後編となる最後に紹介するのは、主に90年代後半からニュースクールと呼ばれている世代の女性ラッパー達である。筆者の知る限り、ここまで女性ラッパー達を特集した日本語の記事は他に無いようなので、是非楽しんで読んでいただきたい。
Missy Elliott(ミッシー・エリオット)
近年どんどんと美しくなっている、我らがMissy Elliott(ミッシー・エリオット)。独特のビジュアルと楽曲、ボキャブラリーを持つ南部生まれのミッシー・エリオットがラップ界のゲームを変え、2000年代のサウンドを形作ったたと言っても過言ではない。Jodeci(ジョデシ)、Ginuwine(ジニュワイン)、Aaliyah(アリーヤ)などR&Bシンガーと何年もコラボレーションした後、エリオットは幼なじみで長年のコラボレーターであるTimbaland(ティンバランド)とデビューアルバムの制作に取り組んだ。わずか2週間で完成したのが、大ヒットした『The Rain』を収録した『Supa Dupa Fly』である。エリオットの次のアルバム『Da Real World』も同様に成功し、3枚目のアルバム『Miss E… So Addictive』からは、10年間で最も長くヒットした曲の1つ『Get Ur Freak On』が世に送り出された。ミッシーの独自のルックス…バギーパンツ、アニメのようなシルエット、そして明るい色彩は、しばしば非常にシリアスな音楽ジャンルに、軽快、且つコメディーな要素を加えた。彼女は若い男性ファン層にアピールしようと必死で、露出度の高い服装と過度にセクシーな服装をした商業的な女性ラッパーの多くとは対照的であった。ミッシーは独自のビジョンを通じて、現代音楽の伝説の1人としての地位を固める作品を生み出したのである。
EVE(イブ)
英国のビリオネア実業家、Maximillian Cooper(マクシミリアン・クーパー)と結婚し、最近はすっかり洗練されたマダムになってしまったが、1999年にデビューアルバム『Let There Be Eve…Ruff Ryders’ First Lady』をリリースしたEve(イブ)。このプロジェクトはビルボード200で1位を獲得し、彼女は当時この偉業を達成した3人目の女性ラッパーとなった。もともとドクター・ドレのAftermath Records(アフターマス・レコーズ)でキャリアをスタートし、彼女のブレないクールなラップは、癖の強いRuff Ryders(ラフ・ライダーズ)の男性ラッパー陣ととても相性がよく、引き続きカリスマ的な魅力を発揮した。2000年にブレイクスルーアルバム『Scorpion』をリリースし、女性ラッパーが少ない業界でその名声を掴んだ。彼女は現在、ニューヨーク大学スタインハート文化教育人間開発学部の2024~25年度在籍研究員として、ヒップホップ界の先駆者としての経験を語っているという。
Remy Ma(レイミー・マ)
Big Pun(ビッグ・パン)のサポートはラップ界で大きな意味を持っていたらしい。Remy Ma(レミー・マ)はパンのお気に入りのMCの1人で、彼が彼女を発掘し、Fat Joe(ファット・ジョー)のグループ、Terror Squad(テラー・スクワッド)に女性メンバーとして加入させ有名になった。彼女は2004年にリリースされた彼らの2枚目であり最後のアルバム『True Story』に出演。彼らのシングル『Lean Back』は3週間ビルボードホット100で1位を獲得し、マは初めてグラミー賞にノミネートされた。その後、ソロアーティストとしての彼女の活動も同様に影響力があり、『There’s Something About Remy: Based on a True Story』はラップ界で今でも定番となっている。
Amil(アミル)
Amil(アミル)は90年代後半にJay-Z(ジェイ・Z )のサイドキックとして有名になり、『Rush Hour』のサウンドトラックから彼とシングル『Can I Get A…』をレコーディングして有名になった。彼女はジェイ・Zがアルバム『Vol. 2… Hard Knock Life』で女性ボーカリストを探していた後にキャリアをスタートしたが、ジェイがアミルのフリースタイルを聴いて、ボーカリストを他に探す必要はないと判断したという。これが彼女のキャリアを急上昇させ、ソロデビューアルバム『A.M.I.L – All Money Is Legal』が2000年にリリースされた。アルバムには、Beyoncé(ビヨンセ)とのデュエットシングル『I Got That』と、 All-Star Roc-A-Fella(オールスター・ロッカフェラ)のシングル『4 Da Fam』が収録されている。噂ではその後ジェイと確執が起き、そのまま音楽業界から身を引いたという。現在彼女の消息は不明である。
Nicki Minaj(ニッキ・ミナージュ)
