【独占インタビュー】The Alpha Queen Blossoms:Doll-E Girl「20年以上やってるけど、まだあたしはPrimeだよ」
20年以上、Chicano Rap(チカーノラップ)の世界を歩いてきたDoll-E Girl(ドーリー・ガール)。筋金入りの、Chicana(チカーナ)ラッパーだ。
East LAのストリートで育ち、男性中心だったシーンの中で自分の居場所を作り、アーティストとしてだけでなく、レーベルオーナーとしてもキャリアを築いてきた。
その歩みだけを並べれば、「タフなOG・女王」という言葉で説明することもできる。けれど、実際に話を聞いてみると、そこにいたのはもっと人間らしい女性だった。
何度も音楽を辞めようと思ったこと。
自分を失敗者だと感じたこと。
若い頃、業界の仕組みを知らず、自分の作品の所有権さえ失った経験。
亡き父への想い。
そして今は、自分が経験した痛みを、息子や次の世代を守るための知恵に変えようとしている。
強さとは、何も感じなくなることではない。泣いて、迷って、何度も「もうやめよう」と思いながら、それでもまた立ち上がることなのかもしれない。
Doll-E Girlはインタビューの中で、今の自分を「花びらが咲き始めているところ」と表現した。
20年以上やってきたのに、彼女は「まだ全盛期の真っ只中」「まだ物語の途中」だと言う。
若さだけが花を咲かせる季節ではない。むしろ、失敗も遠回りも、痛みも経験した今だからこそ咲く花がある。
2026年9月、日本のFeliz Fiestaで再びステージに立つDoll-E Girl。
その言葉を聞いていると、今回の来日は「懐かしいOGの帰還」というより、アルファ・クイーンの新しい季節の始まりに見えてくる。
SEI:ではまず、日本のヒップホップファンに自己紹介をお願いできますか?
Doll-E:あたしはDoll-E Girl(ドーリー・ガール)。East LA出身で、Los AngelesのEast Side(東側)、Lincoln Heights(リンカーン・ハイツ)で生まれて育った。ずーっとここで生きてきた。
2Pacが言ってたよね、「To Live and Die in L.A.」って。まあ、あたしがLAで死ぬかどうかまでは知らないけど(笑)。でも、ここで幸せにやってるよ。
SEI:わかります。9月に日本へ行くんですよね?
Doll-E:そうそう。9月20日くらいかな。大きなイベント『Feliz Fiesta』があるから、それで日本に行くんだよね。
SEI:今回Feliz Fiestaに関わることになって、日本でパフォーマンスすることになった経緯は?
Doll-E:あたし、DJ Pacoとはめっちゃ仲いいのよ。詳しいことを全部知ってるわけじゃないけど、Pacoがイベント側の人たちと一緒に仕事してて、このイベントをやってる組織にも関わってるんだと思う。(注:DJ Paco氏はこのイベントのブッキングを担当している)
日本とLowrider/Chicanoカルチャー
SEI:これはLowrider(ローライダー)のイベントですよね。これまで日本や、日本のLowrider、Chicano(チカーノ)カルチャーのシーンとはどんな関わりがありましたか?
Doll-E:もう最高。ちょっと最初に日本へ行った時まで戻るね。で、あたしその時、本当に何が待ってるか全然知らなかったんだよね。あんなものを見るなんて思ってもなかった。
当時は最初のアルバムを出した頃で、あたしもこっちの生活とか、自分たちのライフスタイルのことばっかり見てたから、世界のほかの場所にもこんな文化があるなんて考えもしなかった。
で、日本に着いて、迎えに来てくれたみんなを見た瞬間、
「Oh my God! ちょっと見てよこれ!」って。みんなホーミーみたいな格好してるわけ。
「何これ、めっちゃcool! Homiesみたいじゃん!」って。
その時のあたしは、「ああ、うちらの活動をサポートしてるから、ほかのラッパーのTシャツとか買って着てるんだろうな」くらいに思ってたの。そのシャツがどこから来てるのかも知らなかった。でも、それだけでも「すごいじゃん」って思ってた。
ところが日本を歩き回っていろいろ見てたら、そういう服を普通に売ってるお店まであるし。そこでまたびっくりしたわ。
SEI:なるほど。実は次の質問にもつながります。Lowriderカルチャーは日本から何千マイルも離れた場所で生まれたのに、日本にはそれをとても深く受け入れているコミュニティがありますよね。日本で自分たちの文化がリスペクトされているのを見るのは、どんな気持ちですか?
Doll-E:あのさ、これ聞いてよ。その夜ショーがあったでしょ?そしたらみんなLowriderで会場に乗りつけてくるわけ。
若い女の子たちはホームガールみたいな格好してて、アイライナーにフープス、Cholaっぽいバンダナとか。あたしもう、
「Yo! あたし、自分の仲間と一緒にいるみたいじゃん!」って。「My people! アメージング!」って(笑)。
それからクラブに入って。たしか2、3軒くらい行ったと思うけど、どこのクラブにも、マジでMexican flag(メキシコの国旗)があったの。もう胸キュンだったわ。
「あたし、この人たち大好き。うちらのカルチャーをこんなに愛してくれてるんだ」って。
本当にbeautifulだった。それでLowriderを見て、
「Oh my gosh、East LAのフッドからそのまま持ってきたみたいじゃん!」って。「日本にもLowriderあるし!」って。
で、最初に行った頃の何が好きだったかっていうと、その時はまだ全部が発展途中だったんだよね。
SEI:発展途中?
Doll-E:そう。まだ車をガンガンジャンプさせられるような仕様じゃなくて、とりあえず上下させられるくらいだった。
SEI:なるほど。
Doll-E:そう、それだけ。でもあたしは、「Damn、これでもめちゃくちゃcoolじゃん!」って思ったの。本当にいい気分だった。
で、数年後にまた日本へ行ったらさ、みんなアップグレードしてんの!Oh my God。今度は左右にも動かしてるし。
「ちょっと待って、進化しすぎっしょ!」って(笑)。
SEI:日本のカルチャーを見て、「驚くほど本物だな」と感じたものや、逆に「これは日本ならではだな」と感じたものはありますか?
