POP YOURS 2026とItaqの違和感──「HIPHOP YOURS」から続く、外側からの声を読み解く

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Text by Ito Kotaro

via @ericbjr

本稿は、HIPHOPCs編集部の現場レポート「POP YOURS 2026 完全レポート:日本語ラップが『多様性の制度化』を完了させた3日間」に対して、ひとりのライターとして補足と定義を加える論考である。


POP YOURS 2026が閉幕した翌日、ひとつの投稿がシーンを少しざわつかせた。ラッパーのItaqが、こう書いたのだ。

「POP YOURS 2日目だけ行きました。微妙でした。僕が今中学生だったとしても、ラッパーにはなってないと思います。かつてヒップホップと呼ばれていたものと、今ヒップホップと呼ばれているものを、マジで呼び方を分けたほうがいい。」

国内最大級のヒップホップフェスが「多様性の制度化」を完成させた直後に、現役ラッパーから出てきた「呼び方を分けたほうがいい」という言葉。これは無視できない一言だ。

ただし、この提案は2026年に初めて出たわけではない。その2年前、大阪のラッパー・Eric.B.Jr.は「HIPHOP YOURS」という曲名そのものでPOP YOURSに正面から切り込んでいた。Itaqの言葉は孤立した愚痴ではない。外側から数年単位で繰り返されている違和感の、最新形である。

筆者はこの原稿で、編集部が前回「多様性の制度化」と総括した出来事の、もうひとつの読み方を提示したい。「多様性の制度化」と外側からの違和感は、同じ変化のふたつの面として読める——それが本稿の立場だ。制度化が完了すれば、外側の形も同時に生まれる。編集部が内側から書いたレポートと対になる、外側からの記述。それが筆者の仕事である。


1. Itaqは「昔は良かった」と言っているのではない

まず押さえておきたいのは、Itaqが懐古主義者ではないということだ。

KAI-YOUによれば、Itaqは2023年春の不祥事をきっかけに多くの関係者から距離を置かれたが、自主制作でリリースを続けてきた。志人やMACCHOに続いて「呼吸法」を取り入れ、日本語ラップの新しい表現を追求しているという。メジャー流通、大型フェス、ストリーミング上位。ヒップホップがポップカルチャー化する主な回路のどれにも、いま彼は乗っていない。

そんなItaqは、自身のnote記事で、「ありきたりな歌詞を書くラッパーが増えた」と言う人は多いが、自分から見れば昔も今もありきたりな歌詞を書くラッパーは多かった、と書いている。2025年5月の3rdアルバム『光星人』はブームバップからレイジドリルまで横断するコンセプト作だ(CDJournal)。「昔の方が良かった」と言うタイプの作家ではない。ジャンル保守的でもない。

その書き手が、それでも「呼び方を分けたほうがいい」と書いた。この事実だけは動かない。

ここから先は筆者の読みになる。Itaqの「微妙でした」を、演出の良し悪しへの評価としてではなく、「ヒップホップ」という単語が指すものが変わったことへの違和感として読みたい。彼は懐古を拒否してきた書き手だ。その彼が「分けたほうがいい」と書くとき、語っているのはおそらく音の好みではなく、名前そのものの問題である——筆者はそう受け取った。

2. 違和感の対象は、千葉雄喜のステージではない

ItaqはDAY2しか行っていない。そのDAY2のヘッドライナーは千葉雄喜だった。では千葉雄喜のステージは「技術の不在」を見せた場だったのか。答えはノーだ。むしろ逆である。

編集部の現場レポートにも記録されているとおり、千葉雄喜のDAY2メインステージはサックス奏者ゴセッキー(後関好宏)を迎えた生演奏編成だった。KOHH時代の代名詞「永遠」をあえてセットリストから外し、「心臓」から「チーム友達」までの13曲を、いま書いている曲だけで組んだ。フロアで「永遠」を待つ声が上がっても、千葉雄喜はそちらを振り向かずにステージを進める。サックスの低い一音が幕張の空気を裂いたあの瞬間、ステージの上には「いま書いている曲でフロアを落とせるか」という賭けしかなかった。技術的な誠実さで見れば、2026年のPOP YOURSで最も強度の高い選択のひとつだ。

技術の深さで勝負する立場のItaqが、もし千葉雄喜のセットだけを見ていたなら、「微妙」とは書かなかったはずだ。むしろ擁護したい側のアクトである。それでも「微妙」と書いたという事実は、彼が見ていたのは個別のステージではなく、もっと別の何かだったことを示している。ここからは筆者の解釈だが、その「別の何か」とは、ステージを囲むフェス全体の空気感ではないか。

