HIPHOPCs Global Hip-Hop, JP.

5lackとは何者か──作る、混ぜる、出すを自分で握る独立の15年

アーティスト情報35 min read

5lack(スラック)は、公式サイトが記す東京・板橋出身のラッパー/トラックメイカー。PUNPEEを兄に持つ。2013年に5lackへ改める前のS.L.A.C.K.も同じ人物である。

2023年9月23日、日比谷野外大音楽堂。終演間際に新作EPのリリースが告げられ、数時間後の9月24日0時には配信が始まっていた。

レーベルが挟まれば、配信ストアへの納品も告知素材も前もって動かすことになる。終演後に決めて、その日のうちに出せる形ではない。

作るのも、混ぜるのも、出すのも自分。 2011年に立ち上げた自主レーベル「髙田音楽制作事務所」で、ソロ作はほぼ15年この体制だ。

まとまった取材は数年に一度。単独公演も多くはないが、公式・主催記録では2018年のLIQUIDROOMと赤坂BLITZ、2019年の京都・板橋、2023年の日比谷野音、2025年の板橋を確認できる。

露出と公演数を絞る一方、作品は自分の判断で動かせる。その速さと、興行をどこまで自分で広げるかの関係は、後段で確認する。

それでも人の出入りは絶えない。年下のLEXを、2024年の『report』でただ1つの客演枠に呼んだ。

2026年8月1日には小袋成彬と連名でアルバム『一張羅』。他人の名前が並ぶ作品のミックスまで自分でやっている。8月27日には、ソロ1枚目を出したDOGEAR RECORDSの20周年ライブへ出演予定である。

このページでは、その働き方がどこから来たのかを、経歴・発言・数字から追う。

30秒でわかる5lackプロフィール

項目 内容
名義 5lack
旧名義・別名義 S.L.A.C.K.、娯楽(ゴラク)、あらら
出身 東京都板橋区(2014年頃から福岡在住)
兄弟 PUNPEE(実兄)
グループ PSG(2007-)、SICK TEAM(2011-)
レーベル 髙田音楽制作事務所(2011-/自主)/DOGEAR RECORDS(2006年設立。5lackは2009-2010年に初期ソロ3作=アルバム2作+EP1作をリリース)
役割 ラップ、トラックメイク、ミックス

PSG結成から2009年——ソロ2枚とグループ1枚を1年で出すまで

始まりは1999年。兄のPUNPEEが音楽を作り始めたのをきっかけに、自分も板橋で作り出した。当時の名義は「あらら」。

2007年、S.L.A.C.K.名義に改め、PUNPEEとGAPPERの「P&G」に加わる形で3人組PSGが結成される。

動きが表に出たのは2009年だ。2月18日にソロ1st『My Space』、10月にPSG『David』、11月18日にソロ2nd『Whalabout?』。ソロ2枚とグループ1枚を、1年のうちに出している。

『David』が何をやったのかは、リリース直後のレビューに残っている。

ele-kingの二木信は2009年12月4日、この作品をこう書いた。「コミカルなサイエンス・フィクションによる、写実主義、リアリズムへの大いなる挑戦」。

当時の日本語ラップは、路上の現実をどれだけ嘘なく描けるかで測られていた。

二木はPSGを、その「ヒップホップの至上命題とされているリアリズムを徹底的に突き放している」側に置いた。

ただしニヒリズムではない、というのが二木の見立てだ。「痛快なナンセンスと道化的知性を武器に現実を生き抜くしたたかな精神性」。守ろうとしたのは「リアリズムに拘束されることのない音楽的自由」だった、と結んでいる(ele-king)。

同じ評でPSGに並べられているのは、De La Soul『3 Feet High & Rising』とBeck『Odelay』だ。ストリートの深刻さから半歩降りた立ち位置を、当時の書き手はそう測っている。

当時の受け止め方は、書き手の側の年間ベストに残っている。Amebreakが2009年末に組んだアーティスト/ライターのベスト・アルバム企画だ。

DJ ISSO(SD JUNKSTA)、サイプレス上野、ライターの一ノ木裕之が、それぞれのPERSONAL BEST 10に『DAVID』を挙げた。

一ノ木は同じ10枚にソロの『MY SPACE』も並べ、DABOが選んだのは『WHALABOUT』だった(Amebreak 2009年ベスト・アルバム企画 1/43/44/4)。

ラッパー、DJ、ライターが別々に選んで、同じ年の同じ家から出た3枚が散らばっている。

熱の大きさが数字で残っているのは、翌2010年1月29日のインストゥルメンタル盤だ。タワーレコード渋谷店のインストア限定100枚、新録3曲入り。

ライブが始まる前に15分で完売し、同店のインストアイベントの動員記録を更新した。

手に入らなかった層のために、同年3月3日にiTunes Storeで900円配信されている(音楽ナタリー)。

同じ2010年の8月4日、S.L.A.C.K.はソロEP『Swes Swes Cheap』をDOGEAR RECORDSから1500枚限定でリリース。9曲中6曲を自ら、3曲をBudamunkが手がけた。

