HIPHOPCs Global Hip-Hop, JP.

REDDY「TARANTINO」独占インタビュー──高知で走ってハウスへ、憧れは窪塚洋介

インタビュー9 min read
ホーム » インタビュー » REDDY「TARANTINO」独占インタビュー──高知で走ってハウスへ、憧れは窪塚洋介

「僕はラッパーでもありますが、ランナーでもあります」

韓国のラッパーREDDY(レディ/Reddy)は、新曲「TARANTINO」でハウスを取り入れたきっかけを、2026年に出場した高知のマラソン大会だったと語る。2026年10月6日リリースの「TARANTINO」には、走ることが日常になった彼の変化が表れている。

HIPHOPCsがREDDY本人に送った13の質問と、韓国語で寄せられたメール回答を日本語で届ける独占インタビュー。自宅での制作と独立後の仕事、次のアルバム、日本で挑戦したいことを聞いた。取材はRei Kamiya。掲載写真はすべてREDDY提供。

日本との接点も少なくない。Ugly Duck、JJJとの「ASIA」や、SKY-HIの「I Think, I Sing, I Say feat. Reddy」に参加。2023年には、SKY-HIのアリーナツアー「BOSSDOM」東京公演にもゲストとして出演している。

高知のマラソンとハウス──走る習慣が「TARANTINO」のサウンドにつながった。

次のアルバムとの関係──「TARANTINO」は収録されず、次作もさまざまなジャンルで制作しているという。

日本での夢と窪塚洋介──音楽に加えてモデルにも挑戦したいと語り、子どもの頃の憧れを明かした。

紺色のアディダスのTシャツと黒いニット帽を着用し、コンクリート壁に腰掛けるREDDY
紺色のスポーツウェアを着たREDDY。写真提供:REDDY
スポンサーリンク

高知のマラソンが、「TARANTINO」のハウスにつながった

Rei Kamiya:まず、「TARANTINO」について聞かせてください。「新しい章の始まり」とされるこの曲で、これまでと一番変わったと感じるのは、どんなところですか?

Reddy:皮肉なことに、環境は変わりましたが、音楽を作ること自体は、大きく変わっていません。むしろ、音楽にもっと集中できるきっかけになったように感じています。

Rei Kamiya:今回はヒップホップを軸に、ハウスのリズムや質感も取り入れていますね。このサウンドに向かったきっかけや、制作で意識したことを教えてください。

Reddy:僕はラッパーでもありますが、ランナーでもあります。今年は日本の高知でマラソン大会にも出場しました。それをきっかけに、ハウスを取り入れてみようと思ったんです。

Rei Kamiya:「TARANTINO」というタイトルには、どんな意味やイメージを込めたのでしょうか。映画監督のクエンティン・タランティーノからの影響や、連想したこともありますか?

Reddy:自分自身の色を作っていこうという思いで、この曲を制作しました。タランティーノ監督のファンでもあります。

Rei Kamiya:「RUN OUTTT」から「TARANTINO」へ、ひとつの流れも感じます。この2曲は、ご自身の中でどうつながっていますか?

Reddy:大きく見れば、今ではランニングが僕のライフスタイルになっています。ライフスタイルの小さな変化によって、音楽の幅が少し広がったと考えてもらえたらうれしいです。

独立後の制作──届けるための仕事と、ビジュアルの役割

Rei Kamiya:独立して活動するようになって、音楽の作り方や届け方に変化はありましたか?

Reddy:音楽を作ること自体は、大きく変わっていません。もともと家で制作も録音もしているので。

ただ、以前は会社がやってくれていた作品の流通や、メールでのさまざまなやり取りなど、ビジネス面の仕事は増えました。

Rei Kamiya:今はラップだけでなく、サウンドやビジュアルも含めてひとつの世界観を作っているように感じます。音楽とビジュアルの関係は、どう考えていますか?

