デムナ・グヴァサリアがグッチのクリエイティブ・ディレクターとして初めて送り出したランウェイショー。少なくとも筆者が確認した主要なメディアは、その核心を報じていない。
2026年2月27日、ミラノ・ファッション・ウィーク。パラッツォ・デッレ・シンティッレに、ウフィツィ美術館の許可を得て複製されたルネサンス彫像が並べられた。「グッチ プリマヴェーラ」と名付けられたFall/Winter 2026コレクション。ボディ・コンシャスなシルエット。デミ・ムーア、ケイト・モス、ヒルトン姉妹、前任のアレッサンドロ・ミケーレ、ドナテッラ・ヴェルサーチェまでフロントロウに座った。
日本のファッションメディアは、美学とセレブを報じた。トム・フォード時代の再来、セクシーな方向性、スターの来場。それは間違いではない。だが、デムナがこのショーで仕掛けた最も重要な文化的判断を、少なくとも筆者が3月13日時点で確認した主要な日本語ファッション/カルチャーメディアは主題化していなかった。
デムナは、ランウェイにアンダーグラウンドのラッパーを歩かせた。
ランウェイを歩いたラッパーたち
デムナは自分のSpotifyプレイリストから25人のミュージシャンをショーに招待した(Business of Fashion)。起用されたのは、ファッション業界の常連ではない。
Fakemink(本名: Vincenzo Camille)。2005年1月生まれ、ロンドン・イルフォード出身のUKアンダーグラウンド・ラッパー。Complexが2026年注目ラッパーに挙げ、Frank Ocean、Playboi Carti、Drakeから認知されている。Supremeのキャンペーンモデルも経験済みだ(Hashtag Legend)。
彼はランウェイの途中で立ち止まり、グッチのモノグラム入りクロスボディバッグからスマホを取り出して画面を確認し、そのまま歩き続けた。台本にはなかった。 Dazedはこの場面を「ショーで最も語られた瞬間のひとつ」と書き、Hypebeastは「アフターパーティに来たような格好でランウェイを歩いていた」と評した。約100ルックのショーで、英語メディアが強く反応したのはケイト・モスではなく、メジャー契約のない若手ラッパーのスマホチェックだった。
Nettspend。18歳のUSラッパー。パープルのスネークスキンシャツにシルバーのスネークスキンパンツで登場。Miu Miu FW26ショーに続く2度目のランウェイ。本来この日に新アルバム『Early Life Crisis』をリリースする予定だったが直前に延期し、その8時間後にグッチのランウェイに立っていた(Hypebeast)。FakeminkがブラックのスキニージーンズとTシャツという崩したストリートスタイルで歩いたのに対し、Nettspendはフルグッチの光沢で勝負した。この対比が、デムナがアンダーグラウンドを一枚岩ではなく複数の温度で扱っていたことを示している。
フロントロウにはFeng、Fimiguerrero、Rico Ace、EsDeeKid。EsDeeKidはYeatとのコラボ曲ドロップからわずか12時間後にミラノに到着。さらに18歳のUKドリル・ラッパーLil Zinoには、デムナ本人が直接招待を送った。Instagramフォロワー1万5千人、未認証アカウントの少年に(Hypebeast)。
アフターパーティがライブハウスに変わった
ショーの後、ランウェイがそのままステージとダンスフロアに転換された。深夜直前、EsDeeKidがステージに立ち、Rico Ace、Fakeminkを次々と呼び出した。Dazedは「群衆がステージに殺到し、パーティがフルスケールのパフォーマンスに変わった」と伝えている。グッチのローンチパーティが、UKアンダーグラウンド・ラップのショーケースに変わった。
デムナの意図──なぜアンダーグラウンドなのか
デムナはバックステージでThe Impressionに、自身の思想の核をこう語った。
「グッチに文化的リアリティをもたらすことが、私の責任のひとつだと感じている。そしてそれは、常にアンダーグラウンドのカルチャーから来る。メインストリームからではない。大きなブランドであっても。」
では、その思想は実務としてどう機能するのか。Business of Fashionのインタビューで、デムナはブランドとアーティストの交換の論理を明かしている。「いま招いているのは有名人じゃない」「グッチが返せるのは、大きな可視性のプラットフォームだ。」──つまり、グッチはリアリティを受け取り、代わりに世界への窓を差し出す。
BoFによれば、ショーの数ヶ月前、デムナはミラノ郊外の小さなクラブでEsDeeKidのライブを観に行っている。「人生でこれほど正しい場所にいると感じたことはない」。この一言がキャスティングの全てを説明している。
ケリングの危機──この判断の背景
起用は美学だけでは説明できない。アレッサンドロ・ミケーレ退任後、後任サバト・デ・サルノのもとでわずか2シーズンで方向転換を余儀なくされ、親会社ケリングの株価と売上は下落。Marie Claireによれば、デムナ自身が着任時のグッチの雰囲気を「少し絶望的だった(a little bit hopeless)」と表現している。
デムナの16歳の従妹はRobloxで育ち、「Gucci」を「ブランド名」ではなく「気分を表す形容詞」として使っているとVogueに語った。次世代の顧客にとってグッチがリアルであるためには、彼らの文化圏から出てきた人間が必要だった。
Dapper Danからデムナへの線
ヒップホップとラグジュアリーの関係は、デムナが発明したものではない。80年代、ハーレムの仕立て屋Dapper Danがグッチやルイ・ヴィトンのロゴを無断で使い、ラッパーのためにカスタム衣装を作った。Hypebeastが指摘するように、これが「ストリートからランウェイへ上がる」流れの起点だった。
その後、ヴァージル・アブローがルイ・ヴィトンのメンズを率い、カニエ・ウェストとの関係でヒップホップとラグジュアリーの壁を制度的に壊した。現在ルイ・ヴィトンのメンズを率いるファレル・ウィリアムスは、Futureを「フレンド・オブ・ザ・ハウス」に任命している。しかし、ヴァージルもファレルも、起用したのはすでに巨大な名前を持つスターだった。デムナはその順序を反転させた。
同じ力学はNikeでも動いている
ラグジュアリーだけの現象ではない。ほぼ同時期に、UKドリルの顔であるCentral CeeのブランドSYNA WORLDがNikeとAir Force 1 Lowのコラボをローンチした(Hypebeast等)。UK限定カラーを含む複数展開そのものが、Nikeがロンドンのストリートカルチャーを独立した市場と文化圏として扱っていることを示している。Nikeのアイコンの上に、UKラッパーのブランドが乗る。グッチのランウェイで起きたことと、構図は同じだ。
なぜこれが重要なのか
少なくとも制度的には、ラッパーがラグジュアリーブランドに起用されるにはグラミー賞やビルボードの実績がほぼ前提だった。デムナが選んだFakeminkには、メジャーレーベルとの契約もない。だが台本にないスマホチェックが、約100ルックを擁するショーで英語圏メディアが最も多く報じた場面のひとつになった。
ヒップホップとファッションの関係は、Dapper Danに始まり、Yeezyを経て、ラッパー自身がブランドオーナーになるフェーズに入った。2026年、デムナはその先を提示した。
日本語圏のメディアがこの動きを「ファッション面」だけで処理し続けるなら、それは見落としだ。これはファッションの話であり、ヒップホップの話であり、カルチャーの力学の話だ。ここで起きていたのはキャスティングではなく、ブランドがどこから現実を調達するかという判断だった。
グッチのランウェイを歩いたのは、まだ世界がその名前を知らないラッパーだった。知られていない者を呼んだのではない。知られていない者でなければ成立しないリアリティを、グッチが必要としていた。
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