CDは早々に品切れて「幻の1枚」と呼ばれ、翌2011年3月にブルー・クリア・ヴァイナルでアナログ化されている(ディスクユニオン)。

7月にはPSGとしてフジロック’10に出演。12月22日にはSEEDA、ZEEBRAとの3者名義シングル「White Out」が出た。

SEEDA、ZEEBRA、S.L.A.C.K.という世代の離れた3人が並んだことで、S.L.A.C.K.の名前はアンダーグラウンドの外へ出た。

そして2010年12月31日、Amebreak AWARDS 2010の「BEST ARTIST, GROUPS」部門で1位に選ばれる。

Amebreakはすでに閉鎖しているが、部門別8本のコラムはインターネット・アーカイブに残っている。

BEST ARTIST, GROUPSの回(4/8)。高木が「今年のベスト・アーティストではS.L.A.C.K.が1位に選出されましたが」と切り出すと、伊藤はこう応じた。

「SEEDAとは似て非なる形だけど、やっぱり才気走ってるね。常に制作して、短いスパンで作品をリリースをして、それがどれも一聴に値する面白さを放ってるっていうのは、単純なことだけど凄いよ」

Amebreak AWARDS 2010(4/8)BEST ARTIST, GROUPS、2010年12月31日)

高木はこう続けた。「S.L.A.C.K.のやってることって結構マニアックだし、アクの強いモノだと思うのね、ラップもトラックも。でもそれと同時に多くのリスナーに届くだけのキャッチーさを内包してるのが、彼の勝因になるのかな」

同部門にはRYUZO、SEEDA、L-VOKALらが並んでいる。その中で、より若い世代のS.L.A.C.K.が1位に置かれた。

ここで一つ直しておく。「2010年のAmebreakで新人賞と最優秀アーティストを同時に獲った」という紹介文が出回っているが、成り立たない。

この年の新人枠はアーティスト単位ではない。作品単位の「BEST NEWCOMERS’ ALBUMS」(6/8)で、1位はQN from SIMI LAB、2位はSQUASH SQUAD。

S.L.A.C.K.の名前は、この部門にない(Amebreak AWARDS 2010(6/8))。

確認できるのは、2009年の作品評価と、2010年の「BEST ARTIST, GROUPS」1位が別の年・別の部門に残っていることだ。二つを同年の「新人賞と最優秀アーティスト」にまとめることはできない。

そもそも、2009年にソロを2枚出している人を翌年の新人枠に置くのは無理がある。

2013年、S.L.A.C.K.は5lackになる——「名前なんかなんでもいいや」

名義が変わるのは2013年だ。ただし「この作品から」という切り替え点は、はっきりしない。

由来は単純で、「5」が「S」に見える。それだけだ。

改名について本人が話しているのは、2013年3月12日のele-kingのインタビュー。掲載時点で媒体はすでに5lackと表記していて、聞き手が尋ねているのは変更の是非ではなく読み方のほうだ。

「まあ、名前なんかなんでもいいや、みたいな。オフィシャル感みたいなのをはめこもうとすると大変なんですけど、勝手に自分のあだ名を変え続けてる友達とかいたじゃないですか」

ele-king、2013年3月12日、聞き手:二木信)

もう一つ「娯楽(ゴラク)」という表記もある。スラックと娯楽のどちらで呼べばいいのかと聞かれて、返事はこうだ。「あれでいちおうスラックなんですよね」。

聞き手は、その4年前に『David』評を書いた二木信である。リアリズムへの挑戦だと書かれた側が、今度は自分の名前を崩している。

なお「5lack名義の1枚目は8月8日の『5 sence』」と書かれることがあるが、順番が合わない。

同年1月のOLIVE OILとの共作『5 0』は、すでに5lack名義で出ている。3月の取材でも、改名は済んだこととして扱われている。

『5 sence』は改名後の初のソロアルバムであって、改名の起点ではない。

名義は登録するものではなく、あだ名の延長。この扱い方は、このあとの働き方と地続きだ。

書かずに録るのも、出す判断を自分1人で済ませるのも、手続きを増やさない側に倒している。

リリックを書かない録音——「書くっていう作業はもうなくした」

キャリアの真ん中に、録り方の切り替えがある。

2014年頃、5lackは板橋から福岡へ移った。理由は生活だ。

「より庶民的な生活ができるし、ご飯を作って夜は早く寝てっていう毎日を送っている」(FNMNL, 2024年)。

その環境で録り方が変わった。

「リリックを書かないで録るんです。マイクの横で書いてから録るんじゃなくて、もう、すぐに録む。だから(リリックを)書くっていう作業はもうなくしたんです」

(FNMNL、2024年4月17日)