Reddy:僕の場合、音楽を作っているときに絵が浮かぶこともあれば、そうではないこともあります。だから、音楽を聴くときにビジュアルも一緒に見ることが、助けになるんじゃないかと思っています。

結局、核になるのは音楽です。でも、その音楽をよりよく感じ、体験するうえで、ビジュアルは大きな助けになるものだと考えています。

スポンサーリンク

韓国ヒップホップの変化と、これから表現したいこと

Rei Kamiya:韓国のヒップホップシーンは、この数年で大きく変わってきたと思います。今のシーンは、Reddyさんの目にどう映っていますか?

Reddy:韓国のヒップホップは、短い期間に多くの変化を経験してきました。大衆メディアによる変化もあれば、世界的なコロナ禍による変化もありました。

それに、K-POPというジャンルが世界的に広がったことで、韓国でヒップホップをやっているアーティストたちも、その影響を受けると思います。良い影響であっても、悪い影響であっても。

Rei Kamiya:長く活動を続けてきた今だからこそ、もう一度挑戦したいことや、以前とは違う形で表現できそうなことはありますか?

Reddy:正直、過去のことにあまり未練を持つほうではありません。それよりも、これから表現したいことについての考えがたくさんあって、少し整理する必要があると思っています。

「TARANTINO」は、次のアルバムには入らない

Rei Kamiya:次のフルアルバムも予定されているとのことですが、「TARANTINO」は、その中でどんな位置づけの曲なのでしょうか?

Reddy:「TARANTINO」はアルバムには収録されませんが、Reddyというアーティストの表現の幅が広がった、その一つの形だと受け取ってもらえたらうれしいです。

これからリリースするアルバムも、さまざまなジャンルで作った作品です。

Rei Kamiya:そのアルバムでは、サウンドやテーマを通して、これまでとは違う自分を見せたいという思いもありますか?

Reddy:「僕は変わりました!」と大げさに打ち出すというより、最近の自分が感じた感情を、自然に、淡々と込めたいと思いました。

黒いトラックジャケット、眼鏡、後ろ向きのキャップ姿で、日差しの当たる壁の前に立つREDDY
黒いトラックジャケット姿のREDDY。写真提供:REDDY

日本での活動と、窪塚洋介への憧れ

Rei Kamiya:日本のリスナーにも音楽を届けたいと伺いました。日本のヒップホップやアーティストには、これまでどんな印象を持ってきましたか?

Reddy:僕は日本の文化やライフスタイルが好きですし、日本で活動しているアーティストたちをうらやましく思うこともあります。

ヒップホップは西洋の文化ですが、日本のアーティストたちは、自分たちのものとしてうまく消化して、世に送り出しているように思います。

Rei Kamiya:日本でライブやコラボレーションをする機会があれば、どんなことをやってみたいですか? 一緒に制作してみたいアーティストもいますか?

Reddy:日本で活動することは、ずっと前から夢見ていたことです。音楽だけでなく、モデルの仕事にも挑戦してみたいですね。

子どもの頃は、窪塚洋介さんが僕の憧れの存在でした。

Rei Kamiya:最後に、日本で「TARANTINO」を初めて聴く人たちへ、メッセージをお願いします。

Reddy:日本でも、皆さんと会える機会がたくさんあればうれしいです。これからもっとたくさんの音楽を届けていきます。遠くからも応援してくださって、ありがとうございます。

スポンサーリンク

編集後記──REDDYの「色」をつくる、憧れと走る日々

ここからは、取材回答と公開資料を踏まえたRei Kamiyaによる考察です。

窪塚洋介という、意外な名前

「子どもの頃は、窪塚洋介さんが僕の憧れの存在でした」

今回の取材で、いちばん意外だった答えだ。日本でのライブや共作について尋ねると、REDDYはまず、音楽だけでなくモデルの仕事にも挑戦したいと話した。窪塚の名前が出たのは、そのすぐあとだった。

窪塚は俳優であると同時に、卍LINE(マンジライン)としてレゲエの現場でも活動してきた。演技も音楽も、装いや言葉も含めて、ジャンルの名前より先にその人のスタイルが伝わってくる存在だ。

