Earl Sweatshirt x MIKE x SURF GANG『POMPEII // UTILITY』——33曲のダブルアルバムが示す、ヒップホップの”もうひとつの本流”

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via @earlsweatshirt @mikelikesrap @surfgang instagram

チャートの上位を追いかけていると、見落とす。

ストリーミングの再生回数を基準にしていると、気づかない。

ヒップホップの最も濃密な場所で、いま、途方もないスケールのプロジェクトが動いている。

Earl Sweatshirt、MIKE、そしてNYCのプロデューサー・コレクティブSURF GANGによるダブルアルバム『POMPEII // UTILITY』が、2026年4月3日にリリースされる。全33曲。 MIKEが前半15曲の「POMPEII」を、Earlが後半18曲の「UTILITY」を担い、全曲のプロダクションをSURF GANGが手がける。

これはコラボ・アルバムの域を超えている。アンダーグラウンド・ヒップホップのこの10年の蓄積が、ひとつの作品として結実する瞬間だ。


『POMPEII // UTILITY』——プロジェクトの全体像

リリース日: 2026年4月3日

レーベル: 10k / Tan Cressida / SURF GANG Records

形態: ダブルアルバム(33曲)

  • Disc 1「POMPEII」: MIKE担当、15曲
  • Disc 2「UTILITY」: Earl Sweatshirt担当、18曲

プロダクション: 全曲SURF GANG。Harrisonが大半のプロダクションを担当し、evilgiane、Elipropperr、Flea Diamondsらが参加。加えてNiontay、RedLee(10k所属)、Tony Seltzer、Earl Sweatshirt本人、Omari Lyseight、Loukeman、Cajm、Osyris Israelらの名もクレジットされている。

ゲスト:

  • Disc 1(POMPEII): Anysia Kym、Jadasea、Niontay、Na-Kel Smith、Earl Sweatshirt(1曲)
  • Disc 2(UTILITY): MIKE(1曲)、Lerado Khalil

先行シングル: 「Minty // Earth」(ダブルシングル)。「Minty」はevilgianeとPentagrvmのプロダクション、「Earth」はHarrisonのプロダクション。MV監督はIan LopezとRichard Phillip Smith。

ツアー: 「Home on the Range Tour」——6月9日カリフォルニア州リバーサイドを皮切りに北米26公演、その後欧州12公演。Hollywood Palladium(LA)やBrooklyn Paramount(NY)など、1,500〜3,000キャパの中規模会場が並ぶ。

MIKEは自身のサイドにEarlを1曲だけ迎え、EarlもMIKEを1曲だけ迎えている。互いの領域を尊重しながら、ひとつの器に収める。この構造自体が、両者の関係を物語っている。


Earl Sweatshirtとは何者か——沈黙と復帰を繰り返す異端児

Earl Sweatshirt(本名: Thebe Neruda Kgositsile、1994年生まれ)の物語は、常に「不在」と「帰還」の反復で語られてきた。

2010年、16歳でOdd Futureの一員としてミックステープ『Earl』を発表。Tyler, the Creatorが見出した天才児として瞬く間に注目を浴びたが、直後に母親の判断でサモアの全寮制学校へ送られる。約1年半の不在。ファンは「Free Earl」の声を上げ続けた。2012年に帰国し、2013年のデビューアルバム『Doris』はUS Billboard 200で5位を記録。Frank Ocean、RZA、Mac Millerらが参加した同作は、10代のラッパーの苦悩と技巧の密度で新しい水準を刻んだ。

だがEarlは、そこから「期待される方向」には進まなかった。2015年の『I Don’t Like Shit, I Don’t Go Outside』で内省を深め、2018年の『Some Rap Songs』でローファイ・プロダクションと抽象的なリリシズムに完全に舵を切る。15曲で25分弱。ミュートされたサンプル、断片化された構成、意識の流れのようなフロウ。この転換において、MIKEとNYCアンダーグラウンドのsLUmsコレクティブの影響は決定的だったと広く認識されている。

2022年の『Sick!』、2023年のThe Alchemistとのコラボ作『VOIR DIRE』を経て、2025年8月に5thアルバム『Live Laugh Love』を発表。結婚し、父親となったEarlが初めて「幸福」を正面から扱った作品だ。Metacriticで84点。『Some Rap Songs』の実験性を保ちながら、かつてないほど明るいトーンが流れる11曲24分。

つまり『POMPEII // UTILITY』は、幸福と実験の先にいるEarlが、10年来のパートナーと組んで放つ次の一手だ。


MIKEとは何者か——NYアンダーグラウンドの核心

MIKE(本名: Michael Jordan Bonema、1998年生まれ)は、2010年代後半以降のNYCアンダーグラウンド・ヒップホップの核となってきたラッパー/プロデューサーだ。日本語圏でEarl Sweatshirtの名前は知られていても、MIKEを深く知る読者はまだ少ない。だからこそ、ここで掘る。

