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2026年6月8日、Zepp DiverCity (TOKYO)。
キングギドラ、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND、RHYMESTER、T-Pablow、STUTS、¥ellow Bucks、MC TYSON、OZworld、DJ CHARI & DJ TATSUKIが、同じ夜のステージに立つ。
これ、結構すごい絵だと思う。
1995年から2020年代まで、日本語ラップは地下、ストリート、メジャー、ポップ、批評、それぞれの場所でバラバラに動いてきた。30年かけて分かれていったものを、たった一夜の同じ照明の下に並べる。これは、当たり前のブッキングではない。
公演名は「THE SUCCESSOR MAJ HIP HOP TRIBUTE」。MUSIC AWARDS JAPAN(以下MAJ)の2026年アワードウィーク内企画として組まれている。公式ページには「ジャパニーズ・ヒップホップ40年以上の歴史を称えるセレモニー」と書かれている。プロデュースは高木完、Zeebra、YZERRの3人。主催はCEIPA、共催はJMCE、企画制作はMAJ 2026実行委員会とJDDA。第一弾出演者は2026年3月26日に発表された。ここまでは、すべて公式情報のとおりである。
ただ、本稿が問いたいのは「これは正史か」ではない。
第一弾の段階で「これが正史です」と言い切るのは、たぶん早い。フェスのブッキングは、出たい人と出られる人、スケジュールが合う人と合わない人で変わる。編集の意図と実際の顔ぶれは、ぴったり一致しない。それに「正史化」と言ってしまうと、MAJの言うことを丸ごとオーケーすることになる。これも違う気がする。
問いたいのは、もう少し手前のことだ。
MAJが「継承」と言ったとき、何を選んだのか。何を選ばなかったのか。その選び方が、日本語ラップの自画像のどこを浮かび上がらせて、どこを見えなくするのか。本稿の関心はそこにある。
そしてもう一つ、本稿は最後に別の問いに戻る。MAJがTHE SUCCESSORでやろうとしているのは、結局のところ、何の動きなのか。──この問いは結びで回収するので、まずは順を追って見ていく。
問いは4つ。なぜプロデューサーは高木完・Zeebra・YZERRなのか。第一弾出演者はどう配置されているのか。第一弾の輪郭の外には誰がいるのか。そしてMAJは「継承」を、誰が決めるべき問題として描き直そうとしているのか。
THE SUCCESSORが置かれている文脈
THE SUCCESSORは、単独のヒップホップイベントとして読めない。
本公演は、6月5日から13日までのMAJアワードウィークの中の一夜だ。
同じウィーク内には、6月8日にジャズ企画「JAZZ NOT ONLY JAZZ in MAJ」、6月9日に「リスアニ!LIVE on TOKYO ANIME MUSIC HIGHLIGHTS」と「Women In Music – EQUAL STAGE」、6月10日に大滝詠一トリビュート公演、6月11日に演歌・歌謡曲LIVEや「Shibuya Sound Scramble 2026」(渋谷duo MUSIC EXCHANGE/Spotify O-WEST/Spotify O-nest)が並んでいる。
このラインナップ、けっこう意味がある。
ジャズ。アニソン。シティポップ。演歌・歌謡曲。女性アーティスト。ヒップホップは今回、これらと横並びで置かれている。「日本の音楽史を作るジャンルのひとつ」として、MAJの枠の中で位置づけられた、ということだ。ジャンルとしての公的な承認である。
これは、めでたい話ではある。
ただ、ちょっと気になることもある。Hip-Hopは、音楽ジャンルである前に、生き方や価値観を含むカルチャーだ。1990年代以降、日本語ラップが繰り返し言ってきたのはそこだった。横並びで「音楽カテゴリのひとつ」として扱われたとき、その自己定義はどこまで残るのか。この問いは、本公演を読むあいだ、ずっと底のほうで鳴り続ける。
「称える(tribute)」という言葉のチョイスも、地味に重要だ。
批評ではない。検証でもない。再起動でもない。儀礼である。MAJの賞構造の中に、ライブの形で組み込まれた儀礼。本公演を読むことは、Hip-Hopが日本の音楽産業の儀礼の中にどう収まろうとしているか、を読むことでもある。
三人のプロデューサーが引く線
