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【音楽批評】Kevin Gates『Islah』がAdeleを超えた日──感情が道徳を超える瞬間とヒップホップ文化

via @Kevin Gates instagram イギリス出身の白人シンガーAdel。 https://youtu.be/rYEDA3JcQqw?si=tIobBV1OKNB_7qsd そしてルイジアナ出身の黒人ラッパーKevin Gates。 https://youtu.be/pR0VsbyZxWg?si=ekC2eBpaCM3SS1JM 相対する二人のスタイルだが、勝ったのはKevin Gatesだった。 感情が道徳を超える瞬間ではないだろうか。 その哲学が最も鮮明に刻まれた作品が、2016年のアルバム『Islah』だ。 Kevin Gatesとは何者か 1986年2月5日、ルイジアナ州生まれ。 母親はプエルトリコ系。父親はモロッコ系。 幼少期にニューオーリンズからバトンルージュへ移り住んだ。以後、この街が彼のすべてになる。 13歳で初逮捕。盗難車への同乗だった。 父親とは幼い頃に離れた。10代で再会したが、14歳のときに他界。彼の音楽に通底する「喪失」と「再生」の感覚は、この原体験から始まっている。 2008年、収監。31ヶ月。 この期間に刑務所の教育プログラムで心理学を学んだ。哲学書と自己啓発書を読み漁った。その日々が、後の独自スタイルの土台を作った。 バトンルージュという系譜 バトンルージュは南部ヒップホップの重要拠点だ。 Boosie Badazz。Webbie。 感情を剥き出しにするスタイルは、この街で生まれた。 2007年、Gatesは地元レーベルと契約。BoosieやWebbieと共にミックステープを制作した。 翌年の作品について、彼はこう語っている。 「多くの痛み、多くの実話が詰まっている」 2011年に出所。2013年の『The Luca Brasi Story』で転機が訪れた。 Pitchforkは「感情的な裸身と確かなリリシズムを注入した」と評した。 この成功でAtlantic Recordsと契約。ただし、自身のレーベルは手放さなかった。妻Drekaとの共同運営。インディペンデント精神の象徴だ。 日本のシーンとの共鳴 この構図は、日本のヒップホップにも重なる。 京都・向島団地で育ったANARCHY。 15歳でラップを始めた。18歳で日本で3例目となる「決闘罪」で逮捕。1年間の少年院生活を経て、音楽で這い上がった。 2008年の自伝『痛みの作文』にはこう記されている。 「後ろ髪引くようなハードな環境、涙の分だけハートは頑丈」 川崎のBAD HOPを率いたT-PablowとYZERRの双子は、14歳で一斉捜査により逮捕された。 彼らの地元は川崎市川崎区池上町。「日本で一番空気が悪い場所」とも呼ばれる京浜工業地帯だ。 Gatesも、ANARCHYも、BAD HOPも、共通点がある。 音楽が「逃げ場」ではなく「唯一の武器」だったこと。 『Islah』という名前 2012年11月30日、長女が誕生した。 名前はIslah。 アラビア語で「改善する」「より良くする」「精神的な覚醒」を意味する。 Gatesはインタビューでこう語った。 「娘が生まれる前、複雑な感情の中にいた。怖かった。興奮していた。娘が来たとき、彼女は私にそのすべてを与えてくれた」 2015年、妻Drekaと正式に結婚。同年、夫妻はイスラム教に改宗した。 デビュー・アルバムに娘の名前をつける。 愛情表現ではない。自身の変容の宣言だった。 2016年1月──歴史的な一週間 『Islah』のリリース日を理解するには、当時の状況を知る必要がある。 2015年11月、Adeleは3rdアルバム『25』をリリースした。 初週売上、338万枚。 史上初めて週間300万枚を突破したアルバムだった。 Adeleの存在は絶対的だった。One Direction、Justin Bieberはリリースを前倒し。Rihanna、Kanye Westは後ろ倒し。 誰もがAdeleとの直接対決を避けた。今で言えば、Taylor Swiftの最新作がチャートを支配し続けている状態だ。 そこにKevin Gatesが、インディペンデントのまま割って入った。 Adeleを上回った瞬間 2016年1月29日、『Islah』リリース。 同週、Rihannaも『ANTI』をリリースした。 結果は── 1位:Rihanna『ANTI』 2位:Kevin Gates『Islah』 3位:Adele『25』 史上最高の初週売上を記録したAdeleを、バトンルージュ出身のインディペンデント・ラッパーがチャート上で上回った。 DJBoothは見出しで叫んだ。 「Holy Sh*t」 二人の感情表現者 文化的背景はまったく違う。 イギリス出身の白人シンガー。ルイジアナ出身の黒人ラッパー。 しかし、共通点がある。 Adeleの『25』は失恋と後悔、時間の経過への郷愁を歌った。 Gatesの『Islah』はストリートでの生存、信仰との葛藤、父性への目覚めを描いた。 どちらも「感情の最も醜い瞬間」を音楽にした。 Adeleは失恋を美に変換した。 Gatesは生き延びるための痛みを、そのまま言葉にした。 矛盾を抱えたまま Gatesの音楽には、常に二つの力が同時に存在する。 堕落と信仰。逃避と向上。暴力と祈り。 この矛盾こそが、『Islah』の感情的エンジンだ。 『Islah』は成長物語ではない。 感情は迷走し、揺れ、後退する。 それでも、嘘はない。 告白の系譜 Gatesの脆さは個人的なものではない。 南部ヒップホップの伝統だ。 Boosieの感情的告白。初期Eminemの赤裸々な語り。教会の説教と刑務所の独白が混ざったような語感。 「Told Me」では、依存症や自殺念慮が信仰と同じレイヤーで語られる。 整理されない。救済もされきらない。 それでも、本物だと伝わる。 ANARCHYの「Growth」も同じだ。貧困、離婚、暴走族時代、少年院──美化されることなく語られる。 BAD HOPのT-Pablowが歌う。 「川崎区で有名になりたきゃ、人殺すかラッパーになるかだ」 スローガンではない。彼らが見てきた現実の記述だ。 次世代へ Gatesの遺伝子は、次世代に受け継がれた。 NBA YoungBoy。1999年生まれ、バトンルージュ出身。 父親は55年の刑で服役中。祖母に育てられたが幼くして他界。強盗で逮捕された少年院で歌詞を書き始めた。 2016年のミックステープ『38...