ニュージャージー州リヴィングストンに生まれ、5歳で渡英、10歳でフィラデルフィアに戻る。NYCでAde Hakimらと共にコレクティブ[sLUms]を結成し、ループベースのビートと内省的なリリックで独自の磁場を作り上げた。

MIKEの音楽を特徴づけるのは、ソウルのサンプルをくぐもった質感で再構築し、その上に低く穏やかな声を載せるスタイルだ。悲嘆、家族、アイデンティティ、日常の質感——テーマは徹底して私的だが、その処理は普遍に達する。ビートの継ぎ目にわずかなノイズを残し、ループの終端でサンプルが息を吐く。クリアネスを拒否することで生まれる親密さが、MIKEの音楽の核にある。

2019年の『Tears of Joy』は、母の死に直面して作られた作品であり、MIKEの最も切実なアルバムのひとつだ。2020年の『Weight of the World』はほぼ全曲セルフプロデュースで、JadaseaとEarl Sweatshirtのみがフィーチャーされた。2021年にはdj blackpower名義でセルフプロデュースした『Disco!』を自身のレーベル10kからリリース。2022年の『Beware of the Monkey』、2023年の『Burning Desire』と、ほぼ年1ペースで作品を重ねてきた。『Burning Desire』収録の「plz don’t cut my wings」にはEarl Sweatshirtが参加しており、両者の共振は途切れたことがない。

MIKEが主宰する10kは、NYアンダーグラウンド・ヒップホップの要衝として機能するインディペンデント・レーベルだ。 Niontay、Anysia Kymといった才能を擁し、ひとつのコミュニティとして音楽を送り出してきた。Navy Blue、Mavi、Medhane、Standing on the Cornerといったアーティストと共鳴し、商業的なスケールとは異なる尺度で影響力を拡大してきた磁場——その中心にMIKEがいる。

この磁場を理解しないまま『POMPEII // UTILITY』を聴くことは、文脈の半分を捨てることに等しい。


SURF GANGとは何か——NYCから世界を書き換えるプロデューサー・コレクティブ

SURF GANGは、ブルックリンを拠点とするプロデューサー・コレクティブ/レーベルだ。2018年にevilgiane(Giane Chenheu)を中心に設立され、Harrison(ミネアポリス出身)、Eera(LA出身)らが共同創設者として名を連ねる。

evilgianeは自分たちの音楽を「ポスト・アポカリプティック・ラップ」と呼んだことがある。だがジャンルの枠で語るのは的外れだ。SURF GANGのサウンドは、プラグ、クラウドラップ、ドリル、電子音楽的な質感、パンク的な粗さを横断し、既存のジャンル区分では捉えにくい。 ブルックリン・ドリルの初期にサンプリングの探求を始めたevilgianeは、「サンプル選びに関しては自分はトロールだ」と語る。ジャンルの境界を意識的に踏み越えることが、SURF GANGの核心にある。

当初はラッパーも擁するクルーだったが(POLO PERKS、Moh Baretta、Harto Falion、Pasto Floccoらが在籍)、現在はプロデューサー集団/レーベル/クリエイティブ・エージェンシーへと進化している。evilgianeはKendrick LamarとBaby Keemの「The Hillbillies」のプロダクションを手がけ、A$AP Rocky、Earl Sweatshirtへのビート提供も重ねてきた。

ここが重要だ。SURF GANGのプロダクションは、MIKEの音楽とEarlの音楽のあいだに立つとき、まったく異なる機能を果たす可能性がある。MIKEのくぐもったソウルサンプル主体の世界に対して、SURF GANGの金属的でジャンル横断的なビートが何を引き出すのか。Earlの近年のミニマルな構成に対して、Harrisonのレイヤーの厚い音像がどう噛み合うのか。33曲という尺は、その化学反応を検証するのに十分な実験場を意味する。

つまりSURF GANGは、アンダーグラウンドに根を張りながら、メインストリームの最上位にも手を伸ばせるポジションにいる。 その全プロダクションで33曲のダブルアルバムを構築するという事実が、このプロジェクトのスケールを示している。


なぜこの3者が合流したのか——10年の共鳴

EarlとMIKEの接点は2016年に遡る。

Earlは、MIKEがNYCアンダーグラウンドで頭角を現し始めた初期からその音楽を聴いていた。共通の友人であるWiki(ラッパー/10kとも縁が深い)を介して直接の交流が始まった。MIKEの『Some Rap Songs』への影響は広く知られているが、逆もまた然りだ。EarlのリリシズムとMIKEの内省は互いを刺激し続けた。