やっとNicki Minaj(ニッキ・ミナージュ)までたどり着けた。クイーンズ出身のニッキー。彼女は90年代の先人たちが、すでに鋭い舌、間延びした話し方、音節を重ねる研ぎ澄まされた刃のような言葉の巧みさを養った結果、生まれた存在だという。そのラップの巧みさにより、Kanye West(カニエ・ウェスト)は自分のトラックで負けを認めざるを得なくなったそうだ。彼女のフローが放つバースの支配力は絶対的で、美的感覚は唯一無二であった。『the pickle juice clip(ピクルスジュースクリップ)』として知られる、今やバイラルとなったビデオでの彼女の即興の発言は、音楽業界のダブルスタンダードの不条理さを鋭く凝縮したものであり、男性に奨励するのと同じ行動を女性に非難する文化についてのコメントは、不気味なほど先見の明があるように感じられた。彼女の初期の作品は彼女の実力を証明する場であり、一連のニューシングル『Changed It』『No Frauds』『Regret In Your Tears』をリリースしたことで、ミナージュは富と名声を手に入れたのである。
Cardi B(カーディ・B)
お次は、『Bodak Yellow』『I Like It』『WAP』などの曲で知られるグラミー賞受賞ラッパーCardi B(カーディ・B)を紹介する。ニューヨーク出身の彼女は、ストリッパーとして人生に対するタフで率直な姿勢でソーシャルメディアを通し有名になり、世界の注目を集めた。2015年から彼女はVH1のリアリティ番組『Love & Hip Hop: New York』に出演していたものの、2017年に音楽に専念するために番組を降板したという。同年『Bodak Yellow』をリリースし、女性ラッパーとして初のダイアモンド認定シングルとなった。2018年の『Invasion of Privacy』が認められ、最優秀ラップアルバムのグラミー賞を受賞した唯一の女性ソロアーティストでもある。ミーゴスのメンバーであるオフセットとの間に3人の子供がおり、現在は彼との離婚調停で世間の注目を集めている。
New School Rappers(ニュースクールのラッパー達)
数十年前に比べ、ヒップホップシーンで多くの女性ラッパーが活躍する中、何人か顕著な人物を紹介しようと思う。Azelia Banks(アジーリア・バンクス)のアンセム『212』は、リリース後すぐにニューヨークの公式ソングとなった。そして昨年、千葉雄喜との『MAMUSHI』が話題になったヒューストン出身のエキサイティングな女性ラッパー、Megan Thee Stallion(メーガン・ザ・スタリオン)も忘れてはいけない。『The Rap Game』第1シーズンで優勝したジャーメイン・デュプリの秘蔵っ子Latto(ラトー)、曲によって自由自在にスタイルを変貌させるシェイプシフターのようなDoja Cat(ドージャ・キャット)は、ビルボードチャートでトップになりグラミー賞にもノミネートされた。Bruno Mars(ブルーノ・マーズ)と共演し全世界に名前を知られるようになった、Sexyy Red(セクシー・レッド)。2022年にブレイクして現在に至るまでラッパー業のみならずあらゆる方面で活躍しているGloRilla(グロリラ)。Ice Spice(アイス・スパイス)は、ニッキー・ミナージュとの『Princess Diana』や、Taylor Swift(テイラー・スウィフト)との『Karma』などの曲で知られるラッパーである。スキルの差やスタイルは違えど、彼女らに共通するのはもしかしたら50の言う「過度なセクシーさ」かもしれない。だが、その路線に食傷気味だったリスナー達に安心感を与えるかのように、Doechii(ドーチ)が彗星の如くラップ界に現れた。今年『Alligator Bites Never Heal』で、ローリン・ヒルとCardi B. (カーディ・B)に次いだ快挙となる、グラミー賞ベストラップアルバム賞を受賞した彼女。ニュースクールながらローリン・ヒルやミッシー系統の「セクシーさに頼らない」自身の言葉の刃とマイク、パフォーマンスで独自の世界観を表現する、好感度の高い女性ラッパーが舞い戻って来たように思う。
まとめ
当初、「前編と後編」の2部を予定していたのに、このラッパーも、あのラッパーもと入れていたら、3部構成になってしまった。それでも全員はカバーできなかったので、お気に入りのラッパーが登場しなかった読者はご容赦いただきたい。やはりざっと見ても90年代の女性ラッパー陣の活躍と貢献が、現在までに至るヒップホップの大きな土台を築いているのが見て取れる。それはラップのスタイルのみならず、流行りのファッションやスタイル、言葉、ダンス、アート、全てにおけるヒップホップ文化を指す。
50の言葉に戻ろう。同じ卑猥なラインを放ったとして、男性ラッパーはどんなラップでもほとんど反響がないのに対し、女性ラッパーは厳しい審査を受け、批判される傾向にあるという。このダブルスタンダードに立ち向かった良い例が、メーガンとカーディ・Bの『WAP』である。この曲は女性や男性を貶めることなく女性の喜びについて触れているが、世間からは「下品」「卑猥」と非難された。だが、男性ラッパーが作った似たような多くの露骨で下品な歌は、公然と批判されたことがない。少なくとも50は、していない。この似たようなバッシングは、面白いことに男性だけではなく同じ女性からも上がっているのだ。未だにミソジニー蔓延るホモソーシャルで、男性が支配的なヒップホップ業界でのサバイバルゲームに参加している女性ラッパー達。初期の時代から現在に至るまで、彼女らは自分が作り出すものに対して厳しく精査され、批判され、時には都合よく利用され、「性差別と女性蔑視」に晒されてきた。そんな業界で戦い続け、生き抜いている彼女らヒップホップの女王達に、ファンとしてサポートしつつ、大きな愛と尊敬を贈ろうではないか。Salute to queens!