漢 a.k.a. GAMIとは──新宿から「出る場所」を作り続けたラッパー
漢 a.k.a. GAMIは、東京・新宿を拠点にMSCを率いてきたラッパーである。2002年のEP『帝都崩壊』、B BOY PARKのMCバトル、ソロ作品、ULTIMATE MC BATTLE(UMB)、9SARI GROUP、『漢 Kitchen』まで、音源、競技、組織、映像を別々の仕事にしなかった。
20年以上前に既存のバトルへ異議を唱えて大会を作った後も、漢は主催者側だけに退かなかった。2018年に戦極MCBATTLE第18章で優勝し、2026年にも大規模大会へ出場者として戻っている。
漢の核心は、出るだけでなく、次の人が出られる場所を作ってきたことにある。 UMBを提案し、9SARI GROUPを設立し、KING OF KINGSへつながる大会を組み、『漢 Kitchen』では料理と対話を入口にラッパーを別の観客へ運んだ。本稿は、その場所が本人の手元に残ったかどうかも含めて追う。
漢 a.k.a. GAMIの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名義 | 漢 a.k.a. GAMI |
| 別名義 | 漢、GAMI、川上国彦(本名) |
| 生年月日 | 1978年6月7日 |
| 出身・拠点 | 新潟県生まれ/3歳頃から高田馬場、中学から北新宿。東京・新宿を活動拠点とする |
| クルー | MSC(旧MS CRU、2000年〜)。漢のほかTABOO1、PRIMAL、O2、GO a.k.a. G-PRINCE |
| レーベル・法人 | Libra Records(過去の所属)/株式会社鎖GROUP(裁判記録では2011年に会社設立、2020年に代表取締役を辞任)/鎖GROUP・9SARIのレーベル活動(2012年〜)/BLACK SWAN(佐藤将が2011年設立。2014年、鎖グループを母体にDARTHREIDER代表で再始動) |
| 主催イベント | 「お黙り!ラップ道場」(2004年)からULTIMATE MC BATTLEへ発展(2005年/現在の主催はLibra Records)、KING OF KINGS(9SARI GROUP/2015年初開催、この名義は2016年から) |
| YouTube | 漢 Kitchen チャンネル(本人による公式表明は未確認) |
MSCとは、誰のことか
漢の名前は、ほぼ必ずMSCとセットで出てくる。ではMSCとは誰か。
2026年1月に『MATADOR』と『帝都崩壊』をアナログ再発したP-VINEは、メンバーをこう表記している。
「KAN(漢 a.k.a. GAMI)、TA-BOO(TABOO1)、PRIMAL、O2、GO a.k.a. G-PRINCE」(P-VINE)。漢を含めて5人。彼はその筆頭に置かれている。
出発点は自主制作である。デモCD-R『M.S.C.D.001』と、ヒップホップ専門誌「blast」の連載から生まれたコンピレーション『homebrewer’s vol.1』への参加で名前が知られた。
そこから2002年のEP『帝都崩壊』(MS CRU名義)、2003年のアルバム『MATADOR』(MSC名義)へ進む(同)。
その『帝都崩壊』を出したのはピーヴァインレコードで、品番はPCD-4241(OTOTOY)。この社名は記事の後半でもう一度出てくる。
雑誌の連載企画から出てきた新宿のクルーが、20数年後にレコードで戻ってくる。
客演を見ると、このクルーの立ち位置が見える。
『MATADOR』では「ALERGY」に志人、「MASTA PIECE (TO MILITIA)」「FREAKY 風紀委員」「MATADOR OFFICE」にDJ BAKU(同)。新宿の路上を書いたレコードに、アンダーグラウンド側の書き手とDJが並んでいる。
再発された『帝都崩壊』は5曲入りだ。「INTRO」「幻影」「満月の挽歌」「快感」「構造改革 Remix」(同)。
新宿という単位で動く
漢の活動は、いつも新宿の地理とセットで語れる。