2020年、MIKEの『Weight of the World』収録「allstar」にEarlが参加。2023年にはThe Alchemistとの『VOIR DIRE』にMIKEが参加した「Sentry」が収録され、同年のMIKEのソロ作『Burning Desire』でもEarlとの共作が実現している。これは偶発的なフィーチャリングの連鎖ではなく、10年にわたって継続的に深まってきた音楽的パートナーシップだ。

SURF GANGとの結節点も自然だった。Harrisonを中心としたSURF GANGのプロデューサー陣は、EarlとMIKE双方と個別に仕事を重ねてきた。英メディアThe Faceが2026年3月に公開したインタビュー(The Face)によれば、Harrisonが「長年待たれてきたこのコラボを実現させる鍵となった」とされている。

3者の合流は、偶然でも企画でもない。同じ磁場で10年間呼吸してきた人間たちが、ようやくひとつの作品に収斂した必然だ。


33曲ダブルアルバムの意味——なぜ「POMPEII」と「UTILITY」なのか

33曲。これは尋常なボリュームではない。

Tyler, the Creatorの『CALL ME IF YOU GET LOST: The Estate Sale』が30曲(デラックス含む)、Kanye Westの『Donda』が27曲。だがそれらはソロ・アーティストが拡張したプロジェクトであり、今作とは構造が異なる。『POMPEII // UTILITY』は、MIKEとEarlがそれぞれ独立した作品を持ち寄り、ひとつの枠に並置するスプリット・アルバムの構造をとっている。

タイトルの由来は、前述のThe Faceインタビューで明かされている。

Earlが先に「UTILITY」を選んだ。SURF GANGのビートに感じた金属的な質感から連想が始まり、やがて「クールな人間であることの実用性(utility)——社会的な流動性を持つことの価値」という意味に広がった。

「POMPEII」はMIKEの命名だ。2024年夏、MIKEがLAに来てWarpのスタジオで作業していたとき、全員が疲弊しすぎて凍りついたように動かなくなった。誰かが「ここはポンペイみたいだ」と冗談を言った。ポンペイ——文明の破壊。緩やかではなく、一瞬の壊滅。そしてEarlの「UTILITY」が語る再建。破壊のあとに、人とつながることの実用的な価値を取り戻す。 この2枚は対になっている。


先行シングル「Minty」「Earth」から読み取れるもの

ダブルシングル「Minty // Earth」は、アルバムの構造をそのまま縮小して提示している。

「Minty」はMIKE側のDisc 1から。evilgianeとDCのビートメイカー/デスメタル・ミュージシャンであるPentagrvmの共同プロダクション。MIKEの声と、SURF GANGの音像が溶け合う最初の公式な証拠だ。

「Earth」はEarl側のDisc 2から。Harrisonのプロダクション。Earlのフロウとハリソンのビートの噛み合いが提示される。

Ian LopezとRichard Phillip Smithが監督したミュージックビデオは二部構成で、前半をMIKEが「Minty」で、後半をEarlが「Earth」で担う。アルバム全体の構造——MIKEが前半、Earlが後半——を映像で先取りしている。 この設計の精度は、プロジェクト全体の練度を物語る。


Na-Kel Smithの参加が持つ意味

Disc 1のゲストにNa-Kel Smithの名がある。これは見逃せない。

Na-Kel Allah Smith(1994年生まれ)は、プロスケーターであり、ラッパーであり、俳優だ。Odd Futureのメンバーではないが、その周辺で活動してきた人物であり、Tyler, the Creatorの『Wolf』収録「Trashwang」への参加、そしてEarlの2015年作『I Don’t Like Shit, I Don’t Go Outside』収録「DNA」での胸を打つ客演が、彼の音楽キャリアにおける転換点となった。EarlとNa-Kelはかつて「Hog Slaughta Boyz」というデュオを組んでもいる。

Na-KelがMIKE側のディスクに参加していることは、このプロジェクトがEarlの過去のコミュニティとMIKEの現在のコミュニティを横断していることを示している。 Odd Future周辺とNYCアンダーグラウンドという、2つの磁場の交差点だ。


音はどうなるのか——先行シングルとキャリアから予測する

事前に出ている情報と、3者のこれまでの作品から、いくつかの予測ができる。

まず、MIKEサイドの「POMPEII」。MIKEのソロ作では、ソウルサンプルのループが楽曲の骨格を成してきた。そこにSURF GANGのプロダクションが入ることで、サンプルの処理が変わる。「Minty」で聴けるのは、MIKEの声が持つ穏やかな重力はそのままに、ビートの輪郭がMIKEのセルフプロデュース作より硬く、エッジが立っている質感だ。evilgianeのジャンル横断的なサンプリング哲学が、MIKEの内省にどれだけ異物を持ち込むか。15曲あればその振れ幅は大きいはずだ。