八村塁とDoja Catに交際疑惑!?八村は完全に否定

現在、ロサンゼルス・レイカーズに所属し、世界最高峰の舞台NBAリーグで活躍を続ける、日本を代表するプロバスケ選手の八村塁。 順風満帆なキャリアを歩む彼に、思わぬ形で注目が集まった。その発端となったのが、Doja Catとの熱愛報道だ。 八村塁は完全否定!Doja Catとの熱愛報道の真偽とは? 1月28日(水)、NBA関連のニュースを発信している「Durant」というInstagramアカウントが驚愕のニュースを投下した。 というのも、八村はDojaと交際関係にあるというのだ。この投稿は瞬く間に拡散され、SNS上では真偽不明のまま様々な憶測が飛び交った。 https://www.instagram.com/p/DUC1XxlDpJ-/?igsh=MTdhcm5pdnprZzM5aQ== コメント欄には「彼女は白人好みじゃなかったのか」「だから最近八村は調子が良いのか」など、噂を半信半疑で受け止める声や、面白半分の反応が。 しかし、八村本人はこの投稿にすぐさま反応。当該投稿のコメント欄に自ら登場し、以下のように述べて疑惑をキッパリと否定したのだ。 「ねぇ、ありえないよ😂。」 彼の一言によってコメント欄は爆笑の嵐に。「ハハハ、仕事が早いな」「疑惑は否定されたよ、はい解散」といった声が並び、噂は本人によって否定された形となった。 両者のプライベートの様子は? Us Weeklyによれば、八村は2021年頃からロサンゼルスを拠点に活動しているフィットネスインフルエンサー、Briana Delgadoと交際していると報じられてきた。 ただし、両者ともSNSでは仕事関連の投稿が中心で、プライベートをほとんど明かしていないため、現在も交際が続いているかどうかは確認されていない。 一方のDojaも、過去に人気ドラマシリーズ『Stranger Things』に出演していた俳優Joseph Quinnとの関係が噂されていたことがある。 2人が共にコンサートへ訪れている様子や、ロンドンの街を並んで歩いている様子が目撃されたことで、「2人は付き合っているのではないか」という疑惑が2024年の8月に持ち上がっていた。 https://www.instagram.com/reel/C-0TSZHpTW5/?igsh=MXBhaW05cDE0NW5nYw== https://www.instagram.com/reel/C-0mMKJJTNn/?igsh=MXc0bmhmdTA2eTIyZw== 実は上記のニュースが報じられる約2年前、同じく『Stranger Things』に出演していたNoah SchnappがDojaとのDMを公開したことがあったのだが、その中で彼女はSchnappに「Quinnに彼女がいるのか否か」を尋ねている。 https://twitter.com/karollinaok/status/1544880008124141568?s=61 しかし2025年の9月、The New York Timesのインタビューにて、Dojaは Quinnとの関係性は既に終わっていたことを明かしていた。彼女によれば「ただ楽しんでいただけ」「流れに身を任せた」とのことである。 今回の八村とDoja Catを巡る報道については、インプレッションを目的とした裏付けのない情報が独り歩きした可能性が高いと見られている。有名人であるがゆえ、些細な噂が瞬時に拡散されてしまう現代のSNS環境。今回、その標的になってしまった八村に同情するばかりだ。 重要なポイント 八村塁がDoja Catとの熱愛報道を否定し、噂が拡散する中で自身の声を上げた。 彼のコメントにより、SNS上では爆笑が広がったが、真実は明らかにならなかった。 八村は2021年頃からフィットネスインフルエンサーのBriana Delgadoと交際しているとの報道がある。 証拠がない情報が拡散する現代のSNS環境が浮き彫りになった。 有名人であるがゆえに、八村は根拠のない情報にさらされる運命にある。 今回の件は、恋愛の噂そのものよりも、「事実確認より拡散が優先される構造」そのものを浮き彫りにした出来事だった。 有名人であるがゆえに、根拠のない情報でも瞬時に拡散され、本人の意思とは無関係に消費されていく。だが、噂がどれだけ広まろうとも、事実は変わらない。 過剰に反応せず、短い言葉で否定し、再び自分の仕事に戻る。今回の八村塁の対応は、その距離感を示したものだった。ゴシップは一瞬で消えるが、積み重ねてきた実力と結果だけが、最終的に残る。 その他の記事 Lil Baby、Gunnaディス疑惑を否定、真実はただの歌詞だった!? Ice Spice、異常な見た目の変化にドラッグの懸念 Lil Mabu:シーンの新星,ゴシップの中心に立つアーティストの戦略 ジェイソン・リー、Diddyのパーティに集った豪華セレブを大暴露 リル・ベイビー、ガンナとの再会を完全否定:「もうお前とは関係ない」

2026年1月第4週|今週のヒップホップニュース総まとめ – Zeebraの問いかけ「ヒップホップとは何か?」

対象期間:2026年1月24日〜1月30日 via @zeebra_the_daddy /@__rykey__923 instagram 2026年1月第4週、日本のヒップホップシーンは「定義」をめぐる根源的な問いに直面した。ZeebraがNumber_iのチャート独占に言及し、「ヒップホップと名乗る覚悟」を問うた。同時に、RYKEYDADDYDIRTYが1年4ヶ月の懲役刑で収監され、「リアルであること」の代償を身をもって示した。 一方で、TOKONA-Xのドキュメンタリー世界配信とCreepy Nutsの北米ツアー発表は、日本のヒップホップが「国内サブカルチャー」から「世界で通用するコンテンツ」へ移行しつつあることを示す。 海外でも、謝罪と再定義、そして“語る権利”をめぐる争いが続いた。J. Coleは「Kendrickへの謝罪」を自分の言葉で回収し、Cardi Bは法廷での“印象操作”に釘を刺させ、50 Centは“人生の物語の権利”をめぐる争いが再燃した。  今週の出来事は、単なる個別のニュースではない。「誰がヒップホップを名乗れるのか」「リアルさとは何か」「日本のシーンは世界でどう語られるのか」──この3つが、国内外を貫いていた。 ⸻ 今週の結論 今週の中心は、Zeebraの発言によって「ヒップホップの定義」という議題が公に提示されたことにある。これはNumber_i個人への攻撃ではなく、チャート構造やジャンル区分という制度設計の問題として読むべきだ。 同時に、RYKEYDADDYDIRTYの収監は、「リアルであること」の美学が持つ両義性を可視化した。才能と破滅が隣り合わせのキャリアは、シーンに複雑な感情を残す。 そして、TOKONA-XドキュメンタリーとCreepy Nuts北米ツアーは、日本のヒップホップが「国内の文脈」から「国際的な語り」へ踏み出し始めたサインである。 ⸻ 〖0〗今週の地図(最初の10秒で掴む) トピック 何が起きた? 重要度Zeebra × Number_i論争 チャート独占に「覚悟」を問う発言。構造問題が浮上 ★★★★★RYKEYDADDYDIRTY収監 1年4ヶ月の懲役刑。「リアル」の代償が可視化 ★★★★★TOKONA-Xドキュメンタリー Amazon Prime Videoで世界配信開始 ★★★★☆Creepy Nuts北米ツアー “入口”を超え、北米へ本格進出...

