Exclusive Content:

【HIPHOPCs独占インタビュー】日本と台湾、そしてアジアのシーンを繋ぐキーパーソン、Finesse’Boyの現在とこれから

ますます盛り上がりを見せているヒップホップシーン。特に本場であるアメリカのヒップホップ業界の成長は止まる事を知らず、新たなラッパーが毎日のように誕生し、入れ替わりの激しい実力主義の世界で熾烈な競争を繰り広げているのだ。 しかし、ヒップホップという文化が発展を遂げているのは、危険なイメージと結び付けられがちなアメリカだけではない。 近年、アジアのヒップホップは確実に存在感を高めている。日本ではオーディション番組『Rapstar』にATL JacobやZaytovenといった海外のビッグネームがビートを提供するなど、シーンはすでに国境を越えた動きを見せている。そして、この流れは今に生まれたものではない。 2015年に公開されたKeith Ape、JayAllDay、Loota、Okasian、Kohh(千葉雄喜)による日本と韓国のラッパーのクロスオーバー楽曲「It G Ma」は、現在までに約9000万再生を記録。 https://youtu.be/DPC9erC5WqU?si=xpyFbX0vAD-U5TLF この大ヒットをきっかけに、A$AP FergやWaka Flocka Flameが参加したリミックス版が公開されるなど、アジア発の楽曲が世界的バイラルヒットを記録し、USリスナーの注目を集めることに成功した。 https://youtu.be/aISZPYznhgA?si=WKTiXi2twfu3pHQW その後、コロナ禍に88risingから公開されたRich Brianによる「Tokyo...

