【ご注意】本記事は、暴力・薬物・服役などの過激な表現を含む楽曲を、文化・言語表現として分析するものです。歌詞の引用・転載、違法行為の助長、薬物使用法の解説、犯罪行為の肯定を目的とはしていません。センシティブな描写が苦手な方はご留意ください。
Write.by Cook oliver
リアルT、帰ってきましたね!2026年5月31日、大阪・生野区出身のラッパーREAL-Tが3rdアルバム『SHIN SCAR』を配信リリースし、同時に出所を明かしています。先に話題をさらったのは、出所後に撮影されたMV曲「脛の傷」(Prod. 理貴)でした。
ただ、この記事で追いかけたいのは「出所したラッパーが新作を出した」というニュース性ではありません。『SHIN SCAR』が突きつけているのは、もっと根の深い問いです。REAL-Tの“リアル”とは結局なんなのか。そして、そのリアルをメディアはどう扱うべきなのか。この二つです。
先に結論めいた立場を書いておきます。REAL-Tの“リアル”を支えているのは、ドラマチックなストーリーでも、声の凄みでも、単純な武勇伝でもありません。彼のリアルは語彙に宿っています。警察用語、司法用語、裏社会の符牒、刑務所の隠語、大阪弁、韓国語由来の言葉、そして牛丼やリポビタンDといった生活語。これらが同じ平熱で並んだとき、聴き手は善悪を整理する前に、もうその世界の内側に立たされています。
なので本稿は、『SHIN SCAR』をスラングの側から読み解いていきます。薬物の使用法や道具の具体的な手順には踏み込みません。そこを説明した瞬間、批評は手引きに変わってしまうからです。読みたいのは「何をどう使うか」ではなく、合法と非合法、生活と司法と服役の言葉が、なぜ同じ温度で鳴ってしまうのか。その構造のほうです。
あらかじめもう一本、線を引いておきます。ここで論じるのは楽曲とその言語的・文化的な文脈であって、過去の事件で被害に遭われた方の存在を相対化する意図はありません。事件の事実関係は報道に委ね、ここから先は「テキストとしての『SHIN SCAR』」に絞ります。
『SHIN SCAR』は“出所後のアルバム”ではなく、“語彙の帰還”
REAL-Tは1996年生まれ、大阪市生野区・今里新地で育ったラッパーです。2019年の「REAL業界」「Secret Life」で、地元のストリートライフに根ざした生々しい情景描写と独自のスラングを武器に頭角を現しました。音楽評論家の二木信は、舐達麻以降のハスリングラップ再燃の流れのなかでもREAL-Tを「最も際どい表現をするラッパー」として挙げ、その“リアルの強度”を評価しています。
歩みは平坦ではありませんでした。2020年に逮捕・収監され、表舞台から姿を消します。それでも服役中の2025年末には2ndアルバム『善悪』を配信し、「音沙汰」のような曲で“語らないことで語る”手つきを見せていました。獄中から鳴らした前作が削ぎ落としの静けさで応えたのに対し、出所と同時に放たれた本作は、塀の内と外の語彙を正面からぶつけてきます。
- TEENAGER
- GUN56VERSE
- 脛の傷
- LIKE A KISARAGI
- 物事
- OUT ON BAIL (feat. ANARCHY)
- 寄場
アルバム名『SHIN SCAR』と曲名「脛の傷」は対になっています。「脛に傷を持つ」は後ろ暗い過去を抱えているという意味の慣用句ですが、本作はその傷を、消すのでも償うのでもなく、肉体に残った瘢痕(scar)としてそのまま差し出します。「OUT ON BAIL(保釈中)」や「寄場」といった曲名が示すとおり、収録曲は逮捕・拘束・保釈・出所という時間の流れを、内側からなぞるように並んでいます。
『SHIN SCAR』は単なる出所後のアルバムではありません。塀の外の語彙と、塀の中で身についた語彙が交差する“語彙の帰還”のアルバムです。REAL-Tの帰還は、人物の帰還であると同時に、言葉の帰還でもあります。
「脛の傷」を語彙から読む
※歌詞は権利の都合により本稿では転載していません。以下は公式MVと配信音源を参照したテキスト分析です。原詞は各配信サービスでご確認ください。
