名古屋052のベテランMC・G.CUEが、盟友DJ RYOW率いるビートメイカー集団Space Dust Clubとタッグを組んだ9年ぶりのアルバム『斧音菊』(ヨキオトキク)を2026年2月18日にリリースした。本稿ではリード曲でありMVも同日公開された「斧琴菊」(ヨキコトキク)を中心に、アルバム全体の文脈と名古屋シーンの現在地を読み解く。
「斧琴菊」G.CUE × DJ RYOW & Space Dust Club|052の重鎮が9年の沈黙を破る
G.CUEとは何者か――Phobia Of Thug、W.C.C.、そして052の系譜
まずこの作品を正しく理解するために、G.CUE(ジー・キュー)の来歴を押さえておく必要がある。1976年生まれ、1994年にラッパーとして活動を開始。DJ MOTOが立ち上げたDIAMOND CREWに所属し、MR.OZとともに1995年にPhobia Of Thug(フォビア・オブ・サグ)を結成。名古屋ギャングスタ・ラップの礎を築いた人物だ。West Coast Connection(W.C.C.)のオリジナルメンバーでもあり、同じくW.C.C.に所属していたAK-69の「兄貴分」としても知られる。ICE CUBE、WC、KURUPT、DAZ、DJ QUIKといった西海岸のレジェンドたちともライブセッションを重ねてきた。2009年にGANXTA CUEからG.CUEに改名し、2017年にソロアルバム『舌代』をリリース。つまり本作『斧音菊』は、あの『舌代』以来9年ぶりのフルアルバムとなる。
名古屋のヒップホップシーンにおけるG.CUEの存在感は、音楽だけにとどまらない。大須でセレクトショップ「ASIAN-P」を経営し、毎年9月にはシーン活性化を目的とした大型イベント「大九祭」を主催。デニムブランド「KAMAKAZY JEANS」のプロデュースも手がけるなど、名古屋052カルチャーの体現者だ。HIPHOPCsのDJ2highインタビューでもDJ RYOWの名が挙がっていたが、G.CUEが17歳の頃にバイトしていたショップ「ペンタゴン」には、AK-69が後輩として、DJ RYOWが客として通っていた。つまりこの3者の関係は30年近い歴史を持つ。
DJ RYOW & Space Dust Clubの実力――木梨憲武からBun Bまで
本作のビートを全面的に手がけたDJ RYOW & Space Dust Clubについても整理しておこう。Space Dust ClubはDJ RYOW(Instagramフォロワー9.9万人)を中心に、LS STORY、TENYUFKらで構成されるビートメイカーチームだ。2022年の『THE BEAT TAPE』『THE BEAT JACK』でチームとしての存在感を示し、近年は木梨憲武のアルバム『木梨ソウル』への「No Gravity」提供、さらにはヒューストンのレジェンドBun Bとの「Cherry Blossom」(2024年『YOKOZUNA TRILL』収録)でも国際的な評価を獲得している。DJ RYOWはDJ・プロデューサーとして名古屋と大垣を拠点に活動し、名古屋シーンにおけるビート供給の要でもある。HIPHOPCsのDJ Couzインタビューで語られたAK-69×MACCHOの制作秘話にも通じるが、名古屋にはDJとラッパーの長期的な信頼関係が生む独特のケミストリーがある。DJ RYOWとG.CUEの関係もまさにその典型だ。
タイトルの二重構造――「斧音菊」と「斧琴菊」
ここで明確にしておきたいのが、タイトルの読みと構造だ。アルバム名『斧音菊』は「ヨキオトキク」、リード曲「斧琴菊」は「ヨキコトキク」と読む。「斧」=「よき」(斧の古語)、「音」=「おと」と「琴」=「こと」の一文字違いで、アルバム全体が「良き音を聴く」、楽曲単体は「良き事を聴く」という意味を持つ。この二重の言葉遊びは、G.CUEのリリシストとしての矜持を感じさせる。なお「菊」は日本文化における高潔さの象徴であると同時に、名古屋の市花でもある。このタイトルには052への愛着が込められていると読むのが自然だろう。
アルバム『斧音菊』の全体像――NANJAMAN、紅桜、Mr.OZ参加の全7曲
本作は全7曲収録のフルアルバムで、客演にNANJAMAN、紅桜、コーラスにMR.OZが参加している。MR.OZはPhobia Of Thugの盟友であり、W.C.C.のオリジナルメンバー。30年来の相棒が再びアルバムに参加している事実は、このプロジェクトが単なる新譜以上の意味を持つことを示唆している。NANJAMANとの「FACE 2 FACE」、紅桜との「HOMIE」、そしてインスト的な冒頭の「INTRO」から締めの「OUTRO -その瞳に-」まで、G.CUEの30年のキャリアが凝縮された構成だ。
楽曲「斧琴菊」のサウンド分析