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不屈の精神で挑み続ける京都発BrooklynラッパーR-Naby:紆余曲折ラッパー人生を赤裸々に語る

Brooklynのジャイアン。このラッパーを見た時の第一印象だ。米国の、ラッパー激戦区のNYで、セルフプロデュース力と不朽の精神でここまで登り詰めた日本人ラッパーは他にいないだろう。その名も、R-Naby(アール・ネイビー)。SNSでも有名な彼が西海岸にライブに来ると聞きつけたので、早速インタビューのアポを取った。 SNSではアンチらと互角に戦い、なかなか癖のある自己顕示欲が強めのメッセージを投稿しているので、この御仁に対しかなりバイアスがかかった、偏見したイメージが先行しているのは否めなかった。筆者も若干構えていたのだが、実際に会ったR-Naby氏は、豪快な見た目も、情に脆そうな雰囲気もジャイアンそのものであった。饒舌で話術に富んでいるものの、裏表無く自身の弱みや弱点も素直に晒け出せる、正直さも持ち合わせている。なんとなく面白くなりそうな予感を胸に抱きつつ、サンフランシスコでライブをしてそのままAmtrakで南下してきた彼と、彼の華奢で美しい奥様とLAのユニオン駅で待ち合わせをし、そのまま彼らの滞在先近くのスタバでインタビューを行った。 ラッパーR-Naby(アール・ネイビー)とは? Sei(以下S):今日はありがとうございます。NYで精力的に活動していらっしゃいますが、初めてという読者さんもいると思うので簡単な自己紹介をお願いします。 R-Naby(以下R):はい。1989年、京都府京都市西京区生まれ、京都育ち、18歳のころにラップを始め、Anarchy、Ryuzo、Magma MC’sに憧れ、京都でラップをスタートさせました。そこでそこからインディーズで5枚のアルバムを22歳までに出して、全国ツアーも28か所回って、京都と東京でリリースワンマン公演ライブを行って、その後2013年にアメリカに渡米して、そっから今に至ります。 S:じゃあ、東京で活躍したのは2011年とか2012年ですか? R:あ、そうですね。2012年から2013年の1年半くらいっす。 S:ヒップホップにハマったきっかけを教えてください。差し支えなければ生い立ちとかも教えて頂けますか? R:ヒップホップのきっかけは僕は13歳のころに、当時『8マイル』というEminemの映画が出て、そのDVDを買ったらその付録にCDがついていて、そこで50CentやEminem、DreやDMXとかTLCとか聴き始めて。姉が持っていたCDボックスの中にあったのが2Pac、Dreとかで、でも当時俺はあんまりヒップホップを知らなかったので、当時エミネムが大好きで彼を聴き始めたら『Stan』が流れてやばいじゃん、ってなって、そこからどんどんのめり込んでいって。 中学校1年2年で聴いたEminemと50centが強烈で、そこからDre、Snoop Dogg、Ice Cubeそれでも圧倒的に好きだったのが2Pacで、中1で13枚のアルバムをお金貯めて買って、そこからギャングスタヒップホップにハマっちゃって、当時の2pacの服装?赤い服にバンダナ巻いて、無地のロンTとSean Jeanのダボダボの履いて、1000円くらいで売ってる金のチェーンを… S:1000円!まあ子どもでしたからね(爆笑) N:そうそう。チェーンを2個ダブルチェーンにして(爆笑)サングラスも150円くらいのDAISOで売ってそうなやつをつけて、手をポケットに突っ込んで、ローソンの前でからあげクンを食べるっていう、不良ごっこをしていたのが入りです。 S:意外ですね。NYのNabyさんの入りがWest Coastだったとは。 N:恐らく当時はNYとか西海岸とか分かってないですね。50CentがNYとか根本的にNYどこ?みたいな。中一だったんで。単純に「かっこいい」ていうファッションや筋肉とかのいかつさ。そっから入って。場所とか関係なくて人物がかっこいいな、みたいな。 S:ラッパーなろうとしたきっかけは? N:元々俺16歳くらいからクラブ活動始めてて。その当時は女の子メインだったんですけど(笑)、その当時DJがクラブでめっちゃモテててたんすよ。今でもそうだと思うんですけど、DJがすごくカッコよく見えたんすよ。で、俺もやってみたいって姉ちゃんに相談したら、ターンテーブル買うお金を半分出してくれて。レコード買うのとかも協力してくれて。とりあえず16歳でクラブDJデビューしました。 S:若いのにすごいですね~。 N:で、そっからDJ シュウマとして活動するんですけど、やっぱ難しい!俺当時R&BのDJになりたくて。DJ Komoriさんみたいな感じに。でもミックスが難しくて気づいたら1曲終わったら1曲流す、みたいな。 S:普通のつなぎ…(苦笑)。 R:そうそう!それしていた時に自分が恥ずかしくなってきて。ダサいっていうの気づいて、やめようと。全然女の子にもモテねーし。当時レゲエダンサーで可愛い子がいて、その子と喋りたいと思って喋りに行ったら、その子が当時あった「プラスダンススタジオ」で教えているから、来なよってなって。その子目当てで行って、のめり込んだんですよ。その当時俺はスマートだったんで、結構身体が動いたんですよ。で、3か月後にダンスショーケースがあるから出ない?ってなって。 S:ダンサーシュウマの誕生ですか? R:ダンサーシュウマでお願いしますってなって。『SEED』って曲でDJ Lead君が経営してるクラブで初めてダンスしたんですよ。ダンスは1年間ぐらい頑張って。 S:それは…17歳くらいの時ですか? R:そうっす。でもやっぱ不良だったんすよね。ダンスしながら不良しながら、バイトしながら、結構大変だったんすよ。で、俺の1個上の先輩に地元のラッパーいたんですよ。ダンサーってモテるんですけど、俺みたいなペーペーは全然モテなくて、そういう話を先輩にしたら「ラッパーってめっちゃモテるよ」って言われて。「ホントっすかー?」ってなって1回限りでやってみろってなって。「来月イベントやるから、お前それに1回限りで出てみ?モテるから」って。 それで1回出てモテなかったら辞めようって思ったんですよ。その時名前を決めようってなって、DJシュウマ、ダンサーシュウマで来てるからシュウマはもういらんわ、ってなって。俺出身が洛西って地域なんですけど、頭文字がRだったんですよ。ぶっちゃけ名前はどうでも良かったんすよね。そのときMagmaのRyuzoさん、Anarcheyさんとかのレーベル名が『R-Rated Radio』って名前だったんでそれも文字って「R-なんちゃらにしよう」って。それでR-Navyってなったんですけど。俺、紺て色嫌いなんすよねーってなって。当時赤が好きだったんですけど、AK-69さんってアーティストがめっちゃ売れてて、京都と名古屋近かったからよくライブに来ていたんですよ。 S:うんうん。AKさんね。 R:あ、ラッパー=赤みたいに。赤が好きで赤のバンダナしたり、赤がめっちゃ好きで「紺」は好きじゃなかったから「(紺色のNavyの)V」を「B」に変えようってなって「R-Nabyにしよう」って。