HIPHOPCs 特集コラム
この記事でわかること
- KID FRESINO「hikari」の歌詞から、喪失の描写・具体的な記憶・”歌う追悼”への変化を読み解きます
- Fla$hBackSの文脈(FEBB / JJJ / KID FRESINO)を時系列で整理します
- CHOICE 55の夜に起きた”意図せぬ最後の対話”の意味を考察します
正直にいうと。
KID FRESINOの「hikari」の歌詞を全部読んだ時、しばらく何も書けませんでした。
エモいという言葉で片付けたくないと思いました。、この曲は。そんな一言で処理していい楽曲じゃないと思っています。
2026年2月19日。この記事を書いている今日は、FEBBが亡くなってから8年が過ぎた日です。そしてJJJが亡くなってからは、もうすぐ1年になろうとしています。
このタイミングでこの歌詞を読み返すと、本当に、胸が苦しくなります。
Fla$hBackSというグループには3人のメンバーがいました。FEBB AS YOUNG MASON、JJJ、KID FRESINO。そのうち二人が、もうこの世にいない。残されたKID FRESINOが、二人に向けて何を歌ったのか。それを、できる限り丁寧に読み解いていきたいと思います。
Fla$hBackSとは何だったのか―三人の個性が生んだ奇跡
歌詞の話に入る前に、Fla$hBackSがなぜ唯一無二だったのか、どうしても書かせてください。
Fla$hBackSは、2011年頃に結成された日本のヒップホップグループです。MC / DJ / トラックメイカーを全員がこなせる3人――FEBB AS YOUNG MASON、JJJ、KID FRESINO――で構成され、2013年に唯一のアルバム『FL$8KS』をリリース。日本語ラップのシーンに決定的な影響を与えました。
FEBBが持っていたのは、圧倒的なイナたさでした。ストリートに根差した図太いフロウと、ざらついた質感。SPERBとのCRACKS BROTHERS、A-THUGやKNZZとのDAWG MAFIA FAMILY。彼のルーツは徹底してストリートにあって、その生々しさが、Fla$hBackSの楽曲に独特の体温を与えていました。
JJJが持っていたのは、洗練と、センスだと感じました。J DillaやCommonに影響を受けたジャジーなビートメイク。Apple Vinegar Award大賞を受賞した『HIKARI』。おしゃれで、知的で、でもギターサウンドを大胆にぶち込むアッパーな面もあって。本人は「ギターの音は一番アガる。拳を突き上げたくなる」って語っているんですけど、その言葉通り、クールなのに熱いっていう矛盾を一人の中で成立させていた人でした。そしてそのビートメイクの技術は、本当に世界レベルだったと思っています。川崎から、海外のどこに出しても遜色ないクオリティを叩き出していた。
そしてKID FRESINOが持っていたのは、等身大の言葉と、ジャンルを跨ぐ柔軟さではないでしょうか。。NYでの生活を経てバンドサウンドとの融合に向かい、石若駿や三浦淳悟という日本のトップミュージシャンたちとヒップホップの枠を拡張し続けている。何より、嘘をつかない。自分の言葉で語る。その誠実さが、リリックの一行一行に滲んでいます。
FEBBのイナたさ。JJJのおしゃれさ。フレシノの等身大の言葉。
この三つが一つのグループに同居していたこと自体が、本当に奇跡だったと思うんです。2013年の『FL$8KS』を初めて聴いた時の衝撃を覚えている方も多いのではないでしょうか。10年以上経った今でもあのアルバムが色褪せないのは、三人の個性がぶつかり合いながらも一つの音楽として成立していたからです。
その三角形が、もう二度と揃うことはありません。 正直に言って、すごく悲しいです。
hikariの歌詞が突きつけてくるもの
2025年7月9日にリリースされたKID FRESINOの「hikari」。タイトルがJJJの2ndアルバム『HIKARI』と同じ名前であるということ。それだけで、この曲がどういう覚悟で作られたかが伝わってきます。
しかし、歌詞を実際に読んでみると、タイトル以上に生々しいものがそこにありました。
「Jを残してきた病院で見た」
歌詞の序盤で、フレシノは叫びたい気持ちを押し殺して静かに歩く自分の姿を描いています。その直後に、「J」というイニシャルと「病院」という単語が出てきます。
JJJは2025年4月13日に都内の病院で亡くなりました。
