温故知新:ラッパーCOCOSPINが語る『Summer Vibes』に込めた、人生とヒップホップへのメッセージ
ヒップホップは常に「新しいもの」が生まれ続けるカルチャーだ。
新しいスター、新しいサウンド、新しいスタイル。時代が変わるたびにシーンの景色は塗り替えられ、次の世代がその歴史を更新していく。しかし、その「新しさ」は決してゼロから生まれるものではない。そこには必ず、道なき道を切り拓き、カルチャーを育ててきた先人たちの存在がある。
90年代、日本語ラップがまだ全国的なカルチャーとして根付く以前、京都から独自のスタイルを発信し、関西シーンを牽引した伝説的MCデュオ・MAGUMA MC’s。現在もラッパー、プロデューサーとして活動する傍ら、アートやファッションなどジャンルの垣根を越えた表現を続けるのが、N.O.B a.k.a. COCOSPIN(ココスピン)氏だ。
30年以上にわたりヒップホップと向き合いながらも、本人は「まだまだ新人」「今も現役」と笑う。その言葉どおり、彼の視線は過去の栄光ではなく、常に現在を楽しみつつ未来へ向けられていた。
今回のインタビューでは、昨年リリースした『Summer Vibes』の制作秘話をはじめ、Zeebra氏やRHYMESTERとの出会い、日本語ラップ黎明期の裏話、若い世代へのメッセージ、そして「温故知新」という言葉に込めた思いまで、たっぷりと語っていただいた。
私自身、インタビューを始める前は「京都のレジェンドラッパー」というイメージを抱いていた。しかし、実際に電話越しでお話ししたCOCOSPIN氏は、その印象とはまるで違っていた。
一つひとつの言葉を慎重に選びながら、静かに、そして穏やかに語る姿は、どこか禅僧や哲学者を思わせる。気付けば筆者は、ラッパーにインタビューしているというよりも、一人の人生の先輩から、生き方について教わっているような感覚になっていた。
ヒップホップとは何なのか。カルチャーを未来へ繋ぐとはどういうことなのか。そして、30年以上第一線を走り続ける表現者は、今のヒップホップシーンをどう見つめているのか。
「ラッパーCOCOSPIN」が静かにスピットした人生哲学は、きっとあなたの心にも響くはずだ。ぜひ最後まで読んで、その言葉を受け取ってほしい。
ラッパーN.O.B a.k.a. COCOSPIN(ココスピン)
SEI
ついに、この時が来ました!ずっとずっとずーーーっとインタビューさせていただきたくて、1年以上前からコンタクトを取らせて頂いていたんですよね。私の記事読んでインスタフォローしてくださった時、ものすごく嬉しかったです!
COCOSPIN
やっと話せたなって感じです。
SEI
そうですね。今日は本当にありがとうございます。
COCOSPIN
こちらこそありがとうございます。
SEI
早速質問に入りますね。業界では長いキャリアをお持ちで日本ヒップホップの黎明期に関西シーンを牽引されたOG中のOGでいらっしゃいますが一応読者さんとか閲覧者さんの為に簡単な自己紹介をお願いします。
COCOSPIN
えっと、ラッパーでアーティストのCOCOSPINです。だいたい93年ぐらいから活動し始めて現在に至るというところで……OG中のOGと言われると、なんか恐縮してしまうんですけども、それなりの時間が経ってるなぁという認識も自分の中であります。
SEI
そうそうですよね。93年からって仰ってましたが、この質問は皆さんにお聞きしているんですけども、そもそもヒップホップにハマったきっかけをお聞きしたいんですが。
COCOSPIN
ハマったきっかけっていうのは、もうあのサッカー選手のルート・フリット(Rudi Dil “Ruud” Gullit)。
SEI
お、サッカーの選手。
COCOSPIN
はい。多分自分が8歳か9歳の時に、サッカー選手のルート・フリットがレゲエバンドやってて。で、WOWOWでACミランの試合をしている最中の実況で、ルート・フリットがレゲエバンドをやってるって言ってたのを聞きつけて。それを聴きたくてレンタルビデオ屋に行って、手に取った3枚のCDは、Bob Marley、John Lennon、RUN DMCでした。その3枚をレンタルして聴きましたね。
SEI
みんな違うアーティストじゃないですか!
COCOSPIN
そうなんですよ(笑)。それプラス、ルート・フリットは黒人なんです。彼の身体能力とかっていうの憧れてたんですよね。
SEI
うんうん。COCOSPINさんはサッカー少年だったんですか?8歳ぐらいの時。
COCOSPIN
そうですね。やり始めたぐらいの時ですね。
SEI
なるほど。ご両親とかは少年COCOSPINがビデオ屋さんに行って借りてきたとか、ご存知だったんですか?ルート・フリットに憧れてたとか。
COCOSPIN
ルート・フリットに憧れてたのは、間違えてるかもしれませんが、その年WOWWOWでセリエAの放送始まった時だと記憶しています。
SEI
はいはい。懐かしい。懐かしい。
COCOSPIN
そうなんです。で、サッカーの試合見たいからWOWOWをつけてくれってお願いしたのを覚えてます。
SEI
8歳の少年の願いを親は叶えてくれたんですね。ご家庭ではヒップホップとか洋楽を聴いていたんですか?