こんな感じにで深い意味が無く決まったんですよ。その当時、(ライブチケットの)ノルマが30人~40人だったんですけど、当時俺不良だったんで、年下にめっちゃ売らしたんですよ。あっという間に売れて、その会場がパンパンになって。すっごいその時解放感を感じたんです。 S:あー、その一回きりのはずのパフォーマンスがね。 R:めっちゃ盛り上がったんですよ。そりゃ後輩とかだから盛り上がりますよね。その後、来月・再来月このイベントやってるから出ろよって言われて「いいんすか?」って感じで。それが始まりです。そっからのめり込んだんです。18歳。 NYに渡った理由 S:18歳。なぜ、NYを選んだんですか?入りは西海岸ですよね? R:なぜNYかというと、これは大人の話になるんですけど、Visaのスポンサーがニューヨークだったから。それだけの話なんです。でもその経緯の方が大事で、なんでアメリカに行ったかっていう話なんですけど。 S:そうですね。なんでアメリカに行ったんですか?聞かせてください。 R:結局はインディーズレーベルで、京都でずーっとやって全国ツアーも出来るようになりました。で、手売りで2000枚売ったんですよ。地元で。それは、後輩に手伝ってもらったんですけど、精力的に動かして、それでお金も稼ぎたかったんです。それを何回か繰り返して、自分の主催イベントで、有名な人が来てくれるようになったんですよ。AK君とかも俺が19歳くらいから来てくれるようになったんすよ。今では大御所になったHokutoさんとか呼べるくらいになったんですよ。やっとAnarchy君主催のイベントにも若手で3年間くらい入ってたんですよ。やっと行ける!みたいなもしかしたら俺メジャー契約できるんじゃないかな?みたいに勝手に思い込んでて。大阪のラッパーとか当時の神奈川のラッパーとかメジャーレーベルからリリースしてる人が増えていったんですよ。でも、俺だけが「あれ?」みたいな感じで。京都でもワンマンしたし、東京でもワンマンしたし。結果、なーんも声かからず。すごい「俺は大物になる!」みたいなこと言ってても現実は…。 S:それは、挫折みたいな感じですか? R:そうそう。めっちゃ偉そうなこと言ってるけどその割には結果がついて来ていない、みたいな。でもやっぱ当時21歳とか何で、悔しくて。あと、その時2チャンネルでもめっちゃディスられてたんすよ。 S:2チャンネルかぁ(笑) R:2チャンネルで3万レスくらいついて。めっちゃディスられて一時はもう家から出られないくらい落ち込んじゃったんですよ。 S:え!今の鋼のメンタルはどこに? R:その当時は豆腐メンタルというか昆虫のメンタルでして(爆笑) 今でも5千レスくらいはアーカイブ残ってるんじゃないかな?その当時Twitterが流行りだして。俺、女好きだったんで、R-NabyじゃなくてH-Naby(エッチ・ネイビー)とか言われて。それがネットで広まるんすよ。あいつは色んな女に手を出してる、みたいな噂流れてそれプラス2チャンネルで書かれて。「俺、終わった~」って感じになったんです。真面目に運送屋で働こうかとかまで思ったんですよ。でも同時に、仲間らが色んな悪いものを売るからいろいろツケが溜まるんすよね。京都のヒップホップはギャングの世界だったんで、売り切れなかったら「ヘタこく」ヘタ料金が凄かったんすよ。でも生き残るにはそうするしかなかったんですよ。俺その時クレジットカード切りまくってたんですよ。借金地獄になっちゃったんすよ。ホントの話、俺姉に「自殺する」って言ったんです。 S:それは、21歳の時? R:そうっす。借金が凄すぎて、精神的にも落ちて落ちて落ちて…ってなった時に、借金はあるし、もうこれ以上音楽は出来ない!ってなったんですよ。次は親に迷惑をかけるし苦しめることになるから、俺はあんま日本にいない方がいいんじゃないかって思いだして。でも、それを世間には言えない。借金があるとか。だから調子に乗って「NYに挑戦する!」とか言っちゃったんですよ。そしたら「あいつNY行くらしいぜ」ってそれがドンドン広まっちゃって。 S:(大爆笑)引き返せなくなっちゃった。 R:しまいには、親にも言ってなかったから姉から聞いたらしくて親も「あんたNY行くんだって?」って聞かれて。VISAとかそういう話は今弁護士としてる、とか伝えて。当時、ラッパーとしての実績もあったし、コネもあったので、色々お金を払えば大丈夫だったんです。それで上手いこと渡米出来て。 でも、内心は成功できなかった、借金があった自分を隠す理由だったんですよ。 S:そうなんですね…。こんな赤裸々に話して頂いてありがとうございます。めっちゃリアルですね。 R:今だから言えるんです。全てチャラになったから。そのまま、ここですね。それがきっかけです。 S:SNS上で見るR-Nabyさんの印象と違いますね。で、NYへ。なるほど。 R:実際はNYの1年後ロス(ロサンゼルス)に来ようと思ってたんすよ。Facebookにも書いてましたし。 S:でも結局NYに13年滞在している、と。 R:だからそろそろ…って思ってます。 NYでのラッパー生活のリアル:オープンマイクに挑戦 S:ヒップホップカルチャーに溶け込んでいくにあたって、ライブハウスに毎晩飛込みしていたとかお話し聞きましたが、苦労した点とかお話を聞かせて頂けますか? R:俺の場合はNYに先輩がいなかったんですよ。例えばDJだったら当時先輩がNYにいっぱいいて、DJは比較的しやすかったと思うんですけど、ラッパーの先輩っていなかったんですよ。当時居たのが、Omen44君ってラッパーだったんですけど彼が唯一知っている日本人ラッパーだったんですよ。その前がBuddha Brand世代だったんで。でもOmen君俺とは12歳くらい離れてるし、もうそろそろ彼もリタイアって感じだったんですよ。その時に出会ったんですよね。でも、俺は日本で上下関係とかいろいろ揉めてきたんで変なプライドがあって「日本人の力は絶対使わない!」って思ってたんですよ。日本人とはつるまないって感じで。 でもNY来た当時は英語もしゃべれない、お金もない。お金は30万しか持って来なかったんすよ。でも、その30万のうち家賃の敷金で10万引いたら20万しか残らなくって。俺アメリカ到着の次の日からキャバクラで働いたんですよ。NYに午後3時に着きました。スーツケース持ったそのまま5時に面接行ってるんですよ。俺NJに住んでいたのにそっからどうやってタイムズスクエア行くんだ?ってなって。行き方分からなかったからとりあえずタクシー乗って。よくタクシーはぼったくられるって言うけど、その時150ドルくらいかかって案の定ぼったくられて(笑)。で、それ引いたら17万くらいしかないんすよ(恐らく当時1ドル=100円くらいの為替相場と想像する)。 そのキャバクラのバイトは週250ドル、賄い付きで結構良くて3か月くらい頑張ったんすよ。でも、3か月後くらいから「俺、何しにNY来たんだろ?」って自問自答が始まって。俺、キャバクラボーイになるために来たんじゃないってなって。その時Facebook見ていたらなぜだかオープンマイクの動画が急に上がってきて。オープンマイクとは?ってなって。