2026年4月、ヒップホップのニュースは多すぎた。だが、本当に多かったのはニュースの数ではない。起きていたのは、別のことだ。ヒップホップの「継ぎ方」が、一斉に変わり始めていた。
POP YOURS、Coachella、Drakeの訴訟、AI音楽、Kendrickをめぐる決算──全部別の事件のはずなのに、並べて見ると同じ問いに収斂していく。次の時代のヒップホップを、誰が、どのように継ぐのか。
月間ニュースという形を、HIPHOPCsで初めて出す。週刊ニュースが「今週、何が起きたか」を追うなら、月間ニュースは「今月、何が見えてきたか」を読み解く。各週の事件の細部は週刊に譲って、本記事では、それらを束ねる一本の線を引いてみる。
千葉雄喜、POP YOURS DAY 2で27人編成オーケストラ──日本ヒップホップが「ライブ実演」で更新された日
POP YOURS 2026 DAY 2、千葉雄喜は総勢27名のオーケストラ編成でステージに立った(Spincoaster報道)。POP YOURS 2026のフェス全体についてはHIPHOPCsの完全レポートで、LANA・千葉雄喜・KEIJUの3ヘッドライナーが示した「多様性の制度化」として既に総括している。本記事では、その総括の上で、千葉雄喜のステージが「継承の月」というテーマに対して何を意味したか、という一点に絞って読み解く。
千葉雄喜の音楽的キャリアは、KOHH名義の作品群と、改名後の千葉雄喜名義の作品群に分かれる。POP YOURSという、現在の日本ヒップホップ最大規模のフェスの中央で、彼が選曲し、生演奏で再構築したのは、千葉雄喜名義の楽曲だった。これは、KOHH期からの継承を、生演奏という最も儀式的な形式で行った、ということでもある。
同じPOP YOURS 2026を巡っては、SEEDAがフェスのキュレーションへの怒りを表明し、HIPHOPCsではItaqの違和感をECDからEric.B.Jr.までの「外側」の闘争史として論じた。継承の作法を巡る議論は、千葉雄喜のオーケストラだけでなく、SEEDAが選んだ20分の使い方、Itaqの「呼び方を分けたほうがいい」という発言を含めて、4月の日本シーンを横断する一つの主題だった。
もうひとつ、4月末に拾わなくてはいけない動きがある。YZERRが、初の全国ツアー”RICH OR DIE III”を始動させた。4月28日の東京・豊洲PITを皮切りに、5月以降は大阪、熊本、福岡、沖縄、仙台、名古屋、札幌、川崎、新潟、広島、高松まで、全12公演。ツアーの5日前、4月23日には新作アルバム『Rich or Die 3』を公開した。14曲目は「Flawless」という曲で締めくくられている。
BAD HOPの解散から2年。川崎の集団が育てた一人のラッパーが、自分の名前だけを掲げて全国を回り始めた。
しかも、YZERRが4月28日のステージから発したのは、ツアー初日の宣言だけではなかった。同じMCで、自身が主催するヒップホップフェスFORCE Festival 2026の開催日と開催地を発表している。「Forceのフェス、10月に開催するんで。10月24日かな。川崎でやるよ今回は。」──2025年に横浜アリーナで延べ3万人を動員した日本最大級のヒップホップフェスが、2年目にBAD HOPの発祥地・川崎へ移る(HIPHOPCs:FORCE Festival 2026は10月24日・川崎で開催)。
千葉雄喜のオーケストラと、YZERRの全国ツアーと、川崎で再起動するFORCE Festival 2026。並べて見ると、同じ4月の日本シーンに、継承の型が二つ立ち上がっていることに気づく。一つは、KOHHから千葉雄喜へという、自分の中で名前を引き継ぐ継承。もう一つは、BAD HOPからYZERRへという、集団から個人へほどけていく継承──同時にその個人が、フェス主催という立場で、川崎という地名を再起動しようとしている。形式は違うが、どちらも、誰かが何かから継いでいることに変わりはない。
Creepy Nuts、北米ツアー完走──日本語ラップがCoachellaのステージで成立した
Creepy NutsのCoachella 2026出演とR-指定の「No samurai, no ninja, no Karate Kid, no Mr. Miyagi, no Shohei Ohtani」というMCについては、HIPHOPCsのCoachella 2026現地レポート(全138組中ヒップホップは8組という背景含む)と、週刊ニュース4月第3週で「japanese」を全11曲のセットリスト4曲目に配置した意図を含めて、一次ソースで深掘り済みである。
