「逆再生」の仕掛けがすごいヒップホップ5選|Missy ElliottからKendrick Lamarまで
Missy Elliott(ミッシー・エリオット)の『Work It』。筆者はこれまで何百回聴いたかわからない。
2002年のリリースから20年以上。奇抜なMVも、Timbaland(ティンバーランド)による一度聴いたら忘れないビートも、もちろんあの有名なフックも知っている。
にもかかわらず最近、知ったことがある。
歌詞の中で「flip it and reverse it」
と言った直後に、本当に声をreverseしているのだ。
「いや、今さら!?」と言われそうだが(笑)、私は長年あそこを「ミッシーオリジナルの呪文か念仏か?」程度にしか認識していなかった。しかし、調べ始めたら、もっと面白くなった。
Hip-Hopには、パンチラインやダブルミーニングだけではなく、ラッパーが口にした「言葉」を、曲の音、構造、映像、さらには現実そのものに変えてしまう瞬間があったりもする。
声を逆再生する人。
時間を巻き戻す人。
自分の身体をタイトルそのものにしてしまった人。
アルバムを前から聴いても後ろから聴いても成立するよう設計した人までいる。
ということで、今回はそんな、「言ったことを本当にやってしまった」5曲を紹介したい。
1. Missy Elliott『Work It』:「Reverse it」と言って、本当にreverseした曲
まずは、この記事を書くきっかけになった『Work It』。
ミッシーが「I put my thing down, flip it and reverse it」とラップした直後、聞き慣れない呪文のような言葉のような声が流れる。
なんとこれは、秘密のメッセージでも、別の言語でもない。
「I put my thing down, flip it and reverse it」を文字通り後ろから並べると、
「ti esrever dna ti pilf nwod gniht ym tup I」
となるように、直前のボーカルを本当に逆再生しているのだ。
しかも、これは後から適当に加えられたエフェクトではなかった。
ティンバーランドは後年、『Work It』の制作時、Missyに何度も録り直しを求めたことを明かしている。そして彼女が逆再生の声を入れたバージョンを聴いた瞬間、「これだ!」と確信したという。
ここが面白い。
なぜかというと、「reverse」という言葉についてラップしているのではない。
その言葉が、そのまま音響処理になっているからだ。
普通なら声を逆再生すれば、意味のわからない音になる。
ところが『Work It』では、その意味のわからない音こそが、20年以上経った今でも一発で曲を判別できるほど強烈なパンチライン(=フック)になった。
ミッシーといえば、奇抜なMVやファッションの印象も強い。
でも彼女のすごさは、言葉、声、ビート、映像を別々に考えていないところなのかもしれない。
全部がひとつの「ミッシー・エリオット」になっている。
ティンバーさんもミッシー姐さんも、やることが未来過ぎて2002年の自分には理解できていなかった(笑)。
2. The Pharcyde『Drop』:Missyより7年前、人間までreverseしていた曲
ところがミッシーよりさらに前。
1995年、The Pharcyde(ザ・ファーサイド)はもっと面倒くさいことをやっていた(笑)。
『Drop』のMVを監督したのは、後に『マルコヴィッチの穴』などを手がけるSpike Jonze(スパイク・ジョーンズ)。
一見するとファーサイドのメンバーが普通にラップしている。
なのに、周囲では人や物があり得ない方向へ動く。服が身体へ飛びついてきたり、こぼれたものが元へ戻ったり、世界だけが逆方向へ流れているように見える。
理由は撮影方法にある。
ファーサイドは歌詞を逆向きの音として覚え、動きまで逆方向に練習して撮影。それを完成時に逆再生した。
メンバーのTre Hardson(トレ・ハードソン)によれば、逆向きの歌詞を発音できるよう言語学者まで起用し、メンバーは移動中も録音テープと逆向きの歌詞を持ち歩いて練習したという。
……いやもう学生の部活動レベルのハードさ(笑)。
普通なら映像を逆再生するだけで終わる。
でも彼らは、逆再生された完成映像の中で正常にラップして見えるよう、人間側を先に逆向きにした。
音。
発音。
口や身体の動き。
映像。
すべてが「reverse」というひとつのアイデアでつながっているのだ。
しかもこれ、重複するが1995年の作品。
Hip-Hop、昔からめちゃめちゃクリエイティブ!