高木完、Zeebra、YZERR。
この3人を結ぶと、日本語ラップ40年が3つのフェーズに分かれる。3人それぞれが、日本語ラップの歴史で「他の誰かでは代えがきかない」位置にいる。この3人を同時にプロデューサーに連れてこられた、というだけで、MAJの本気度が伝わってくる。
高木完。1980年代、近田春夫&ヴィブラトーンズや、藤原ヒロシとのタイニィ・パンクス、メジャーフォースを通じて、日本語ラップの黎明期をつくった。1996年さんピンCAMPよりも前。「シーン」という言葉が成立する以前から、音をつくってきた人だ。日本語ラップが今のように「シーン」として整理される前の時間を、自分の体で持ち越してきた人物、と言ってもいい。
Zeebra。1995年、キングギドラとして本格デビュー。1996年さんピンCAMPを経て、2000年代以降、日本語ラップが「シーン」として商業的にも批評的にも成立する局面の真ん中にいた。それと同時に、ABEMA『ラップスタア誕生』、BS SPACE SHOWERのラップ番組群、かつての『BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権』など、メディアやコンペティションの場で、次の世代を引き上げる側にも長く回ってきた。BAD HOPのT-PablowとYZERRが世に出るきっかけも、ここにある。最近はMAJ周辺やJDDAなど、業界の制度づくりにも関わっている。本公演ではプロデューサーをやりつつ、出演者キングギドラとしても自分自身ステージに立つ。何枚も帽子をかぶっている人だ。
YZERR。BAD HOPの中心メンバーとして、2010年代後半から2020年代の日本語ラップを引っ張ってきた。BAD HOP解散後はソロアーティストとして動きながら、自身が主宰するFORCE FESTIVAL、FORCE MAGAZINE、AH1(ASIAN HIPHOP CONNECTION)と、独自のネットワークを次々に立ち上げ続けている。Zeebraに引き上げられて世に出た側から、今は自分がフックアップする側に回った人物として、本誌でも「フックアップが世代を超えて受け渡される瞬間を、ほぼリアルタイムで見せている人物」と書いてきた。アーティスト、経営者、メディアのトップ、フェスの主催。どの肩書きから見ても、現代日本のヒップホップ・カルチャー全体を動かしている立場にいる。
3人を並べると、「黎明 → シーン化 → 現代ストリート」という線が一本、すっと引ける。日本語ラップの一番太い動脈をひと筆で結ぶような選び方だ。40年という長い時間を、一人の英雄物語にしない。世代をまたいだ複数の主役で受け渡す。これは、はっきりとした意思表示として読める。
そのうえで、見えてくることもある。
MAJが今回引いた線は、日本語ラップの一番太い動脈の上を通る。仮に、もう一段プロデューサー枠を広げていたとすれば、ECD(故人)、THA BLUE HERB、KICK THE CAN CREW、SEEDA、ANARCHY、SCARS/MSC系、TOKONA-X、PUNPEE、KREVAなど、別の系譜の代表者が並んでいた可能性もある。3人のプロデューサー編成は、いくつもありえた選択肢のうちのひとつだ。
MAJが「歴史を称える」と言ったとき、その編成は、太い動脈の上に乗っていた。動脈と動脈のあいだを埋めてきた、批評的な系譜や地下の深化は、本公演の編集の中心からは少し外れたところに置かれている。これは、観察できる範囲の事実である。第一弾発表時点で見えるのは、ひとつの編集の線だ。
第一弾出演者陣の配置──そして賞構造との二重編集
第一弾の9組/個人を、3つのレイヤーに分けて読む。「歴史」「橋」「継承者」。この分け方が、どこまで通用するか。
「歴史」として召喚されている者
RHYMESTER(1989年結成)、キングギドラ(1995年デビュー)、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND(1998年結成)。
この3組が、本公演で「歴史を代表するレジェンド」のポジションを担う。RHYMESTERはさんピンCAMP世代の中核として、今も第一線で動いているリビングレジェンド。キングギドラは、日本語ラップの韻と物語性を確立したグループ。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDは、1996年さんピンCAMPの熱を「クルー」というフォーマットに固定した最初の例のひとつで、2019年の活動再開以降も止まらず、2025年からは本格的に再始動している。メンバーのXBSが2026年4月から保育園の施設長になった話は、本誌で詳しく書いた通り、この世代の「現在地」を象徴的に示している。