COCOSPIN
全然その正反対です。
SEI
あ、反対。演歌とか聴いてるお家とかでしたか?
COCOSPIN
演歌とか大好きで。
SEI
おお。
COCOSPIN
何て言うんですか、僕以外の家の人は全員武道をやっていてみたいな。
SEI
ああ、ご家族の兄弟とかが。なるほど。
COCOSPIN
いわゆるその、洋物と言われるヨーロッパやアメリカのものを自分から好んでやっていた人間っていうのは僕だけでしたね。
SEI
だとしたら、ご家族はCOCOSPINさんがラッパーになってビックリだったのでは?
COCOSPIN
ラップやってたことも知らなかったと思いますよ、その当時は。
SEI
ほお!今もうさすがにご存知ですよね。
COCOSPIN
はい。
SEI
ですよね。ありがとうございます。最初93年は、Magma Mc’sからキャリアが始まったんでしょうか。
COCOSPIN
いや、93年って言ってるのは、Magma Mc’sのアルバムの曲でも言ってるんですけど、その時は一人でやってましたね。
SEI
あ、お一人で。京都で。クラブとかでラップされてたんですか?
COCOSPIN
はい。クラブとか学園祭とか。多分今となっては時効ですけど、そのクラブとかでは……あの、やってはいけなかったんですよね。
SEI
その頃はまだ未成年?
COCOSPIN
中学。
SEI
やばいやばい(笑)。いやもう時代を感じますね。その頃もう、クラブでやってらっしゃったと。リリックスとか書き始めたのはいつ頃だったんですか?
COCOSPIN
俺はね、なんか小学生の時からリリック書くの好きだったんですよ。韻を踏むリリックじゃなくて。こう、自分の思ってることを文章にするっていうのは好きだった。
SEI
あー。
COCOSPIN
いわゆる歌ですよね。詩ですね。
SEI
うんうん、詩がお好きだったんですね。なるほど。それを書いたりしていて。で、まあレゲエから入って、でヒップホップを聴き始めたってことですよね。
COCOSPIN
そうですね。具体的には、中学生の時にレコードを集めだしましてね。
SEI
あーなるほど、レコード集め。でもなのにDJではなくMCの方に?
COCOSPIN
いや、最初はDJでしたよ。DJっていうか……。
SEI
ターンテーブルとか揃えてたんですか?
COCOSPIN
それは高校生になってからですね。
N.O.B(ノブ)からCOCOSPIN(ココスピン)へ
SEI
まあそうですよね、中学生には、高いものですよね。話せる範囲でいいんですけれども、Magma Mcsを通して、全国区にN.O.Bさん(N.O.B・ノブ)さんからCOCOSPIN(ココスピン)さんに名前を変えたきっかけとか、差し支えなければ教えてください。とうか、そもそもCOCOSPINってどういう意味なんですか?
COCOSPIN
COCOSPINは、DNAとか。
SEI
DNA?
COCOSPIN
全部螺旋状にスピンしてるじゃないですか。
SEI
はいはいはいはい。そこから!
COCOSPIN
はい。血液も心臓を通して、螺旋状に回転してるんですけど。全部スピンしてるんですよね。あと、キャッシュフローも、タイヤもスピンしてるし、全てが回転してる。
SEI
はい。
COCOSPIN
回転っていうのは、人間にとって必要なものであって、まあそういう意味です。で、COCOって……えっと、ちょうど16歳の時。僕は色が白かったんですけど。
SEI
はい、羨ましい。
COCOSPIN
それはそれは、ナタデココのように。
SEI
ナタデココ。そこから?
COCOSPIN
学校の先生が僕のことをココココって呼んでたんですよ。ナタデココみたいに白いから。で、そこからココって呼ばれ始めて。
SEI
なるほど、COCOはそこから来たんですね。そこに、螺旋のスピンをつけて。
COCOSPIN
DNAの螺旋階段みたいな。それらがミックスされて。
SEI
いろんな名前があります。ココってお名前は、あの、高校生の時ですか?中学生の時、
ナタデココって呼ばれてたんですか?
COCOSPIN
高校生の時の先生がココって言い出したんです。で、ストリートでは僕のことをノブとみんな言ってて。で、N.O.B。
SEI
そうですよね。多分 全国区では、いまだにN.O.Bで知られていますよね。
COCOSPIN
だからCOCOSPINとN.O.Bが全然違う人間のよう見られることも多々あるんですけど、同一人物ですね。はい。
SEI
自分の中で、COCOSPINは哲学的な大人の男版ペルソナで行こう、逆にN.O.B.はB-Boy風でいこう、とか名前によって人格とかテーマとかあるんですか?