① 天気の話のように並ぶ、警察・司法の語彙
この曲でまず耳に刺さるのは、取締りにまつわる言葉の多さです。「ガサ」は家宅捜索、「ガサ入る」なら踏み込まれること。「バンカケ」は職務質問、「任意」は任意同行。「所持使用」は所持・使用の罪名、「示談」は和解交渉、「出頭」は自首や出頭を指します。
これらが大声で叫ばれないのが、この曲のいちばん怖いところです。逮捕、保釈、出頭、検査。普通なら緊張をともなう言葉が、まるで予定や天気の話のように淡々と流れ、日々の段取りの一部として処理されていきます。
「寒い出頭」という表現も印象的でした。ここでの“寒い”は、関西弁の「しょぼい」「格好悪い」「気まずい」のニュアンスです。出頭という重い言葉に、生活語のような軽い温度がかぶさる。そのズレが、REAL-Tの語彙の不穏さを生んでいます。
② 「箱」──容器であり、塀の中でもある二重語
アンダーグラウンドの語彙も豊富です。「ヤサ」は自宅や隠れ家、「ポン中」は覚醒剤常用者の俗称、「サグ」は英語のthug、ワルを意味します。なかでも射程が長いのが「箱」でした。
「箱」は文字どおりの容器であると同時に、留置場や塀の中を指す符牒としても響きます。裏社会の語彙としては「ブタ箱(豚箱)」が留置・拘禁の場を指す古い言い回しとして知られ、その省略・連想として読むこともできるでしょう。容器の話なのか、檻の話なのか。語り手が物理的にも比喩的にも“箱”に閉じ込められている。その二重写しで読むと、「脛の傷」というタイトルと深く響き合います。
傷は身体に残るだけではありません。言葉の中にも、箱の中にも残ります。『SHIN SCAR』というタイトルの強さは、この“残ってしまうもの”への感覚にあります。
③ タチオン──“抜く”という不安を背負った薬の名
「脛の傷」で見逃せないのが「タチオン」という語です。タチオンはグルタチオン製剤の商品名で、一般には肝機能や解毒の文脈で語られる薬です。本稿では「タチオンを使えば何かが抜ける」といった薬理的・実用的な断定はしません。ここで読みたいのは効能ではなく、配置だからです。
効いてくるのは、それが「出頭」「尿検査」といった言葉のすぐ隣に置かれている点です。薬と、検査と、司法手続きが同じ息継ぎでつながることで、リリックは違法行為の描写を超え、追跡され、検査され、逃げ場を失っていく身体の感覚を帯びます。鳴っているのは薬物の知識ではなく、身体が記録され、疑われ、調べられるという感覚です。何を体に入れるかと同じ重さで、何を体から消すかが語られる。その摂取と消去の往復が、REAL-Tのリリックに独特の不安を与えています。
④ 生野区=コリアタウンの語彙
韓国語由来の言葉も差し込まれます。「カムサハムニダ」はありがとう、「チング」は友達。とりわけ「シルミド」という語が深く響きます。シルミドは、国家に切り捨てられた特殊部隊の悲劇を描いた2003年の韓国映画を想起させ、仲間意識と、裏切られた者の情念のメタファーとして機能します。
今里新地という具体的な地名性とあわせると、これらの語彙はREAL-Tの音楽が抽象的な“ストリート”ではなく、特定の歴史と地理に根ざしていることを教えてくれます。Jin Doggとの「街風」で共有される土地の文脈も、彼のリアルが借り物でないことの裏づけになっています。
⑤ 牛丼という署名
緊張の合間には、必ずと言っていいほど「食事」が挿し込まれます。吉野家の牛丼、コメダ珈琲。これはREAL-Tの一貫した署名のようなものです。本人はMVで食事シーンを多用する理由を「食事のときのコミュニケーションが好きだから」と語り、2020年の逮捕・保釈以降は「入ったとき、絶対後悔するから」と、ますます食べるようになったと明かしています。
この背景を踏まえると、牛丼は単なる地元描写ではありません。塀の中では手の届かない“娑婆の味”の予感であり、暴力や監視の語りを生活の高さまで引き下ろす重しです。凄惨な情景を、それでも一人の人間の日々として着地させる。この落差の設計こそが、REAL-Tを単なる犯罪自慢から遠ざけています。
