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【HIPHOPCs独占】DALUインタビュー”Young”を脱ぎ、TYVとソロを背負う現在地

YTG Sam Director
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Interview:YTG Sam / HIPHOPCs

ひと仕事を終え、夜の五反田にて車を転がしていたYTG Samの元へ、1本の電話が入った。

彼によれば「話したい事がある、とにかく話を聞いて欲しい」という。

不意の連絡に面食らいながらも、彼の”話したいこと”に惹かれたSamは彼の提案を了承。日を改め、Samは話を伺うことに。

現れたのは、かつて”Young Dalu”の名で活動していた男だった。

「貴方の役割、意味は何だ?」

尋ねられた際、答えられる人は僅かだと思う。

知らず時間がするすると過ぎていくのに慣れてしまって、こんな問いがある事にも気づけない。気づいたとて「無用の長物だ」として投げ捨ててしまったり、また焦って探し始めた頃には「遅かった」と肩を落としたり。

目に見える形を成していないが故、この探し物は厄介だ。果てしない探し物の最中で、現実に打ちひしがれる人も多々在るだろう。時には、自らの闇に飲まれてしまうことも。

「意外だ」と驚く人もいるかもしれないが、DALUも闇と向き合う1人なのだ。

現在、東京のヒップホップクルーTokyo Young Vision(TYV)の1人として活動する彼は、明るく自由奔放なキャラクター、楽曲で見せる抜群のメロディーセンスやユニークなリリックによりリスナーを魅了し続けている。

だが一方、1人になると、彼の中からは別の人格が姿を現す。とても悲観的で、なんだか寂しそうなもう1人のDALU。現時点での最新ソロアルバム『Unbirth』は、そんな一面を彼自身が受け入れるためのアルバムだったのではないかと、筆者は思う。

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そして、Normcore Boyzの活動休止以降、少しずつ乖離してしまい”Unbirth”、つまり「生まれていない」ような状態にあった自身を世界へ再統合した。”Young”を捨て去ったDALUとして。

つい先日TYVのワンマンライブを成功させた傍ら、ソロとしての活動にも拍車をかけている彼。そして、噂によれば次のシングル曲は、東京の夜を代表するパーティーの主催者によってプロデュースされているという。

生まれ変わった彼の「話したい事」とは。彼が歩みを進めようとしている道は、どのような形を成しているのか。Samと共に覗いていく。

大きなステージで観客を前に立つDALUとTokyo Young Visionのライブ風景
Tokyo Young Visionのライブ。
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隆盛と停滞を経て、再び東京の夜を興そうとするDALUが今、世間に伝えたいこと

Sam: では、よろしくお願いします!

で…ほんと、1週間くらい前だよね。DALU君から「話したいことがある」と連絡頂いて、今日につながるわけなんですけど(笑)。

DALU: そうですね(笑)。いきなり連絡しちゃいました。

Sam: 別に必要ないと思うんですけど、一応自己紹介の方お願いします。

DALU: Tokyo Young Visionっていうクルーでラップやってます。DALUです。

Sam: そうだな。まず、DALU君はどんなラッパーなのか、読者の人に伝えたいので。

とりあえず、音楽との出会いを知りたいな。

DALU: 俺のお母さんがフィリピン人っていうのもあって、日本語の曲より海外の曲が流れていることが多かったと思います。

よく聴いてたのはWhitney Houston(ホイットニー・ヒューストン)とMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)。お父さんも聴いてたのは宇多田ヒカルとか。車の中でずっと流れてた曲はそんな感じでしたね。

Sam: なるほどね。お母さんがブラックミュージック系とかR&Bが好きだったんだ。

一個自慢していい?俺、宇多田ヒカルと飲んだことあるっす(笑)。

DALU: やば(笑)。その話、入れてください、この記事に。

※入れました。

俺は本当は関係ないんだけど。千葉(雄喜)が知り合いだから。

たまたま、宇多田さんから連絡着て「どこいるんですか?」って聞いたら、たまたま俺らがいたホテルにいたんだよ(笑)。「私、そこに泊まってるよ!」とか言って。

千葉のライブ前に少し一緒に飲んだのよ。めっちゃいい人だった。

DALU: うわぁ、羨ましいな…最高ですね。

Sam: ごめん、めっちゃFLEXしちゃった(笑)。

DALU: いやいや、最高です。

ロックに染まっていた少年期、多難な渡米期間

Sam: 音楽を自分でやるようになったのは?