COCOSPIN
それはありますね。例えばCOCOSPINってアートとヒップホップをすごいくっつけてる。COCOSPINは…ギャラリーとか美術館に見に行くのが好きな人、みたいな。
SEI
ふむふむ。私の中の勝手な印象なんですけど、COCOSPINさんってなんかこう、哲学的な感じの方なのかなって思ったんですよね。だから、美術館にいる感じって聞いてすごくしっくりきました。大人な感じがします。
COCOSPIN
僕はね、15、6の時から美術館に行くのが好きで。それは今も変わらないですね。
夏のアンセム『Summer Vibes』作成秘話
SEI
あ、そうなんですね。もともとそういう性格なんですね。なるほど、面白いです。わかりやすい説明ありがとうございました。 これですっきりしました。次の質問行きます。COCOSPINさん名義で去年電撃リリースした夏っぽい楽曲『Summer Vibes』についてお聞きしたいんですけれども、そもそもこの曲を作成しようと思ったきっかけは何だったんですか?
COCOSPIN
いや、ほんと電撃的で、最初はもともとスポンサー含めてソロで楽曲を作ってMV作っていくっていう企画が流れであったんですけども。
SEI
はいはい。
COCOSPIN
たまたま、Zeebraさんと一緒にいたタイミングの時に、今一人で楽曲作ってるんだよねって話したんです。そしたら、Zeebraさんの中でも考えてたことがあったらしくて。僕のソロで作ってた楽曲のところも、ゲストが参加みたいな。それで企画内容が変わって。
SEI
なるほど。
COCOSPIN
で、まあやってみようってことになったんですよね。
SEI
それが『Summer Vibes』になった。なるほど。元々は違う曲と違う企画だったんですね。
COCOSPIN
そうなんですよ。DJのTAZAWA君に……あ、彼とはすごい昔に新潟にいる時に初めて仲良くなって。その時曲を一曲作ってたんですよね。
SEI
はい。
COCOSPIN
だけど、Zeebraさんとたまたま一緒にいるタイミングで、違う楽曲を作ろうみたいな話出た時に、ちょうどそのANAISもその話に出てきてたんで、作っちゃう?っていうことになって。
SEI
その場のノリっていうか、まあ勢いだったんですね。で、そのまま勢いでANAISさんも。
COCOSPIN
そうですね。だからその元々そのあった企画やみんなが持っていた企画がミックスされたみたいな形になったんですよね。
SEI
ああ、そういうことでしたか。DJ TAZAWAさんとに元々一緒に作っていたビートがあったけれども、結局は新しい音を作り直した、と?
COCOSPIN
はい。それをTAZAWA君に作ってくれないかなっていう話になって。ジブさんもANAISも参加してくれるし、頑張ろうってなったんですよ。
Zeebra氏との出会い
SEI
結構ノリのいいビートで、明るくなれるし、私はすごいすごい好きなんですけど、ここら辺で恐らく読者さんも聞きたいかなって思っている、Zeebraさんとの関係……お二人ともキャリアが長いんで、昔からの付き合いだと思うんですけど、Zeebraさんとの出会って、いつだったんですか?
COCOSPIN
最初の出会いは……だから96年か97年。
SEI
おお、やっぱそれぐらい。30年前。
COCOSPIN
キングギドラ(KGDR)のファーストは出ていましたね。元々RHYMESTERと出会って。そこからいろいろ始まるっていうか、RHYMESTERを京都に自分たちのイベントに来ていただいて。
SEI
招致されたんですね。うんうん。
COCOSPIN
その後にキングギドラを呼ぶにあたり。ジブさんを紹介してもらいましたね。
SEI
それがじゃあ最初の出会いだったんですね。
COCOSPIN
ちょうどその時にメンバーがいろいろ変わって。三木道三と山本さんとDJ TANKOさんにまず出会って。B-BANDJと出会って。で、ジブさんに出会ったっていうのが経緯ですかね。
SEI
なるほど。ZeebraさんはでもCOCOSPINさんより世代はちょっと上ですかね?
COCOSPIN
8つ上なんですよね。
SEI
おお。なるほど。それでそのZeebraさんとそのなんかのイベントでお会いして、で、曲を作ってるんだみたいな話になって、で、続いたってことなんですか?
COCOSPIN
キングギドラの初大阪ライブの時に。
SEI
はいはいはい。
COCOSPIN
ライブ終わった後に、なんかその当時って恒例でフリースタイルやるみたいな、みんながそれを求めてるみたいな時代だったんですけど。
SEI
それはかっこいい。
COCOSPIN
で、その時ライブが終わって、フリースタイルみたいなビートだけが流れてるみたいな。その時はKEN-BOさんがDJやってて。
SEI
KEN-BOさん。
COCOSPIN
そしたらZeebraさんが「この中でラッパーいるか」みたいな感じで言った時に。
SEI
はい。
COCOSPIN
俺、もう超一番最前線の最前列で。
SEI
(笑)最前列……嫌な予感しかないです。
COCOSPIN
最前列でワーワーあのキングギドラの歌詞を口ずさんで、普通にライブを堪能してたんですけど。
SEI
ですけど?