Doll-E:あのね、これ絶対忘れない。ショーに男の子が2人来たの。一人は赤いフランネルシャツ、赤いバンダナ、赤いズボン。もう全身真っ赤。
SEI:ワオ。B……みたいな?
Doll-E:そうそう(笑)。で、その友達が今度は青いバンダナで来たの。
SEI:オーマイゴッド(笑)。
Doll-E:なのに、その二人一緒に来てんのよ!あたし、「ちょっと待って。あんたたち知り合いなん?」って。通訳に聞いてもらったら、「うん、親友です」って言うわけ。だからあたし、「ちょっと教えとくけど、その格好で二人一緒にLAに現れたら、かなりヤバいことになるよ」って(笑)。
SEI:Yeah, yeah, yeah(笑)。
Doll-E:それでSouth SideとかNorth Sideとか、そういう背景を説明したの。もう二人とも大爆笑。そこであたしも分かったのよ。「ああ、日本ではこの人たち、うちらのカルチャーが好きで、それをREPしたくてこういう格好してるんだ」って。裏側にあるポリティックまで全部理解してるわけじゃないかもしれない。でも、そこが目的じゃない。音楽とムーブメントをサポートしたくてやってる。
あたし、そこに惚れたんだよね。
文化へのリスペクトと模倣の境界線
SEI:これは次の質問にもつながります。ある文化が別の国へ渡ると、アプリシエーション、つまり敬意を持って文化を愛することと、イミテーション、単なる模倣との間には微妙な境界線がありますよね。Chicano/Latino cultureを「尊敬を持って代表する」するとは、あなたにとってどういうことですか?
Doll-E:その質問、大好き、大好き、大好き、大好き!なんでか教えるね。今Californiaとかほかの州でもそうなんだけど、これは本当に微妙なところなのよ。
Imitation(イミテーション)とrepresentation(レプレゼンテーション)は違う。本気でやってる人もいれば、ただその格好したいだけの人もいる。で、本気でそういうスタイルしてる子たちは、たぶん親がその時代から来てるとか、そういう背景があると思うの。だから今の子どもたちもその格好してる。あたしはそういうの、ちゃんとリスペクトするし、理解できる。自分の親がどこから来たのか、そのルーツを誇っているってことでもあるからね。
でも一方で、コルテッツ履いて、バギーパンツにTシャツ着てるけど、家族もそこから来てない、文化のことも何も知らないって人もこっちにはいるの。そういう時は、
「だったら、その格好するなら覚悟しときなね」って思ってる。年上の人が見たら、その格好を「脅しや脅威」だと受け取ることだってあるから。
SEI:そうですよね。
Doll-E:そうよ。こっちではSouthsiderとかChicano、Chicanaみたいな格好するなら、誰かに、「なんでその格好してんの?」って聞かれた時に、それをバックアップできる覚悟がいる。できないなら、その結果は自分で責任持たなきゃいけない。
でも日本は違う。
日本でそういう格好してる人を見ても、あたしは真似だと思わない。「自分が支持してるものに誇り持ってるんだな」って見る。本気でうちらの文化を好きでいてくれてる。ちゃんとホームワーク(下調べ)もしてる。それがどこから来たのか、なんでこういうスタイルがあるのか、ちゃんと理解しようとしてる。
SEI:はい。まさにそこを聞きたかったんです。ありがとうございます。
Chicano Rapとは何なのか
SEI:Chicano Rap(チカーノラップ)にあまり馴染みのない日本の人に説明するとしたら、Chicano Rapとは何なのでしょう?ジャンルなのか、文化なのか、アイデンティティなのか。それとも全部ですか?
Doll-E:さっきの話ともつながるけど、Chicano Rapってもともとはギャングスタたちの音楽から来てるんだよね。昔Chicano Rapをやってたのは、基本ギャングメンバーたち。
SEI:なるほど。
Doll-E:ギャングメンバーたちが自分たちの人生をラップした。ストリートライフ、車に押し入ったこと、逮捕されたこと、喧嘩したこと、そういうの。で、あたしが出てきた頃に、ちょっと分かれてくのよ。あたしが出た時、自分はかなり初期のChicana rapper(チカーナラッパー)の一人だった。あたしはストリートで活動してたこと、近所のこと、そういう自分の人生をラップしてた。あたしより前にはTeardrop(ティアドロップ)とかJVっていう女の子たちがいた。みんな彼女たちをChicano/Chicana rapperに入れたりするけど、あたしの中ではLatin female rapper(ラテン系の女性ラッパー)だったの。だってTeardropもJVもギャングとかギャングライフについてはラップしてなかったからね。
SEI:ああ、なるほど。Latina(ラティーナ)としてLatin music(ラテン音楽)やLatin culture(ラテン文化)を代表していたということですね。
Doll-E:そうそう。ホームガールズもレップしてたけど、もっとソフトというか、ナイスな形だったね。で、そのあとあたしが出てきて、Lady Sample(レディー・サンプル)、Miss Pink(ミス・ピンク)、Miss Sancho(ミス・サンチョ)、B Wicked(bウィックド)とかもいた。あの辺が初期の女たちね。うちらはみんなアクティブだったから、その人生のことをそのまま喋ってた。
それまでは男たちから受けた影響も大きかったと思う。実際にギャングメンバーだった男たちが、自分たちの人生をラップしてるのを聞いて、「これ分かる。これあたしの人生だし。最高だわ」って思ったよね。
あたしの一番大きなメンターの一人が、Old Town Mafia(オールド・タウン・マフィア)のSlow Pain(スロー・ペイン)。彼は本当にビッグな男だった。彼もその人生をラップしてた。それ聞いて、「分かるわ、これ」って。だから、「じゃあ、あたしはホームガールズを代表しなきゃ」って思ったのよ。ホームガールズのために出て、自分の部分を言った。そしたら次々ドアが開き始めた。
で、それが日本に届いて、日本のみんなが聴き始めた。
日本がハマった理由?まず一つは、うちらの格好が好きだったからだと思う(笑)。
SEI:間違いないです(笑)。
Doll-E:で、ビートも好きだった。だって当時、あたしたちが何言ってるか(日本人の皆は)理解してなかったでしょ?
