「ひどかった」── Isaiah Rashadは、自分の5年間にそう名前を付けて戻ってきた。
3rdアルバム『IT’S BEEN AWFUL』が2026年5月1日、TDE/Warner Recordsからリリースされた。前作『The House Is Burning』(2021)以来、およそ5年ぶり。全16曲、約54分。客演はSZA、Dominic Fike、Julian Sintoniaの3人だけに絞られている。フィーチャーで埋めるロールアウトの流れとは、明確に逆を向いた構成だ。
リリースから24時間。LAでの即完売リリースショウは終わり、今日5月2日からはNYのComplex本社でSteven Harringtonデザインの限定ヴァイナルを売るポップアップが動き出している。Rashadは発売日でロールアウトを終わらせない。「ひどかった」と過去形で名指したアルバムを、温度を切らないまま転がし続けている──その走り出した24時間が、本人が口にした5つの参照点(OutKast、Prince、Fousheé、PLUTO、BunnaB)と何を結ぼうとしているのか、ここから読みに行く。
まず、出た事実
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト | Isaiah Rashad |
| アルバム名 | IT’S BEEN AWFUL |
| リリース日 | 2026年5月1日 |
| レーベル | TDE / Warner Records |
| 全曲数 | 16曲(約54分) |
| 客演 | SZA(”BOY IN RED”)、Dominic Fike(”CAMERAS”)、Julian Sintonia(”DO I LOOK HIGH?”) |
| 主要プロデューサー | Julian Sintonia、Kal Banx、Hollywood Cole、Jansport J、KTC ほか |
| 前作 | 『The House Is Burning』(2021) |
| 沈黙期間 | 約5年 |
トラックリストは以下。
- THE NEW SUBLIME
- M.O.M
- SAME SH!T
- BOY IN RED (feat. SZA)
- SUPAFICIAL
- SCARED 2 LOOK DOWN
- HAPPY HOUR
- DO I LOOK HIGH? (feat. Julian Sintonia)
- AIN’T GIVIN’ UP
- GTKY
- CAMERAS (feat. Dominic Fike)
- ACT NORMAL
- 10 STATES AWAY
- NUTHIN 2 HIDE
- SUPERPWRS
- 719 FREESTYLE
ロールアウトは静かに、しかし周到に設計されていた。今年3月、Top Dawg公式ストアで買い物をした一部のファンに、1枚のノートカードが商品と一緒に届く。表には「It’s Been Awful」、裏にはこう書かれていた──「みんなはお前が崩れて、堕ちて、燃え尽きていく姿を見たがる。俺はただ、お前が笑ってるところを見たい」。Rashadはそれを自分のInstagramで再投稿し、4月7日にトレーラー動画で正式にアルバムを発表した。
5月1日のリリース当日にはロサンゼルスでリリース記念のライブショウが開催された。チケットは販売開始から数分で完売し、新作の楽曲がライブで初披露されている。そして翌2日──つまり今日からは、Complex NY(620 Broadway)でポップアップショップが2日間にわたって展開される。ヴィジュアル・アーティストSteven Harringtonがデザインした限定盤ヴァイナル、マーチャンダイズなどが用意されている。発表から発売、発売翌日へと、Rashadは温度を上げ過ぎず、しかし確実にファンの位置を温め続けている。
RashadがOutKast、Prince、Fousheé──そしてPLUTOの名前を出した意味
リリースに先立つVICEのインタビューで、Rashadは本作の参照点を異例の率直さで語っている。
「最大のインスピレーションはFousheéだった。Princeは『If I Was Your Girlfriend』を2〜3か月間ずっとリピートして聴いてた。プロジェクトの後半に向けては、アトランタのPLUTOっていう女の子。彼女に刺激された。あとはBunnaBっていうもう1人の女の子」
