MC TYSON「SANAE TAKAICHI」歌詞を読む フックと3人のヴァースは何を語るか
2026年9月30日の夜。MC TYSON(エムシー・タイソン)が「SANAE TAKAICHI」のミュージックビデオを出した。客演はSIMON(サイモン)とReichi(レイチ)。曲名は、高市早苗首相の名前をそのまま置いたものだ。
MVが出てから、Xで賛否が割れた。歌詞の歴史観を批判する人がいて、3人の表現を支持する人がいた。同じタイムラインに、両方が並んだ。
で、筆者はまず歌詞を全部読んだ。本人がYouTubeの概要欄に全文を置いているからで、以下の歌詞の引用はすべてそこからだ。読んでみると、騒ぎの印象と曲の中身は、思っていたほど重なっていない。
7月に音源、9月にMV
曲はアルバム『THE MESSAGE 7』の11曲目。アルバムの配信は7月7日で、全11曲、French Montana(フレンチ・モンタナ)が入った「NISSAN」も収録されている。つまり曲自体は3か月前から流れていた。Xで賛否が目立ち始めたのは、MVが出てからだ。
MVは4分32秒、監督はKai Yoshihara(カイ・ヨシハラ)。10月15日の時点で再生は9万回を超えている。概要欄の最初にあるのは、12月7日の横浜アリーナ単独公演「BAYSIDE STORY」の告知。歌詞はそのあとに続く。
本人は10月4日、自身のX(@MCTYSONOFFICIAL)で声明を出した。「『SANAE TAKAICHI』に色んな意見があるのは見てます。賛成も反対もあっていい」。続けて「俺は政治思想を誰かに押し付けるために音楽をやってるわけじゃない。今の日本を見て、自分が感じたこと、自分なりの愛国心をHIPHOPとして表現しただけです」。そして「HIPHOPだからこれを言っちゃダメ、これを歌っちゃダメ。俺はそっちの方が違和感ある」。最後は「音楽は自由。俺も自由。あなたも自由」だった。
フックは「日本が世界一」。1番は「ギブミーチョコレート」から始まる
フックは8行ずつの型が二つあって、曲の中で組み合わせて繰り返される。どちらも最初の2行で高市早苗の名前を「高い位置」と韻で結び、後ろの4行は英語で日本に呼びかける。違うのは3行目と4行目だけ。片方は「赤い血」から「日本が世界一」へ行き、もう片方ではその2行が、自分に言い聞かせる言葉になる。国に向いていた視点が、ふっと自分に戻る。
1番はMC TYSON。入りは、祖父が最初に覚えた英語が「ギブミーチョコレート」だった、という記憶だ。そこから80年という年数、白旗に昇った日の丸という戦後の情景、日本代表のサッカーを思わせる言葉が並ぶ。終盤は片道切符、神風、勝つまで何度でも立ち上がれ、と続く(概要欄の表記は「方道切符」)。ちなみに歌詞は「80 years」と歌うが、2026年は終戦から81年になる。
批判は、ここを読んでいる。アヤセキヨタカ氏(@Kiyotaka_Ayase、10月3日)は「歌詞があまりにも酷い」と書き、「特攻すら賛美する、戦争で世界一を目指す軍歌のように聞こえます」と続けた。いいねは666。編集者の藤井セイラ氏(@cobta、10月4日)は、「焼け跡から出発した=被害者性を前面に押し出すことでみずからの加害を透明化する」「ギブミーチョコレート=アメリカの加害の無化と無批判な崇拝」、それが「あの愛国ラップを貫いてる歴史観」だと書いた(いいね621)。藤井氏が出演するポリタスTVも、10月4日の配信でこの曲の歴史観を取り上げている。
擁護の側は、歌詞そのものより、歌った3人と周りの反応を見ている投稿が目立つ。今野英明氏(@RtKongchang、10月7日)は「音楽業界では『反自民』『反高市』がデフォルト(体制)。だから『SANAE TAKAICHI』という曲を出したMC TYSON達は、袋叩きにあってる」。いいねは1,538で、今回拾った中ではいちばん多い。ano_ano氏(@ano_ano_ano、10月4日)は「外国にルーツを持つ3人が日本と高市を称賛することで、ロックやヒップホップは反権力・反体制であるべきという窮屈な枠をぶち壊すという、本来のロック・ヒップホップ精神を体現している」と書いた(いいね1,023)。
2番、SIMONは「右でも左でもねぇ」
2番はSIMON。ボリビアで生まれて、東京で育った。2025年11月26日に出たアルバム『IDENTIDAD』の公式の紹介文も、その出自を作品の真ん中に置いている。
ヴァースの頭から、それが出る。「アンデスの風にまたがり 極東の島国」。続けて「混ざった二つの血が 一つになる意味」。場所は護国寺と渋谷の宇田川。東京の地名で、きっちり固定される。
そして終盤。筆者がこの曲でいちばん引っかかった一行が来る。「右でも左でもねぇ ブチ抜くド真ん中」。
