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ハマの怪物、LAへ。OZROSAURUS DJ SN-Z【HIPHOPCs独占インタビュー】

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DJを名乗る人は数多くいる。しかし、日本でDJ一本だけで生計を立てていくことは、今も昔も決して容易ではない。DJ以外の仕事と両立する「二足の草鞋」が当たり前となった現在、ヒップホップ黎明期から活動を続け、日米両国でその名を轟かせながら、DJという職業だけでキャリアを築いてきた人物は極めて稀だ。

そんな日本DJ界の重鎮が、最近ロサンゼルスへ拠点を移した。以前インタビューしたDJ Couz氏からその話を聞いた筆者は、すぐさまそのレジェンドに連絡を取った。

彼の名はDJ SN-Z(スニーズ)。

現在はOZROSAURUSのメンバーとして活動し、日本のヒップホップシーンを長年牽引してきた「ハマの怪物」の一人である。

実際に話してみると、その印象は想像していたものとは少し違った。一つひとつの言葉を丁寧に選びながら語る彼の声は驚くほど落ち着いていて心地よい。インタビュー中、思わず「なんでラップしないんですか?」と尋ねてしまったほどだ。

日本のヒップホップ創世記からシーンの最前線に立ち続け、知名度も人気も十分に兼ね備えた人物でありながら、その姿勢はどこまでも謙虚。筆者の他愛もない質問にも真摯に向き合い、時に考え込みながら、丁寧に言葉を紡いでくれた。

今回はそんなDJ SN-Zに、ロサンゼルス移住の理由から、日本とアメリカのDJカルチャーの違い、そして30年以上にわたりヒップホップと共に歩んできたキャリアについて語ってもらった。

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DJ SN-Zの原点

SEI:早速、インタビューお願い致します。業界では30年以上の長いキャリアをお持ちで、世界的に知られるオープンフォーマットDJ兼プロデューサーでいらっしゃいますが、一応HipHop若葉マークの読者・閲覧者のために簡単な自己紹介をお願いいたします。

SN-Z:DJスニーズと申します。出身は横浜。日本でOZROSAURUSというグループのDJをしてます。他に普通にクラブで回したりとかはしてます。

SEI:ヒップホップにはまったきっかけって何ですか?

SN-Z:その当時、横浜にあったクラブに行ったのがきっかけですね。DJのTa-Shiさんとか、今も現役でクラブでDJしてますが、それ見て「あ、DJやりたいな」って思ったのがきっかけですね。

SEI:差し支えなければ、ご自身の家庭環境とかお宅とかも聞いていいですか?洋楽とかよく聴いているご家庭だったのですか?

SN-Z:いや、全然。多分音楽とかあんまり聴かないような家庭だったのかな。うーん、でもなんかボビー・ブラウンとか聞いてたかも。ジェネットとか。マイケルとか。

SEI:ご両親がですか?ご兄弟が?

SN-Z:いや、兄弟はいないですよ。母ちゃん……かな、多分。でも、音楽自体あんま興味なかったかもしんないすね、うちは。

SEI:音楽を聴いて育ったとか、習ってたとかそういうわけではなかったんですね?ピアノ教室通ったりとか。

SN-Z:あー、ないです。全然ない、全然ない。でも、やっぱその十代……というか高校生の時にクラブ行き始めて。あと、スケボーとかは中学の頃流行ってたのかな。まあストリート的なカルチャーは、ダンスとかもその当時流行ってたし。 だから、そのクラブ行ってからがきっかけだったかもしれないです。

SEI:なるほど。

SN-Z:DJやりたいっていうのも、もちろん最初はDJっていうのが何かすらもわかんなかったから。で、もちろん今みたいにやらせてもらえないし。(クラブ)行って体験したものに食らったっていうタイプですね。

SEI:その時クラブで、胸熱になった曲とか、なんか感じたアーティストとかいたんですか?