DALU: 音楽を始めたのは、中学2年生の冬くらいでしたね。その頃に仲良かった友達が「一緒にバンドを組みたい」って言ってきたんですよ。

俺、頭悪くて勉強も全然できないし、何か自分の武器になるものを探してたところだったんです。元々音楽は好きだったし、ELLEGARDENとかONE OK ROCKとか、ロックが好きだったので聴いてはいたんですけど、全然詳しくなかったんで。

そんな時に誘いが来たから「ちょっとギターを買ってほしい」って親父にお願いして、3万円くらいのエレキギターをクリスマスプレゼントで買ってもらって。そんな感じで音楽を始めました。歌うことも好きだったんで、バンドではギターとボーカルしてました。

Sam: なるほどね。最初はバンドやってたんだ。

DALU: でも、その期間もぶっちゃけ2ヶ月くらいで終わったんです。皆が受験モードに入ってたんで。だけど、僕は本当に頭悪かったから、都立の学校も全然受からないレベルで…。

でも、俺はどうしても音楽をやりたかった。バンドが解散してから、モヤモヤしながら過ごしてる時にお母さんから「受験は大丈夫そう?」みたいな感じで連絡が来て。

お母さんはフィリピン人なんですけどアメリカ住んでて、看護師やってるんですよ。

Sam: ほうほう。

DALU: 「本当に勉強やる気あるならアメリカおいで」みたいな感じで言ってくれて。高校には進学せず、中学卒業した1ヶ月後ぐらいにアメリカに飛び出したって感じです。

Sam: アメリカでの生活はどうだった?

DALU: マジ大変でした(笑)。まず英語が全然しゃべれないし、初めての環境すぎて…。

マジな話、結構精神的に追い詰められてました。言語の壁に加えてホームシックみたいな。マジでぐちゃぐちゃ。

1年ぐらい住んでましたけど、日本に帰るほんの少し手前くらいにやっと慣れたくらいでした。

Sam: なるほどね。結構大変だったんだ。

アメリカの音楽的な部分はどうだった?絶対日本とは異なった文化になってると思うんだけどさ。

DALU: そうですね。今でこそ、日本でも普通に高校生がヒップホップ聴いてる時代ですけど、当時はまだそんなことなかったんで…。

でも、アメリカのローカルはみーんなヒップホップ聴いてるし、歌ってるみたいな。俺は全然知らなかったんですけど。

面白かったのは、日本語を知りたい子たちが結構いたことですね。一方、俺は英語を学びに来てる訳なんで、そこで互いにフィールできました。「日本の音楽を教えてくれ」って言われたら、俺が中学の時好きだった日本のバンドとかを教えて、逆にヒップホップを教えてもらうみたいな(笑)。

Sam: へええ、どんな曲教えてもらったの?

DALU: 全然世代じゃないんですけど、Cali Swag District(カリ・スワッグ・ディストリクト)の「Teach Me How To Dougie」って曲を教えてもらいましたね(笑)。めっちゃ聴いてました。

Sam: うわ、聴いたことあんな!Soulja Boy(ソウルジャ・ボーイ)がバズった少し後辺りだよね?

DALU: ですね。何言ってるのかわからないし、意味も全然わからないけど、お母さんの横でバンバン流して。

「すごいの聴いてんね」みたいな反応されるんですけど。結局お母さんも音楽好きなので、ドープだったとしても一緒に聴いてくれるっていう感じでした(笑)。

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「お台場にもゲットーはある」語られることの少なかったDALUの地元と家庭事情

Sam: 日本に帰ってきて…それから日本のヒップホップにはどうやって触れたの?