「[OutKastの]『Stankonia』と『The Love Below』を、何より触ってる感じ。Topは今回、クリエイティビティに対して譲歩してくれたと思う。それには感謝してる」
ここで挙げられた5つの名前は、それぞれが指している方向が違う。
OutKast『Stankonia』(2000)/『The Love Below』(2003) ── アトランタ=南部のラップが「曲の長さ」「ジャンルの境界線」「ヴォーカルの取り方」をすべて壊しに行った最大の参照点。
Prince ── ファンク/ソウル/ロックを一人で行き来する身体性、そして親密さとセクシュアリティの提示。Rashadが「If I Was Your Girlfriend」を名指したことは重い。あの曲は、ジェンダーと距離感が反転する一曲だ。
Fousheé ── 現行世代の中で、R&Bとオルタナティヴ/ロックの間を最も自然に縫っているシンガー。
PLUTO/BunnaB ── 同時代の南部、特にアトランタ周辺で動いている新世代女性アーティスト。Rashadがこの2人をわざわざ「プロジェクトの後半に向けて」と位置づけたのは無視できない。Stankonia期OutKastという「縦の系譜」と、PLUTO/BunnaBという「横の同時代」の2軸を、Rashadは同じ一文の中に置いている。
つまり今作は、テネシー州チャタヌーガ出身のRashadが、南部ラップの過去(Stankonia期OutKast)と現在(PLUTO/BunnaB)を、Prince/Fousheéという「親密さの軸」で串刺しにする作品として組まれている。SZAとDominic Fikeを最少客演で使った構成も、この軸線の上に素直に乗る。SZAは現行R&Bのトップ、Dominic Fikeはギターと歌の間を行き来する立ち位置。Rashadが挙げた参照点の延長線上に、両者は必然的に置かれている。
そして”Top Dawg made compromises for the creativity on this one”という発言は、レーベルとアーティストのパワーバランスがどちらに振れたかを、本人の口から明示したものだ。沈黙の5年は、結果として彼にクリエイティブの裁量を引き寄せた──少なくとも、そう読み取れる余地はある。
SZAと「6度目」が意味すること
“BOY IN RED”でのSZA客演は、Rashadとの通算6曲目になる。”West Savannah”、”Ronnie Drake”、”Stuck in the Mud”、”Pretty Little Birds”、”Score”に続く共作で、TDE時代から続く長い関係の延長線上にある。
ここで重要なのは、SZAがTDEを離れる/離れないをめぐる議論が外部で続いてきた一方で、Rashadとの共作だけは黙って継続していることだ。SZAにとってRashadは、契約や立場の議論を超えた、声を預けても破綻しない数少ない相手として残っている。今作の客演にSZAが乗ったこと自体が、TDEファミリー内部の温度を最も静かに伝えるシグナルとして残ったとも読める。
Apple Musicのエディトリアルは”BOY IN RED”を「見せかけの軽快さでありのままを語る曲」と表現している。SZAとRashadの組み合わせは、ポップスのフックではなく、感情の解像度を上げる役割を担い続けている。
なぜ5年かかったのか、を抜きに語れない
Rashadは沈黙期について、家族、自身のケア、日々の努力を立て直す時間だったと公に語ってきた。前作『The House Is Burning』は2021年7月、Billboard 200で初登場7位。そこから2022年に薬物依存とメンタルヘルスをめぐる極めてプライベートな映像が外部に流出し、本人もそれを受けて表舞台から退いていた経緯がある。
今作のタイトル『IT’S BEEN AWFUL』を、単なる自虐や売り文句として読むのは違う。5年の中身を、整える前に名指すことでしか始められない作品だ、という言い方の方が近い。Apple Musicの曲解説は、”AIN’T GIVIN’ UP”でリハビリ施設での経験に触れ、”ACT NORMAL”で欲望が複合的に積み重なっていく影響を反芻していると書いている。
