Tyler, The Creatorが2024年にリリースしたアルバム『CHROMAKOPIA』は、おそらく彼のキャリアにおいて最も洗練された作品である。本ツアーは、その芸術性と精神的進化を体現するかのように、驚異的な一夜をニューヨーク・マディソン・スクエア・ガーデン(以下MSG)で築き上げた。
これまで『Bastard』『IGOR』『Flower Boy』など、時代ごとに異なる顔を見せてきたTylerであるが、どのフェーズにも共通する芯がある。その集大成とも言える『CHROMAKOPIA』は、奇抜さと内省、熱狂と叙情が精緻に織り交ぜられており、本公演ではその魅力が鮮やかに昇華された。
オープニングから全開:Paris TexasとLil Yachtyの刺激
まずオープニングを飾ったのは、注目の新鋭Paris Texasと、ドリーミーなステージングで観客を包み込んだLil Yachty。重厚でノイジーな音像がMSG全体を震わせ、観客のテンションを一気に引き上げた。
そして、Tylerが姿を現した瞬間、会場は完全に彼の空間と化した。「St. Chroma」や「Rah Tah Tah」では、アルバム以上にエネルギッシュなパフォーマンスを披露。ラップの中でも息遣いや感情の揺れが生々しく伝わり、まるでアルバムの世界にそのまま入り込んだかのような没入感が広がった。
演出面も圧巻:巨大コンテナと演劇的照明
今回のステージ装置は巨大なコンテナ。曲「NOID」に登場する影のゾーンをイメージした演出で、火花や炎、打ち上がる花火が視覚と感覚を刺激する。特に「I Killed You」では、手元を映すカメラワークと光の演出が見事に融合し、観客の集中力を一層高めていた。
空間全体がまるで一つのアート作品のように設計されており、楽曲の雰囲気に応じて照明の色や動きも変化。黄色い煙が漂う中、「Darling, I」では暖かさと多幸感を、「Judge Judy」では故ロバータ・フラックやロイ・エアーズへの追悼をにじませるような静けさを演出していた。
セットリストの構成美と、Tylerの進化
会場中央に現れた“Tylerの家”セクションでは、レコードプレーヤーとソファ、キーボードを配置。彼のルーツであるクラシックな楽曲がアナログで流れ出し、観客は彼と共に“帰郷”を体験するような時間となった。
「Take Your Mask Off」では、実際にマスクを外してから「Tomorrow」へと繋がる演出が行われ、自身と向き合うテーマを一層深く掘り下げた。「投資の見返りがない」という歌詞も「1400万ドル」と具体的に言い換えられ、メッセージがより鋭く、リアルに刺さった。
ハイライトとサプライズの連続
中盤、「P.O.V.」のバースを「Rusty」の上に乗せて披露するなど、予想外のミックスも観客を沸かせた。また、Tylerはこの日、伝説的ヒップホップデュオClipseへの敬意を再度表明。なんと当人たちが観客として会場にいたという驚きの瞬間も。
後半では、「NEW MAGIC WAND」「Who Dat Boy」「Yonkers」といった代表曲が連続し、興奮は最高潮に。最終的には「I Hope You Find Your Way Home」で静かに締めくくられ、吹き上がる空調の中で空高く舞うTylerの姿が、観客の記憶に強烈に刻まれたようだ。
『CHROMAKOPIA』ツアーは、ただのライブではなく、Tyler, The Creatorの芸術的進化を体験するものになったようだ。