COCOSPIN
ライブがヤバすぎてテンション上がりまくってて。ジブさんがマイクで「この中でラッパーいるか」って言った時に。
SEI
手挙げちゃった、とか?
COCOSPIN
ラッパーだったんで(笑)
SEI
(大爆笑)
COCOSPIN
はいはいって手挙げちゃってたんで。隣にいたRYUZOくんも「え?」っていう顔してて(笑)
SEI
そりゃなりますわ。
COCOSPIN
ラッパーだったんで。
SEI
ラッパーだったんで(笑)。
COCOSPIN
手挙げちゃったんですよ。
SEI
手挙げちゃったんですね、うん。RYUZOさんはCOCOSPINさんの男気にビビったんですね。まあ普通に相方が勝手に立候補したらビビりますよね。
COCOSPIN
それでマイク握って。それが初めての出会いです。
SEI
なるほど。いやーかっこいいです。いや、そこから二人とも、有名になったと。
COCOSPIN
その時の映像ありますよ。それが、約30年位前かな。去年それをジブさんと一緒に観たりして。すごい懐かしいってなって。
SEI
お互い昔をしのんでね。じゃあその時からもZeebraさんとずっと仲良くしてらっしゃるんですか?
COCOSPIN
はい。人生のいろんなことの相談を節目節目にしたりとか。
SEI
相談に乗ってくれる兄貴分みたいな感じなんですかね?
COCOSPIN
彼はやはり業界の先駆者で、ラッパーですし。僕らは地方でやってて。そこからまず東京に行くことになったのも、やっぱMummy-Dさんきっかけなんで。
SEI
うんうん。Mummy-Dさんとも。
COCOSPIN
そこから地方でできる限りのことはやって。同時に東京にもいながらやってて。実際にメジャーデビューするまでは、さあどうしようっていうとこまで行って。そこまでの道のりっていうのは長かったですよね。
SEI
幾つぐらいだったんですか?その当時。
COCOSPIN
えーと、 22の時ですかね。なんかインディーズとかいろんなレコード会社からお話って結構来てたんですけど。
SEI
乗らなかった?
COCOSPIN
アンダーグラウンドでやることの方がメリットがあったんで。
SEI
あら、そうだったんですね。うーん。
COCOSPIN
だからあえてそれをやらなかったんですけど。でもやっぱ大人になって 22歳、 23歳のあのタイミングの時にやっといてよかったなぁ、と思いますね。
SEI
22歳。お若いですよね。
COCOSPIN
日本のシステム的にはやっぱ大学生。僕は当時大学生で、大学卒業するまでの間っていう時間の限りみたいなのがなんかこうあって。結局大学は辞めましたけどね。
SEI
はい。
COCOSPIN
大学卒業すると同時にみんな就職したり、色々人生が変わるじゃないですか。
SEI
ありますね。大きな節目ですよね。
COCOSPIN
そうなるとやっぱり集まってくれてた同世代が集まらなくなっていくじゃないですか。それってやっぱりこう、日本独特かなと思うんですよね。
SEI
確かにそうです。
COCOSPIN
でもその時期のほんと最後の最後で、リリースとかを望んでたファンの人たちにも一つの形を見せれたっていうのと、地方から中央に出て行って成功する、っていうのは前例がなかったんで、地方のアーティストにとっての一種の希望だったと思うんですよ。
SEI
はい。
COCOSPIN
だから音楽だけなくて、やればできるみたいなことを、こう音楽だけじゃなくて。こう実証出来たことが、当時の同世代の人たちには一つの希望になったかな、と。
SEI
いやもう、そういうことも含めて、それこそ先駆者ですよね、本当に。
COCOSPIN
当時まだヒップホップのクラブとかも少なかったんですけど、やっぱりそれと共に動員数とか影響される人たちが増えていくっていうのを体感しながら、シーンを大きくしていってる最前列の中で、そのそれを体感しながらやっていけたっていうのが大きかったですね。
SEI
大きいです。
COCOSPIN
ヤングガンズっていう僕らのクルーがあるんですけど、名古屋とか横浜とか大阪とかで、その地方の人間らがそれを体感して一つの形にしていったっていう時期でした。
SEI
貴重なお話ありがとうございます。そういうことだったんですね。
COCOSPIN
今は日本のヒップホップのシーンもね、ちょっと道逸れてる感じは少ししますけどね。
OGラッパーCOCOSPINが語る、最近のヒップホップについて
SEI
話がそちらに行ったのでお聞きします。最近のヒップホップについて思うことがあれば、ぜひその考えや意見をシェアしていただきたいんですけれども。
COCOSPIN
やっぱ今一番面白いなと思うのは。例えばサッカーとかもなんですけど。三浦知良選手が現役でやってらっしゃるじゃないですか。
SEI
はい、すごいですよね。
COCOSPIN
