Jay-ZとDrakeはいつからズレたのか : Akademiksが掘り起こした2015年の火種

ホーム » ヒップホップニュース » Jay-ZとDrakeはいつからズレたのか : Akademiksが掘り起こした2015年の火種

ヒップホップの議論は、ひとつの言葉が表に出た瞬間に熱を持つ。今回もそうだった。

発端になったのは、文化評論家のMichael Eric Dysonだ。DysonはKendrick LamarとDrakeのビーフを論じる中で、Jay-Zが自分の見解に強く異議を唱えたと明かした。

Dysonによれば、Jay-Zは失礼な態度ではなく、あくまで「尊厳をもって」「明確に」反論したという。Dysonの問題提起は、Kendrickが「Not Like Us」でDrakeの”Blackness”を疑うような構図を作ったことが、排除の論理という点でDonald Trump的なレトリックに近いのではないか、というものだった。その後Dysonは、Jay-Zとのやり取りを公に語ったことについて、「本来は二人の間にとどまるべき私的なやり取りだった」と説明している。

この件の詳細な経緯はJay-ZがMichael Eric Dysonに直接電話──Kendrick vs Drakeビーフ論争で示された尊重ある対話の重要性でまとめている。ここではその先の話をしたい。

まず確認しておく。この時点で表に出ている事実は、「Jay-ZがDysonの見解に反論した」ということまでだ。そこから先、つまりJay-ZがDrakeそのものをどう見ているのか、あるいはDrakeとの関係が実際に冷え切っているのかまでは、まだ公的に確認されていない。話が大きく見えるのは、この私的な反論に、後から別の”線”を引く者が現れたからだ。

Akademiksが持ち込んだもっと古い話?

その”線”を強く引いたのがDJ Akademiksだった。Akademiksは、Jay-ZとDrakeのあいだにある緊張は今回のDyson騒動より前から始まっており、起点は2015年前後ではないかと語っている。彼の見立てでは、Jay-Zが2015年3月にTIDALを大きく打ち出した時期と、Drakeが同年6月のApple Music発表の場で前面に立ったことが、関係のねじれを読む鍵になるという。さらにAkademiksは、2015年の”Charged Up”についても、Meek MillだけでなくJay-Zへ向いたサブリミナルが含まれていた可能性を示唆している。

だが、ここは線を引き間違えてはいけない。これはあくまでAkademiksの仮説であって、Jay-Z本人もDrake本人も確認していない。

Akademiksの説が面白いのは、2015年という年がたしかに”読むに値する年”だからだ。3月にはJay-ZがTIDALをアーティスト主導のサービスとして再始動させ、6月にはAppleがApple Musicを正式発表し、その場でDrakeがプレゼンテーションを担った。ビジネスの地図が塗り替わった年に、Jay-ZとDrakeが別々の側で立っていたこと自体は事実だ。だが、同じ年に別陣営にいたことと、それがそのまま私的な不和を意味することは同じではない。そこを飛ばしてしまうと、ニュースではなく物語になる。

コラボ履歴が「断絶」説をそう簡単には成立させない

しかも、この話を単純化できない理由がもうひとつある。両者のコラボ履歴が、きれいな”断絶”の物語を拒むからだ。Drakeのデビュー作期には”Light Up”があり、2013年には”Pound Cake / Paris Morton Music 2″があり、2018年には”Talk Up”で再び並び、2021年の『Certified Lover Boy』でも”Love All”で共演している。2015年を境に完全に関係が切れた、という語り口は、少なくとも公開された作品の流れとはきれいに重ならない。むしろ見えてくるのは、単純な「仲良し/絶縁」ではなく、競争とリスペクト、距離と再接続が交互に現れる関係だ。

「Jay-Z=Kendrick側」という読みの根拠と限界

では、なぜいま「Jay-ZはKendrick側だ」という読みがここまで広がるのか。理由はわかりやすい。2025年のSuper Bowl LIXハーフタイムショーでKendrickを起用した体制には、NFL、Apple Music、そしてJay-ZのRoc Nationが含まれていた。発表時、Jay-ZはKendrickを「once-in-a-generation artist and performer」と称賛している。2024年のKendrick vs. Drakeの構図を知るファンから見れば、この並びが象徴的に映るのは自然だ。

ただ、一歩引いて見る必要がある。Kendrickを高く評価することと、それが即座に”反Drake”を意味することは別だ。今のところ、公に確認できるのは前者までである。

なお、Drakeをめぐってはアルバムリークやハッカー恐喝など別の動きも続いており、今週のヒップホップニュースまとめでも触れている。

結局、何がわかっていて、何がわかっていないのか

読者が押さえるべきポイントは三つだけだ。

ひとつ目。確認されているのは、Jay-ZがDysonのKendrick/Drake論に反論したこと。
ふたつ目。Akademiksは、その背後に2015年から続くJay-ZとDrakeの緊張を読むが、それは現時点では仮説でしかないこと。
みっつ目。公開された楽曲の歴史を見る限り、両者の関係を一直線の”断絶”として語るのは雑すぎること。

この話の本質は、Jay-ZとDrakeが本当にビーフしているかどうかを今すぐ断定することではない。重要なのは、断片的な事実の周りに、誰がどんな物語を組み立てているのかを見ることだ。Dysonが持ち込んだのは文化論であり、Jay-Zが示したのはその文化論への異議であり、Akademiksがやっているのはその間を一本の陰影あるストーリーでつなぐことだ。面白い。だが、面白いことと、確認されたことは違う。

いま言えるのはここまでだ。その先は、Jay-ZかDrakeのどちらかが、自分の言葉で口を開いたときに初めてニュースになる。


関連記事

コメントを残す

Latest

ARTICLES