デビューEPの『帝都崩壊』が描いたのは北新宿。2014年に開いたスタジオ・カフェ併設の「鎖オフィス」も新宿。2020年に大麻所持の疑いで逮捕された現場も、報道によれば新宿区内である。
2024年6月8日・9日には『漢 Kitchen Fes』を歌舞伎町のシネシティ広場で開いた。入場無料。フードフェス側の正式名は「漢 Kitchen FOOD Fes.」だった(DISCOVERY KABUKICHO)。
この場所について、本人はBillboard JAPANのインタビューでこう言っている。
新宿でヒップホップをするなかで、歌舞伎町はひとつ、舞台として絶対に押さえたい場所とはいえ、まさか”食フェス”のような形でいちばんデカい押さえ方をするとは思わなかった。
— <インタビュー>漢 a.k.a. GAMIが今だからこそ語る『漢 Kitchen』(Billboard JAPAN、2025年)
本人はヤンチャンWebの鼎談で、新潟県で生まれ、3歳頃から高田馬場、中学から北新宿3〜4丁目を地元としてきたと説明している(ヤンチャンWeb)。この本人記録は新潟県内の市町村までは特定していないため、本稿もそれ以上を補わない。活動拠点は作品、事務所、イベントのいずれから見ても東京・新宿に置かれている。
確かなのは拠点のほうだ。新宿を選び、そこから動かない。20年以上その状態が続いている日本語ラップのプレイヤーは、そう多くない。新宿を東京の他地域と分けて読む入口は、HIPHOPCsの東京のラッパー地図(Rap Atlas)にまとめている。
UMBはなぜ生まれたか——「求めてるものが違う」
ここが、漢のキャリアで一番誤解されている部分だと思う。少なくとも大会の制度設計を動かした出発点の一つは、「バトルを流行らせる」という目的より、既にあった型への美学的な不満だった。
2023年10月の音楽ナタリーの対談で、漢はFUNKY GRAMMAR UNIT(FG)のイベントで見たバトルについて、こう振り返っている。
FGのイベントでやってたバトルは、純粋に100%の即興ではなかったと思うんだよね。もちろん、すごい技術のフリースタイルではあるんだけど、すでにそのときには1つの型になってたと感じてた。(中略)俺はもっと自由な形でやりたいと思ってたから、求めてるものが違うんだろうなと思ってたね。
— ジャパニーズMCバトル:PAST<FUTURE hosted by KEN THE 390 EPISODE.2(前編)(音楽ナタリー、2023年10月17日。同記事はぴあ音楽にも配信されている)
同じ違和感を、彼はB BOY PARK(BBP)のMCバトルでも感じている。「BBPのMCバトルで、KREVAやほかのKREVAフォロワーのラッパーからも受けた印象」だと言う。
自分が優勝した大会に対して、である。
ただし、美学だけが理由ではない。2018年に放送された宇多丸との対談で、漢はBBPが揉める形で終わり、翌年は開催されないらしいと知ったことを「お黙り!ラップ道場」の発端として説明した(放送対談の書き起こし)。2016年の知財高裁判決は、2003年のBBPが審査上の不手際で混乱したという経緯を鎖GROUP側の主張として記録している。これは裁判所の認定事実そのものではないため、両者を区別しておく。
対して自分たちのスタイルはこうだ。「俺たちのバトルやゲリラマイクは、『俺の方がカッケーだろ! スキルあるだろ! 強いだろ!』みたいな主張ばっかりだった」。
その「ゲリラマイク」というのが、他人のライブに乗り込んでマイクを取ってしまう、要するに殴り込みである。
「ライブ観てて『しょぼいなー』と思ったら、ライブをジャックしちゃうっていう」。
同じことをやっていた面々として、漢は「俺たちや、般若のいた妄走族、それから当時は朧車(OBORO)だったKEMUI」を挙げている。
つまりUMBは、ショーとして形の整いつつあったバトルへの路上側からの美学的な対案であると同時に、途切れかけた大会と審査運営への制度的な応答でもあった。同判決が裁判所の認定として確認したのは、漢が2004年から2005年に前身大会2回とUMB名義の予選5回を開き、ジャッジシステムと「UMB」の名称を考案したことである。
