【独占インタビュー】田中雄士「音楽も仕事も遊びも全部ゲームのように」──実業家・元キック王者がラップに懸ける理由
取材・文:YTG/Sam/写真提供:田中雄士
90年代、日本におけるストリートカルチャーは東京を中心に独自の進化を遂げ、若者は自身のアイデンティティを誇示するために数多のスタイルを展開。
暴走族の勢いが徐々に衰退するとともに、”チーマー”や”カラーギャング”が結成され、渋谷センター街の夜を埋め尽くすようになる。いわゆる『今日から俺は!』バイブスから『IWGP』的なバイブスに触発された彼らは”アメカジ”に身を包んでいた。
そして、タテ社会を嫌い、ただひたすらに”自由”であることを求める彼らは、パー券を売りさばき、空いたクラブで踊り明かしながら、時に暴走族やヤンキーと抗争を繰り広げる。
細すぎず、太すぎない倫理観の上を綱渡りするような、ピリッとした空気が漂う独特な時代がかつての日本にあったらしい。
田中雄士は、今の少年少女には触れることの叶わないそんな時代を踏みしめてきた。
実業家、キックボクサーとしての姿を目にすることが多いが故に、彼がラッパーという側面を有していると知っている者は比較的少ないように思える。
というのも、『令和の虎』『BreakingDown』『REAL VALUE』といったメディアに出演した際の彼のイメージが一人歩きしているため、致し方ないことかもしれないが…。
そこで、彼は自身の音楽を提示するため、自身の集大成ともいえるアルバムのリリースに乗り出すようだ。聞くところによれば、客演には名立たるアーティストを迎え入れ、実に豪華な作品に仕上がっているという。
アウトローな過去を持ちながら、実業家としての成功を収めた田中雄士が音楽で示したいメッセージとは果たして。Cs DirectorのYTG/Samが迫る。
実業家兼プロキックボクサー兼ラッパーの田中雄士、彼が目指す次のベルトは何処に?
Sam:よろしくお願いします。まず、自己紹介をよろしくお願いします。
田中雄士:実業家で、元キックボクシングチャンピオンで、ラッパーの田中雄士です。
Sam:ありがとうございます。
では、幼少期からお聞きしたいんですけど、どんな子供時代を過ごしていましたか?
田中雄士:千葉県千葉市の一般の範囲ですが、比較的裕福な家庭の次男として生まれて、元気いっぱいの男の子でした。実家は中華料理屋でした!
Sam:へぇ、中華料理屋さんだったんですね!なるほど。
そして、今回は雄士さんの音楽面について重点的に伺いたいなと思っていたのですが、音楽と出会うのはいつ頃になるのでしょうか。
田中雄士:全然ヒップホップとは関係ないんですけど、チェッカーズとかサザンオールスターズ好きを親がいつも車の中でかけてて。それが小学生くらいの頃になるのかな。
Sam:なるほど。そして、その活発な少年はどういう風に中学生、高校生時代を過ごしていくのでしょう。
田中雄士:その頃はあまり音楽とかは全然関係無く過ごしてて。
小学校2年の時に親父と一緒に地元の空手道場に行って、小学生の頃はずっと空手を続けてました。”強さ”に対する憧れは、その頃くらいからあったかもしれないですね。
中学は新しい中学で中2から最上級生だったので、2年間もバスケ部のキャプテンで頑張ってましたね。下手でしたけど(笑)。
Sam:ほうほう。高校生時代は?
田中雄士:高校行ってから…道を逸れたというか、街に魅せられたというか。部活のように、ある意味…真面目にギャングの真似事をしてたのかもしれませんね!
Sam:その頃はヒップホップに触れてましたか?
田中雄士:2PACがめちゃくちゃ流行ってたり、クラブで流れてたりはしてたから興味はあったんだけど…その頃の俺からすると周りにいるB-Boyがそんなイケてるように見えなくて。
海外のアーティストはカッコよく見えたけど、同い年くらいで地元でカッコいいヒップホップしてるヤツはいなかったのかな。どちらかと言えば”狩る対象”になってました。
俺が初めてジャパニーズヒップホップとして認識したのは、ジブ(Zeebra)さんなんですよね。
Sam:はいはいはい。その頃のジブさんってキングギドラ辞めた後ですかね?