本記事ではその総括の上で、4月のCreepy Nutsを「継承の月」の文脈で位置づけ直す。Indio(Coachella、Gobi Stage、2週連続クローザー)、New York(Hammerstein Ballroom)、Chicago(Auditorium Theatre)、Mexico City(Pabellón Oeste)を巡る5公演の完走は、日本語ラップの射程が、地理と言語を超えて拡張可能であることを、ライブ実演で示した(Creepy Nuts NORTH AMERICA TOUR 2026公式日程、Anime News Network)。Billboardは「Coachella Day 1の最も思い出に残るパフォーマンス10選」の一つとして同グループを挙げた。
1990年代のヒップホップにおいて、王座の射程は基本的に英語圏の中で完結した。2026年4月のCreepy Nutsの到達点は、日本語のラップが英語圏のフェス規模の観客に対して、楽曲のバイラル性ではなく演奏の完成度で成立する段階に入ったことを示している。これも一つの継承の形である──地理を超えて、王座そのものの定義を更新する継承。
Kendrick LamarとUMG──四半期決算という新しい戦場
2025年4月29日、Music Business Worldwideは、Universal Music Group(UMG)のQ1 2025決算を報じた。同四半期の売上は29億1百万ユーロ、サブスクリプション収益は12億5,200万ユーロ。そしてUMGが「四半期トップセラー」として名指したアーティスト群の筆頭にKendrick Lamarがいた。Sabrina Carpenter、Lady Gaga、The Weeknd、Mrs. GREEN APPLEと並ぶ位置である。
そして2026年4月29日、UMGはQ1 2026決算を公表した。売上は29億ユーロ(約33.9億ドル)、定通基準でYoY +8.1%。サブスクリプション収益は13億ユーロ。トップセラーとして名指しされたアーティストは、BTS、Olivia Dean、Taylor Swift──Q1 2025で筆頭に位置したKendrick Lamarの名は、今回のリストには入らなかった(Music Business Worldwide、UMG公式リリース)。
HIPHOPCsでは2026年4月、ヒップホップが米国Billboard Hot 100のトップから消えていく構造を「Kendrick Lamarが悪いのか」として論じた。Hot 100から消え、四半期決算書のトップからも消える。それでもKendrickは、2月にグラミー史上最多受賞を確定させている。チャートの王座でも、四半期の経済の王座でもなく、権威の王座だけが彼の手元に残った──というのが、4月終わりに見える Kendrick の現在地である。
付記しておくと、Kendrickは2026年2月1日の第68回グラミー賞で5部門を受賞し、通算27個に到達。Jay-Zの通算25個を上回り、グラミー史上最多受賞のラッパーとなった(GRAMMY公式、Billboard、Variety各社報道)。Best Rap Album「GNX」、Best Rap Song「TV Off」、Best Melodic Rap Performance「luther」、Best Rap Performance「Chains & Whips」(Clipseフィーチャリング)、そしてRecord of the Year「luther」。文化的勝利を経済的に確定させる、というのは少なくとも四半期単位ではすでに別の王に席を譲った。残ったのは、消えにくい権威のほうだった。
ここでいう継承とは、人から人へ受け渡されるものだけではない。表現の権利、制作の主導権、そしてヒップホップを誰が定義できるのかという権限そのものも、いま別の場所へ移り始めている。
Drake「Not Like Us」訴訟、控訴審へ──disは法廷で永久化されるのか
2025年1月、Drakeは「Not Like Us」を巡る名誉毀損でUniversal Music Group(UMG)を訴えた。提訴先は、ニューヨーク州南部地区連邦地裁。だが地裁は同年、訴えを棄却する。Drakeは諦めず、第二巡回区連邦控訴裁に控訴。2026年4月17日、Drake側はリプライ書面を提出した(Music Business Worldwide報道)。
