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シュグ・ナイトが激白──2Pacの死後に起きていた「衝撃の事実」

ヒップホップニュース14 min read
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2026年8月17日、ラスベガスで2Pac(トゥパック・シャクール)殺害事件の裁判が本格的に動き出した。冒頭陳述が行われ、初日だけで4人の証人が証言台に立った

被告はドゥエイン・デイヴィス、通称キーフ・D。7月28日の公判前審理で、2008年の警察聴取と回顧録『Compton Street Legend』が証拠採用されたことは、本誌でも報じたとおりである。罪名はギャング活動を助長する意図を伴う凶器使用殺人。本人は無罪を主張している。事件当夜から現在の公判までの全体像は、2Pac殺害事件・30年の総合タイムラインにまとめている。

日本でこの週に話題になったのは、8月19日にTMZが報じた「2Pacの遺灰を仲間が吸った」という話だけだった。

だが陪審選定が始まった8月10日から数えて、事件の中心にいた人物の言葉を日付順に並べると、まったく別の構図が見えてくる。

日付出来事
8月10日(月)陪審選定開始。同日、ABC Newsが前週に行ったシュグ・ナイトへのインタビューを公開。法廷には出たくないと明言
8月11日(火)陪審選定中、ナイトがTMZ Liveへ電話出演。事件を「暗殺」と呼ぶ
8月17日(月)冒頭陳述。4人の証人が証言
8月18日(火)ジェームズ・マクドナルドが召喚され、核心部分では回答を避ける。同日、レジー・ライトJr.が2Pacの遺灰について宣誓下で証言
8月19日(水)TMZが2本の記事を公開。1本は火葬と遺灰。もう1本は、ナイトが前日の法廷証人を批判した内容

法廷では語りたくないと言う人物が、法廷の外では語り続けている。

そして原典をさらに遡ると、その語られる内容自体も、30年間ずっと同じだったわけではない。

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8月10日──「自分をこの裁判に巻き込むな」

1996年9月7日、ラスベガスで銃撃されたBMWを運転していたのはシュグ・ナイトだった。助手席には2Pacがいた。ナイト自身も負傷したが生き延びた。銃撃されたBMWに2Pacと同乗し、現在も生存している人物である。

現在の裁判でも極めて重要な存在になり得る。

しかし陪審選定が始まったまさにその日、ABC Newsが公開したインタビューで、ナイトは裁判への関与を明確に拒む姿勢を示した。取材はその前週に行われている。

自分は殺人事件を解決して報酬をもらう立場ではない。自分を法廷へ連れて来るなら、連れて来た側にとって良い結果にはならない。検察でも弁護側でも同じだ。自分を巻き込まないでほしい──概ねそうした内容だった。

さらにナイトは、証言台で誰かを指さす行為について、独特の表現を使っている。銃で撃たれた人間は一度死ぬ。しかし法廷で名指しされた人間は、何度も死ぬことになる、と。

ナイトにとって「証言する」とは、単に知っていることを話すことではない。そこには30年前のストリートの論理が、現在の法廷にまで持ち込まれている。

現在61歳のナイトは、2015年の死亡ひき逃げ事件による故殺罪で28年の刑に服している。発言はカリフォルニア州リチャード・J・ドノヴァン矯正施設からのものだ。

8月11日──しかし翌日、彼はTMZ Liveに電話をかけた

陪審選定が続く8月11日、ナイトはTMZ Liveへ電話出演している。

そこで彼は、事件は「暗殺」であり、いま裁かれている一人だけの犯行ではないと主張した。関与者は他にもいるとしながら、具体名は挙げていない。ネックレスやギャングの色をめぐる話だという通説は誤りだ、とも述べている。

同時に、デイヴィス自身が回顧録やポッドキャストで繰り返し語ってきたことで自分の立場を悪くした、という趣旨の指摘もした。

なお、「ディディが100万ドルの懸賞金をかけた」という主張をはじめ、「他にも関与者がいる」という説自体は本誌でも繰り返し扱ってきた。今回のナイトの発言も、その系譜の中にある。