SEI:はい、恐らく笑)。
Doll-E:でしょ?(笑)でもビデオとか、うちらの服装とか、YouTubeとかを通して、だんだん好きになってくれたんじゃないかな。
Chicano RapとWest Coast Hip-Hop
SEI:Chicano RapとWest Coast Hip-Hopの関係はどう見ていますか?何が両者をつないでいて、逆に何がChicano Rapを独自なものにしているのでしょう?
Doll-E:あたし自身の話をすると、昔からBone Thugs-N-Harmony(ボーン・サグス・ン・ハーモニー)の大ファンだったの。
SEI:オーマイガ! あなたのBone Thugsとの曲、大好きです。それも質問しようと思っていました(笑)。
Doll-E:ちょうどつながったね(笑)。彼らのスタイルはちょっと違うけど、あたしにはすごく共感できた。あたし若い頃、ストリートでハッスルしてたから。Wheeling and dealing and stealing(駆け引きしたり、ヤバい商売したり、盗みをやったり)。もういろいろやってたよ(笑)。
で、彼らもそういうこととかスモーキングとかラップしてたから、「ほら、また分かるミュージックが来た!」って。しかもあたし、「この人たちサウンドいいじゃん。スモークしてる? じゃああたしもスモークする!」くらいのノリだったから(笑)。特にEazy-Eが彼らとコラボした時は、もう全部つながった感じ。
でも自分が業界に入った頃は、自分がそっち側と交流して仕事するなんて、人生で一回も考えたことなかった。
SEI:Bone Thugsと?
Doll-E:そう。あたしは新入りで、業界のことなんて何にも知らなかった。ただ音楽が作りたかっただけ。自分のサークル内の人たちと音楽をやりたかっただけ。でもそのうち、「向こう側にも声かけて、一緒に音楽やろうよって言ってもいいんじゃない?」って思い始めた。
そこでラッキーだったのが、Frank Nitti(フランク・ニッティ)って人に会えたこと。彼がつないでくれて、Bone Thugsとコネクションが持てたの。当時は今よりちょっと羽振りも良かったから(笑)、Layzie Bone(レイジー・ボーン)とBizzy Bone(ビジー・ボーン)にお願いできるくらいのお金も出せた。
SEI:ワオ。LayzieとBizzy?
Doll-E:そう!曲に入ってくれるってなって、あたしマジで頭飛びそうになった(笑)。『Better Dayz』ね。最初はバースの部分だけ送ってくると思ってたの。
違うの。一緒にstudio入れるように組んでくれたんだよ!
SEI:Oh my God。それはすごいですね。
Doll-E:そこで、「あたし、こうやってクロスオーバー(交流も)できるんだ」って分かった。本当にヤバかった。
West Coast Hip-Hop側からもサポートがある。向こうもあたしたちをリスペクトしてくれて、あたしたちも向こうをリスペクトしてる。長い間に、そういう交差とか交流が増えてきた。それって最高だよね。Tha Eastsidaz(イーストサイダーズ)のGoldie Loc(ゴールディー・ロック)とも仕事できたし。
SEI:え、本当に? すごい!
Doll-E:曲あるよ。それからTha Dogg Pound(ドッグ・パウンド)のRoscoe(ロスコー)、Kurupt(クラプト)の弟とも曲ある。そういうことが少しずつ起き始めてさ。あたしにとっては祝福よ。だって、そういうコネクションがあるからもっと聴いてもらえるし、うちらの世界も広がっていくから。
最も思い出深いコラボレーション
SEI:後で聞こうと思っていたんですが、これまでたくさんのアーティストとフィーチャーやコラボしていますよね。すでに何人か名前が出ましたが、一番思い出深かったのは誰ですか?
Doll-E:ああ、もうこれ。これよ(笑)。
SEI:言わずもがな、Bone Thugsですよね(笑)。あの曲、本当に好きです。今日ここへ来る時もずっと聴いていました。
「Chicana Rapper」という箱
SEI:Chicano Rapとアイデンティティの話に戻ります。カルチャーの外にいる人たちがChicano Rapについて誤解していると思うことは?
Doll-E:今は特に、うちらをボックス(特定のカテゴリー)に入れすぎること。あたし、それ嫌い。あたし自身で言えば、確かにChicana Rapから来た。あたしはChicanaだし、それがあたしのルーツ。でも歳を重ねて、あたし自身も向上したし、音楽も変わってきた。今でもフッド出身なのは変わらないよ。でも、もうフッドの昔みたいなことはやってない。分かるでしょ?
SEI:すごく分かります。
Doll-E:もう車に押し入ったりしないし、盗みもしない。あんなの若い時の話だよ。もうやらない。だからあたしが成長したら、音楽も変わらなきゃおかしいし。あたしは、音楽の中では嘘つかないから。REALなことしか言わないの。今のあたしはハッスルして、グラインドして、それでもバッドアス。トップに居続けるためにやるべきことやってる。
それに歳を重ねると、あたしを見てる若い女の子がたくさんいることにも気づくの。あたしのスタイルを好きになってくれる。あたしがいろんなsh!t通ってきたことも知ってる。でもあたし、「ヘイホームガール、あたしもこんなことやったんだから、あんたもストリートで活動しなよ」なんて言いたくない。違うの。「ヘイホームガール、あたしはsh!tも通った。最悪なものも見た。でも、それ全部乗り越えて来たんだよ」って言いたい。
で、今あたしの音楽はもっと進化してるのに、それでも、「ああ、Chicana rapperね」って箱に入れられる。いや、確かにあたしChicanaだし、Chicana Rapもやるよ。でも普通のラップもやる。R&Bもやる。スペイン語でもやる。スローソングもファーストソングもやる。
ラップだけやってろって? いやいや、あたし全部やるから(笑)。だって音楽そのものが好きなんだもん。ラップだけのラッパーもいるし、歌だけのシンガーもいる。
あたしは違う。全部やる。何でも聴くし、音楽が好きだから。
だから、「あたしがどの「箱」から出てきたかは覚えてていい。でも、その「箱」の外のこともできんだよ」って分かってほしい。
例えば『Trust No Bitch』。あの曲は死なないよ。
SEI:あの曲好きです。今日ここへ来る時も聴いていました。
Doll-E:でしょ?今でもずっと回ってる。最高よ。あれはChicano Rapだし、当時あたしが実際に通ってたことをそのまま書いた曲。今でもたまに歌うよ。
日本のファンに一曲だけ勧めるなら
SEI:日本のHip-HopファンにChicano Rapを一曲だけ勧めるなら?自分の曲でも、ほかの人の曲でも構いません。
Doll-E:あたしの音楽。あたしの聴いて。ほかの誰も聴かなくていい!(笑)
SEI:(大爆笑)わかりました。私、5月に出した新曲も本当に好きなんです。
Doll-E: 『Maladrinas』。
SEI:そう、「Maladrinas」!あのフックがずっと頭から離れないんですよ。
Doll-E:Yeah。あのフックについてはSnoop Doggにシャウトアウトね。
SEI:スペイン語でもラップしていますよね?
