月曜日, 9月 22, 2025

ヒップホップと偏見について:入獄経験のあるラッパー達(現在進行形有り)

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Young Thug(ヤングサグ)の獄中からの通話が漏れ、現在一大スキャンダルとなっている今日この頃。残念ながら、ヒップホップの歴史において、刑務所入りは多くの有望なラッパー達の可能性とキャリアを阻んできた。刑務所から出所後華々しく返り咲き、カリフォルニア・ドリームを謳う2Pac(2パック)がいるかと思えば、刑務所に入った後キャリアが回復しなかったラッパーも存在する。彼らが実際にストリートで活動していたり​​、それを美化したりしたライフスタイルを送っている場合、度々それが法的問題に発展したり、警察の標的になったりすることがあるのも事実だ。そして業界で最も人気のあるアーティストの多くは、かなり長い刑期を終えていたり、現在進行形で服役中だったりする。そこで、今回はBehind the Bar(服役)を経験したラッパーについてフォーカスしつつ、米国の社会に潜んでいるヒップホップやアーティストに対する偏見について考えてみようと思う。

Slick Rick(スリック・リック)

まず初期のヒップホップシーンを代表するラッパーから始めよう。今年6月、Nas(ナズ)のAftermath Entertaingmentからアルバムをリリースしたイギリス生まれの伝説的ラッパーSlick Rick(スリック・リック)は、1991年に殺人未遂罪で有罪判決を受けた。ヒップ​​ホップの殿堂入りを果たし、ストーリーテリングを重視しNarrative Rap(ナラティブ・ラップ)の普及に貢献したこの大物ラッパーは、1990年に従兄弟のMark Plummer(マーク・プラマー)に向けて発砲した時、自身の1998年の代表作『The Great Adventures of Slick Rick』から2年が経っていた。スリック自身は正当防衛の行為と述べていたが、最終的に彼は殺人未遂2件と暴行、銃器の使用、武器の不法所持を含むその他の容疑で有罪を認めた。結果1997年に釈放となったが、2002年6月、カリブ海のクルーズ船で公演を行った後、彼は重罪で有罪判決を受けた外国人の国外追放を認める法律に基づき、移民帰化局(INS)に逮捕された(イギリス生まれの彼は米国籍では無かった)。当初保釈を拒否されたものの、最終的に2003年11月に釈放された。また2008年5月、殺人未遂容疑で再度起訴されたが、子供たちに暴力について教えるボランティア活動を精力的に行っていたスリック・リックは、当時のニューヨーク州知事David Paterson(デビッド・パターソン)から、恩赦を与えられた。

C Murder(C・マーダー)

生きている間、娑婆にでるのは確実に無理だろうと言われているのが、このラッパー。今年のBETアワードで元レーベルメイトだったSnoop(スヌープ)がパフォーマンス中彼の名前をシャウトアウトしていたが、No Limitのラッパーで、Master P(マスター・P)とSilkk The Shocker(シルク・ザ・ショッカー)の兄弟であるC Murder(C・マーダー)は、現在殺人罪で終身刑に服している。20世紀初頭にはトップ10入りを果たしたアルバムを3枚リリースし、なんとソロデビュー作『Life Or Death』はプラチナ認定を受けた。にもかかわらず、C・マーダーは、2002年にルイジアナ州ハーベイのナイトクラブで16歳のファンを射殺した罪で、複数回有罪判決を受けた。最初の有罪判決は、検察側が証人の犯罪歴に関する情報を隠蔽していたことが判明したため、再審となった。2009年の再審でもC・マーダーは有罪判決を受けたが、陪審員の一人がCが叱責され、無効裁判を避けるために有罪評決に変更せざるを得なかったことを認めたことで、再審理が精査された。この有罪判決は控訴されたが、最終的には2011年に支持された。

Mystikal(ミスティカル)

Master P(マスター・P)のNo Limit Recordsからノーリミソルジャーの一員としてカリスマ的存在感を放っていたルイジアナを代表するラッパー、Mystikal(ミスティカル)。彼の狂気じみた電光石火のヴァースと、懐古的な「ソウル・スクリーマー」的ラップ唱法は、他のラッパーの作品をはるかに凌駕し、世界中から注目を集めていた。『Danger (Been So Long)』『Shake Ya Ass』『Bouncin’ Back』といった自身のヒット曲から、Ludacris(リュダクリスの)『Move Bitch』での客演まで、その存在感を存分に発揮していた。が、2004年、ヘアスタイリストへの性的暴行で懲役6年の判決を受けたことで、その人気は急激に衰えを告げた。その後曲をリリースするものの鳴かず飛ばずで、2022年に再度第一級強姦、絞殺による家庭内暴力、単純強盗、不法監禁などの罪に問われ、以来保釈なしで拘留されてる。彼は2025年5月、アセンション郡裁判所に出廷し、状況審問を受けた。だが彼の事件は延期され、口止め令は依然として有効であり、弁護団が公に話せる内容は制限されているそうだ。もし第一級強姦罪で有罪判決を受けた場合、ミスティカルはルイジアナ州で終身刑に科せられる可能性があるという。