音楽ナタリーの対談・後編は、漢やMSCのMUSSOらが2004年に「お黙り!ラップ道場」を始め、それが2005年にULTIMATE MC BATTLEへ発展したと記録する。持ち時間制から、規定小節を交互にラップするターン制へ移ったことも同記事が示す。本稿は2004年を前身の開始、2005年をUMBへの発展として分ける。
UMBの2006年公式ブログによれば、初年度の2005年は大阪と東京で計5回の予選を開き、応募は500人を超えた。その後の地域予選網は入口を広げたが、全国展開の全過程を一つの美学的不満だけで説明することはできない。
ただし、資料間には数字の差がある。2016年の知財高裁判決は認定事実の中で、2005年に全国16地区の予選へ500余名が参加したと記す。一方、2006年公式ブログは2005年を大阪・東京の5予選とし、全国各地への拡大を「今年」、つまり2006年の計画としている。二つが数える「予選」の範囲を確定できる資料は見つからないため、本稿は5と16を統合せず、各資料の記録として併記する。
UMB公式サイトは2026年8月25日の再確認時にも2024年大会と予選の表示が中心だった。したがって過去の大会構造を確認する資料として使い、2026年の開催状況を示す根拠にはしない。審査方法や出場人数も年ごとに異なる。
優勝した大会に不満を持った人間は、普通は出るのをやめる。漢は、もうひとつ全国大会を作るほうを選んだ。
本人の不満が、まずターン制を含む競技設計へ変換されたことまでは読める。
そう置くと、2015年の『フリースタイルダンジョン』の見え方も変わる。漢が初代モンスターとして茶の間に運んだのは、テレビ向きに整えられたバトルの、ちょうど反対側にあった感覚のほうだ。
当時、MSCとDARTHREIDER率いるDa.Me.Recordsはあちこちでぶつかっている。漢の言い方だと「ダメレコと俺らがイベントでかち合えば、オープンマイクやバトルでしょっちゅうやり合ってたよね」。
そのダメレコにいたのがKEN THE 390である。20年前に殴り合っていた側が、いま司会と語り手として並んでいる。
上の引用が全部そこから出ているのは、偶然ではない。
出る側から、作る側へ
漢のもうひとつの顔は経営だ。しかもかなり早い段階から、流通を自分の手に握ろうとしている。
法人とレーベルは年を分けて記す。2016年の知財高裁判決は、株式会社鎖GROUP側の主張として、漢が2011年に会社を設立した経緯を収録する。一方、Mikikiの2014年記事は、音楽レーベルとしての鎖GROUPを2012年設立と説明する。会社設立とレーベル活動開始は同じ事実ではないため、本稿は両方の年を残し、日付までは補わない。
BLACK SWANは漢が立ち上げたレーベルではない。A&Rの佐藤将が2011年に設立し、2014年3月に死去した後、漢が9SARIの構造内で存続を決め、DARTHREIDERへ代表就任を依頼した。二つのレーベルは西早稲田のオフィスとスタジオを共有しながら別の名義で動いた(Mikiki/DARTHREIDER本人の告知)。
2018年2月のアルバム『ヒップホップ・ドリーム』も、自社の鎖GROUPから出している。メジャーに預けず、自分のレーベルで出す。
イベントのほうは、同じようには進まなかった。
漢が2005年に立ち上げたUMBは、当時所属していたLibra Recordsの大会である。
鎖GROUP・9SARI側へ活動経路を移した後、漢は別の大会作りへ進んだ。UMBとKING OF KINGSは公式サイトも沿革も分かれている。二つは同じ大会ではない。
自分で始めた大会の名前が、自分の会社の外にある。
この状態には法的な結論がある。鎖GROUPは2014年3月にUMBに似た商標を出願し、同年9月に登録を受けた。Libraが異議を申し立て、特許庁は2016年1月に登録取消しを決定した。鎖GROUPはその取消しを覆す訴訟を提起したが、知財高裁は同年8月10日、請求を棄却した(判決全文)。
