水曜日, 10月 22, 2025

聖なるバチカンに鳴り響いたヒップホップ:Clipseが刻んだ歴史的瞬間

Via @Clipse IG

ホーム » HIPHOP NEWS » 新着記事 » 聖なるバチカンに鳴り響いたヒップホップ:Clipseが刻んだ歴史的瞬間

先日、バチカンで新たなヒップホップの歴史が作られた。Clipse(クリプス)がサン・ピエトロ広場のステージに登場し、聖なる場所でライブパフォーマンスを披露した初のラップ・アーティストとなったのだ。何が凄いのか?というと、結論から語ってしまうことになるが、このコンサートは、ヒップホップアーティストが初めてバチカンでパフォーマンスを披露したという歴史的な瞬間でもあるからだ。だが、もちろんそれだけでは無い。これがどれだけのことなのか、ちょっと多角的に考察してみよう。

「Grace for the World」コンサートとは?

今回のコンサートは、クリプスの長年のコラボレーターであるPharrell Williams(ファレル・ウィリアムズ)が、クラシック歌手の大御所でオペラの巨匠と呼ばれているAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)と共同監督を務めた「Grace for the World」の一環であった。本イベントは、この世界的な聖地で初めて開催されたコンサートであり、もちろん共同監督のファレルとアンドレア・ボチェッリ、そしてJennifer Hudson(ジェニファー・ハドソン)、カントリー歌手のJelly Roll(ジェリー・ロール)などの歌手が出演した。

この夜、ファレルは団結のメッセージを共有していた。「この歴史的な瞬間に、皆さんにお願いしたいのは、慈悲深き優しさ(Grace)と好奇心(Curiosity)を選ぶこと。そして、それが伝染するまで、選び続けて欲しい。共に、私たちは世界を光と愛で満たそう」

ヴォイシズ・オブ・ファイア・クワイアーがクリプスのバックコーラスを務め、Pusha T(プーシャT)とMalice(マリース)は彼らの楽曲の中でも最も教会向きの曲『The Birds Don’t Sing』を披露した。John Legend(ジョン・レジェンド)をフィーチャリング・アーティストに迎え、クリプス兄弟はバチカンの広場に集まった25万3000人を超える大観衆を前に、両親を亡くした悲しみについて語った名曲を披露した。

ちなみにラッパー達とのコラボでもお馴染みのジェリー・ロールは、過去に重罪を犯したため海外での公演が長年叶わなかったが、どうやら問題は解決したようだ。

過去にバチカンでコンサートを行ったレジェンド達

過去には幾人ものクラシックミュージシャンが演奏してきた。クラシック以外では、故B.B. King(B.B.キング)やDionne Warwick(ディオンヌ・ワーウィック)らがバチカンで公演した過去があるが、それらは1993年以来、慈善目的で毎年開催されているクリスマスコンサートで、世界各国から有名なミュージシャンを集めているものの、ヒップホップ界からは誰もお呼ばれしたことが無かった。ローマ教皇を前に、Bob Dylan(ボブ・ディラン)も公演したことがあるが、バチカン内では無く、イタリアの別の都市(ボローニャ)である。かのマイケル・ジャクソンも、1988年に当時のローマ教皇との謁見がバチカンであったものの、パフォーマーとして足を踏み入れたことは無かった。

マリースとノーマリース

クリプスに話を戻そう。2002年の名曲『Grindin’』に見られるように、彼ら兄弟はドラッグ業界を征服し生き残る、鮮やかなストーリーテリングで最もよく知られていた。だが、以前も言及している通り、一時業界から離れていたマリースは、2012年にキリスト教に改宗して以来、より宗教的なクリスチャン・ラップに専念していた。自身を「クリスチャン・ラッパー」と呼ぶ彼の名が、Malice(マリース…悪意のある)という名前からNo Malice(ノーマリース)に変更したのもそういった経緯がある。その彼は、今年リリースしたアルバムの楽曲中にも、卓越したラップに何度か聖書の内容を織り込み、注意を促していた。

そして今回のコンサートは、神聖なものとストリートミュージックを融合させ、文化と信仰の間の歴史的な架け橋を象徴した、歴史的瞬間でもあったのだ。特にその間を行き来し、ギャップに葛藤していたマリースには大きな意味があったに違いない。2022年に亡くなった父親についてのストーリを綴っている彼のヴァースの一部(父親との会話)を引用しよう。

I can hear your voice now, I can feel your presence(今、貴方の声が聞こえる、貴方の存在を感じる)

