を定義する存在になったのかを5年の構造から読み解く。

【激怒】50 CentにT.Iの息子がディスをリリース:Dame Dashのトラウマ論にJermaine Dupriも参戦

via @50cent instagram 皆さんは知っていましたか?実は50 Centの母親は、彼が8歳のとき火事で亡くなっています。Dame Dashはその傷を名指しで突きました。Jermaine Dupriはその投稿に「いいね」を押しました。 なんだかこれが少し問題を引き起こしていそうです。 https://www.instagram.com/p/DVi3EOcFpXs/?utm_source=ig_web_copy_link 2026年3月7日。T.I.との全面戦争がようやく沈静化しかけたタイミングで、50 Centの前に別の前線が開きました。発端はDame DashがTFU Podcast(The Full Uncut Podcast)で語った「トラウマ論」 50 Centの幼少期の経験が現在の攻撃的な人格を形成しているのではないか。そしてJermaine Dupriが、その投稿に無言で加担しています。 Dame Dashはどこまで踏み込んだのか Dame Dashの発言を正確に押さえておきます。彼はポッドキャストで50 Centの名前を出しながらこう語りました。「生まれてすぐ抱かれなかったら、その後の人生で触れ合いや愛情に問題を抱えるんじゃないか」「幼少期に自分を守れないときに虐待を受けたら、鬱になったり、診断されていない自閉症のような状態と重なってしまう可能性がある」。そして、「辛辣で人を傷つける人間を見るとき、それは過去の経験が影響しているのではないかと考えるんだ」とも付け加えています。 https://youtu.be/Yax0_EMUSYQ?si=iMS4l0JbWwhfu8wi 一見、精神医学的な一般論に聞こえますが、文脈を無視してはなりません。50 Centの母親Sabrina Jacksonは、息子が8歳のときにアパートの火災で亡くなっています。その後、祖父母に育てられた幼少期は50 Cent自身が繰り返し語ってきた経験です。すごく辛いものであるはず。そんな経験をしたことがある人は多くないと思います。。 そしてわずか数週間前、T.I.の息子Domani Harrisがディストラック「Ms. Jackson」で50 Centの亡き母を題材にし、King...

データで見る日本語ラップの現在|拡大する市場はバブル?構造転換?