1曲サインアップして、並んでみんなの前で歌うってイベントがあるってのが分かって。とりあえず探しに行こうと思って。 S:おお、スゴイなぁ行動力が。 R:で、すぐ調べて次の日に色んなライブハウス…200件くらいは入って「I wanna Sing! Do you have open mic?」って聞いて。そのオープンマイクが出来る場所がやっと見つかって。『Freestyle Monday』ってイベントが毎週月曜日Brooklynにあると。で、それに俺毎週通うことになったんですよ。色んなラッパーが来るわけですよ。当時50人くらいと情報交換して、今日はここでオープンマイクしています、今日はここでやってるみなシェアを始めるんです。それがどんどん広がって行って、その時にパッと閃いたのが、これ毎日やったら面白いんじゃない?365日オープンマイクってヤバくない?ってなって。 S:やばいやばい。 R:でも、金がないと。ボーイの仕事って夜じゃないですか。 S:オープンマイク行けないですよね? R:ということは、仕事変えないとだめだねってなって。俺、辞めたんですよ。 S:はや! R:俺、「炙り焼き金之助」って飲食店の皿洗いの仕事が朝5時から午後3時まであって。賄い付きがあって。そっちの方が良いってなって。で、これみんな聞くんですけど、俺本当に毎日行ったんですよ。というか、毎日オープンマイクがあったのが、当時のニューヨークだったんですよ。多い時は一日4件はしごして。思えば俺はラッキーだったんですよね。だって今オープンマイクやってないっすから。あんまり。 一日1件は必ずどこかでやってて。毎日やってるとこもあったんですよ。 S:それはどれくら続けたんですか? R:えっとね、約2年…1年8ヶ月です。でも、そこから、だんだん自分に懐疑的になるんですよ。毎日オープンマイクやってるけど、俺はもっと上に行きたい。どうしたら次俺は、フライヤーに名前が載るのか?どうやったら黒人と共に一緒に並べてライブが出来るのか?ということを考え始めた時に、たまたまブッキングエージェントとオープンマイクで出会ったんですよ。 S:おー、運命! R:それが『More Booking Agency』ていうNYででかいブッキングエージェント会社なんです。そこでAggy(アギー)って奴が俺の担当者になったんすよ。俺めっちゃ嬉しくて。契約書も読まずに契約しちゃって(笑)。でも蓋開けたらフライヤープロモーション全てエージェントが用意する。その代わりノルマが全イベント15万以上。でもフライヤーには名前が載る。だからそこでアーティスト力をつけて、上に行けるだけのことを学んでください、みたいな感じが書いてあって。それがあればファンも聴く人も増えるから、と。でも俺はとりあえずフライヤーに名前がクレジットされかった。で、とりあえず2年やる、と。日本で言うノルマ地獄でしたよ。 S:それは何歳くらいの時だったんですか? R:NY来て丁度4年目くらいですね。25歳~26歳の頃ですね。でもね、だんだん呼べなくなってくるんですよ。じゃあたまにはチケットが20ドル。15枚売ると300ドルなんすよね。もう自腹ですよ。 S:ああ…そこで地獄が始まるんだ…。 R:でも、昼間のバイトはずっと極めていたんで、レストランのスキルが上がってきたんですよ。皿洗いからどんどん下剋上して。 S:え、調理とかも? R:めちゃめちゃしました。その時は俺ラーメン屋のセカンドシェフにまでなっていました。でも、その時は週800ドルくらいキャッシュでもらっていて、当時としては悪くない給料で稼いでいて。でも、ノルマ地獄で。且つレコーディングもしなきゃいけないし。 そこからノルマ地獄を2年間過ごしてたんですけど、ちょっと話を戻してボーイ時代にUniversalの関係者がNYのキャバクラに遊びに来たんですよ。その時俺は覚えていなかったんですけど、その人が俺に何になりたいの?って聞いたら「俺ここで有名になりたいんすよ」って目をガンガン光らせて言ったらしくて、その人となぜかFacebookを交換したんです。それからその人ずーっとおれの活動をFB通じて見てくれていて。俺の活動を知っていて2017年の2月3月くらいにFBから連絡が来て。で、どこかと契約していなければUniversal Gearの方で契約どうですか?って。それでそこで日本のメジャー(レーベル)と繋がったんです。 S:それが…27歳の時? R :そうっす。2017年の2月。そこから今に至るっていう。 S:そのNYのブッキングのアギーさんとは? R:まだ超仲良いです。たまーにイベント出るくらいですけど。でももうノルマとか一切ないので。 こうしていれば良かった談とA-Thugさんについて S:あのR-Nabyさんといえば、SNSでアンチと戦ったり、私の中で「我が道を突き進む鋼のメンタル」っていう印象が強いんですが、こうしておけば良かったな?みたいな経験はありますかね? R:こうしておけば良かった…は、プライドを捨ててもっと日本人とつるんでいれば良かったって思いますね。そうしたらもうちょっと違う景色があったんじゃないかなって。俺は黒人とつるむって道を選んだから、それはそれで間違いではないんすよ。でも、俺は日本人をシャットダウしちゃったんで、それは良くなかったかなって思います。今となれば。 S:今の周りのホームボーイズは皆非日本人ですか? R:そうっすね。ここ最近日本人コミュニティにも関わるようにしようとしてるんで。俺素直になれなかったんですよ。 S:でもそういう方、けっこう海外に住んでいる日本人に多くて。やっぱ日本人とつるまないで頑張る!みたいな方もいるんですけど。やはりセーフティネットというか、最後頼りになるのは日本人だったりすることもあるのでね。 あの日本人繋がりになりますが、NYには今A-Thugさんとか活躍されているじゃないですか? R:活躍はしてないです(大爆笑) S:活躍されてないんですか?フリースタイルバトルとか、オープンマイクとかも? R:彼は「自分音楽作ってるだけだから」って言ってて。ライブも1回だけかな?そのOmen君のイベントで。 S:A-Thugさんとコラボ予定とかないんですか? R:彼とは俺の『So Japan』をリミックスをさせてくれ、と頼まれたんですけど。それは無理なんですよ。 S:何でですか? R:いや、『So Japan』があるから今の自分がある、くらいの曲なんでこれがあるからNYで戦えてるし、色んな人と出会えてるし、そんな安い曲じゃないんですよ。今じゃない、っていうか。でも他の曲だったら是非コラボしたいですね。俺、彼に色々バイトも紹介しているし(笑) S:なるほどね。 R:でも彼からは、「R-Naby君は有名な日本人アーティストと一緒に何かやったら絶対バズるから!」とは言われましたね。 S:あー、わかるような気がします。ではこの記事を読んだ日本のアーティストさんから連絡が来ると良いですね(笑) R:もう30後半でもうプライドとかなんも無いですからね!ブレイキングダウンとか、ラップスターとか出てみたいですし。 https://youtu.be/2MhabTIZMEw?si=_wsngQ-fAaHklXIN 新アルバム『Self...

