2Pac裁判・初日──2Pacを最後に止めた警官が、最初の証人になった
現地時間8月17日(月)、ラスベガスのクラーク郡地方裁判所で、2Pac(トゥパック・シャクール)殺害裁判の冒頭陳述が始まった。銃撃から30年、Duane “Keffe D” Davis被告(63)の起訴から3年。陪審の前で、検察と弁護側がそれぞれの物語を初めて語り、その日のうちに証人4人が証言台に立った。裁判はCarli Kierny判事の下、最長6週間に及ぶ見込みだ。
そして初日の法廷は、本誌が開廷前に整理した対立構図——検察「復讐を計画」対 弁護側「本人の言葉はフィクション」——を、ほぼそのままの言葉でなぞった。
検察:「引き金は引いていない。しかし計画した」
Binu Palal主任検事補が最初に陪審へ見せたのは、「1996年9月7日」の日付が入ったマイク・タイソン戦の写真と、MGMグランドのロビーで2Pacの一団がDavisの甥Orlando “Baby Lane” Andersonを殴打する監視映像だった。CBSによれば、Palalはこう続けた——2Pacは公然と、カメラの前で、Andersonへの「屈辱的な暴行」に加わった。その2時間半後、2Pacはドライブバイ銃撃で撃たれた。
「はっきりさせておきましょう。Duane Davisは引き金を引いていません。しかし彼は、甥への暴行の報復として、この銃撃を計画したのです」。Palalはそう述べ、Davisが車の後部座席に座る人物に銃を渡し、発砲を指示したと主張した。そして陪審に向けて、この裁判の核心をひとことで予告した。「驚くべきことに、皆さんはそれをDuane Davis本人から学ぶことになります」
検察の主張では、銃撃をおこなった白いキャデラックにはDavisのほか3人が乗っていた——そしてその3人は、全員すでに死亡している。だからこそ、とPalalは言う。「何が起きたかを語れるのは自分だけだ、と彼が言うとき——それは正しい」。回顧録『Compton Street Legend』と一連の公の発言を立証の柱に据える構えは、証拠採用の段階から本誌が追ってきたとおりだ。Marc DiGiacomo検事は開廷前、こうまで言っていた。「もし彼が本を書かないと決めていたら、おそらくこの罪で訴追されることは決してなかったでしょう」(PBS/AP)
弁護側:「真実か、フィクションか」
Michael Sanft弁護人は、検察の物語を正面から「フィクション」と呼んだ。「誰も、これのどれひとつ裏付けていない」「30年経って、彼らにどんな事実があるというのか」。証拠の紛失、信用性に疑問のある証人、物証の欠如——30年前の捜査の弱点を並べ、陪審への問いかけで締めた。「最後には、自問していただくことになります。彼らが語っていることは、真実なのか、フィクションなのか」(Al Jazeera)
回顧録への反撃も、予告どおりの形で来た。Sanftによれば、Davisが共著書を出したのは金のためであって、真実を語るためではない。どの部分をDavisが書き、どの部分を共著者Yusuf Jahが書いたのか、判別は不可能だと主張する。PBSが引く裁判所文書によれば、そのJah本人が最近、調査員に対して「Davisが自分の本を最後まで読んだとは思えない」と語っている。さらにDavisは開廷前、地元局Fox 5に「あの夜、自分はその場にいなかった」とまで語った——本の中では、同じ夜にロサンゼルスからラスベガスへ相乗りで向かったと書いているにもかかわらず。本人の言葉を証拠の柱にする検察と、本人の言葉の信用性そのものを撃つ弁護側。この裁判の構図は、初日で完全に固まった。
最初の証人は、2Pacを最後に止めた警官だった
検察側の最初の証人は、元ラスベガス市警(LVMPD)のGarry Dale。1983年から25年間在職し、1996年9月7日の夜はストリップ地区の自転車部隊に配属されていた(KSNV/CNN)。
Daleの証言によれば、彼は銃撃の前、後部ナンバープレートのない黒のBMWを停止させた。乗っていた2人は、2PacとSuge Knightと名乗った。2人は「ビデオを撮影していたのでプレートを外した」と説明し、Daleと相棒はその名を知らなかったという。やり取りは「和やか」で、2Pacの大きな金のネックレスについて相棒が言葉を交わし、プレートを付け直すよう指示して終わった。この職務質問について、Daleは報告書を書かなかったと証言した(CNN/KSNV)。
そしてその10〜15分後——事件の記録では銃撃は午後11時15分——Daleは発砲通報を受けて現場に駆けつける。さらに撃たれた2Pacを搬送する救急車に同乗した——CNNのライブ中継によれば、Daleは検察の質問に対し、病院へ向かう車内でのことを証言している。2Pacを最後に「止めた」警官が、その夜のうちに救急車に乗り、30年後、最初の証人として法廷に立った。DiGiacomo検事はDaleへの尋問の中で、銃撃直後のBMWの写真を複数枚示した。助手席側には、複数の弾痕がはっきり写っていた。
初日にはこのほか、1984年から2011年まで在職した元殺人課刑事も証言台に立ち、BMWの後ろを走っていた目撃者たちが「白いキャデラックが横付けして発砲し、走り去った」と語ったこと、車内には2〜4人がいたとされること、現場から薬莢が回収されたことを述べた(KSNV)。
法廷の内と外
Davisは青いスーツにネクタイで入廷し、着席の前に傍聴席を見渡した。検察席の後ろの最前列には、2Pacの義兄Maurice “Mopreme” Shakurら遺族が静かに座った。Mopremeは開廷前、傍聴は家族にとって心の傷を再び開くことになるが、それでもその場にいることが重要だ——という趣旨をAPに語ったと報じられている。従兄弟のKendrick LesaneとWilliam Lesaneはアトランタから、晩年の2Pacとスタジオを共にしたプロデューサーDarryl Harperはジョージア州から駆けつけた。「私にとって、正義は30年前にとっくに駅を出てしまった」とWilliam Lesaneは言う。傍聴席を求めて早朝から並んだファンの中には、デンバーからバスで来て全期間の傍聴を目指す男性もいた。
この裁判の見取り図(本誌の追跡)
検察は35〜45人の証人を予定し、弁護側は数人にとどまる見込み。有罪なら終身刑。今後の証人リストにはSuge Knightの名もある。2Pacのアーティストページに本誌の関連記事がすべて集まっている。裁判の全体像は以下で整理している。
- 2Pacはなぜ殺されたのか──事件当夜から30年越しの裁判まで【永久保存版】
- 本誌が選ぶ、事件を動かした11人。うち5人はもう死んでいる
- 開廷前の対立構図──検察「復讐を計画」、弁護側「本人の言葉はフィクション」
- 開廷から4日目──法廷がまだ「事件」を語っていない理由
そして今週、この法廷は一人ではない。ロサンゼルスでは20日、Lil Durkの連邦裁判が陪審選定から始まる。あちらでは被告の歌が、こちらでは被告の回顧録が、証拠として法廷に立つ。一人称の語りを商品にしてきたジャンルの表現が、本人に不利な証拠として読み替えられる夏——2つの法廷は、同じ問いを同時に突きつけている。次の審理の動きも、本誌が追う。