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Masato Hayashi独自インタビュー|Blastaから『Iconic』へ、ヒップホップは「路上の立ち話」

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Masato Hayashi本人に、Blasta/Pablo Blasta時代からの再出発、『RAPSTAR 2025』の舞台裏、アルバム『Iconic』について聞いた。HIPHOPCsの独自インタビューで、制作の迷いと、ライブで育んだリスナーへの信頼をたどる。

取材・文:Lucie/取材参加:YTG/Sam
Photo:Suguru Tanaka
取材時期:2026年11月5日夜ごろ(暫定)

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本人が語った4つのポイント

編集部による要約です。各項目から本文の対話へ進めます。

  • 再出発:家族と仕事のある暮らしが、内省的な歌詞につながった背景。
  • RAPSTARの舞台裏:応募時の葛藤と、キャンプでのビート選び。
  • 『Iconic』と音楽観:番組終了後の自分を映す作品と、「路上の立ち話」という言葉。
  • ライブとリスナー:客席を信じ、歌を託せるようになるまで。

“不死鳥”は、死を知らないわけじゃない。

彼(もしくは彼女)は、自身の死期を悟ると薪を焚く。そして、燃ゆる火の中に自身を躊躇なく投げ入れる。その身体を焦がし、燃やし尽くす。

残されたのは、灰の山。そこに佇む虚無感も束の間、灰がモゾモゾと蠢き、蘇った彼が顔を出す。その後も同様に命を使い果たし、薪を焚き、火の中に飛び込む。一連の輪廻を繰り返しながら、時が流れる様を見守っていくのだ。

そう、不死鳥は死を知らないわけじゃない。寧ろ、生と同じくらい死を知っている。自らの生に積極的に区切りを付けた後、積極的に死を後にする。潔さと泥臭さを併せ持つ、誇り高い生命である。

今や Masato Hayashi の通り名は“不死鳥”になってしまったようだ。

逆光のステージでマイクを口元に当てて歌うMasato Hayashiの横顔
ステージで歌うMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka

ABEMA HIPHOP公式:RAPSTAR 2025決勝「Ain’t No Love」ライブ映像

昨年『RAPSTAR 2025』に出場し、準優勝で有終の美を飾ったMasato Hayashi。

しかし、彼の後ろに続く足跡は決して真っすぐではなかった…というより、途切れたり大きく迂回していたり、何ともユニークな形をしている。

まだ長いとは言えない半生に詰め込まれた、その目まぐるしい程の屈折はあまりにも“人間”らしい。これぞ人生。だからこそ、彼の音楽に人々は惹かれ、彼を目の前にした同志は、声高らかに彼の歌を歌い上げるのだ。

今回は、9月に新アルバム『Iconic』をリリースし、ワンマンライブ『暴走東京』の東京公演を終えたばかりのMasato Hayashiにインタビュー。

スピーカーに囲まれたスタジオで、サングラスをかけて椅子に座るMasato Hayashiの白黒写真
スタジオでインタビューに応じるMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka

BlastaからMasato Hayashiへと至る軌跡、『RAPSTAR』への挑戦、現行サウンドへの思い、アルバムやワンマンライブについて、じっくりと話を聞いた。

例によって、Cs DirectorのYTG/Sam氏も同席。ちなみに今回は、これまでで最も長いインタビューとなった。

取材・文:Lucie/取材参加:YTG/Sam。以下はMasato Hayashi本人との対話。

幼少期と八王子での暮らし

Lucie:今日は喉の調子はいかがでしょうか?

Masato:今日は大丈夫です(笑)。

Lucie:良かったε-(´∀`*)。では、 まず自己紹介からお願いします!

Masato:Masato Hayashiです。お願いします。

Lucie:お願いします!それでは、Masatoさんはどんな幼少期を過ごされていましたでしょうか。

Masato:幼少期は、結構ハチャメチャっていうか…元気すぎるくらい元気な子供だったかもですね。

Lucie:聞くところによれば、「食器棚の食器を全部出しちゃう」っていう…。

Masato:そうそう(笑)、この前写真見つけたんだよな。お母さんから写真が送られてきて、1人でエモくなってたんだけど、どこにあるんだっけ…。

Sam:え、食器棚全部ひっくり返したんですか?

Masato:そうです、食器棚の食器を全部出しちゃうっていう子供で。何がしたかったんでしょうね…あとは時計の針を全部動かしてバグらせちゃうとか。

自分でもどんな衝動だったのかわからないです(笑)。

Sam:不思議すぎますね(笑)。

Masato:あと、おばあちゃんっ子だったんですけど「おばあちゃんって1日何してんだろうな」って気になったりして。

休みの日におばあちゃんにくっついて1日を観察するとか、そういうのをやってました。

Lucie:なるほど、好奇心に任せて動いてしまう少年だったんですね。

八王子の広さと、高尾山での体験

Lucie:出身は八王子とのことですが、改めてどんな場所なのか知りたいなって思って。

Masato:なんか、よくある郊外なんですけど…。

八王子ってめっちゃ広くて、神奈川県と埼玉県、山梨県の県境で海が無いみたいな。なんというか…1つの国みたいな感じがするような場所なのかな。

編集注:八王子市が県境で接するのは神奈川県相模原市。埼玉県・山梨県とは直接接していない(八王子市「八王子ってどんなまち?」)。上の発言は、本人が語る土地の広さの感覚として掲載。

Sam:なんか八王子のその感じ、わかるかもしれないです。

俺はいつも「地元王子だよ」って言うと「八王子ね!」って言われるっていう(笑)。

Masato:逆パターンありますよ。

八王子って言ったら、王子と勘違いされることも全然あります。「23区民じゃん」とか言われて、話が噛み合わないことも多々あって(笑)。

Sam:嘘!?俺らからすると、八王子の方が王子より有名だって思ってた(笑)。

Lucie:そういうジンクスというか、あるあるがあるんですね(笑)。

あとは個人的に高尾山のイメージがあるから、標高高めっていう印象がありますね。

Masato:俺、高尾山に4日間ぐらい住んだことあるんだよ。

Lucie:住んだことある!?どういうこと?

Masato:滝行と座禅、あと山を巡るみたいな体験があって。夜はご飯を自分で調達して、お寺の中に布団敷いて50人ぐらい並んで寝るみたいな。

その時、俺取り憑かれちゃってさ。夜中、夢遊病みたいに廊下を「わあああ」ってダッシュしてたらしくて。俺は何も記憶ないんだけど、向かい側で寝てた子に「昨日どうしたの?」って聞かれて。

Lucie:…怖っ。

Masato:…怖くなっちゃった(笑)。

Lucie:でも、確かに素直な人柄だから、取り憑きやすいのかもですね。

幼少期は何が好きだったとか、何して過ごしてましたか?

Masato:ええ何だろ…ベイブレードとか。

Lucie:最高だ。多分、『メタルファイト』の前の世代ですよね?