Doll-E:そう。さっき言った通り。あたし、頭の中いろんな方向に広げてるの。音楽も一つじゃない。いろんなもの聴くの好きだし、それがあたしを謙虚にさせてくれる。R&Bもめちゃくちゃ聴く。リラックスできるから。
SEI:だから時々歌うんですか?
Doll-E:そういうこと!みんなに言っといて。あたし一日中R&B聴いてるから。あのね、あたし自分の音楽が好きな理由は、どんな人にも似合う一曲が必ずあるってことなんだ。
例えば、ついてない日?あるよ、そんな日の曲。
離婚中?それもある。
結婚する?それもある。
女友達とストリートに出る?もちろんある。
あたし100曲以上シングル書いてきたし、いろんなシチュエーションの曲をやってきた。だから誰でも、「これ、自分の曲じゃん」って共鳴できる一曲はあると思う。
で、これからはもう少し、大人が共感できる音楽も増やしたい。
SEI:より成熟したリスナー向けに?
Doll-E:そう。面白いことに、あたしのリスナーって25歳から35歳くらいが多いの。だから音楽を通して、その人たちにも何か良い影響もたらせたらいいなって思う。
SEI:女性ファンも多そうですよね?
Doll-E:多いよ。フィーメルファンはめちゃくちゃいる。それも好き。だって音楽作る時、誰に向けて話してるか分かるから。
男性中心だったChicano Rapで女性として生き残る
SEI:20年以上音楽をやっていますよね。あなたが始めた頃のChicano Rapは、今以上に男性優位な業界だったと思います。女性として自分の場所を作るのはどんな経験でしたか?
Doll-E:自分にもスペースができたって分かった瞬間があるの。男たちがあたしに質問し始めた時。その時、「あ、あたしここ制覇したんだ」って分かった。
絶対忘れない。業界に入って3年くらいだったと思う。2003年、2004年くらいに出て、2006年頃には男たちが、「これどうやったの?」「こっちはどうした?」ってあたしに聞いてくるようになった。
あたし、「なんでこの男たち、あたしに聞いてんの?」って(笑)。でもそこで、「あ、そっか。あたし自分のsh!t分かってるんだ」って。「あたし、ちゃんとお金も作ってるわ」って。そこではっきり分かった。
でも大変だったよ。一時期、本当に女はあたし一人みたいな時もあった。でもあたしは、ただ好きなことやってただけ。ずっと自分だった。自分が誰より上だと思ったこともない。バックステージで呼ばれるまで偉そうに待ってるような人でもない。あたしはいつもみんなと一緒に外にいた。
ずっとそう。
今このポジションにいられること自体、本当に感謝すべきことだから。
Doll-E GirlがRapを始めるまで
SEI:子どもの頃からラップしていたんですか?
Doll-E:いや。そもそもラップはあたしのが考えたことじゃなかった。
SEI:本当に? では歌の方ですか?
Doll-E:そう。亡くなった父が電化製品とかビデオ大好きでさ。新しいもの出ると何でも買うの。ビデオカメラ、カメラ、照明、全部。あたしが3歳くらいの頃から、父が歌を教えてくれて、それ覚えたら動画撮るのよ。あたしが歌って、父がカメラで撮って。ずっとそんな感じ。だから歌うこととかカメラの前にいることには自然と慣れた。タレントショーにも出してくれた。
SEI:なるほど。でもラップはいつ始めたんですか?
Doll-E:Whittier(ウィティアー市)の「Night Crowd(ナイト・クラウド)」っていうカークラブに入ってたの。そこにラップしてるメンバーが二人いた。自分たちで曲作ってて、ある時バースが一個空いてたから、「ここ入ってみなよ」って言われたんだ。
あたし、「What the hell is a verse(バースって何)? 何の話してんの?」って(笑)。「曲作ったから、そこ乗ってよ」って言われても、「あたし何すればいいわけ?」って。
「ここが終わって、次が始まるまでに書けばいい」って言われて。あたし一人っ子だったから、昔から自分で詩とか日記はめちゃくちゃ書いてたの。小学4年生くらいからずっと日記。何冊もあった。
だから、「OK、まあやってみよっか」って。で、彼らの曲聴いて書き始めたら、2ページ書いちゃった(笑)。バースなんて8小節とか16小節くらいなのに。
SEI:そうそう、それだけです(笑)。
Doll-E:2ページよ(笑)。つまり書くの自体は速かったの。でもあとでその音源聴いたら……今でも持ってるんだけど……めちゃくちゃ音外してんの!(笑)。もう最悪。ビートに全然入ってない。あっちこっち行ってる。完全無秩序状態よ。
SEI:その時何歳でした?
Doll-E:2002年くらいかな。20代前半だったと思う。10代じゃなかった。そもそもラッパーになろうとしてたわけじゃないし。ただ転んだら、そこにラップがあったみたいな感じ(笑)。
SEI:面白い!