ただ、ここで一度立ち止まりたい。
「歴史」が、等しい広さで取られているわけではない、という話だ。
ECD、THA BLUE HERB、スチャダラパー、雷家族、MICROPHONE PAGER系。これらの存在も、別の編集の線であれば、「歴史」のレイヤーに召喚される可能性は十分にあった。
第一弾で召喚された3組は、どれも「制度の側から評価しやすい歴史」だ。地下、オルタナ、批評の深化を担った系譜は、この段階では「歴史」のレイヤーには入っていない。
「橋」として召喚されている者
STUTSと、DJ CHARI & DJ TATSUKI。
この2組は、世代と世代をつなぐ役回りだ。STUTSはbeatmaker/producer/パフォーマーとして、2010年代後半から世代横断のコラボレーションを次々に実現してきた、まさに”橋”そのものの存在。DJ CHARI & DJ TATSUKIは、現代の日本語ラップの流通インフラ──プレイリスト、SNS、ダンスフロア──を実質的に動かすDJデュオである。
このうち、STUTSの位置づけは、本公演の中だけでは説明しきれない。MAJの賞のほうからも、しっかり裏が取れている存在だからだ。
MAJ 2026の最優秀ヒップホップ/ラップアーティスト賞には、Creepy Nuts、LANA、m-flo、RIP SLYME、STUTSの5組がノミネートされている。最優秀ヒップホップ/ラップ楽曲賞には、STUTS「99 Steps (feat. Kohjiya, Hana Hope)」、Creepy Nuts「doppelgänger」、YZERR・LANA・JP THE WAVY・¥ellow Bucks「Miss Luxury」、ちゃんみな「WORK HARD」、RIP SLYME「ど ON」が並ぶ。
STUTSは、アーティスト賞、楽曲賞、そしてTHE SUCCESSORの第一弾出演者──そのすべてに名前が出てくる。ライブで称えられる”継承”側にも、賞で評価される”今”の側にも、両方に立っている。文字どおり、”橋”の位置である。
ここで、見えてくるものがある。
MAJのライブ企画(THE SUCCESSOR)が描く”継承”と、MAJの賞ノミネート(最優秀ヒップホップ/ラップアーティスト賞)が描く”今”のあいだに、明らかなズレがあるということだ。
THE SUCCESSORには、賞アーティスト賞ノミネートのCreepy Nuts、LANA、m-flo、RIP SLYMEがいない。逆に、THE SUCCESSORに召喚されたT-Pablow、¥ellow Bucks、MC TYSON、OZworldは、アーティスト賞ノミネートには入っていない(楽曲賞には「Miss Luxury」名義でYZERR、LANA、JP THE WAVY、¥ellow Bucksが入っている)。
つまり、MAJはライブで称えるラッパーと、賞で評価するラッパーを、別の物差しで選んでいる。
賞ノミネート側の構造変化──2025年から2026年にかけてのアーティスト賞ノミネートの大幅な入れ替え──については、本誌の既報「MAJ 2026主要6部門からヒップホップが消えたことで日本語ラップはどう位置づけられた?」で詳しく書いている。
賞側で起きていた選び方と、ライブ側で起きている選び方。両方は同じ方向を向きながら、別の物差しで動いている。両方をいっぺんに見たとき、MAJがHip-Hopをどう扱っているか、ようやく全体像が立ち上がってくる。
「継承者」として召喚されている者
T-Pablow、¥ellow Bucks、MC TYSON、OZworldの4組。
T-PablowはBAD HOPの中心の一人として、解散後もソロで存在感を保っている。¥ellow BucksはBAD HOPの少し下の世代で、現代日本語ラップの代表格の一人。今の楽曲量、チャートでの実績、両方で屈指の存在だ。MC TYSONは1991年大阪市住之江区生まれ。19歳でラッパーとしての活動を始めて、2023年には大阪城ホールで単独公演を開催した。T-Pablowや¥ellow Bucksとは別の場所、関西発のストリートを軸に、作品を重ねてきた人だ。OZworldは沖縄出身、神話、スピリチュアリティ、国際性を取り込んだ、自分だけのルートで動いている。