あの人こそ日本のサッカー界の先駆者だなという部分が大きいと思うんです。どんな世界でも三番手以降になると、やり方も全部定着して、ある一つのフォーマットが出来てくるじゃないですか。KRS-ONEも言っていた言葉だと思いますが、HIPHOPでいる最低条件として、「オリジナル」でないといけないみたいな話があったと思います。そこの具合が、繊細な部分かなと感じています。
SEI
KRS-ONE先生。
COCOSPIN
そういう意味では、その、今の若い子たちがやっていることっていうのは、いろんな人がやっていたことの手法は使っている。それをアップデートしている部分に関してはすごい俺はいいなと思うんです。
SEI
そうですね。アップデートはしてますね。
COCOSPIN
どんな社会にもモラルは必要なんですけど、でも特例が許されるような時って生きているとあるじゃないですか。例えば、信号無視したらダメですよね?でもその時バスが歩行者道路に入ってきたから、信号無視して渡って避けるしかない場合もある。
SEI
あります、あります。
COCOSPIN
そうそう、例えばね。だからそういう一種の特例みたいなのがヒップホップかなっていう風に俺は感じてて。ダメなことを正当化してるんじゃないんです。マイナスに見える部分が、実は正しい行いだったっていう時もある。
SEI
そうですね。
COCOSPIN
細かい話なんですけど、そこの具合とか、そのさじ加減みたいな部分が個人的にすごい重要なカルチャーかなと思ってるんですよね。なんかこう、ラフにこうタフなのを気取ってるみたいな。リリックにしたり、人前にで言っていいのかとか、何か出したり表現する前に、一回考えようみたいなのは必要。
唯一無二の声を持つシンガー:Anaisさん起用について
SEI
あーなるほど。ありがとうございます。次、紅一点でめっちゃ可愛いAnaisさんに関してですが…。
COCOSPIN
はい。
SEI
唯一の唯一無二の声と安定のボーカルで、私Anaisさんが大好きなんですけど、どこで知り合ったんですか?起用の経緯とか。
COCOSPIN
いや、この曲やるってなって知り合ったんです。
SEI
彼女の歌に、ビートとおふたりのラップが上手く絡み合ってて。しかもAnaisさんめっちゃ可愛いから、おばさんMV釘付けで 見ちゃいましたけど。かなりお若そうですが…彼女は大学生さん?
COCOSPIN
まだ学校行ってますよ。
SEI
あら。アクの強そうなOG(申し訳ございません)ふたりに負けてないすごい存在感を放ってたので。
COCOSPIN
すごいことだと思います。
SEI
いや、すごいです。この存在感ヤバって思いました。声も負けてないですし。彼女みたいな歌手が日本にもいたんだって、ちょっと個人的にびっくりしました。
COCOSPIN
ね。もう何曲かやりたいなと思いますけどね。
SEI
そうですよね。ぜひ聴きたいです。皆さんの曲を。
COCOSPIN
3人でライブやってるんですけど、すごい評判がいいです。
SEI
あ、映像見ました。去年ですか?今年ですか。
COCOSPIN
去年のは夏は、葉山と大阪で。大阪の方は僕は行ってないですけど、2人でやっていました。
SEI
おお。いやなんか夏に聞きたいですよね、この曲は。
COCOSPIN
そうなんですよ。やっぱノリがいい。
SEI
そうそうそう。ハッピーになれる曲なんですよ。本当に。上がるというか、踊りたくなる。
COCOSPIN
いい感じで。こう、そんなにPOP POPしすぎてないでしょ。
SEI
しすぎてない。 OGのおふたりがそこを抑えてますね、やっぱり(笑)。 はい。Anaisさんだけだったらもう絶対これはPOPだってなるんですけど、そこを渋いOG(おじ)さん二人がなんか抑えてる感じがしてて、ヒップホップに戻してくれてる感じがします(笑)。
COCOSPIN
そのテイストを出すってのは、大事なことです。
SEI
大事です。すごい大事です。はい。
SEI
そうなんですよ!この曲はその塩梅がすごい上手いなと思って。若い女の子のあの初々しい歌声と、おじさん達の渋さがすごいうまく混ざり合った曲だなって思いましたね。
COCOSPIN
ですよね。
『Summer Vibes』リリックスに込めた思い
SEI
海とか日差しとか、お酒とか、ダンス。Anaisさんのパートで「目的地はWe don’t have」って、もう目的地はないから今を楽しもうって言ってるじゃないですか。 それプラス、COCOSPINさんのあの最初のバースの「疲れたら休んで頑張ろう」とか、等身大、飾ってない自分っていうんですか?それがすごい投影されてて、最高にチルできる価値観なんですけど。 COCOSPINさんご自身のバースのリリックに込められた思いとか、なんかシェアできるお話があったら教えてください。
COCOSPIN
僕のバースの最後で「素晴らしい人生を描こう」って言ってるんです。
SEI
うん。
COCOSPIN
今回、スタジオにみんなで一緒に入って作ったんですよ。
SEI
あ、そうなんですか?