3. Nas『Rewind』:音ではなく、「時間」を巻き戻す曲
ミッシーが声をreverseし、ファーサイドが映像をreverseした。
ではNas(ナズ)は何を巻き戻したのか。
時間である。
2001年のアルバム『Stillmatic』に収録された『Rewind』は、タイトル通り、物語を結末から始まりへ向かって語っていく。
通常のストーリーテリングなら、A → B → C → Dと進むが、『Rewind』は、D → C → B → A。
しかも単にシーンを逆順に並べただけではない。出来事そのものが「巻き戻っている」ように言葉で描写されていく。
ここで筆者が思い出したのが、Christopher Nolan(クリストファー・ノーラン)監督の映画『TENET テネット』。
『TENET』には、時間を単純に「過去へ戻る」のではなく、時間の流れそのものを逆向きに進む「時間の逆行」という発想が登場する。
逆向きに走る車、元へ戻っていく弾丸——。
初めて観たとき筆者含め「今、何が起きてるの!?」となった人も多いと思う。『Rewind』を聴いていると、ちょっとあの感覚を思い出す。
もちろんナズの曲と『TENET』に直接の関係があるわけではない。
しかも『Rewind』は2001年。『TENET』は2020年。
Nasは、19年前に言葉だけで『TENET』みたいなことをやっていたのだ。
映画なら特殊効果や編集を使って、時間が逆向きに動く世界を見せられる。
だが、ナズが使えるのは、自分の声と言葉のみ。
それでも聴いていると、頭の中の映像が後ろへ走り始める。
そして、この発想が生まれた理由も面白い。ナズ本人によれば、その日はどうしても良いリリックのアイデアが浮かばなかったそうだ。
そこで自分への一種の罰として、
「最後から始まって、後ろ向きに進む物語を書こう」と決めたという。
しかも本人いわく、結果的にはかなり早く書けたそうだ。
創作できない。なら、めちゃくちゃ面倒くさいルールを自分に課そう。そこから名曲が生まれる。
紛れもなく、ナズはlyrical master(リリックの達人)。
ぜひ歌詞やMVを観て理解を深めてほしいのだが、物語をざっくり説明すると、
男を撃ったところから物語が始まり、
弾丸は銃へ戻り、撃たれた男は生き返る。
ナズは車で来た道を逆にたどり、出来事をひとつずつ巻き戻していく。
そして物語は、事件が起こる前の始まりへ戻って終わる。
ミッシーが音をreverseしたなら、ナズは時間をreverseした。
言葉だけで。
Hip-Hopのストーリーテリングが持つ力を、これほどわかりやすく見せる曲も珍しい。
4. Kanye West『Through the Wire』:比喩じゃない。本当に「wire越し」だった曲
ここから少し方向を変えたい。
Kanye West(カニエ・ウェスト)の代表曲のひとつ、『Through the Wire』。
「ワイヤーを通して」というタイトルだけなら、いくらでも比喩として解釈できそうだ。
でもこれは、ほぼ文字通りだった。
2002年、カニエは交通事故で顎を骨折。そして顎をワイヤーで固定された状態で『Through the Wire』をレコーディングした。
つまり本当に、
wire越しにラップしている。
さらに面白いのがサンプリング。
使用したのはChaka Khan(チャカ・カーン)の『Through the Fire』。
Fire(ファイアー) → Wire(ワイヤー)。
カニエ自身の事故と回復という現実が、元曲のタイトルまで変えてしまった。
大御所チャカ・カーン本人も、カニエが退院後に連絡してきて、自分が顎をワイヤーで固定されて食事にも苦労した経験を曲にすると説明されたため、サンプル使用を了承したと振り返っている。
だが、「顎をワイヤーで固定していた」というエピソードを後から宣伝材料にしたわけでもない。
ミッシーは、言葉を音響処理にした。
ナズは、言葉で時間を動かした。
カニエの場合はもっと生々しい…というか痛々しい。
自分に起きた現実そのものを、タイトルと音楽に変えた。
余談だが、チャカ・カーンは後年、サンプルされた自分の声が大幅にピッチアップされた完成版については、かなりお気に召さなかったことも明かしている。
そして、どことなくラップするカニエの活舌が悪そうだし、声も若々しく初々しい。
そこまで含めて『Through the Wire』の話、苦々しい(笑)。
5. Kendrick Lamar『DAMN.』:最後はアルバムの物語そのものをreverse
そして2017年、Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)はさらにスケールの大きい仕掛けを作った。
『DAMN.』の通常版は『BLOOD.』から始まり、『DUCKWORTH.』で終わる。
冒頭の『BLOOD.』ではケンドリックが突然撃たれ、そこから『DNA.』『PRIDE.』『HUMBLE.』『LOVE.』『FEAR.』などを通して、怒り、傲慢、愛、恐怖、信仰といった彼の内面をたどっていく。
そして最後の『DUCKWORTH.』で語られるのが、ケンドリックの父Ducky(ダッキー)と、後にTDEを設立しケンドリックを世に送り出すAnthony “Top Dawg” Tiffith(アンソニー・トップドッグ・ティフス)の実話だ。
若き日のトップドッグは、ダッキーが働いていたKFCを襲う可能性があった。しかしダッキーが以前から彼に食べ物を融通して関係を築いていたことで殺されず、年月を経てトップドッグはその息子ケンドリックと契約する。
つまり通常版は、ざっくり言えば、
死 → 葛藤 →「なぜ自分はここに存在しているのか」
へ向かっていく。
ところが『DAMN.』は、逆順でも成立するよう制作段階から意図して作られていた。
同年末には、曲順を完全に逆転させた『DAMN. Collector’s Edition』も公式リリース。今度は『DUCKWORTH.』から始まり、『BLOOD.』で終わる。
つまり、
自分が存在できた理由 → 人生と葛藤 → 死
と、同じ人生を反対方向から見ることになる。
ケンドリック本人も、逆順ではまったく別の物語になるというより、聴いたときの「feel」が変わると説明している。
ミッシーは声を、ファーサイドは映像と身体を、ナズは時間をreverseした。
そしてケンドリックは、アルバムの聴き方そのものをreverseした。
Hip-Hopにとって、言葉は「意味」だけじゃない
今回『Work It』の逆再生が気になっただけだったのに、調べていたらずいぶん遠くまで来てしまった。でも、そこにHip-Hopの面白さがあると思う。
言葉は、ただ意味を伝えるためだけのものではない。
音にもなる。
映像にもなる。
時間にもなる。
時には自分の現実になり、アルバム全体の構造にまでなる。
ライムやパンチラインを「何を言ったか」で楽しむのもHip-Hop。
でも、
「どう言ったか」
「その言葉を音楽の中でどう実現したか」
までDigり始めると、昔から知っている曲が突然違って聴こえてくる。
筆者は『Work It』を20年以上聴いて、遅まきながら今さらそれを知った。
だからHip-Hopは面白い。何百回聴いた曲でも、まだ、
「ちょっと待って。これ、そういうことだったのか!?」
に溢れている。