注目すべきは、4月初旬に提出されたamicus brief(法廷助言書)である。Yale Law Schoolに所属する法学者を含む複数の専門家が、UMG側を支持する形で意見書を提出した(Billboard Pro、Music Business Worldwide)。争点は単純な名誉毀損ではない。アーティストが楽曲制作を通じて第三者の名誉を毀損した場合、レーベルは表現責任を負うのか。disは創作なのか、攻撃なのか。修正第1条の射程はどこまで及ぶのか。
判決の方向次第で、ヒップホップにおけるdisの法的位置づけが変わる。HIPHOPCsではDrakeのアルバム「ICEMAN」5月15日リリース確定の経緯と意味を別稿で詳報しているが、ICEMANのリリース戦略と本訴訟の進行は、Drakeの2026年を読み解く二つの軸として並行的に機能している。
4月後半、トロント市内の氷の彫刻に隠されたリリース日が公表され、ICEMANは5月15日リリースに確定した(Variety、Billboard各社報道)。同月、Drakeは法廷で控訴審のリプライ書面を提出し、市場ではアルバム・ロールアウトを最大規模で展開している。司法と市場、disの永久化と新作の解禁。Drakeの2026年4月は、二つの戦線が同時並行的に進行する月だった。
Suno訴訟、新局面──AI音楽の争点は「持ち出せるか」に移った
2024年6月、UMG、Sony Music、Warner Musicの三大メジャーは、AI音楽生成サービスSunoとUdioを著作権侵害で提訴した。Sunoのモデル学習データに、無許可で2万曲以上の既存楽曲が使用されたとする訴訟である(各社報道)。
2026年4月9日、Digital Music NewsはUMG-Suno間の和解交渉が決裂したと報じた。さらに同4月24日、UMGはニューヨーク連邦地裁に対し、Warner MusicがSunoとの間で既に成立させた和解条件の法的開示を求める申し立てを行った(Digital Music News)。争点は、AIが学習データとして既存楽曲を使用すること自体ではない。AIが生成した楽曲を、Sunoのアプリ外に持ち出して配布・販売できるか──この一点に争点がシフトしている。
このテーマは、ヒップホップにとって他人事ではない。2024年4月、Drakeは楽曲「Taylor Made Freestyle」でAI生成されたTupac Shakurの声を使用し、Tupacの遺産管理財団から法的圧力を受けて楽曲を取り下げた経緯がある(Variety、Rolling Stone)。Kanye Westを含む複数のアーティストの制作過程でも、AI利用を巡る議論は既に表面化している。ヒップホップとAIの接続は既に常態であり、Suno訴訟の判決はジャンル全体の制作経済を再定義する。4月後半の動きは、この再定義が「学習」から「持ち出し」のフェーズに進んだことを示している。
付記:Wu-Tang Clan、Rock & Roll Hall of Fame殿堂入り──過去から現在への継承
2026年4月13日、Rock & Roll Hall of Fameは2026年クラスの殿堂入りアーティストを発表した。Performer部門8組の中に、Wu-Tang Clanの名がある。Phil Collins、Oasis、Iron Maiden、Sade、Luther Vandross、Billy Idol、Joy Division/New Orderと並ぶ位置である(AP通信、Hollywood Reporter、Rolling Stone各社報道)。Wu-Tang Clanは初ノミネートでの殿堂入りとなった。式典は11月14日、Los AngelesのPeacock Theaterで開催される。
1993年の『Enter the Wu-Tang (36 Chambers)』から33年。Wu-Tang Clanがロックの殿堂に入るということは、ヒップホップというジャンルが、ポピュラー音楽の正典の中央に到達したことの象徴的な確認でもある。同じ2026年クラスのEarly Influence Awardには、Queen LatifahとMC Lyteも名を連ねている。ヒップホップの「歴史化」が、複数の世代を縦断して同時に進行している。