「継承者」として呼ばれているのは、現代ストリートの直系(T-Pablow、¥ellow Bucks、MC TYSON)と、地理的・精神的な”辺境”(OZworld)。プロデューサーYZERRの世代観を、そのままトレースしたような顔ぶれだ。ストリートの系譜を、ちゃんと連続させる。これも、はっきりした意思表示である。
その一方で、Creepy Nuts、JP THE WAVY、Number_i、KID FRESINO、BIM、JJJ、Ralph、LANA、watson、JUMADIBA、Rin音、Tohjiといった、ストリート系譜とは別の軸で2020年代を動かしている存在は、第一弾には入っていない。
第一弾の輪郭の外に残されているもの
「あの人がいない」を理由に、出演者を責めることはできない。
第二弾以降で輪郭が広がる可能性は、ちゃんと残しておきたい。
ただ、第一弾は編集としていちばん象徴的なステートメントだ。中心と周縁を観察するくらいは、許してもらえるはずだ。
第一弾の輪郭の外には、いくつかの系譜がある。
批評的アンダーグラウンド系譜(THA BLUE HERB、降神、SHINGO★西成、餓鬼レンジャー系)。2000年代地下/ストリートの系譜(MSC、SCARS、SD JUNKSTA、SEEDA、BES、ANARCHY、舐達麻)。オルタナ/クロスオーバー系譜(BIM、KID FRESINO、SIMI LAB、JJJ、Campanella、tofubeats周辺)。メジャー/商業ポップ系譜(KREVA、KICK THE CAN CREW、AKLO、JP THE WAVY、Creepy Nuts)。これらが、第一弾の輪郭の外に置かれている。
そしてもう一つ。第一弾発表時点で、女性ラッパーの名前が見えない。これは、本公演の輪郭を読むうえで、無視できない空白である。
Awich、LANA、ちゃんみな、NENE、MFS、Elle Teresa、CYBER RUI、valknee、なみちえ、ASOBOiSM。現代の日本語ラップで、女性ラッパー/女性アーティストの存在感は、はっきり言って小さくない。
ここで見ておきたいのは、MAJ自身の賞のほうの動きだ。
本誌の既報のとおり、2025年のヒップホップ/ラップアーティスト賞には、Awich、千葉雄喜、ちゃんみな、XG、Creepy Nutsの5組が入っていた。だが2026年のノミネートでは、Awich、千葉雄喜、ちゃんみな、XGの4組が外れて、LANAが新しく入った。MAJは賞の側で、女性アーティストの代表をAwich・ちゃんみな・XGからLANA一人に絞り込んだ、ということだ。
そのLANAでさえ、THE SUCCESSORの第一弾には呼ばれていない。
楽曲賞のほうには、ちゃんみな「WORK HARD」と、Miss Luxury名義でLANAが残っている。それでも、ライブの側では完全な不在になっている。賞の側で縮小された女性アーティストのプレゼンスが、ライブの側でさらに縮小されている。これが第一弾の現状だ。
ここで、フェアであるために一つ補足しておきたい。
MAJ WEEK自体には、女性アーティストを軸に据えたSpecial Live「Women In Music – EQUAL STAGE」が、独立した企画として置かれている。MAJはWEEK全体の作りとして、女性アーティストのプレゼンスを別建てで確保している、とも言える。
ただ、ヒップホップ40年以上の歴史を称えるTHE SUCCESSORという企画の中に女性ラッパーが呼ばれないことと、女性アーティストを別企画として独立配置すること。この2つは、別の問題だ。
前者は「ヒップホップ史をどう編集するか」の問題。後者は「ジェンダー全体をどう扱うか」の問題。同じ枠で済ませることはできない。
公式には”and more…”と書かれている。第二弾以降でこの空白がどう扱われるかが、THE SUCCESSORの「継承観」をもう一段はっきり見せてくれるはずだ。第二弾で女性ラッパーが追加される可能性は、もちろん残されている。だが、第一弾と第二弾の発表の時間差そのものも、編集の重みづけを考える材料になる。本誌は、注視する。
第一弾の中心が、ストリート直系の継承+制度的レジェンド3組だとすると、その周縁には、批評/オルタナ/商業ポップ/女性/国際接続が残されていることになる。
これは編集の失敗ではない。第一弾でこれだけのレジェンドと、現代ストリートの代表を一気に並べられた事実から見ても、MAJが一定の編集の線を持って本公演を組んでいることは読み取れる。第二弾以降の発表が、この輪郭を補強するのか、広げるのか。それを測る材料になる。
