千葉雄喜『⚪』レビュー|旧友YTG/Samが語る、声の作り込みとKOHHとの接点
千葉雄喜(Yuki Chiba/旧名義KOHH)が、ガヤ(アドリブ)ひとつを何度も録り直していた。旧友のYTG/Samが覚えているその姿は、新アルバム『⚪』を聴く手がかりになる。
今回は、僕LucieとHIPHOPCs DirectorのYTG/Samが対談レビュー。KOHH時代を思わせる歌い回し、アドリブの細部、そして「物語」から「死ぬか生きるか」「もっと燃えろ」へ続く流れ。聴き手としての感想と、千葉氏を近くで見てきたSam氏の記憶を交えて、お気に入りの楽曲を語っていく。
作品情報:千葉雄喜『⚪』/10月23日リリース。客演にはJuicy J、Bb Trickz、DRAM、Maleigh Zanが参加する。
これまでの作品を振り返ると、『億万長者』は2025年3月26日発売。その後には『永遠』も発表されている。公式プロフィールでも紹介される幅広い作品群を背景に、二人は新作のどこに変化を感じたのか。
全体の印象──KOHHのクールさと千葉雄喜のキャッチーさ
Lucie:どうでしたか?初めて聴いて、全体を通してSamさんがどう感じたのかを知りたいです。
Sam:そうだねー。俺としては「KOHHのときのクールな感じもある千葉雄喜」という印象だった。
Lucie:僕も同じ意見です!ただ、それが千葉さんにとって良い評価なのか分からなくて、少し言いづらいところもあるんですけど…。
千葉雄喜とKOHHの間を行き来しているというか…その間を細かく動きながら作っている感じなのかなと思った。
Sam:俺のイメージだけど、千葉雄喜の時は肩の力を抜いて聴ける曲が多いというか、あまり構えずに聴けるものが多いよね。
Lucie:そうですね。キャッチーな曲が多い印象です。
でも、「今回は聴き込める曲が多いな」という印象でしたよね。その違いの理由としては、ビートの質感が結構関係していると思うんです。
「ここまで来た」──歌い回しに感じたKOHHとの接点
Lucie:まず、1曲目の「ここまで来た」ですけども、この曲から今までの千葉さんとは少し違うと感じましたねー。
ギターのアルペジオから始まったので、「今回もガンガンのトラップで来るのかな」と思っていたら、歌う千葉雄喜が出てきて。
歌い回しというか、語尾を伸ばす感じがKOHHを感じたというか…もちろん、千葉さんの曲なんですけど、今までとは違うニュアンスがあるなって。
「これから何が始まるんだろう」というワクワク感を演出してくれる、最高のイントロだったと思いました。
Sam:そう、なんか軽くなかったもんね。すでに「いつもの千葉じゃねえな」って感じがした。
その後の「アニョハセヨ」「心配無用」「お金必要」に関しては、千葉っぽいというか全開ではあったけどね。
Sam:でも「お金必要」は、昔「貧乏なんて気にしない」って言っていた人が、すごく成長したなと思った(笑)。
Lucie:確かに、それは面白い視点ですね(笑)。昔は気にしていなかった人が、気にするようになったってことですもんね。
Sam:気にするようになったんだよ(笑)。まあ…アイツがやりたいことをやるには、お金が必要だからな。
ガヤひとつを録り直す──Samが見てきたこだわり
Lucie:でも、こういう曲は何も考えずに聴けるのも良いところだと思って。加えて、千葉さんの天性のものなのか分からないけど、アドリブの使い分けが絶妙だなって思って。
Sam:“ガヤ”のことね。そうだね。でも、千葉は昔からガヤにめちゃくちゃこだわるからな。
ガヤを1つ録るのに時間をかけて、何回も録り直すところは全然見たことあるね。ガヤとか音の抜け方とか、そういう細かいところを昔から気にするんだよ。
Lucie:すごく細かいところまで見ているんですね。やっぱ視点が違うというか…。
そして、次は「ギャングスタなパパ」ですよね。この曲は結構やばいと思っていて…。
「ギャングスタなパパ」──父親を歌う言葉に耳を傾ける
Sam:親父の話をするのも珍しいよね。
Lucie:KOHH時代にも般若さんとの「家族」で話していたとは思うんですけど、父親の名前を出すっていうのは久々だったかなと。
Sam:多分、家族について歌った曲は何曲かあると思う。ただ、リリースされていないのかもね。
Lucie:なるほど。未公開のままになっている作品が多いのかもしれないですね。
それから「死に方を知ってるのはKさん」とか「ラッキーセブン揃っちまったんだよ」というリリックが謎で…しょうがなくて。何かSamさんは気づきました?
