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FORCE FESTIVAL 2026現地レポート|C.O.S.A.の涙からLil Babyの初来日へ、川崎の2日間

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無料のBLOCK PARTYから本祭へ。現地写真と来場者約100人への聞き取りで振り返る。

文・写真:Ito Kotaro|2026年10月24日・25日、川崎市・東扇島東公園

「Lil Babyが、日本にいる」

出演が発表されてから2か月以上たっていても、本人がステージに出てきた瞬間の感覚は別物だった。

10月25日、川崎市・東扇島東公園。FORCE FESTIVAL 2026の本祭で、ヘッドライナーのLil Babyは、主催者が発表文で「これまで実現していなかった待望の初来日」と書いたステージに立った。

ただ、今年のFORCEは25日だけでは語れない。前日の24日、同じ公園では入場無料の「BLOCK PARTY」が開かれ、ホストには主催のYZERR自身が名を連ねた。無料の土曜と、チケット制の日曜。2日間を並べると、このフェスが何を土台にしているのかが見えてくる。

FORCE FESTIVALは、BAD HOPの元メンバーでラッパーのYZERRが主催するヒップホップフェスだ。初開催の2025年は横浜アリーナで2日間。2年目の今年は屋外に出て、YZERRの地元・川崎に戻ってきた。

本祭の出演者は直前まで動いた。それでも会場で話を聞くと、キャンセルを残念がる声と並んで、ステージの具体的な場面を挙げる声が返ってきた。Toosiiのファンサービス、Polo Gが代わりにラップしたLil Tjayのバース、Key Glockの青い照明、Quavoの「Bad and Boujee」、そしてLil Babyの笑顔。2日間の写真と、会場で来場者約100人から聞いた声で振り返る。

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24日、雨の降る無料の公園で

本祭の前日、10月24日の土曜日。BLOCK PARTYは入場無料で開かれた。開場は11時。15時まではDJ CHARIらのDJ枠が続き、そこからYouTubeのヒップホップメディア「03- Performance」の枠に、若いラッパーたちが並んだ。

この日は雨だった。横殴りの雨で、ズボンまで防水にしないと厳しく、靴もびしょ濡れになった、と1日目を振り返る来場者がいる。

03- Performanceの枠に立った一人がBABYWOODROSEだ。千葉雄喜との共作アルバム『Documentary』で知られ、翌日の本祭に出るWatsonとは、03- Performanceの「Koshy Freestyle」で共演している。土曜の無料ステージと日曜の本祭は、出演者の線でもつながっていた。

金色のジャケットを着たBABYWOODROSEがマイクを握り、背後の縦長スクリーンにもその姿が映る。
24日、03- Performanceの枠でラップするBABYWOODROSE。写真:Ito Kotaro

同じ枠のMADEINBEN10については、「Tuff as fuck」を挙げ、大きな舞台でもいつもどおりのパフォーマンスだったと話す来場者がいた。

公式タイムテーブルでは、16時5分からIO、16時40分からC.O.S.A.の出番が組まれていた。客席には傘が開き、その向こうの海を船が通っていく。

東扇島東公園の野外ステージでラップするIO。客席には傘が開き、その向こうの海に船が見える。
24日のBLOCK PARTYのIO。客席には傘が開き、その向こうの海を船が通る。写真:Ito Kotaro
赤い照明に照らされ、大型スクリーンの前に立つC.O.S.A.。
24日、赤い照明の中に立つC.O.S.A.。写真:Ito Kotaro

C.O.S.A.のステージには、JJJにつながる時間があった。JJJは川崎出身のラッパーでトラックメイカー。2025年4月13日、35歳で亡くなった。C.O.S.A.は2022年のアルバム『Cool Kids』にJJJを客演とプロデュースで迎え、JJJも2023年の『MAKTUB』でC.O.S.A.と「U」を作っている。同じアルバムでは、BAD HOPのBenjazzyとも「Cyberpunk」を作った。

C.O.S.A.がどんな思いでこのステージに立っているのかは、ステージングを見れば明らかだった。それでも、最後の「LOVE」で、堪えきれずに涙が流れた。その涙に、まだ癒えない痛みと、大きな愛を感じた。

JJJの地元・川崎で、YZERRが開いた無料のステージ。YZERRがC.O.S.A.を呼んだ理由と、その意味をあらためて考えさせられる時間だった。

日が暮れたあとのステージには、¥ellow Bucksも立った。

迷彩柄のセットアップ姿で、夜のステージに両腕を広げて立つ¥ellow Bucks。背後のスクリーンとDJブースが見える。
24日の夜、ステージで両腕を広げる¥ellow Bucks。写真:Ito Kotaro