DALU: 日本に帰ってきたら、地元の先輩が俺よりも先にヒップホップにのめり込んでて。

川崎とか東京のラッパーが活躍し始めたタイミングで、日本でラップっていうものが流行り始めた時期でした。先輩たちがBAD HOPの皆さんと同い年くらいだったこともあって、流行ってましたね。

あと、自分のバックボーン的にフィールできたっていうのもあります。

お台場で生まれたんですけど、別に裕福とかではなくて。フィリピン人が多い地域に住んでたんですけど、俺を含め俺の周りには貧富の差が少なからずあって。

Sam: そうなんだ!お台場っていうとね、お金持ってるイメージあったから意外だわ。

DALU: 都営住宅とかにちゃんと住んでる友達とかもいるし…。

Sam: お台場って都営住宅とかあるんだ!?

DALU: ありますあります。お台場は小さいけど、ちゃんとブロックで分かれてるみたいな感じで。

俺がいた場所はフィリピン人の悪かった人たちも潜ってるような、少しゲットーな雰囲気の土地ですね。そういう要因もあって、ヒップホップっていうのが自分にめっちゃ刺さったんです。

家族がバラバラになっちゃったりとかもあったし。

Sam: ん?家族の話、気になるな。どゆこと?

DALU: めっちゃ複雑かと言われると…まぁ、複雑ではあるんですけど。

僕以外に兄弟2人いて、僕は親父と一緒にいたんですけど。弟とお兄ちゃんはフィリピンで生活してたみたいな感じです。

Sam: でも、お母さんはアメリカにいるんだよね?結構カオスじゃない?

DALU: この家族の話は初めて言ったっす(笑)。

Sam: マジか。ちょっと言える範囲で詳しく聞かせて。

DALU: 弟は言葉が通じる前にフィリピンに行っちゃって、離れ離れになりました。弟は日本語喋れないんですよ。フィリピン語と英語は喋れるんですけど。

あ、これはアメリカにいた時の話に戻るんですけど。その頃、弟もアメリカのお母さんのところに来てたんです。だから、やっとそこで弟と共同生活したっていう。

Sam: なるほどね!結構珍しいねその経験は。

DALU: そうなんですよ。15年経ってやっと、みたいな。だから、ファミリーだけど少し歯痒い感覚があったり、色々感じることはありましたね。

そんな経験があったんで、日本に帰ってきてヒップホップを聴いた時に「この音楽が一番俺に合ってるな」って感じたんだと思います。

日本語ラップの原体験

Sam: じゃあ、ラップを始めたのはいつ頃?

DALU: アメリカから帰ってきて、16歳になる少し前くらいですね。

Sam: なるほどね。どんな感じで始めたの?

DALU: 日本帰ってきたら、結構ニートやってる先輩とか友達が多くて。みんなダークな雰囲気になってて。

全員暇してたんです(笑)。だから夜な夜な集まって、ヒップホップ聴きながらフリースタイルしようってなったんですよね。機材にお金もかからないし、スピーカーとYouTubeのタイプビートでできるじゃんってなって。先輩2人、3人と俺、後輩1人でフリースタイルを先輩の家の下でずっとやってました。

Sam: いわゆるサイファーだよね。

DALU: それからは先輩が日本語ラップを教えてくれて、聴くアーティストも増えましたね。最初はYOUNG HASTLEさんから入って。

Sam: おおお、YOUNG HASTLE君ね。

DALU: あとはJAZEE MINORさんとか、それこそKOHH(現 千葉雄喜)君の「Fuck Swag」を聴いたり。KOHH君に関しては、ファッションでも他とは一線を画してたじゃないですか。

Sam: そうね、こーんな髭してな(笑)。

DALU: はい(笑)。アメリカで言うならKanye(West)みたいな…もう異端じゃないですか。

KOHHさんも衝撃だったし…。あと、GOKU GREEN(現 DEXUS OGAWA)君の曲も聴いてましたね。日本語ラップの入り口はその辺りでした。

…何故だかわからないけど、GOKU君は少し王子の雰囲気を感じるんですよね。

Sam: うん、その感覚は合ってると思う。GOKU君も王子のスタジオで俺らとレックしてたからね。だから、王子の雰囲気に近いものはあるんじゃないかな。

DALU: 間違いないと思います。そんな感じで皆さんからエッセンスをもらって、16歳くらいからスタートしました。

Normcore Boyzの結成、「Call I」のバイラルヒット

Sam: なるほどねー。初レコーディングはいつだったの?