Masato:多分前だね。めたるふぁいとって何?それがもうわかんないもんね。

Lucie:あれが金属製になったんですよ、今は金属部分とプラスチック部分があるみたいな感じで、ぶっ壊れるようになりました。

Masato:なんか、すごいことなってんだ。

スタジオで右を向き、笑みを浮かべるMasato Hayashiの白黒写真
取材中のMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka

生家の記憶と、ワイルドサイドへ進んだ理由

Lucie:生い立ちとしては、小学校の頃は特に不自由せずに過ごしてた…という感じですよね。

Masato:そうっすね…いくつぐらいだろうな。

小学校に上がったくらいの頃に、皆が習い事をしてる時も「ちょっと我慢してほしい」ぐらいで、徐々にお金が無いことには気づいてきたけど、明確じゃなかった。

けど、小4か小5の時にはもう「あ、うちってお金ないんだな」って理解してたかな。実家はもう廃墟になっちゃって、もう無いんですよ。それも写真あったはず…。

2年ぐらい誰も住んでなくて、ゴミとかが散乱してて。

このリビングも小さい時はめちゃくちゃデカく見えてたのに「こんな狭かったっけな」みたいな。何年か前に取り壊されちゃったんですけど。

Lucie:思い出深い実家が無くなってしまうと…。お金が無いことに気が付きつつ、中学生になるわけですけど。

徐々にワイルドサイドに進み始めますよね。何故その方面に走り出したのか、心理的な状況が気になっていて。

Masato:それはもう…これが究極の答えだと思うんですけど、絶対女の子なんですよね。

Lucie:ああ!「好きな女の子がいる中学校に進んだ」って言ってましたもんね(笑)。

Masato:そう(笑)。女の子がいないとおしゃれもしないと思うし、強がる必要もない。男の行動原理って、絶対女の子なんですよ。

で、当時は悪い男の方がモテてたんで、そうなったのかなっていう。大人になると「そうじゃないな」って気づきますけどね。

Lucie:結果「女の子が原動力」っていうのは、男の真理な気がしますけどね。

キングギドラ「公開処刑」と、ヒップホップへの入口

Lucie:そして、ヒップホップに傾倒するわけですが…きっかけとしては何が大きかったのでしょうか?

Masato:なんだっけな…。

元々オタクの友達が多くて、彼らからめっちゃ音楽教えてもらってたんだ。もともとロックとかを結構聴いてたんだけど。

Sam:どんなロック聴いてたんですか?

Masato:えっと、SUM 41とかMetallicaとか色々聴いてた気がしますね。ファンクとかも教えてもらって聴いてたんですけど…なんでヒップホップ行ったんだっけな。

確か友達の1人がキングギドラの「公開処刑」を教えてくれて。

キングギドラ「公開処刑」をApple Musicで聴く

名前は知ってたんですけど、初めて聴いた時に「こんなに言いたい放題言っちゃっていいジャンルがあるんだ」って思って。音よりもカルチャーのやりたい放題な感じに食らっちゃって。

Sam:俺らの中学ぐらいの時って、丁度B-boyスタイルが流行り始めたくらいでしたもんね。

先輩たちが初期のB-boyとかじゃないですか。俺らが2代目か3代目ぐらいで、皆B服着てドゥーラグして…みたいな感じでしたよね。

Masato:見た目から入るっすよね。音楽よりもカルチャーとして入っちゃったんで。

Lucie:のめりこむきっかけとしては、友人の1人がトラックを作っていたという出来事が大きかったのかなと思ったのですが…。

Masato:そうそう、イワマね(笑)。今何してんだろうな…。

Lucie:イワマさんっていう方なんですね。その時はどんなトラック作ってたんですか?

Masato:当時はハードコア?みたいなの作ってたかな。「ヒップホップも作れるよ」って、できたの聴いて「いいじゃん!」みたいな。音源どっか探せばある気がするなそれも。

音楽の作り方とかも全然わかんない時代だったから、家で作ってるヤツがいることを知ってワクワクしたっていうか。

Sam:俺らの時代はまだレコーディングできる環境とか珍しかったから、周りでそんな環境があったら結構レアですよね。

Masato:今だったら家にレックブースあったりしたら「ちょっとカルチャーな人なのかな」とか「おしゃれだな」ってなるけど、当時だったらマジで陰キャの部類…オタクに見えてましたよね。

Sam:そうそう(笑)。なんならDJとかもそっちの部類だった。

Masato:オタク…もうウォタクだな。ウォタク。

Lucie:うわぁ時代っていうか価値観のギャップ感じますね(笑)。それって何年代の話ですか?

Masato:2000年代…『電車男』とかの時代だから…。

Sam:多分、2003年か4年、5年とか。

Lucie:僕が小学生の頃でも、ラノベ読んでるとエロ本扱いされてたんで。まだオタクに人権無かったから…もう時代はだいぶ変わりましたよね。

Masato:いや、ホントに。

時代変わったなって思ったのが、入ってた頃に見たい映画を皆の投票で決めるんですけど。多分、一昔前だとアクション系の映画とかが人気だったと思うんですけど、今はやっぱりアニメ。

Lucie:へええそんな場所でも!?何見てました?

Masato:あの、なんだっけ。仮想空間で戦う…。

Lucie:『SAO』ですかね?

Masato:それだ(笑)。

Lucie:へええ結構最近のアニメが(笑)。

で…先程「公開処刑」がきっかけとして大きいと仰っていましたが、友人に教えてもらったとのことでしたよね。

Masato:当時はまだ“着うた”の時代で、公式じゃない無料で曲が使える掲示板みたいな…今でいう違法ダウンロードできるサイトみたいなものがあって、それを友達が教えてくれたんです。

そのサイトで、50centの「Candy Shop」とかNellyの「Dilemma」が流れてくる中で、「公開処刑」も一緒に流れてきて「あれ、日本語だ」みたいな。

「このジャンルって何だろうな」って気になったし、その頃もRIP SLYMEとかKREVAとか知ってたけど、また違う風味がして新鮮だったかな。

Lucie:メインとは違ったアングラ風味というかね。「公開処刑」自体がディス曲だったことも、日本人の価値観からすると「?」でしたでしょうし…。

あの楽曲は完全にDragon AshのKJさんをガッツリディスった曲だったじゃないですか。

Masato:でも当時はそんな背景も知らなかったんだけどね。

Sam:確かに!ディス感無かったし、俺らが最初に聞いたときは普通に「かっけえ歌だな」って思っただけだった気がする(笑)。

Masato:やっぱそうですよね(笑)。何も分かってなかった。

Lucie:ディス文化もあまり知られてない時期ですもんね、なるほどなぁ。

ビーフが大きくなる理由を考える

Lucie:あ、そうだ。もしビーフ仕掛けられたらどうします?

Masato:どうしよっかね(笑)。いやぁ、究極の選択だよね。

Sam:俺の勝手なイメージですけど、相手にしなさそうだなって(笑)。仮にするとしても「しつこいから相手するよ」って感じになりそう。

Masato:まあ、本当はしたくないですし(笑)。どういうビーフかにもよるし、ガチなのかエンタメなのか。

Sam:そもそもガチだったら曲にならないですしね。

Masato:いろんなシチュエーションがあるし一概には言えないんですけど…ビーフがデカくなる原因って、周りの友達だと思うんですよ。

本人は「いいよいいよ」って言ってんのに「バカにされてるから俺らが行くぜ」みたいな。ラッパーって、その友達からすると偶像とか象徴みたいなもので、友達からしたら自分たちの象徴に喧嘩売られてるわけなんで。

だから戦争と構造は一緒というか、超小さい戦争みたいな感じ。

Sam:マジそれです。

Masato:普通にムカついたとしても1ラリーか2ラリーで終わる話なのに、周りがワーってなっちゃうからっていうのが大きいと思うので…。

でも、ビーフもヒップホップのカルチャーだし…ムズいっすよね。ビーフに全く応じないってなると

「じゃあ、俺本当にラッパーなのかな?」とか、いろんなこと考えさせられちゃうんですよね。

だから、ビーフは結構考え物です。

Lucie:だいぶ前にはなりますけど、ニート東京で「どこかの国と国が戦争するってなった時に日本にどんな対応してほしいですか」みたいな質問をされた際に「攻めるか、守るか」って答えてらっしゃいましたけども…。

Masato:もうね、あれ見たくない(笑)。色々考えも変わってて、全然今と違うから。

こないだ、たまったまTikTok見てたらそのインタビュー流れてきて、「うっせー」って思いながらスワイプしました(笑)。

スタジオで片手を前に出し、身ぶりを交えて話すMasato Hayashiの白黒写真
身ぶりを交えて話すMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka

Blasta時代──ミックスCDとラップの始まり

Lucie:では、キャリアの話に入ろうと思うのですが…まず2008年頃ですよね。

一番最初はBlastaって名前で活動されていて、jun-gmcさんが率いるGALLOW RECORDSに…所属されていたのでしょうか?