フレシノはこの事実を、隠していません。比喩にもしていない。ほぼそのままの言葉で歌詞に刻んでいるんです。
FEBBの死後にリリースされた『ai qing』(2018年)では、FEBBへの直接的な言及はほとんどありませんでした。音楽の革新そのものでFEBBに応答した、いわば「歌わない追悼」でした。
でもhikariは違うと感じました。異質だと思いました。フレシノは隠すことをやめています。名前を出し、場所を出し、感情をそのまま言葉にしている。7年間で何が変わったのか。それはこの後で考えますが、まず、この生々しさに正面から向き合いたいと思います。
俺以外誰もいなくなっても笑っていないと
歌詞の中盤に、自分以外に誰もいなくなっても笑っていなければならない、という趣旨のラインがあります。
この一節を読んだ時、少し画面から目を逸らしてしまいました。
FEBBが亡くなった2018年。あの時は、まだJJJがいたんです。Fla$hBackSのあの空気を、あのスタジオの温度を、3人で交わした言葉を知っている人間がもう一人いた。同じ痛みを共有できる相手がいた。
でもJJJが亡くなった2025年。もう誰もいないんです。
3人で過ごした全ての記憶を、一人で抱えなきゃいけない。しかもそれを背負いながら「笑っていないと」と自分に言い聞かせている。
フレシノのリリックには、以前から繊細さが滲む瞬間がありました。その繊細さはリリックに一貫して表れていますし、だからこそ等身大の言葉が人の心に届く。でもその繊細さは同時に、喪失の痛みをより深く受け止めてしまうことも意味しているはずです。
この孤独の中で音楽を作り続けているということ。それだけで、もう十分すぎるほどすごいラッパーだと思っています。
「塩浜の海岸をNEIと二人黒い服で歩いた」
この一節も、胸に刺さりました。黒い服。それが何を意味するか、説明は不要だと思います。
フレシノは抽象的な悲しみではなく、具体的な風景と身体感覚で喪失を描いています。海岸。黒い服。二人。雨の桜。風。
こういう書き方ができるのが、フレシノの等身大のリリックの力です。大きな言葉を使わない。「悲しい」とも「辛い」とも直接的には言わない。でも、読めばわかる。黒い服を着て海岸を歩く二人の姿が目に浮かんで、その映像の中にある感情が、言葉以上に伝わってくる。
風は抜けてく二人を – 複数形の重さ
フックに出てくる「二人」という言葉。風が連れていくのは一人じゃない。FEBBとJJJ、二人です。
「もう二度と増えないストーリー」。
ここがきつい。
3人の物語はもう凍結されていて、新しいエピソードが加わることは永遠にない。思い出は増えない。ただ時間が経っていく。8年。1年。この先10年、20年経っても、ストーリーは増えない。
フレシノはそのことを、驚くほど冷静な言葉で歌っています。でも冷静だからこそ、奥にある感情の深さが伝わってくるし。叫ばないからこそ、痛みが響きました。フレシノの等身大のリリックは、こういう瞬間にこそ本当の力を発揮するんだと思います。
「ありがとう言う前に会えなくなったりするのも俺達らしい」
フックの核心であるこのライン。これがFla$hBackSの3人の関係を完璧に言い当てていて、読むたびに複雑な気持ちになります。
フレシノは2017年に価値観の違いでFla$hBackSを脱退しています。脱退後もJJJとは共演や個人的な交流が続いていました。『ai qing』の「Way too nice ft. JJJ」。2021年にJJJが精神的に追い詰められていた時、名古屋へ向かう車中でずっと話しかけ続けたエピソード。
繋がりは切れていなかった。でも、面と向かって「ありがとう」と伝える機会は、十分にはなかったのかもしれません。
不器用で、断絶もあって、離れた時期もあった。それでも消えなかった何か。その全てを「俺達らしい」の一言で引き受けている。この潔さに、フレシノの覚悟が見えます。そしてその「俺達らしい」という言葉の裏側にある、言いようのない後悔のようなものも。こんなリリックは絶対に他のラッパーには書けないと思います。USでギャングで仲間を失ったラッパーもいるし、そういった文化であることはわかっていますが、また少し違う感じがします。
「STUTS on the track 誰かの孤独に寄り添って」
楽曲後半で、STUTSの名前が直接歌詞に登場します。