【HIPHOPCs独占インタビュー】KIRA-窪塚洋介が託した声、クラブからマカオ、そして『Omotenashi』制作秘話

大阪・アメリカ村のクラブカルチャーからキャリアをスタートさせ、マカオのカジノステージ、ヒップホップ、R&B、レゲエというジャンルの境界を軽やかに越えながら、"KIRA" 彼女は常に“歌で生きる”という選択を更新し続けてきた方です。 華やかな経歴の裏には、声帯結節や子宮内膜症といった身体的な試練、、そして「ありのまま」をさらけ出す覚悟があった。それでも彼女が音楽を手放さなかった理由は、音楽が、彼女自身を救ってきたから。卍LINE(窪塚洋介)との共演曲「TERRY JANE」、レゲエシーンに刻まれた名曲「FANTASY」、そしてなんと12月12日にリリースされた【KIRA & MICHVEL JVMESによる新EP『Omotenashi』】 KIRAが音楽に出会った原点から、プロとして生きる覚悟、仲間や恩師との“縁”、そして今なお進化し続ける現在地まで、そして新EP、飾らない言葉でについて語ってもらいました。 https://youtu.be/1cjjAw_jmLc?si=Y6cTUVtk2rc6Wg1u 音楽活動の原点と歩みについて Cook - よろしくお願いします!KIRAさんが音楽の道を志されたきっかけや、アーティストとしての原点についてお聞かせください。 KIRA - 物心ついた時からずっと大声で歌うのが日課で、中学から当時アメ村でDJをしていた兄の影響でブラックミュージックに興味を持つようになり、イベントに遊びに行ったりして。そのうちクラブやライブハウスで歌ったり、同世代のビートメイカー達と楽曲制作するようになりました。 初めてのレギュラーは木曜日のItoIで当時お世話になってた先輩が主催してたヒップホップのイベントで、そこで出会った仲間がバックDJとして一緒にライブしてくれたりイベント開いて歌わせてくれたり。わたしも先輩に教えてもらってSAM2でイベント主催したりもしてました。 Cook - 中学から!デビュー前にマカオのカジノで日本人初の歌手としてご活躍されたという異色のご経歴をお持ちですが、そのご経験が後の音楽活動にどんな影響を与えたのでしょうか? KIRA - マカオ行く前は学校みたいにクラブ行ったり出演してただけで、歌を職業にしたいとは思ってませんでした。けど向こうで初めて歌でご飯を食べることを経験して、その時、日本帰ったら次はカバーじゃなく自分が作った曲でご飯食べれるようになりたいと思ったのを覚えてます。 マカオでのショーは1日2時間×週6日、ステージで声が枯れて全く出なくなったり誰にも見向きもされない日もあったり。プレッシャーとホームシックでめちゃきつかったけど、それ以上に得たものが多くて。 当時マカオまで来てくれた新人発掘の仲村さんという方が、大好きなプロデューサー("TERRY JANE"や"I'm So Good"のKAZUHIKO MAEDAさん)と出会わせてくれたり、その時の流れが後のレゲエとの出会いにも繋がっていくので、経験としてもご縁としても自分がプロになっていく最大のきっかけやったと思います。 Cook - 凄い。プロとしての意識がそこで培われたんですね。 楽曲制作について https://youtu.be/kl0KxBvX354?si=tYgWfTM9a1XpCkUH https://www.instagram.com/p/BX0QUO6lrJg/?igsh=Y3Jqa2dxNjVlcW5t https://open.spotify.com/track/6VSAacedU3c01cjGdRAdel?si=utPSCYjnSEiNV6phlI-8UQ Cook - ファンの方から特にご要望の多かった、卍LINE(窪塚洋介)さんと共演された「TERRY JANE」についてお伺いしたいです。どのような経緯で制作されることになったのでしょうか。また、制作過程での印象的なエピソードや、楽曲に込められた想いを是非! KIRA - デビューしてもずっと大阪在住で活動してて、ある時420RECORDZ...