Asking, “Should I rap again?”, you gave me your blessing(「俺はまたラップすべきかな?」とたずねた時、貴方は俺に祝福をくれた)

The way you spelled it out, there’s an L in every lesson(貴方の綴りには、どのレッスンにもLがある)

“Boy, you owe it to the world, let your mess become your message.”(「息子よ、おまえは世界への借りがあるんだ。お前のめちゃくちゃな状態を、メッセージにしてみろ」)

マリースはこのヴァースの通り、父親を亡くした翌年2023年にラップを再開し、今年リリースした本曲含む名アルバム『Let God Sort Em Out』を作成した。2024年9月のインタビューでマリースはこのヴァースについて言及していた。「車の中で座ってたんだ。『俺がまたラップをやることについてどう思う?』って聞いたら、『息子よ、お前は自分に厳しすぎると思うよ。まだこの世界に出て行かなきゃいけないんだ。家族の面倒も見なきゃいけないんだ』って言われたんだ」と、父親が亡くなる数日前に交わされた会話を振り返っていた。活動休止以降、いくつかのコラボレーションは果たしてきたものの、その瞬間まで音楽に本格的に復帰する準備はできていなかったという。「父は教会のディーコン(教会で司祭や牧師を補佐する役割)で、イエスを深く信仰していたんだ」と彼は言う。「父がそう言ってくれたことが、俺にとって励みになった」

バチカンが現代音楽を取り入れた意義

ここで1つ注意して欲しいのが、キリスト教の基本的な知識だ(既存の方は下の太字までスキップしてくれ!)。バチカンはカトリックの総本山であるが、マリースはカトリックではない。少なくとも、彼は自身の宗派については何も述べていない。根本的な違いは、キリスト教がイエス・キリストを信奉する広範な宗教であるのに対し、カトリックはキリスト教の中で最も大きな宗派であるという点で、すべてのカトリック教徒はキリスト教徒だが、すべてのキリスト教徒がカトリック教徒であるわけでは無いという点だ。

今回の舞台のバチカン市国。ここが正式な都市国家として誕生してからまだ100年も経っていない。1929年、ラテラノ条約締結により、国家として認められたそうだ。だが聖地としての歴史は古く、初代法王ペテロの殉教と彼が眠る場所を祀る聖堂建設に遡り、326年(4世紀)、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世が、ペテロの墓の上にサン・ピエトロ大聖堂を建設したことが、カトリックの総本山としての発展の始まりである。

そしてそして。この歴史あるバチカンが、ラップのような現代音楽をその神聖な空間に取り入れたことは、教会の活動を近代化し、より若い世界中の聴衆とつながるための幅広い取り組みと歩みよりを反映しているのである。日本で言えば、清水の舞台や東大寺でラッパーがライブを行うようなものなのだ(その日が近々来ますように!)。

結びに:ファレルの真の目的とは

それにしても、天才プロデューサーファレルさんの幅広い活動。まさかオペラ界のドン(アンドレア・ボッティチェリ)とコラボってバチカンでのコンサートを実現してしまうとは。そして驚きが、バチカンのあの厳粛なムードの中、皆がヒップホップを、ラップを聴いているという事実。動画に映った観客は、ヒップホップやストリートとは無縁そうな方が多いように思えた。ジェリー・ロールはコンサート後、アメリカはシカゴ出身のローマ教皇レオ14世と謁見して写真を載せていたが、この教皇だったからこそ実現したイベントだったのかもしれない。そして、音楽や老舗のファッションブランドでプロデューサー業を務めるファレルの昨今の活動の真の目的は、文化や偏見の壁を壊すことなのかもしれない、とふと思った。

なぜそう感じたのか。上記でも紹介した、ファレルの「この歴史的な瞬間に、皆さんにお願いしたいのは、慈悲深い優しさ(Grace)と好奇心(Curiosity)を選ぶこと。そして、それが伝染するまで、選び続けて欲しい。共に、私たちは世界を光と愛で満たそう」というメッセージ。筆者には「この場所でヒップホップが演奏されるという歴史的な瞬間、(この音楽と文化に慣れていない皆さんには)このジャンルに対する寛容的な優しさ、好奇心と興味を持ってほしい。そして偏見を取り払ってこの新しい文化を知り、好きになり、世界に広めて(満たして)欲しい」と言っているように聞こえたからだ。

この動画はかなり鳥肌ものなので、是非HiphopCsヘッズも視聴してみてくれ。

Via/Via

コメントを残す

Latest

ARTICLES