COCOSPIN
今って一緒にスタジオ入って録音とか、なかなか無いじゃないですか。
SEI
業界の事情はよくわからないんですが、やっぱ最近そういうのはないんですね。みんな別々に録ったりが主流なんですね、やっぱり。
COCOSPIN
別々に録ったりとか、声を送ったりとかってなるんですけど。
SEI
なるほど。
COCOSPIN
あの、あえてそういうのをやめて同時収録っていう制作過程を取りましたね。
SEI
ああ、そうか。だから違和感がないというか、3人のパートが綺麗な三つ巴になってる感じですもんね。揃ってる感じ。
COCOSPIN
いわゆるその、システム化されすぎるよりも。責任を伴いつつも、自由奔放に。やっぱり日本独自の「枠」っていうのもいい意味でなくしていった方がいい時代になってきたなって思うんで。
SEI
いや、深いです。そういうことだったんですね。
COCOSPIN
解放感がありながらも、一途なんです。それがうまく表現できてるかなと思ってるんですけど。
SEI
一途。うん、わかります。MVはみんなすごく楽しそうで、もう自分も自然踊りたくなる感じで大好きなんですけど、撮影時のエピソードってありますか?
COCOSPIN
あれはミュージックビデオを撮って、次の日に実際にオアシスでパーティーがあって、ライブもやってるんですよ。
SEI
へぇー。
COCOSPIN
で、それも映像に収まってるんです。その2日間はミュージックビデオを撮りながらパーティーしてた感じなんですよ。あのミュージックビデオの一瞬一瞬に、Anais含めみんなのパーティーで楽しんでるほんの一瞬のリアルな素の顔がいっぱい入っています。
SEI
リアルな。じゃあもう一回みんな見直さないとですね。
COCOSPIN
実はあの日、Zeebraさんのイベントだったんですよね。
SEI
そうだったんですか?
COCOSPIN
Zeebraさんはイベントをオーガナイズしながらライブやりながら、同時にミュージックビデオも撮ってる。俺からしたらやっぱすげえって。
SEI
うん。その同時進行はスゴイですね。
COCOSPIN
そこの年齢を感じさせない彼のバイタリティーっていうか。こうパワーっていうのかな。そこを見せて頂いて、やっぱり僕も頑張ろうとも思えるし。
SEI
うんうん。
COCOSPIN
気持ちってお金で買えない部分があるじゃないですか。
SEI
もちろんです。
COCOSPIN
だから彼のそういう部分が、本気で皆からリスペクトされているところなんですよね。
SEI
なるほど。
COCOSPIN
自分の周りにはそういう人間は周りにいっぱいいるんで。
SEI
刺激になりますね。
COCOSPIN
僕たちはヒップホップで繋がってるから。
SEI
うん。
COCOSPIN
もしかしたら一般社会からした異質かもしれないですけど、本当にそういう人たちっているんですよ、っていう。
SEI
なるほど。勉強になります。
COCOSPIN
この『Summer Vibes』を、このVIBESをいろんな人たちに届けてくれる重要な役割をしてくれてありがとう。
OGラッパーとしての認識
SEI
いやいやいやいやいやいやいや。こちらこそ色々OGならではの貴重なお話とか哲学が聞けて、本当にありがたいです。多分読者も、目から鱗みたいな話があったと思います。
COCOSPIN
でも自分、あんまりOGっていう認識ないかなぁ。
SEI
実はね、この間、LAに活動拠点を移したOZROSAURUSのDJ SN-Zさんをインタビューしたんですけど。
COCOSPIN
SN-Z同い年ですよね。
SEI
だからOGへのインタビューは、二連続なんですよね。
COCOSPIN
OGになっちゃった(笑)。
SEI
「おじさん」じゃないですからね。OGさんですからね。もうなっていらっしゃいますね。
COCOSPIN
自分はまだまだ新人です。
SEI
いやいや。ベテランですから、この業界の、もうドンですからね、ドン。でもSN-Zさんもですけど、COCOSPINさんのその謙虚さが、素晴らしいなって思います。なんか俺すげえみたいな、ちょっと驕りが見えてる感じの方もいるじゃないですか。でも決してそうじゃない。
COCOSPIN
今もね、若い子たちとわちゃわちゃやってるんだよね。
SEI
ですよね。
COCOSPIN
COCOSPIN「Reprogram0811」と今後のプロジェクトについて
逆に気を使ってます(笑)。
SEI
逆に気使っちゃいますよね。いやいやわかります。今後楽曲リリースとか、プロジェクトとか、シェアできるご活動があれば、差し支えない範囲で教えていただけますか?
