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Filix王「ヒップホップ流行ってない」歌詞を読む 2分の曲で「3分の曲求められない」と言う

J-Rap Hip-Hop Charts5 min read

曲は、断り書きから始まる。

ちな日本のマーケットの話ね

世界の話はしていない。この国の、いまの聴かれ方の話だ。そう前置きしてから、Filix王(フィリックスワン)は11秒目で題名を言う。ヒップホップは流行ってない。

2026年9月30日配信。ビートはNEMLAND。長さは、ちょうど2分だ。

その2分の中で、こう歌う。3分の曲は求められない。いま求められているのは1分半以内の曲だ、と。

配信日 2026年9月30日
名義 Filix王
曲の長さ 2分00秒
収録 2曲入りシングルの1曲目(2曲目は「冰紅茶(freestyle)」)
ビート NEMLAND
権利表記 © ℗ 2026 小王子

「お笑い」を「ヒップホップ」に置き換えた

題名には元がある。ダウ90000の蓮見翔が、テレビで口にした「お笑いは流行ってない」だ。芸人は、もともとお笑い好きな客を取り合っているだけではないか。外を歩いても、誰もお笑いの話をしていない。そういう趣旨の発言で、言葉だけが一人歩きし、ちょっとした騒ぎになった。蓮見は後に、もっと流行らせるためにみんなで考えようという前向きな話だった、と説明している。

Filix王は、その「お笑い」を「ヒップホップ」に入れ替えた。

Filix王は、Xのプロフィールに「元芸人」と書いている。お笑いの側で生まれた言葉を、いまいるラップの側に持ち込んだ。他人事としてではなく、両方の現場を知る人間の言い換えだ。

配信の数日前には、Xに「言う系ラップはもうやりません」と書いていた。物申すラップは卒業する、という宣言だ。その直後に出たのが、いちばん物申している、この曲だった。

飛ばされるイントロ、切り抜かれるサビ

フックは短い。3分の曲は求められない。サビの後を歌える人はいない。誰が何と言おうと、そういう時代だ。そして、こう続く。

それ変えたい

それ変えたい

この一言が4回並ぶ。続けて、いくら魂を込めても結果とは関係がない、と言い、題名を4回繰り返して終わる。

ヴァースは、聴かれ方の観察から始まる。イントロは飛ばされる。アウトロはもっと飛ばされる。時代のせいで、ビートメーカーは余計なことに悩み、ハードルばかり上がる。考えに考えたヴァースは、コアなファンしか聴いていない。

バース飛ばしてサビ切り抜いて

大事なのは15秒の動画

ここで曲の作りを思い出す。題名のフックは、11秒目に来る。曲全体は2分で終わる。歌詞の言う「1分半以内」よりは長いが、3分には遠い。筆者には、この曲が嘆いている聴かれ方に、半分だけ寄せた作りに聴こえた。寄せながら文句を言うから、皮肉にも弁解にも聴こえない。当事者の愚痴として、まっすぐ届く。

「シーンを盛り上げたい」と言う人のライブが、シーンとしている

途中で矛先は、聴き手からシーンの側へ向く。

やりがい搾取。ライブシーンもくだらない。そう言ったあと、カギカッコ付きで、誰かの決まり文句を引用する。「シーンを盛り上げたい」。その横に、わざわざ「(熱)」と添える。そう言っている人のライブに限って、客席がシーンとしている。

ここは駄洒落だ。それも、芸人の手つきの駄洒落だ。シーンという言葉を二回使って、熱っぽい掛け声と静まり返ったフロアを一行の中でぶつける。笑わせて、その後で寂しくさせる。「さみしーねまじ」と、すぐに素の声へ戻る。

過去の話も出てくる。フリースタイルがきっかけで、ラップがおもちゃになりかけていた頃、業界はうっすら怒っていた。けれど、あの頃の盛り上がり方を考えれば、贅沢な方だった、と。MCバトルのテレビ番組がラップを広く知らしめた時期を思い出す人も多いだろう。軽く扱われることに腹を立てていた時代のほうが、まだ人が集まっていた。その比べ方が苦い。

火種は、どこへ飛んだか

ヴァースの中ほどに、この曲自身の狙いが書いてある。

この曲が火種になって論争は他の界隈に飛び火

その次の行で、それがみんなの興味の入口になれば最高だ、と言う。自分は問題提起をしているのだ、とも。

配信のあと、曲は題名の元になった発言の主にも届いた。蓮見翔は10月1日、自分のラジオ番組「REQ JAM」でこの曲をかけ、Filix王は同じ日に「蓮見さんからフォローもらった!」と投稿している。お笑いの言葉がラップになり、ラップがまたお笑いの人のラジオに戻った。

ヴァースの終わりで、Filix王は一度だけ聴き手の肩に手を置く。正しいことを言う奴ほど馬鹿を見る。ただ、愛されることは間違いない。俺もお前も、こっち側だ。要らない照れは捨てろ。

HIPHOPCsでは以前、配信市場の動きや日本語ラップのアーティストの実績を、数字から見たことがある。数字に表れる実績と、Filix王がこの曲で歌う聴かれ方の実感は、どこで重なり、どこでずれるのか。併せて読むと、この2分の重さが少し変わる。

筆者がいちばん笑い、いちばん困ったのは、11秒目に題名が来ることだった。「イントロは飛ばされる」と嘆く曲が、飛ばされる前に本題を言ってしまう。負けを認めているのではない。ルールの中で殴り返している。だから「それ変えたい」が4回続いても、説教に聞こえない。1分半でも3分でもない2分という長さが、そのままFilix王の立ち位置に思えた。


出典

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