リード曲「斧琴菊」は、美しいサンプルとトラップ的な重低音が交錯するビートの上で、G.CUEが言葉を刻む。DJ RYOW & Space Dust Clubが構築した音像は、2026年の名古屋から発信される「和洋折衷」の新しい回答を提示している。MV(ディレクター:HAYAMI KUROKAWA & TOMOYA)も同日公開され、映像を通じてG.CUEのストリートに根ざした佇まいと、楽曲が持つ空間的な広がりを視覚的に体感できる。
特筆すべきは、Space Dust Clubのビートアプローチだ。彼らはBun Bや木梨憲武への楽曲提供で示した国際的なサウンドメイキングのスキルを持ちながら、ここではあえて日本的な音色を取り入れている。これはHIPHOPCsのdj hondaインタビューで語られた「音楽は音楽でしかない。オールドもニューも関係ない」という哲学にも通じる。国際的な経験を積んだプロデューサーが、あえてローカルに回帰する。その選択こそが、2020年代後半の日本のビートシーンの成熟を物語っている。
名古屋シーンの「今」と052の次世代
3月28日にはclub JB’Sでリリースパーティーの開催が決定している。出演には客演の紅桜やMR.OZに加え、名古屋の盟友”E”qual、DOPEMAN、SOCKS、さらにDJ RYOWのアルバム『It Was All A Dream』に参加したAndreやALBAら若手も名を連ねる。
ここにHIPHOPCsとしての視点を加えたい。W.C.C.の系譜にあるG.CUEが、DJ RYOWという次世代のプロデューサーと組んでアルバムを出し、そのリリースパーティーにさらに若い世代が参加する。この構図は、名古屋052シーンの世代間継承がきわめて健全に機能していることの証左だ。DJ Couzがインタビューで語ったAK-69とのエピソードが示すように、名古屋には「先輩が後輩を引き上げ、後輩が先輩をリスペクトする」という文化が根付いている。G.CUEがかつてAK-69を厳しく鍛えたように、今度はG.CUE自身がDJ RYOWの音で新しいフェーズに入る。この循環こそが052の強さだ。
HIPHOPCsの評価:9年の空白が生んだ「余白」の価値
率直に言えば、全7曲というボリュームは物足りなさも残る。また、後半にかけて展開がやや定型的になる箇所もある。しかしG.CUEが9年間アルバムを出さなかったこと自体が、この作品に独特の「余白」を与えている。30年間ストリートにこだわり続けてきた男が、50歳を目前にして何を語るのか。その答えが全7曲に凝縮されている。多作であることが正義とされがちな現代のストリーミング時代にあって、「寡黙であること」の価値を体現する作品だ。
名古屋ヒップホップの黎明期からシーンを牽引してきたG.CUEと、国際的な実績を持つDJ RYOW & Space Dust Club。この組み合わせが生んだ『斧音菊』は、052シーンの過去と未来をつなぐ重要な一枚だ。「良き音を聴く」と「良き事を聴く」。その二重の意味を、リスナーそれぞれの耳で確かめてほしい。
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よくある質問
G.CUEとはどんなアーティストですか?
1976年生まれ、名古屋を拠点に1994年から活動するラッパーです。Phobia Of ThugやW.C.C.(West Coast Connection)のオリジナルメンバーとして、名古屋ギャングスタ・ラップの黎明期からシーンを牽引してきました。2009年にGANXTA CUEから改名。AK-69の兄貴分としても知られ、ICE CUBEやKURUPTらとの共演実績を持ちます。音楽以外にもアパレルショップ「ASIAN-P」経営、大型イベント「大九祭」主催など多方面で活動しています。
アルバム「斧音菊」と楽曲「斧琴菊」の違いは?
アルバム名『斧音菊』は「ヨキオトキク」(良き音を聴く)、リード曲「斧琴菊」は「ヨキコトキク」(良き事を聴く)と読みます。「音」と「琴」の一文字違いで異なる意味を持たせた言葉遊びです。アルバムは全7曲収録で、客演にNANJAMAN、紅桜、コーラスにMR.OZが参加しています。
DJ RYOWとSpace Dust Clubの関係は?
Space Dust ClubはDJ RYOWを中心に、LS STORY、TENYUFKらで構成されるビートメイカーチームです。DJ RYOWは名古屋と大垣を拠点に活動するDJ・プロデューサーで、Instagramフォロワーは約9.9万人。木梨憲武『木梨ソウル』への楽曲提供や、ヒューストンのラッパーBun Bとの「Cherry Blossom」など国際的な実績も持ちます。
リリースパーティーの情報は?
2026年3月28日(土)にclub JB’Sでリリースパーティーの開催が決定しています。紅桜、MR.OZ、”E”qual、DOPEMAN、SOCKS、Andre、ALBAなどが出演予定です。
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