Sam:多分、その話に関しては千葉から直接聞いたね。
Lucie:でも、その感じ…言わない方がいいんですね。
Sam:そうだね…。言えるのは、本当に「ラッキーセブンが揃っちまった」んだよ。
「ありがタンクス」──Lucieが選ぶ、踊れる一曲
Lucie:個人的には「ありがタンクス」が一番キャッチーで踊れるし、一番好きなんですよ。
Sam:あれ良いよね、俺も好き。多分、流行ったミームから取ってきてるよね。
Lucie:え、そうなんですか?
Sam:白人の女性が、日本の電車の中で「すいまソーリー」みたいなことを言っている動画が流行ったんだよ。元ネタはそれだと思った。
※ミームとの関係はSamの推測。楽曲の着想源として確認された情報ではない。
Lucie:なるほど。この曲が本当に好きで、アルバムの中でも一番踊れる曲だと思った。聴いていて、すごく楽しかったんですよね。ライブでもめっちゃ盛り上がりそうです。
「ブランド」──Bb Trickzが参加する、日記のような一曲
Lucie:次は「ブランド」。Bb Trickzっていう女性ラッパーが参加している楽曲でしたね。
僕は全然知らなかったんですけど、TikTokで楽曲がバイラルになったスペインのラッパーらしいです。フリースタイルでラップすることも多いそうですね。
Lucie:千葉さんらしい、日記みたいな曲でしたよね。「ブルーノートでライブをする時の服を買いに行った」時に書いたんでしょうね(笑)。
Sam:いかにも千葉スタイルだね(笑)。日記だからな。
「カワサキ」──「わびさび」という比喩の面白さ
Lucie:次は「カワサキ」ですね、ビートをDiegoさんが担当しています。
LA出身のプロデューサーで、沖縄メンツのRASENでビートを作ってたりしたので、知ってる人も多いのではないでしょうか。
Lucie:この曲では「わびさびを心得てる」という表現が印象に残りましたね。
わびさびを心得ている女性に「またがる」ということで、わびさびを心得た女性を“カワサキ”と表現したのは、千葉さんならではの感性だと思いましたねー。
「サバーバン」「鳥たちの歌と夜の酒」──穏やかな朝からトラップへ
Lucie:そして「サバーバン」で、いきなりカリフォルニアの街に連れていかれますね。
ゆっくりと街を流す車の中にいるような感じで、窓に腕をかけながら運転している千葉さんの姿が浮かびますね、あの曲は。
Sam:確かに、カリフォルニアっぽさがあったね。
Lucie:そうなんです。それで、次の「鳥たちの歌と夜の酒」に続くわけですけど…最初は「サバーバン」のような、ゆったりしたテイストで始まるんです。
ディズニープリンセスが朝起きて、いきなり歌い始めるじゃないですか。あんな感じなのに…途中からいきなりゴリゴリのトラップになる(笑)。
Sam:今のディズニープリンセスの例えイイね(笑)。
Lucie:いきなり別の場所に飛ばされるというか…さっきまで穏やかな朝を迎えていたのに、急にクラブへ連れていかれるような感覚があって、めちゃくちゃ面白かった。
千葉さんの曲でビートスイッチが使用されてるのも珍しい印象ですね!