「家で1人でマイクに向かって録るんですけど、周りに誰もいないじゃないですか。だから、けっこう恥ずかしがらずに色んなフロウを試せるんですよね」

(同上)

本人はこの変更を「スピーディーだし、変えてからの方が自由だし即興性も増したから思いもよらぬフロウが出てきたりして」と説明している。

ここが5lackを他の書き手と分ける線だ。日本語ラップの多くは「書いたものをどう乗せるか」の技術で評価される。5lackはその前段を丸ごと捨てた。

だから曲には、決めた話の代わりに、その日の部屋の温度みたいなものが残る。脱力して聞こえるのは態度ではなく、工程の結果である。

2021年の対談では、自宅にいる時間が増えたことで「エンジニア業とかミックスとか技術的な部分にすごくハマった」とも話している(J-WAVE NEWS, 2021年)。

書く工程を減らし、録って混ぜる工程に寄せた。そう読める。

髙田音楽制作事務所——ソロは15年、自分の会社1つで出している

独立と言っても、最初から一人でやっていたわけではない。

2009年の『My Space』も、2010年の『Swes Swes Cheap』も、出したのはDOGEAR RECORDS。2006年にMONJUのISSUGI、Mr.PUG、仙人掌が始めた、他人のレーベルだ。

そして2011年、5lackは自主レーベル「髙田音楽制作事務所」を立ち上げる。同年『我時想う愛』(2月16日)、『この島の上で』(11月2日)をここから出した。以降15年、ソロ作はほぼこの一本でまわっている。

離れたのは相手ではない。同じ2011年、そのISSUGI、そしてBudamunkとSICK TEAMを組んでいる。変わったのは出し方のほうだ。

そのSICK TEAMの1st『SICK TEAM』(6月2日)も、外から出ている。P-VINEのリリースだ(P-VINE公式:2011年6月2日、品番PCD-93407)。

自分の名前で出す分は自分で、チームの分は相手の流通で。線の引き方がはっきりしている。

線が引かれたままであることは、権利表記で確かめられる。

配信中のソロ名義を並べてみる。『5 sence』『夢から覚め。』『KESHIKI』『この景色も越へて』『Title』『Try & Error』『report』『Turnover』『花里舞』。

Apple Musicの各作品ページで確認すると、『5 Sence』『夢から覚め。』『KESHIKI』『この景色も越へて』『Title』『Try & Error』『report』『Turnover』『花里舞』の配信権利表記は、いずれも「Takada Ongaku Seisaku Jimusho」で揃っている(2026年8月19日確認)。

ここで確認できるのは、2026年8月19日時点で配信中のこの9作が同じ権利表記を掲げていることまでである。過去12年間の契約や流通先が一度も変わらなかったとは断定しない。

この体制が一番はっきり出たのは、2021年から2022年にかけてだ。

「白い円盤 Series」という出し方がある。出発点は、売るつもりのなかったCD-Rだ。

OTOTOYの紹介文はこう書いている。「当初、リリース目的ではなく、関係者の間のみで出回っていた秘蔵CD-Rを作品化」。

2021年10月15日の「goes on feat. Yo-Sea」から、2022年12月21日の「こうして夜空を眺めて」まで。10曲を1曲ずつ、ほぼ1〜2か月おきに出し切った。

全部集めるとアルバム1枚分になる、という設計である(OTOTOY)。

普通は逆をやる。10曲あるならアルバムとして一度に出し、そこへ宣伝を集める。1曲ずつ小出しにすれば、話題は10回に薄まる。

5lackは薄まるほうを選んだ。10回の判断に、誰の決裁もいらないからできる。

実務でいうと、こういうことだ。2024年4月3日の『report』は全6曲、制作もミックスも本人。客演は「5xL feat. LEX」の1曲だけ。

同年11月27日のEP『Turnover』は全5曲で客演ゼロ。これも制作からミックスまで本人。

外注がほとんど発生しない。だから毎年出せるし、誰の都合にも合わせなくていい。

兄と並べると輪郭が出る。

PUNPEEはSUMMITにアーティストページを持つ。『MODERN TIMES』(2017年)以降の作品は同レーベルからだ(SUMMIT)。

2025年11月の兄弟2マンも企画はSUMMIT。チケットの先行受付(9月26日18時〜10月13日)も同レーベルが告知している(SUMMIT公式X)。

同じ板橋の家から始まった2人が、出し方では逆へ進んだ。兄はレーベルという仕組みに乗り、弟は自分の会社1つで15年通した。

優劣の話ではない。日本語ラップで「独立」と言うときの意味が、この兄弟の間だけでも2種類あるというだけだ。

日比谷野音の終演告知と、0時配信を同期した『Try & Error』

自分の会社1つで出すと何ができるようになるのか。冒頭に書いた2023年の一件が、その実演にあたる。

9月23日、日比谷野外大音楽堂での単独公演。前回の単独は2019年11月21日の板橋区立文化会館 大ホールで、3年10か月空いている。

その終演間際にEP『Try & Error』のリリースが突然告知され、数時間後の9月24日0時に配信が始まった(TuneCore Japan)。全5曲、ISSUGIとBACHLOGICを迎えた「Change Up」入り。