Masato:仮所属みたいな感じ。「ミックステープ出そうよ」って誘ってくれた人なんだよね。

Lucie:仮だったんですね。

『CONNECTION』ってイベントに出ることも多々あったようで、昔の楽曲を探してみたら「White & Purp」をリミックスしていたり…。

あとは、自身が聴いていた鬼さんとかKNZZさんとイベントが被ってたり、GALLOW RECORDSのミックステープに参加されてたり、結構動いていますよね。

この頃はどのような心持ちでヒップホップに向き合っていたのでしょうか?

Masato:当時はサウスが流行り始めで、T.Iとかトラップサウンドの始まりくらいの時期だったんですけど。

Sam:その時期かぁ…それこそMigosが出てき始めた時期とかですよね。

Masato:そうそう。俺がクラブ行き始めた頃は、DJ KhaledがAKONとかT-Pain、Ty Dolla Signを集めたミックステープを出してめちゃ流行ってたり、Lil Wayneが『Carter Ⅲ』を出した時期で。

Lucie:ああ、赤ちゃんのWayneがジャケ写のヤツだ。DatPiffとかで僕も聴いてました。

Masato:俺もDatPiffでめっちゃ聴いてた(笑)。

その時はDatPiffとか違法サイトから落として、自分でCD-Rにコピーして「***mix」とか「アゲアゲmix」とか「NewYork mix」とか、自分用に作ってたんだけど。

周りが18歳くらいになって車を手に入れ始めて、当時はサブスクもなかったから「彼女とのデートで流したい」とか「友達といる時に聴きたい」って、欲しがるようになっちゃって。

1枚300円ぐらいで売り始めたりして…そんな事ばっかしてたかな。

Lucie:なんか古き良きミックステープ文化というか、楽しそうでいいなぁ…。

Sam:昔は1枚1000円ぐらいで売られてましたもんね。300円は優しい(笑)。

Lucie:ラップはどのように始めたんですか?

Masato:隣の中学校にウメハラくんっていう…イカツい2個上の先輩がいて、俺は名前だけ知ってて会ったことは無かったんだけど…。

ある夜、寝ようとしたら知らない番号から電話かかってきて、出たらウメハラくんで。いきなり「なんかラップ好きって聞いたんだけど、一緒に俺のDJやんない?」みたいな。DJとラッパーの違いもわかってなかったけど「やります」って言って、集まる日程を決めて。

ウメハラくん家に行ったら“MTR”っていう本当にアナログな機材があって、(SM-)58のマイクに多分唾除け?のティッシュが輪ゴムで括ってあるみたいな…今考えると意味あったのかなって思いますけど(笑)。

Sam:多分、音質は下がってそう(笑)。

Masato:ですよね(笑)。で、ラップ録ってんの見て「俺も録りたい」って言ったら「いや、マサトはDJだから録らなくていいんだよ」って言われて…「え、どういうこと?」って。

そしたら「DJは俺が歌ってる後ろで音流してくれればいいんだよ」って言われたんですけど、「それだったら俺やりたくない」って言ったら、向こうも困っちゃって(笑)。

で、最終的に「まぁDJは後で探すから、2人でやるか」ってなって、始めたみたいな感じ。

Lucie:へええ、なるほどそんな始まり方だったんですね!

Masato:当時は2人ともビートとか持ってなかったんだけど、そんな時に「そういえば、アイツなんか作ってたな」って、イワマを思い出して。

Lucie:おお!先程の話にも出てきたイワマさんですね!

Masato:中学校卒業して1、2年ぐらい経ってたと思うんだけど、連絡取ったら「まだ作ってるよ」って言ってたから彼の家に行って、彼にもらったトラックで作ったのが1曲目だね。

1曲目の名前、超厨二病っていうか…「腐敗業界」とか言って(笑)。

Lucie:なんかキングギドラ味を感じますよね(笑)。

Masato:そんな感じで2人で1、2年ぐらいやったかな。渋谷の…もう今は無くなっちゃったクラブで、当時の先輩ラッパーに「お前らいいじゃん」って言われてめっちゃライブしてた。

今思うと、めっちゃアングラなクラブだったんですけど、ライブ上手い人が多かったんでそこでライブの腕を磨いたかな。

Lucie:はいはい。約3年ほどBlasta名義で活動を続けるわけですけど…それから一時期ラップから離れるということで、7年間の空白ができますね。

Masato:そうそう。19歳で八王子から下高井戸に行って、そのタイミングでやったりやらなかったり…グラデーションでどんどん遠のいてった感じで。

KOOGIくんに誘われて、KNZZくんとかFEBBと1曲作ってみたけどダメで「あ、もうやめよう」みたいな。

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Rykeyとの再会──ラップから離れていた時期

Lucie:そうして7年間ヒップホップから離れている最中、Rykeyさんと再会するんですよね。

Masato:22歳の時っすね。もう12年前になるのか。

確か…Rykeyくんがシャバ出てきて、そのタイミングでケニアに帰った…のかな?で、ケニアで1年ぐらい生活してたんだけど、向こうでお金なくなって帰ってこれなくなってて。

当時、Rykeyくん周りの人たちが金を持ち始めて「俺らが金払ってやるから、帰ってこいよ」って感じでRykeyくんが帰ってきた…っぽい?自分も又聞きした話なんで、あまりよくわかってないんですけど。

多分、その後にゴールデン街で再会したんですよね。でも、ラップも全然やってないし、俺も丁度ラップ辞めてて、2人とも何がしたいのか分かんない時期だったんだと思う。

「自分は特別でありたい」みたいな気持ちはあるけど、どうすればいいかわからない…っていう期間を2年ぐらい過ごしてた。

Lucie:渇いた2人が行く果てもなく、さまよっている感じ…味が…味がすごい。

Rykeyさんに関しては…あの方も結構衝動的に動く方ですから、SNSとかで誤解を受けやすいと思うんですけど…。なんだろう、僕的には『Battle Summit』でOzworldさんと戦った時に「寂しいんだよ」って言ってたのが「これがこの人の本質なんじゃないか」って思ったんです。

Masatoさんから見て、Rykeyさんはどんな人でしょうか?