判決は、漢が前身大会の立ち上げに関与し、ジャッジシステムとUMBの名称を考案した事実を認めた。その一方、UMB標章は2006年頃以降の継続使用によってLibraの大会事業を示すものとして周知になったと判断した。さらに、鎖GROUPがLibraへ通告せず類似商標を出願し、別大会で用いた行為には、UMBに蓄積した信用へのただ乗りやLibraのDVD販売へ損害を与える「不正の目的」があったと認定し、商標法4条1項19号に該当するとした。ここで確定したのは創設への貢献の有無ではなく、出願時点で標章が誰の事業を表していたかと、当該登録を取り消すべきかである。
そこで2015年、9SARI GROUPとして別の大会を立てた。KING OF KINGSである。初回は9月23日、新宿ReNYで開かれた(Qetic)。
ややこしいのはその名前だ。初回は「UMB 2015 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL」を名乗っている。
2回目から「KING OF KINGS 2016 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL」名義に変えた。
2015年の公式ページは「UMB 2015」、2016年の公式ページは「KING OF KINGS 2016」と記録している。改称理由を推測で補わず、名称が切り替わった事実までを確認する。
レーベルを持つことと、大会を持ち続けることは別だ。
それでも、作る側に回った人間が出る側をやめたわけではない。
UMBを立ち上げて13年後の2018年、漢は他人が主催する戦極MCBATTLEの本戦に出た。決勝で呂布カルマを倒して優勝している。
大会を持っている人間が、よその大会の賞金100万円を獲りにいった。
近年は映像にも回っている。ABEMAオリジナルドラマ『警視庁麻薬取締課 MOGURA』は全6話。般若のドラマ初主演作で、2025年1月9日の夜11時に放送が始まった(ORICON)。
ラップスキルを持つ警察官が、ラッパー集団に潜入捜査を行う話だ。主題歌はNORIKIYO「五月雨」。
企画・プロデュースは引退前の鈴木おさむ。下敷きになったのは、3年前に漢が鈴木に語った実話だという(ABEMA TIMES)。
原案が「素材の提供」で終わらなかったことは、外側の評価に出ている。
同作は第30回Asian Television Awardsのベストオリジナルドラマシリーズ(OTT)部門にノミネート(AbemaTV)。ワールド・メディア・フェスティバル2026では銀賞を受けた(AbemaTVプレスリリース)。
新宿の路上の話を20年やってきた人間の実話が、アジアのテレビ賞の候補作の素材になった。
続編の制作も2026年5月26日に発表された。放送は今冬。原案は引き続き漢が担当する(AbemaTVプレスリリース)。
2020年の逮捕、起訴、不起訴──同じ年の二つの事件を混ぜない
2020年5月2日、漢は東京・新宿で乾燥大麻を所持した疑いで逮捕された。東京地検は5月22日、大麻取締法違反(所持)の罪で起訴した。翌23日付のスポニチは、尿から覚醒剤の成分が検出され、警視庁が覚醒剤取締法違反の疑いで追送検する方針だとも報じた。本人も後のサイゾーの取材で陽性結果を認めている。
法的に確認できる線はここで分ける。スポニチが伝えたのは「追送検する方針」であり、起訴または有罪判決の報道ではない。一方、サイゾーは後に執行猶予付きの有罪判決が下ったと報じ、本人も同じ取材で「懲役1年6カ月、執行猶予4年」と説明した。裁判後に再取材したKAI-YOU Premium後編も、すべての裁判が終わったと記す。ただし、両記事の公開部分は判決対象の罪名を列挙していないため、本稿はその刑を覚醒剤取締法違反の有罪判決とは書かない。
6月5日、本人は株式会社鎖グループの代表取締役を辞任し、「1人のアーティストとしてやり直す」と表明した(音楽ナタリー)。
