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Tone Capone死去、59歳──「I Got 5 On It」を手がけたプロデューサー

ヒップホップニュース12 min read

ベイエリアのプロデューサー、Tone Capone(トーン・カポーン)が2026年9月12日(土)に死去した。59歳だった。KQEDが9月13日に報じた。同報道によれば、死去は近親者が13日(日)にオンラインで伝えたもので、「死因はすぐには明らかにされなかった」。Complexも翌14日、KQEDを引用して伝え、「執筆時点で死因は不明」と記している。KQEDによれば、追悼式などの予定は記事掲載時点で発表されていない。

要点

  • 訃報:Tone Caponeは2026年9月12日に死去。59歳。KQEDが近親者による告知を報じた。
  • 代表作:Luniz「I Got 5 On It」のビートを制作。1993年の成立場面と、Mike Marshallらとの役割分担をたどる。
  • 仕事の広がり:Mac Dreらベイエリアのアーティストから、Scarfaceらヒューストンでの制作までを振り返る。
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ファンクとターンテーブルから始まった

KQEDによれば、Tone Capone(本名Anthony Douglas Gilmour)はカリフォルニア州バークレーに生まれ、オークランド北部のBushrod Park近くで育った。家にはEarth, Wind & Fire、The Crusaders、Parliament、Kool & the Gang、Curtis Mayfield、Donald Byrd──1970年代のファンクとソウルが流れていた。バークレー高校では友人のターンテーブルでDJを覚え、フラタニティハウスのパーティーやレイク・メリットのボートハウスで回すようになる。相方は同じくのちにプロデューサーとなるNick Peaceだった。

高校を出た1980年代半ば、機材は4トラックのカセットMTR、ドラムマシン、ターンテーブル、テープデッキ。最初のTechnics 1200を買ったあと、彼は稼ぎ方を変えて音楽に専念したとKQEDは書いている。ベイエリアのラップはインディペンデントで知られたが、彼の初期の仕事にはメジャーレーベルからの発注もあった。オークランドのグループCapital Tax、そしてR&BトリオのSWVである。

音そのものについて、KQEDはこう説明する。1970年代のファンクとソウルに浸ったビートメイカーとして、彼のラップ制作は各小節の頭の拍を強調し、低音を大きく押し出して、そこに生楽器を重ねた。その音は地元だけでなく、テキサス州ヒューストンでも受け入れられた。KQEDは彼を、ベイエリアの「mobb music」を世界へ届けた人物と位置づけている。

「I Got 5 On It」は1993年の一室で生まれた

KQEDによれば、転機は1993年だった。Caponeはバークレー高校時代の友人Mike Marshallと再会する。Timex Social Clubの「Rumors」でヒットを持っていた歌手だ。二人がCaponeの家にいた日、Lunizのメンバーが曲のアイデアを持って立ち寄った。そのうちの一つが、まだラフスケッチの「I Got 5 On It」だった。その場でMarshallがフックのメロディーを書き、CaponeがClub Nouveau「Why You Treat Me So Bad」を元にビートを作る。ほどなくスタジオで録られた。

Billboardによれば、録音は1993年、オークランドのYukmouthとNumskull(Luniz)に歌手Michael Marshallの歌声を重ねたもので、サンプリング元はClub Nouveau「Why You Treat Me So Bad」(1987年)のほか、Kool & the Gang「Jungle Boogie」(1973年)、Audio Two「Top Billin’」(1987年)である(同誌はWhoSampledを参照している)。リリースは1995年。1995年のBillboard Hot 100で最高8位、Hot Rap Songsで2位、Hot R&B/Hip-Hop Songsで4位に達した。収録アルバムはLunizのデビュー作『Operation Stackola』で、同作はTop R&B/Hip-Hop Albumsに初登場1位で入り、2週首位を守った。

KQEDによれば、曲はまずベイエリアで即座にヒットし、その後、Dru Down、Spice-1、E-40、Shock G、Richie Richを迎えたリミックスに後押しされて世界に広がっていった。原曲はLunizの公式チャンネルで聴ける(Luniz「I Got 5 On It」/LunizVEVO)。