Masato:Rykeyくんに関しては、俺は肯定も否定もしないっていうか…不思議な感じっすよね。ラップに関しては師匠です。

Sam:何かよくわからないけど、魅力があるんでしょうね。

Masato:なんか…俺も少なからず「Rykeyくんに似てる」って言われるんですよ。自分は「そうかな」って思うんですけど。

だけど、気持ち分かっちゃうところもあって。多分、愛と憎しみがずっと共存してるんじゃないのかな?違ったら…すみません(笑)。目の前に起きた現象に対して「Yes」と「No」がずっと出てくる人っていうか。

Lucie:“人間”って感じがします。

Pablo Blastaとしての再出発と「Tokyo Young OG」

Lucie:さて、話をMasatoさんのレールに戻して…27歳になるとPablo Blastaとして再出発すると。

初めてリリースした「Tokyo Young OG」等の楽曲によって注目が集まるわけですけど…ただ、これもRykeyさん絡んでるんですもんね(笑)。

Masato:そう。だから俺のラップキャリアにRykeyくんって外せないんですよね。

俺が多分24、25歳の時にRykeyくんが『Pretty Jones』出して、俺も遊びで作り始めた頃にRykeyくんが『AMON KATONA』っていうセカンドアルバムを作り始めてて。

それと同時に、KNZZ君らと一緒にStudio Ghostっていうスタジオに通い始めたんですけど…。あそこは精神と時の部屋で、自分にとっては修行の場でしたね。

で、俺は耐えきれずにバックレて「もうラップできねえかな」ぐらいに思ってたんだけど、暇でラップ書いたらやっぱり楽しくて、完成したのが「Tokyo Young OG」なんです。

友達が「出した方がいいっしょ」って言ってくれて、DJも広めてくれて、それをきっかけにビデオも撮ることになったり…そういう感じだった。

Lucie:なるほど。その時期に認知がだいぶ広がったとは思うんですけど。

Pablo Blastaとして3つアルバム出してて、客演のアーティストも強いし、クオリティもちゃんと担保されているのに…音楽だけで食べていけるわけではなかった?

Masato:うん、サブスクとかもある時代じゃなかったから。

今はTuneCoreでスプリットとかあるし、パーセントで入ってくるけど、その時代は“CDがどんだけ売れるか”っていう所に懸かってた。結局、アルバム1枚出しても売った分の上がりしか手元に残らなくて、在庫がなくなったら終わりだったしね。

Lucie:ああなるほど、やっぱりアナログの手法が要因として大きかったところあるんですね。

Masato:あとは、日本で音楽ってムズいっすよね。音楽ってメインにこない気がする。

海外のインスタ見てたりすると、あくまでも音がメインで、アーティストのキャラは副産物として受け入れられているけど、日本は「こういう人だから曲聴こうかな」みたいな…海外とは逆な気がしていて。CDだけで売ってた時代の人ってすごいなって思って。

Sam:マジで、CDだけで売ってた時代の人はお金になってなかったですよね。

Lucie:時代の流れを感じますよね。

『Native PB』『888』『Synapse』を振り返る

Lucie:これはサウンド面に関する話ですけど、Pablo Blasta時代の楽曲聞くと「中身をさらけ出してる」というより、「描いてる理想に近づくために藻掻いてる」みたいな感じがしてて、若さも感じるし。

『Native PB』『888』『Synapse』、これらのプロジェクトをどう振り返りますか?

Masato:『Native PB』は本当に自分が作りたいものを作った感じで、『888』は名前が売れてしまって「やべぇ、アルバム作らなきゃ」って作った(笑)。

Lucie:そういう感じだったんですね(笑)。

Masato:好きな曲もあるけど、ちょっと焦りがあったっすね。若かったし、作品を作るってことに対して「作らないと」みたいなマインドで作ってたかな。

Sam:今は焦りとか無いんですか?

Masato:無いわけじゃないけど…大人になっちゃったのかな(笑)。

「俺が表現したいモノを作ろう」っていうマインドにはなれたかもしれないですね。自分が納得できるまでやりたいっていう。

でも、社会で生きてるし、やりたいことをするためにはお金も必要じゃないですか。だから「売れる曲も作ろうかな」っていう気持ちはありますけど…。

ただ、最終的にやりたいのはKanye Westみたいな、オーケストラみたいなことをやりたいすね。

Sam:でも、この間NEVERLANDでライブ見た時「ラッパーじゃねえ、音楽家だ」って思いました。俺の基準ですけど、ラッパーと音楽家の間って壁があるんですよ。その壁を超える人と超えない人の差って結構あって。

でも、Masatoくんは音楽家で、ラッパーじゃないなって。自分の作品を提示してると思いますよ。

Masato:マジですか。

最近、結構そこら辺のことで悩むんですよね。「ラッパーって言ってるし、ラップしないといけないのかな」とか。本当はラッパーって名乗るの止めたいんですよ。音楽家でいいですか?(笑)

Sam:音楽家ですよマジで。インタビューってカウンセリングっぽくなりますよね(笑)。

Masato:完全にカウンセリングです。俺のカウンセリングです(笑)。

Lucie:その頃のサウンド感はどう振り返りますか?

なんだろうな…個人的には『Native PB』はBoom-Bap寄りで、『888』はSoul&RnB系、『Synapse』はクラウドラップ系だったかな、なんて思ってるんですけど。

Masato:それね、俺カメレオンみたいなとこあって。

1作目はRykeyくんと一緒にいた時期だったから、ああいうテイストになって。2作目は方向性定まらないままだったけど、結構R&B聴いて育ったところがあるからって感じ。

3作目に関しては、haquっていう友達と一緒に作ったからかな。

Pablo Blastaの活動休止──家族と仕事、新たな名義

Lucie:へえええ。時期によってメタモルフォーゼして、ちゃんと変化してきたわけですね。

ですが、Pablo Blastaとしての活動は2019年に休止してしまったと…。

Masato:そうね。

鹿浜住んでる時ニートだったんだけど、その頃に子供ができて。社会で働いたこともないし、どう生きていけばいいのか分かんなくなっちゃって。

その時に嫁が「団地1回住もう」って団地の抽選やったら当たって。ただ、団地に越すまでは1年くらい間が空いてしまうってことで、その期間だけ八王子で暮らしたんです。

4畳半の1Kで、赤ちゃんと俺と嫁で4か月くらい。稼ぐために1日10000円ちょいの塗装屋やったりして、その時期に『Synapse』を並行で作ってたんです。

「これを出して売れたら俺のもんだ」っていう気持ちで作ったんだけど…全然売れなくて。

Lucie:でも…確かにあの時期の日本って、クラウドラップは浸透してなかった気がしますもんね。

Masato:だよね。需要と供給がマッチしてなかったかなって。

リスナーのことを見ずに、自分の作りたいものを作って「これ最先端だべ?」みたいな感じで出した結果、全く売れなかった。子供がいて金も必要なのに。

その時に田我流さんの「ゆれる」「夢の続き」がたまたま流れてきて…俺が当時やってた音楽と正反対の音楽だったんですけど。

流れてきた時に泣いちゃって「心ぶっ壊れてるな、俺」みたいな感じだった。

Lucie:現実…。

Masato:うん…元嫁さんのお母さんにも「子供いるんだからラップとか言ってないで、ちゃんと就職してほしい」って言われて、もう無理だと思った。

だから、軽バン買って2年間くらいAmazonの配達やってたんです。個人事業主になって、自分でスケジュール決めて、アプリで仕事を取ってみたいな感じで。

当時、デリバリー系はバブルみたいな状態になってて。色んな企業が負けじと競争してた影響もあったのか、配達側は全然配らなくても1日18000円くらい稼げたから、それでなんとか食いつないでました。本当に運が良かったなって感じ。

Lucie:なるほど。ですが、2年間働いてる間に少しだけ復活しますよね。Yomiっていう名義で。

名前が全然変わってたし、“ヨミ”っていうと“黄泉の国”しか出てこないんですけど、その名前にした理由とかってあったりしますか?

Masato:そうそう、“黄泉の国”の黄泉。Pablo Blastaを殺して、新しい自分になるための狭間の時期だからYomiっていう。

Lucie:やはりそうでしたか!リリースされたのはシングル2、3枚?とかですよね。

でも、聴いて感じたのは「徐々にMasato Hayashiになりつつある?蛹が破れてきてね?」みたいな(笑)。その頃の心理的な変化とかはあったのでしょうか?