この日の出演者欄を出身地で並べると、東京のIO(KANDYTOWN)、愛知・知立のC.O.S.A.、京都のANARCHY、岐阜・高山の¥ellow Bucks。そこにBAD HOPのBARKと03- Performanceの若手が加わり、前日にシークレットゲストとして発表されたデトロイトのBabyface Rayには、19時からの出番が組まれていた。

ヒップホップは、ニューヨーク・ブロンクスの住宅街で開かれたパーティーから広がった。FORCEが前日の無料イベントにつけた名前は、その「BLOCK PARTY」だった。YZERRは本祭の前日を、チケットのいらない一日として地元に開き、そのホストに自分の名前を置いた。この日の模様は公式YouTubeでも無料で配信されている。

名前が入れ替わったのは、海外勢だった

一方、翌日の本祭の顔ぶれは直前まで動いた。主催者は本祭の数日前、Roddy RicchとChase Bについて、「予期せぬ事情により」出演がキャンセルになったと告知した。8月の全体フライヤーで「SPECIAL GUEST」として載っていたRoddy Ricchは、今年の目玉の一人だった。Roddy Ricchの出演見送りをめぐる経緯は、10月22日の記事で伝えている。

10月23日には、Migosの「Bad and Boujee」で全米1位を経験したQuavoの出演が発表された。主催者の発表に、Quavoを代役とする説明はない。出演発表と変更の記録は、開催情報ガイドにまとめている。

24日にイープラスの出演者欄で確認できたのは14組で、そこにはLil Tjayの名前もあった。しかしLil Tjayは本祭への出演をキャンセルし、25日の川崎のステージには立たなかった。代わって出演したのがToosiiだ。

本祭翌日の26日に大阪で予定されていたPolo GとLil Tjayの公演も、Lil Tjayの出演キャンセルを受けて中止になった。

数えてみると、8月までに発表された海外勢7組のうち、本祭のステージに立たなかったのは3組。入れ替わりに2組が加わった。一方、国内勢は、8月の出演発表でも、10月17日と24日のイープラスの掲載でも、同じ8組のままだった。

来場者はこの入れ替わりをどう受け止めたのか。現地インタビュー56件のうち、キャンセルや欠場に触れたものは2件だった。Lil Tjayが来られなかったことだけはどうしても悔しい、という人。キャンセルが多くて最初はまずいと思っていたが、行ってみればやはり最高だった、という人。ほかに、批判はあるかもしれないが、こういうフェスがなくなったら悲しい、だから日本に根付いてほしい、という声が1件あった。

残念さは消えていない。ただ、56件の多くが語っていたのは、目の前で観たステージのことだった。

Toosiiがファンを招き、Polo GはLil Tjayのバースをラップした

Lil Tjayに代わってステージに立ったToosiiは、2023年の「Favorite Song」で広く知られる。客席から子どもと女性のファンをステージに招き入れ、その場面を印象に残ったこととして挙げる来場者が複数いた。

代わりの出演者として観ていた人ばかりではない。ずっと見たかったToosiiを、やっと自分の目と耳で確かめられた、と喜ぶ人もいた。

赤いパンツ姿で、マイクを手にステージに立つToosii。背後に臨海部の白いタンクが見える。
25日、本祭のステージに立つToosii。背後には臨海部のタンクが並ぶ。写真:Ito Kotaro

Polo Gについては、Lil Tjayのバースを本人の代わりにラップした、という目撃談があった。2人には2019年の「Pop Out」をはじめ、いくつもの共演曲がある。翌日の大阪公演の当初発表(中止前の記事)では、2人が出演する予定だった。来なかった1人の声を、もう1人が川崎で埋めた。

Polo Gは2025年の横浜にも出演している。2年続けて来てくれてありがとう、という声も聞いた。

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Key Glockの青い照明、DJ Dramaの煽り

Key Glockのステージを観た観客は、照明が青に切り替わり、Young Dolphの曲が流れた場面を挙げた。Young DolphはKey Glockのいとこで、Key Glockが所属するPaper Route Empireの創設者だ。2021年11月、地元メンフィスで銃撃され、亡くなっている。その観客は、曲と一緒に照明の色まで覚えていた。

声がかっこよすぎて引いた。フェスが終わればKey Glockがいちばんだったという声がきっと出る。Key Glockについては、そんな言葉が続いた。その時間にトイレを我慢できなかったことだけが心残りだ、と悔しがる人までいた。

「Gangsta Grillz」シリーズで知られるDJ Dramaのステージには、ある来場者にとって忘れられない瞬間があった。自分の作ったビートを、DJ Dramaが流してくれたのだという。客席を盛り上げるのがうまかった、という声も聞いた。