Doll-E:それで曲出したの。父が亡くなる前に、その曲を聴かせることもできた。父、めちゃくちゃ喜んでた。
面白いのが、その曲英語でラップしてて、Fワードとかめちゃくちゃ言ってるのよ(笑)。本来、父に聴かせるような曲じゃない。でも、「まあ、父に見せてみよう」って。
焼いたCDでも、自分の娘の声がCDから流れてくるってだけで、父はもう大興奮。もし父が今も元気で生きてたら、絶対あたしのマネージャーやってた。父はあたしを応援する人だったから。どこでも。どこでもよ。だからあたし、今でもそれを心に置いてやってる。
で、その曲を出したら人の手に渡って、Slow Pain(スロー・ペイン)も聴いた。ほかの人たちも、「音がいい。声もいい。でも、あんた自身はもっと取り組んでいかなきゃ」って。「Cool」って思った。
で、バーの書き方とか全部ちゃんと教えてくれたのが、オールドスクールラップ、Hip-HopのゴットファザーみたいなTony G。ラテン系アーティストの音楽とかヒットを山ほど作ってきた人。彼から教えてもらえたのは本当に嬉しかった。
最初のアルバムの最初の曲を彼と録音した時、ブース入って準備してたらさ、「リラックスして楽しめばいいよ。それと、Eazy-EとIce CubeとDr. Dreがその同じマイクで録音したことは気にしないでね~」って(笑)。あたし、「What!? No way, bro!(え!ウソでしょ!)」って。
SEI:それはプレッシャーですね(笑)。
Doll-E:そう!「F___! 一回ここから出して! やり直す!」って(笑)。でも最高だった。
現在のHip-Hop界の女性について
SEI:あなたが始めた頃と現在のヒップホップ界の女性を比べると、一番変わったことは何でしょう?そして、まだ変わる必要があることは?
Doll-E:Okay、聞いて。Oh God(笑)。これはあくまであたしの意見ね。みんなそれぞれ意見あるから。あたしがこの業界のゲームを見てきて、女性として何を代表してるか、その視点から言うよ。ヒップホップ界の女性はドラマチックに変わった。OGとか30代半ばとかじゃなくて、30歳以下の若い女の子たちの話ね。
すごい子いっぱいいるよ。サウンドいい、ボイスもいい、ちゃんと自分のことやってる。
でも……。メッセージと、見せ方はちょっと違うと思う。
もちろんみんなキレイ。服も好きだよ。みんなステキに見える。でも女としてこの業界にいて、自分を世の中に出すなら、少しくらいリミットあってもよくない?って思うんだよね。
毎回ビデオで腰反らさなくてもいいんだよ。毎回ほとんど何も着てないみたいにしなくてもいい。若い女の子たちに、「風船(亜酸化窒素)吸うのもクール、ドラッグもクール、酒もたばこも男もなんでもやるのがクール」みたいに見せなくてもいいっしょ。若い男の子だってそれ見てるんだから。女の子たちが簡単すぎるように見せる必要はない。
ホームガール、ちょっとくらい男を焦らしなよ(笑)。
SEI:分かります。何を言っているかすごく分かります。
Doll-E:ちょっとだけでいいんだよ(笑)。別に嫌ってるわけじゃない。本人がやりたいなら、やればいい。でもあたし、この子たちはそれ以上のこともできるって知ってるから。
ブーティソング出したい?いいじゃん、出しなよ。でも同時に、「Yeah、あたしたちだってratchet(ハメ外してワイルド)になれる。でも、頭の切れるビッチにもなれるんだから」って曲も一個出したらいい。分かる?頭良いんだよって部分も見せなよ。あたしが言ってんのはそこ。
SEI:はい。完全に分かります。私も同じように感じます。
タフさと弱さ
SEI:この業界で生き残るために、ある種タフになる事を身につけたと思いますか?それとも、もともとそういう性格でした?
Doll-E:あたしは昔から結構タフ。折れたこともないし、自分の場所はずっと守ってきた。もちろん泣いたよ。何度も、「あたし失敗したんじゃないか」「無理かも」「もうギブアップしたい」「辞めたい」って思った。弱くなったこともある。自分では鬱がすごく強いと思う時もあるけど、実際はそこまでじゃなくて、メンタル的に、「Damn、あたし今やりすぎてるな。ちょっとスローダウンしないと」っていう状態なのかもしれない。
この男だらけの世界で張り合うのはクレイジーだよ。でもあたしは、やるよ。同じレベルに立てるなら最高じゃん。「Yeah man、来なよbro。あたしやるから。どきな!」って(笑)。
でもそれは、あたしの育ち方も絶対あると思う。ストリートで自分自身を育ててきたこと。そこはすごく大きい。あたし、それを誇りに思ってる。だから息子にもいつも言うの。「あたしが通ってきた道自体は好きじゃない。でも、通ってきてよかったと思ってる。今ならあんたを守れるし、何に気をつけるべきかも教えてあげられるから」って。
彼がラッパーになるか、何になるかは知らない。でもこの世界で、あたしは彼を守れるタフなおかんでいたい。
20年前の自分に言いたいこと
SEI:ありがとうございます。すごく深い話でした。キャリアについて聞かせてください。最初のアルバムは『To Know Me Is To Love Me』ですよね?
Doll-E:そう。2005年。
SEI:もし今、当時のDoll-E Girlと座って話せるなら、何を伝えますか?
Doll-E:こう言うね。「これからマジでf___ upした時期も来るよ。でもバカにならないで。心配しすぎないで。振り払って前行きな」って。泣きたい?じゃあ風呂場で泣いてきな。出てきたら、温かい美味しいご飯食べて、また笑って、最初からやり直せばいい。
本当に昔のあたしに言えるなら、「大丈夫になるから」って何回でも言いたい。
打ちのめされたりしないで。ストレスで自分潰さないで。タフにはなるよ。
でも最後にはちゃんとご褒美もあるからね。
何度も音楽を辞めようとした
SEI:この20年以上の中で、本気で音楽を辞めようと思ったことはありますか?それでも続けてこられた理由は?
Doll-E:あるよ。っていうか正直、始めた時からずっと何度も辞めたいと思ってきた気がする。自分が何に入ってったのか分かってなかったから。特にYouTubeとか出てきて、「あたし、これ使いこなせんのかな?」って。20代前半ってまだ若いし。世の中どう回ってるか、まだ学んでる途中。
そこにグルーピーでしょ、男、酒、たばこ、いろいろある。ストリートとはまた別だけど、業界には業界のクレイジーさがある。特に女として入ると気をつけなきゃいけない。力のある男たちもいっぱいいる。知らない人だらけ。ギャングスタばっかりだし、誰がどこから来てるかも分からない。
若いあたしに、「この人誰? あの人どこ? こっちは何?」って全部確認しろって、もう無理な話よ。
それに音楽やっても、「なーんも起きないし。じゃあ何のためにやってんの?」って思う時もあった。でもね、一つだけ言える。今まで、あたし音楽辞めようと思うたびに、必ず扉が開いた。
SEI:本当に?