COCOSPIN
楽曲のリリースっていうのは、曲が溜まってきたのもあって、やっとこれから射程圏内に入ってきたぞって感じはあります。実はリリースの予定はあったんですけど、「リプログラム」っていう 8月11日に、どんな人でもヒップホップ的アクションを 1個やりましょうみたいな企画がありまして。
SEI
どういうことですか?ヒップホップ的なリアクション?
COCOSPIN
いや、例えばどんなお店でも、その 8月11日はヒップホップをかけてくれるとか。どんなことでもいいんで、HIPHOP的なアクションをしましょう、という企画です。
SEI
うんうんうんうん。
COCOSPIN
それやってみましょう、と。例えば、京都の伏見稲荷の神社の参道のお店のところとか。
SEI
え!場所超いいじゃないですか。めっちゃめっちゃ観光客として行きたいです。
COCOSPIN
神社の人たちも参加してくれてたりとか。歴史にフォーカスしたりとか、ヒップホップ問わず、長く続けていくっていう歴史にフォーカスして、例えば職人さんにインタビューしたりとか
SEI
おお。
COCOSPIN
これはでもリプログラム 0811 っていうインスタアカウントで、去年の12月からやり出してるんですね。
SEI
毎年 8月11なんですか?それとも違う日もあるんですか?
COCOSPIN
8月11日がヒップホップの日で、これで 3年目ですよ。ヒップホップ生誕50周年を機に、スタートしたんです。
SEI
ああ、なるほど。素晴らしい企画だと思います。
COCOSPIN
なんで、それはもうほんと情報の発信っていうのはインスタの方でやっていくで。
SEI
ぜひリンクを貼らせてください。
SEI
おお、なるほどね。えー。
COCOSPIN
街とか人とか、ヒップホップと共通する文化を伝えるような企画にはなってきていますね。街の人にヒップホップを伝える運動。まあ基本的に僕は東京と京都でしか動いてないんですけど。
SEI
そのメンバーは?COCOSPINさん以外には?
COCOSPIN
賛同者は増えてきていますね。SEIさんも参加してください。
SEI
LA支部ですか。
COCOSPIN
この企画を通して、バレエダンサーの人と出会ったり、ジャンルは問うてないというか。「ヒップホップ好きなら集まろうぜ!」だけでやってますね。その中から普通に応援してくださってる方がいて例えばお店でCOCOSPINコーヒー作ったりとか。
SEI
えー、面白い。いや、ぜひあの、私も参加させてください。弊社サイトでも何かできるかもしれないですね。ありがとうございますCOCOSPINせんべいとかも。
SEI
どこで入手出来るんですか?京都?
COCOSPIN
そうなんですよ。そういう企画がなんか始まってますコーヒー美味しいですよ。七条に島原っていうエリアがあるんですけど、そこにあるカフェで飲めます。
SEI
ありがとうございます。もしこのプロジェクトに関して何かあの、他に付け足したいこととかがあれば教えてください。
COCOSPIN
とはいえ、もう夏が始まるので、この『Summer Vibes』のプロモーションを関西圏ではなかなかちょっと去年はできなかったので、そこを中心にやっていきたいなと思ってます。
COCOSPINからのアドバイス:温故知新
SEI
最後なんですけれども、ラッパー目指してるとか、DJ 目指してるとか、COCOSPINさんみたいにね、この業界に関わっていきたいとか、この業界のトップを目指す若者とか、弊社サイトの読者さんの参考になるようなアドバイスとかメッセージがあれば、ぜひあのお願いします。
COCOSPIN
クリエイティブなことに集中していくことがあるっていうのは幸せなことだなと思っています。あとは作品を形にするということと。何かをやる前にいろいろ考えること。この部分はすごい大事かなと思ってまして。
SEI
なるほど。
COCOSPIN
簡単にこうやろうと思えばできる時代になったと思うんです。でも、そこにどれだけの信念があるかと
か。「温故知新」じゃないですが、過去にそれがあったものかもしれないみたいなのを知らなくてやってる人とかもいると思うんですよね。
SEI
そうですよね。うん。
COCOSPIN
そういう意味では、「温故知新」っていう言葉にまとめられるかなと思うんです。
SEI
温故知新。
COCOSPIN
日本の HIPHOP も新しい世代や老若男女が出てきて、やっと新しい時代に入ってきたな、と。老若男女活躍できる。アメリカにはカルチャーに貢献した人を称えていく風習があるけど、日本の場合はそれがないので。
SEI
ないですね。貢献賞とか功労賞とか無いですもんね。もっと大きなリスペクトを持ってほしいですよね、みんな。
COCOSPIN
このまま消化されていくカルチャーにはならないように、我々は頑張っていこうかなと思ってます。
SEI
いや、素晴らしいです。あのCOCOSPINさんだから言える、重みのある言葉だと思います。
COCOSPIN
今も現役なんで。
SEI