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コラム

なぜ今、アイドルはヒップホップを選ぶの? TREASUREがHIPHOPを選ぶと直談判

by JohnAira / HIPHOPCs image via @yg_treasure_official instagram いきなり正直に言います。 最近のアイドルが次々ヒップホップを選ぶ光景を見ていると、どこか居心地が悪くなるんです。 歓迎したい気持ちはあります。ヒップホップが市民権を得た証拠だ、裾野が広がった、シーンへの関心が高まっている そういう見方も間違っていないけど。それだけで終わらせると、何か大事なものを見落とす気がして。 ずっとヒップホップを好きで育ってきたからすごく違和感があるけど、「ヒップホップか否か」を問うのは、もう時代遅れかも。それより先に問うべきことがあると思っています。 なぜ、いまのアイドル産業は「ヒップホップ」を選ぶのかです。 この問いを立てたとき、TREASUREの直談判も、Number_iのチャート独占も、HANAのポジションも、すべてが同じ構造から発生していることが見えてきました。 ヒップホップが最も機能する棚になった理由 答えは三つあります。 第一に、Popは激戦区です。 Mrs. GREEN APPLE、米津玄師、YOASOBI——2025年のBillboard JAPAN年間チャートをそのまま体現するような存在が並んでいます。同じ棚に新しいアイドルを置いても、埋もれる。勝てない。だから産業は棚を移すんです。 第二に、ヒップホップ棚はファンダムの動員力で上書きしやすいです。 J-Pop棚がメインストリームのリスナー全体に開かれた「大通り」だとすれば、ヒップホップ棚はニッチに見えて入口が太い棚です。ヒップホップを探しに来るリスナーが集まる分、再生・シェア・プレイリスト追加がそのままチャートの数字に直結します。長年真剣にやってきたアーティストたちがいるけれど、ラッパーのファンとアイドルのそれと動員の規模が違う。小さな棚に大きな動員力を持ち込めば、その棚の"代表顔"になれる問題があると思います。 第三に、「クール」と「グローバル」という文脈が借りやすい? ヒップホップはいま世界的な主流の一角であり、海外のリスナーに説明しやすい共通言語になっています。「ヒップホップをやっている」というだけで、アジアのアイドルが欧米のプレスやプレイリスト担当者と会話できる土台ができる。88risingとの接続、Coachellaへの道。 これらは「共通言語を持っている」という前提なしには開かない扉なんです。 ヒップホップは今のアイドル産業にとって最も機能する棚になってしまっている。悪意の話じゃないです。合理的な選択として、産業の論理がヒップホップを指し示している。 ヒップホップが選ばれているのか、それともヒップホップが使われているのでしょうか TREASUREの直談判——「なぜヒップホップか」がまだ答えられていない https://youtu.be/gZNQs3jA7aE?si=XdS62aHQQ29G4nT6 2026年3月4日、YG FAMILY公式アカウント(@ygent_official)が「2026 YG PLAN | YG ANNOUNCEMENT」と題した動画をXに投稿しました。277万回表示、リツイート7,293、いいね1.3万。動画の冒頭でヤン・ヒョンスク本人が口を開いていました。 https://twitter.com/ygent_official/status/2028847994133717010?s=46&t=6AzZl_y_47z50tqPlqQdTw 「メンバーが直接私のところに来て、『僕たちはヒップホップをやりたいです』と言ってきた。正直、驚いた」 TREASUREのメンバーがYG代表に直談判した話が、Xを席巻しました。「よく言った」「5年分の思いが伝わってくる」という声が連鎖していましたよね、ファンが感動するのは当然だと思います。BIGBANGやiKONに憧れてYG (あのYGじゃないです)の扉を叩いた若者たちが、5年間会社の方針に従い続けた末に、直接トップの部屋へ向かった。だからこそ刺さるのかなーって思いました ただ、感動する前に一度冷静になって考えてみると、なんでヒップホップなのかわからなくなってしまいます。 しかも会社が「ヒップホップでいいよ」と承認した瞬間に、完成してしまうんです。ヒップホップが本来持っていた緊張感——権力と対峙することから生まれる緊張感——とは、別物だなって思います。順序も逆。 ヒップホップの歴史を振り返ると、本物の転換はもっと違う形をしてありませんか? Death Rowを離れたDr. Dreは移籍交渉を自分でやったし、Lil Wayneはキャッシュ・マネーとの契約問題で法廷まで戦って。 Kendrick LamarはTDEを離れ、pgLangとUMG直接契約という形で動いた。共通するのは何かを言うために動いたということですよね。。ヒップホップをやりたいから動いたんじゃなくて、ヒップホップじゃないと言えないことがあったから、ヒップホップという形式を選んだ。 ここで反論が来るのはわかっています。「EminemだってAftermathの承認なしには存在しない。Dr. Dreがプロデュースしたから本物じゃないのか」などなど これはその通り。 ヒップホップの歴史に、権威から完全に自由なアーティストなんて存在しない。 でもそこじゃないんです。問題は、彼らが意志を持ったかどうかじゃない。ヒップホップで何を言うのかがまだ提示されていないことです。ラップがしたいのかヒップホップがしたいのか、何がしたいのかよくわかんないです。 YGスタイルのヒップホップ、という説明はどういうことなのか意味がわかりたいです。何を語るのか、その答えが6月のミニアルバムにあるかどうか、そこを聴かなければいけないなあと思っています。 Number_iの先例——動員がを上書きするとき この問いで最初に摩擦が生まれ始めたのはおそらくNumber_iじゃないでしょうか。  2024年1月1日、「GOAT」が叩きつけられました。元King...