同月、Wu-Tang Clanはもう一つの動きにも揺れていた。29年ぶりとなる来日公演「Wu-Tang Forever: The Final Chamber」(5月24日Kアリーナ横浜)に向けて、ゲストアクト60分枠(キングギドラ・Awich・般若・¥ellow Bucks)を巡るSNS論争が起きた。HIPHOPCsではWu-Tang Clan来日2026とゲストアクト論争が可視化したものとして、興行が「単独で完結する邂逅」から「複数の主体が並ぶ共作の場」へ移行した制度的転換を論じた。殿堂入り(過去の正典化)と、ゲストアクト論争(現在の興行モデルの転換)。Wu-Tang Clanは、自らの過去と現在の両方を、別の手段で同時に問われている。これもまた、ヒップホップが未来に向けて王座を引き継ぐと同時に、自らの過去を制度化された記憶へと刻みつけ始めている、ひとつの動きである。
「継承の月」として、2026年4月を読み直す
HIPHOPCsの週刊ニュースは、2026年4月の各週を独自の主題で読み解いてきた。4月第1週の「越境と清算」、4月第2週のAfrika Bambaataa死去とヒップホップが何を歴史として残すかという問い、4月第3週の「外から与えられた枠組みに当事者がどんな道具で応答したか」、4月第4週の「裁かれる者たち──誰が基準を決めるのか」。週ごとの主題は、それぞれその週の輪郭を正確に捉えていた。
だが、4週間を月単位で並べて見直すとき、別の輪郭が浮かぶ。週単位では「越境」「歴史」「応答」「裁かれる」と異なる主題に見えていた事象が、月単位では一つの問いに収斂する。次の時代のヒップホップを、誰が、どのように継ぐのか。
ここまで書いてきて、整理して並べることに少し抵抗を感じた。千葉雄喜のステージと、YZERRのツアーとフェス発表と、Kendrickの決算と、Drakeの控訴審と、Sunoの訴訟と、Wu-Tangの殿堂入り。これらを「全部、継承の話だ」と一行で言い切ってしまうのは、どこか乱暴な気がする。
でも、4週間分の事件を並べて、月という単位で眺めたとき、たしかに見えるものがある。継承の手段が、これだけ多様化しているという事実だ。生演奏で。全国ツアーで。決算書で。判決文で。和解条件の開示で。殿堂入りで。
1990年代、ヒップホップの王座交代は、しばしばストリートの死と結びついて語られてきた。Tupacが死に、Biggieが死んだ。
2026年4月、ヒップホップの王座は、生演奏でも、判決文でも、決算書でも交代する。手段は、もはや一つではない。これは、ヒップホップが「ジャンル」から、もっと大きな何かに広がった結果だと思う。経済圏、司法圏、神話圏。書きながら、まだうまく名前がつかない領域もある。
そして、この多層化は逆説的に、継承を見えにくくしている。週刊ニュースで個別の事件として消費される一つひとつの動きは、月という時間スケールでようやく一本の線として結ばれる。「継承の月」という総括は、その線を可視化する試みである。事件としては既に各週の週刊ニュースで詳報した。本記事の役割は、それらを束ねて、月の輪郭を提示することにあった。
2026年4月は、ニュースが多かった月だった。それは間違いない。だが、月という単位で見直したとき、その奥には別の輪郭があった。継承は、確かに同時に起きていた。
HIPHOPCs View
HIPHOPCsでは2026年5月以降、月間ニュース総括を毎月公開する。単なる出来事の記録ではなく、その月にヒップホップの何が動いたのかを読み直す試みである。2026年4月の主題は「継承」だった。この線は、9月13日、Tupac Shakur没後30年に向けて、さらに大きな論考へ接続していく。
📷 Featured Image Sources
- Yuki Chiba — @pop_yours (POP YOURS 2026 Photo Report )
- Creepy Nuts — @creepynuts_official (Coachella 2026 Live Photo )
- Kendrick Lamar — @kendricklamar (“6:16 in LA” Post, May 3, 2024 )
- Drake — @champagnepapi (Official Post )
- YZERR — @yzerr_breath (“Rich or Die PART III” Album Cover )
- Wu-Tang Clan — @wutangclan (The Final Chamber Tour Announcement )
Images cited under Fair Use for news reporting and commentary. Sourced from respective artists’ official Instagram accounts.