田中雄士:多分、辞めた後ですね。あとはDragon Ashとか、ミーハーな感じでジャパニーズヒップホップを認識した感じです。だから、モグリっちゃモグリなんですよ(笑)。
不良少年を束ねた高校生時代
Sam:ちょっと高校生のギャングスタ時代について、ちょっと聞きたかったんですけど。
俺が想像するギャングスタって、やっぱりB-Boy的な見た目を想起するというか…そんな感じなんですけど、実際はどんな感じなんですか?
田中雄士:髪長かったり、スキンヘッドもいるし、B-Boyのヤツもいる。暴走族みたいなヤツもいるし、サーファーとか渋谷のチーマーみたいなのもいるから、結構様々ですね。
Sam:見た目は多種多様なんですね。自分が想像するギャングと少しイメージ違いました。
あと、少し調べると「1000人を従えた」って書いてあったんですけど、そんな多くの人間をどうやってまとめたんですか?
田中雄士:従えているわけではなく、ある意味横の繋がり…まぁ確かに縦もありましたけど。
支部を沢山作って まぁそもそも自分がリーダーになる前から巨大な組織で、先人たちからその地盤を受け継いで、さらに大きくした感じですかね!
その組織のイメージを大きく確実なものにしたのは、自分かもしれませんが…。
Sam:へええすごいっすね。組織作りを高校生から行っていたっていうことですもんね。
ただ、そんな道にいながらも大学に入学して、卒業していると…。この大学生の頃はまだギャングスタ時代なんですかね?
田中雄士:ギャングスタを正式に引退してるかどうか不明だったんですけど、ただ悪いことっていうより、いろんなことに挑戦しようみたいな。
知力、暴力、影響力を全部追い求めたというか。
強さへの渇望
Sam:そして、大学卒業後に本格的にキックボクシングを始めることとなるわけですよね。
田中雄士:ですね。小学校の時から空手やってたり、極真空手とか大道塾とか結構格闘技やってたし。強さに憧れあったんで、半年間でキックボクシングのプロライセンス取ってたんです。
Sam:半年で取れるんですか!?
田中雄士:空手とかで基本があったので、それくらいで取れました。でも、それから仕事が忙しくなったりして、あんまりいけなくなってしまって。
時間を空けて、32歳でプロのリングに立つことになりましたね。
Sam:その年齢で「プロになろう」って思ったきっかけとかあったんですか?
田中雄士:K-1とか見てたら「リングに立ってみたいな」って、単純に挑戦したいなと思っただけです。
Sam:マジっすか?すごい転職というか。
田中雄士:半年に1試合くらいして、35歳で初めてチャンピオンになりました。
いろんな所のベルトを取りたいみたいに思ってたので防衛戦をしたことがなくて。費用対効果も悪いし、防衛してもベルトが増えるわけじゃないので。
その点が他の選手とは少し違うのかもしれないですね。本当の格闘家として生きていくつもりはなかったな…男の子としてチャンピオンベルトが単に欲しかっただけです。
音楽への挑戦
Sam:そして、2017年にヒップホップシンガーとしての活動をスタートすることになると。
田中雄士:そうですね。40歳くらいに初めて楽曲制作に挑戦しました。やりたいと思ったことはとりあえず始めてみるので。
Sam:なるほど。35歳の時、チャンピオンになった頃に音楽は?
田中雄士:ちょっと頭の中に無かったですね。でも、「アーティストかっこいいな」っていう思いはあったんですよ。小学校の頃からカラオケとか歌は好きだったし。
Sam:なるほど。その頃聴いてたアーティストとか誰になるんでしょうか。
田中雄士:海外のアーティストばっかっすね。50 CentとかEminem、Jay-Zとか、結構王道なアーティストを聴いてました。
Sam:50 cent好きだったんですね。マジ”男”って感じがして、俺も大好きでした。特に好きな曲とかあります?
田中雄士:「In Da Club」とか「P.I.M.P」かなぁ。
Sam:間違いないですね。
そして、2017年からラップシンガーとして活動するということなんですけど、レコーディングするに至るまでの経緯はどんな感じでしたか?
田中雄士:最初はギャングスタ的な側面で目立ってたので、ちょいちょいファッション誌でモデルみたいなことやってたりしてたんですけど。
何故か『411』っていうヒップホップマガジンで連載も持たされることになって。
Sam:懐かしいっすねー!