法廷には関わりたくないと表明した翌日に、その法廷で裁かれている事件について、被告の防御方針にまで踏み込んで公に語る。

この構図が、この裁判の初週を通して繰り返される。

8月18日──証言台に立った証人は、核心では口を閉じた

冒頭陳述の翌日、ナイトの元関係者であるジェームズ・“モブ・ジェームズ”・マクドナルドが証人として出廷した。

ここは正確に書く必要がある。彼は証言を全面的に拒否したわけではない。

APの法廷詳報などによれば、マクドナルドは召喚状によって出廷したことを明言したうえで、ロサンゼルスのギャング抗争についてはかなり率直に証言している。銃撃当夜、ナイトのラスベガスのクラブ662で警備を担当していたことも述べた。

拒んだのは、事件の核心に触れる部分である。銃撃に至る経緯を問われると回答を避け、自分を敵対的証人として扱うよう求めた。デイヴィスとは不仲であるにもかかわらず、彼を刑務所に送ることには加担したくない、と証言台で述べている。

一方で彼は、Death Rowの警備責任者レジー・ライトJr.が2Pacの死に関与したという説を強く否定してもいる。

つまり黙秘ではない。答える質問と答えない質問を、自分で選り分けたというのが実態だ。

同じ日、法廷で「遺灰」が語られていた

そしてこの8月18日、もう一つ重要なことが起きている。

マクドナルドの後に証言台に立ったレジー・ライトJr.は、元コンプトン市警の警察官で、自身の警備会社がDeath Rowと契約していた人物である。彼は宣誓下で、2Pacの火葬後、自分が遺灰を受け取ったと証言した。そして警備スタッフのジェームズ・グリーンに託し、2Pacの家族、または家族から権限を与えられた人物へ届けさせたという。

検察官のビヌ・パラルはライトに対し、2Pac殺害に関与したかを直接問い、ライトは明確に否定している。

この証言は、「遺灰が吸われた」という逸話を裏づけるものではない。だが意味は大きい。

30年間、インタビューとヒップホップ史の伝承の中だけで語られてきた2Pacの遺灰について、その受け渡しの一部が、この裁判で宣誓下の証言として記録されたからだ。

そしてその翌日、法廷の外で、同じ遺灰について別の続きが語られる。

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8月19日──TMZが出した2本の記事

開廷3日目、TMZは2本の記事を公開した。

1本は火葬と遺灰についてである。TMZの報道によれば、ナイトの説明はこうだ。

2Pacの死後、母のアフェニ・シャクールが即時の火葬を望んだ。ナイトは深夜に葬儀業者の男に連絡を取ったが、数日は手が空かないと断られた。そこで住所を聞き出して自宅を訪ね、20万ドル入りのバッグと100万ドル入りのバッグを持参した。まず20万ドルを提示して断られ、両方をテーブルに出した。合計120万ドルで男は承諾し、その夜のうちに火葬が行われた。その後、アフェニがラスベガスのホテルの部屋に人を集め、そこで遺灰を複数のブラントに巻いて吸った。ナイト自身は保護観察中だったため参加しなかった──。

日本語圏に届いたのは、ほぼこの部分だけである。

だが同じ日、TMZはもう1本の記事を出している。

TMZ Liveに出演したナイトが、前日に証言したマクドナルドを名指しで批判したという内容だ。マクドナルドはDeath Rowで働いていなかった、警備責任者だったこともない、FBIの情報提供者だ、と彼は主張している。本当に自分のもとで働いていたならDeath Rowのチェーンや指輪を持っていたはずで、一緒に写った写真もあるはずだ、という理屈である。

ここが、この初週で最も重要な一点だ。

証言台には立たないと公言した人物が、公判の係属中に、前日実際に証言した証人の信用性を、宣誓もなく反対尋問も受けない場所から攻撃している。

しかもその攻撃の中身は「FBIの情報提供者だ」というものだ。彼が証言を拒む理由として挙げていたのは、密告は人を何度も殺す行為だという論理だった。論理は一貫している。一貫したまま、法廷の外から法廷の中へ影響を及ぼしている。