これはステージ上で決めた作品を即時納品したという意味ではない。配信ストアへの事前納品を済ませたうえで、終演間際の告知と0時配信を同期した。自社主導だからこそ、告知の順序を観客体験に合わせられた。

ただし、決裁が省けるだけで物が届くわけではない。経路が要る。

5lackの配信の入り口はTuneCore Japanだ。レーベル契約を持たない個人でも、自分でApple MusicやSpotifyへ作品を納品できるサービスである。

同社のアーティストページには『report』『Turnover』『花里舞』『一張羅』から白い円盤 Seriesまでが並ぶ(TuneCore Japan)。

そのTuneCore Japanが日本でサービスを始めたのは2012年10月(チューンコアジャパン)。髙田音楽制作事務所の設立は、その1年半ほど前になる。

15年を一続きで見ると、ここが落ちる。前半と後半では道具が違う。

CDと限定盤で回していた時期があり、そのあとに、終演告知と世界配信の開始時刻を連動できる時期が来た。

自主レーベルのほうが経路より先にできていた。できたあとの速さは、そのまま使っている。

いま、自分のレーベル名を℗に置いて配信を出すラッパーは珍しくない。ただしそれは、個人が直接ストアへ納品できるようになったあとの話だ。5lackの会社は、その前にある。

100枚と1500枚で回していた人が、同じ看板のまま、日比谷の終演告知と世界配信の開始を同期できる側へ移った。看板を替えずに道具だけが変わった、と言ってもいい。

同じ並びが2025年にもう一度起きている。9月19日、板橋区立文化会館での単独公演『そのさきのはなし』。その翌日9月20日、アルバム『花里舞(カリブ)』が配信された。全18曲、47分。℗は髙田音楽制作事務所。

大半のトラックは本人が手がけ、外部からはBudaMunk、16FLIP、Kidhazelが加わっている(ele-king掲載のトラックリスト表記による)。

18曲で47分。割ると1曲あたり2分半ほどだ。長尺の曲がほとんどない。

5lackは書く工程を録音の場へ近づけている。18曲47分という短い曲の連なりは、その制作法と整合する。ただし曲尺の原因を録音法だけへ還元せず、ここでは作品に現れた傾向として読む。

配信ストアの分類でいうと、ソロ名義でフルレングスのアルバムは『Title』(2021年4月)以来だ。間に出た『Try & Error』『report』『Turnover』はいずれもEPに置かれている。

告知の経緯は公表されていないので、2023年と同じ「終演間際の発表」だったとまでは書かない。ただ、数年に一度しかない単独公演が、2回続けてリリース日と同じ週末に来ている。

メジャーに行かない理由を、本人はこう言っている。

「日本のヒップホップがイケているために、まだ俺に需要がある」

(FNMNL、2024年4月17日)

同じインタビューで、いまのシーンについては距離を取った見方を示した。

「時代的にもヒップホップ的にも、何度目かの巨大なバブルだなと感じていて」「あまりネガティヴなことは言いたくないですけど、同じ末路を辿っていくように見えなくもない」。

90年代の日本語ラップのブームとその後を、二度目として見ているということだ。そのうえで「ヒップホップが良くなることというのは…もっと年老いて成熟したジャンルになっていけることだと思う」と続けている。

バブルの外に自分の生産ラインを置いておく。福岡と自主レーベルと書かない録音は、その一点でつながっている。

そしてこれは転向ではない。2009年の『David』で、5lackはすでにリアル至上主義の外に立ってみせている。同じ姿勢を17年かけて、作り方と住む場所にまで広げた。

当時は音の中の態度だったものが、いまは会社の形と住所になっている。

5lackの代表曲6曲——なぜこの6曲か

入口の6曲であって、順位表ではない。

そもそも初めて聴くなら、6曲を拾うより『report』か『Turnover』を頭から流したほうが早い。1曲2〜3分。サビで急に音が大きくなる曲がほとんどなく、声は日常の音量のまま乗っている。

山を探して聴くと、何も起きないまま終わったように感じるはずだ。部屋でかけっぱなしにできる音、と言ったほうが近い。

下の6曲は、その音がどうやって部屋の外へ出ていったかの記録にあたる。

6曲のうち4曲が2010年と2016年に寄っている。単発で切り出せる形の作品が、この時期に集まっているからだ。

2015年の『夢から覚め。』以降はアルバムとEPが中心になる。シングルも「白い円盤 Series」のようにシリーズの一部として出るので、1曲だけ取り出しても位置が見えにくい。