同年7月6日には、千葉県内の関係先で見つかった大麻をめぐる別件で逮捕された。千葉地検は8月14日付でこの件を不起訴とし、理由は公表しなかった(共同通信配信の記事)。最初の事件の起訴・判決と、二件目の不起訴を一つの処分として書いてはいけない。
音源は止まらなかった。6月26日に「Start Over Again」、12月4日に『Start Over Again EP』を発表した。作品名と法的評価は同じものではない。本稿は曲を免罪の材料にせず、法的経緯と制作の再開を別々の記録として置く。
2024年、膀胱がんの手術とBATTLE SUMMIT II
2024年4月18日、漢は2か月の活動休止を公表した。本人の公式Instagramへの投稿をもとにした日刊スポーツによれば、先の手術で膀胱の扁平上皮がんと判明し、膀胱全摘と回腸導管造設術を選択した。4月23日までに、病室から術後の回復を報告している。公開されていない病期、予後、治療内容を本稿は推測しない。
同年8月14日、漢は国立代々木競技場第一体育館の『BATTLE SUMMIT II』へ出場し、1回戦で般若と対戦した。勝ち上がった般若は、そのまま大会優勝。対戦と日付はKING OF KINGS公式試合映像、1回戦の組み合わせは般若本人の後年の対談、優勝結果はABEMA TIMESで照合した。
手術、活動休止、復帰戦を一続きの美談にはしない。ただ、この順序は、翌年に漢が「病気にもなって」「音楽の方にまったく集中できていなかった」と語るまでの空白を理解するために欠かせない。
その後の医療経過は、本人が明かした範囲だけを追う。2025年2月17日、漢は鎖GROUPの公式Xを通じ、予定より3つ多い計5つのポリープを切除して退院したと報告した(日刊スポーツ)。同記事はそのポリープの病理や膀胱がんとの関係を示していない。2026年4月13日にはInstagramで入院中の姿を公開し、翌14日の退院を報告したが、投稿には病名も症状も記されていなかった(日刊スポーツ)。したがって本稿は、いずれも再発や追加のがん治療とは書かない。
『漢 Kitchen』——ラッパーが台所に座った3年半
2022年11月17日、YouTubeで料理番組『漢 Kitchen』が始まった。初回ゲストはralph。ゲストに縁のある料理を作りながら話す、それだけの番組だ。
Billboard JAPANによれば、チャンネル登録者は2025年11月中旬時点で30万人を超えている。
出演者の集め方が異常だった。本人いわく、出演希望は「『どなた』っていうより、会えばもう全員。舐達麻だろうが、BAD HOPだろうが」。
所属もクルーも世代も違うラッパーが、同じ台所に順番に座る。この番組は日本語ラップの人物相関図そのものになった。
日本語ラップに、レーベルもクルーも関係なく人が集まれる常設の場は多くない。
テレビには尺と規制がある。フェスは年に数回で、しかも同じ日に同じ場所へ来られる人しか映らない。
『漢 Kitchen』はそれを、台所ひとつと定期更新で代わりにやっていた。ここで「唯一」とは断定しない。確認できるのは、30万人を超える登録者と約3年半の更新を持つ常設アーカイブだったことまでだ。
ただ、本人の受け止めは少し複雑だ。
街中を歩いてても女性だったり、これまで以上に幅広い人たちから気づいてもらえるようになった。けど、どうも違和感を感じる声の掛けられ方をするというか。「漢 Kitchenの人だ!」みたいに言われるんだよね。「あっ、俺ってそういう感じなんだ」って。ラッパーであると同時に、”漢 Kitchenの人”になりつつあるんだと。
— Billboard JAPAN(2025年)
終了の告知は2025年10月16日。番組3周年(11月17日)の1か月前だった。本人の言い方は「作りすぎたため来年3月に番組終了します」(音楽ナタリー)。
最後の場は3週間後に決まる。2025年11月6日、『漢 Kitchen Fes. ~Last Dinner Party~』の開催が告知された。