曲名が首相の名前で、フックが「日本が世界一」なのに、2番の客演は左右の区分そのものを拒む。矛盾とまでは言わない。ただ、同じ曲の中に性質の違う言葉が同居している。筆者には、そこに少し距離があるように聞こえた。
3番、Reichiは「ママは海超えこの島でファイティン」
3番はReichi。大阪のラッパーで、2016年にラップを始めて3か月ほどで高校生RAP選手権に出て、2018年2月のミニアルバム『JKはブランド』でデビューした。Real Soundの2020年9月18日のインタビューに、当時20歳で翌年1月18日に21歳になる、とある。数えると、いまは26歳。ヴァースの「26の夜にあげる産声」は、その年齢と重なる。
ヴァースは、まず男女の区分を否定して、自分にボスとして振る舞えと言うところから始まる。序盤に「ママは海超えこの島でファイティン 私も強くなる」。海を越えてきた母の話だ。そのあと「まず周りの仲間助けれんやつに この国この先をどう守れる?」と、目の前の仲間と、この国の先行きがつながる。後半で「私は性別言い訳にしない きてる女が上にたつ時代」。冒頭の性別の話が、ここでもう一度出てくる。
首相の名前も政策も、このヴァースには出てこない。国への言及は、上に書いたぶんだけだ。Xでは、ギャル陰②氏(@oknkdi、10月4日)がこう書いていた。「高市早苗の政治方針については一切言及せずにただ男が上に立つのが当たり前の時代を壊して女の自分が1番になるっていうことを歌っているだけなのに曲名だけ見て『高市礼賛ラップやってる』とかふざけすぎでしょ」(いいね443)。今回拾った投稿の中で、3番の中身に具体的に触れていたのは、これだけだった。
3人の出自と、曲名のあいだ
MC TYSONは1991年、大阪市住之江区の生まれ。所属レーベルの公式プロフィールは「決して恵まれたとはいえないタフな幼少期」とだけ書いている。父がエジプト人で母が日本人、というのはラッパーのプロフィールを扱うサイト「PUCHO HENZA」などが伝えている話だ。
文筆家の栗原裕一郎氏(@y_kurihara、10月3日)はこう書いた。「各所に狂乱を巻き起こしている問題作。曲は面白いとは思わないが、3人が3人とも海外ルーツを持つラッパーだというのが興味深い」。栗原氏はMC TYSONをエジプト、SIMONをボリビア、Reichiをフィリピンとしている。ただReichiについては、本人の公開情報で確認できなかった。だからこの記事では、歌詞にある「海を越えてきた母」までにしておく。
その上で3つのヴァースを並べると、どれも「自分がこの島にいる理由」の話をしている。1番は祖父の戦後から。2番はアンデスから。3番は母の海から。曲名とフックは首相の名前を前に出すけれど、3つのヴァースはどれも、具体的な政策を論じていない。「日本が世界一」というフックは、その3つの私的な話の上に乗っている。
批判の投稿が向いていたのは、歌詞の軍事的な表現の受け止めと、戦後史の語り方だ。「表現の自由」を持ち出したのは本人の声明と擁護の側だ。少なくとも、ここで取り上げた批判の投稿は、曲を出すこと自体ではなく歌詞の中身を問題にしていた。ここは混ぜないほうがいい。
同じ週には、千葉雄喜の『ジョジョ』エンディング曲をめぐっても、日本語ラップのあり方が議論されていた。ただ、あちらの論点はアニメ作品と曲の相性で、こちらで問われているのは歴史観。同じ週に2つの曲が、別々の理由で「ヒップホップとは何か」を問い直すきっかけになった。
曲名と、3人の個人的な話
フックは国を語る。でも3つのヴァースに置かれているのは、ひとつのラジカセと、たたんだパスポートと、母が越えた海だ。
歴史観への批判もあれば、「歌っていい」という擁護もある。ただ、歌詞を全部読んで筆者に残ったのは、曲名とフックの強さに比べて、3つのヴァースがずいぶん私的だということだった。首相の名前は、その私的な話に貼られたラベルのように見えた。
MC TYSONは12月7日、横浜アリーナに立つ。8月のBATTLE SUMMIT IIIに出たとき、本人はInstagramで「俺の人生初のラップバトル」と書いていた。アリーナでこの曲をやったとき、フックを会場が合唱するのか。それとも2番の「右でも左でもねぇ」がいちばんの歓声を取るのか。筆者はそこを見に行きたい。
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画像:MC TYSON『THE MESSAGE 7』ジャケット(Spotify)
※引用したXの投稿はすべて原投稿にリンクし、投稿日は日本時間で記した。「いいね」の数は2026年10月15日時点の値で、X全体の賛否の割合を示すものではない。