田中雄士:そうなんです。その時に編集長から「雄士さん曲とかあったら表紙とか使いたいんですけど」って言ってくれたんで、なんか楽しそうだし。
自分のことを「本物の格闘家じゃない」って思ってるし、俺が表現したかったのは強さだけじゃなかったので、アーティストになったら届けられる言葉が増えるんじゃないかと思いました。
Sam:初めての作曲はどうでした?
田中雄士:CIMBAっていうシンガーが自分がやってるジムの会員で、「一緒に雄士さん作りますか」って言ってくれて、彼の社長にも協力してもらいながら初めて作った曲が「遅咲きのヒーロー」なんですけど。
名立たるビッグネームとの邂逅
Sam:なるほどですね。そして、しばらく後にAK-69さんとも作ってますよね。すごくないですか?どんな繋がりで?
田中雄士:それもヒップホップ雑誌でN.C.B.B(North Coast Bad Boyz)のHoktさんと対談する機会があって、仲良くなったんですけど。
彼が「メジャーデビューした方がいい」って言ってくれて、Victorからメジャーデビューすることになって。「AKと曲やりたい」って言ったら、Hoktさんが繋げてくれたっていう感じです。
Sam:AKさんとやった中で思い出深いエピソードとかあったりしますか?
田中雄士:初めて本当に有名なアーティストと作ったっていうのもあるし。
今まで会ったラッパーの中で一番プロフェッショナルというか…彼のアーティストとしての姿勢が本当に刺激になったかな。
どれだけ小さいライブだとしても、他のラッパーが騒いで遊んだりしてる間もずっと楽屋でリハーサルしてるんですよね。一緒に作品作った時もこだわって考えてくれるし。
Sam:なるほどですね。AKさん…今日本のラッパーの中で1番お金持ってますよね。
田中雄士:そうですね(笑)。自分もお金持ちなんで、普通じゃ買えない時計とかも定価で買えるルートを互いに紹介したり、彼のおかげでプレネが付くフェラーリとか買えたりしてます。
お互い経営者だからできる話も結構ありますね。
Sam:そして、その後にBIG RONさんとも作ってますよね。
やっぱりアーティストによってレコーディングスタイルの違いを感じることも多いと思うのですが。
田中雄士:違ったっすね。AKとのレコーディングの時は、僕は素人だから彼らのスタイルに合わせてやろうと思ったんですよ。勉強させてもらおうと思って。
一方、RONさんは良い意味で適当で、神奈川の1日20万ぐらいするようなスタジオを2日間くらい借りてたんで「Stay With Me」は意外とお金かかってますね。
Sam:先日にはZeebraさんを客演に迎えた「Game Changer」をリリースされて…さらにアルバムを出すんですよね?
田中雄士:ですね。「Game Changer」もそのアルバムに入る予定です。
Sam:なるほどぉ、ヤバいっすね。ジブさんとはどういうつながりで?
田中雄士:ジブさんは先輩に紹介してもらって仲良くなって「ぜひ楽曲お願いします」って頼んで、「Life is a Battle」で初めて一緒に制作させていただいて。
それからすごい良くしてくれてますね。「New Year Rock Featival」にジブさんが出る時、自分だけ客演で呼んでいただいたりとか。めちゃくちゃ有難いですね。
Sam:すごっ、ヤバいですね。ジブさんとのレコーディングはどんな感じですか?
田中雄士:ジブさんも適当でありつつも真剣に教えてくれたり、自分もリリック書きながら相談したりして、すごい勉強になります。
Sam:いやぁ…ですよね。
今までジブさん、AKさん、BIG RONさんとか業界でビッグな人達とやってきたと思うんですけど、彼らに一貫している点とかありましたか?
田中雄士:そうですね…作品に関する責任感とか思いは真面目っすよね。しっかり真剣に向き合ってくれたと思います。
リリースを控えた”集大成のアルバム”とは
Sam:もうすぐアルバムはリリースされるのでしょうか?
田中雄士:もう1曲を出すと同時に出そうかな、10月ぐらいだと思います。今DJ CHARIとTATSUKIと曲作ってて。
Sam:ええ、プロデューサーともコラボしてるんですね。その2人からはプロデューサー視点でのアドバイスとかも貰いながら制作に臨んだり?