開催後のHIPHOPCsの記録では、GADORO、D.O、Jinmenusagi、SUSHIBOYS、ralph、Benjazzy、MIKADO、Red Eye、G-k.i.d、Charlu、7、Worldwide Skippaが出演し、Sonsiも当日追加された。告知第1弾だけを最終出演者として扱わない。
開催は2026年3月1日、豊洲PIT。番組はその月で終わった。
終了発表後のインタビューで、彼は音楽への回帰を口にしている。
『漢 Kitchen』を始めて、たくさんの人が興味を持ってくれた一方で、僕自身はこの数年の間に病気にもなって、事業展開などにも追われて、音楽の方にまったく集中できていなかったから。(中略)ここからはその集中力をまた音楽の方に使っていきたい。
— Billboard JAPAN(2025年)
この発言が2025年の秋。番組が終わったのが2026年3月。DABOとのタッグでBATTLE SUMMIT IIIに出ると発表されたのが、同じ年の5月16日だ。
番組終了後、次に本人の出場が発表された大舞台が、賞金5000万円のバトルだった。音楽へ集中すると言った人物が、まず競技のマイクへ戻った。
代表作と、配信カタログの見え方
- MS CRU『帝都崩壊』(5曲入りEP/2002年6月10日) — 北新宿を背負うクルーの出発点。作品名であり、「帝都崩壊」という同名曲が収録されているわけではない。Apple Musicには今もMS CRU名義のまま並び、MSCへの改称前の姿がカタログに残っている。
- 「新宿ストリート・ドリーム」(2017年) — 配信シングル(Apple Musicでの配信は2017年3月14日)。2015年6月の自伝、2018年2月28日のアルバムと同じ「ドリーム」を分け持つ曲名だ。ソロが動き出す合図になった。
- 「Start Over Again」(2020年6月26日) — 起訴と代表辞任の直後に出た復帰曲。辞任動画で言った「1人のアーティストとしてやり直し」が、そのまま曲名になっている。同年12月4日のEPで全6曲へ広がり、「Period.」にRYKEYが客演した。
- 「薬年」(MU-TON、漢 a.k.a. GAMI、NIPPS、BAKU/2024年8月24日) — TuneCoreの漢アーティストページで最新リリースとして表示されるコラボ・シングル。作曲はBAKU、作詞はMU-TON・漢・NIPPS、ミックスとマスタリングはLORD 8ERZ。最新の客演参加までを意味するものではない(公式配信クレジット)。
Apple Music日本版の漢名義ページでは、アルバム欄の『導〜みちしるべ〜』(2005年)の次が『MURDARATION (FULL VERSION)』(2012年)になる(2026年8月25日再確認)。だが、これはApple Music上の一つのアーティスト棚についての観測であり、7年余りの録音や配信がすべて存在しないという証明ではない。
同じページにも客演曲とミュージックビデオが別枠で並び、MS CRUとMSCの作品は別名義へ分かれる。Spotifyの公式アーティストページも確認したが、今回取得できた公開表示から全作品を発売順に照合できなかった。サービスをまたいだ「8年の配信空白」とは断定しない。
2026年1月21日にP-VINEがアナログ再発した『帝都崩壊』と『MATADOR』は、それぞれMS CRU、MSCのグループ作品である(再発元の告知)。Apple Musicの漢ソロ名義で見えにくい時期を埋める再発ではない。価値は、初期のクルー作品を同じ版元が24年後にも物理で残したことにある。
したがって問題は「音源が消えた」と一括することではなく、漢、MS CRU、MSC、客演、配信、限定盤へ入口が分かれていることだ。これから聴く人は、一枚のプロフィール欄だけではキャリアの時系列を復元できない。
2026年8月11日、DABOと組んで敗れた
漢 & DABOは『BATTLE SUMMIT III』の1回戦でMC TYSON & YOU THUGと対戦し、判定で敗れた。大会の優勝はOZworld & CHICO CARLITO。HIPHOPCsの現地レポートでは全試合の結果を記録し、AbemaTVの公式結果発表でも開催日、2on2形式、決勝カードと優勝者を確認した。