Earlサイドの「UTILITY」はさらに読みにくい。『Live Laugh Love』で到達した穏やかさが持続するのか、SURF GANGの金属的なビートが別の感情を引き出すのか。「Earth」を聴く限り、Earlは『Some Rap Songs』期のミニマリズムと『VOIR DIRE』のシャープさの中間にいるように聞こえる。18曲という尺は、Earlのソロ作としては異例の長さだ。『Doris』が15曲、『Some Rap Songs』が15曲。それを超える物量で何を展開するのか——ここに最大の未知がある。

そして最も注目すべきは、SURF GANGが33曲を通じて「一貫した音世界」を作るのか、「2つの異なる音世界」を設計するのかという点だ。 スプリット・アルバムの構造をとる以上、MIKEとEarlのサイドで音色の文法が変わる可能性が高い。Harrisonがプロダクションの大半を担うなら、その使い分けの精度がアルバム全体の成否を決める。


なぜHIPHOPCsがこれを今書くのか

日本語圏では、少なくとも本稿執筆時点で、このプロジェクトをMIKE、Earl、SURF GANGの三者関係まで含めて整理した記事はまだ多くない。

Earl Sweatshirtの名前は知られていても、MIKEを知る日本の読者は限られる。SURF GANGとなればなおさらだ。だからこそ書く意味がある。

ヒップホップの「本流」は、チャートの上位だけにあるのではない。 ストリーミング時代において、再生回数とアルゴリズムが「何を聴くべきか」を決定する力を持つ中で、Earl、MIKE、SURF GANGのような存在は、その力学の外側で独自の経済圏と美学を構築してきた。MIKEの10k、SURF GANGのレーベル機能、Earlが一貫して維持してきたTan Cressida——いずれもメジャーの枠組みに依存しない自律的な構造だ。

33曲のダブルアルバムをインディペンデントに送り出し、北米26公演+欧州12公演のツアーを組む。会場リストにはHollywood PalladiumやBrooklyn Paramountといった中規模ヴェニューが並ぶ。インディペンデントなアーティスト3組の共作プロジェクトが、これだけの規模のライブ展開を発表時点で確保していること自体が、彼らの動員力を物語っている。これは単なる”マイナーな音楽”ではない。チャートの外側で成立している、もうひとつの本流として見るべきプロジェクトだ。

Kendrick LamarやBaby Keemにビートを提供するevilgianeが、同時にこの33曲の一部を手がけている事実が、アンダーグラウンドとメインストリームの境界がいかに流動的であるかを証明している。

ヒップホップを文化として見るならば、この作品を無視することはできない。Earl Sweatshirtのキャリアを追ってきた者にとっても、NYCの地下水脈に関心を持つ者にとっても、あるいは「いま、ヒップホップのどこが最も面白いのか」を知りたい者にとっても、『POMPEII // UTILITY』は2026年前半の最重要プロジェクトのひとつだ。


リリース前に聴いておくべき作品——文脈を掴むための6枚

『POMPEII // UTILITY』を待つ間に、以下を聴いておくとアルバムの解像度が変わる。本文で触れた作品もあるが、ここでは「何に耳を向けるか」という聴取の焦点を添える。

  • Earl Sweatshirt『Some Rap Songs』(2018)——MIKEの影響がEarlをどう変えたかを聴く作品。サンプルの処理とヴォーカルの距離感に注目。ここが今作の出発点だ
  • MIKE『Tears of Joy』(2019)——MIKEのセルフプロデュースの質感を基準として持っておくと、SURF GANGのプロダクションとの差異がはっきり聞こえるようになる
  • Earl Sweatshirt & The Alchemist『VOIR DIRE』(2023)——Earlが外部プロデューサーとフルアルバムを組んだ前例。Harrisonの音とAlchemistの音の違いを聴き比べる補助線になる
  • MIKE『Burning Desire』(2023)——Earlとの共作「plz don’t cut my wings」で、両者がひとつのビート上でどう棲み分けるかが聴ける
  • Earl Sweatshirt『Live Laugh Love』(2025)——『POMPEII // UTILITY』直前のEarlの精神状態と音の温度を知るための座標
  • SURF GANG『SURF GANG 3』およびevilgianeのプロダクション・ワーク——コンピレーション作品を通じて、SURF GANGのビートの幅と文法を予習できる。Kendrick & Baby Keemの「The Hillbillies」も参考になる

『POMPEII // UTILITY』は、2026年4月3日リリース。 先行ダブルシングル「Minty // Earth」は配信中。2026年春のリリースラッシュの中でも、異質な存在感を放つプロジェクトだ。

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