「GUN56VERSE」──薬物語彙を“日用品”の隣に置く危うさ
『SHIN SCAR』のなかで、最も危うい語彙が密集しているのが「GUN56VERSE」です。水を使う道具を想起させる語、栄養ドリンクの商品名、火、吸引、ガラス製の道具を思わせる語、雪を含む隠語、ポンプ、血管。薬物使用の周辺を連想させる言葉が並びます。
くり返しになりますが、本稿はこれらを使用法として解説しません。見たいのは個々の道具や手順ではなく、配置のほうです。REAL-Tのリリックでは、危険な語が、日用品や食品や飲料の名前と何の段差もなく置かれます。たとえばリポビタンDのような誰もが知る栄養ドリンクの名が、薬物的な符牒のすぐ近くに来る。すると合法の商品名と非合法の気配が、一つの息継ぎでつながってしまい、聴き手はどこまでが普通の生活で、どこからが危険な領域なのかを一瞬見失います。本作の不穏さは、ここにあります。
ポンプ──身体へ直接つながる、最も危険な符牒
「ポンプ」は、覚醒剤などを注射するための注射器を指す隠語として知られています。この語が出てきた瞬間、リリックの焦点は所持や取引の話から、身体そのものへ一気に近づきます。
ポンプという語が持ち込むのは、具体的な使い方ではありません。「道具」「血管」「身体」「依存」「検査される体」という連想です。REAL-Tのリリックでは、薬物は外側にあるモノではなく、身体の内側へ入り込み、やがて尿検査や出頭といった司法の語彙へつながっていきます。ポンプは、薬物描写を最も身体的な地点まで引き寄せる語であり、危険な行為を派手に煽るためではなく、身体がそのまま証拠になってしまう世界を示す符牒として機能しています。
「GUN56VERSE」は、薬物を派手に描く曲ではありません。薬物、飲料、道具、体調、血管、処理、移動が、ひとつの日常のなかで横並びになってしまう曲です。その平熱こそが、REAL-Tの最も危険な表現です。
「LIKE A KISARAGI」──金、示談、沈黙がテーブルに置かれる曲
「LIKE A KISARAGI」は、『SHIN SCAR』のなかでも特に“交渉”の匂いが強い曲です。暴力そのものよりも、その後に発生する金、沈黙、示談、関係者間の調整が濃く漂っています。
耳に残るのは、「頭を下げる」「落とし所」「払う」「500万」「ディスカウント」といった語の並びです。どれも、揉め事の後に発生する調整の言葉でしょう。ここで描かれているのは怒りや喧嘩ではなく、人間関係、金、面子、沈黙の値段が、ひとつのテーブルに置かれる世界です。
「仕手株」「ポンジ」「マネロン」といった金融・犯罪経済を想起させる語も効いています。仕手株は市場操作的な匂いを持つ語、ポンジは詐欺的な投資構造、マネロンはマネーロンダリング(資金洗浄)。これらが顔を出すことで、「LIKE A KISARAGI」は単なるストリートの曲ではなく、金の流れそのものが汚れていく曲になります。さらに「裸の王様」「ズブズブ」「通通」が関係性の腐敗を匂わせます。「裸の王様」は自分の滑稽さに気づかない権力者の比喩、「ズブズブ」は深く癒着した関係、「通通」は互いに事情をわかり合っている状態。金だけでなく、人間関係そのものが粘着質に絡んでいきます。
この曲の怖さは、暴力の瞬間ではなく、暴力の後にあります。頭を下げる。金を用意する。落とし所を探る。テーブルにつく。誰かが負担する。誰かが黙る。描かれているのは事件の“後始末”であり、REAL-Tはその後始末の空気を、妙に淡々とした言葉で鳴らしています。
「物事」──保釈中の身体、通信、住居、逃亡の気配
「物事」は、タイトルの平凡さとは裏腹に、『SHIN SCAR』のなかでも最も現代的な緊張を持つ曲です。語られるのは暴力そのものではありません。保釈、控訴、住居変更、連絡、報告、監視、逃亡の恐れ、体調、金、そしてデジタルな痕跡です。
「保釈中」「控訴保釈」「一審」「一年半」といった語が、この曲の時間軸を決めています。これは生活の時間ではなく、完全に司法の時間です。裁判、期日、保釈、控訴という制度の時間のなかで、身体が動かされていきます。
