トラックリストが公開された
2026年3月25日、Kanye Westは新作「Bully」のトラックリストを自身のXで公開した。 あわせて「BULLY ON THE WAY NO AI」と発信している。 公式サイトでは3月27日リリース予定と告知されており、作品の輪郭が一気に見え始めた。
収録曲は全18曲。 確認されているタイトルは以下のとおりだ。
“Sisters and Brothers” / “Whatever Works” / “Father” / “All the Love” / “I Can’t Wait” / “Bully” / “Mama’s Favorite” / “Punch Drunk” / “This Is A Must” / “Outside” / “Preacher Man” / “White Lines” / “Circles” / “This One Here” / “King” / “Beauty and the Beast” / “Damn” / “Last Breath”
家族、信仰、自己像、終末感。 タイトルだけでも、内省的でドラマの濃い作品像が伝わってくる。 3曲目「Father」にはTravis Scottが参加しており、もともと2025年12月のBeats by Dreの広告で楽曲の存在が示唆されていた(HotNewHipHop / Complex、2026年3月25日付)。 2025年3月のDJ Akademicsとのインタビューで、YeはTravis Scottについて「ワイオミングの牧場で作った4曲を自分に無断で『Utopia』に使った」と主張し、両者の関係悪化が広く報じられていた(Billboard、2025年3月31日付)。 その経緯を踏まえれば、この共演はファンにとって和解のシグナルとして受け取られるのは避けられないだろう。
「NO AI」宣言の背景にあるもの
話題はトラックリストだけでは終わっていない。 火種になったのは、同日出回った「Bully」のヴァイナルからのリップ音源だ。
HotNewHipHopの報道(2026年3月25日付)によると、先行して届いたレコードを聴いた一部リスナーから、「PREACHER MAN」にAI生成ボーカルのようなものが残っているとして不満が噴き出した。 Complexも同日、Kanye West本人がX上で「NO AI」を明言したと報じている。
ただし、AI問題はこれが初めてではない。 2025年2月のJustin Laboyとの対談で、Kanye West自身がAI deepfakeボーカルの使用を認め、「サンプリングの次のバージョンだ」と擁護していた(Complex、2026年1月4日付の経緯まとめによる)。 しかしその後、2026年1月に音楽マネージャーのPeter JideonwoがXで「BullyにAIはない」と投稿。 元YeezyチーフオブスタッフのMilo Yiannopoulos(ミロ・ヤノプーロス)も同趣旨の発信をしている(Complex、2026年1月4日付 / HotNewHipHop、2026年1月5日付)。 つまり今回の「NO AI」宣言は、突然のポジション変更ではなく、約3か月前から始まっていた修正の最終段階にあたる。
ヴァイナルは通常、配信より数週間前倒しでプレスされる。 West側近のJoseph KarreもXで「金曜日にはタイムラインがかなり変わる」と投稿しており(HotNewHipHop、2026年3月25日付)、配信版では録り直された可能性が高い。
「Bully」が背負っているもの
Rolling Stoneは「Bully」のテーマを”remorse, memory, ego, faith, and consequence”と伝えている(Rolling Stone、2026年1月28日付 / HotNewHipHop、2026年3月10日付経由)。 Billboardの Gil Kaufman は、音楽的には『808s & Heartbreak』(2008年)や『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010年)に近い「最も実験的で評価の高かった時期」のサウンドだと評し、Auto-Tuneで加工されたクルーニングを特徴とする「簡素でソウルの断片をまぶした楽曲群」と描写している。 これが事実なら、内省と実験の両方に振り切った作品ということになる。
文脈として大きいのが、2026年1月にKanye WestがWall Street Journalの全面広告で過去の反ユダヤ的言動を謝罪したことだ。 Rolling Stoneは「Bully」の完成がこの謝罪広告の掲載より前だったと確認しており(Rolling Stone、2026年1月28日付)、作品の方向性は謝罪の文脈とは独立して固まっていたことになる。 HipHopDXもその流れを踏まえ、「Bully」とワールドツアー計画を「再起の流れ」として報じている。 ツアーは3月29日のニューデリー公演を皮切りに、ロサンゼルスのSoFi Stadium(4月3日)、アルンヘム、マルセイユ、レッジョ・エミリア、マドリードなど世界各地で7月末まで行われる予定だ(Billboard、2026年3月10日付 / HipHopDX、2026年3月10日付)。 加えて、娘のNorth Westが独立系レーベルGammaと契約しソロシングルをリリースするなど、West家のクリエイティブ面での動きも活発化している。
以上はすべて報道に基づく事実だ。 ここからは筆者の見方になるが、謝罪広告、Travis Scottとの和解的共演、ワールドツアー、ファミリーの動向という外堀がすべてこのアルバムに向かって流れ込んでいる構図を見れば、「Bully」は音楽作品であると同時に、Kanye Westという名前の再定義にまで踏み込もうとしているように映る。
まだ安心して待てるリリースではない
しかし3月27日はあくまで予定日だ。 Kanye Westの作品公開は昔からスケジュール変更と隣り合わせだった。 「Bully」に限っても、当初の2025年6月15日から、7月25日、9月26日、11月7日、12月12日、2026年1月30日、3月20日、そして現在の3月27日と、少なくとも7回の延期が確認されている(HotNewHipHop、2026年2月20日付 / The Clout Magazine、2026年2月付)。 今回出たトラックリストがそのまま最終形になる保証もない──実際、3月20日にはPlayboi CartiとTy Dolla $ignをフィーチャーした「Melrose」がアルバムから外されたとKanye West本人がXで明言している。
今ファンが見ているのは、完成品そのものではない。 完成に向かう途中の緊張感だ。
出る前から、すでに物語になっている
昔はアルバムが出てから物語が始まった。 しかし今は逆だ。 トラックリスト、手書きメモ、先行流出、AI疑惑、本人の一言。 そのすべてが、出る前からすでに作品の一部として消費されている。
DrakeやKendrickは、少なくとも近年においてはリリースそのもので勝負する傾向が強い。 しかしKanye Westは、「リリースしない過程」すらコンテンツにしてしまう。 それは才能でもあり、呪いでもある。 完成品が出ない限り、過程の物語はいつでも「ただの延期」に反転しうるからだ。
「Bully」はまだ配信前なのに、すでに「2026年のアルバムの出方」を体現している。
焦点は二つだけだ
本当に3月27日に出るのか。 そして、本当に「NO AI」なのか。
トラックリスト公開で期待は一段上がった。 しかし同時に、Kanye Westは自分でハードルも上げた。 ファンが欲しいのは手書きメモの美学ではない。 言い訳のない完成品だ。
「Bully」がその要求に応えられるなら、今回の騒ぎは前夜祭として語られる。 しかし応えられなければ、トラックリスト公開はただの疑念の見出しとして残る。