「White Out」(2010年12月22日 / SEEDA x S.L.A.C.K. x ZEEBRA)

ZEEBRA、SEEDA、S.L.A.C.K.という世代の離れた3人が並ぶ。同じ年末のAmebreak AWARDSで、伊藤はS.L.A.C.K.を「SEEDAとは似て非なる形」と評していた。並べて語られる関係が、そのまま1曲になっている。

「Swes Swes Cheap」(2010年8月4日)

1500枚限定EPの表題曲。その1か月半前には、Budamunkが『My Space』をリミックスした1000枚限定盤『BUDA SPACE』も出ている(2010年6月23日/DOGEAR RECORDS)。

1500枚と1000枚。年末にBEST ARTIST 1位を獲った人の、その年の実流通量だ。届いた枚数と評価の大きさが釣り合っていない。

いまなら配信で桁が変わる。当時の評価は、この規模の盤が手から手へ渡って作られていた。

「Feelin’ 29 feat. Kojoe」(2016年8月10日)

5分3秒。ビートも5lack。CD+7インチの数量限定生産盤で、CDには「Movin」とインスト2曲を足した4曲が入る(タワーレコード)。

版元は髙田音楽制作事務所。自分で作って自分で出す体制が、フィジカルでも回ることを見せた1枚。

「24365 feat. KOHH」(2016年11月9日)

本編・「-Death Remix-」・インストの3曲入りシングル。のち2018年のアルバム『KESHIKI』に収録された。

直前の2016年9月が効いている。

5lackはRADWIMPS・野田洋次郎のソロ名義illionに呼ばれた。「Hilight feat. 5lack」の先行配信は9月9日(アルバム『P.Y.L』は10月12日発売/Spincoaster)。

同じ月の9月28日、KOHHは宇多田ヒカル『Fantôme』の「忘却」に呼ばれている。

ヒップホップの外から同じ月に名指しされた2人が、2か月後に自分たちの側で組んだ(KAI-YOU)。

「きみのみらいのための」(2020年4月6日)

3分40秒のドネーション・ソング。収益は「子供たちや困難を強いられている人々への支援資金として募金される」と発表された。

本人のコメントはこうだ。「今も尚、その最中で戦い続け、抜け出そうと必死な子供達、人々に少しでも何か役に立てたら、と言う想いでこの曲を作りました」(Spincoaster)。

書かずに録る人が、宛先をはっきり決めて録った例外。

「5xL feat. LEX」(2024年4月3日)

『report』唯一の客演曲。同日18時にMV公開。枠を1つしか作らない作品でLEXを選んだこと自体が、位置を示している。

5lackの客演——呼ぶのは下の世代、呼んでくるのはトラックメイカー

5lackは自分から広げにいくタイプではない。にもかかわらず、呼ばれ方が途切れない。

2011年にはBudamunk、ISSUGIとSICK TEAMを組み、1st『SICK TEAM』(6月2日)と『SICK TEAM II』(2014年2月12日)を発表。

OLIVE OILとは『5 0』(2013年1月)から『5 0 Remixes』(2013年)、『502』(2018年)まで共作が続く。トラックを作る側が繰り返し5lackを呼ぶ。声が乗せがいのある素材だということだろう。

呼ぶ側に回ったときの選び方は、白い円盤 Seriesではっきり出ている。10曲のうち客演が入ったのは2曲だけだ。No.1「goes on」のYo-Seaと、No.9「走流」のkZm(OTOTOY)。

どちらも5lackより下の世代だ。10枠のうち2枠しか使わず、その2枠を年下に渡している。

2024年には『report』で、明確に後の世代にあたるLEXを迎えた。

2025年11月26日には7作目『Original』を出している。自分の名前をジャンルとして通そうとしている側の人だ(LEX『Original』レビュー)。

書かずに録る5lackと、作り込みの密度で押すLEX。作り方は逆に近い。それでも1枠しかない客演枠がそこへ向かった。

これは2010年に自分がされたことの裏返しだ。「White Out」でZEEBRAとSEEDAの名前の横に置かれたとき、S.L.A.C.K.は二人より若い世代だった。上の世代が名前を並べたことで、アンダーグラウンドの外へ出ている。

14年後、同じことを自分が下へやった。ただし5lackのほうは枠を1つしか作らない。名前を貸す回数を絞ることで、貸したときの重さが変わる。

上の世代が下を引き上げる作法そのものが、日本語ラップでは近年たびたび論争になっている(SEEDAはなぜPOP YOURSに怒ったのか)。5lackはその議論に出てこない。年に1枠を黙って渡しているだけだ。

2025年11月3日には、兄PUNPEEとの初の2マン『髙田兄弟・2マン〜「足して2で割りゃ」』を立川ステージガーデンで開催した。PSGとして同じステージに立った時期はあるが、それぞれの名前を看板にした2マンは初めてだ。