Awich×クレイジージャーニー|音楽が”処刑の合図”だったカンボジアで、ラップが希望に

via @awich098 instagram TBS系『クレイジージャーニーSP』(2026年2月9日放送)で、沖縄出身のラッパーAwichがカンボジアを訪れた。音楽が禁じられ、知識人が殺された国。そこで今、ラップが爆発的に広がっている。番組で描かれたカンボジアの過去と現在、そしてVannDa(ヴァンダ)という存在を、歴史の奥まで掘り下げて読み解く。 ※本記事は番組内で語られた内容を軸に、公開情報で補足・裏付けを加えて構成しています。番組内の発言は放送時点の文字起こしに基づくため、実際の発言と細部が異なる可能性があります。 以前取り上げたこの記事 https://hiphopnewscs.jp/2025/03/07/awichasian-state-of-mine-14355/ Awichが語った”沖縄とカンボジアの共鳴” 番組冒頭、Awichはカンボジアの印象をこう表現した。 沖縄と似てる感じがします。その温かさの背景にある痛みとか、辛い歴史とかも似てる気がします 沖縄は米軍基地を抱え、戦争の記憶と日常が隣り合わせの土地だ。Awichはその沖縄で生まれ、アトランタのストリートで生き、夫の死という喪失を経て、痛みを音楽に変えてきたラッパーだ。彼女がカンボジアに立つことは、単なる海外ロケではない。痛みの歴史を持つ土地同士の、声による接続だった。 1960年代クメール・ロックの黄金時代——奪われる前のカンボジア音楽 カンボジアの音楽史を語るうえで、ポル・ポト政権の前にあった黄金時代を知る必要がある。 1960年代、カンボジアは音楽の花盛りだった。ベトナム戦争でアメリカ軍が南ベトナムに駐留し、米軍向けラジオ放送AFNの電波がカンボジアにも届くようになると、本場のロックンロールが流れ込んできた。カンボジアの伝統音楽と西洋ロックが溶け合い、クメール・ロックと呼ばれる唯一無二のジャンルが誕生した。 その象徴がシン・シサモットだ。クメール音楽の王と呼ばれた国民的シンガーソングライターで、伝統音楽からR&B、ロックまであらゆるジャンルを歌いこなした。女性シンガーのロ・セレイソティア、ツイストの女王パン・ロンと合わせた三大レジェンドを中心に、1963年頃にはカンボジア全土で100以上のロックバンドが活動していたとされる。 プノンペンは東洋のパリと称えられ、空港前やリバーサイドのクラブではタイトなスーツの男性とミニスカートの女性が夜通しツイストやゴーゴーを踊り明かした。庶民は1台のラジオを家族全員で囲み、歌謡番組に熱中した。文化を愛したシハヌーク国王自身が映画を撮り、自作曲を歌い、大規模な音楽コンテストを開催するほどだった。 しかし、その華やかな時代は突然終わる。 ポル・ポト政権とクメール・ルージュ——音楽が死んだ3年8ヶ月 1975年4月17日、ポル・ポト率いるクメール・ルージュがプノンペンを陥落させた。この日はゼロ年と呼ばれ、すべてが無から始まるとされた。 ポル・ポトが目指したのは、毛沢東思想の影響を受けた極端な農業社会主義だ。番組内でも紹介されたように、国民全員が農業をやれば幸せな国になるという信念のもと、国民は都市から農村へ強制移住させられた。通貨は廃止され、学校教育は否定され、黒い農民服が国民全員の服装となった。朝5時から夜10時まで、すべて人力の強制労働が課された。 犠牲者数の推計には幅があり、イェール大学のカンボジア人大量虐殺プロジェクトは約170万人、アムネスティ・インターナショナルは約140万人としている。当時のカンボジア人口は約700万〜800万人とされ、最大で人口の4分の1近くが命を落とした計算になる。 芸術家への弾圧は特に苛烈だった。番組内でVannDaの父親が証言したように、ミュージシャン、芸能人、医者、知識人など全てが殺された。さらに、医師や教師を優遇するという名目で自己申告させ、別の場所へ連れ去った後に殺害するという手法がとられた。やがてそれが知れ渡ると、無学文盲を装って逃れようとする人々も現れたが、眼鏡をかけている者、文字を読もうとした者、時計が読める者——少しでも学識がありそうな人間は片っ端から殺された。これは番組内の証言と一致しており、複数の歴史研究でも確認されている事実だ。 VannDaの父親は取材に応じる際、デリケートな話だから、英語じゃなくてカンボジア語でもいいか。ドアを閉めてくれないか。大っぴらに話す話じゃないと前置きした。 強制結婚の実態、食事の時間を過ぎて食べ続けただけで殺された人々、Awichの母方の祖父にあたるとされる人物が教師だったという理由だけで軍に連れていかれた話。ポル・ポト政権が終わった時、国民全員が”ゼロからスタートする”と心に誓った。亡くなった人たちの分も——父親の言葉は重かった。 クメール音楽の王シン・シサモットも、クメール・ルージュの犠牲となったとされる。1976年頃に処刑部隊によって殺されたと考えられているが、正確な死因も日付も不明のままだ。ロ・セレイソティアも強制労働キャンプで命を落としたとされる。黄金時代のレコードやマスターテープは焼却され、ほとんど残っていない。 番組が伝えた衝撃の証言——“音楽は人を殺す合図だった” 番組で最も衝撃的だった証言がある。 たまに音楽が流れたが、それは軍の音楽だった。処刑場で大音量で流し、殺される人の叫び声が聞こえないようにしていた。音楽は人を殺す合図だった ポル・ポト政権下で音楽は完全に消えたわけではなかった。ただし、それは人間の創造性や喜びのためではなく、人間を殺すための装置として使われていた。この事実が、後にVannDaが音楽で成し遂げたことの意味を、圧倒的に重くする。 ポル・ポトは1979年にベトナム軍の侵攻で政権を追われたが、タイ国境付近のジャングルに逃れ、ルビー売買の利権を元手にゲリラ闘争を続けた。番組内では1998年に国境近くのジャングルで死体として発見されたと語られ、死因は心臓発作とされているが真相は諸説ある。裁判で裁かれることなく世を去った。 VannDa(ヴァンダ)とは何者か——Baramey Productionが育てたカンボジアの国民的ラッパー この国で今、最も大きな存在がVannDa(ヴァンダ)だ。 本名マン・ヴァンダ、1997年シアヌークビル生まれ。TuneCore Japanの公式プロフィールによれば、幼少期はカニエ・ウェストやキッド・カディに影響を受けたという。家族の反対を押し切ってプノンペンへ上京し、2019年にカンボジアの音楽プロダクションBaramey Productionに所属して本格的に活動を開始した。 番組では、VannDaが育った地元シアヌークビルの市場が映された。小さい頃、ここで両親が働くココナッツ売り場を手伝ってたんだよ——ストリートの少年だった彼が、カンボジア音楽史を書き換える存在になるまでの距離は、途方もなく遠い。 2021年、転機が訪れる。伝統楽器チャペイの名手マスター・コン・ナイをフィーチャーしたTime to Riseが爆発的ヒット。Baramey Production公式によれば24時間で100万回再生を達成し、2025年時点でYouTube再生回数は1億2900万回を超え、カンボジアのアーティストとして史上最高記録とされている。伝統音楽とヒップホップを融合した唯一無二のスタイルは、タイ、ラオス、ベトナムなど東南アジア全域に波及した。 2024年8月、パリ五輪閉会式でパフォーマンスを披露。Baramey...