Masato:いやぁ…藻掻きまくってたからなぁ…。

何も分からないままやってて。アー写なんてその辺でパシャって撮ればいいのに、わざわざ奥多摩の山奥に行って撮ったりとかして。

Lucie:ああ!あのTuneCoreに載ってる写真ですよね。確かに真っ暗な場所に緑髪のMasatoさんが写ってました。そういう背景があったんですねぇ。

Masato Hayashiとしての再出発──暮らしが変えた歌詞

Lucie:そして藻掻きまくった結果、ようやく最終形態。2021年にMasato Hayashiとして復活するという。

僕も恥ずかしながらアルバム1作目『Issue』の「やるしかねぇ」が確か、レイブログの「これから来るアーティスト何選!」みたいな動画で流れてきて、それで知ったんですよ。

Masato:あーそういえばあったねー。

Lucie:その動画でいきなり「普通が何?知らねえ」って。こんな正統派というか、「まっすぐなラップやってる人いるんだ-」って、すごい印象に残ってたんです。

Masato:え、その時繋がった?「これ、Pablo Blastaじゃん」ってなった?

Lucie:いや、僕がヒップホップ好きになったのが高校生とかだったんで、Pablo Blastaを知らずにMasato Hayashiを知るっていう順番だったんです。

Masato:じゃあ、時系列が逆なんだ!面白いな(笑)。

Lucie:そうなんですそうなんです!

で、Masato Hayashiとして復活する過程としては、余暇で作り始めて…みたいな話でしたよね。

Masato:そうそう、子供が寝た余暇時間に作り始めた。

朝6時から仕事行って、20時くらいに帰ってきて飯食って、お笑い番組観てから寝る…みたいな生活をずっと続けてて。日曜は子供を公園連れて行ったり、その生活も十分幸せだったんですけど。

「やっぱり刺激が足んないな」ってなってくるっていうか。でも、嫁さんのお母さんから「真っ当に生きてほしい」って言われてたので、その価値観の上に自分でレール引いてて。

顔を隠して「趣味でサンクラに曲あげるくらいならいいかな」ぐらいで音楽始めてみたいな。

Lucie:なるほど、発散する場所というかね。

Sam:とにかく音楽を作っていたかったんでしょうね。

Masato:そうそうそうそう、マジでそうです。

Lucie:始め方としては本当に娯楽として…ってことですよね。でも、リリックの変化は顕著だと思うんです。

Pablo Blastaの時期は“キラキラしたナイトライフを描写する”っていうバイブスだったと思うんですけど、Masato Hayashiで一気に自分にベクトルが向いたというか、内省的なリリックに変化したなって思って。

Masato:いや…本当にそうね。昔は金もあって悪いこともして、友達とパーティー遊び行って…とかしてたけど。そんな生活から一変して、外に遊びに行かなくなっちゃったんですよ。

普通に仕事して子供の面倒見てってなると、月に使えるお金って本当に少なくなって…ってなると、遊びに行けないし、遊び行っても後輩に奢れないし。だから家に引きこもるようになった。

多分、それで歌詞も内省的な感じになったんじゃないかなと。

Lucie:めっちゃ要因として大きそうですね。

加えて、ビートも変わってないようで変わっているように感じて、選ぶ音にも変化があったと思っていて。結構、タイプビートも使ってましたよね?

Masato:使ってた。あの頃は業界から離れすぎてビートメーカーとの繋がりもなくて、だからタイプビート使うしかないっていうか。

Lucie:なるほど、手段が限られていたが故だったんですね。

そして、年1回は絶対1つプロジェクト出してて、客演に呼んでるアーティストもフレッシュでした。

Miyachiさん、NEED A FLEXさん、Nia Varanさんとか…。若手から実力派まで参加していて「めっちゃいいじゃん」って個人的に思ってたんです。

だけど、個人的には「正当な評価受けれてないよな?」って思っていて…どう振り返ります?

Masato:いや…結局、需要と供給を理解してなかったかなって。

音楽家をマネタイズしてくれるリスナー層の8割は、別に“本当の音楽好き”ではなくて「推しの副産物として聴いてる」みたいな層が大きいから、音楽だけ出したとしても数字にならないのかなっていう。

多分、その頃の俺に何が足りてなかったって…音楽以外の動きがなかったのかな。別にそういうのどうでもいいと思ってたの、正直ね。ただ、音楽をやるにはお金がかかるわけで。

でも、俺みたいな人間は普通に仕事もできないし、悪いことをするにしてもリスクが大きすぎるし、子供もいるし。色々考えたら「やっぱり音楽でお金にしていくしかない」って結論になっちゃって。

Lucie:ううん…それはもう国民性が関わってくるというか…難しい問題ですよね。

結構な葛藤があったと思うんですけど、不思議なのがカバーアートなんです。EPから2枚目のアルバムまでは、全て自分の姿を映したカバーアートだったと思うんですけど…。

なのに『MELANISM』で「いきなり黒猫!?」みたいな。愛猫だったりするんですか?

Masato:いや…そんな深い話じゃないんだけど(笑)。友達の猫が可愛いなと思って。

黒猫って「縁起悪い」って言われてるじゃん。勝手に縁起悪いって言われて、見た人が「あっちいけ」って言うみたいなさ。

Lucie:BUMP OF CHICKENの「K」みたいなね(笑)。

Masato:そうそう。だから当時は「俺みたいだなぁ」みたいに思って。あとは、シンプルに友達の猫が可愛かったから(笑)。

Sam:でも、1作目と2作目は自分の姿だったのに、3作目で外に向いたってことは、心理的に自分のことで精一杯だったところから、ようやく外のことも見れるようになったってことを示してると思いますよ。

Masato:もう完全にカウンセリングですね(笑)。

録音機材に囲まれたスタジオで、笑顔を見せるMasato Hayashiの白黒写真
笑顔で話すMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka

『RAPSTAR 2025』への応募──諦めるための挑戦

Lucie:そんな中、足掻きの一手として『RAPSTAR』に応募したという話でしたよね。

ポーンって「一次審査通りましたよー」っていうメールが来た時、どんな心境でしたか?

Masato:いや、「ダルッッッ」って思った、正直(笑)。

一同:(笑笑笑)

Masato:いや、嬉しいんだけどね?だってさ、その時で33歳だから…なんていうか「よっしゃやったるぞ」っていうよりも「ここから1年、戦いの1年になるのかぁ…」みたいなさ。

Sam:確かに、気ぃ抜けないですもんね(笑)。

Masato:そう…嬉しいんだけど「ダルぅ」みたいな、複雑な感情が入り混じってました(笑)。

変な話、諦めるために応募したみたいなところもあったんです。「これで落ちたら、もう見切りつけられるな」っていうか、「受かりたいけど落ちたい」っていう変な感じだったんで。

Sam:なるほどなぁ…「ダリぃ」良いな(笑)。

Lucie:良いですねぇマジで。

そして、Noshさんのビートに乗った…今はもう「Ain’t No Love」ですよね。この楽曲に関しては「あ、正解だ」って、誰もが思うっていうか。

ボーカルがしっかり前に出せる音だし、メロディアスだし。Masatoさんのためにあったと言っても過言ではないくらいにマッチしてたと思って…え?最初からNoshさん選んだっすよね?絶対。

Masato:うん(笑)。

Lucie:ですよね!もう、合うじゃないですか絶対に。

だけど、Hood StageのChaki Zuluさんのビートに関しては、Jerkだったじゃないですか。最近だとアングラシーンで主流のサウンドですけど…。

Masatoさんの場合、今まで聴いたことないビート感だったから「乗り辛くなかったのかな」って思って…どんな感じで作ったのでしょうか?