DALU: お台場にTAKEさんっていう、元々はDJで今は映像作ってる方がいて。その人の自宅の小さなスタジオみたいな所でレックしたのが多分19歳とかですかね。

Sam: じゃあ、2年間くらいはサイファーでラップしてた期間があるんだね。

DALU: そうです。Normcore Boyzっていう元々あったクルーが結成されていく道中があるんですけど、サイファーだけやってるみたいな状態のグループでした。

なんですけど、メンバーの1人が「サイファーだけじゃ嫌だ」って。「ラッパーだし、歌いたい」って言い始めて。なので、家から2分ぐらいのTAKEさんのスタジオにお邪魔して、レックし始めたって感じです。

Sam: 初めてのレコーディングは緊張した?

DALU: クッソ緊張したし、めっちゃ下手くそだったんですよ(笑)。

Sam: わかる、めっちゃわかる。俺もそうだった(笑)。

DALU: マイクの前に立ったのは良いものの「何すればいいんだろ?これ」みたいな。

でも、メンバーの1人が異様にセンスよすぎて、OSAMIってやつなんですけど。「俺センスねーわ」って思っちゃうくらいにカマしてて。そこで初めて撮れた曲が「Call I」っていう曲で。

Sam: あれが初めて撮った曲なんだ?すごいなそれ。

DALU: もちろん、録り直しはしてるんですけど。その「Call I」がめちゃくちゃウケて。

初めて録った曲が評判良かったから、もちろん嬉しくはあったんですけど…フックはOSAMIが作ったモノだったので、悔しさもありました。

Sam: でも、2018年に1st EP『Normcore No More』をリリースして、その年にはサマソニ(SUMMER SONIC)出てるんだよね…すごくね?

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DALU: 一応、ライブは回数重ねてたり、リリースされてないけど曲は作ってたり、下積み期間はありました。

そんな時にサマソニのオーディション企画みたいのが来て、「絶対カマすわ」って意気込みつつ、バンバンカマしてたら受かったみたいな感じでした。

俺らの次の次の出番があいみょんとかでしたね(笑)。

Sam: マジで!?それやばいね(笑)。

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Normcore Boyzの活動停止、そしてTokyo Young Visionへ

Sam: で、2018年から2021年までの3年間は続けてアルバムをリリースしたりとか、しっかり活動してたけど…2021年に活動を休止しちゃうんだよね。

DALU: そうですね。3年間結構みんなで色々活動してたんですけど…まぁ言ってしまえば、メンバー間で喧嘩が始まったっていうのがあります。

Sam: なるほどね…。

DALU: メンバーが抜けた後、残ったメンツとか近くにいてくれた仲間と模索して曲とかMVとか、相変わらず作ってたんですけど…上手く伸びない時期が続いてたって感じですね。なので、一旦休止しました。

Sam: で、同年にTokyo Young Visionとしての活動をスタートするよね。その流れってどんな感じだったの?

DALU: 今はレーベルなんですけど、その時は仲良いグループみたいな感じだったんですよね。Normcore Boyzは全員そのグループだったので、必然といえば必然でした。

Normが休止したっていうのもあって「個人でやるのか、チームでやるのか」とか色々考えた結果、チームでも頑張ろうかなって感じで。結構あやふやな感じで始まりましたね。

ソロでの活動本格化、”Young”からの解脱

Sam: 2022年からソロでの活動も目立つようになってくると。その年には初ソロアルバム『KINGDXM HEARTS』をリリース。

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DALU: はい。『KINGDXM HEARTS』…宇多田ヒカル*ですね(笑)。