どの作品を通じて憧れたのかまでは、今回聞けていない。それでも、モデルへの挑戦と並べると、REDDYにとっての日本が、曲を届ける市場にとどまらないことがわかる。自分が好きになった文化のある場所として見ている。その距離の近さが印象に残った。

卍LINEの音楽活動については、KIRAが共演曲「TERRY JANE」を語ったHIPHOPCs独占インタビューもあわせて読んでほしい。

タランティーノへの敬意と、「自分自身の色」

タイトルについて聞くと、REDDYは「自分自身の色を作っていこう」という思いで制作したと答え、同じ答えの中でタランティーノ監督のファンだと明かした。好きな監督の話と、どんな表現者になりたいかという話が、隣り合っている。

映画とヒップホップの接点として思い出すのは、Wu-Tang ClanのRZAだ。RZAは『Vanity Fair』のインタビューで、『キル・ビル』の音楽に参加し、監督から映画づくりを学ぶ一方、音楽の知識を交換したと振り返っている。

REDDYの場合、手がかりになるのはビジュアルについての答えだ。「結局、核になるのは音楽です」としたうえで、ビジュアルは、その音楽をよりよく感じ、体験するための大きな助けになると話している。タイトルに映画監督の名前を掲げながらも、本人の説明の中心にあるのは音楽だ。

窪塚洋介とタランティーノ。分野は違っても、名前を聞くだけで独特の世界が浮かぶ二人だ。その二人の名前が出てきたことと、REDDYが語る「自分の色」が、私には別々の話に思えなかった。

走ることは、音楽の外にある話ではない

最も直接、制作につながっていたのがランニングだ。REDDYは高知でのマラソン大会を、ハウスを取り入れるきっかけとして挙げた。大会に出たことより、走ることがライフスタイルになっていることに、静かなストイックさを感じる。

走ることと音楽を結びつけて語ったラッパーは、ほかにもいる。エミネムは『Men’s Journal』での本人談で、依存症からの回復期に走り始め、スタジオへ行く前にも走っていたと語った。走りすぎて負傷したことも明かしている。ガンナは『Men’s Health』の2024年の取材で、運動で頭が整理され、制作やステージでの呼吸・持久力に役立つと説明し、2026年の同誌取材でもフィットネスと音楽の結びつきを語った。

そのうえで、今回のREDDYの答えで特に面白いのは、走る習慣が、ハウスを取り入れる具体的なきっかけになった点だ。生活に加わった習慣が、新しいリズムへの入口になっていた。

独立後も、自宅で制作して録音するやり方は変わらない。変わったのは、そこへ持ち帰る経験のほうだ。「ライフスタイルの小さな変化によって、音楽の幅が少し広がった」という本人の言葉には、派手な転身の宣言よりも実感がこもっていた。

次の音の手がかり

「TARANTINO」を、ハウスに寄った一曲として片づけたくない。窪塚洋介への憧れがあり、タランティーノへの敬意があり、日本で走った経験がある。REDDYが次にどんな音を選ぶのか。その手がかりは、スタジオの中だけでなく、彼が何を好きで、どんな日々を送っているかにもありそうだ。

取材・翻訳・写真について

取材・構成:Rei Kamiya(HIPHOPCs)/回答:REDDY/写真提供:REDDY

ランニング、制作環境、次のアルバム、日本での活動への思いは、REDDY本人への取材回答に基づきます。

「TARANTINO」作品情報・公式音源

項目作品情報
作品REDDY「TARANTINO」
リリース日2026年10月6日
長さ1分56秒
プロデュースbass
作詞Reddy
ミックス/マスタリングFVBII

出典:発売日・曲の長さはOTOTOYの配信情報、制作クレジットはBugsのアルバム情報。

公式音源:Apple Musicで「TARANTINO」を聴く/REDDY公式YouTubeで見る

REDDY公式YouTube「Reddy – TARANTINO」

関連作:REDDY「RUN OUTTT」
2026年5月15日リリース(Apple Musicの配信情報)。Spotifyで「RUN OUTTT」を聴く。

REDDY公式:Instagram @keemhongwu/YouTube @keemhongwu

あわせて読む:HIPHOPCsの独占インタビュー一覧