SN-Z:その時は何がかかってたっけ?Naughty by Natureの『O.P.P.』とか。Tribe Called Questとか、Ice Cubeとか。90年代ちょい過ぎになるのかな?俺が高校2年生くらいの時だから。そこら辺でニュージャックからヒップホップに変わっていった時で。横浜では、ニュージャックも結構かかってたかな。その当時は、横須賀とか基地から結構軍人のお客さん来てて。

SN-Z:その当時横浜のクラブはね、「グラムスラム」。 

SEI:あー、「グラムスラム」。 

SN-Z: 「グラムスラム」が、要は今の「ベイホール」。あと「サーカス」とか。

SEI:「サーカス」!懐かしい。

SN-Z:はい。そんな感じですね。その後、高校卒業してニューヨーク行ったんですけど。もうその頃はDJ始めてたんですけど、なんかなんとなくDJやるんだったら日本よりも外国……ニューヨークなのかなっていうのが頭にあって。それで、あっち行った感じですね。

SEI:1992年に日本でDJとしてのキャリアをスタート。1995年に渡米し、ニューヨーク・ハーレムへ移住したそうですが、やっぱりニューヨークでしたか。

NYでのDJ修行時代

SN-Z:ニューヨークでしたね。うん。なんでかっていうと、その時のアーティストに影響してたんです。当時ニューヨークのアーティストが結構活躍してたじゃないですか。そういうのもあって、本場のニューヨークでって思って。日本にいた時からWu-Tangとかももちろん聴いてたし。Nasとかもそうだし。ちょうどBiggieとかも出てきて。

SEI:うんうんうんうん。

 SN-Z:なんか聴いてたのが自然とそっちのアーティストの方が多かったからかもしれないですね。西は2Pacとか、Snoopとか、Dreとかも聴いていたんですけど、自分はニューヨークのNasとかCool G Rapとかの方が好きで。あの、クールな感じっていうんですか?LAの方はメロディーがちゃんとしっかりしてるっていうか、そのG-FUNKって言われてるものが主流でメロディーがしっかりしてて、多分日本人の人からしたら馴染みやすいのかもしれない。

SEI:確かに聴きやすい。

SN-Z:なんかニューヨークの感じはもっと……なんていうか、ヒップホップ感じたんですよ。西の方のがなんか音楽性があるって言ったらおかしいけど。コード進行とかしっかりしてるかもしれない。東西南北、アメリカではその町特有のサウンドがありますよね。

DJ SN-Z at Radio City NY.

名前とタグの由来

SEI:おおおお!そこら辺はやはりDJ目線ですね。ちなみに、SN-Z(スニーズ)さんのSneeze(スニーズ)ってクシャミって意味ですよね?読み方が個人的にツボなんですけど、名前はどこから来たのですか?

SN-Z:はい。そこから来ました。18くらいの時、俺、鼻が悪くて。

SEI:あと、曲初めのタグっていうんですか?DJ Khalidが「We the Best!」Mustardが「Mustad on the Beat Hoe」とかいうアレ。SN-Zさんは「Dragon Claw(龍の爪)」っていつも入っているじゃないですか?あれの由来は?

SN-Z:あれは、Mad Lion(マッド・ライオン)ってアーティストがいて……。

SEI:レゲエの?

SN-Z:そう。アメリカ行った2000年代初頭の頃なんだけど、Mad LionのツアーDJやっていて。その時につけられたんだよね。なんか、カッコイイなーと思って。

SEI:なるほど!ポケモンの攻撃名からかなぁ?と勝手に想像していたんですけど、そういうことでしたか。

SN-Z:あとね、辰年生まれってこともある。

SEI:え、Mad Lionさん、干支とかご存知だったんですか?

SN-Z:彼、かなりの知識人なんで結構そういうのご存知なんですよね。なんかやっぱある程度成功してる人とかって、ちょっと違うじゃないですか。なんていうか、頭良くてスマートですよね。

SEI:そうですね。話すとすぐにわかります。ニューヨークのお話に戻すんですけど、2004年頃まで約10年間過ごされていて、当時苦労した事とか危険な目にあった話とかありますか?だってアメリカのクラブって結構喧嘩とか乱闘とかあったりしますよね?

SN-Z:幸運な事に、俺自身は銃を向けられたりとか窃盗にあったりとか、そういう事は無かったんですけど、クラブで喧嘩とか発砲事件とかは、しょっちゅうでしたね。周りの友達とかも、お金やチェーン盗られたりとか。10年間生き延びれて出来て良かったです(笑)なんか苦労よりも、楽しかった思い出の方が多くて。

SEI:おおお!むしろ楽しかったんですね!