Masato:いや、マジ何も考えてなくて(笑)。

あの時期はヒップホップと離れちゃってて、最近のヒップホップのサウンド感とか全然分かってなくて…テクノとか聴いてたし。あれがJerkってことも分かってなかったから。

ただ、グリッドが見えて、そこにラップする感覚でスピットしたみたいな。多分、Jerkに乗せるスタイルではなかったじゃん?

ただスピットしただけだから、今になって思うと「もっとやり方あったな」とは思うんだけど。

Lucie:でも、あそこで「Okay, Okay Okay Okay」ってイケる勇気、マジですごいなと思いましたね。闘志むき出しでヤバかったっす。

RAPSTARのビート選び──「多分、テンポ速い曲の方が良いんじゃない?」

Lucie:そして、Camp Stageでのineedmorebuxさんのビートですよね。

音割れしすぎない程度に歪めたRageというか、あれ以上ガビガビにしたら「0piumのラッパーが乗るでしょ」みたいな感じのRageでしたね。上ネタも808も主張が激しめのビートですから…。

Masato:「なんであれ選んだの?」って?

Lucie:え、そうです!

Masato:いや、最初俺が描いてたのは決勝で何というか…じんわりくるような、壮大なビートで「泣かせるような曲が作りたいな」なんて思ってたの。

Lucie:ってなるとD3adstockさんか、Fouxさんの2択ですよね?

Masato:だよね?

だったんだけど…キャンプ行く前の日に不安になっちゃって、元嫁の家に帰ったんすよ。子供と元嫁と一緒にギューってしながら、一緒に寝て。

で、キャンプ当日の朝に「今日、どういうビート来るんだろうね」みたいな話をしてた時に嫁さんが

「多分、テンポ速い曲の方がいいんじゃない?」って。

Lucie:…え…ちょっと待って、ヤバ。

Masato:なんでそう言ったのか知らないんだけど、嫁さんのそんな一言があって。

キャンプ行ったら俺が1位で、最初にビートを選べることになって…それも俺からしたら予想外だったんだけど。で、その頃には「このビート選んだらコイツ来るだろうな」みたいに大体見えてくるじゃん?

だから、ineedmorebuxを選んだらPxrge(Trxxxper)が来ることはわかりきってるじゃない?(笑)

Lucie:絶対に来る!絶対に来るもん(笑)。

Masato:でしょ?(笑)だから、最初はそれこそD3adstock、Fouxだと思ってたんだけど。

“24時間で作らないといけない + レコーディング1時間”ってなると、「テンポ感遅めだから、メロ入れた方がいいよな」とか考えて。

でも、メロ入れるってなると、妥協できなくなるから沼入るんじゃないかって思って。その時に嫁さんの「テンポ速めがいいんじゃない?」っていう言葉がポンって出てきて。

キーボードの隣に座り、片手を胸元に上げて笑うMasato Hayashiの白黒写真
スタジオでの取材風景。 Photo: Suguru Tanaka

Lucie:うわぁ…(感動)。

Masato:そう(笑)。最初は俺の色じゃないしナシだったんだけど…「もう行ったれ」って。

Sam:そこで行けるの、中々な勇気ですよね。

Masato:本当に俺の元嫁の声って、土壇場でちゃんと正解に導いてくれるんですよ。なんか不思議なんです。

Sam:何か導かれてますね。だって、急に嫁さんの家に帰ってるんですもんね?

Masato:そうです。引っ越したばかりの家で「これから戦いに行くんだから、家族でほんわかしてる場合じゃない」って、1人で戦いに行く気持ちを作ってたんすけど…。

やっぱ、会いたいなって思って。

Lucie:マジか、裏のMVPがいたんですね…すごいわ。

『RAPSTAR』出演後の影響、評価が可視化されたゲリラライブ

Lucie:何回見てもいいですね、ファイナルステージ。

あのファイナルステージ全体で見ても、ハイライトがいくつかあると思ってて。Pxrgeさんの「魔王かな?」みたいな登場とか、Sonsiさんのミスとか色々ありますけど…。

やっぱオリーブオイルを掲げるMasatoさんの姿ですよね、外せないです(笑)。…何でそもそもオリーブオイルに行き着いたんですか?

Masato:いや、オリーブオイルがこんなにフォーカスされるとは思ってなかった(笑)。

キャンプステージで飲んだんだけど。普段からレコーディングの時に喉を潤すためだけに使ってて。本当はカメラで撮られたくなかったんです、ダサいから(笑)。

なんだけど…1回オリーブオイル飲んだ時に「ちょっと、もう一回飲んでもらっていいですか?」って言われて、「えぇ…これを?」みたいな(笑)。絶対ウケないと思ってたから少し嫌だったの。

でも、本編見てたらコメント欄が「オリーブオイル、オリーブオイル、オリーブオイル」ってめっちゃ騒いでたっていう。

Sam:でも、アーティストさんだと普通にいるっすよね。ヒップホップ関係無しに業界だと普通のことというか。けど、リスナーの人は知らなかったから珍しく見えたんでしょう(笑)。

オリーブオイルの差し入れとかありました?

Masato:ええ、もう業者から自家製のオリーブオイル届きました(笑)。

Lucie:アツっ!

目にも留まらぬ速さであれよあれよと過ぎていき、準優勝という結果で有終の美を飾ったわけですけども…その後のMasatoさんは、同じMasato Hayashiではあるんですけど、でも違うというか…変化が訪れたんじゃないかと思っていて。

内省的だったところから、もっと殴りに行くためのファイトミュージックになって、“ザ・男が惚れる男”みたいな存在に進化した気がしていて、ご自身でどう思いますか?

Masato:何だろうな…。

でも本当に、ずっと内省的なヤツやってたから飽きて「次コレやって、飽きてからコレやって」…っていう、ただの気分だと思うんだよね。

その時の自分の中での流行り、一番作って気持ちいいものを作ってるだけで。俺って「こういうモノを作らなきゃ」で上手くいった試しがないから、やりたいことをやらないと。

逆に、次のアルバムは内省的なのが多いかも。バチバチしてるのもあるけど。

Lucie:ええ!?逆に?でも、アルバムにグラデーションがあるっていうのは、Masato Hayashi史上だと結構新しいアルバムになりそうですね。

Masato:でも、今の時代とマッチしてない感じはあるけどね、次のアルバムも(笑)。わかんないけど。

Sam:いや、今は何をやってみても、リスナーはMasatoくんの音楽として見てくれますよ。

知り合いのラッパーが「自分の声にリスナーを慣れさせるのが重要だ」って言ってた人がいるんですけど、その“慣れさせる段階”がもう終わったと思うんで。

Lucie:確かに!それが『RAPSTAR』で終わってた、っていうね。

Masato:だから…『RAPSTAR』出といて良かったぁみたいな(笑)。どちらかといえば、前まで馬鹿にしてたタイプだからね。

結構、何人かに言われたんですよ。「お前マジであれ出るの?ヤバいよお前」とか言われてたんですけど、決勝行ったら手のひらクルックルで(笑)。

まぁでも、俺がやることには信念があるからダサいもクソもないっていうか。自分の正義が貫けてれば、問題無い。

Lucie:「『RAPSTAR』以前から評価されてないのがおかしかった」なんていう意見もネット上では幾度となく散見されてますから、改めて実力が証明された絶好の機会でしたよね。