DABOとの過去の衝突は長く語られてきたが、「幻影」をめぐる経緯を一つの一次資料だけで確定することはできない。したがって、本稿は和解物語を作らず、2026年に二人が同じチームで公式トーナメントへ出場した事実までを書く。
2018年の戦極第18章は優勝賞金100万円、第1回BATTLE SUMMITは1000万円、第3回は5000万円だった。これは漢個人の取り分ではなく、大会が掲げた賞金である。規模が変わっても、漢は主催者だけに退かず出場者としてリングに戻った。今回の1回戦敗退も、その継続の一部である。
その3日後の8月14日、漢は秋田・たざわ湖スキー場の『GarinPeiro FES THE ROOTS 2026』に出演者として掲載されていた。主催者の開催概要は8月13・14日の日程と会場を、J-REXXXのArtist Pass掲載は14日の出演者欄に漢を記録する。ただし、8月25日までに本人または主催者の公演後記録で実演を確定できなかった。本稿での状態は「出演告知あり/実演未確認」である。
漢 a.k.a. GAMI 年表(1978年〜2026年)
| 時期 | 転機 |
|---|---|
| 1978年6月7日 | 新潟県に生まれる。本人によれば3歳頃から高田馬場、中学から北新宿で育つ |
| 2000年〜2003年 | 新宿発のMS CRU(のちのMSC)で活動を開始。2002年に『帝都崩壊』でデビューし、B BOY PARK MC BATTLEで優勝。2003年にMSC『MATADOR』を発表 |
| 2004年〜2005年 | 「お黙り!ラップ道場」を始め、翌年ULTIMATE MC BATTLEへ発展。1stソロアルバム『導〜みちしるべ〜』も発表 |
| 2011年〜2012年 | 裁判記録は株式会社鎖GROUPの会社設立を2011年、Mikikiはレーベル設立を2012年と記録。2012年に『MURDARATION』を発表 |
| 2014年 | 佐藤将の死去後、BLACK SWANを9SARIの構造内で存続させ、DARTHREIDERが代表を継承。EP『9sari』を発表 |
| 2014年〜2016年 | 鎖GROUPがUMBに似た商標を出願・登録。Libraの異議を受けて特許庁が登録を取り消し、2016年8月に知財高裁が鎖GROUPの請求を棄却 |
| 2015年 | 『フリースタイルダンジョン』初代モンスターとなり、自伝『ヒップホップ・ドリーム』を刊行。9月23日に9SARI側の大会を初開催 |
| 2018年 | 2月28日にアルバム『ヒップホップ・ドリーム』を発表。8月11日に戦極MCBATTLE第18章で優勝 |
| 2020年 | 5月の大麻所持で逮捕・起訴され、鎖グループ代表を辞任。覚醒剤成分の陽性と追送検方針も報じられたが、それ自体は起訴または判決ではない。7月の千葉の別件は不起訴。本人は後に懲役1年6カ月、執行猶予4年の判決を説明し、「Start Over Again」と同名EPを発表 |
| 2022年 | 8月31日に第1回『BATTLE SUMMIT』へ出場。11月17日にYouTube『漢 Kitchen』を開始 |
| 2024年 | 膀胱の扁平上皮がんを公表し、膀胱全摘・回腸導管造設術後の回復を報告。6月に歌舞伎町で『漢 Kitchen Fes』を開催し、8月は『BATTLE SUMMIT II』1回戦で般若に敗れ、MU-TON、NIPPS、BAKUとの「薬年」を発表 |
| 2025年 | 2月に計5つのポリープ切除後の退院を報告。原案を担当したABEMAドラマ『警視庁麻薬取締課 MOGURA』が放送され、10月に『漢 Kitchen』終了を発表 |
| 2026年1月〜4月 | 『帝都崩壊』『MATADOR』が初アナログ化。3月1日の『Last Dinner Party』を経て『漢 Kitchen』終了。4月には病名・症状を明かさず入院中の姿と退院を報告 |