「チャールズチャップリン」──語りかける声とSamの記憶
Lucie:次は「チャールズチャップリン」。最初にスピーチから始まる曲ですね。
Sam:俺は「チャールズチャップリン」が一番好きかもしれない。
Lucie:なるほど!あの冒頭のスピーチは、誰の声なんですかね?
Sam:多分、チャップリンの昔の映画だと思うんだよね。チャップリンの映画で、しゃべる作品があるんだよ。
千葉が覚えているかどうかは分からないけど、俺は多分、その映画を見せてきて「これ、言っていることがヤバくない?」って話したことがあると思うんだよね…。
タイトルは覚えていないんだけど、チャップリンが色々な経緯があってヒトラーと間違われるんだよ。最後には演説しろと言われて、そこで世界平和について話す…みたいな。皮肉っぽいコメディ映画だった気がする。
Lucie:へええなるほど、ちゃんと確認しなきゃですね。
※映画に関する話はSamの記憶に基づく。楽曲冒頭の音声の出典は未確認。
で、この曲はめちゃくちゃ真面目な内容じゃないですか。急に目の前まで話しかけに来られたような感覚になる。ゼロ距離まで近づいてきて、耳元で話しかけられているような…。
Lucie:この曲から「泣かせにきてんのかな」っていうくらい感傷的な流れに入っていく。
「物語」──Lucie自身の記憶と重なった、迎えを待つ場面
Lucie:そして、「物語」…。
僕はこの曲大好きです。こんなに泣ける曲はないと思ったくらいで、実際にアルバイトをしながら聴いていたときに泣いてしまったんですよ。
保育園で一人ぼっちで迎えを待っていたという話があるじゃないですか。あれが本当に寂しそうで。同じ経験があるので、すごく分かるんです。保育園で一人で夜まで待っているのって、本当に寂しいんですよね。
先生が「まだ迎えが来ないのかな」と気を遣ってくれていることも分かるし、子供ながらに気を遣ってしまうというか…。
それから成長を経て、仕事に向かいながらラッパーになると決めた…という話につながっていく。そういう流れを聴いていたら、もう本当に泣けてしまって。
千葉さん自身がその時期をリアルタイムで過ごしていたことを考えると、余計に感情が込み上げてきました。
Sam:その場面は想像できるよ。俺も当時、その場にいたと思うし、全部浮かんでくるよ。
「死ぬか生きるか」──「物語」の後で聴き直す
「死ぬか生きるか」は2026年9月25日配信。アニメ『スティール・ボール・ラン ジョジョの奇妙な冒険』のエンディングテーマとして発表された(公式作品情報)。配信後の反響は、HIPHOPCsの週間ニュースでも整理している。
Lucie:次は「死ぬか生きるか」。
この曲については、『ジョジョの奇妙な冒険』の影響で話題になっていると思うんですけど、僕はそこをあまり気にしていなくて。
大前提として「アニメに合っていたかどうか」という話はあると思いますけど、僕は“楽曲そのもの”を聴いたときに、どれだけバイブスを感じられるかという視点でレビューしたんです。
その視点で聴いたときに、この曲はアルバム単位で聴いたときに一番映える楽曲だと思いました。「物語」までで描かれるのは、千葉さんが今の姿になるまでの物語ですよね。
一度区切りを付けて、そこからさらに高みを目指す。「もっと上を目指そうとしている楽曲」として聴くと、この曲は正解だと思えたんです。
Sam:そうなんだよね。『ジョジョ』と切り離して考えたら、全然良い曲だと思う。
俺は『ジョジョ』のファンじゃないから、ファンの人たちがどう受け止めているかは分からないけど、アルバムの1曲として聴いたらまた意見が変わりそうな気がする。
アルバムの流れの中で聴いたとき、この曲は最高のエッセンスとして機能すると思ったね。