これは証言の矛盾ではない。法廷という制度を使わずに、法廷で争われている事柄に関与するという選択である。

遺灰の話は、13か月前に本人が語っている

では、遺灰の話そのものはどこまで新しいのか。

結論から言えば、ほとんど新しくない。

2025年7月、PEOPLEはナイトへの獄中からの独占電話取材を公開している。取材したのはダニエル・バッカー。そこでナイトは、アフェニが即時の火葬を求めたこと、自分が現金100万ドルを払って火葬を実現させたこと、火葬後に遺灰の入った袋が回され、2Pacの仲間たちがそれを巻いて吸ったこと、自分は保護観察中で参加できなかったことを、すでに語っている。

2Pac本人は火葬を望んでおらず、自分の葬儀ではラッパー全員にマイクを取ってほしいと生前に話していた、という説明もこのときのものだ。

そして本誌も、この報道を2025年7月2日に扱っている

つまり2026年8月19日に新しく出てきたのは、話そのものではない。同じ人物が、13か月後に、同じ話をより細かく語り直したというのが正確な記述である。

遺灰の逸話は2011年まで遡る

さらに遡ると、この逸話がナイト由来ですらないことが分かる。

2011年8月、Outlawzのヤング・ノーブルとE.D.I. MeanがVladTVのインタビューで、2Pacの遺灰を吸ったと公言している。長年噂されてきた話を、当事者が初めて認めた形だった。

ただし、彼らが語った状況は、ナイトの2026年版と一致しない。

動いているのは金額ではない

先に立場を示しておく。「100万ドルが120万ドルになった」という点は、矛盾とは言い切れない。20万ドル+100万ドルという内訳を大づかみに「100万ドル払った」と説明することは十分にあり得る。数字の変化そのものを不整合として扱うのは、本稿の立場ではない。

両立しないのは、もっと具体的な部分である。

① 場所

2011年のOutlawzの説明では、それは海辺の追悼だった。2Pacが好きだったウィード、チキンウィング、オレンジソーダを供え、その夜に行ったと語られている。

2026年のナイトの説明では、アフェニが滞在していたラスベガスのホテルの部屋である。

海辺と、ラスベガスのホテルの一室。これは同じ出来事の別表現にはならない。

同じ遺灰について、いま3つの説明が並んでいることになる。法廷で宣誓下に語られたライトJr.の「家族へ渡した」。Outlawzの「海辺で吸った」。ナイトの「ラスベガスのホテルで吸った」。

このうち、証拠として扱えるのは1つだけだ。

② アフェニ・シャクールが同席していたか

Outlawzは2011年、アフェニと家族がその場にいたと述べた。ナイトも2025年・2026年の説明で、アフェニが主導したという構図を取っている。

これに対し、2011年当時、シャクール家の広報担当者はTMZに真っ向から否定する説明をしている。アフェニが息子を吸うことに加わることはあり得ない。もしOutlawzの話が事実であれば、追悼の場で遺灰を管理していた家族の目を盗む必要があったはずだ、と。

ここは正確に区別しておきたい。家族側は、Outlawzが遺灰を吸ったこと自体を全面否定したわけではない。真偽は把握していないとした上で、アフェニの参加と家族の承諾を否定し、法的措置は取らないとも述べている。

③ E.D.I. Mean自身の説明も動いている

さらに、逸話の当事者の説明も一定していない。

2011年のVladTVで、E.D.I. Meanはこの発想の出所を2Pacの楽曲「Black Jesuz」の一節だと説明した。自分が思いついた、あの曲にそう書いてあるから、という趣旨である。

その後、ナショナル ジオグラフィックのドキュメンタリー番組では、この件について確認を避けている。2Pacは謎が売れると言っていたから詮索させておく、という主旨だった。

そして2020年6月、再びVladTVに出演した際には、説明が入れ替わる。曲が発想源なのではない。遺灰の話は曲より前に交わした会話であり、曲は曲でしかない。着想は2Pacが学生時代のネイティブ・アメリカンの友人から聞いた話に由来する──そう語っている。

なお「Black Jesuz」は1999年のアルバム『Still I Rise』に収録された楽曲だが、発売年は作詞・録音の時期を示すものではない。1999年という数字だけでは、遺灰をめぐる会話と楽曲のどちらが先だったかは確定できない。