SN-Z:やること成すこと全部楽しくて。思い出がいっぱいあります。でもアメリカって、金があればあるほど違う世界が見えるじゃないですか?当時お金は無かったけど、それでも楽しかった。むしろ俺にとっての苦労とかきつかった事って、「期末テストあるから勉強しなきゃ」の方でしたね。好きな事やってたから、きつかった事もきつく感じなかったというか……。

SEI:なるほどなるほど。

SN-Z:なんか趣味……というか、趣味なんだけどビジネスだし、ビジネスだけど趣味だし、みたいな。 うそこがリンクしてれば一番だし、そこで金稼げれば一番良いですよね。

SEI:確かに。

SN-Z:自分は周りにも恵まれているんですよね。多分俺は、自然と必要な時に必要な人と出会っている部分もあるんで。

SEI:そうですよね。この業界って結構、人伝えて広がったりとか、仕事紹介してもらったりとかありますもんね。でもそれは、SN-Zさんの人徳だと思いますよ。

DJバトル参戦の経緯

SEI:次の質問なんですけど、DMCシカゴ地区予選上位入賞とか、数々のDJバトルをこなしてきたそうなんですが、なぜバトルに参戦しようと思ったんですか?

SN-Z:なんか、結果わかりやすいじゃないですか。

SEI:わかりやすいですけど……結果で落ち込んだりしませんか?

SN-Z:もちろん全然落ち込みますよ。結果は自分に返ってくるんで。

SEI:やっぱそうですよね。

SN-Z:当時スクラッチとか見て、あ、かっこいいなと思ったのがきっかけだったし。でもニューヨーク行って、その概念が結構変わったんですよ。クラブDJとそのバトルDJとかの違いっていうのが最初分からなくて。DJ=スクラッチできてジャグリングできてっていうのが一番かなとか俺は思ってたんですけど。

SEI:うんうんうん。

 SN-Z:あっち行って蓋を開けてみれば、全くその概念が違くて。スクラッチなんか別に要らないみたいな。無くても、要はクラブガンガン盛り上げられるし。踊って歌わせて次の曲ガンガン行って、みたいな。

そういうDJとかを見て、すごい食らって。結果DJとして要は結果が大切だな、と思ったんですよ。で、すぐ見える結果と言ったら、要はコンペティションに出ることなのかなぁ、と。DJやってる上でのなんか結果が欲しかったのかもしれないです。

SEI:DJバトルは、始めたばかりの人とか現在進行形でDJやってる方におすすめしますか?

SN-Z:自分はスクラッチとかジャグリングが好きだったので、その人がフィールすれば。

SEI:でもそれって、確かにわかりやすく結果が出るじゃないですか。肩書きもできるじゃないですか。DJとしての箔も付きますし。

SN-Z:そうですね。そういう部分もあったのかもしんない。もちろん根本的にそれがかっこいいと思ってたからやってたわけで。まあそこが 一番だったと思います。

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ベテランDJとしての今の胸中

SN-Z:今はいろんなDJいるけど、昔は「俺が一番だ」じゃないけど、なんかチラッとは聴くけど、良い部分あれば影響されたくない部分もあって。若気のあれですよね。なんか、無意識に取り入れちゃったりするじゃないですか、他の人のスタイルだったりを。だから当時は全然聴かなかったんだけど、今になって他のDJをしっかり聴くとかそういうのができてるのかもしれないです。というかむしろ、色々全部聴くようにはしてますね。ジャンル問わず好きだから。

SEI:なるほど。バトル時代になんか印象に残ったDJとか、目指したかった方とか、いらっしゃいますか?

SN-Z:スクラッチできて、クラブプレイできてっていうと、もちろんDJ Jazzy Jeff(ジャジー・ジェフ)。

SEI:Jazzy Jeff!アメリカのお茶の間ではWill Smith(ウィル・スミス)の『フレッシュ・プリンス』のイメージが強くてあんまりDJの印象が少ないですけど、やはりすごい方なんですね。

SN-Z:すごいですね。最近だとDJ EASE(イーズ)ってやつもすごいし。あとDJ Puffy(パフィ)、DJ VICE(ヴァイス)も上手いし。なんかみんな上手いなーって思います。どのDJも基本レベルが高い!