コラム

Number_iはなぜヒップホップチャート1〜4位を「独占」できたのか

──Apple Music上位占拠が投げかける7つの問いと、シーンが報われるための論点整理 via @neverdesign96・@number_i.official・@yzerr_breath はじめに:批判ではなく「ジャンル設計」の話 ここ最近話題のトップになっているこの問題 発端は2026年1月、Number_iがApple Musicのヒップホップ/ラップ部門で1位から4位を独占した──という情報が拡散した。この出来事に、どこか引っかかりを覚えた人もいるだろう。 そしてこの出来事にYzerr,T-Pablow,Watsonが武道館で未公開楽曲Dassaiで言及。 本稿は、Number_iやファンを頭ごなしに否定するための文章ではない。むしろ論点は逆である。“ヒップホップ”という棚(ジャンル枠)で起きたことだからこそ、いま一度、装置の仕組みと責任の所在を整理したい。 「なぜ、J-POPではなくヒップホップだったのか」 この問いに輪郭が出れば、議論は好き嫌いやアイドル叩きから離れ、業界設計の議論に上がる。そしてそれは、何よりラッパーが報われる構造を考えることにつながる。 第1章:何が起きたのか──「上位独占」が持つ性格 Apple Music ヒップホップ部門 1〜4位独占(とされる状況) 今回Number_iで埋まったことで、起きることは明快だ。 第一にApple Musicで“ヒップホップ”を探しに来た新規リスナーが、まずNumber_iに触れる、そしてアルゴリズムが上位曲を“その棚の代表例”として学習し、推薦が寄る。その結果、同じ棚で10年・20年活動してきたアーティストの可視性が相対的に落ちるという事 これは負けた側が努力不足という話ではなく、ジャンル別チャートは、ただの人気投票ではなく、“入門口”を握る装置だからである。 「競争の結果」だけで片付ける? もちろん、ファンが支えること自体は自然だ。応援は正当で、熱量は文化の一部である。ただし、ここでズレが生まれる。 ファンダム(彼らのファン層)の動員力 ヒップホップとしての評価(シーン内の批評・文脈・共鳴) この2つは一致する場合もあるが、常に同じではない。そして問題の火種は、動員力が“ヒップホップ棚”の中で継続して発揮され、結果として入口が塗り替わったこと。 今回はあえてこの問題に踏み込もう。 第2章:Number_iとは誰か──議論を誤らせないための前提 メンバー 平野紫耀 神宮寺勇太 岸優太 3人は元King & Prince。ジャニーズを離れ、TOBEへ移籍した。 TOBE代表:滝沢秀明氏 ここで重要なのは、「誰がジャンルを決めたのか」という点だ。ジャンル表記は、アーティストの自己定義であると同時に、流通・マーケティング上の判断でもある。 メンバー本人の意向なのか 事務所(TOBE)の方針なのか 配信・レーベル側の整理なのか 現時点では外から断言できない。だからこそ本稿は、推測で断罪しない。ただし逆に言えば、説明がないままだと推測が増える。この構造が、今回の痛点である。 第3章:「ラップ」と「ヒップホップ」の違い──揉めるのはここが混線するから 整理する。 ラップ(Rap):技術。韻、フロウ、リズムへの乗せ方。ポップスにも搭載できる。 ヒップホップ(Hip-Hop):文化。歴史、現場、批評、対立、自己証明の倫理を含む。 「ラップができる」ことと「ヒップホップである」ことは、同義ではない。これは排除のための区別ではなく、(ジャンル)棚の意味を守るための区別である。 Number_iがラップ技術を磨いてきたことは、多くの人が認めるところではある。そして彼らのキャリアは“持たざる者の成り上がり”とは別の文脈にある。このギャップが、ヘッズとリスナーの摩擦が起こしているのだ。 第4章:Number_iをめぐる7つの問い──批判ではなく、検証の論点 現状のコメント欄やシーンの空気が引っかかるポイントは、だいたいこの7つに集約される。 問い① FC課金構造は、旧来のアイドルモデルと連続していないか TOBEのFC料金(あなたの原稿の記載) 初年度 6,200円 2年目以降 5,200円特典に「ファンレター」が含まれる。 ここで言いたいのはFCは悪ではないし、非常に良くできた収益設計であること。問題は、“閉じた関係性”で成立する強い動員力が、“開かれた批評文化”を持つ棚(ジャンル)に入ったとき、入口の意味が変わり得る点だ。 ヒップホップは本来、参加資格が課金で決まる文化ではない。だからこそ相性の悪さが議論になってしまっている。 問い② 発声・歌い回しに“育成の履歴”が残っている? Number_iのラップを聴いて、どこか聴き覚えのある感じがした人もいるかもしれない。あの裏声を混ぜたような独特の発声。 実は、以前HANAはラッパーなのか?で、一例として取り上げた嵐の櫻井翔、KAT-TUNの田中聖のラップと非常によく似ている。 アーティスト発声の特徴櫻井翔(嵐)裏声混じりの独特な発声田中聖(KAT-TUN)同様の特徴Number_i同様の特徴 ここはあくまで推測になるが、おそらくジャニーズの育成システムの中で、ラップの発声練習が長年同じ方法で行われてきたからではないだろうか。 Number_iの発声がジャニーズの型に聞こえるとすれば、それは彼らの個性というよりも、育成システムの名残なのかもしれない。 問い③ 「自律」は実現しているのか Number_iは「自分たちの音楽を追求している」と語っており、志が素晴らしい。 構造を見るとこうなっている。 項目ジャニーズ時代TOBE移籍後収益構造FC課金モデル同じファン層ジャニーズファンそのまま移行発声方法ジャニーズの型変わっていない 「事務所を変えた」ことと「構造から自律した」ことは、もしかすると別の話なのかもしれない。“構造が変わったのか”が見えにくいこと自体が、疑問を生む可能性もあるのだ。 問い④ アイドルではないを志向しながら、アイドルの仕組みであること Number_iは「アイドル」というレッテルから距離を置きたいように見える。ヒップホップアーティストとして認められたいという意志が感じられる。 しかし、収益構造を比較すると Number_i一般的なラッパーFC年会費5,000円なしファンレター特典なし番組観覧抽選なし音源・ライブ主軸 この構造は、ヒップホップというよりも、やはりアイドルビジネスに近い。アイドルではないと主張しながら、アイドルの仕組みで収益を上げている──この点に、少しねじれを感じる人もいるかもしれない。 この2つは同居できるが、説明がないと彼ら自身の首を絞める危険がある。 問い⑤ チャート独占は「ジャンルの占有」になっていないか ここは言い切りすぎると攻撃になるので、精密に書く。 入口を押さえると、新規がその棚を“それ”だと学習する その棚で長年やってきたアーティストの露出が相対的に減る だから当事者は「棚の意味が上書きされる」と危機感を持つ これは嫉妬ではなく、可視性=生存の話である。 問い⑦ 「なぜヒップホップなのか」の説明がない 結局これが全部の根だ。 J-POPでも、ポップラップでも、ダンスでも成立したはずなのに、なぜヒップホップを選んだのか。 憧れなのか 世界戦略なのか マーケ判断なのか あるいはプラットフォーム上の便宜なのか 語られない限り、現場側は最悪の解釈をしやすくなる。Apple Music側のアーティストジャンルは、提出情報や運用上の判断が関わり得る(少なくとも“選ぶ/申請する”概念は存在する)。ならば、レーベル/運営が指定したのか、配信ディストリビューターが合わせたのか、プラットフォーム側の分類なのかこの“決定権の所在”が不明なまま、棚だけが既成事実化している状態も違和感を覚える人が出てくる理由かもしれない。 同じく「ヒップホップ」を名乗りはじめたアーティストとして、Fukase(SEKAI NO OWARI)がいる。 FukaseNumber_iレーベルDef JamTOBE制作自分で始めた事務所主導収益構造レーベル契約+ライブFC課金モデル発声独自に確立ジャニーズの型 Fukaseにも疑問がないわけではない。ただ、「自分で制作を始めた」という動き方やDef Jamである点で、Number_iとは構造が異なる。この形は今後も残りうるかもしれない。 第5章:シーンの声はなぜ上がるのか──「嫉妬」で片付けると、ラッパーが報われない 第5章:ラッパーたちの反応 反応している人たち ラッパー発言・楽曲立ち位置T-Pablow「不正ばかりの世界興味ない、ただ別に有名になれれば手段とか選ばない」武道館で発表した未公開新曲最前線(BAD HOP元メンバー)YZERR「何がお前らと同じランキング?ジャンルが違うだろR.I.P」最前線(BAD...