“継承”の主語は誰か──そして、守ろうとしている人たち
そろそろ、視点を一段引いてみたい。
これまで日本語ラップで、「誰が次の世代で、誰が正史か」を決めてきたのは、誰だったのか。
答えは、ずっとシーンの内側にあった。
サイファーで、誰のフロウが効いているかが共有される。ビーフで、誰が言葉を持っているかが暴かれる。ミックステープで、誰が次のラインを書けるラッパーかが回覧される。客演の依頼。推薦。ライブのオープニングアクトの座順。ラジオで誰の名前が呼ばれるか。レーベルとの契約。フリースタイルダンジョンの座席。──これらの判定基準は、外から見るとほぼ見えない。シーン内部の文法で動いてきた。
賞という制度は、その流れの外側にある。
だからMAJが「継承」を編集するということは、継承の主語をシーンから制度の側に、少しずつ渡していく動きだ。──ここまで、そう書いてきた。
ただ、もう一つ別の見方がある。
THE SUCCESSORを「制度がシーンから主語を奪う」と読むだけだと、たぶん片手落ちになる。本稿が最後に置きたい見方は、こうだ。
THE SUCCESSORは、ヒップホップを守ろうとしている。
日本の音楽産業の中で、ヒップホップは長いあいだ、ポップスの中の一カテゴリとして扱われてきた。アイドルがラップをやり、Jポップにラップが乗り、フォーマットの中でラップが消費されていく。
本誌がNumber_i『3XL』レビューで言語化した「作詞主体性の不可視化」は、まさにこの薄まりの典型だった。Number_iは制作の前面にメンバー名が立つようになっても、リリックは依然として共作の構造の中にある。誰が言葉の主体として書いているのか、外からは見えにくい。守る装置がないと、ヒップホップは溶ける。
THE SUCCESSORは、その溶解に対する、制度の側からの応答である。アワードという公的な装置で、ヒップホップを「日本の音楽史を構成する一ジャンル」として、はっきりと位置づける。高木完・Zeebra・YZERRというストリートのリスペクトを保ったままの3人を呼び、RHYMESTER、キングギドラ、NITROを「歴史」として召喚する。これは、ヒップホップを守ろうとする動きとして読むことができる。
そして、シーンの側にも、シーンの側で守ろうとしている人がいる。
2026年4月、SEEDAはPOP YOURSの自分の20分を、自分のためには使わなかった。若手を呼び、亡くなった仲間を悼み、CD-Rを手渡した。本誌が詳述した通り、彼自身の言葉では「アーカイブありきで、投資していた」仕事だった。商業フェスのフォーマットに乗っても、「フックアップ」という作法は手放さない。これも、守る行為だ。
THE SUCCESSORが2026年6月8日にやろうとしていることと、SEEDAがPOP YOURSでやったこと。レイヤーは違うけれど、同じ方向を向いている。シーンの側はサイファーで、CD-Rで、フックアップで守る。制度の側はアワードで、ライブ企画で、プロデューサー陣の人選で守る。
Hip-Hop生誕から50年、日本語ラップの本格的な成立から30年。文化が長く生き残るには、両方の守る動きがいる。
ただ、両者の輪郭は、ぴったり重なっているわけではない。
制度の側が描く守る図と、シーンの側が描いてきた守る図。輪郭の外で動き続けている人たちは、誰がどう守るのか。第一弾の輪郭の外に置かれた批評的アンダーグラウンド、地下/ストリートの系譜、オルタナ系、商業ポップ系、女性ラッパー、国際接続。彼ら/彼女らも、それぞれの場所で、それぞれのやり方で守ってきた人たちだ。
THE SUCCESSORの輪郭の中にいる人と、輪郭の外にいる人。両方を含んだ全体が、日本語ラップ40年の本当の継承図である。
6月8日、Zepp DiverCity。そこで見えるのは、MAJが描こうとしている図と、その図の外で動き続ける現場との、距離の長さだ。
両方とも、ヒップホップを守るためにやっていることである。だからこそ、その距離の長さを記録しておきたい。
距離があることが問題なのではない。距離があることに、誰も気づかないままになることが、問題なのだ。
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※本稿はTHE SUCCESSOR第一弾出演者発表時点(2026年3月26日発表)の情報に基づく。第二弾以降の発表によって本公演の輪郭が変化する場合、続編または改訂版で追記する。
