金曜日, 4月 4, 2025
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ヒップホップ音楽界の大御所Irv Gotti(アーヴ・ゴッティ)が54歳で死去、その軌跡を追う

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90年~2000年代のヒップホップ音楽を少しでもかじっていれば、この大物Irv Gotti(アーヴ・ゴッティ)がレコード会社Murder Inc. Records(マーダー・インク・レコーズ)を創設し、Jay-Z(ジェイ・Z)やDMXのヒット曲を作成し、Ja Rule(ジャルール)やAshanti(アシャンティ)をマルチプラチナムスターに押し上げ、且つBillboard Hot 100に28枚のもの楽曲をぶち込んだ敏腕プロデューサーであるのはご存知であろう。その彼が今週の水曜日、54歳の若さで永眠した。クイーンズの公園でDJとしてレコードを回しキャリアをスタートさせた彼が、ヒップホップとR&B界の巨人となるまでの軌跡を、本記事では振り返ってみようと思う。

Irv_Gotti_in_Houston.,
2C2K Photography, CC BY 2.0 , via Wikimedia Commons

幼少時代のゴッティ

ゴッティは、1970年にニューヨーク州クイーンズでIrving Domingo Lorenzo Jr.(アーヴィング・ドミンゴ・ロレンツォ・ジュニア)として生まれた。彼のアーティスト名は、悪名高いマフィアのボス、Gambino Family(ガンビーノ一家)の当主John Gotti(ジョン・ゴッティ)から借用したそうだ。2022年にBETで放映されたゴッティの生涯を描いたドキュメンタリー『The Murder Inc Story(ザ・マーダーインクストーリー)』によると、ゴッティは8人兄弟の末っ子だった。お金はあまりなかったが愛情たっぷりに育てられたというゴッティの家族は、パフォーマンスやダンス、娯楽が大好きだったと回想している。彼の音楽への取り組みは10代になる前に始まり、兄弟が買ってくれたターンテーブルとミキサーで何時間も演奏したそうだ。そして、なんと15歳までにはDJとして地元のパーティーで名を馳せ始めた。

DMXとJay-Zとの出会い

1980年代後半から1990年代前半まで、ゴッティのキャリアはうなぎのぼりだった。彼は音楽プロデューサーおよびタレントスカウトとして働き始め、Jay-ZとDMXのキャリアの立ち上げに貢献した。BETのドキュメンタリーの中で、ゴッティはニューヨーク州ヨンカーズでDMXに会ったときのことを語った。「ジェイ・Zのライムを聞いたとき、同じ反応がDMXにも起きたんだ」と彼は語った。「彼が言ったすべての言葉を俺は信じたよ」ゴッティはその後、DMXのデビューアルバム『It’s Dark and Hell Is Hot(イッツ ダーク アンド ヘル イズ ホット)』のエグゼクティブプロデューサーを務め、1998年にビルボード200チャートで初登場1位を獲得した。

Murder Inc.時代

ゴッティと弟のクリストファー・ロレンツォは、1998年にDef Jam(デフ・ジャム)の流れを汲むMurder, inc.(マーダー・インク)を設立した。このレーベルは、ラッパーのジャルールと R&B シンガーのアシャンティのキャリアのスタートとなった。彼らは一緒に2000年代初頭の音楽界で最も有名なデュオとなって「Down 4 U(ダウン・フォー・ユー)」、「Mesmerize(メスメライズ)」、「Always on Time(オールウェイズ・オンタイム)」などのキャッチーなコーラスを持つ曲を次々と生み出した。「俺は自分自身に大きな自信を持ってたし、ジャ(ルール)にも大きな自信を持っていたんだ」とゴッティはTV Oneの「Uncensored(アンセンサード)」のエピソードで語った。「俺は、ジャにはルックスがあり、非常に才能のあるライターだと思っていたんだ。そして、俺と彼の間のケミストリーは本物だということが分かったんだ」ビルボードによると、ジャルールはその後3曲のNo.1 Hot 100ヒットを獲得し、ゴッティはマーダー・インクのアーティストやジェイ・Z、Mary J. Blige(メアリー・J・ブライジ)、Fat Joe(ファット・ジョー)らとのコラボレーションで28曲のHot 100ヒット曲のプロデューサーとしてクレジットされた。

マネーロンダリング容疑

連邦捜査局は2003年ニューヨークにあるマーダー・インク社の事務所を家宅捜索した。この家宅捜索は、ゴッティのキャリアが麻薬マネーによって支えられていたかどうかに関する捜査の一環だった。ゴッティは、ギャングのリーダーで有罪判決を受けたKenneth McGriff(ケネス・マクグリフ)のマネーロンダリングの容疑で起訴された。同年、ゴッティはネガティブな印象を払拭すべく、会社名から「Muder(殺人)」を省き「The Inc.(ザ・インク)」に変更した。ゴッティと弟のクリストファーは2005年、連邦陪審によって刑事告発で無罪判決を受けたが、「奴らは3年間、俺の命を奪った」とゴッティは無罪判決後に語った。「しかしそれはすべて良いことだった。俺は怒っていない。俺はこの国が大好きだ。だが、初日から奴らは俺と俺の兄弟に対して間違った態度をとった。俺は犯罪者ではない」どうやらこの件で、2004年の年末にはデフ・ジャムのオフィスから退去させられ契約も更新されなかったが、2006年にゴッティと同社はUniversal Motown(ユニバーサル・モータウン)と契約し、すぐ楽曲のリリースを再開した。だが2009年、ザ・インクはユニバーサル・モータウンを離れ、アシャンティやLloyd(ロイド)、ジャルールなどのアーティストとの契約が切れ、急速にその勢いを失う。