POP YOURSのオフィシャルサイトは初開催の2022年から「ポップカルチャーとしてのヒップホップをテーマにしたフェスティバル」と自己定義してきた。一度も「ヒップホップ文化の総体を見せる場」を自称したことはない。ヒップホップの外にある演出語彙を積極的に取り込んで、ヒップホップをポップカルチャーの舞台に成立させる——これがPOP YOURSの5年間の戦略だ。LANAの精密なステージ設計も、VTuberピーナッツくんの起用も、STUTS Orchestraの弦・管編成も、千葉雄喜のサックス編成も、すべてこの戦略のもとでは正しい選択である。

Itaqの違和感は、おそらくこの仕組み自体に向いている。個々のステージではなく、ステージに意味を与えているフレームの側が「微妙」の出所だ——筆者はそう読む。

3. ECD→Eric.B.Jr.→Itaq——30年で変わった「外側」の戦い方

Itaqは、ひとりで違和感を書いたわけではない。外側からの声は、この30年、形を変えながら繰り返し上がってきた。3つの節目だけ見れば、Itaqの位置がはっきりする。

1995年・ECD「MASS対CORE」——名前の中で闘う

1995年、ECDはアルバム『ホームシック』に「MASS対CORE」を収録した。BRUTUSの磯部涼×韻踏み夫対談はこの曲を90年代ハードコアラップの代表曲として位置づけ、「怖い見た目の奴こそが、ホンモノのヒップホップを実践しているのだ」というスタンスの表明だったと整理している。

ECDの戦い方の核はシンプルだ。Jラップという呼び名に対抗して、自分たちの側を「ヒップホップ」と呼び続けた。同じ名前の中で、どちらが主語を取るかを争う戦い方である。名前を明け渡さなかった。

2024年・Eric.B.Jr.「HIPHOP YOURS」——タイトルで撃ち抜く

30年後、Eric.B.Jr.がECDの直系にあたるアンサーを出した。曲のタイトルは「HIPHOP YOURS」。タイトルそのものがPOP YOURSへの対抗命名である。

Eric.B.Jr.は2002年生まれ、大阪市東淀川区出身、ANARCHY主宰レーベル〈1%〉所属。「HIPHOP YOURS」は2024年5月31日にMV公開、6月30日リリースの3rdミックステープ『EASTSIDEBABY』冒頭に収録された。同作はApple Musicアルバム総合ランキングでaespa『Armageddon』やNumber_iをおさえ首位を獲得している(THE MAGAZINE)。話題は本物だった。

トリガーは2024年5月のPOP YOURS 2024だ。ヒップホップメディア『Article HIPHOP(ATH)』の整理によれば、Red Eyeが「BAD HOP解散後の次世代のKINGを決めよう」と呼びかけ、DAY2のLEXが「俺がKING」と応じた。そこにEric.B.Jr.が「俺もKING争いにまぜてや」と反応し、その延長で「HIPHOP YOURS」をリリースしたという。

曲の論旨は明快だ(歌詞引用は避ける)。POP YOURSのような大型フェスを台本通りに進む「出来レース」として位置づけ、Hoodの仲間が塀の向こうにいるのにPOPをやる意味を問う。幕張という固有名詞を明示的に拒絶し、最後に「どでかい穴を埋めるのは俺だ」と宣言して締める。名前を譲らず、自分たちの側から「HIPHOP」を奪い返しにいく——構造はECDの「MASS対CORE」とまったく同じだ。

その後LEXは2025年2月にインスタのストーリーで「話しかけてくるな三流ラッパー」とリアクションし、Eric.B.Jr.側はインスタライブで激怒、しかし2日後にLEX側が謝罪して和解した(同記事)。外側からの名前奪還闘争が、一度は内側にまで届いた経緯である。

2026年・Itaq「呼び方を分けたほうがいい」——戦わず分ける

そのわずか1年2ヶ月後、ItaqはEric.B.Jr.とは正反対の戦術で違和感を書いた。「呼び方を分けたほうがいい」——奪い返すのではなく、手放して別の名前にしようという提案である。

ECDが隣のステージから叫び、Eric.B.Jr.が対抗曲を正面からぶつけ、Itaqが静かに分離を提案する。同じ方向の違和感が、戦い方として先鋭化から撤退へ振れたということだ。先鋭化の極にEric.B.Jr.の「HIPHOP YOURS」があり、撤退の極にItaqの「分けたほうがいい」がある。

Eric.B.Jr.の曲が2024年にすでに存在したという事実は、Itaqの2026年発言の読み方を変える。これはひとりの気分ではなく、数年単位で続いている集合的な違和感の、より静かなバージョンとして読める。

対照項——漢 a.k.a. GAMIは真逆を選んだ

ただし、外側出身者のすべてがItaqやEric.B.Jr.と同じ向きに立っているわけではない。対照的なのが漢 a.k.a. GAMIだ。新宿MSCのリーダー、UMB発案者、自伝『ヒップホップ・ドリーム』の著者。立場としてはItaqやEric.B.Jr.以上に「コア」の側にいた人物である。