その評価が可視化されたのが先日のゲリラライブだと思っていて、帰った後も「Ain’t No Love」が響き渡るっていう。

Masato:あれも実はナーバスだったんだよ。始まる前は「来ねえだろう」とか言ってたら「ええ!?」みたいな感じだった。

Sam:渋谷警察署の前でしたよね?最初聞いた時、俺「渋谷警察署!?」ってなって。

Masato:元々、渋谷でゲリラライブをやるなら、渋谷警察署の前とは考えていたんですけど。したら、たまたま公式でゲリラライブできる場所が警察署の前しかなかったっていう。

Lucie:でも、自信つきましたよね、絶対。

Masato:自信ついたね。「俺、今こんなになってるんだ」って思った。

売れてない時期が長かったし、信じきれなかった。SNSで良いって言われても再生数が回っても、変に冷めてたっていうか「どうせすぐ終わるんだろう」って思ってたんだけど。

あのライブでオフラインで皆を見て、「俺ってアツいんだ」ってちゃんと確認できた。

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現行のシーンに対する考え、サイファーに対する発言の真意

Lucie:ちょっとこれに関しては、シーンに対する考え的なものを聞きたくて…。

最近のCypherに対しての意見とか、配信の一部がネット上で出回って物議を醸していたと思うんですけど。現行のサウンドに対する考えとかって…。

Masato:いや、大前提として今のヒップホップは大好きなんだよね。

例えば、今のアングラシーンとオーバーグラウンドがしてるラップで「こんなのヒップホップじゃねぇ」って言い合ってるとするじゃん。それはパンクがメタルとかに「こんなのロックじゃねえ」って言ってるようなもので…ジャンルだの手法だの、その論争に意味なんて無いんだよ。

マンブルも全然いいと思うし、1つの音楽ジャンルとして成り立ってるから。だけど、そこに逃げてるやつも多いなって思って、「もうなんでもありやん」ってなっちゃうっていうか。

別になんか、究極言っちゃうと聞き取れなくてもいい。いいけど…それってぶっちゃけ誰でもできるんだよね、正直。「じゃあ、俺の宇宙人語のやつ聴かせてあげよっか」みたいな。

ただ、しっかり日本語っぽくするってなると、結構形が変わっちゃう。「じゃあ、マンブルで言ったほうがいいかな」ってすると、音的には良いんだけど伝わらないし。そのバランス感を俺だって全然勉強してるし。

つまり、マンブルでそれっぽくやってもいいんだけど、それを「俺らが正解だよ」みたいなこと言われちゃうと「え?」ってなる。

結局、音楽って伝えるもんだし、否定してるわけじゃないけど、話者として話してる以上はね。それで「Masatoのラップは老害ラップで、俺たちが正解だ」って言うのは、ちょっと…違うんじゃないかなって。

Sam:多分、マンブルって十分にラップができる人が取り入れる応用みたいな感じですもんね。

Masato:ライブ配信の時はそれを伝えるのが難しくて…別に伝える必要もないんだけど。

あの時はね、先に言われてたの俺が。「お前のラップは化石だ」みたいなこと言われてたから「じゃあ言うけど」みたいな感じで話し始めたの。

今の時代って、発信される情報が断片的すぎるから皆の捉え方がバラバラで、違う意図で伝わってたとしても、否定できないっていう。普通に最悪だし、SNSも行くとこまで行ってるなぁって…。

Lucie:うん、私もちゃんと嫌いです(笑)。

Masato:「最先端のヒップホップをわかってねぇ」みたいに言われちゃうと「いや、そうじゃないし」って思っちゃうし。

Cheとか全然聴くし、マンブルなんて最初期から聴いてきてるし…何ならラップ以外も聴くんだから。各々自由に聴けばいいし、やればいいじゃんって思う。

Lucie:今はラッパーも多様化しすぎて「ラッパーって何だろう?」って、最近疑問に思ってて。多分、Masatoさんは今のシーンを客観的に外から見れると思うんですよ。

どう思います?ラッパーって何なんでしょうね。

Masato:まぁでも、ヒップホップって時代とともに形変えるじゃん。明確に「これがラッパーです」っていう答えは無いのかもとも思うけど…。

Sam:でも、Zeebraさんは「どんなヒップホップを歌ってるかじゃなくて、歌ってる人がヒップホップかどうか」って言ってたな。

Masato:本当、そうかもしれないです。ジャンルよりも歌い手がどんなライフスタイルで、どういう人なのかってところな気がする。

Lucie:うーん…「音で評価してほしい」っていう願望を、私はずっと抱いてはいるのですが…。

最近、最終的にヒップホップって「音だけで評価って不可能なのかもしれない」って思い始めてて。結果、ヒップホップも属人性が高い音楽ではあるんですよね…曲の中で自らを語るわけですから。

だから、『RAPSTAR』に文句言う人も増えてきましたけど、もしかすると…その意見もお門違いなのかもしれないなって思ってきてます。あくまでも私の意見ですけど。

リスナーへのメッセージ、ヒップホップとの向き合い方

Lucie:あと、最近私が「今後、日本でヒップホップを廃れさせないためには」って考える中で、“リスナーのヒップホップへの向き合い方”を問題視するようになったんです。

リスナーに届けておきたいメッセージとかあります?どのように向き合ってもらいたいですか?

Masato:そうだね。リスナーから結構言われるのは、俺に対するコメントとかに対して「相手しなくていいですよ」って言われるんですけど…。

俺は1個1個正面から向き合いたいタイプで、誤解されてると「そんなことねえよ」って言いたくなっちゃうんですよ。それを我慢して余裕こいてるのも俺らしくないし。だから、俺は向き合おうって決めてて。

そんなヤツらに言ったとて伝わらないかもしれないし、確かに「冷める」って気持ちはわかるけど。アーティストっぽいアーティストになる気も無いし、俺は俺らしくいたいから。

あとは、普通に営業妨害(笑)。

Lucie:なんか「再生回数買ってる」とかも最近言われてましたよね。

Sam:そもそも、再生数って買えんの?(笑)

Masato:いや、俺からしても「買えんの?」って感じなんですよ(笑)。

ソイツらの「買ってる!」って断言する声がデカすぎて、「俺=再生数買ってるヤツ」みたいなイメージ付けられてて。普通に営業妨害だし、損してるのは俺側だけだし。

Lucie:開示だな。

Masato:あと「コメントも消してる」とか…消すわけない(笑)。リスナーが報告してくれて消えてるらしい?んですけど。

俺、YouTubeにコメントなんてダサくてしたくなかったのに、コメント欄に「YouTubeに問い合わせるんで、スクショして俺のGmailに送ってください。何が起きてるのか調べるんで」って書いて。

そしたら、メールも返信も来ないし…「コイツら何なんだよ」って思って(笑)。

公の場で意見を書くっていうのは、SNSだからしょうがないんだけど…「お前の一言で結構人生変わっちゃうからね」っていう。クソガキのいじめと変わんないよって。

それはなんか、結構マジで言いたい。

Lucie:相手の背景を考える想像力が著しく欠如してますよね。最近、日本のヒップホップが成長するにつれて、その傾向がすごく顕著になっていると思ってて…。

Masato:ヒップホップはマジでそう。なんか、ヒップホップとサッカーは結構コメント欄荒れるよね。逆に言ったら、それだけ熱狂的なのかなとも思うけど…。

Sam:確かに(笑)。サッカーと音楽のアンチ感はちょっと似てますね。

『Iconic』と、ヒップホップを「路上の立ち話」と呼ぶ理由

Lucie:では、そろそろインタビューも終盤なのですが…。

シーンを繁栄させるために、そしてシーンで活躍し続けるために、これからどんな動きを考えていますでしょうか。

Masato:そうだな…ただ、これも自分で矛盾してるとは思ってるんだけど…。

やっぱ、新しいモノを否定しすぎると衰退するのかなと思ってて。衰退したジャンルって、新しいモノを否定して昔ながらの手法に固執しすぎると、進化が止まると思ってるから。

新しいモノは認めていきたいけど…かといって、枠を全部失くしちゃったら「何でもありじゃん」みたいな状態になるし、それもシーンの衰退に繋がる気がしてて。

すごいバランスが難しいと思ってて…「新しいモノを否定しないけど、ちゃんと古いモノも認める」みたいなスタンスが、シーンをずっと生き長らえさせるって思ってるかな。

Lucie:「故きを温ねて新しきを知る」、温故知新ですね!