STUTSはこの曲のアレンジとミックスを担当していますが、彼はJJJとの「Changes」の共作者でもあり、JJJ本人が「Fla$hBackS結成以前からの一番古い付き合い」と語った人物で、FEBBとも深い親交がありました。つまりSTUTSは、Fla$hBackSの3人全員の記憶を持つ、数少ない証人ですよね。
フレシノが歌詞の中で「誰かの孤独に寄り添って」とSTUTSの名に添えて歌っているのは、単なるプロデューサークレジットの話ではないでしょう。3人のことを知ってくれている人間がまだここにいるという確認であり、「俺は一人じゃない」と自分に言い聞かせる祈りのようなものだと感じます。
STUTSはSNSで「少し音を足したりしました」と控えめに語っています。でもその「少し」がどれだけ大きな意味を持っているか。この曲においてSTUTSは、音を足したんじゃなくて、隣に立ったんだと思います。
「過去に囚われない生き方がしたい俺らを許して」
歌詞の終盤。過去に縛られない生き方をしたいという意思と、それを許してという言葉が並んでいます。
この「許して」を読んだ時、また動けなく。。。
前に進みたい。でも前に進むことは、二人の記憶から少しずつ離れることでもある。思い出を抱えながら、でも過去に沈まずに生きていきたい。それって、二人を忘れることになってしまうんじゃないか。でも、忘れなかったら前に進めない。
何を許してなのかはわかりませんが、あの時困っていることに気づけなかったとか、本当の辛さまで共有できていなかったのかはわかりませんが、天国の二人は許しているんじゃないでしょうか。そう感じました。
ここにKID FRESINOのリリックの本質が詰まっていると思います。そしてこの正直さこそが、Fla$hBackSの中でフレシノが担っていた役割そのものだったのではないでしょうか。
なぜ「歌わない追悼」から「歌う追悼」に変わったのか――音楽的な変化も含めて
ここまで歌詞を読み解いてきた上で、どうしても考えたいことがあります。
2018年の『ai qing』。FEBBへの追悼は音楽の中に溶け込んでいました。直接的な言及はほぼなく、革新的なアルバム全体がFEBBへの応答でした。「歌わない追悼」です。
2025年の「hikari」。名前も場所も感情も、全てが直接語られています。歌う追悼です。
この変化は歌詞の内容だけではありません。音楽そのものの質感にも明確に表れています。
『ai qing』のフレシノの声は、鋭く、軽快で、ビートの上を跳ねるように走っていました。英語と日本語を自在に行き来し、リズムの実験に没頭するような刺激的なアルバムでした。言い換えれば、感情を「速度」に変換していた。悲しみを直接吐露する代わりに、音楽の推進力そのものに昇華させていたように聴こえます。
一方「hikari」では、声のトーンが明らかに変わっています。抑制されていて、でも震えを隠しきれていない。言葉の一つ一つに重心がかかっている。バンドサウンドも『ai qing』の時のような実験性よりも、フレシノの言葉を受け止めるための座のような感覚があります。STUTSのアレンジが控えめなのも、おそらく意図的でしょう。言葉が主役の曲なんです。それはおそらくフレシノの元々のスタイルでもあったし、より感情も乗ったんじゃないでしょうか。
そして何より、歌詞における言葉の具体性が決定的に変わっています。『ai qing』の歌詞は比喩や抽象的な表現が多く、聴き手に解釈の余地を残していました。「hikari」では、「J」「病院」「塩浜の海岸」「黒い服」「二人」固有名詞と実景が次々と置かれている。沈黙の中の革新から、直接的な言葉による告白へ。この変化は、表現手法の選択以上の意味を持っているはずです。
では、なぜ変わったのか。
筆者は、二度目の喪失には共有者できる人がいなかったことが最大の理由だと考えています。
FEBBが亡くなった時、JJJがいました。あの頃の記憶を共有できる人間がもう一人いた。だからフレシノは、言葉にしなくてもよかった。わかってくれる人がいたから、沈黙のまま音楽を前に進めることができた。
JJJが亡くなった時、もう誰もいない。
歌詞の「俺以外誰もいなくなっても」は、比喩ではなく事実です。あの時代を知る人間が自分一人になった時、沈黙はもう成立しなくなったのだと思います。語らなければ、誰も知らないまま消えていく記憶がある。だから歌った。歌わないという選択肢が、もう残されていなかった。
