最近、日本語ラップの中で「普通のトラップでは説明しきれない音」が増えている。声が割れている。ビートが歪んでいる。ミックスがあえて壊れている。それでも──いや、だからこそ気持ちいい。そういう曲が、確実に鳴り始めている。
HIPHOPCsでは先日、この音の輪郭をスーパートラップ(Super Trap)というジャンルとして5つの軸で整理した。808の凶器化/ビートの不規則性/破壊的ヴォーカル処理/エイリアン的空間設計/変質した快楽──この5つが同時に作用することで、”壊れた音が快感になる”状態が成立する。それがスーパートラップである。
では、その定義に照らしたとき、いま日本のシーンから「これはスーパートラップとして聴ける」と言える楽曲はどれか。本稿では現時点で参照点になり得る5曲を紹介する。判定ではなく、入口として読んでほしい。各曲を、定義記事の5軸のどこに接続するかという視点で選んでいる。
先に断っておくと、5曲のうち3曲がKiannaの楽曲またはKianna参加曲になっている。これは恣意的な偏りではない。現時点の日本のシーンで、5軸を最も明快に体現しているアーティストがKiannaであるという観測の結果だ。POP YOURS 2026への抜擢、複数アーティストとのコラボでの中心的役割──スーパートラップを日本で語るうえで、現時点で最も使いやすい参照点になっている。
1. Kianna – Blah Blah
軸③ ボーカルの破壊的加工──声を音響現象にする
「スポットライト浴びる俺は月/欠けてた方が魅力的」──自己像の不完全さを美学に転化するリリックが、ボーカル処理の歪みと噛み合う。Kiannaの声はオートチューンとディストーションの二重がけで人格の輪郭を失い、フレーズの末尾が金属質に飛び散る。歌っているのか叫んでいるのか判別できない瞬間が頻発し、声は意味の運搬手段ではなく、純粋な音響現象として機能している。
2006年生まれのKiannaは、TuneCore Japanのアーティストページで東京を活動エリアとして公表しているZ世代のラッパーだ。「Blah Blah」はKiannaのカタログの中でも、「破壊的ヴォーカル処理」軸を最も明快に体感できる入口曲である。スーパートラップを聴き始めるなら、ここから入るのが最短ルートになる。
2. Kianna, HARKA, AOTO & Siero – STARLIGHT
軸④ 異世界的な空間演出──音の中に”入れられる”
「Stop giving me shit」を起点に、複数MCの声質が一つのトラック上で衝突し干渉する構造。各MCのヴァースは独立して完結せず、声同士が常にお互いの空間を侵食し合う。リバーブとディレイは過剰に深く、ボーカルが音場の前後に同時に存在しているような知覚錯誤を生む。リスナーは曲を「外側から聴く」のではなく、声の網の「内側に入れられる」感覚を強制される。
この楽曲はPOP YOURS 2026のオリジナル楽曲として制作されたものだ。日本最大級のヒップホップフェスがこの方向のサウンドをオリジナル楽曲に採用したという事実は重い。コラボ形態がスーパートラップ的拡張をどう生むかを示す、「エイリアン的空間設計」軸の決定的な参照点である。
3. Kianna – i can see (feat. Daichi Yamamoto)
軸② ビートの変則性──ノれない、けどハマる
「うぜーけど稼ぐ未来 I can see, yuh」──日本語と英語フレーズの切替がフロウの最小単位で起こり、リズムの予測可能性を意図的に崩していく。スネアは規則的な拍位置に置かれず、ハイハットのロールは唐突に入って唐突に消える。展開も読めない。本来なら身体が「次の拍」を予測して動くはずの場所で、その予測が裏切られ続ける。
それでも楽曲として成立しているのは、「ノる」ための音楽ではなく「違和感そのものに引き込まれる」音楽として設計されているからだ。Kiannaのカタログの中でも、「ビートの不規則性」軸とヴォーカルの破壊性が同時に走る構造が際立つ一曲である。面白いのは、ボーカルに関してはdaichi yamamotoはそのままで、Kiannaに関してはスーパートラップの定義に乗っかっているという点だ。
4. kegøn, Siero & swetty – ノーダメ
軸① 低音の凶器化──地面が揺れるレベルの808
「Geek boys tokyo’s down south supplier」──東京から南部的サウンドを再構築する自意識を持った楽曲。808の沈み込みが他のどの音域も犠牲にする勢いで前面に出ており、ベースラインのアタックには明確なディストーションがかかっている。低音は「鳴っている」のではなく、ミックス全体を支配し、上モノを押し退けてくる。サブベースが身体を通り抜けるのではなく、身体を掴む感覚がある。
808が「土台」ではなく「凶器」として機能する瞬間を、最も体感しやすい一曲。Sieroは「STARLIGHT」にも参加しており、現行シーンのネットワーク的広がりも見えてくる。「808の凶器化」軸を理解する最短経路として機能する。
5. JAYCORPSE – I ♡ WAKA (feat. TOFU, …)
軸⑤ 快感の質の変化──”異常なのに気持ちいい”
「だけど行ったことないAtlanta」「JAY*は生粋のHARD WORKER」──歌詞そのものが、アトランタ的アイコノグラフィへの距離と憧憬を同時に提示する。Waka Flocka Flameへのオマージュをタイトルに掲げながら、サウンド設計は南部トラップの再現ではない。808は中低域で飽和して輪郭がにじみ、ボーカルはサビでクリッピング寸前まで歪む。ハイハットとスネアの上モノは意図的にやせ細らせ、低域の暴れだけが楽曲の重心に残る。
ここで起きているのは快感の反転だ。本来「ノイズ」「破綻」として処理されるはずの飽和や歪みが、フックの折り返しの瞬間に脳内で「異常」と判定され、その判定そのものが「気持ちいい」へと裏返る。綺麗に整えられた曲ではこの反転は起きない。壊れているからこそ、起きる。この反転を起こせている点で、この曲は「変質した快楽」軸──スーパートラップの最も本質的な軸──の入口として読める。
入口としての5曲、そして広がり
今回紹介した5曲は、スーパートラップの全体像を網羅するものではなく、定義の5軸それぞれに接続するための入口として選んでいる。
注目すべきは、Kianna、HARKA、AOTO、Siero、kegøn、JAYCORPSE、そしてMIKADO──スーパートラップ的なサウンドを断続的に鳴らすアーティストが、日本のシーンに確実に増えていることだ。MIKADOも楽曲によってはスーパートラップの軸に強く接続するサウンドを展開しており、この方向への接近は単発の現象ではなく、シーン全体の地殻変動として進行している。
日本語ラップは、KOHHが導入したトラップ、BAD HOP/JP THE WAVYが広げたトラップのポップサイド、WatsonやRalphが拡張したドリル──という3段階を経て、いま第四段階に入りつつある。それがスーパートラップだ。
「スーパートラップ」という名前が浸透していないだけで、音はすでに鳴り始めている。今後HIPHOPCsでは、個別アーティストの軌跡や、シーン内での評価軸についての記事を順次公開していく予定だ。