会場は最大3,018人。1階スタンディング1,500、2階832、3階686の合計だ。

同館は自ら「多摩地区初の民間大型ホール」と名乗る(立川ステージガーデン)。

チケットはスタンディング・指定席とも1万円だった(公演ページ)。

板橋の実家で作り始めた2人が、23区の外のこの箱に並んだ。

小袋成彬との『一張羅』——他人の名前が並ぶ作品を、自分の手で仕上げた

2026年8月1日、小袋成彬との連名アルバム『一張羅』が配信された。全8曲、29分12秒Apple Musicの収録時間を合計)。アルバム1枚としては短い。

最短は頭の「仕込み」で1分35秒、最長は締めの「Orion」で4分41秒。スケッチと本編が同じ並びに置かれている。

連名作は初。共作としては、小袋の2019年のアルバム『Piercing』に入った「Gaia」以来になる。

Spincoasterは「初共演から7年」と紹介している。ただし『Piercing』の配信は2019年12月18日で、そこから数えると6年7か月。「7年」は年単位に丸めた表現として読む。

その『Piercing』は全12曲。共演者として名前が出たのは3人で、米在住のインディーアーティストKenn Igbi、そしてTohjiと5lackだった(CINRA)。

3人のうち2人が、日本語ラップの側の人間だ。R&Bとオルタナティヴの側にいた作り手の人選が、そこに寄っている。

そのうちの1人と、6年7か月を経て名前を並べたアルバムを作った。

はじめは数曲入りのEPのつもりだった。小袋が数年温めていたビートの案から表題曲ができ、やりとりを重ねるうちに8曲へ膨らむ。

そこから3か月ほどで完成したとSpincoasterは紹介している。

出どころは曲ごとに違う。Spincoasterは2曲目「稼業」を90年代後半のヒップホップへの敬意と読み、7曲目「抱擁」には2000年代前半のR&Bを聞いている。

外部の手が入るのは2人だけだ。表題曲「一張羅」(3曲目)にピアノで片倉真由子。「Hot Damn」(5曲目)と「抱擁」(7曲目)にギターで磯貝一樹。

8曲中3曲。生楽器が入るのはそこだけだ。

TuneCore Japanの曲別クレジットでは、全8曲のMixing Engineerが5lack、Mastering EngineerがIsao Kumanoと記載されている。

小袋の側から見れば、自分の作品の最終形を相手の手に渡したことになる。

5lackの側から見ればこうだ。2021年に「技術的な部分にすごくハマった」と話していた作業が、5年で、他人の名前が並ぶ作品を仕上げるところまで来た。

自分の曲を毎年出すために身につけた技術が、少なくともこの1枚では、外の作品のために使われている。

『一張羅』は、同一レーベルや同一事務所の所属関係ではなく、小袋成彬と5lackの共同制作として成立した連名作である。

小袋は過去作をソニー系から発表してきた一方、5lackは自作のミックスを重ねてきた。『一張羅』では、その5lackが全8曲のミックスを担った。所属の共通性ではなく、実際の制作分担から二人の関係を読める。

TuneCore Japanのクレジットは全8曲が曲単位で、作詞・作曲・プロデュースが曲ごとに立っている(linkco.re)。分担の内訳までは公表されていない。

はじめのビートは小袋、最後のミックスは5lack。分かるのはそこまでだ。

限定LPは同じ8月1日、LINE CUBE SHIBUYAでの2マン公演の会場で、1人1枚まで販売された。

先行物販は13時30分から15時30分で、この時間はチケットのない人も購入できると5lack公式が案内した。

公演名は『Gaia』。2019年の共作曲の題を、そのまま看板に持ってきている。

3日前の7月29日には、その『Piercing』自体がカラーヴァイナルで再アナログ化されていた(ソニーミュージック)。

旧作を出し直し、新作を出し、同じ日に同じ会場で両方を売る。

権利表記もそこに沿う。『一張羅』の℗表記は「2026 TOKA / Takada Ongaku Seisaku Jimusho」。小袋の自主レーベルTOKAと、5lackの髙田音楽制作事務所の連名だ。

ソニー系の流通を持つ側と組んでも、5lackは会社名も作業も手放していない。

棚の位置にも出た。R&B/オルタナティヴの側から来たはずの小袋の作品が、Apple Musicでは全8曲とも「ヒップホップ/ラップ」に置かれている。少なくともこの1枚は、ラップの棚に並んだ。

単独公演の記録──確認できる公演を数える

公式・主催記録を再照合すると、2018年3月のLIQUIDROOM、同年10月8日の赤坂BLITZ「KESHIKI」、2019年の京都・ロームシアターと板橋区立文化会館、2023年の日比谷野音、2025年の板橋を確認できる。

それでも、毎年大規模な単独ツアーを行うタイプではないという観察は残る。ただし「公演がほぼない」ことを独立の代償と決めつけるのではなく、自主企画の頻度と、フェス、客演、2マンへ呼ばれる動きを分ける必要がある。