さらに言えば、フレシノは2017年に自らFla$hBackSを離れています。自分が離れた後に、二人とも亡くなった。これは単純な喪失とは質の異なる、複雑な感情を伴うものだったはずです。歌詞に登場する「許して」の背景には、こうした複雑さがあるのかもしれません。
CHOICE 55の夜 : 意図せぬ最後の対話
2025年4月13日の夜のことも書かせてください。
Zepp Shinjukuでの「CHOICE 55」。JJJは体調不良で出演をキャンセル。フレシノのライブ中にDJ Aru-2が「Changes」を流すと、フレシノはJJJのバースをバーフォーバーで歌い上げました。クールなJJJ本人よりも激しいエネルギーで。
翌日、訃報。
あれが、二人の最後の対話になりました。
フレシノが歌ったJJJの歌詞。「刻み込む/二度と戻らない今日」。
この偶然の残酷さは、言葉にしようがありません。そして「hikari」の冒頭、叫びたいのに静かに歩くフレシノの姿は、あの夜の記憶と重なって聴こえます。
POP YOURS 2025―「Happiness to one and all」
2025年5月25日、POP YOURS 2025のDAY2。JJJがヘッドライナーを務めるはずだった夜。
主催はJJJの功績に敬意を表し、予定通り彼をヘッドライナーとすることを決めました。
暗転したステージにJJJの楽曲が流れ、Campanellaが歌詞にJJJの命日「2025.4.13」を刻みました。Daichi Yamamoto、Benjazzyが駆けつけ、「Beautiful Mind」ではステージ中央のスポットライトがJJJの歩みを模すように動き、スモークが静かに落ちていきました。
STUTSが現れ、JJJのライブ映像と共に「Changes」が流れます。
最後に、Fla$hBackSのライブ映像。3人がまだ一緒にいた頃の映像。
無音の中、スクリーンに一つのメッセージ。
「Happiness to one and all」
「今も止まらない雨を乾かす光が見たい」
フック最後のライン。止まらない雨を乾かしてくれる光が見たい、と。
ここが大事だと思うんです。
フレシノは「大丈夫だ」とは歌っていません。「乗り越えた」とも言っていない。光を**「見たい」**と歌っている。まだ見えていない。雨はまだ止んでいない。
でも、見たいと思えている。
タイトルの「hikari」。JJJの『HIKARI』。追悼ツアー「the light tour」。全てが光という言葉で繋がっている。フレシノはその光をまだ探しているんです。そして、探し続けること自体が、二人への追悼になっている。
本当に聴いてほしいから、書いています
最後に、一人の書き手として正直な気持ちを書かせてください。
この記事を書いているのは、KID FRESINOの「hikari」を、そしてFla$hBackSの音楽を、一人でも多くの人に聴いてほしいからです。
FEBBもJJJも、もっともっと日の目を浴びるべきアーティストでした。Fla$hBackSは日本のヒップホップの歴史を確実に変えたグループです。JJJのビートメイクは世界のどこに出しても通用するクオリティだったし、FEBBの表現力はストリートヒップホップの最高到達点の一つだったと本気で思っています。
二人がなぜ若くして亡くなったのか。その原因について筆者が軽々しく語ることはできません。でも、才能のあるアーティストが正当に評価され、音楽で生きていける環境があってほしいと強く思います。こういう才能にこそ、もっと光が当たるべきだったんです。もし環境が違えば、もし状況が違えば。そう考えずにはいられません。
日本語ラップというジャンルが、こうした唯一無二の才能をちゃんと守れる場所であってほしい。それは願望ではなく、シーンに関わる全員が考えるべきことだと思っています。
KID FRESINOは今も音楽を作り続けています。「Ins And Outs Tour」を回り、JJJの「the light tour」にDJとして立ち、NENEとの「USD」をリリースしました。
でも、歌詞を読むと、そこには今も辛さが滲んでいるように感じます。それでも音楽を止めていない。簡単な言葉を深い愛のように歌う、と彼は歌っています。その通りのことを、一曲一曲やっている。
制作ペースが以前より落ちているように見えるかもしれません。でもそれを急かす必要はないと思います。むしろそれは、一曲に込める感情の密度が上がっていることの表れではないでしょうか。
おわりに
FEBBの死から8年。JJJの死からもうすぐ1年。
