なぜ2Pacは史上最高のラッパーと呼ばれているのか?レジェンドの人生大解説!【アウトロウズ編】

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ヒップホップ史において、2Pac(2パック)ほど「Loyal(忠実)」という言葉をリアルに体現したラッパーは存在しないような気がする。マキャベリ編でも触れた通り、彼は革命家であり、思想家であり、ストリートの代弁者だった。そして何より、「仲間」を誰よりも大切にした男だったのである。

その象徴こそが、Outlawz(アウトロウズ)だ。多くの2パックファンやリスナーにとってOutlawzとは、『Hit ’Em Up』で2パックの背後に立っていたちょっとデンジャラスな集団という印象が強いかもしれない。その上、彼らに関する日本語での情報は、現時点で皆無に等しい。

だが実際、彼らは単なるラップグループではなかった。Outlawzとは、2パック自身が選び、鍛え上げ、自らの思想と魂を託した「最後の家族」と呼べる集団だったような気がする。

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物語の始まり:Dramacydal(ドラマサイダル)

Outlawzのルーツは、1990年代前半に存在した「Dramacydal(ドラマサイダル)」にある。E.D.I. Mean(E.D.I.ミーン)、Kastro(カストロ)、Yaki Kadafi(ヤキ・カダフィ)らを中心としたこのグループは、1995年にリリースされたパックの名盤『Me Against the World』で広く知られることとなった。そして、タイトル曲『Me Against The World』や『Outlaw』への参加によって、彼らはメインストリームの注目を集めることになる。

当時のメンバーは、以下の3人+2パックで構成されていた。

  • K-Dog(後のKastro)
  • Young Hollywood(後のYaki Kadafi)
  • Big Malcolm(後のE.D.I. Mean)

一方で2パックは、義兄弟のMopreme Shakur(モープリーム・シャクール)やBig Syke(ビッグ・スカイ)と共に『Thug Life(サグ・ライフ)』という別グループも結成していた。

そして1995年、刑務所から出所しDeath Row Records(デスロウ・レコーズ)と契約したパックは、自身の周囲にいた仲間たちを再編成し、新たなユニットを作り上げる。それが、「Outlaw Immortalz(アウトロウ・イモータルズ)」、後のOutlawzである

戦士としてサグの掟の下で行動する者たち

2パックが作ろうとしていたのは、単なるラップクルーではなかった。彼が必要としていたのは、「ユニット(部隊)」だった。彼が求めていたのは、ストリートを理解し、痛みを知り、恐れを知らず、そして何より「忠誠心」を持った若者たち。故に、Pacはメンバーを名声や金のために選ばなかった。彼が見ていたのは、その人間の中にある傷、怒り、ハングリー精神、そして可能性だった。

意外に知られていないが、Outlawという名前自体も、「Operating Under Thug Laws As Warriors(戦士としてサグの掟の下で行動する者たち)」という意味を持っているのだ。

「敵」の名前を背負わせたワケ

Outlawz最大の特徴のひとつが、メンバーたちの名前である。パックは、メンバーそれぞれにアメリカ政府や西側社会が「敵」として扱ってきた歴史上・政治上の人物の名前を、あえてつけた

  • Yaki Kadafi:2パックの幼なじみでゴッドブラザー。本名はYafeu Fulaは、リビアのカダフィ大佐から。
  • Kastro:2パックのいとこ。本名Katari Cox、キューバの指導者フィデル・カストロから。
  • E.D.I. Mean:本名Malcolm Greenridge。ウガンダの元大統領イディ・アミンから。
  • Hussein Fatal:Yaki Kadafiを通じてパックに紹介された。本名Bruce Washingtonで、イラク元大統領サダム・フセインから。
  • Napoleon:Kadafiの幼なじみで、本名Mutah Beale。フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトから。
  • Mussolini:本名Tyruss Himes。2パック初期のグループ「Thug Life」のメンバー。イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニから。
  • Komani:2パックの義兄弟で、こちらも「Thug Life」の元メンバー。本名Mopreme Shakur。イラン革命指導者ルーホッラー・ホメイニに由来。
  • Young Noble:本名Rufus Lee Cooper III。Outlawz最後の正式メンバー。

そして2パック自身は、Makaveli(マキャベリ)を名乗った。前回の記事で触れたが、これはイタリアの政治思想家ニッコロ・マキャヴェリに由来する名前であり、パック自身が権力論や生存戦略を深く研究していたことを象徴している。

もちろん、これらの名前は単なる挑発ではない。2パックは、アメリカ社会が定義する「敵」という概念そのものに疑問を投げかけていたのである。「誰が正義なのか?誰が悪なのか?歴史は誰によって作られるのか?」

そう。Outlawzという存在には、パックの反骨精神と政治的思想が色濃く反映されていた

余談だが、業界に詳しいWack100(ワック100)によると、あの有名なパックのオリジナル「デスロウ・電気椅子ボーイのネックレス」を所持していた最後の人物は、上記メンバーで2015年に死亡したHussein Fatalであり、あくまでも噂と強調していたものの、金欠で彼、または彼の家族が宝石を溶かしてしまったというのだ。