Gucci Mane(グッチ・メイン)

このラッパーも外せない。Gucci Mane(グッチ・メイン)は、キャリアを通して常に違法行為と隣り合わせの生活を強いられ、素晴らしいミックステープや『Trap House』シリーズ、そして『The State vs. Radric Davis』といった名アルバムのリリースの合間に、郡刑務所で短期間服役を繰り返してきた。2009年にメジャーレーベルのアトランティックに移籍したものの、残念ながら2010年後半頃から5回も逮捕され、音楽よりも法的な問題でニュースを賑わせるようになってしまった。最も有名なのは、違法な銃所持の履歴に関連した連邦銃器法違反で、2014年に懲役3年3ヶ月の判決を受けたことである。また、暴行、保護観察違反、軽犯罪など、他の罪にも問われていた。だが2016年5月の釈放以来、改心したのか精力的に楽曲を発表し続け、トラブルからは身を守っているようだ。

Kodak Black(コダック・ブラック)

最近、運転中にリーンを飲んでいるとされる動画を投稿し、ファン(と自身の弁護士)を心配させ(結局咳止めシロップではなくジュースが使われており、単にネット上でファンを煽動しただけと判明)、ライブ配信や奇行の録画、暴言やその他の発言などで騒がせているフロリダ出身のラッパーを紹介しよう。2015年、まだフロリダでヒップホップの波に乗る前の18歳の時点で、誘拐、暴行、マリファナ所持等で逮捕されたKodak Black(コダック・ブラック)。2016年に性的暴行容疑、銃器所持容疑、米国国境で武器と麻薬の容疑で逮捕されてから数週間後、2019年5月のRolling Loudの公演を前に、州および連邦の銃器法違反容疑で再び逮捕された。彼は後に、2度にわたって銃を購入する際に身元調査で虚偽の申告をしたことを認めたという。2丁の銃は後に犯行現場で発見され、そのうち1丁にはブラックの指紋が付着しており、別のアーティストへの発砲に使用されたとされている。彼は懲役4年近くを宣告されたが、2021年初頭にトランプ前大統領によって恩赦を受けた。

Lil Baby(リル・ベイビー)

お次は、DJ Akademiksと本人のマネジメントチームの関係者とされる人物が、業界からの引退を示唆していると報じ、ファンを心配させているお金大好きラッパーだ。17歳の時、Lil Baby(リル・ベイビー)はアトランタに拠点を置くQuality Control Recordsのスタジオにドラッグディーラーとして定期的に通っていた。レーベル創設者のKevin “Coach K” Lee(ケビン・“コーチK”・リー)は、ベイビーが「独特の雰囲気…言葉遣い、そして街中での尊敬」を持っていると感じ、ラッパーになることを勧めたというのは、有名な話だ。保護観察違反で再逮捕された2014年から2017年の数年間服役する前、マンブルラッパーはもちろんマリファナ所持と販売目的による薬物関連容疑で複数回逮捕されていた。そして釈放後、リル・ベイビーはラップのキャリアをスタートさせることとなる。ちなみに今渦中のYoung Thug(ヤング・サグ)とGunna(ガンナ)は、ベイビーのスタイルを確立する上でメンターとして活躍したらしい。両メンターらがお互いビーフを繰り返している今、果たして引退の噂は本当なのだろうか?

6ix9ine(シックスナイン)

日本語のウィキペディアにも詳細が載っているこの型破りなラッパー。6ix9ineは、2018年末、Nine Trey Gangster Bloodsとの関わりと行動により、RICO法違反(RICOとは犯罪組織が「企業」を設立・維持・運営し、そこで「反復的」かつ「持続的」に犯罪を行うことを取り締まるアメリカの法律)罪と銃器法違反の罪で逮捕された。彼は、ギャングのメンバーに不利な証言をすることで刑期を短縮する司法取引を受け入れたが、この協力により彼は懲役2年と、既に服役していた期間を含め5年間の保護観察処分となった。COVID-19パンデミックが再発すると、6ix9ineは喘息に関する健康上の懸念から自宅軟禁で釈放される。最終的には2020年に保護観察処分を受け、釈放された。釈放後も問題行動は直らず、7月末にはコカインとMDMA等の麻薬所持など、刑務所からの保護観察条件に違反したという。どうやら9月25日に判決を言い渡される予定らしいが、テカシは最長5年の懲役刑と終身保護観察を受ける可能性があるという(この記事執筆時点では不明)。

Fetty Wap(フェッティ・ワップ)