「もっと燃えろ」──Samが感じた千葉雄喜らしさ
Sam:でもね…俺はその次の「もっと燃えろ」が好きなんだよ。
ここからは俺の勝手な予想で、千葉本人に裏を取ったわけじゃないんだけどさ…この曲は『ジョジョ』の件で批判された後に作ったんじゃないかと思ったんだよね(笑)。
Lucie:僕もそうだと思いました(笑)。「首を吊れだって、笑える」みたいなことも歌っているじゃないですか。
Sam:そうだね。千葉は抱えてた感情をとりあえず歌にして、整理しようとしていたんじゃないかな。
Lucie:本当にそうだと思います。「もっと燃えろ」って、千葉さんらしいと思いました。「波風が立たないより、面白い方がいい」という感覚が表れている気がする。
ネットの世界では、嫌いな相手の勢いを失わせるために一番効果的なのは、「無視」なんですよね。何を言っても反応がないことが一番効くんだから、千葉さんの思うツボなんだろうなと。
Sam:俺も「もっと燃えろ」は千葉っぽいなと思った。
でもまあ…どっちにしろ千葉は気にしないから。アイツが笑うだけで終わりなんだよね(笑)。「やばいよね、ウケる」で終わっちゃうんだよ。
今まで何回もそういうことあったし。
Lucie:ですね(笑)。みんながネットで騒いでいる間も、千葉さんは1人でカリフォルニアの海沿いを車で走ってるんだろうな(笑)。
総括「◎」──声の細部と曲順が見せる、千葉雄喜の表情
Lucie:じゃあ、アルバム全体の総括ですね!僕的には、このアルバムはディズニーランドで遊び回っているような感覚があったんですよ。
いろいろなキャラクターが出てきて優しいところもあれば、怖いところもある。曲ごとに違う展開があって、次に何が来るのか分からない。
そういう意味で千葉作品の中でも、一番楽しめたアルバムでした。
Sam:そうだね。俺も今までのアルバムの中で一番好きだな。
Lucie:そうですよね。「KOHH時代の作品が良かった」と思っている人たちにも、一度聴いてもらいたいです。
Sam:良い意味で、混ざったよね。
Lucie:そうなんです、良い意味で。これまでの千葉さんの良いところを取り入れたアルバムだと思います。
KOHH時代のクールな部分もあれば、千葉雄喜らしいキャッチーな部分もある。それに、今までとは違う新しい表現も入っている。
これまでの作品が好きな人にも、今回初めて聴く人にも、ぜひ聴いてほしいですね。
Sam:良いとこ取りのアルバムだね。
対談を通して浮かび上がるのは、声の小さな表情と、曲を並べることで生まれる変化だ。「ここまで来た」の歌い回しに二人はKOHHとの接点を感じ、ガヤの使い分けにはSamが知る録音へのこだわりを重ねる。そして「物語」の後で聴く「死ぬか生きるか」は、Lucieにとって、歩んできた道の先へ進む曲として響いた。
二人が『⚪』に見いだしたのは、一曲ずつのキャッチーさと、通して聴くことで見える表情の豊かさだった。気になる一曲から入り、その前後も続けて聴いてみてほしい。
「死ぬか生きるか」を聴く:各配信サービスへの公式リンク
写真・ジャケット画像:千葉雄喜
千葉雄喜とYTG/Samをもっと知る
千葉雄喜との出会いと制作現場を語ったYTG/Samインタビュー
二人が出会った頃の話や、Samが見てきた制作現場を知ると、今回の対談で語られる記憶にもつながる。
KOHHから千葉雄喜へ──経歴・代表曲・年表
名義の変遷や代表曲を振り返り、レビューに登場する「KOHH時代」と現在のつながりをたどる。
千葉雄喜&BABYWOODROSE『Documentary』制作クレジット全7曲ガイド
共同名義作品の制作クレジットから、海外プロデューサーとの接点や役割分担を読む。