| 2026年5月〜8月 | 『MOGURA』続編とDABOとの『BATTLE SUMMIT III』出場が発表され、8月11日の1回戦でMC TYSON & YOU THUGに敗れる。14日のGarinPeiro FESは出演告知あり、実演は未確認 |
漢 a.k.a. GAMIをどう評価するか
漢のキャリアは、新宿を歌ったラッパーの成功史だけではない。MSCで仲間の声を束ね、既存のバトルに違和感を持てばUMBを提案し、レーベルを離れれば9SARIと別の大会を作り、映像では台所を会話の場へ変えた。自分が出る場所と、他人が出られる場所を往復してきた。
その歩みには、確認できる範囲を省略しない2020年の法的記録も、2026年の1回戦敗退も含まれる。都合の悪い事実を消さず、それでも作品と場作りがどう続いたかを見る。新宿を降りなかったことより、新宿から入口を増やし続けたこと。それが漢 a.k.a. GAMIを日本語ラップ史で読むときの核心である。
HIPHOPCsで次に読む
- REAL-T「INSPIRATION feat. 漢 a.k.a. GAMI」レビュー──客演で次の世代と接続する声を一曲から読む
- KREVAアーティストハブ──B BOY PARKを共有しながら異なる方法を取った人物と比較する
- YZERRアーティストハブ──ラッパーが興行と組織を作る別の設計を見る
- 日本語ラップ完全ガイド──人物、地域、作品の入口へ戻る
- アーティストアーカイブ──人物別ハブへ戻る
主要参照と更新方針
本文は、本人発言、主催・放送・再発元の一次資料、配信クレジット、同時期の報道を主張の直後へ置いた。以下は記事全体の骨格を支える資料である。
- KEI×漢 a.k.a. GAMI×D.O 特別鼎談 — 新潟県生まれ、高田馬場、北新宿という本人の地理説明
- P-VINEのMSC再発資料 — メンバー、初期経路、作品クレジット、2026年の物理再発
- 音楽ナタリーの本人対談・前編/後編/宇多丸との放送対談書き起こし — UMB以前のバトル観、BBP後の発端、制度設計
- ULTIMATE MC BATTLEの2006年公式ブログ/UMB公式サイト/KING OF KINGS公式サイト — 初年度の予選数と応募規模、2024年表示、二大会の記録分離
- MikikiのBLACK SWAN沿革/DARTHREIDER本人の代表就任告知 — 佐藤将の設立と2014年の継承
- 2016年の知財高裁判決/Mikikiのレーベル沿革 — 会社とレーベルの設立年を分離し、UMB商標登録取消しの経緯、判決結果、認定範囲を確認
- 2020年5月の起訴報道/本人の陽性結果への言及/裁判後取材/千葉の別件の不起訴報道 — 疑い、起訴、判決、不起訴を分離
- Billboard JAPANの『漢 Kitchen』インタビュー — 視聴者層、終了判断、音楽への回帰
- 2024年4月の日刊スポーツ報道/2025年2月の退院報告/2026年4月の退院報告 — 本人のSNSで公表された範囲と、公表されなかった病理・病名・症状を分離
- KING OF KINGS公式試合映像/般若の音楽ナタリー対談/ABEMA TIMESの結果記事 — 『BATTLE SUMMIT II』の対戦と結果
- AbemaTVの『MOGURA』続編発表 — 受賞歴と2026年冬の予定状態
- TuneCoreの漢アーティストページ/「薬年」公式配信ページ — 最新リリース表示、2024年8月24日の発売日、参加者クレジット
- AbemaTVのBATTLE SUMMIT III結果発表 — 開催日、2on2形式、決勝カード、優勝者
- GarinPeiro主催者の開催概要/Artist Passの出演者掲載 — 8月13・14日の開催と14日の漢の出演告知。実演は別に確認する
最終事実確認は2026年8月25日。予定は予定と明記し、GarinPeiro FESは出演告知と実演確認を分けた。配信カタログは確認できたサービスと表示範囲に限定。出生地の市町村、判決の罪名、大会の改称理由は公開資料を超えて補っていない。