アシャンティとの不和と健康について

2022年のポッドキャスト「Drink Champs(ドリンク・チャンプス)」でのインタビューで、ゴッティは自身のキャリアについて語ったそうだ。彼は、ヒップホップ起業家でRoc-A-Fella Records(ロック・ア・フェラ・レコード)の共同創設者であるDame Dash(デイム・ダッシュ)との関係や、彼のレーベルと契約したR&Bシンガーのアシャンティとの関係の悪化理由などを説明した。ゴッティは、アシャンティを自身のBETドキュメンタリーに出演させようと3回交渉を試みたが、彼女は拒否したと語った。彼女はまた、マーダー・インクのレーベル仲間と再会する機会も断ったという。「俺とアシャンティは歴史を創設し、作りだした」と彼は語った。「だが、俺たちはもう目を合わせることすらしない」 後日、アシャンティはAngie Martinez(アンジー・マルティネス)とのインタビューでゴッティを「マニピュレ―ティブ(洗脳的)で支配的だった」と述べていたという。

2023年に再び番組に出演した際、ゴッティは糖尿病とともに生きることについて率直に語った。健康管理はできているかとの質問に、ゴッティは笑いながらノーと答えた。「ずっと」糖尿病を抱えて暮らしており、特定の食品を絶つのに苦労してきたと語った。糖尿病の数値が高くなっていることを認め、「これが俺の子供たちが怒る理由さ。俺は彼らに”ヨー、私は生きていくよ”と伝えているんだ」と彼は語った。「俺は人生を楽しむつもりだからな」

Irv Gottiがプロデュースした曲リスト(一部抜粋)

  • Ja Rule Feat. Ashanti, 『Mesmerize』
  • DMX, Ja Rule, Method Man and Nas, 『Grand Finale』
  • Big Pun Feat. Ashanti, 『How We Roll』
  • Foxy Brown, 『Hot Spot』
  • Caddillac Tah, 『Pov City Anthem』
  • Jay-Z, 『Only a Customer』
  • Ja Rule and Memphis Bleek, 『Murda 4 Life』
  • Mary J. Blige Feat. Ja Rule, 『Rainy Dayz』
  • Ashanti, 『Rain on Me』
  • Mic Geronimo, 『Shit’s Real』
  • Ja Rule, Jadakiss, and Fat Joe, 『New York』
  • Ashanti, 『Rock Wit U (Awww Baby)』
  • Ja Rule Feat. Christina Milian,『Between Me and You』
  • Ja Rule, DMX, and Jay-Z, 『It’s Murda』
  • DMX, 『What’s My Name?』
  • Ja Rule, Vita, and Lil’ Mo, 『Put it on Me』
  • Aaliyah Feat. DMX, 『Come Back in One Piece』
  • Fat Joe Feat. Ashanti, 『What’s Luv?』
  • Ja Rule, 『Holla Holla』
  • Jay-Z Feat. Ja Rule and Amil, 『Can I Get A…』
  • Jennifer Lopez and Ja Rule, 『I’m Real (Murder Remix)』
  • Ashanti, 『Foolish』
  • DMX, 『Intro』
  • Jay-Z, 『Can I Live』
  • Ja Rule Feat. Ashanti, 『Always On Time』

ざっと見ても名曲しかない。悔しくも人生を楽しむと言い切った2年後に、彼はこの世を去った。どの写真を見ても笑顔が優しそうで、いい人そうだったゴッティさん。だがやはり業界のトップに上り詰めるだけあって、アシャンティさんとの不和からも読み取れるように、ただ優しいだけのお人柄では無かったのかもしれない。ある程度の冷徹さとストイックさがあったのだろう。だが、彼が残した功績は評価されるべきであるし、彼と彼のレコード会社はヒップホップの一つの時代を作り上げたと言っても過言ではない。彼が生みだした名曲や発掘したアーティスト達は後世にもずっと引き継がれ、楽曲は聴き継がれていくであろう。

ご冥福をお祈りいたします。

  • VIA↓
  • https://www.complex.com/music/a/john-morrison/irv-gotti-songs-ja-rule-ashanti-murda-inc
  • https://www.nytimes.com/2025/02/06/arts/irv-gotti-murder-inc-timeline.html
  • https://www.nytimes.com/2025/02/06/arts/music/irv-gotti-dead.html
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