このタイミングで「hikari」を聴き返すと、本当に辛いです。でもその辛さの中に、確かに音楽の力がある。二人の楽曲はこれからも残り続けますし、フレシノが歌う限り、Fla$hBackSの三角形は完全には消えません。
「もう二度と増えないストーリー」。
でも、聴く側の人間がその音楽を聴き続けることで、物語は生き続けるんだと思います。
「ありがとう言う前に会えなくなったりするのも俺達らしい」
この一節を読むたびに、複雑な感情になります。切なくて、不器用で、でもどこか愛おしい。Fla$hBackSの3人の関係は、最初から最後まで、こういうものだったんだろうなと思います。
KID FRESINOが次に何を歌うのか。急かすつもりはありません。ただ、彼が発する次の言葉を、静かに、でも確実に待ってる人たちがたくさんいます。そして一つだけ願うなら。
FEBBの音楽も、JJJの音楽も、フレシノの音楽も、もっともっと多くの人に届いてほしい。
こういうアーティストにこそ、光が当たってほしい。
心からそう思っています。
本稿は公開情報および楽曲分析に基づく考察記事です。アーティストの内面に関する記述は筆者の解釈であり、本人の意図を代弁するものではありません。
参考楽曲・資料
- KID FRESINO「hikari」(2025.7.9 / Dogear Records / AWDR/LR2)
- KID FRESINO『ai qing』(2018 / Dogear Records / AWDR/LR2)
- KID FRESINO「USD (feat. NENE)」(2025 / Dogear Records / AWDR/LR2)
- STUTS × JJJ「Changes」(2018 / Eutopia収録)
- JJJ『HIKARI』(2017 / SPACE SHOWER MUSIC)
- JJJ『MAKTUB』(2023 / FL$Nation / AWDR/LR2)
- Fla$hBackS『FL$8KS』(2013)
- POP YOURS 2025 DAY2 ライブレポート
- scrmbl「Beautiful Mind: Introduction to JJJ」
- OTOTOY「Fla$hBackS インタビュー」(2012)
- Mastered Mix Archives Vol.69 JJJ インタビュー
よくある質問(FAQ)
Q. KID FRESINO「hikari」は誰に向けた曲ですか? A. 歌詞には「J」というイニシャルや「二人」という表現が登場し、MVにもJJJやFEBBの映像が使われています。Fla$hBackSの二人の盟友に向けた楽曲である可能性が極めて高いですが、フレシノ本人による明確なコメントは現時点で公開されていません。聴く方それぞれの受け止め方があっていい楽曲だと思います。
Q. タイトル「hikari」とJJJ『HIKARI』の関係は? A. JJJの2ndアルバム『HIKARI』は2017年にリリースされました。フレシノの「hikari」は同じ読みのタイトルであり、JJJの追悼ツアー「the light tour」とも「光」という言葉で繋がっています。直接的な言及こそありませんが、JJJの作品を強く意識したタイトルであると考えるのが自然でしょう。
Q. Fla$hBackSとはどんなグループですか? A. 2011年頃に結成された3人組のヒップホップグループです。FEBB AS YOUNG MASON、JJJ、KID FRESINOの3名で構成され、全員がMC / DJ / トラックメイカーをこなしました。2013年のアルバム『FL$8KS』で注目を集め、日本語ラップシーンに大きな影響を与えています。FEBBは2018年に24歳で、JJJは2025年に35歳で亡くなり、現在活動しているのはKID FRESINOのみです。
Q. CHOICE 55の夜に何が起きたのですか? A. 2025年4月13日にZepp Shinjukuで開催されたライブイベントです。JJJは体調不良で出演をキャンセルし、KID FRESINOがライブ中にJJJの代表曲「Changes」のバースを代演しました。翌日にJJJの訃報が発表され、結果的にこの代演がJJJとの最後の音楽的な対話となりました。
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