OZROSAURUS相棒のMACCHOを語る

SEI:2005年に日本に帰国して、OZROSAURUSのサポートに駆りされたそうなんですけど、MACCHOさんとの出会いとか、あとROMERO SP結成とか、OZROに参加に至った経緯とか、教えていただけますか?

SN-Z:当時ニューヨークにいて、その時そこに同じ横浜出身の先輩の日本人の方がいて。当時、その方よく一緒に遊んでて。で、その方が先に帰国してたんですけど、彼がMACCHOのマネージャーやってたらしくて。

SN-Z: で、今度は自分が帰って。帰ってすぐその方と会って、「今マッチョのマネージャーをやってるよ。遊びに行こうぜ!」みたいなノリになって。

SEI:遊びに? おお~。

SN-Z:そしたらMACCHOが同じ高校の出身で。あ、LA拠点のDJ 2high君も同じですよ。横浜の武相高校。

SEI:すごい濃いメンツが揃ってる高校ですねぇ。

SN-Z:MACCHOは入学して1か月か2か月して辞めちゃってるんですけどね。で、俺が帰国した時はもう既に前のOZROのDJが辞めてて。それでDJをやるようになって……てとこからです。

SEI:なるほど。 多分いつも聞かれてると思いますけど、MACCHOさんの人物像ってけっこう謎に包まれてるんですけど。SN-Zさんから見たMACCHOさんってどんな方なんですか?

SN-Z:めっちゃストイックっすよ。まあもちろん当たり前だけど、いつも完璧を目指してるし。うん、完璧主義者。でも、メチャクチャ面白い。

SEI:面白い?なんか想像つかないです……。

SN-Z:めっちゃ面白い奴ですよ。多分彼に会った人みんな面白いって言いますね。あと、すごいカッコイイ漢(おとこ)。

SEI:そうなんですか?男の方から見てもカッコイイ?

SN-Z:はい。ラップも上手いし。

SEI:ラップは本気で上手いですよね。私、この間MACCHOさんのラップについて記事内で触れたんですけど、間の取り方とかがすごい。

SN-Z:韻の踏み方とかもね。 

SEI:そう、韻の踏み方とかもうめっちゃくちゃ上手いし、プラス彼の声とフローと全部が芸術になってるんですよ。

SN-Z:確かにかっこよく聴こえますよね。英語使えばね、簡単にかっこよく聞こえる。でも英語使ってかっこよく聞こえても、中身が薄い。薄いやつが多いじゃないですか。それはそれで、今の若いやつに響いてんのかもしれないですけど。でもそれって俺らの時代(筆者とOZROメンバーは同年代)もあったじゃないですか。だから一概には言えないけど。でも日本語であのクオリティ出せるのってすごいですよ。リズム感だったりとかすべて含めて。

SEI:フローとか、言葉の詰め込みとか、間合いとかも、全部そうなんです。彼アートなんですよね。

SN-Z:天才だし、努力家だし

SEI:私ねヒップホップライターになって気づいたことがあるんです。このラッパーは変に気取ったり、背伸びしてかっこつけず、自分の人生を乗せてラップしてるか否か、っていう部分を気づかないうちに見てたんですよね。もちろんビートもそうなんですけど、私はその人の生き様とか、詩の内容とかにすごい感銘を受けるタイプで。で、MACCHOさんに熱狂的ファンが多いのは、やっぱ彼の生き様がリリックや声やフロー、間合い、呼吸、全てに乗ってるっていうか、彼の哲学が全部乗ってるからなんですよね(と熱く語りだすSEI。微笑みながら頷く優しいSN-Z氏)

SN-Z:軽くないんですよね。分かります。

SEI:すみません、熱く語り過ぎました💦あの、MACCHOさんとのライブで何か意識していることとかありますか?

SN-Z:彼が次に何を言うかとか、行動するかとか、予想しながらやるんですよね。もちろん、ライブセットを組んでやってくんで。DJ的な間合いだったりとか、曲と曲の間の間合いだったりとか、タイミングだったりとか。あと、機材が止まんないようにかな。トラブルは回避したいんで。

SEI:あの~、突拍子も無いことお聞きしますが、ご自身はラップされないんですか?