田中雄士:もちろんもちろん。「今回の作品に関しては雄士さんの現状をありのまま、自分の思うように書いてください」ってアドバイスを貰って。
Sam:ああ、じゃあもうバイブスというか…気持ちの良い感じになりますね。他にも誰かアルバムに参加されてたりします?
田中雄士:結構前にElle Teresaと作った曲があったり、Rykeyくんとの曲があったり、あとは漢くんとD.Oくんの曲が収録されるのかな。かなり豪華なアルバムになるはずです。
Sam:めちゃくちゃ豪華っすね。漢さんのレコーディングとかヤバそう(笑)。
田中雄士:この曲に関しては別で録ったんすよ。俺が先に録って、後から漢くんが俺に合わせて録ってくれたっていう感じで。多分、ストリートの先輩としてのリスペクトを示してくれたのかな。

Sam:なるほど。じゃあアルバムは何曲入りになる予定でしょうか?
田中雄士:ほぼ客演入りで11、12曲かな。それを10月くらいに出したら、ツアーとか回りたいですけどねー。
Sam:そのメンツならワンマンとかも全然イケそうですよね。アルバムのタイトルとかコンセプトはもう決まってたりするのでしょうか?
田中雄士:タイトルはまだなんですけど、コンセプトは本当に集大成なんで…「どうですか?」って感じですね。
Sam:なるほど。アルバムリリースの後は何か予定あったりしますか?
田中雄士:10月か11月頃に、新宿でイベントをオーガナイズする予定です。
Sam:ライブはどうですか。結構好き?
田中雄士:今までも月1回か2回は呼ばれたり、秋田のデカいフェスに出たりとかはしてきたので、好きになってきましたね。最初は緊張してましたけど、慣れてきました。
Sam:良いですね。最近「曲作るのは好きだけどライブ嫌い」って子も結構いたりするので。「こんなライブ出たいなー」みたいな目標あったりしますか?
田中雄士:以前『AH-1』にも2回くらい出させていただいたんですけど、もう一度呼ばれたいなっていうのもあるし、『THE HOPE』とか『POPYOURS』とか出れたら最高ですね。
全てをゲームのように
Sam:では色々聞かさせていただいたんですけど、「雄士さんの音楽を聞くのは初めて」って方に向けて、何かメッセージとか伝えたいこと等ありますでしょうか?
田中雄士:多分、他のメディアで露出することが多いので、ネット上でのキャラが独り歩きしちゃってると思うんですけど。
色眼鏡で見ずに、歌詞とか音楽をちゃんと見てほしいなっていう。あと、普通のラッパーとは違った生き方をしてるので、俺しか出せない言葉とか言い回しとかあるはずだから、注目して欲しいです。
そのまま。本当に俺の人生そのままをラップしてるので。
Sam:なるほどっすね。今後も音楽は?
田中雄士:続けます。
Sam:これから一緒にやってみたい人とかいますか?
田中雄士:もちろんいっぱいいるっす。Yzerrとか千葉雄喜くんとかもそうだし。
Sam:お、じゃあ伝えておきます(笑)。
では最後に、今後音楽以外で力を入れていきたいことは?
田中雄士:それはもう、当たり前のように今の自分の会社を伸ばして、知力とか財力とか色んな力をつけながら人生を楽しんでいきたいなと。そんな壮大なことは考えてないです。
音楽も仕事も遊びも全部ゲームのように遊びます。
Sam:めちゃくちゃかっこいいっすね。ありがとうございました!
Closing Note
今回のインタビューでは、世間に認知されている彼の”荒々しい”イメージとはまた別のインテリジェンスに溢れた部分に触れることができたと思う。
かつて、憧れから”強さ”に手を伸ばし続けた彼は、時を経るごとに「本当の強さとは何か」ということに気付いていった。
自分が本当に表現したいことを理解したことで、少し前までは”誰かを伸す”ために強く握りしめていた手には、自然と拡声器が握られていたのである。
さて、アルバムにて彼はどんな一面をさらけ出しているのだろうか。遅咲きのヒーローが咲かせる花は如何様な姿を見せるのだろうか。
田中雄士 公式リンク・楽曲配信
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