※ゲーム『KINGDOM HEARTS』シリーズにおいて、宇多田ヒカルは主題歌を担当している

Sam: そういうことだ(笑)。俺もやってたなぁ『KINGDOM HEARTS』。

DALU: 初めて買ってもらったゲームが『KINGDOM HEARTS』だったんで。もう…俺好きすぎてタトゥーまで彫ってるんですよ。自分のルーツとして本当にデカかったので、タイトルもそこから貰いました。

Sam: 初めてのソロ出した時、どうでした?絶対嬉しかったよね。

DALU: 嬉しかったし…それと同時に「めちゃくちゃエナジー使ったぁ」って感じでした(笑)。

マネージャーとか、地元の友達数人で進めてたんで。人足りないし、ノウハウが何もない中で制作から配信まで進めるのは大変でした。

好きな人が聴いてくれたり、急にAK-69さんが「この曲良かったよ」って連絡くれたり(笑)。もちろんファンにも向けて作ってたんですけど、意外とプレイヤー側の人たちに刺さってくれたので、嬉しかったです。

Sam: そして、2023年にいきなり名前がYoung Daluから”DALU”に変わるじゃん?

当てていい?「もうYoungじゃないし」みたいな感じで変えたとか?

DALU: それもあります(笑)。

あと、Youngってラッパーっぽいじゃないですか。当時、もっと色んな要素を取り入れて「音楽をやりたい」ってなってたんで、「より一層アーティストになろう」っていう気持ちの表れですね。

丁度、そのタイミングで『Unbirth』を出しました。このタイトルも『KINGDOM HEARTS』のキャラクターから来てるんですけど。

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Sam: マジで大好きなんだね。

DALU: コンセプトがやっぱ好きなんで、色んなアーティストを詰め込んで作った感じです。 このアルバムは結構ロックのテイストが強めな作品ですね。

FOUXとかPaleduskのDAIDAI君が入ってくれたり…それこそ、AK(別名義 Kalassy Nikoffにて)さんも入ってくれてます。

Sam: AKさんも入ってるんだ!?ヤバいね。Paleduskも知ってるぞ。千葉が「世界1ギター上手い」って言ってたわ(笑)。

DALU: マジでヤバいっす。天才プロデューサーに囲まれて作ったアルバムって感じです。

POV:DALU視点でのTYV

Sam: ソロで順調にプロジェクトをリリースする一方で、Tokyo Young Visionっていうグループでも活動してるわけだけども…その中でどんな役割を担ってると感じてます?

DALU: それに関しては毎日考えてます。現段階の答えとしては「アイコンでありたいな」って思ってます。

俺は何かがズバ抜けている訳ではないですけど、チームと色んな機会を繋げれているような気がしているので。そうですね…チームにとっての入り口でありたいですね。

Sam: 多分、チーム全員が同じように思いながら活動してると思うんだけど、チーム内でのライバル意識みたいなのを感じたりする?

DALU: めちゃくちゃ感じますよ。互いに意識してるんで、バチバチしてます。でも、その意識がチームを高めてくれてますね。

Sam: いいねぇ。ちなみに、TYVはどんなチームだと思う?

DALU: やっぱり、俺らが作ってる音楽とかバイブス、カルチャーはドープ過ぎないと思うんですよね。

だからこそ、人に幸せを与えられるピースな作品、世界観を作ることができると思っていて。gang gangしていないからこそ、love & peaceなバイブスを伝えられてるかなって。

結局、俺たちは”普通の場所から来た”んで、その事を強調した音楽を作ってます。

Sam: それ良いなと思ったのよ。多分、不良じゃないのに不良ぶるような人も中にはいるじゃない?でも、TYVは「俺たちはそうじゃないんだよ」っていうメッセージがちゃんと伝わってくるよね。

DALU: 嬉しいっす、ありがとうございます。

Sam: で、ついこの間の6月6日(土)か。TYVのワンマンライブあったよね。どうだった?