肯定、保留、起源の差し替え。動いているのはナイトだけではない。この逸話については、複数の主要な語り手の説明が時間とともに動いている。

そして、確認できる人物は減っていく

ナイトの説明で決定的な役割を担っているのはアフェニ・シャクールだ。即時の火葬を求め、その後の場にも関わったとされる。

しかしアフェニは2016年に亡くなっている。本人に確認する手段はない。

ナイトが交渉したという葬儀業者についても、現在の報道から第三者が容易に検証できる状態にはない。2Pac本人もいない。

本誌が整理した「事件を動かした11人」のうち、5人はすでに死亡している。検察が主張する銃撃車両の乗員4人に限れば、生きているのは被告席の1人だけだ。

30年という時間は、事件を歴史に変えると同時に、証言を検証する手段そのものを減らしていく。

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30年後の証言を読むための4つの質問

以上を踏まえると、この種のニュースに接したとき、確認すべきことは「誰が言ったか」だけではない。

  1. いつ言ったのか
  2. 以前は何と言っていたのか
  3. 法廷で言ったのか、メディアに言ったのか
  4. その話を確認できる人物や資料は残っているのか

今回で言えば、①2026年8月19日、②2025年7月に本人がすでに同じ話をしている、③法廷ではなくTMZ、④中心人物のアフェニは2016年に死去、となる。

この4点を通すだけで、「衝撃告白」という見出しの向こう側はかなり違って見える。

現時点で分かっていないこと

火葬の経緯と支払額について、ナイトの説明を独立して裏づける資料は確認できていない。

遺灰をめぐる逸話についても、本稿は真偽を断定しない。長年複数の関係者によって語られてきた一方、場所と同席者について説明が明確に分かれている。ライトJr.の法廷証言は遺灰の受け渡しについてのものであり、その後に何が行われたかを立証するものではない。

アフェニ・シャクールの言動として紹介されている部分は、本人が2016年に死去しているため、現在確認することができない。

マクドナルドについてのナイトの主張──Death Rowで働いていなかった、FBIの情報提供者である──も、現時点で独立した裏づけは確認できていない。マクドナルド本人は法廷で、当夜クラブ662で警備を担当していたと証言している。

「キーフ・Dが唯一の関与者ではない」というナイトの発言も、それだけで何かが立証されたことにはならない。裁判は進行中であり、デイヴィスは無罪を主張している。

そしてナイトが最終的に証言台に立つのか立たないのかは、メディアでの発言とは分けて追う必要がある。

増えるのは伝説か、証拠か

米国のヒップホップニュースを日本から追えば、速報では必ず遅れる。だが、その時間差は必ずしも弱点ではない。速報競争から一歩離れられるからこそ、その人物が1年前、5年前、15年前に何を語っていたのかまで遡ることができる。

その方法で見ると、8月19日の報道の意味は変わる。

新しい事実が判明したのではない。30年前から語られてきた逸話について、事件現場にいた人物が、13か月前の自分自身の説明を少し動かしながら、もう一度語った。そして同じ週、同じ人物は、法廷には出ないと明言しながら、法廷で証言した人物の信用性をメディアで攻撃している。

陪審選定が続いていた8月13日の時点で、本誌は「法廷がまだ事件を語っていない」と書いた。その週が終わり、法廷はようやく事件そのものを語り始めた。

そして事件が法廷で語られ始めた瞬間から、法廷の外の言葉は、むしろ増えている。

2026年8月、ラスベガスで行われているのは、30年間積み上がった無数の「誰かがそう言った」を、証拠として扱えるものと扱えないものに切り分ける作業である。

その作業が進む横で、切り分けの対象になることを拒んだ人物が、切り分けの外側から発言を投げ込み続けている。

追うべきなのは、新しい伝説が増える瞬間ではない。この二つの流れが、最後にどこで交わるのかである。

本誌は引き続き、この裁判を記録していく。


2Pac裁判を追う──総合リンク

主な参照元

画像クレジット:2017年6月16日、ジェロニモ・ヤネス裁判の無罪評決後、米ミネソタ州セントポールの州会議事堂で行われたBlack Lives Matter集会。撮影:Lorie Shaull(Wikimedia CommonsCC BY-SA 2.0)。2026年のラスベガス裁判を撮影した画像ではありません。HIPHOPCsが全幅を保持したまま1200×630へトリミングし、JPEGからWebPへ変換しました。