【全24曲】衰退を自分で名乗ったJ. Cole『The Fall-Off』と、日本の二人の引退者たち

via @realcoleworld instagram 千葉雄喜の「転生」、Tohjiの「離脱」、Coleの「終章」──全24曲クレジット付き徹底考察 J. Coleが、ついにやってきた。そして、これが最後だと言っている。 皆さんはどう感じただろうか? 長年その名がささやかれ、時に疑われ、時に神話化されてきたアルバム『The Fall-Off』。2018年の『KOD』収録「1985 (Intro to The Fall...
ホーム ヒップホップチャート KID FRESINO×YONCE「back for me」レビュー|バンドセッションが生む新たな対話

KID FRESINO×YONCE「back for me」レビュー|バンドセッションが生む新たな対話

0
KID FRESINO×YONCE「back for me」レビュー|バンドセッションが生む新たな対話
バンドとラップが交差する瞬間──「back for me」
読了時間: 約4分

バンドセッションとラップの融合──それがKID FRESINOとYONCEによる「back for me」の核心だ。本作は、三浦淳悟、佐藤優介、斎藤拓郎、石若駿という実力派ミュージシャンによる生演奏を土台に、二人のボーカリストが対話を重ねる。東京ガーデンシアターでのワンマン公演を控えたタイミングでのリリースは、KID FRESINOの新たな方向性を示唆している。

KID FRESINO「back for me」feat. YONCE|バンドセッションが生む新たな質感

生演奏が作り出す有機的なグルーヴ

イントロから聴こえてくるのは、石若駿のブラシワークだろうか。ミドルテンポのビートに、佐藤優介のエレクトリックピアノが柔らかく絡む。斎藤拓郎のギターは控えめながら、要所で空間を彩る。三浦淳悟のベースラインは、ヒップホップ的な重さを保ちながらも、ジャズ的な動きを見せる。浦本雅史のミックスは各楽器の分離を保ちつつ、全体として一つの塊として聴かせる。Colin Leonardのマスタリングも、配信時代に最適化された音圧感だ。

二人のボーカリストが描く対話

KID FRESINOのラップとYONCEの歌唱が交互に現れる構成は、単なるフィーチャリングを超えた対話性を持つ。YONCEの声質は、Suchmosで聴かせるソウルフルさとは異なり、より内省的な響きを持つ。KID FRESINOも普段のアグレッシブなフロウを抑え、バンドの呼吸に合わせたデリバリーを選択している。ただし、この抑制が時に物足りなさを感じさせる瞬間もある。もう少し感情の振れ幅があってもよかったのではないか。

Punchline:戻ってこない何かへの眼差し

「back for me」というタイトルが示唆するのは、戻ってほしいという願いだろう。歌詞の詳細は公式リリースを待つ必要があるが、楽曲全体から漂うノスタルジックな雰囲気は、失われたものへの眼差しを感じさせる。バンドセッションという形式自体が、デジタル制作が主流の現在において、ある種の「戻る」行為とも解釈できる。HIPHOPCsとしては、この回帰的な姿勢が、単なる懐古主義ではなく、新たな表現の模索であることを期待したい。

シーンにおける位置づけと今後の展開

日本のヒップホップシーンにおいて、バンドセッションとの融合は決して新しい試みではない。しかし、KID FRESINOがYONCEという異なるフィールドのアーティストと組み、さらに実力派ミュージシャンを起用したことは、ジャンルの垣根を越えた音楽制作の可能性を示している。2026年7月中旬に予定される10インチレコードの限定生産も、フィジカルメディアへのこだわりを感じさせる。ただし、この方向性が今後のKID FRESINOの活動にどう影響するのか、一過性の実験なのか継続的な探求なのかは、まだ判断できない。

関連記事:ウィークリー日本語ラップ

よくある質問

KID FRESINO「back for me」のフィーチャリングアーティストは誰ですか?

YONCEがフィーチャリングとして参加しています。YONCEはSuchmosやHedigan’sのメンバーとして知られるアーティストです。この楽曲では、三浦淳悟(Ba)、佐藤優介(Pf)、斎藤拓郎(Gt)、石若駿(Dr)によるバンド編成でレコーディングされています。

「back for me」のレコード盤は発売されますか?

10インチレコード盤が2026年7月中旬に限定生産される予定です。詳細な発売日や購入方法については、アーティストの公式情報をご確認ください。

KID FRESINOの最新ライブ情報を教えてください

2026年2月8日に東京ガーデンシアターでワンマンライブ「KID FRESINO 21」が開催予定です。チケットは既にSOLD OUTとなっています。今後のライブ情報については、公式サイトやSNSでの発表をお待ちください。

「back for me」をSpotifyで聴く:https://open.spotify.com/track/7HZMIIF0neWvNC8P1UgAQo

本記事の楽曲解釈は編集部の印象に基づくものであり、アーティストの公式見解を代表するものではありません。

📢 この記事をシェアする

コメントを残す