Doll-E:毎回よ。毎回。「もうやりたくない。ギブ。終わり。車直して家族と一緒にいられればそれでいい」って思うでしょ。そしたら、
「Hey ダーリン、ショー入ったよ!」
ブーン!お金。
「誰もレコーディングしてくれない。誰も何もしてくれない。もう辞める」ってなるっしょ。そしたら、
「Hey ダーリン、フィーチャーが 2、3本来てるよ」って。
毎回なの。
SEI:それは…サインですね。
Doll-E:そう。サイン。「あたしがまだここにいるのには理由がある」って。
でも残ると、また自分を疑い始めるのよ。「いや、あたし興奮してるからサインだと思いたいだけじゃない?」「音楽への愛が強すぎて、辞めたくないだけじゃない?」って。
私の母はいつも、「物事には全部理由がある」って言うの。あたし、「はぁ!? ずいぶん馬鹿げた理由だわね!」って思うけど(笑)。
でもそれが理由なら、じゃあ、行くしかない。Let’s go。
メンタル的にはいろいろ抱えるよ。鬱っぽくなることもある。でもあたし、それを乗り越えてる途中。
押して、前行く。今でもキックアスしてると思う。
で、今ちょうど……あとでまた話すけど……あたし、花が咲き始めてんの。花びらがどんどん開いて、もういろんなことが起き始めてるんだ。
「成功」の意味
SEI:素敵ですね。20年以上続けてきて、成功の定義はどう変わりました?
Doll-E:ドラマチックに変わった。正直、もしこの20年間ずっとDoll-Eだけに集中してたら、今よりもっとビッグになれてたと思う。でもあたし、自分だけにフォーカスしたことなかったんだ。だから今、自分が本当に行きたいところまではまだ行けてない。そこはあたしの間違いだった。
でも曲をドロップすると、みんな戻ってきてくれる。サポートがまだある。2年間まったく音楽出さなかったこともある。『Maladrinas』は5月に出したけど、その前のシングルは2年以上前。
でも『Maladrinas』出した瞬間、「おぉ、Doll-Eまだやってんじゃん!」ってみんな戻ってきた。電話も来る。愛がまだあるんだよ。
だからまた、「これがあたしをここに残してくれてるんだ」って思う。
今はさっき言った花びらがどんどん開いてる。花が咲き始めてる。あたしが追いかけてる成功はまだこれから来ると思ってる。
CDからStreamingへ
SEI:今後はどのくらいのペースで新曲を出していきますか?
Doll-E:実はスペイン語の曲もあるし、英語の曲もあるよ。
SEI:スペイン語も?
Doll-E:年末までにあと3曲くらい出すのが目標かな。
SEI:音楽業界はCDなどの実物販売からストリーミング、ソーシャルメディア、バイラルへ劇的に変わりました。一番慣れるのが大変だった変化は?お父さんに焼いたCDを渡したという話もしていましたよね。
Doll-E:そう。ディジタルは好き。素晴らしいと思う。でも正直、「こんなに早くディジタルになんなくてもよかったのに!」って思う(笑)。アルバムがCDだった頃、あたしたちめちゃくちゃお金作ってたから。ギャングスタのみんなもCDでお金持ちだったよ(笑)。$10、$10、$10って。その場で現金。でも今ディジタルになって、ストリーミングで支払われる。
で、逆に今CDのいいところは、値段倍取れること(笑)。今は(CDは)お土産とか、記念品扱いだから。サインしてもらって、飾る。実際にCD開けて聴いたりしないでしょ?SpotifyとかApple Musicで聴く。
だから人によっては今の方がCDに価値があるよね。「Cool、少なくとも今あたしのCD、$20で売れるわ!」って(笑)。そこはいい。でも恋しいのは、CDの時代の手っ取り早く手にした現金だね。
変わったもの/変わらないもの
SEI:今のDoll-E Girlと、始めた頃のDoll-E Girl。完全に変わったところと、まったく変わっていないところは?
Doll-E:Who I am(私が誰か)は変わってない。最初っからずっとあたし。自分が一番だと思ったことはない。誰かよりマシだと思ったこともない。ずっと100。ずっとホンモノ。人にもずっと心開いてる。
変わったのは、単純に大人になったこと。もうストリートで活動してない。あれは過去。楽しかったけど、もうやらない(笑)。
でも音楽も、今まで通ってきたことも、あたし自身を変な人間に変えなかった。そこが嬉しい。海外行ったり、ほかの州行ったり、全部最高の経験だった。
あたしにとっては、音楽があたしを救ったと思ってる。音楽やる前なんて、あたしの知ってる世界は半径10マイルくらいだった。フッドだけ。
でも音楽始めたら、新しいレストラン、新しい場所、新しい顔。州外にも行けた。
始めたばっかの頃なんて、あたし保護観察中だったから。Albuquerque(アルバカーキ―)でショーあったのに、行けなかった。
SEI:保護観察中だったんですか? ワォ。
Doll-E:1年間だよ。当時のレーベルマネージャーが法廷まで一緒に来て、「仕事で2日だけ州外に連れてっていいですか?」って判事に頼んでくれた。だから州外にショーで行くたび裁判所。
そのうち判事が、「もういいよ。問題も起こしてないし、音楽やってきなさい」って保護観察終わらせてくれた。あたし、「YES! レッツゴー!」って(笑)。
自身の会社:Set Up Shop Records
SEI:ご自身のレコード会社についても聞かせてください。アーティスト活動だけでなく、Set Up Shop Recordsも運営していますよね?
Doll-E:そう。
SEI:キャリアを通して、独立やownership(所有権)はどれくらい重要でしたか?