SN-Z:え、俺ですか⁉ やらないです。ラップは難しい(笑)。

SEI:SN-Zさん、すごい良い声してるから、もったいないなぁと…(※普段はDJなのでMC業はしないようだが、SN-Z氏の地声は低くて落ち着いていて聴き心地が良い)

すみません(笑)。次の質問に行きますね。SN-ZさんのOZROSAURUS正式加入は、ご自身の2011年ミックスCD『HARD PACK』のリリース後と読みましたが、OZROとして楽曲制作には関わっていらっしゃるのですか?

SN-Z:えっと、サードの曲かな。3枚目(『Rhyme&Blues』)と4枚目(『Hysterical』)。『All My People -It’s OS III』とか、『On&On』のリミックスとか。基本OZROの楽曲はGUNHEADがやってます。

DJ SN-ZがDJとして心がけていること

SEI: DJとして意識していることとか、心掛けていることはありますか?

SN-Z:うーん、練習とか?毎日やってますね。もちろん曲聴くっていうのは当たり前じゃないですか。で、自分の場合はなんかヒップホップだけじゃなくていろんなところでやりたいんで。

SEI:ヒップホップ以外も聴いていらっしゃるんですか?

SN-Z:全部聴きます。全然好きですし。

フリースタイルダンジョンのブレイクDJについて

SEI:LAに来た理由とか経緯とかは、後半で是非お願いします。次の質問いきますね。えっと、2015年から2年間、フリースタイルダンジョンのブレイクDJを担当されたり、その後もABEMAテレビのABEMA MIXでもレギュラーDJを務めたそうなんですけど、参加された経緯は?

SN-Z:OZROがその頃ジブさん(Zeebraさん)の『Grand Master』ってレーベルがあったんですけどそこに所属してまして、そこの事務所経由で来た話です。「ブレイクDJやってみないか?」みたいな感じで。最初なんか「三ヶ月ぐらいで終わるから」とか言ってたんですけど、多分2年くらい続きましたね。

SEI:ブレイクDJやってる時って、何を考えてるんですか?

SN-Z:DJがミスると全部終わるんで、自分のパート……16バースごととか、8バースごととかの決まりを間違えないようにだけ考えてたんです。他の人なんかリリックスとか聞きだしちゃうと自分も追っちゃうんで。まあ、ライブも同じですよね。たとえなんか機材が壊れたとしても俺の責任だし。どれだけ自分がちゃんと準備できているかどうか。

最も尊敬するアーティスト=MACCHO

SEI:責任重大ですよね……。ではここら辺で、GOATというか、最も尊敬するアーティストを教えてください。ラッパーでも、DJでも、シンガーでも。誰でも。

SN-Z:友達。えー、MACCHO

SEI:あ、MACCHOさん?

SN-Z:MACCHOです。

SEI:おーい!MACCHOさんこれ読んでいらっしゃいますか~?MACCHOさんの理由は、さっき仰っていたことと同じですか?ストイックな部分とか。

SN-Z:アーティストとしてももちろん好きだし、まあ友達としても好きだし。うん、そうっすね。だって、あのラップですよ

SEI:あのラップですよね。

SN-Z:尊敬するDJはすげえやっぱいっぱいいるし。でも基本みんな尊敬してます。その会う人、会う人。みんな自分に持っていないものもっていますから。

SEI:この業界ではもうベテランDJでOGでいらっしゃるのに、すごい謙虚ですね。ちなみにMACCHOさんは、LAには来ないんですか?OZROSAURUS全米デビュー、みたいな。

SN-Z:アメリカの人たちが興味を持って日本語をディグってくれて、「あ、こいつやべえな」と思ってもらえたらすごいと思うし。でもフローとか音階とかそういうとこだけで、当たり前に判断するじゃないですか、こっちの人は。だけどもっと(歌詞の)中身知ったらすごい食らうと思うし。うーん……この国の第二言語が日本語だったら、まあ、そしたらMACCHOとか億万長者になってるかもしんないですね。

SEI: そうですね。でもね、思うんですけど、その壁って例えばKPOPだったりの韓国勢が今結構こっち来てるし、あとYouTubeで簡単に同時通訳が読めるじゃないですか、歌詞とかの。昔は無かったし何言ってるかわからないから、自分でCDの歌詞カード読んだり、訳してた。そういうのがなくなったから、なんとなく敷居は低くなったと思うんですよね。

SN-Z:確かにアジア人の活躍が目覚しいですよね。エンターテイメントもスポーツ界も。確かに昔より全然やりやすくなった。

SEI:是非是非、OZROSAURUSのライブをアメリカでお願いします!じゃあ次なんですが、HiphopCsの読者さんにおすすめの楽曲ってありますか?