2019年と2025年に選んだ板橋区立文化会館大ホールは1,263席。2025年にSUMMITが企画した兄PUNPEEとの2マンは、最大3,018人の立川ステージガーデンだった。ここから確認できるのは、自主名義と共同企画で会場の条件が変わることまでである。「興行を広げる人がいない」と内部事情まで断定はしない。

参照:5lack公式(2018年LIQUIDROOM)SMASH(赤坂BLITZ)音楽ナタリー(2019年京都・板橋)

2026年1月には、BEAMSの音楽イベント『BE FES TOKYO at LIQUIDROOM』で中村佳穂との2マンが発表された。8月1日にはLINE CUBE SHIBUYAで小袋成彬と2マン。相手はどちらもヒップホップの外から来た書き手だ。

出自のほうも節目を迎える。ソロ最初の2枚を出したDOGEAR RECORDSが、設立20周年を迎えた。

記念イベント『Dogear Four Marks Deep』は2026年8月27日、Spotify O-EASTで開催予定である。

出演予定はISSUGI、KID FRESINO、仙人掌、そして5lackの4組(CINRADOGEAR 20周年の詳報はこちら)。

ISSUGIは、17年前に『My Space』を出したレーベルの主宰の一人であり、SICK TEAMの相方でもある。

同じ主宰の仙人掌は、『花里舞』収録「South Side」のMV(監督:Satoshi Watanabe)にin-dとともに顔を出している。

17年前に自分を出した側の人間が、いまは自分の作品に映っている。

『My Space』を出した場所と、自分の会社名を℗に刻んだ作品が、同じ月のカレンダーに並んだ。

独立というと縁を切ることのように読まれるが、この並びを見るかぎり違う。5lackが2011年に変えたのは出し方だけで、相手は17年変わっていない。

5lackの年表(1999-2026)

時期 出来事
1999年 兄PUNPEEの影響で板橋区で制作を開始。当初は「あらら」名義
2007年 S.L.A.C.K.名義に改め、PUNPEE、GAPPERと3人組PSGを結成
2009年2月18日 DOGEAR RECORDSよりソロ1st『My Space』をリリース
2009年10月 PSGのデビューアルバム『David』をリリース。同年末のAmebreakのベスト企画で、DJ ISSO、サイプレス上野、一ノ木裕之がPERSONAL BEST 10に選出
2009年11月18日 ソロ2nd『Whalabout?』を発表。ソロ2枚+PSG1枚を1年で出す
2010年1月29日 『David』インスト盤(新録3曲入り)をタワーレコード渋谷店限定100枚でリリース。15分で完売し同店の動員記録を更新(3月3日にiTunesで900円配信)
2010年7月 PSGとしてフジロック・フェスティバル’10に出演
2010年8月4日 ソロEP『Swes Swes Cheap』をDOGEAR RECORDSより1500枚限定でリリース(3曲をBudamunkがプロデュース/2011年3月にアナログ再発)
2010年12月22日 SEEDA、ZEEBRAとの3者名義シングル「White Out」をリリース
2010年12月31日 Amebreak AWARDS 2010の「BEST ARTIST, GROUPS」部門で1位に選出(アーカイブで一次確認)。同年の新人枠は別部門で、S.L.A.C.K.は不在
2011年 自主レーベル「髙田音楽制作事務所」を設立。『我時想う愛』『この島の上で』をリリース
2011年6月2日 BudamunkとISSUGIとのユニットSICK TEAMで1st『SICK TEAM』をP-VINEよりリリース(2014年2月12日に『SICK TEAM II』)
2013年3月12日 ele-kingのインタビュー(聞き手:二木信)で改名について「名前なんかなんでもいいや、みたいな」と語る。「5」が「S」に読めることが由来
2013年 5lack表記へ。1月のOLIVE OILとの共作『5 0』の時点ですでに5lack名義で、3月のele-king取材でも改名は済んでいる。8月8日にソロアルバム『5 sence/エッセンス』
2014年頃 板橋から福岡へ移住。以後リリックを書かずマイク前で録る手法へ
2015年3月25日 アルバム『夢から覚め。』。以降『KESHIKI』(2018年11月21日)、『この景色も越へて』(2020年3月20日)、『Title』(2021年4月7日)と作品を重ねる
2016年8月10日 シングル「Feelin’ 29 feat. Kojoe」(CD+7インチの数量限定生産盤)
2016年9月 9日に「Hilight feat. 5lack」(illion=野田洋次郎)が先行配信。28日にKOHHが宇多田ヒカル『Fantôme』の「忘却」に客演
2016年11月9日 「24365 feat. KOHH」を発表(のち『KESHIKI』に収録)
2018年 3月にLIQUIDROOMでワンマン、10月8日に赤坂BLITZで「KESHIKI」を開催
2019年 京都・ロームシアターと板橋区立文化会館で2公演の単独ツアーを開催
2020年4月6日 ドネーション・シングル「きみのみらいのための」を緊急配信。収益は子供たちや困難な状況にある人々への支援資金へ
2021年10月〜2022年12月 シングル連作「白い円盤 Series」全10曲を髙田音楽制作事務所から順次配信。関係者間で出回っていたCD-Rが出発点
2023年9月23日 日比谷野外大音楽堂で単独公演(前回の単独は2019年11月21日の板橋区立文化会館 大ホール)。終演間際にEPリリースを告知し、翌9月24日0時に『Try & Error』(全5曲/「Change Up feat. ISSUGI, BACHLOGIC」収録)を配信
2024年4月3日 『report』をリリース(配信ストアの分類はEP)。全6曲、唯一の客演に「5xL feat. LEX」
2024年11月27日 EP『Turnover』を髙田音楽制作事務所よりリリース。全5曲・客演なし
2025年9月19日 板橋区立文化会館 大ホールで単独公演『そのさきのはなし』(同ホール2度目/7,500円税込)。翌9月20日にアルバム『花里舞(カリブ)』を配信(全18曲47分/℗髙田音楽制作事務所)
2025年11月3日 兄PUNPEEとの初の2マン『髙田兄弟・2マン〜「足して2で割りゃ」』を立川ステージガーデンで開催
2026年1月 BEAMSの『BE FES TOKYO at LIQUIDROOM』で中村佳穂との2マンが発表
2026年8月1日 小袋成彬との連名アルバム『一張羅』を配信(全8曲29分12秒/Mixed by 5lack/℗はTOKAと髙田音楽制作事務所の連名)。同日LINE CUBE SHIBUYAで2マン『Gaia』、会場限定LPを販売
2026年8月27日 DOGEAR RECORDS 20周年イベント『Dogear Four Marks Deep』にISSUGI、KID FRESINO、仙人掌と共に出演予定(Spotify O-EAST)