Doll-E:すごくいい経験。だって、自分でも知らなかった別の部分を教えてくれたから。「あたし、こんなこともできるんだ」って。
Set Up Shop Records始めたのは2006年。もう20年前。最初5、6人くらいアーティストいたかな。この業界で学んだことを使ってレーベル回してた。
まあまあ良かったよ。悪くは無かった。ちゃんとしたアーティストもいた。
で、2023年。マネージャーのEd(エド)と話してて、「ずっとレコード会社やりたいって言ってるよね。まだ用意できてないと思うけど、それでもやりたいなら、やってみれば?」って。「オーライ、cool」って。
Edがチームにいてくれて良かったよ。契約とか本当に詳しいから。それまでのあたしにはなかったプロフェッショナルな部分。そこがまず一個。
で、今のアーティスト。レーベルの形をもっと独立的にしたの。みんな自分で音楽を作る。自分でプロモする。自分のことは自分でやる。その上で会社とあたしをレップする。そういう仕事の仕方にした。
それで、「ツアーやってみよっか」って。去年Alpha Queen tour(アルファ・クイーン・ツアー)やった。Utah、New Mexicoとか、6ヶ所くらいかな。全部回って、すごくいいツアーだった。
あたしが自分でやったのは初めてで、「あれ? これもっとやった方がよくない?」って(笑)。今も何人かアーティストはちゃんと自分らでやってる。
SEI:すごくいいですね!
Doll-E:昔と比べて皆落ち着いたから、パーティーとかしても普通のパーティーね。オールなんて無理(笑)。
でも、「日本行ったら全部忘れる!」って言ってる。(DJ)Pacoも知ってるよ。Y’all better be ready(用意して待ってな)(笑)。
でも今は本当にフォーカスしてる。2023年から今までずっと。レーベルも順調。成長してる。知ってくれる人も増えてるし、拡張もしてる。
今は自分自身に集中する方法も、レーベルにフォーカスする方法も分かってきた。クレイジーだし大変だよ。でも、フォーカスしないと何もできない。
若いArtistに必要なOwnership
SEI:今のアーティストたちはHip-Hopのビジネス側、特に自分の音楽やブランドの所有権について十分理解していると思いますか?
Doll-E:No! 全然! やばやば(笑)。絶対もっと知った方がいい。見てると昔の自分見てるみたい。あたしがラッキーだったのは、若い頃に少し助言があったこと。「これはやった方がいい」「これはやめとけ」って言ってくれる人がいた。もちろん、それでも知らなかったこと80%くらいあるけど(笑)。でも少しは手引きがあった。
今の子たちの中には、ホームワーク(下調べ)全然してない子が多い。でもこれ本当に重要。あたしもかなり後の方で学んだけど、自分の名前を所有する。ウェブサイトを所有する。ライター、広報係、全部調べる。契約書を読む。分かんないなら、分かる人のところ持ってって読んでもらう。
知らなきゃいけないこと山ほどあるんだよ。でも知らない。そうすると、いつか昔のあたしみたいになる。「What the fuck(なんだって)!? あたしが自分のsh!t持ってないってどういうこと!? それあたしの音楽でしょ? あたしが書いたやつだよね? あたしのアルバムっしょ!?」って。
でも、「No、あなたは所有してません」って言われるの。分かる?
SEI:実際にあなたにも起きたんですね。
Doll-E:Oh hell yeah(もちろんよ)。あたしChicanaで、ギャングメンバーで、業界のことなんて何も知らずに入ったの。ただ音楽を楽しくてやってた。
自分の名前を登録しないといけないとか知らなかった。書いたものを所有する方法があるのも知らなかった。でも、それめちゃくちゃ重要。
例えば、「この歌にこれだけ払います。でも所有はこっちです」って言われて、「Oh cool」ってお金だけ取る人いるでしょ。ダメ。「ロイヤリティも欲しい」って言わなきゃ。
その歌、これから一生かかるかもしれないんだから。将来子どもできたら、そのロイヤリティを子どもに残すことだってできる。5セントでも20セントでも、塵も積もれば山となる。だから重要なんだよ。ちゃんと理解しなきゃ。
SEI:若い新人アーティストのみなさん、Doll-E Girlの話をちゃんと聞いてくださいね(笑)。
今のDoll-E Girlは「まだ物語の途中」
SEI:では音楽と次の活動について。今、音楽的にはどんな場所にいますか?去年からツアーも始めたと言っていましたが、アーティストとして今はどのチャプターにいるのでしょうか?
Doll-E:あたし、まだ本の真ん中だと思う。今も章の途中。
SEI:まだ途中?
Doll-E:そう。半分くらい。20年以上この業界にいても、まだ自分は全盛期だと思ってる。まだ出したいものも、やりたいことも山ほどある。みんながまだ知らないあたしも、いっぱいある。
で、それが――これから来るよ。
SEI:It’s coming(来る)。いいですね!では、ファンは次にDoll-E Girlから何を期待できますか?
Doll-E:ここでさっきのPetals(花びらが)Blossoming(咲き始めてる)話につながる。今、あたしの花びらがどんどん開花してんの。コンテンツの創作ももっとやってる。ライブストリーミングも増やしてる。旅行ももっとする。長いこと行ってない場所にもまた行く。新しい音楽、ビデオ、商品、プロダクション。あとハロウィーンに関係する別のビジネスもやってる。
SEI:音楽とはまったく別の?
Doll-E:そう、全然別のサイドビジネス。名前は「Haunted Hood Collection」。ハロウィーンっぽいものを中心にしつつ、違う休日にもつながるいろんなモノを出す予定。一個確実な事があるんだけど、それは始めるまでまだ言いたくないんだよね。でも、あたしの人たち向けのものだと思ってる。
で、今一番デカいのがね。Hertz Media(ハーツメディア)のMario(マリオ)とRuth(ルース)っていう夫婦から、彼らが作る映画の主人公役をオファーされたの。しかも共同所有権まで。
SEI:ワオ。では演技もするんですね?
Doll-E:そう。しかもアート管理の権限もくれた。あたしもう超楽しみで。来週の火曜日から撮影を始める。
SEI:どんな映画なんですか? まだ秘密?
Doll-E:まだ機密情報。でもみんなに知ってほしいのは、あたしが初めて映画の主役をやるってこと。もうめちゃくちゃ楽しみ。だってこれをきっかけに、ほかの映画のオーディションとか、もっといろんな扉が開くと思うから。
今本当に、いろんなものが開き始めてる。すごく幸運だと思う。
で、あたしはもう……仕事したくてしょうがない(笑)。
West CoastとKeep It Real
SEI:そろそろ最後ですが、West Coastとはあなたにとって何ですか?
