MU-TON「Everything」歌詞を読む 忘れてしまう大事なことを、声に残す
MU-TON(ムートン)の「Everything」で耳に残るのは、ヴァースの入り口の一節だ。
大事なことすぐ忘れるから
ここに書いとけって
そのあとに、愛する人の肌の感触、仲間と語る夢の続き、繰り返し聴く誰かの曲が並ぶ。忘れるから書く。その順番で曲が進む。
2026年9月26日配信、4分8秒のシングルで、プロデュースはkbz.。同じ日にMVも出た。リリースに合わせて、MU-TONはXに「真摯に音楽に向き合う。そう決めた」と書いている。
| 配信日 | 2026年9月26日 |
|---|---|
| 名義 | MU-TON |
| 収録 | シングル(4分8秒) |
| プロデュース | kbz. |
| 権利表記 | © ℗ 2026 °J’s |
MU-TONは1995年、福島県白河市の生まれ。MCバトルで名前を上げ、2018年に「ULTIMATE MC BATTLE 2018 GRAND CHAMPIONSHIP」で優勝した。同じ年に1stアルバム『RIPCREAM』を出している。2025年1月にはソロシングル「Brother」を発表した。同月22日、覚醒剤を使用した疑いで警視庁に逮捕されたことが、複数の報道機関によって報じられた。この容疑のその後の処分は、本稿執筆時点で確認できていない。
「言葉にできないすべて」と歌うフック
フックの日本語は、目に映るもの、心に映るものと続いて、「言葉にできないすべて」に行き着く。題名の「Everything」には、見えるものだけでなく、うまく説明できないものまで入っている。
MCバトルで言葉を競い、全国大会を制したMU-TONが、この曲では言葉にできないものをフックに置いている。ただ、言葉を手放してはいない。フックで言い尽くせないと認めたあと、ヴァースでは具体的な言葉を一つずつ当てていく。
忘れるから、ここに書いておく
冒頭の「ここに書いとけって」は、誰かに言われた言葉にも、自分に言い聞かせるメモのようにも聴こえる。どちらにしても、忘れないと誓ってはいない。忘れることを先に認めて、だから書いておく、という順番だ。
書き留められるのは、大きな出来事ではない。
愛する人の肌の感触
仲間と語る夢の続き
触ったときの感じ。話の続き。どちらも、写真に撮れるものではない。すぐ流れていくものを、名前で呼んで残そうとしている。
その次に「イケてるあいつの曲をリピート」と来る。筆者はこの一行がいちばん好きだ。曲を作っている本人が、ここでは誰かの曲を繰り返し聴く側にいる。ヴァースの終わりには、こうある。
孤独にも寄り添うのがミュージック
誰も一人じゃねえ
音楽を作る人の言葉としてより、音楽に助けられてきた聴き手の言葉として響く。
何をするかじゃねえ、誰とするか
ヴァースの途中に、短い一行がはさまる。
何をするかじゃねえ
誰とするか
肌の感触も、夢の続きも、誰かの曲も、相手がいて初めて成り立つ。何を達成したかより、誰と時間を過ごしたか。ヴァースに並ぶものは、みなそちらの側にある。
9月25日、MCバトル「KING OF KINGS」は、10月4日に東京・WARP SHINJUKUで開かれる「MC BATTLE MATSURI Vol.5 ー新宿STYLEー」に、MU-TONが出場すると発表した。漢 a.k.a. GAMI率いる「TEAM KOK」の一員としての出場だ。この発表を知ったうえで聴くと、「誰とするか」という一行も、筆者には少し違って耳に残る。
この体は、地球からのプレゼント
2番のヴァースで、話は体に移る。
この体 地球からのプレゼント
土に返す時
体は、自分で手に入れたものではなく、地球からもらったものとして歌われる。すぐあとに、いつか土に返す時が来る。肌に触れ、音楽を聴くこの体も、ずっとここにあるわけではない。
1番のヴァースには「このボイスは時を越えてまた」という一行があった。体はいずれ返す。声は時を越える。二つを並べると、忘れるから書くという冒頭の一節が、記憶の話から、録音された声として何を残すかという話に広がっていく。
HIPHOPCsでは、東北のラップ地図の中で白河のMU-TONを取り上げた。漢 a.k.a. GAMIの人物記事もある。
筆者が引っかかるのは、「Everything」という大きな題名の曲に書き留められているのが、肌の感触や仲間との話、好きな曲を聴く時間だということだ。全部を覚えておけるとは思っていない。だから今、ここに書く。バトルで相手に向けていた言葉が、この曲では、あとで自分が読み返すメモのように聴こえる。4分8秒の録音は、そのメモを声ごと残している。