再生してまもなく、ビートが一瞬消える。またすぐ消える。「暴走東京」のトラックは、この瞬間的な音抜きを執拗に繰り返し、消えるたびに声だけを前へ突き出す。これまでのMasato Hayashiにはなかった設計だ。7月1日に配信されたこの曲は、8月末のニューアルバムに向けた先行シングルであり、RAPSTAR 2025で全国区になった男の、番組後最初の大きな一手でもある。バズとして消費されて終わるか、自分の物語に変えるか。この曲は、はっきり後者を選びに来ている。
何が起きたのか
「暴走東京」は、本人が抱えてきた葛藤や怒り、そこからの解放をテーマにした曲だとアナウンスされている。MVの舞台は東京の街。同時に公式TikTokも開設された。発表内容と音源は、いずれも編集部が一次情報で確認している。
ただ、これを一枚のシングルとして数えると見誤る。8月末のアルバムのリード曲。7月5日には渋谷・NEVERLANDで200人限定のリリースパーティ(無料・事前抽選制)。渋谷の街頭ビジョンではMVが流れ、本人が街に出て限定Tシャツを配る施策も発表されている。そして9月23日、Zepp Shinjukuでキャリア最大のワンマン「暴走東京」。夏から秋までの動きが全部、この一曲の名前の下に束ねられている。
なぜ音を抜いたのか
編集部で聴いて最初に残ったのは、音が抜ける瞬間の多さだ。全体がミニマルなわけではない。走っているビートが要所でふっと途切れ、その空白に声だけが残る。この抜き差しが一曲を通してかなりの頻度で仕込まれていて、結果として、ラインを強調するポイントが異様に多いビートになっている。質感はむしろパンクに近い。歌わせるためのビートではなく、叫ばせるためのビート。編集部の耳には、初期のYDIZZYが持っていたパンク寄りのラップの衝動も重なって聴こえた。本誌が昨年12月に取り上げた「0000」は静けさと内省の側の曲だったから、わずか半年で真逆の衝動へ振り切ってきたことになる。
気のせいではない。ストリーミングのクレジット欄では、本曲の作成者としてK LARK a.k.a. KOTAとMasato Hayashiが連名で表記されている。RAPSTARで披露して300万再生を超えた前シングル「HIROYUKI」の作曲はineedmorebuxだった。つまり、アルバムのリード曲で組む相手を替えてきた。役割の内訳までは公表されていないので断定はしないが、音の設計者が変われば鳴りは変わる。この抜き差しは事故ではなく、舵だ。
もう一つ、この構造には現場での意味がある。ビートが消えるたびに声が裸で立つということは、ライブではその空白が観客の声で埋まるということだ。3月の渋谷で、9分間のゲリラライブに大合唱を起こした男が、合唱の入る隙間だらけの曲をリード曲に据えた。偶然と考えるより、設計と読む方が自然だろう。
言葉は何を宣言しているか
リリックの字面はぜひ音源で確かめてほしい。ここではテーマの輪郭だけ書く。この曲でMasato Hayashiは、自分を全国区に押し上げた番組の舞台さえ通過点だったと言い切る場所から歌い出す。外野の声に付き合う暇はない。毎日やるだけ。考え込むくらいなら、誰よりバカになって騒ぐ。そして数字は、まだ増やす。葛藤からの解放という公式の説明を、自己宣言の連打として実装した内容だ。
面白いのは、この強気の発され方だ。密なトラックの勢いを借りた強気なら、いくらでもある。この曲では、ビートが消える瞬間ごとに言葉だけが裸で立つ。逃げ場のない空白で言い切る強気は、それとは別物だ。サウンドの設計と言葉の態度が、同じ方向を向いている。
渋谷で、何をやり直すのか
Masato HayashiはRAPSTAR 2025の準優勝者だ。応募6,780人という過去最多の回で、決勝の京王アリーナTOKYOには約1万人が入った。「HIROYUKI」のMVは300万再生を超え、「Ain’t No Love」はYouTubeハイプランキングの1位を獲った。数字だけ見れば、もう十分に売れている。
だが、オーディション番組の出身者に本当に問われるのは順位ではない。番組が集めた視線を、その後どこへ流すかだ。ここで思い出したいのが今年3月の渋谷である。彼が仕掛けたゲリラライブに観客が殺到し、安全上の理由でわずか9分で中止になった。9分で街を止めた男が、今度は200人限定のパーティ、街頭ビジョン、Tシャツの手渡しという設計された形で、同じ渋谷に戻ってくる。一度制御不能になった熱を、制御された回路に流し直す。「暴走」という看板の下で進んでいるのは、実のところかなり緻密な都市の取り直しだ。
なぜ「暴走」なのか
発表資料は、タイトルの「暴走」に、常識や固定観念に抗って道を切り拓いてきた生き様が重ねられていると説明する。この言葉は、経歴を知るともう一段重くなる。八王子出身。2017年にPablo Blasta名義で頭角を現し、2019年に突然の活動休止。2年の空白を挟んで、2021年にMasato Hayashiとして名前ごと再起動した。一度止まり、名前を替えて戻ってきた人間にとって、東京は飲み込まれる場所ではない。自分のスピードで走り直す場所だ。「暴走東京」は、そういう曲として聴ける。
HIPHOPCsの視点
この曲は人気の確認ではなく、主導権の奪還だ。オーディション番組は大きな入口をくれるが、入口の先の物語までは書いてくれない。Masato Hayashiはここで、プロデュースの座組みを替え、音を抜き、言葉を前に出し、渋谷の現場からZepp Shinjukuまで一気に導線を引いた。POP YOURS 2026の出演者にも名を連ねたいま、彼は「番組出身」という枕詞が外れるかどうかの分岐点に立っている。
あとはアルバムだ。8月末の一枚がこの音の転換を貫くのか、従来のメロディアスな武器と併走させるのか。それが見えたとき、「暴走東京」は先行シングルではなく、RAPSTAR後の物語の起点として振り返られることになる。まずは7月5日。渋谷の200人の前で、この隙間だらけのビートがどう鳴るか。
関連記事
- Masato Hayashi『0000』|レビュー&解説
- ラップスターは賞レースになったのか?1000万円が暴いた、日本語ラップに”M-1″がない問題
- POP YOURS 2026は日本語ラップの何を選び、何を外したのか
- Watson、武道館に立つ──徳島の26歳が証明した地方から頂点
ソース
- Masato Hayashi「暴走東京」音源およびクレジット表記(Spotify、2026年7月3日 編集部確認。作成: K LARK a.k.a. KOTA、Masato Hayashi) https://open.spotify.com/track/6VQAekKtujPFnaKuc5i8KY
- 公式リリース「『RAPSTAR 2025』ファイナリストMasato Hayashi先行シングル「暴走東京」MV公開&公式TikTok開設」(株式会社AbemaTV、PR TIMES掲載、2026年7月3日閲覧) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000003497.000064643.html
- 暴走東京 by Masato Hayashi 配信ページ(TuneCore Japan) https://linkco.re/76FYtG7P
- そのほかの事実関係(RAPSTAR 2025の応募数・決勝の規模、渋谷ゲリラライブ、各公演日程)は、本人の公式発信および公式発表資料に基づき編集部が確認した