【速報】MIYACHI砲「ラッパーの多くはヒップホップを愛していない」──NY育ちの異端児が日本語ラップの”リアル”を根底からぶっ壊しにきた

image via @kingmiyachi instagram 公開:2026/03/03 最終更新:2026/03/04 更新:2026/03/04(事実関係の追記・表現調整) 3月3日、タイムラインを開いたらMIYACHI(@kingmiyachi)のポストが目に飛び込んできて、ずっとしばらく考えていました。 「ラッパーの多くは本当はヒップホップを愛していない!」 https://twitter.com/kingmiyachi/status/2028700619461345764?s=46&t=6AzZl_y_47z50tqPlqQdTw Likes 210、Reposts 11、Views 14,654(※執筆時点の数値。変動あり)。数字だけ見たら「まあまあバズったね」くらいかもしれない。でも、リプ欄がヤバいんですよ。「正論すぎる」「ずっとそう思ってた」って共感の嵐。そこから「じゃあ本物のHIPHOP愛って何なんだよ?」って本質的な議論がどんどん広がってる。 さらに面白いのが、「ジブラさんとバッドホップはヒップホップ愛してるよ」っていうBAD HOPファンの擁護リプが飛んできたこと。解散から2年経ったBAD HOPの名前がここで出てくるの、めちゃくちゃ象徴的だと思うんですよね。 一見すると、よくある「リアルかフェイクか」論争に見えるじゃないですか。でもMIYACHIという人間の特異なポジションを考えたら、この一言の重みは全然違うレベルなんです。 今日はこの発言の背景を、MIYACHIの経歴、楽曲の系譜、そして日本語ラップが抱える「オーセンティシティの矛盾」っていう3つの軸から、徹底的に掘っていきます。 こちらの記事もぜひ読んでみてください! https://hiphopnewscs.jp/2025/10/22/miyachi-nas-mass-appeal-records-19267/ MIYACHIという「異物」なぜこの男だけが言えるのか ヒップホップの発祥地で育った日本語ラッパー MIYACHIの発言が他のラッパーの同じような批判と決定的に違う理由って、結局バックグラウンドなんですよ。 1993年、ニューヨーク州マンハッタン・アッパーウエストサイド生まれ。日本人のお母さん、アメリカ人のお父さん。両親がピアニストっていう音楽一家で育って、高校時代はJoey Bada$$(ジョーイ・バッドアス)やPro Era(プロ・エラ)がブルックリンから、Action Bronson(アクション・ブロンソン)がクイーンズから勃興していった同時代の空気の中にいた。幼なじみのトラックメイカーたちが周りでラップを始め、そんな環境の中でMIYACHIのヒップホップ人生は始まってるんです。 ここ、めちゃくちゃ重要なんですけど──MIYACHIにとってヒップホップって「輸入品」じゃないですよね。 日本の多くのラッパーにとって、ヒップホップは海の向こうから届いた文化で、DVDやYouTubeで「学ぶ」ものだった。でもMIYACHIにとっては、空気みたいに存在する日常そのもの。ランチタイムのフリースタイル、放課後のビートメイキング。1970年代のサウスブロンクスから脈々と続くヒップホップのDNAが、彼の吸ってた空気の中に溶け込んでた。 https://youtu.be/yEo87oaQXZY?si=I4WxqZsb-jVwVg_G 冷静に考えたらヤバくないですか? 「リアル」の裏側を知る男 MIYACHIが2025年8月にNas(ナズ)が共同創設者のMass Appeal(マス・アピール)からリリースした「HERO」。Rolling Stone Japanが「日本のラップシーンに対する痛烈なメッセージソング」と報じたこの曲、今回のツイートの「楽曲版」みたいなもんなんです。 「HERO」の核心メッセージはこう。平和な環境で育ちながらギャングスタを演じる日本のラッパーたちへの異議申し立て。MIYACHIはNYで刑務所を行き来する友人、路上で命を落とす仲間を実際に見てきた。そのリアリティを持つ彼にとって、ストリートの暴力を「ファッション」として消費する行為って、文字通り冒涜なんですよ。 しかもMIYACHI自身が、その暴力的な環境から逃れるために日本に活動拠点を移してる。逃げたんです。でもそれは弱さじゃない。ストリートの現実を知り尽くしてるからこその判断だった。だからこそ、安全な日本で「タフガイ」を演じるラッパーたちの虚構が、彼の目には耐え難いほど滑稽に映る。 説得力の塊です。 一貫した問題提起の系譜 今回のツイートは突発的じゃないんです。MIYACHIのキャリアを追っていくと、日本のヒップホップシーンへの問題提起は彼の活動のど真ん中にある。 2020年、ジョージ・フロイド事件で世界中が揺れる中、MIYACHIは「ALLERGY」を緊急リリースした。この曲のリリックには「NEW YORK CITYヒップホップ始め、差別があったから生まれ、心がないと曲意味ない」ってラインがある。ヒップホップの根源にある社会的闘争の精神を日本のシーンに叩きつけた。 2025年の「HERO」、同年9月の「DONT LOSE」──全部つながってる・・ 「ヒップホップを愛していない」の意味 5つの理由を考えてみた。 MIYACHIの発言を「フェイク批判でしょ」って片付けるの、あまりにもったいないです。この一言には少なくとも5つの意味が折り重なってると、私は考えています。 ヒップホップは1970年代のサウスブロンクスで、貧困と差別の中から生まれた文化。DJ Kool Herc(DJクール・ハーク)、Afrika Bambaataa(アフリカ・バンバータ)、Grandmaster Flash(グランドマスター・フラッシュ)が築いたのは、単なる音楽ジャンルじゃなくて、MC、DJ、ブレイクダンス、グラフィティっていう4大要素を包む総合的な文化運動だった。 1:文化的ルーツへの無関心 日本のラッパーの多くが、この歴史的文脈をどれだけ意識してるんだろう。トラップビートの上でオートチューンかけて歌うことと、ヒップホップの文化的精神を体現することって全く別の行為ですよね。MIYACHIが問うてるのは、この根本的なズレなんだと思います。 2:「リアル」の空洞化 日本語ラップにおける「リアル」って、OZROSAURUS(オジロザウルス)・MACCHOの伝説的バース「どの口が何言うかが肝心」以降、シーンの根幹を成す価値観になった。でも皮肉なことに、「リアル」って言葉自体が消費されすぎて、定義がどんどん曖昧になってるんですよ。 MIYACHIの視点から見たら、日本のラッパーの多くが追求してる「リアル」って、アメリカのストリート文化の上っ面のコピーでしかない。銃、ドラッグ、暴力──経験したことない人間が体験者のようにラップする。これは「リアル」じゃなくて、最も巧妙な「フェイク」ですよね。 3:商業主義への批判 ヒップホップが日本で巨大な市場になる中、「愛」より「カネ」が先に来る構造が加速してる。2023年のアメリカの音楽市場データ(Billboard Bulletin /...

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