グラミー賞にもノミネートされた、Fetty Wap(フェッティ・ワップ)。彼は、ニューヨーク地域とニュージャージー州で他の5人と共に100キロ以上のヘロイン、フェンタニル、コカイン、クラックコカインを密売したとしてFBIに告発され、2021年10月に逮捕された。50万ドルの保釈金で一旦は釈放されたものの、後にFaceTime通話中に殺害を脅迫し、保釈は取り消され、銃を振り回した容疑で再逮捕されてしまった。フェッティの弁護士は、COVID-19のパンデミック中(ライブ等のアーティスト活動がままならなかったため)にフェティが薬物販売に手を染めたと懲役5年を求刑し、刑期の短縮を試みた。結果、連邦麻薬法違反の罪を認めた後、懲役6年を言い渡され現在も服役している。

BigXthaPlug(ビッグエクサプラグ)

先月末新アルバム『I hope you’re happy』をリリースし、そのリリースパーティーの場で逮捕されてしまったテキサスはダラスの新星BigXthaPlug(ビッグエクサプラグ)。罪状は麻薬と武器の所持で保釈金は5000ドルに設定されていたものの、逮捕の翌日勾留されていたダラス郡刑務所から釈放された。大学を中退後、彼は幼い息子を育てるためにストリートに出たが、窃盗と強盗で投獄された過去を持っている。その際独房に送られた経験が、彼の今後の指針となった。周囲に四方の壁しかなく考える時間はたっぷりある中で、正気を保つためBigXは作曲スキルを磨き、音楽のキャリアだけに集中することを決意した。彼は言う。「俺は刑務所に何度も行ったことがあるが、それは特別な時だった。俺が刑務所にいる間にたくさんのことが起こり、世界は俺なしでも動き続けていることを思い知らされたよ。母親が病気になり、祖母が病気になり、息子の誕生日を逃したこともあった。だが世界は自分がいなくても動き続ける。特に息子のこととなると、俺は毎日そこにいたいと思うんだ」その経験以来、長期収監は避けているようだ。

ヒップホップと偏見

実はアメリカの法執行機関や検察官は、ラップの歌詞やMVを犯罪行為の証拠として利用しようとしてきた長い歴史を持っていたりする。この物議を醸す慣行は、ヘビメタやロックといった他のジャンルよりもヒップホップ関連の事件ではるかに多く見られ、ラッパー達は「本物の」アーティストではなく、彼らの歌詞は自伝的な告白であるという前提に基づいてしまっているようだ。確かに一部のラッパーは、ギャングとの関わりが一般的で、ギャング活動が生存の手段と見なされている貧困地域出身だ。そしてこうした背景は彼らの音楽に反映され、芸術的表現と実生活の境界線が曖昧になっているのも事実である。

また、アメリカ社会における人種的偏見を浮き彫りにしてるとも言えるだろう。主に黒人アーティストが多い歴史を持つヒップホップは、特に標的とされているようだ。法廷では、歌詞が犯罪やギャングへの所属に関する人種的ステレオタイプを強化するために利用されることもあり、アーティストにとって公正な裁判を困難にしていたりする。またメディアはヒップホップと犯罪のつながりを誇張することが多く、有色人種は暴力的で犯罪者であるという固定観念を助長してしまっている。

そして地域的側面もにも触れておこう。サザンヒップホップの隆盛により、アーティストへの監視が強化されているのも事実だ。これは偶然なのだが、上記で紹介したラッパーも、南部出身か、南部に所縁があるか、南部で逮捕されていたりする。例えばアトランタやメンフィス、ニューオーリンズといった南部のヒップホップの中心地は、音楽シーンの成功とそれに伴う暴力や犯罪の両方で、メディアから広く取り上げられてきた。これらの都市のラッパーの法的トラブルがメディアの注目を集めることで、南部のアーティストは特に逮捕されやすいという印象を与えてしまう可能性がある。特にアトランタのような大都市におけるドリルラップの隆盛は、ギャングとのつながりや音楽に見られる暴力的なテーマへの注目を高めてしまっている。法執行機関は、ドリルアーティストの音楽やソーシャルメディアを頻繁に監視しているのも事実だ。

日本のヒップホップアーティストやラッパーも、似たようなバイアスに晒されていると言えるかもしれない。彼らが薬物所持で逮捕されれば「ほらね!」とメディアやSNSが沸き、ここぞとばかりに取り上げる。その上、彼らのファッション、入れ墨やタトゥー、物腰、リリックスの内容などの自己表現に対する社会の目は、意識的、無意識的問わず未だに偏見に満ちている。だが忘れてはいけない。「偏見との闘い」は、国や人種に関わらず、ヒップホップの重要なテーマなのだ。そして着実に根付いているこの文化の浸透度が、闘いの成果と社会変革を物語っている。

長くなってしまったが、収監経験のあるラッパーを調べていたら思いのほか人数が多かったので、今回はこれくらいにしておく。もし要望があれば続編を執筆するので、編集部に連絡ヨロシク!

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