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映画『Us』で再解釈された「I Got 5 On It」

この曲が新しい世代に届き直したのは、映画を通してだった。Billboardによれば、2018年12月25日に公開されたJordan Peele監督『Us』の予告編で「I Got 5 On It」が使われた。KQEDは当時、予告編の軸がこの1995年のヒット曲であり、それが不穏なリミックスへ変わっていくと書いている(KQED、2018年12月26日)。2019年の本編でも、KQEDによればCaponeのビートを遅く、不穏に作り直したリメイクが使われた。映画用のバージョンは「I Got 5 On It (feat. Michael Marshall) [Tethered Mix from Us]」として、サウンドトラックを出したBack Lot Musicのチャンネルで公開されている(Tethered Mix from Us)。

作り直したのは、Caponeではない。『Us』のスコアを書いた作曲家Michael Abelsは、No Film Schoolのインタビューで、自分はまずCaponeが使ったのと同じClub Nouveau「Why You Treat Me So Bad」のサンプルから始め、ベースラインの間に空白を足し、そのあとで和声と空気を歪ませたと語っている(No Film School、2019年4月4日)。

Complexは、この曲のバージョン違いがPeeleの『Us』に加え、Joe Talbot監督『The Last Black Man in San Francisco』でも印象的に使われたと記している。ベイエリアで生まれた曲が、サンフランシスコを主題にした映画へ戻ってきた形になる。

一曲の外側にある仕事

KQEDは、いまも回り続けている地元のクラシックとして具体的な曲名を挙げている。3xKrazy「Keep It on the Real」、Mac Dre「Fire」と「Not My Job」、Celly Cel「It’s Goin’ Down」、Devin the Dude「Sticky Green」、E-40「Ring It」。Mac Dreとの関係は1990年代後半に始まり、Ohio Playersを下敷きにした「Fire」、ストリートの定番となった「Not My Job」、「Genie of the Lamp」などを、2004年のMac Dreの死まで残した。ほかにthe Jacka、Dru Down、The Click、Conscious Daughters、Mac Mall、Messy Marv、Andre Nickatina、Spice 1、San Quinnらの名前がKQEDには並ぶ。

ヒューストンとの縁も、偶然ではなく人づてだった。KQEDによれば、Rap-A-Lot Recordsと契約していたオークランドのラッパーSeagramとの仕事を通じて、CaponeはプロデューサーのMike Deanと出会う。Deanに誘われて参加したのが、Scarfaceの次作のセッションだった。そうして生まれた1997年の『The Untouchable』はプラチナに達し、Caponeはアルバムの随所で制作に携わった。Rick Jamesを引用した「Mary Jane」、そしてTupac Shakurの最後期のヴァースを収めたヒット曲「Smile」もそこにある。Complexによれば、同作にはMike Deanの制作も並んでいる。KQEDによれば、Scarfaceは自伝『Diary of a Madman』で史上最高のプロデューサーを挙げた際、Dr. Dre、Pharrell、Timbalandと並べてCaponeの名を書いている。

KQEDは、Caponeが2000年代以降も新しいテンポや音楽スタイルに挑み、晩年にはラッパーKanwarとも制作していたと伝えている。同記事によれば、病院での職に就き、のちに退職。2021年からはラスベガス周辺に住んでいた。

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ベイエリアの地図の中で

本誌が9月10日に公開したRap Atlas US:ベイエリアでは、Too $hort、E-40、ハイフィー・ムーブメントを軸にこの地域を描いた。E-40やMac Dreとの制作歴は、ベイエリアの歩みをプロデューサーの側から振り返る手がかりになる。Andre Nickatinaとも、San Quinnとも仕事をした人だ。