「メモを燃やす」という描写は、記録を消す感覚を立ち上げます。効いているのは燃やすという行為そのものではなく、メモという小さな情報すら残せない緊張感のほうです。REAL-Tの世界では、紙もスマホも会話も、すべてが痕跡になり得ます。
「合図」「14時過ぎ」「報連相」といった語も面白い。報連相は本来、会社や組織で使われるビジネス語ですが、この曲では司法やストリートの段取りに接続されます。危険な世界にも業務連絡がある。犯罪的な緊張と、会社的な事務処理が、同じ言葉で結ばれているわけです。「シナリオ」「住居変更」「期日」は裁判や生活条件の調整を思わせます。ここでの住居は、ただ住む場所ではありません。管理され、変更され、見られ、報告される場所。家が自由の象徴ではなく、制度に登録された場所として立ち上がります。
「ストーリー」「iPhone X MAX」「シグナル」が入ることで、曲はかなり現代的になります。REAL-Tのストリートは路地裏だけで完結しません。スマホ、SNS、既読、通話、画面、通信の上にも広がっています。誰が見ているかわからない。何が残るかわからない。この感覚が「物事」の底に流れています。
決定的なのは、「逃亡の恐れ」と「カモフラ」が接続される点です。カモフラはカモフラージュ、偽装や隠蔽のこと。逃亡の恐れという司法的な判断と、それをどう見せるか/見せないかという演技性が重なります。REAL-Tは逃げることを直接語るのではなく、逃亡と見なされる可能性、あるいはそれを覆い隠す振る舞いを語っています。
「物事」というタイトルは、すべてを平らにします。保釈も、控訴も、住居変更も、連絡も、体調も、金も、逃亡の疑いも、ただの“物事”として処理されていく。大事件が、大事件の顔をしていない。生活のタスクのように並んでいる。ここにREAL-Tの怖さがあります。
「寄場」──塀の中の言葉がアルバムを完成させる
『SHIN SCAR』の白眉は、ラストの「寄場」です。「寄場(寄せ場)」という言葉自体がまず重い。関西では釜ヶ崎的な日雇い労働者の街を想起させる語ですが、江戸期の「人足寄場」――無宿人や軽犯罪者を収容して労役を課した施設――の記憶ともつながります。本曲では、その収容と労役のイメージを引き継ぐように、服役の現場、塀の中の生活圏を指す言葉として機能しています。
ここには「矯正指導日」「新入」「仮釈」「行状」「被収容者」といった制度的な言葉が出てきます。一方で、「白物」「シャリ」「甘シャリ」「上げ乞食」「シケ張り」「懲役大名」「アイゴー」「顎に花咲かそう」といった語は、塀の中の生活感や受刑者同士の空気を帯びています。
「白物」は、官給される白い布類(寝具や肌着など)を指す生活的な言葉です。だが、その生活は自由な生活ではありません。与えられ、管理され、点検される生活です。白い布の清潔さが、むしろ自由のなさを浮かび上がらせます。
「シャリ」「甘シャリ」は食事にまつわる言葉、「上げ乞食」は塀の中の食事や人間関係をめぐる力学を感じさせます。ここでも食事が出てくるのは見逃せません。REAL-Tにとって食事は、外でも中でも、人間関係と生活の中心にあります。吉野家の牛丼と、寄場のシャリ。遠いようで、実は同じ軸の上にあります。
懲役大名──「懲役太郎」を連想させる、塀の中の王様
「寄場」で特に強いのが「懲役大名」という語です。塀の中で金や顔が利き、どこか悠々と立ち回っている受刑者を指すような、自嘲と皮肉を含んだ言葉として響きます。
同時にこの語は、「懲役太郎」という呼称も連想させます。懲役太郎は、元受刑者として刑務所内の生活や裏社会の実態を語る存在として知られ、「懲役」という重い言葉をキャラクター名のように変換した代表例でもあります。REAL-Tの「懲役大名」も、それに近い言葉遊びの感覚を持っています。
特定の人物への直接の言及かどうかを断定する必要はありません。肝心なのは、「懲役」という重い言葉に「大名」という時代劇的でどこか滑稽な言葉を重ねることで、塀の中にも序列、余裕、顔、立ち回りがあることを一語で見せている点です。自由を奪われた場所にも、なお“偉い人”や“うまくやる人”がいる。外の社会と同じように、塀の中にも小さな権力構造がある。「懲役大名」は、その歪んだ社会性を冗談のような顔で差し出す、強いスラングです。
