なぜDrake『ICEMAN』がホワイトハウスのICEプロモに?fake fedsと歌った曲が政治利用された皮肉

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Drakeが5月15日に同時リリースした『ICEMAN』『HABIBTI』『MAID OF HONOUR』、3作品43曲。

その同じ日、ホワイトハウス公式Xアカウントが、『ICEMAN』のカバーアートを改変した画像を投稿した。

Michael Jackson風のグローブが握っているのは、ダイヤモンドで飾られた「MAGA」のチェーン。キャプションは「ICED OUT」。米国移民税関捜査局(ICE)を想起させる表現である。

翌5月16日、ホワイトハウス公式TikTokが続報を出した。Drake『ICEMAN』収録曲”Make Them Know”のアウトロをBGMに、Trumpがヘリコプターから降りる映像と、ICE職員が市民を拘束する映像を編集した動画。動画の趣旨は、Trumpを”Iceman”の称号者として位置づけるものだった。

ここに、見落とせないねじれがある。

Drake本人は、『ICEMAN』収録曲”Ran To Atlanta”で、こう歌っている。

「When I tell you dip ‘cause it’s Ice time, b***h, it ain’t the fake feds」──「俺がIce timeだから逃げろと言うときは、それは偽の連邦機関じゃない」。

Drakeは、ICEを”fake feds”(偽の連邦機関)と呼んでいる。その曲を含むアルバムが、ICE文脈のプロモ素材になった。

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何が起きたか

本誌が確認した範囲を、まず整理する。

  • 5月15日 午前6:50(米国東部時間):ホワイトハウス公式X(@WhiteHouse)が、Drake『ICEMAN』カバーアートをAI改変した画像を投稿。Michael Jackson風のグローブが、MAGAチェーンを握る構図。キャプションは「ICED OUT」。本誌が一次確認。本稿確認時点で、いいね約9万、リポスト約2.3万、返信約8,600件。
  • 5月16日:ホワイトハウス公式TikTok(@whitehouse)が、Drake “Make Them Know”のアウトロを使った17秒の動画を投稿。Trumpがヘリから降りる映像と、ICE職員の活動映像を編集したもの。本誌が一次確認。USA Today報じるところでは、5月19日時点で再生数1,370万超。
  • Drake『ICEMAN』収録の”Ran To Atlanta”で、DrakeはICEを”fake feds”と呼んでいる。歌詞は本誌が確認。
  • ヒップホップ・レジェンドのScarfaceが、ホワイトハウスの『ICEMAN』カバー改変に反応するInstagram投稿を行い、その後削除した、とComplexが報じている。
  • Drake/OVO側からの公式コメントは、本稿確認時点(5月19日)で出ていない。ABC Audioは、Drakeにコメントを求めて連絡を取っている、と報じている。

これは初めてではない

ホワイトハウスが現役アーティストの楽曲を、移民政策のプロモ素材として使う動きは、今回が初めてではない。

2025年、Olivia Rodrigoの”All-American Bitch”が、国土安全保障省/ホワイトハウスの動画でICEの摘発映像とともに使われた。Rodrigoはインスタで強く批判した。「私の音楽を、あなた方の人種差別的で憎悪に満ちたプロパガンダのために使わないで」。

同じく2025年、Sabrina Carpenterの”Juno”も、ICE関連の動画に使われた。Carpenterは「この動画は邪悪で、おぞましい。私や私の音楽を、あなた方の非人道的な政策のために絶対に使わないで」と批判した。

つまり今回のDrake『ICEMAN』利用は、単発の事件ではない。米国政府の公式アカウントが、その時々で話題のポップカルチャー楽曲を、移民政策の演出に使う流れの延長線にある。

RodrigoとCarpenterは公式に抗議した。それでも、流れは止まらなかった。今回のDrakeが3度目である。

Drakeが歌っていたこと

“Ran To Atlanta”の歌詞は、本作の中でも特に直接的にICEを否定的に扱った箇所だ。

「When I tell you dip ‘cause it’s Ice time, b***h, it ain’t the fake feds」。Drakeは「Ice time」という言葉を、ICEのような国家機関ではなく、自分自身(=Iceman)の攻撃の時間として再定義している。「”fake feds”(偽の連邦機関)」という言い方は、ICEを軽蔑的に呼ぶ表現として読める。

この歌詞が収録されたアルバム『ICEMAN』を、ホワイトハウス公式アカウントが、ICE文脈のプロモに使う。あるいは、Trumpを”Iceman”として演出するために使う。

Drakeが言葉として明確に否定した対象が、Drakeの音楽を使ってDrakeの称号を借りる。構図としては、こうなる。

Drakeは過去、Adin Rossなど右派寄りのインターネット人物との交流で、批判を浴びたことはある。ただし、Drake自身が政治的に保守派と同じ立場を取ったり、MAGAを支持したりした事実は、本稿確認時点では確認できない。むしろ、ICEを”fake feds”と呼ぶ歌詞からは、その逆の立場が読み取れる。