DALU: 今回はZepp DiverCityでやらせて頂いたんですけど、地元でライブをやるっていう機会がマジでなかったし、動員できる人数もデカくなったので緊張感を持って挑みました。

でも、成功させることができて「やっと俺たちの音楽がカルチャーとして成立してきたな」って感じることができたっていうか。

1回目のワンマンとはお客さんの聴き方とか歌い方、ノリ方とかも全然違って。心で繋がれたなと思うし、全力で楽しんでくれたと思います。

紫色の照明のステージでパフォーマンスするDALUとTokyo Young Vision
ライブに強いこだわりを持つDALU。
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CEO KAZUプロデュースの新シングル「STAR LORD」

Sam: で、今後の動きとしては「MADAM WOO TOKYO」のマネージャーであるKAZUさんプロデュースの曲「STAR LORD」が6月30日(火)にリリースされるのね。FTL SHINKIも参加してると。

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なんか、すごい評判が良いっていう噂を聞いてますけど?まだリリースされてないのに(笑)。

DALU: 口コミだったり、その音源データを持ってる人が周りに聴かせたりしてるみたいで、ほとんどリークされてるみたいな感じなんですよ(笑)。

実はこの曲が完成したのは1年前とかで。1発目のデモ段階は「これ、大丈夫かな…」みたいな、雲行き怪しかったんですけど。KAZUさんとSHINKI君とミーティングしたり、LINEでも意見出し合ったり、結構話し合いながら進めていきました。

Sam: なるほどね。どういう経緯でKAZU君から連絡来たんですか?

DALU: 普段からWOOによく遊び行ってて、WOO行くと大体KAZUさんと遊んでるんですよ。

そんな感じで、遊んでる時にKAZUさんから「今までの曲(CEO KAZUプロデュースの曲)はノリノリで良いんだけど、少しドープすぎる曲が多いから、もう少し雰囲気のある曲が欲しいんだ」っていう事を熱弁されて。

TYVの時は男らしい曲が多かったんで、色気があって女の子が好きそうな感じの曲も久々にやりたくなってたので「やるしかねぇな」って感じでしたね。

Sam: ほうほう。曲名の「STAR LORD」っていうのは?

DALU: 題名とか雰囲気、世界観はKAZUさんが主体となって作ってくれました。

「STAR LORD」っていうタイトルもKAZUさんが好きな映画*に出てくるキャラクターの1人らしいんです。それについても熱弁されて…全然見てないんですけど(笑)。

※『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の主要キャラクター

Sam: その世界観を再現するために、こだわったポイントとかあったりする?

DALU: 特にメロディーラインと、あとはリリックですね。

「STAR LORD」っていう題名になぞらえて「自分が進んできた道も、これから進む道も自分次第で輝かせる」っていうイメージで作りました。

Sam: そういうことだね。

一緒に入ってるFTL SHINKI君と作るのは初になるのかな?どんなアーティストなんだろう。

DALU: 初めてです。西東京の子で、粗削りだけどピュアさが滲み出てて、わかりやすくリリックを届けてくれる子ですね。粗いからこそ、刺さるモノがあるっていうか。

KAZUさんも注目してる子なんで、個人的に彼のライブ見に行ったりしてたんです。

Sam: じゃあチェック必須じゃない。MVとかは?出たりするのかな。

DALU: はい、出ます。これちょっと先に見せていいすか。WOOをフルで貸し切って撮影したんですよこれ(笑)。

Sam: それアツくね(笑)。KAZUさんだから出来たことだね。

DALU: もうその通りですね。

で、今までのWOOで撮られたMVだと、やっぱりジェントルメンズクラブだからお尻がメインだったじゃないですか。だから、俺は「今回はブロックパーティーを開こう。」って提案して。

WOOの女の子とかボーイとか、その子たちの友達とかを集めて。DJブースをVIP側に置いて、そこをみんなで囲んで、女の子全員に”服を着せる”っていう(笑)。

Sam: なるほど!逆にね。WOOで女の子が服着てるなんて、基本ありえないもんね(笑)。

DALU: めっちゃ着せたっす。そっちの方が絶対記憶に残ると思ったので。

女の子たち、ボーイの子たちも仕事じゃなくて本気で楽しんでる空間を撮りたかったんで、全力で遊んでもらいました(笑)。

Sam: 6月30日にその音源、7月1日にMVが出て。そして、8月10日に「NEVER BROKE」でこの曲のリリースパーティーがあるんだよね?月曜日だったよね。

ちょっと…行っちゃおうかなぁ(笑)。

DALU: ぜひぜひ!お願いします。ここでガッツリ「STAR LORD」歌います。

TYVのツアーの真っ最中なんで、全国回ってる途中に東京帰ってきてパーティーする予定ですね。

Sam: そうだよね、ツアーもあるんだよな。ライブ三昧だね。どう、ライブは結構力入れてるの?