解散から2年8か月、BAD HOPの5人が川崎に名を連ねた

主催のYZERRは7月、今年のFORCEについて「地元川崎にて開催します」と投稿していた。会場の東扇島は川崎区の臨海部にある。BAD HOPが「IKEGAMI BOYZ」でラップした池上町と、同じ区だ。

黒いレザーのジャケットとショーツ姿で、片手を上げてラップするYZERR。背後に一段高いDJブースが見える。
25日、地元・川崎の本祭のステージで片手を上げてラップするYZERR。写真:Ito Kotaro

YZERRがステージに出てきた瞬間、会場の盛り上がり方が変わった。ほかのラッパーが登場したときの歓声とは違う、大地を揺らすような沸き方だった。勢いと迫力で暴れ倒していた、と振り返る来場者もいる。

現地インタビュー56件のうち、YZERRの名前が出たのは10件。そのうち9件は、ステージの感想ではなく、フェスを開いてくれたことへの感謝やリスペクトだった。YZERR以外では、Lil BabyとPolo Gへの礼が2件ずつで最も多かった。YZERRは出演者として以上に、主催者として名前を呼ばれていた。

出演したアーティストたちが、BAD HOPの地元・川崎でこのフェスを開いたYZERRにリスペクトを伝えていた、それがいちばんグッときた、と話す人もいた。

BAD HOPは2024年2月、東京ドームのラストライブで活動を終えた。8人のうち、この週末の出演者欄に名前が並んだのは5人。24日のBLOCK PARTYにBARK、25日の本祭にYZERR、T-Pablow、Tiji Jojo、Benjazzy。26日の大阪公演の出演者欄には、G-k.i.dの名前もあった。

東京ドームのラストライブには、¥ellow Bucksとeydenもゲストとして登場している。24日の夜に両腕を広げていた¥ellow Bucksと、25日の出演者欄に名前があったeyden。解散したグループの周りにいた顔ぶれが、2年8か月後に地元の公園へ集まった。

T-PablowはYZERRの双子の兄だ。日本勢の総大将はやはりT-Pablowだ、日本のラッパーの中で頭2つ抜けていた、という声もあった。

出演発表のやり方にも、主催者の考えがにじんでいた。8月の発表では、海外勢と国内勢を同じ投稿に並べている。Polo GとTiji Jojo、Lil TjayとWatson、Lil BabyとYZERR。海外の大物を呼ぶだけでなく、日本のラッパーが彼らを迎える形にしてきた。

2日前に発表されたQuavoが、いちばん多く名前を呼ばれた

出演の発表から本番まで、2日。それでも、現地インタビュー56件のうち、名前が出てくるものが最も多かった出演者はQuavoだった。14件で、ヘッドライナーのLil Babyの11件を上回る。

挙がったのは、曲の名前だ。「Bad and Boujee」を生で聴けた。Migosのクラシックを怒涛の勢いで、フルコースのように聴かせてくれた。曲が流れると、みんな当たり前のように歌えた。Quavoが客演したYoung ThugとTravis Scottの「pick up the phone」を挙げる人も2人いた。

Post Maloneの「Congratulations」では、Quavoがいい笑顔を見せ、ハートまで作ってくれた。その瞬間を撮れたと喜ぶ来場者もいた。

完全にMigosだった、と振り返る人もいる。Migosで一緒にステージに立っていた甥のTakeoffは、2022年11月にヒューストンで銃撃され、亡くなった。そのグループの曲を、Quavoは川崎で客席と一緒に歌った。

黄色いベストと白いパーカー姿で、ステージ付近の構造物につかまるQuavo。
客席に近い位置でパフォーマンスするQuavo。写真:Ito Kotaro

個人的にはQuavoがいちばんだった、という人がいた。あれでトリじゃないのはおかしい、と笑う人もいた。2日前に発表された出演が、その人たちにとっては、この日いちばんのステージになっていた。

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1年越しの初来日。Lil Babyが、日本にいた

Lil Babyの来日は、一度流れている。2025年10月21日に東京・豊洲PITで予定されていた初の単独公演は、プロモーターのクリエイティブマンが同年9月5日に中止を発表し、全額払い戻しとなった。Lil Baby出演決定の経緯は、8月13日の記事で追っている。

その初来日が、1年後、日本のラッパーが地元で開いたフェスのステージで実現した。主催者はこのステージを、Lil Babyの「日本初LIVE」と案内していた。豊洲PITで予定されていた日から、1年と4日。生きているうちに日本でLil Babyを観られるとは思っていなかった、と話す人もいた。