そして、Drakeはカナダ人である。トロント出身。Trumpがかつて「51番目の州」と呼んだ国の、最も国際的なヒップホップ・アーティストだ。その作品が、米国の国境政策の演出素材になった。

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“Iceman”という名前の所有権

“Iceman”という呼び名は、ヒップホップやスポーツの歴史の中で、複数の人物が共有してきた。

NBAのGeorge Gervin。R&BシンガーのJerry Butler。Chicago BearsのクオーターバックCaleb Williams。そしてDrake。ホワイトハウスは今回、その系譜にTrumpを加えようとしている。

ただし、Drakeが今回の『ICEMAN』で打ち出した”Iceman”は、ただの呼び名以上のものだ。

Kendrickとのビーフから1年。untouchable(誰にも触れない無敵の存在)だった自分像を、一度後ろに下げて、別の名前で立ち直そうとしたDrakeの仕掛けである。冷たくて、少しひねくれていて、苦い別人格。アルバムタイトル、ジャケット、3作品同時リリースの規模感まで含めた、ひとつの作品単位だ。

その作品単位が、本人の手を離れて、別の政治的な文脈に取り込まれた。

ジャケットの画像はAIで改変され、楽曲のアウトロは動画のBGMになり、”Iceman”の称号はTrumpに重ねられた。Drakeが作った人格は、Drakeのものではなくなった。少なくとも、ホワイトハウスのアカウント上では。

Scarfaceの反応と、Drakeの沈黙

ホワイトハウスの動きに対して、ヒップホップ・カルチャー側からの最初の公開反応は、Scarfaceからだった。

Complexの報道によれば、Scarfaceは5月15日にホワイトハウスのMAGA改変画像に反応するインスタ投稿を上げ、その後削除した。彼の批判は、Drake個人への批判ではない。「ヒップホップが、こういう形で使われること」自体への反応である、と読める。

一方、Drake本人およびOVO(Drakeのレーベル/クルー)からは、本稿確認時点で公式なコメントは出ていない。

これは、Sabrina CarpenterやOlivia Rodrigoが、即座に公式の批判を出した過去の事例とは対照的だ。

沈黙の理由は、本稿では推測しない。リリース直後のプロモ期で動きにくいのか、法的対応を準備中なのか、戦略的に無視しているのか。外部からは判別できない。確認できるのは、本稿時点で公式コメントは出ていない、という事実だけだ。

これは何を示しているのか

本事件が示しているのは、特定の政治的立場の評価ではない。もう少し構造的なことだ。

アーティストが作品を世に出した瞬間、その作品はもう本人だけのものではない。

タイトル、ジャケット、楽曲のフレーズは、SNSで切り取られ、AIで改変され、本人の意図と無関係な文脈に乗せられる。これはストリーミング時代以前にもあった現象だが、AI画像生成と政府公式アカウントの組み合わせは、その規模とスピードを、一段変えた。

Drakeが『ICEMAN』で組み立てたのは、「自分が誰にも触れない存在ではないことを認めた上で、別人格で立て直す」物語だった。冷たくて、ひねくれていて、苦い”Iceman”という人格を、Drakeはキャリアの転換点として配置した。

しかしリリース当日、その人格は本人の手を離れた。

ホワイトハウスのアカウント上では、”Iceman”はTrumpの称号になり、Drakeの楽曲はICE文脈のプロモ素材になった。Drakeが歌詞で”fake feds”と呼んだ機関が、その曲を使って自らを正当化する映像のBGMになった。

これは、Drake個人の問題ではない。RodrigoとCarpenterに続く、3度目の同じ構造の事件である。

違いは、Drakeがカナダ人であること。そして、ICEを直接歌詞で否定した曲を含むアルバムが対象になったこと。ねじれの濃さが、過去2件より一段強い。

音楽は、もう作った本人の意図だけでは完結しない。誰が、どんな文脈で、どんな映像と組み合わせて使うかは、本人の管理を離れる。これが2026年5月の現実だ。

Drakeは『ICEMAN』で、untouchableではない自分を認めた。皮肉なことに、自分の音楽もuntouchableではないこと──誰かによって、本人の意図とは異なる目的に転用されうること──も、同じ作品が証明することになった。

『ICEMAN』は、Drakeが自分をもう一度定義し直すための名前だった。だが、リリース直後、その名前は別の権力によって、別の意味を与えられた。

2026年のヒップホップでは、作品を出すことは、もはや作品を所有し続けることを意味しない。


出典・参照

一次情報(本誌が直接確認)

主要メディア報道

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──HIPHOPCs編集部

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