「I Got 5 On It」はTone Caponeを知る入口だ。だが、その仕事は一曲では終わらない。1993年に一室で生まれたフックとビートから、Mac Dreとの数年間、ヒューストンでのScarfaceのアルバム、そして晩年のKanwarとの仕事まで。上に挙げた曲を順に聴くと、オークランドの一室で組まれた低音が、Mac Dreのストリートを経てヒューストンのプラチナ・アルバムまで届いた道筋をたどれる。

よくある質問

Tone Caponeはいつ、何歳で死去したのか。
KQEDとComplexによれば、2026年9月12日(土)に死去。59歳だった。死去は近親者が13日(日)にオンラインで伝えた。
死因は公表されているのか。
KQED(9月13日公開・14日更新)は「死因はすぐには明らかにされなかった」、Complex(9月14日)は「執筆時点で死因は不明」と記している。本稿はそれ以上の推測をしない。追悼式などの予定も、KQEDの記事掲載時点では発表されていない。
「I Got 5 On It」は誰がどこを作ったのか。
KQEDによれば、1993年にCaponeの家でMike Marshallがフックのメロディーを書き、CaponeがClub Nouveau「Why You Treat Me So Bad」を元にビートを作った。ラップはLunizのYukmouthとNumskull。1995年リリースで、Billboard Hot 100最高8位(Billboard)。
映画『Us』で流れたのは、Tone Caponeが作ったビートなのか。
Billboardによれば、2018年12月25日公開の予告編で「I Got 5 On It」が使われた。KQEDは当時、予告編でこの曲が不穏なリミックスへ変わっていくと書いている。本編でも、KQEDによればビートを遅く作り直したリメイク(「Tethered Mix from Us」名義でサウンドトラックに収録)が使われた。このリミックスを作ったのは、スコアを担当した作曲家Michael Abelsである(No Film School)。Complexによれば、Joe Talbot監督『The Last Black Man in San Francisco』でもバージョン違いが使われた。
代表曲のほかに何を聴けばいいのか。
KQEDが挙げている地元クラシックが入口になる。Mac Dre「Not My Job」「Fire」「Genie of the Lamp」、Celly Cel「It’s Goin’ Down」、3xKrazy「Keep It on the Real」、E-40「Ring It」、Devin the Dude「Sticky Green」。アルバム単位なら、Caponeがアルバムの随所で制作に携わったScarface『The Untouchable』(1997年)。

出典

本文の音源・映像リンクは、LunizVEVO、Universal Pictures、Back Lot Music、およびMac Dre/Devin the Dude/Scarfaceの各トピックチャンネル(配信元が提供する公式音源)。いずれもチャンネル名義と配信元表示を確認して選んでいる。

最終確認日:2026年9月18日。本稿の事実関係は同日時点の出典5本(KQED2本、Complex、Billboard、No Film School)に基づく。誤りの訂正は訂正方針に従い、本稿の更新ログに記録する。

画像

アイキャッチ:Ingrid(Toronto, ON)/Wikimedia CommonsCC BY 2.0)。Tone Caponeが育ったオークランドの夕景。本人の写真ではない。掲載用に縮小(元ファイル 2288×1712px → 2048px 幅)。

更新ログ

  • 2026-09-15:初版作成。
  • 2026-09-15:死因と追悼式に関する記述を各報道時点の情報に限定。映画版での使われ方、晩年とアルバム参加範囲の記述を調整。音源・映像リンクの名義を明記。
  • 2026-09-15:制作の具体(1993年の成立場面、Mac Dre・Celly Cel・3xKrazy・E-40・Devin the Dudeの制作曲、Scarface作品に参加した経緯、晩年の活動)を追記。『Us』での使われ方を予告編・本編ともリミックスを含む形に修正し、映画版リミックスの制作者(Michael Abels)を追記。公式音源・映像リンクを追加。
  • 2026-09-17:要点を訃報・代表作・仕事の広がりの3項目に改めた。本文の表現を一部修正(事実の変更なし)。
  • 2026-09-18:出典を再確認し、最終確認日を更新。本文の表現を2か所修正(事実の変更なし)。

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