先行で出された”SAME SH!T”が、過剰な明るさも過剰な復活叙事もまとっていなかったのは、たぶんそのせいだ。
TDE現在地のなかでの位置
ここ数年のTDEは、ずっと動き続けていた。Kendrick Lamarは『GNX』(2024)でシーンの中心に戻り、SZAは『SOS Deluxe: Lana』を経て次の段階へ。Doechiiは『Alligator Bites Never Heal』でグラミー最優秀ラップアルバムを獲った。ScHoolboy Q、Ab-Soul、Ray Vaughn、SiRも、それぞれの軸で作品を出している。
そのなかで、Isaiah Rashadは「最も沈黙していたTDE所属ラッパー」として戻ってきた、と言ってもいいだろう。Kendrick/SZAのように現役のメインステージから離れていなかった存在ではなく、本当に消えていた側からの帰還である。だからこそ、今作のタイトルがそのまま意味を持つ。
リリース当日、ScHoolboy Q、Doechii、Terrence “Punch” Henderson、SiR、Az Chikeといったレーベルメイト・関係者が、SNSでアルバムタイトルを揃って投稿してRashadを支援した。沈黙していた1人を、ファミリーが押し出す動きが可視化された日でもあった。
TDE/Warner Records体制のなかで、Rashadはレーベルの「現在のフロント」ではなく、長期的な作家としてどう戻ってこられるかを測られる側にいる。本作の評価は、初週の数字よりも、3〜6か月後にどれだけ作品として残るかで定まる類のものだ。
ヴァイナル限定盤、ポップアップ、デラックス──「終わらせないロールアウト」の設計
ロールアウトは5月1日で完結していない。
Steven Harringtonがアートワークを手がけたカラフルなヴァイナル限定盤は、Complex NYのポップアップ(5月2日・3日)で限定数量販売される。VICEとのコメントでRashadは、Lexa Gatesを客演に迎えたデラックス版が控えていることもファンとのやり取りの中で示唆している。
つまり今作は、5月1日の発売をピークに置く従来型ではなく、ヴァイナル→ポップアップ→デラックス→ライブと、温度を維持し続けるロールアウトとして設計されている。沈黙していたアーティストが「もう一度沈黙に戻らない」ための装置だと言ってもいい。
聴く前に押さえておきたい3点
1. 客演を絞った16曲構成は、Rashad本人の声を中心に置く明確な意思表示。流行のフィーチャー過剰系アルバムとは逆を向いている。
2. OutKast/Prince/Fousheé/PLUTO/BunnaBという参照点は、South×R&B×ロック/サイケの軸を、過去と同時代の両方向で読むためのキー。”Stankonia期OutKast”は、ジャンルを越境することで南部ラップを世界基準に押し上げた最大の前例。PLUTO/BunnaBは、その更新が今どこで起きているかを示している。
3. SZAとの”BOY IN RED”が、TDEファミリーの結束を最も静かに示す一曲になり得る。6度目の共作は、契約上の立場を超えた信頼の証明として読める。
今後の見方
- 初週Billboard 200での着地(5/10付チャートが第1週反映)
- “SAME SH!T” “BOY IN RED” “CAMERAS” のストリーミング初動
- ライブ/フェスへの登場(LAリリースショウの完売で実証された需要が、夏フェスの動きに繋がるか)
- Lexa Gates客演を含むデラックスの投下タイミング
- TDE/Warner体制下で次の動き(追加シングル、共演、ツアー)が来るか
5年の沈黙が解けた瞬間として、これは数字より先に「何を参照点に挙げたか」で読みに行くべきアルバムだ。
Rashadが選んだ5つの名前──OutKast、Prince、Fousheé、PLUTO、BunnaB──は、彼が今いる場所と、彼が戻ろうとしている方向を、客演リスト以上に正確に示している。アトランタの過去、現代R&Bの軸、そしてアトランタの今。南部の縦軸と横軸を、5年の沈黙明けで同時に張り直そうとしている。
「ひどかった」と過去形で名指せたとき、人はようやく次の何かを始められる。タイトルが明かしているのは、結局そういうことだ。
via @isaiahrashed ig