登場のタイミングで流れたのは、Lil Uzi Vertの「Just Wanna Rock」だった。会場が一瞬どよめき、少しフェイントをかけられたような空気になる。そのあと本人がマイクを握ってステージを動き回ると、客席のあちこちで腕が上がった。

大型スクリーンに映る自身の姿を背に、マイクでパフォーマンスするLil Baby。
大型スクリーンを背にラップするLil Baby。写真:Ito Kotaro

ある観客は、周りの人たちも歌詞を一緒にラップしていた一体感を挙げた。曲を聴けたことより先に、周りの声と自分の声が重なった感覚を語っていた。人生で初めてのFORCEだった別の来場者は、あんなに近くでLil Babyを観られるとは思わなかったと話す。「Drip Too Hard」を生で聴けた喜びや、盛り上がりは別格だったという声も続いた。

もちろん、全員が同じ熱量だったわけではない。周りが思ったほど反応していないように見えて意外だった、という声もあった。

Lil Babyに直接会えた人もいる。その来場者はゴールドのブレスレットを見せ、フェスに来たこと、日本に来てくれたことへの礼を本人に伝えて、サインをもらったという。ライブの記憶とサインは一生の宝物だと話していた。

ステージを動き回る姿と、ふと見せた笑顔は、この日いちばん強く記憶に残っている。

客席の前でマイクを持ち、笑顔を見せるLil Baby。
マイクを手に笑顔を見せるLil Baby。写真:Ito Kotaro

ひとりで来た人、国旗を掲げた人

客席にいた人たちの話も、ステージと同じくらい具体的だった。

ひとりで来て、新しい友達ができた人。女の子たちがみんな自由に楽しんでいる空気を、いい雰囲気だったと感じた人。客席に日本の国旗が掲げられたのを見て、アツくなった人。

東扇島の会場は開放的で過ごしやすく、ステージの近くでも遠くでも音がよかった、と評価する人もいた。その人は、去年も思ったがFORCEは照明がきれいだ、と付け加えた。Key Glockの青い照明を覚えていた観客の話と、ここでつながる。

ここが本当に日本なのかと思うくらいの景色だった、と笑う人もいた。

無料で触れる方法があっても、人は数万円を払った

42,000円のチケットを買ったという来場者は、一生ものの思い出になったので、まったく後悔していないと話した。8月に発表された先行価格は、GOLDが42,000円、SILVERが32,000円。一般販売では45,000円と35,000円だった。

一方で、25日の無料配信の告知では、公式YouTubeで12時から21時までの配信が案内されていた。前日のBLOCK PARTYは、会場への入場も配信も無料だった。チケットを買わずにFORCEに触れる方法は、2日間を通していくつも用意されていた。

それでも、話を聞いた何人かは、現場にいることの価値を具体的に語った。普段ずっと聴いている声が、目の前のステージから聞こえてくる興奮。映像で観るのとはまったく違う、あの距離感。これだけ本気のライブを日本で観られたなら、それだけでお釣りが来る、という人までいた。その人たちにとって、チケット代で手に入れたのはこの距離だった。

来年に向けた注文もあった。現金しか使えない飲食店があったこと、飲み物を持ち込めなかったこと、シャトルバスをかなり待ったこと。事前に知っておいた方がいい、という指摘だ。会場は川崎区の臨海部にあり、主催者は一般来場者用の駐車場を設けず、無料シャトルを案内していた。

終演後の帰り道も、それぞれの記憶になっている。タクシーがつかまらずに歩いた道、まるでGTAオンラインのようだった景色、限界まできた足。そのまま公式アフターパーティーの「MAGIC CITY」へ向かう人の体力に、驚く声もあった。

土曜の無料の公園では、東京のIO、愛知のC.O.S.A.、岐阜の¥ellow Bucksがマイクを握った。日曜のチケット制のステージは、海外勢の名前が直前まで入れ替わった。その間も、前日の公演情報まで国内8組の名前は変わらず、開催地はYZERRの地元のままだった。

現地インタビューで最も多く名前が出てきたのは、2日前に発表されたQuavoだった。そして感謝の言葉がいちばん多く向けられていたのは、主催も務めたYZERRだった。

その土台の上に、1年前に一度消えた初来日が載った。川崎の海沿いで、Lil Babyが日本のステージに立っていた。

取材について

観客の声は、会場で来場者約100人に直接話を聞いたもの。件数の数字は、現地インタビュー56件の記録を数えたもの。発言は要旨として紹介しており、いずれも個人の感想である。写真はすべてIto Kotaroが撮影したもので、24日のBLOCK PARTYと25日の本祭のもの。

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