Masato:そうそう。結局リスペクトないヤツは、何やってもダメだと思うマジで。

Sam:マジで、いろんなOGの人たちにインタビューしても「結局、人間性だ」って口を揃えて言いますもんね。リスペクトは絶対に大事。

Lucie:いやぁ…大いに同意ですね。

では、最後の質問かなって感じなんですけど…9月に出た新アルバム『Iconic』は、どんなアルバムだったと振り返りますか?

作品情報:Masato Hayashi『Iconic』は2026年9月2日配信、全19曲。TuneCore Japanの作品情報・配信リンク。

Masato:今回はまぁ…でも、本当になんだろうな。毎回コンセプトは決めてなくて。

強いて言うなら、『RAPSTAR』の期間が終わって…アルバムを作り始めて、今に至るわけなんだけど、その期間の俺が見れるアルバムかもね(笑)。

Lucie:ああ、じゃあ「こういう生活してんだな」って、曲を聴けばMasato Hayashiの生活を覗き見ることができるということですね。確かに…。

Masato:結局、ヒップホップって“路上の立ち話”だと思ってて。

「俺、こんなこと起きたんだよね」とか「こんなこと聞いてさぁ」みたいなことを上手く、面白く話してるだけっていうか…だから、このアルバム聴けばその期間の俺がわかるね。

アルバムで言うことも変わるし、矛盾したりもするし…俺の変化もわかると思う。

Sam:“ヒップホップは路上の立ち話”…めちゃくちゃカッコいい(笑)。

ワンマンライブで確かめた声、「みんなを信じてます」

Sam:9月23日に、東京でのワンマンライブを大盛況のうちに終えたということで…どんなステージでしたか?

編集注:東京ワンマン「暴走東京」は2026年9月23日、Zepp Shinjukuで開催。質問中の日付表記をABEMAの公式告知に合わせた。

オレンジ色の照明を背に、前かがみでマイクを握って歌うMasato Hayashi
Masato Hayashiのワンマンライブの一場面。 Photo: Suguru Tanaka

Masato:まず「俺は声が続くのか否か」が、今回でわかりました。

ロングステージで最後まで歌い切れるのか…っていう点があって、それによっては今後のライブにおける規模感とかも決まってくるんで…結構挑戦でしたね(笑)。

Sam:結構なOGでもワンマンだと終盤に声飛ばしてます。最後の15分、20分は勝負ですよね。

Lucie:もう本当に…ずっと挑戦してる(笑)。

Sam:でも、本当にお客さんの扱いが本当に上手いですよね。なんか言い方アレかもしれないけど、オタクのコール&レスポンスくらいに連携が取れてる(笑)。

Masato:俺からしたら、お客さんって子供とか友達…同志みたいな感覚なんです。「人生楽しくしていこうぜ」みたいな意志を共有するための仲間なんですよ。

最近はもう…オーラで言うみたいな感覚です。「ここ歌うでしょ!」みたいな…お笑いもそうですけど「ここが笑い所ですよ」っていう空気感を伝えるようにするっていうか。前までは半信半疑だったんですけど。

俺がリスナーをちゃんと信じられるようになったから、自信持って託すことができるようになったっていうか。みんなを信じてます。

Lucie:ヤベぇ…らしいですよリスナーの皆さん。大阪のワンマンに行く予定の方も、ライブ全力で楽しみましょう。

Masato Hayashi「ONE MAN LIVE in OSAKA」の告知画像。GORILLA HALL OSAKA、開場17時・開演18時と記載
Masato Hayashi「ONE MAN LIVE in OSAKA」の告知ビジュアル。公演は2026年11月8日(日)、GORILLA HALL OSAKAで開催。開場17:00、開演18:00(主催者の公演情報)。画像内の「WED」は曜日の誤記。

では、今日はこの辺でインタビューを終了いたします。ありがとうございました!

録音スタジオで、サングラスをかけた人物と同席者が椅子に並んで座る白黒写真
Masato Hayashiのインタビュー時の記念写真。 Photo: Suguru Tanaka
ライブ写真をさらに6枚見る(Photo:Suguru Tanaka)
青い照明のステージで歌う出演者と、スマートフォンや手を掲げる観客
客席から見たMasato Hayashiのワンマンライブ。 Photo: Suguru Tanaka
青い大型スクリーンの前で、2人の出演者がマイクを持って歌うステージ
青いスクリーンを背に共演する2人の出演者。 Photo: Suguru Tanaka
大型スクリーンの前で、白いTシャツ姿の出演者と柄物の長袖を着た出演者が並ぶステージ
白いTシャツ姿の出演者と、隣でマイクを持つ出演者。 Photo: Suguru Tanaka
青い照明の下で、3人の出演者がマイクを持って歌うステージ
3人の出演者が共演するライブの一場面。 Photo: Suguru Tanaka
白いTシャツ姿の出演者がステージ前方で歌い、後方にも出演者が立つライブの場面
ステージ前方でパフォーマンスするMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka
ステージ前方で身をかがめ、観客に手を伸ばしながら歌うMasato Hayashi
客席に向かってパフォーマンスするMasato Hayashi。 Photo: Suguru Tanaka

Closing Note ~ Bennu、再び立ち上がる者 ~

“現実”という嵐に羽を濡らされ、灰に顔を埋めてきたMasato Hayashiは、何度となく転生を繰り返し続けた。その末に、ようやく私たちは、黒い翼を広げシーンの上空を舞う彼の姿を拝むことができたのだ。

インタビュー中、スタジオの照明がハイライトを落とす彼の眼には、未だに少年のような清らかさが残る。しかし、慎重に言葉を選んで話そうとする彼の姿勢からは、複雑に入り組んだ過去の経験から来る思慮深さも見ることができた。

その少年と大人の間を行き来する“危うさ”がMasato Hayashiの人間臭さに繋がっており、作品に彼ならではの情緒や深みを生み出している。数多のリスナーが魅了される理由が、改めて理解できた気がした。

今回のアルバムは、ついに復活を遂げた彼の大きな鼓翼。ワンマンに参戦する予定のリスナーたちには、酸いも甘いも一通り嚙み分けてきた彼から発せられる波動を、是非とも全身で感じ取っていただきたい。

最後に、不死鳥伝説とも結び付けられるのが、エジプト神話に伝わるBennu(ベンヌ)だ。再生を象徴するこの霊鳥の名は、「昇る」を意味する動詞に由来すると考えられている(Global Egyptian Museumの解説)。

なるほど、如何にも彼らしい。

取材・文:Lucie/取材参加:YTG/Sam
Photo:Suguru Tanaka

取材と補足資料について

本記事の中心となる情報源は、HIPHOPCsが行ったMasato Hayashi本人への取材です。経歴の振り返りや人物評は本人の証言・見解として掲載し、作品情報や公演日程などの補足には以下の資料を参照しています。

作品・公演・編集注の出典を見る(5件)

補足資料の確認日:2026年11月6日。公演情報は主催者の最新案内をご確認ください。

本人取材をさらに読む:HIPHOPCsの独自インタビュー一覧。

Masato Hayashiの公式アカウント