普段ライターって何聴くの?オススメHipHopアルバム5選【Sei編】

今回は読者から「ライターたちが普段聴いてオススメするHipHopアルバムを教えて欲しい」とリクエストがあったので、筆者も「化石」や「浦島太郎」と言われないよう頑張って、遥かなる昔…否、我らの青春時代から最近の推しまでを紹介しようと思う。 ただ、自他共に認めるヒップホップオタクなので、ある程度好みの偏りはあるものの、好きなアーティストや歌が多すぎて選べないのだ。たった5つに絞ることなんて無理ゲーなのである。そこで思いついたのが、「一粒で2度おいしい」もどき、1枚に名アーティストと名曲が沢山詰まったおいしいトコ取りの、映画サウンドトラックの存在。著作権の関係か、最近あまり目にしなくなったものの、今回はヒップホップ系の楽曲が使用されているサントラから推しの5点を紹介しようと思う。 https://hiphopnewscs.jp/2025/12/28/普段ライターって何聴くの?オススメhiphopアルバム5/ Friday (1996) まず初めに紹介したいのが、当時横にのけ反りながら「Damn・デーム!」というジェスチャーを流行らせたIce Cube(アイスキューブ)出演の名コメディ『Friday』のサントラだ。どうやらキューブ氏は現在続編を作成中との噂だが、これはヒップホップ好きにはMUSTで聴いて欲しい逸品である。印象的なイントロ「Thank God It’s Friday(TGIF)!ブ、ブ、ブ、ブ、ブヤカッシャ~」から始まるDr. Dre(ドクター・ドレ)の『Keep Their Heads Ringin’』からアイスキューブの『Friday』、その他Cypress Hill(サイプレス・ヒル)、Scarface(スカーフェイス)、Tha Alkaholiks(ザ・アルカホリックス)らが楽曲を提供している。名サウンドトラックの1つである。 https://youtu.be/Gg5KfL-4asE?si=oYDCGCKMwQlZjjvv Space Jam: Music from and Inspired by the motion picture (1996) 90年代はサントラ黄金期で、名作が多い。もう1つ1996年からの名盤は、『Space...

Intelligence Unit

2026年1月第3週|今週のヒップホップニュース総まとめ ─ J. Coleの引退

via @50Cent @21savage @realcoleworld 10年越しのアルバムが問う、ラッパーの「終わり方」 2026年1月第3週のヒップホップシーンは、未来への布石と過去の再評価が同時に進行する、複雑かつ豊かな様相を呈した。J. Coleが長年予告してきたアルバム『The Fall-Off』のリリース日を確定させ、ラッパーの「キャリアの終え方」という大きな問いを投げかけた。時を同じくして、伝説的デュオClipseがグラミー賞の舞台に立つことが決定し、15年越しの「物語の回収」が始まる。さらに、人気企画Verzuzの復活や、50 CentによるDMXのドキュメンタリーポッドキャストの発表は、プロデューサーや故人の功績をいかにして次世代に語り継ぐかという、シーン全体の課題を浮き彫りにした。 今週の出来事は、単なる個別のニュースではない。アーティストが自らの物語をいかにコントロールし、歴史をどう再定義し、そして次世代に何を残すのか。ヒップホップという文化が持つ、ダイナミックな自己言及性と進化のプロセスそのものが可視化された一週間だったと言えるだろう。 今週の結論 今週の中心は、J. Coleが『The Fall-Off』の発売日を確定させたことで「キャリアの終わらせ方」というテーマが一気に現実になった点にある。 同時に、Clipseが“いま”の評価軸でグラミー主要部門に食い込み、過去の遺産が「再証明」される局面が来た。 そしてVerzuzは、ラッパー中心の物語から「制作カタログの力」へ視点を戻し、プロデューサーの価値を表舞台に引き上げた。 〖0〗今週の地図(最初の10秒で掴む) トピック何が起きた?重要度J. Cole『The Fall-Off』が2/6リリース確定。"終わり方"が主題化した★★★★★Clipse × Pharrell2/1グラミーで15年ぶりの「再会」が公式舞台へ★★★★☆シーンの現在地ビーフ、DMXポッドキャスト、Carti裁判、Verzuz──4つの断面が同時進行★★★★☆ 今週の結論: 2026年のヒップホップが問うているのは「どう終わるか」と「どう語り継ぐか」。J. Coleは幕引きを、Clipseは中断の回収を、50 CentはDMXの物語を、Verzuzは裏方の価値を──それぞれの形で"完結と継承"を同時に走らせた週だった。 〖1〗重要ストーリー3本 ▶1:J. Cole『The Fall-Off』(2/6)──「引退」より先に、"終わり方"を作品にする J. Coleが『The Fall-Off』を2026年2月6日にリリースすると発表した。 タイトル自体が長年の伏線だっただけに、今回はただの新作告知じゃない。「物語が日付を持った週」だった。トレーラーは派手さを排し、セルフサービスの洗車場や静かなダイナーで日常を映す。ナレーションはこう問いかける。 Everything is supposed to...

2026年1月第2週|今週のヒップホップニュースを総まとめ

「物差しが壊れ、作品が戻った」──チャートの地殻変動と創作の帰還が交錯した1月第2週 HIPHOPCs Intelligence Unit|2026年1月16日更新 via @realcoleworld @asaprocky instagram 2026年1月第1週 | 今週のヒップホップニュースを総まとめ この記事でわかること YouTubeがBillboard集計から離脱(1/16施行)──チャートの"物差し"が変わる歴史的転換 J. Cole『The Fall-Off』が2月6日リリース確定──8年越しの待望作、ダブルアルバムの可能性 A$AP Rocky『Don't Be Dumb』本日リリース──8年ぶり復帰、Tim Burtonコラボ、Spotify史上最多プリセーブ Rolling Loud 2026がマイアミからオーランドへ移転──"聖地"の概念が更新された週 KING OF KINGS 2025でT-TANGGが日本一のMCに──賞金300万円、延長戦の激闘を制す RIP SLYME×Creepy Nuts対バン決定──活動休止前最後の世代横断イベント 今週の地図──5秒で掴む 領域今週のキーワード注目度Industry(業界構造)YouTubeがBillboard集計から離脱(1/16施行)★★★★★Release(リリース)J. Cole『The Fall-Off』2/6、A$AP Rocky『Don't...

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