DALU: 俺、こんな感じなんですけど、ライブは命がけでやってて。ライブした時の方が僕の人間性が出るし、お客さんもガッツリ食らってくれるんで、楽しいっす。

ライブがしたいから、ラップやってるまであるって感じなんで。

Sam: ライブ好きなタイプだ!俺の知り合いのアーティストだと、スタジオに籠ってばかりで全然ライブしないから、逆だね(笑)。

DALU: え、マジすか!

Sam: いい曲作って、自分が気持ち良ければとりあえずは満足みたいな。ぶっちゃけ、彼の中ではそこで完結してるんだと思う。

でも、ライブが好きなのはマジ良いことだよ。

DALU: そうですね。めっちゃ場数踏んで、究極ライブのために曲を作るようにしてます。

1人に集約された2人の”DALU”がこじ開ける次のフェーズ

Sam: 現時点で、ソロアルバムを出したのは2023年が最後だよね。

DALU: ですね。今年の1月にTYVで『EDOTENSEI』っていうアルバムを出してるんですけど。

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Sam: グループとしても活動しながら、ソロアーティストとしての側面もあるじゃない?今後はどんな動きをしようって考えてる感じ?

DALU: TYVの活動もソロの活動も、同時にやっていきたいとは考えてるんですけど。

クルーとソロではコンセプトも違えば、エナジーも違うし、作れるモノの幅が違うから、結構考えてます。クルーだと男らしかったり、祭りみたいにワイワイしてる曲が多いですけど…ソロだと内省的で自分をさらけ出す曲の方が多かったりして、全然違うんですよね。

どちらにも力を注いだ結果、50:50になるのだけは嫌なんで。全てにフルコミットするために動いてますね。

でも実は、ソロアルバムも1枚完成してたりします(笑)。その中にはレゲエのアーティストとか、俺とは全然毛色の違う人たちを集めて。出せる状態ではあるんですけど、いつ出せるかはまだ全然決まってなくて。でも、楽しみにしてて欲しいですね。

Sam: なるほどね。じゃあ、ソロにもTYVにもフルコミットしていく予定だってことだね。

じゃあ最後に。これを読んでくれるDALU君のファン、または初めて知る人もいると思うんですけど、その人たちに向けて何か伝えておきたいことはあります?

DALU: そうですね。今までチョケてる部分とか、そんな一面ばっかり見せてきちゃったんですけど…。今日は自分の家族の話、ラップを始めた経緯、ヒップホップに対して自分が思うこととか、ちゃんと話できたんで。

これからはアーティストとして見せる部分だけじゃなくて、人間性も知ってもらった上で曲を聴いてくれたら、もっと好きになってもらえると思います。

あとは、引き続き良い曲バンバン作っていくので、これからも応援よろしくお願いします。

Sam: いいね!では、ありがとうございました!

インタビューを終えて

今日まで、結局私たちはDALUの表層しか見れていなかったのである。明るくて、お調子者の彼の裏側には、心の奥に潜むもう1人の彼がいた。

でも、以前と違う所がいくつかある。彼はもう一人の自分を受け入れた上で先に進もうとしていること。そして、もし再び自分を見失い、世界から離れそうになったとしても、両の手を掴んでくれる仲間がいることだ。

胸の内をさらけ出してくれた今回のインタビューは、彼の「次は自分が仲間を背負う番だ」という決意の現れのように思えた。

―――東京の夜の街、ネオンにそぐわない神輿を担いだ百鬼夜行が練り歩く。その列の先頭には、いつだって愉快に踊るDALUの姿がある。

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