そして「アイゴー」。韓国語の嘆きの感嘆詞であるこの語は、「脛の傷」や「物事」に出てくる韓国語由来の語彙とつながっています。最も追い込まれた塀の中の描写でこそ、生野区・今里新地の出自が漏れる。この配置は、REAL-Tのリアルが後付けの演出ではなく、身体に染みついた言葉であることを示しています。
『SHIN SCAR』スラング・符牒一覧
本作に散りばめられた語彙を整理すると、少なくとも以下のようになります。ここで大事なのは“使い方”ではなく“置かれ方”です。
- 任意:任意同行を想起させる司法語。
- バンカケ:職務質問を指す俗語。
- ガサ:家宅捜索を指す俗語。
- 所持使用:所持・使用に関わる罪名的な響き。
- 出頭:司法の場へ自ら向かう語。
- 尿検査:身体が証拠になる感覚を示す語。
- 示談:事件後の処理、交渉、沈黙の値段を思わせる語。
- 箱:容器であり、塀の中でもある二重語。「ブタ箱」の連想ともつながる。
- ヤサ:自宅・隠れ家を指す俗語。
- ポン中:覚醒剤常用者を指す俗称。
- サグ:thug、ワルの意。
- タチオン:グルタチオン製剤の商品名。薬・検査・身体管理の文脈で重要な語。
- 牛丼:娑婆の生活感を象徴するREAL-T的な食事語。
- コメダ珈琲:会話、段取り、生活の平熱を示す場所。
- リポビタンD:日用品と危険語彙を接続する商品名。
- マイセン:タバコ銘柄を想起させる語。
- 紫煙:喫煙の煙を詩的に言い換える語。
- 吸い殻:残骸、痕跡、処理を示す語。
- けつの青い:未熟さを示す慣用句。
- チーズ:金を指すスラングとして読める語。
- ビットコイン:デジタル資産、金の新しい形を示す語。
- チャリンコ:移動手段の生活語。
- ウェポン:武器を想起させる語。
- 水パイプ:薬物周辺の道具を想起させる語。
- ガラパイ:薬物周辺の閉じた符牒として響く語。
- 雪ネタ:薬物周辺の隠語として機能する語。
- クソネタ:質や危険性をめぐる閉じた評価語として読める語。
- バクダン:強度や危険性を誇張する符牒。
- ポンプ:覚醒剤などを注射するための注射器を指す隠語。身体・血管・検査の文脈へ接続される危険な符牒。
- 鉛筆:文脈上、道具・隠語として機能する語。
- キー:鍵、単位(キロ)、符牒が重なる多義語。
- 血管:身体が危険の現場になる語。
- 落とし所:争いをどこで収めるかを示す交渉語。
- 500万:沈黙、示談、調整の値段として響く金額。
- ディスカウント:金額交渉の語。
- 仕手株:市場操作的な匂いを持つ金融語。
- ポンジ:詐欺的投資構造を想起させる語。
- マネロン:資金洗浄を指す語。
- 裸の王様:自分の滑稽さに気づかない権力者の比喩。
- ズブズブ:癒着した関係性を示す語。
- 通通:互いに事情をわかり合っている状態。
- 保釈中:自由と拘束の中間にある司法語。
- 控訴保釈:裁判の継続と一時的自由を示す語。
- 一審:司法の時間軸を示す語。
- 報連相:ビジネス語がストリートの段取りに転用される例。
- シグナル:通信・連絡・潮時を示す語。
- iPhone X MAX:現代的な通信端末の記号。
- ストーリー:SNS上の可視化された生活。
- カモフラ:偽装・隠蔽の語。
- 住居変更:生活の場所が司法に管理される語。
- 期日:裁判・手続きの時間を示す語。
- HHC:薬物周辺の記号的語彙として響く語。
- B409 1811:意味を閉じる数字列。
- ツナパン:生活感を支える食事語。
- 丸の家:場所・飯・生活圏を思わせる語。
- 寄場:塀の中の生活圏を示す語。「人足寄場」「釜ヶ崎」の記憶ともつながる。
- 矯正指導日:施設内の制度語。
- 新入:新しく入る受刑者・収容者を示す語。
- 仮釈:仮釈放を想起させる語。
- 行状:受刑態度・記録に関わる語。
- 白物:官給される白い布類(寝具・肌着など)を指す生活語。