Pac’s Marathon :ブラック企業のような制作の日々

2パックの、驚異的な集中力とブラック企業のような働き方は今でも伝説のように語り継がれているが、例に漏れず、彼はOutlawzもスパルタで徹底的に鍛え上げた。噂では、スタジオに入るとまるで機械のように曲を書き続けたという。1日に3曲、4曲、多い時には5曲以上。Outlawzのメンバーたちは、その異常な制作ペースを「Pac’s marathon(パックのマラソン)」と呼んでいた

パックは、ただ音楽を作っていたのではなかった。彼は「生き方」を教えていたという。「世界にお前を変えさせるな。俺たちが世界を変えるんだ」と諭し、メンバーたちを脇に呼び、社会、差別、成功、裏切り、人生について語り続けた。規律や団結を教え、そして「恐れずに生きること」を教えたのである。

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本当の絆はスタジオの外で生まれた

しかし、Outlawzの本当の結束は、レコーディングブースの中だけで生まれたものではない。一緒に過ごす時間であった。深夜の会話、ロードトリップ、ホテルでの談笑。ストリートで感じた緊張感。成功と危険が隣り合わせだった毎日。そうした時間を共に過ごす中で、彼らは「仲間」ではなく「家族」になっていった。

『All Eyez on Me』と『Hit ’Em Up』で世界へ

Outlawzは、1996年の歴史的アルバム『All Eyez on Me』によって世界的な注目を浴びることになる。特に『When We Ride』では、Outlawzという集団の存在感が強烈に刻み込まれた。

さらに彼らは、ヒップホップ史上最も有名なディストラックのひとつ『Hit ’Em Up』に参加することで、一気に世界中へその名を轟かせる。皆もお馴染みの、攻撃的なリリック。怒りに満ちたエネルギー。そしてパックとメンバーが完全に一体化したヤバみな空気感。

Outlawzは、まさに2パックの思想をそのまま音楽に変換した存在だったのである。

2Pac亡き後のOutlawz

既存の通り、1996年9月13日。2パックは25歳という若さでこの世を去った。

だが、Outlawzの悲劇はそこで終わらなかった。パックの死からわずか数カ月後、最重要メンバーのひとりだったYaki Kadafiも1996年11月に銃撃によって命を落とす。パックの死を目撃した数少ない人物のひとりでもあったKadafiの死は、Outlawzに深い傷を残した。さらに2015年にはHussein Fatalが交通事故によって死亡。2016年にはBig Syke(Mussolini)も亡くなっている。

そして近年、Outlawzファンに最も衝撃を与えたのが、Young Nobleの死だった。Young NobleことRufus Lee Cooper IIIは、2パックが生前最後に加入させたOutlawzメンバーとして知られている。1996年の『The Don Killuminati: The 7 Day Theory』では、『Hail Mary』『Bomb First』『Life of an Outlaw』など数々の重要曲に参加し、パック亡き後のOutlawzを長年支え続けた存在だった。

筆者のアパレル業界の知り合いは、2008~2009年頃Young Nobleと仕事をしたと話していたが、その当時彼は「Outlawz University」というOutlawz関連ブランドの企画立ち上げを語っていたという。しかし2021年には深刻な心臓発作を経験。「人生最悪の日だった」とSNSで語っており、健康問題やストレスについて公にしていた。

その後も活動を続けていたが、2025年7月、Young Nobleは47歳で死去。複数メディアは自殺と報じており、家族や関係者は、精神的な問題や経済的苦境、母親の死などが重なっていたことを明かしている。彼の死後、Snoop DoggやE.D.I. Meanをはじめ、多くのヒップホップ関係者が追悼コメントを発表した。

1999年12月にリリースされた、パックへのトリビュート作品とも言える『Still I Rise』は、失われたリーダーへの想いと、「Outlawz for Life」という精神が刻み込まれている。だが皮肉なことにそのスローガンを掲げた兄弟たちは、2パックを筆頭に、ひとり、またひとりとこの世から去っている。

それでも、Outlawzという名前が完全に消えることはない。残存メンバーのNapoleonは音楽業界から離れ、中東で新たな人生を歩み始めたことで知られている。義兄弟のMopreme Shakurは、近年もパック殺害事件の再捜査や民事訴訟に関してメディア出演し、家族側のスポークスマン的な立場で登場している。E.D.I. Meanも、インタビューや活動を通じて2パックの精神を語り続けているのだ。

2Pacは「グループ」ではなく「ムーブメント(運動)」を作った

30年近く経った今でも2パックを語る上で欠かせないのがOutlawzの存在である。なぜ時を経ても、彼らは語り継がれるのか。

理由は明白だ。彼らが単なるラップグループではないからである。Outlawzとは、2パックという男の思想そのもの反映した存在だった。

傷を抱えながら生きること。世界に飲み込まれないこと。仲間を裏切らないこと。自分たちの声を上げ続けること。2パックはOutlawzを通じて、それを次世代へ残そうとしたのかもしれない。だからこそ今もなお、人々は彼らに惹かれ、彼らの楽曲を聴いている。

名声より忠誠。
金より絆。
血より魂。

そう。2パックは、単にグループを作ったのではない。ひとつの「ムーブメント」を築いたのである。

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