その漢が2022年に始めた料理番組『漢 Kitchen』は、2025年11月時点で登録者30万人を超えた。Billboard JAPANの2025年12月のインタビューで漢は、この番組をきっかけにヒップホップがこれまでと全然違う層に届いていると感じ、シーンのイメージアップにも貢献できていると語っている。30年前なら「CORE側」に置かれていたはずのラッパーが、2025年には外層への拡張を自分の役割として引き受けている。Itaq・Eric.B.Jr.とは真逆の選択だ。

Eric.B.Jr.、Itaq、漢。同じ「外側出身」の3人が、それぞれ先鋭化・撤退・拡張という別々の戦い方で、2020年代の日本語ラップと向き合っている。Itaqの石は孤立した愚痴ではなく、この3つの戦術のあいだに落ちた、最も静かな石である。

4. 筆者のView—内側と外側を、同じ画面に収めること

ここから筆者の立場を述べる。

編集部の前回レポートはPOP YOURS 2026の3日間を「多様性の制度化の完了」と書いた。筆者もこの主張に同意する。ただしItaqの発言とEric.B.Jr.の先行闘争を踏まえて、補助線を一本だけ引いておきたい。制度が完成するということは、その外側の形も同時に生まれるということだ

POP YOURSが「ポップカルチャーとしてのヒップホップ」を5年かけて定義したとき、その内側にはLANA・千葉雄喜・KEIJUを含む広大な舞台が成立した。同じ線の外側には、ポップカルチャーに回収されない領域でヒップホップを続けるという選択肢が、以前よりはっきりと残された。Eric.B.Jr.の「HIPHOP YOURS」はその外側からの奪還闘争であり、Itaqの「呼び方を分けたほうがいい」は2年後に書かれたより静かな撤退の提案だ。漢が歌舞伎町の食フェスで拡張した領域は、内と外の境目をまたぐ橋である。

外側の回路は、POP YOURSと並行していま動いている。3月、Watsonは徳島から日本武道館に到達した。「Watson系」という文体を5年かけて積み上げ、その延長線上で武道館に立った。6月にはTiji Jojoが「LONG LIVE LOUD」と題した武道館ワンマンを控えている。POP YOURSは中心ではあるが、唯一の中心ではない。

最後にItaqの提案そのものに対して、半歩の異論を置いておきたい。

Itaqは「呼び方を分けたほうがいい」と言う。論理としては筋が通っている。だが、名前を分けるという提案は、しばしば名前の奪い合いから降りることを意味してしまう。ECDもEric.B.Jr.も、名前を明け渡さず同じ「ヒップホップ」という単語の中で争うことを選んだ人たちだった。2026年のItaqは、奪い返そうとはせず「分けたほうがいい」と書く。疲労の表現であり、冷静な現状認識でもある。

だが、それを受け取るシーンの側——編集部を含むメディア、批評、リスナー——が同じように降りるわけにはいかない。名前を分けた瞬間、ECDが引き受けた闘争も、Eric.B.Jr.がPOP YOURS 2024にぶつけた対抗曲も、KOHHがBAD HOPを経由して千葉雄喜に接続する系譜も、別々の文脈に引き裂かれてしまう。名前は文化の記憶装置みたいなものだからだ。

筆者の回答は「呼び方を分ける」ではなく、同じ呼び方の中で、複数の中心を同時に書き続けることだ。POP YOURS 2026の熱狂も、Eric.B.Jr.の対抗曲も、Itaqの静かな違和感も、漢 a.k.a. GAMIの料理番組も、同じシーンに流れる別々の電流である。編集部が前回のレポートで内側の電流を記録したなら、この原稿は外側の電流を記録する仕事にあたる。両者が並んで初めて、2026年4月の幕張メッセで起きた出来事の立体像が立ち上がる。

ポップカルチャーとしてのヒップホップが制度化を完了させた幕張メッセの外側で、ひとりのラッパーが「微妙でした」と書く。2年前には別のラッパーが「HIPHOP YOURS」という名前そのものでフェスを撃ち抜いている。同じ時期に、90年代CORE側にいた男が料理番組でヒップホップを別の層に届けている。このすべてを同じ一枚の地図の上に描き続けること——それが、2026年以降の日本語ラップ批評に課された仕事であり、筆者がこの原稿を編集部のレポートに並走させる理由である。


Ito Kotaro|本稿は、HIPHOPCs編集部の現場レポート「POP YOURS 2026 完全レポート:日本語ラップが『多様性の制度化』を完了させた3日間」に対する、ひとりのライターからの補足と定義の試みである。

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