- シャリ:食事の語。
- 甘シャリ:食事まわりの隠語。
- 上げ乞食:塀の中の食事・人間関係を示す語。
- シケ張り:見張りをすること。塀の中の習慣を思わせる語。
- 懲役大名:塀の中で金や顔が利き、悠々と立ち回る受刑者を指すような自嘲的な語。「懲役太郎」的な言葉遊びも連想させるが、肝心なのは塀の中にも序列や権力構造があることを示す点。
- アイゴー:韓国語由来の嘆きの感嘆詞。
- 顎に花咲かそう:暴力を比喩化する言い回し。
単体で見れば、ただのスラングです。けれど『SHIN SCAR』では、これらが生活語、司法語、食事語、地名、商品名と同じ平面に並びます。だからREAL-Tのリリックは危ない。危ない言葉があるからではなく、危ない言葉が、危なくない顔で置かれているからです。
REAL-Tの怖さは、犯罪の派手さではなく「日常化」にあります
彼のリリックを読むうえで見落としてはいけないのは、悪をドラマチックに演出しないことです。暴力も、薬物も、警察も、飯も、移動も、会話も、すべてが同じ平熱で並ぶ。多くのラップは非日常を非日常として鳴らしますが、REAL-Tは非日常を生活のルーティンとして鳴らしてしまいます。だから聴き手は「これは遠い世界の話だ」と安全な距離を取れません。牛丼を食べる。水を飲む。出頭する。検査される。張り込む。戻る。これらが一列に並んだとき、善悪の境界線は、説明される前にもう溶けています。
本作を聴く本当の怖さは、悪事の知識が手に入ることではありません。悪事が生活の文法に組み込まれてしまった世界を、言葉の温度として体験してしまうことのほうにあります。
なぜHIPHOPCsは、ここで定義を取りに行くべきなのか
REAL-Tをめぐる言説は、簡単に二極化します。「本物だからすごい」という受け取り方と、「犯罪歴があるから扱うべきではない」という拒絶。けれど、どちらか一方に寄せた瞬間、作品の核心はこぼれ落ちます。
彼のリリックに価値があるとすれば、それは悪事を美化しているからではありません。悪事が生活の言葉にまで溶け込んでしまった状態を、ここまで高い解像度で記録しているからです。そして同じ解像度が、そのまま倫理的な危うさでもあります。リアルの強度と倫理的な負債が、同じ場所から出ている。ここを切り分けずに提示することこそ、メディアの仕事だと考えます。
HIPHOPCsがここで取るべき定義はシンプルです。REAL-Tは、単に危ないことを言うラッパーではありません。危ない世界を危ない音で鳴らすのではなく、生活の音で鳴らしてしまうラッパーです。だから彼の音楽は、聴き手を惹きつけると同時に、判断を要求します。REAL-Tの“リアル”とは、犯罪性の濃さではなく、危険な語と生活の語をまったく同じ温度で並べてしまう語彙設計のこと。そこに魅力があり、同時に倫理的な危うさもあります。
結び──傷は、言葉の中でまだ生きています
『SHIN SCAR』を語彙から読むと、REAL-Tが“リアル”を声の大きさではなく、言葉の解像度で証明するラッパーであることが見えてきます。警察用語、司法語、裏社会の符牒、刑務所の隠語、大阪弁、韓国語由来の感嘆詞、牛丼、リポビタンD、タチオン。これらが同じ温度で並ぶとき、聴き手は判断の足場を失い、ただその世界へ放り込まれます。
心地よい体験ではありません。だが、心地よくないからこそ記録する価値があります。『SHIN SCAR』は、出所を祝うアルバムでも、過去を清算するアルバムでもありません。傷が消えないことを前提に、その傷のまわりに残った言葉を、ひとつずつ並べ直すアルバムです。
リアルTは帰ってきました。だが本当に帰ってきたのは、彼自身だけではありません。塀の外の言葉、塀の中の言葉、そしてそのあいだで生まれた新しい傷の語彙です。『SHIN SCAR』の怖さは、リアルが叫ばれないことにあります。リアルが、ただ生活のように置かれていることにあります。
REAL-T『SHIN SCAR』は各種ストリーミングサービスで配信中です。「脛の傷」(Prod. 理貴)のMVは公式YouTubeチャンネルで公開されています。