地域から読む|Rap Atlas

5lackは東京都板橋区の出身。Rap Atlas 東京ではキーアーティストの一人として扱っている。

2007年のPSG結成から2009年のソロ2枚までは、板橋の実家が制作の場だった。現在の拠点は福岡。

5lackのインタビューを読むなら

よくある質問

5lackとS.L.A.C.K.は同じ人物?

同じ人物。2013年までに表記を5lackへ移した。作品の公開時期によって名義が異なる。

PUNPEEとは兄弟?

PUNPEEが兄、5lackが弟。GAPPERを加えたPSGで活動し、2025年には兄弟初の2マンを開催した。

5lackは自分でトラックも作る?

ラップだけでなく、トラックメイクとミックスも担う。全作品を一人で完結しているわけではなく、BudaMunk、16FLIP、ISSUGI、BACHLOGICらとの共同制作も重要である。

なぜリリックを書かない?

本人は、福岡移住後に紙へ書く工程を減らし、マイク前で録る方法へ寄ったと説明している。即興だけを意味せず、録音と修正を制作の中心へ置く方法である。

自主レーベルは何という?

髙田音楽制作事務所。2011年以降、ソロ作品の制作・リリースの中心になっている。

単独公演は3回だけ?

違う。2018年のLIQUIDROOMと赤坂BLITZ、2019年の京都・板橋、2023年の日比谷野音、2025年の板橋などが確認できる。

HIPHOPCsで次に読む

資料と線引き

  • 最終事実確認:2026年8月19日。
  • 作品とクレジット:公式サイト、配信公式、レーベル、本人取材を優先した。
  • 過去のウェブ資料:Amebreakは閉鎖済みのため、Internet Archiveの保存ページを出典として明示した。
  • 公演数:確認できる主催・会場・報道記録から数え、単独公演を3回だけとする誤認を避けた。
  • 編集部の解釈:「作る、混ぜる、出すを自分で握る」という中心命題は、本人発言と作品クレジットを横断したHIPHOPCsの評価である。

主要参照

5lackをどう評価するか

5lackの独立は、誰とも組まないことではない。PSG、SICK TEAM、BudaMunk、ISSUGI、小袋成彬、LEXとの接続を残したまま、最終的にいつ録り、どう混ぜ、いつ出すかを自分の側へ置くことだった。髙田音楽制作事務所は孤立の看板ではなく、共同制作を自分の速度で動かすための基盤である。

公演数を少なく見積もる必要も、本人を「宣伝しない孤高の天才」に固定する必要もない。確認できる作品と舞台だけで十分に強い。2009年に一年で三作を動かした速度は、2026年の『一張羅』まで形を変えて続いている。5lackが握ってきたのは、イメージではなく制作の工程そのものだ。

アイキャッチ:HIPHOPCs制作のオリジナル・テンプレートカード。外部素材不使用。© HIPHOPCs.

→ アーティストアーカイブ一覧