SN-Z:OZROSAURUSの『BJブルース』と『2years』、Don Toliver(ドン・トリヴァ―)の  『E85』、Young Miamiの『Spend Dat』かな。

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DJ SN-ZのDJ哲学:ハッピーの心がけと引き出しの多さ

SEI:次が、あのDJ・アーティストとして常に肝に銘じていることや、心がけていること、座右の銘、またはご自身の哲学みたいなものがあればご自由にシェアしてください。

SN-Z:うーん、難しいですねぇ(しばらく考え込む)。自分がメンタル強けりゃいいですけど、そんな強くないから、面倒な事とか食らいたくないし。 要らないもの食らって、考えたりしてる時間がもったいないんで。だったら俺は楽しい方に行きたいし、自分がハッピーな方に行きたいし、やっぱりハッピーを心がけてるってことですね。

SEI:あー、なるほど。

SN-Z:DJって多分引き出しが多い方が、いいんです。うまいとか技術的な面は置いといて、選曲的な面においては100%引き出しなんで。その場の雰囲気読むこと。まあ、100人いて100人全員満足させれば一番完璧なDJだけど……そうはいかない。でもそれに近づくことは恐らく可能。うん、可能。

SEI:そうなんですね~。ありがとうございます。ちょっと使ってる機材とか、DJかじってる方とかは聞きたいと思うんで教えて頂けますか?

SN-Z:使ってる機材はー、普通の2チャンネルのミキサー。えーと、パイオニアのミキサー。と、こっち(アメリカ)にはCDJ持ってきました。日本だとね、ターンテーブルもあるし。

SEI:こっちにターンテーブルは持ってきていないんですか?

SN-Z:持ってきてないです。日本もそうだけど、こっちのクラブはほぼCDJなんで。せっかくの機会だし、もっと練習できるし。

SEI:ターンテーブルでは勝負しないんですね?

SN-Z:そうですね。パソコンっすね。

拠点にLAを選んだ理由:ラスベガスのレジデントに向けて

SEI:ありがとうございます。活動内容、現在のプロジェクト、今後のプロジェクトとかビジョンについてなんですけど、そのさっきお話しされたLAに来た理由が、色々な音楽に触れるためっておっしゃってましたが、やはりそれが意図で、NYではなくてLAに?

SN-Z:まあ、NYは一回住んでたっていうのもありますね。とりあえず3年はビザが取れたので。

SEI:おお!なるなる!

SN-Z:なんで、3年以内に、ベガスでレジデントしたいなぁ、と。ヒップホップだけやりたいんだったら、NY行ってるんですよね。NY住んでた頃に何回かLA行ったんですけど、その時は俺に合わなかったんですよね、LAの焦らないレイドバックな環境が。NYは、せかせかしてます。切磋琢磨しているというか、上に上がっていこうって奴はすごくいて。

SEI:それは住んでらっしゃった90年や2000年代ですよね?

SN-Z:はい。で、去年一回LA来てみて。で、そしたら、年齢経たからですかね?時が経ったからかな?要は天気もいいし、LAもいいかなぁ、と。東京もですけど、LAもクラブの状況が変わってきていて。シャンパンとか出るようなクラブでDJするようになって、要はそこを突き詰めていこうとしたら、ラスベガスでのレジデントになった感じですね。

SEI: なるほど。じゃあ今後3年間はやっぱりアメリカでご活躍ですか?

SN-Z:そうっすね。でももちろんOZROのライブがあるので、ライブの時は日本に帰ります。

SEI:じゃあアメリカで挑戦したいことってありますか?

SN-Z:そういうのは無いかな。日本でも一緒だし。むしろだからそこもっと新鮮で面白いことやりたいなぁ、と。やっぱそ本場の本物のバイブスは必要だし。クラブとかでプレイしても、ダイレクトな反応は日本と全然違うし。

SEI:いつアメリカ……というかLAにいらっしゃったんですか?