そうですね、重みがあります。いや、冒頭にも述べましたが、私COCOSPINさんにずっとインタビューしたくて、いろいろ聞きたくて、そう、あの、やっと願いが叶った感じです。今日はお時間頂き、貴重なお話をが伺えて光栄です。ありがとうございました。
COCOSPIN
ありがとうございました。
インタビューを終えて
ヒップホップというカルチャーは、時代とともに姿を変え続ける。「新しい音」「新しいスター」「新しい価値観」が次々と生まれ、そのスピードは年々加速している。しかし、その「新しさ」は決して過去を切り離して存在しているわけではない。今の日本語ラップがあるのは、その土台を築き、道なき道を切り拓いてきた先人たちがいたからだ。今回、COCOSPIN氏にお話を伺い、私が最も印象に残ったのは、その「言葉」だった。
一般的にラッパーというと、豪快で自己主張が強く、我が道を突き進むような人物像を想像する人も少なくないだろう。しかし、電話越しにお話ししたCOCOSPIN氏は、そのイメージとはまるで違っていた。
一つひとつの質問に対し、決して急がず、言葉を慎重に選びながら丁寧に答える。その口調は終始穏やかで、相手の言葉を受け止めてから自分の考えを紡いでいく。インタビューを進めるうちに、不思議と「ラッパーに話を聞いている」という感覚ではなく、まるで町のお寺で住職の話に耳を傾けているような気持ちになっていた。
だからこそ、「温故知新」という言葉も、「考えてから作品を世に出すことの大切さ」も、「素晴らしい人生を描こう」というメッセージも、決してきれい事には聞こえなかったのかもしれない。30年以上カルチャーの最前線で走り続け、多くの出会いと経験を重ねてきた人だからこそ語れる、実感の伴った重みある言葉だった。
印象的だったのは、これほどのキャリアを持ちながらも、自らを「まだまだ新人」「今も現役」と語っていたことだ。驕ることなく、若い世代と自然に交わり、自らも学び続けようとする姿勢。その謙虚さこそが、彼が30年以上にわたってシーンの第一線で愛され、リスペクトされ続けている理由なのだろう。
インタビュー中、COCOSPIN氏は何度も「ヒップホップは人と人をつなぐもの」だという趣旨の話をしてくれた。世代も、地域も、ジャンルも超えて人が集まり、新しい文化が生まれていく。8月11日の「REPROGRAM 0811」も、その考え方を体現した取り組みの一つだ。
そして昨年リリースされた『Summer Vibes』。心地よいビートの裏には、「疲れたら休んで頑張ろう」「素晴らしい人生を描こう」という、若い世代への優しく力強いメッセージが込められている。ただ夏を楽しむための一曲ではなく、人生を少し前向きにしてくれるような一曲なのだ。
ヒップホップは常に進化していく。しかし、その進化は、歴史を知り、先人をリスペクトし、未来へ受け継いでいく人たちがいてこそ成り立つ。
COCOSPIN氏は、過去を語るためだけの「OG・レジェンド」ではない。今もなお現役で、新しい作品を生み出し、新しい世代と向き合い、日本のヒップホップの未来を考え続けている表現者である。
今回のインタビューを通して改めて感じたのは、ヒップホップとは単なる音楽ではなく、「生き方」そのものなのだということ。そして、その生き方を30年以上実践し続けてきたCOCOSPIN氏の言葉には、ラッパーを目指す人だけでなく、何かに挑戦するすべての人の背中を押す力がある。
ぜひ『Summer Vibes』を聴きながら、このインタビューをもう一度読み返してみてほしい。きっと一度目とは違う景色が見えてくるはずだ。
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【COCOSPINプロフィール】
1993年からラッパーとしての活動を始め、京都のカリスマ的存在として注目を集めたMAGUMAMCs(NOB、RYUZ02名のユニット)の一人。2003年、MAGUMA MCs 1stアルバム「MASSIVE」にてメジャーデビュー、2006年には初のソロアルバム「Spinning My World」、2015年にはEP「one道感do」をリリース。
2017年よりラップの達人とのコラボ企画「Lyrics」シリーズを始動し楽曲を配信中。その他あらゆるジャンルのアーティストとの客演活動も行っている。2014年以降、ヒップホップとアートのコラボレーションにも積極的に取り組み、現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュ京都」(2015年)ではフランスのファッションブランド「ANDREA CREWS」のファッションショーにて、また現代アートの見本市「アートフェア東京」や国際展「横浜トリエンナーレ」関連イベントとして開催された「ベーコン・プライズ」(2014-18年)授賞式でパフォーマンスを行うなど、音楽シーンに限らず、さまざまなジャンルのアーティストとのコラボレーションを精力的に行っている。
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