Doll-E:Hey! California, baby!(Wのハンドサイン)
SEI:(笑)最高です!Hip-Hopでは「Keep It Real」とよく言いますよね。この世界に20年以上いて、2026年のあなたにとってKeep It Realとは?
Doll-E:Don’t bullshit me。それ。あたしにくだらない嘘をかますなってこと。もうbullshitには疲れた。Fuckin’ truth(ホントの事)をそのまま言いなよ。Realでいな。あたしにとって今のKeep It Realはそれ。戯言はいらない。そんなことに使ってる時間、もうないから。
昔なら、「Yeah、あの人coolだね。ちゃんと来てくれるかな? 多分。多分無い」みたいなのでもよかった。
でも今はNo。そんなの待ってる時間ない。
Feliz Fiestaに込める思い
SEI:最後に。日本の人たちがFeliz FiestaでDoll-E Girlのパフォーマンスを見て、あなたがステージを降りた後、何を覚えていてほしいですか?
Doll-E:まず、「Doll-Eといると楽しい。また来てほしい!」って思うでしょ(笑)。
でも真面目に言うと、今回のショー、あたしにとって本当に意味が大きいの。あたしも年を取ったし、日本の音楽が変わってきたのも見てきた。最初の頃はギャングスタラップが中心だった。今はReggaetonとかclub系とか、本当に変わったよね。
だから(DJ)Pacoにも、「あたし、早いうちにもう一回日本へ戻ることがすごく重要なんだ」って言ったんだ。OGのみんなのために、あの音楽をもう一回生き返らせたい。で、そのOGたちの子どもたちにも、「こういう音楽だったんだよ」って見てもらいたい。
SEI:レぺゼンですね。
Doll-E:そう。今年の日本のショーは、あたしにとってOGsに向けたショーなの。最初に日本に行った時から、過去3回行った時まで、ずっとそこにいてくれた人たち。このショーはその人たちに捧げてる。だからあたしにはすごく重要。
あと4年待って戻ったら、もう同じじゃないかもしれないと思う。だから今なんだよ。ちょうど、「All right、みんな。もう一回あれ持ってきたよ!」ってやれるところを見せたい。それが今回行くことがこれほど重要な理由なんだ。
Still Authenticにも早く日本見せたい。初めてだから、絶対ぶっ飛ぶよ。あたし彼に言ったもん。「Bro、日本から帰ってきたら感覚変わるよ。なんで誰も俺に優しくしてくれないんだ? なんで誰もこんなにケアしてくれないんだ?ってなるから」って(笑)。
日本のみんな本当にスウィート。本当に気遣ってくれるし、思いやりがあるんだ。あたし、そこが大好き。
日本で楽しみにしていること
SEI:ちなみに、日本で何を一番楽しみにしています?
Doll-E:ただ……みんなに会うこと。
SEI:それから?
Doll-E:あと……Asahi飲むこと(笑)。先に言っとくけど、Doll-E GirlのためにAsahiちゃんと用意しといてね!でも本当に楽しみ。あたし、5日間起きてる準備できてるから。楽しんで、今回は絶対カウントさせたい。
これはOGのみんなのためだから。
日本のファンへのメッセージ
SEI:ありがとうございます。最後に、日本のファンへ何かメッセージはありますか?
Doll-E:まず、ずっとサポートしてくれてありがとう。あたしが日本へ戻るたび、いつも歓迎してくれてありがとう。ずっとそこにいてくれて、本当にありがとう。
で……覚悟しといて。うちら乗っ取るから(笑)。
日本に戻ったら、「Team No Sleep Japan(チーム眠らない日本)」だから。
SEI:Asahiもたくさん用意されると思います(笑)。
Doll-E:Yeah。みんな用意しといて(笑)。あたしはね、用意できてる。みんなあたしが着く前に、ちゃんと寝ときな!(笑)
でも本当に、みんなありがとう。もう一回日本に戻れること、本当に誇りある事だと思ってる!
20年以上を経て、Doll-E Girlはいま咲き始めている
インタビューの中で、Doll-E Girlは何度も「まだ終わっていない」と語った。20年以上のキャリアがあっても、「まだ本の真ん中」。「まだprime」。
そして今、自分の周りで花びらが次々と開き始めている、と。
若い頃の彼女は、ストリートで起きていたことをそのまま音楽にした。だが今は、同じ「REAL」を語るにしても、そのREALの中には失敗も、責任も、母親としての視点も、次の世代に何を残すかという意識もある。
それは、丸くなったということではない。「Don’t bullsh!t me」と笑い飛ばすDoll-E Girlのバッドアスな部分は、何ひとつ消えていない。
ただ、その強さの使い方が変わったのだ。かつては自分の場所を守るための強さだったものが、今は自分のアーティストを支え、若い女性たちに言葉を届け、息子を守り、自分の作品を自分で所有するための強さになっている。
彼女自身、何度も失敗してきた。
音楽を辞めようともした。
レーベルも一度で成功したわけではない。
自分の作品なのに、自分が所有権を持っていないという現実にも直面した。
それでも、音楽を辞めようとするたびに、不思議と新しい扉が開いたという。
そして今。
新曲、レーベル、ツアー、映画初主演。そして久しぶりとなる日本。
20年以上を走り続けた末に、彼女自身が「petals are blossoming(花びらが咲き始めている)」と表現する季節がやってきた。
花は、何も知らない若い時にだけ咲くものではない。何度も折れそうになり、それでも根を張り続けた人にしか咲かせられない花もある。
2026年9月、Doll-E Girlは日本へ戻ってくる。
かつて彼女の音楽を聴き、Lowriderを走らせ、Chicanoカルチャーに魅了された日本のOGたちへ、もう一度「あの音楽」を届けるために。そして、その子どもたちにも見せるために。
「あの頃」を懐かしむためだけではない。そのカルチャーを背負って20年以上生きてきたアルファ・クイーンが、今どこに立っているのかを見せるために。
Doll-E Girlの物語は、完成に向かっているのではない。
20年以上を経て、彼女はいま、咲き始めている。
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