SN-Z:1か月ちょい(インタビューは6月中旬)。4月ですね。だってビザ取れたのが、(4月)14日。

OZROSAURUSのプロジェクト

SEI:それで4月中にLAへすぐ引っ越し?早いですね!さっき日本にOZROのライブで帰るっておっしゃっていましたが、どんなプロジェクトとか企画したり、今現在進行形で行ったりとかしてますか?

SN-Z:基本的にライブですけどMaccho Gunheadで制作はしてます。

HipHopCs読者へのアドバイス

SEI:じゃあ、最後の質問いきますね。今後、SN-Zさんみたいに世界を股にかけた活躍する……活躍しようと思ってるDJとかアーティストを目指す日本の若者、弊社サイトの読者さんに、何かアドバイスがあればお願いします。

SN-Z:何でもいいんだよ。もちろん生活するために金は必要だけど、好きなことした方がいいと思います。自分の心が豊かだったら、どこでも生活できると思うし

SEい:うんうん。

SN-Z:どこにいても同じベクトルで。まあそれにはね、ある程度生活できる分のお金は必要だと思う。仕事しててきついなとかはたまに思ったりするじゃないですか。

SEI:はい。思います。

SN-Z:だけど、その他のことが充実してれば、心は豊かになる。だから、好きなことをやった方がいいと思う人生一回きりだし。

SEI:激しく同意します。

SN-Z:俺は結構わがままなんで、こうやりたいと思ったら恐らくどうにかしてでもそこにたどり着くと思うんすよ。要は右行ってても左行ってても、遠回りしてでも。ゴールはあってそこにたどり着くと思うけど。

そして、誰に知り合ってっていうのが大事だと思う。結局は、Right Person(ライトパーソン)その道に行くかどうか。若い頃だったら別にみんなと付き合っていけばいいと思うけど。遠回りしたくない自分の目指してるものにストレートに行くには、どういう風で、誰と会って、誰とつるんで、誰とビジネスして。そうやっていくのが大切かもしれないです。趣味だったらいいと思うんですよ。それで金稼ぐっていう。

SEI: でもそのライトパーソンってどうやったらわかるんですか?私の勝手な偏見かもしれませんが、業界の人って怪しい人も多いような気がするんですけど。

SN-Z:それを判断するにはやっぱ人と話さないといけないから。コミュニケーション力は最低限必要ですよね。こっちの人は九割ぐらいはすげえいいこと言うし、みんな調子いいじゃないですか。

SEI: 確かに調子いい。

SN-Z:でもその中でフィードバックが戻ってくるのは0.1パーセントぐらいなんですよ。だから、そのフィードバックが帰ってくるのは、もしかしたら本当のライトパーソンかもしれない。うーん。要はそのフィードバックをもらえるには、ほんまの人物になんなきゃいけないのかもしれないし。

類は友を呼ぶ、っていうじゃないですか。思うに、いいDJの周りにはいいDJ集まるんですよね。だからそこを見抜けるかどうかっていうのもあるかもしれない。

SEI:いいDJの周りにはいいDJが集まる。その通りですよね。今回はご多忙の中長いインタビュー、本当に有難うございました!

インタビューを終えて

30年以上にわたり、日本のシーンでDJとして第一線を走り続けてきたDJ SN-Z氏。数々の経験を積み重ねてきたベテランでありながら、その言葉から感じられたのは驚くほどの謙虚さと、「まだ面白いことをやりたい」という尽きることのない探究心だった。

「ハッピーな方へ行きたい」「人生は一回きりだから、好きなことをやった方がいい」。そのシンプルな言葉には、時代を越えて挑戦を続けてきたからこその重みがある。そして、「Right Person(ライトパーソン)」と出会うことの大切さや、本物のフィードバックをくれる人を見極めることの重要性は、音楽業界に限らず、多くの人の心に響くメッセージではないだろうか。

現在は新たな拠点となるロサンゼルスから世界へ向けて挑戦を続けるDJ SN-Z。ラスベガスでのレジデントDJという新たな目標、OZROSAURUSとしての活動、そしてまだ見ぬ音楽との出会い。その歩みは、これからも止まることはない。

次に彼が世界へどんなバイブスを届けてくれるのか。その瞬間を楽しみに待ちたい。

DJ SN-Zさん関連リンク

Instagram @djsnz

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