やーーーーーっと出た!15年のブランクを経て、Clipse(クリプス)兄弟が帰ってきた!待望のアルバム『Let God Sort Em Out』は、彼らにとって4枚目のスタジオプロジェクトとなり、2009年の『Til the Casket Drops』以来のアルバムである。前回のアルバムを出した後、飛行機の中で兄弟喧嘩をして電撃解散し、それからソロ活動に専念していた二人。だが今はXもThreadsもクリプス祭りか!というほど彼らの新作の話題で盛り上がっている。先月の中旬、前哨戦としてTravis Scott(トラビス・スコット)をディスしたニューシングル『So Be It』を思わせぶりな感じにリリースしたが、やっとやっと、発表された。Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)、Nas(ナズ)、Tyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)らがフューチャリングされたこのアルバムは、ゴスペルの雰囲気が全体に漂よいつつ、ハイレベルなリリシズムと重厚な感情表現の両方を実現している。今回は、この濃厚で力強く、スピリチュアリティ溢れる本アルバムについて、語ろうと思う。
まず特筆すべきは、このプロジェクトはPharrell(ファレル)が現在メンズクリエイティブディレクターを務めるLouis Vitton(ルイ・ヴィトン)本社でレコーディングされたことである。ファッションスケッチ、生地サンプル、靴のデザインなどが渦巻く空間を、Pusha T(プーシャT)は「閉ざされた扉や従来のレコーディングブースもない、流れるようなクリエイティブな環境だった」と表現していたそうな。「彼(ファレル)がパリに長くいる理由の一つは、スタジオを構えてたからなんだ。そんで、スタジオはだいたいこんな感じになってた。あそこにスタジオがある。スライドドアが開く。ここでスケッチをしている奴がいて、あっちでは靴やバッグを扱っている奴がいて、奥には生地を扱っている奴がいる。こうして、力強い流れが生まれてた。俺たちがそこにいると、すべては音楽から始まるんだ。みんなが音楽を聴いてる。創作している俺たちの声も聴いてる。ブースはねぇから、オープンエアで録音してた。ドアを閉めることもできたんだが、それ以外はただ流れているだけだ」
アルバムを聴いていると、否応なしに気づくのが「This is culturally inappropriate(これは文化的に不適切)」というタグである。この、まるで仏教でいう真言のようなフレーズが、アルバム全体を通して意図的に散りばめられている。だが、ちょっと聴いただけでは、何が不適切なのかさっぱり分からない。ただ、歌詞が心に突き刺さる瞬間に、このフレーズが浮かび上がってくる。色々な解釈ができるだろうが、筆者にはこのアルバムのタイトル『Let God Sort Em Out(神に任せよう)』が「答え」のように聞こえるのだ。何が文化的に不適切か否かなんて、時代や場所が変われば変わるもの。昨日の常識は明日の非常識かもしれない。だからこそ、不適切・不道徳と人間が説いているものの全ては神の御心の中にあり、人間の罪や背徳、真偽を判断するのはすべて「神」である。そう、「神判」なのだ。
それは、英語が分からなくてもこのアルバムを聴いていると繰り返し彼らのラップに頻発する、スピリチュアルなワードが証明しているように思える。クリスチャンに改宗してからは、より宗教的なクリスチャン・ラップに専念していたMalice(マリース)は、今回も聖書に言及し注意を促し、プーシャTは神聖なイメージに満ちたリリックスを通して、道徳的な曖昧さを織り交ぜている。死は目的、結果、運命といった問いと並んで頻繁に言及される。彼らは牧師や神父のように説教するのではなく、まるでなぞなぞかクイズのように問題を提起している。
エモーショナルな楽曲がいくつかあるが、中でもトラックの最初に収録されている『The Birds Don’t Sing』では、両親の死を振り返る二人の姿がフィーチャーされている。John Legend(ジョン・レジェンド)の哀愁漂う歌声と、最後のStevie Wonder(スティービー・ワンダー)の言葉「Remember those who lost their mothers and fathers/And make sure that every single moment that you have with them/ You show them love/ You show them love/ You’ll see(両親を亡くした人たち、忘れないで/そして、彼らと過ごす一瞬一瞬を大切にして欲しい/愛を示して/愛を見せて/きっとわかるよ)」がじんわりと耳と心に沁みる。
他の客演にも触れたい。ケンドリック・ラマーは『Chains & Whips』で、アルバムの中でも最も鋭いヴァースを披露している。神の声か、果たして悪魔か。スピリチュアルな存在との対話のような、内省と脅威が融合したこの曲。ケンドリックの『Reincarnated』を彷彿とさせる。意外な組み合わせだった、若手のタイラー・ザ・クリエイター。彼は『P.O.V.』で、アルバムのダークな色彩を際立たせる混沌とした独自のサウンドを披露。OGのナズは世代を超えた英知に満ちた内省的なクローザーとしてアルバムタイトルの『Let God Sort Em Out』で参加している。どのゲストも曲に上手く馴染んでいて、場違いな印象を受けない。彼らはアルバムのテーマを広げ、方向性を薄めることなく、新たな視点(POV)を提示している。
近年、ヒップホップ界での高齢化が話題となっている。だが現在48歳のプーシャと52歳で今や祖父となったマリースは、ある意味ヒップホップにおける加齢の捉え方に、新たな枠組みを提示していると言えるだろう。本アルバムがそれを如実に証明しているが、二人は成熟しつつも、決して古臭くないのだ。Complexのインタビューで「ヒップホップは、年取ってるっつー概念を、決して受け入れちゃいけねぇんだ、って考える呪縛に囚われちまってると思うな」とマリースは語っている。「才能があるか、ねぇかのどっちかだろ。年老いているかもしれねぇし、若いかもしれねぇ。才能がねぇんなら、ねぇってだけの話だ。永遠に若くはいられねぇし、いつまでも若くいようとすれば、おかしく見えちまうだろ」
相も変わらずディス王で、今回もトラヴィス・スコットのみならず、Jim Jones(ジム・ジョーンズ)、Drake(ドレイク)、Ye(イェ)らを揶揄しているが、ウィットに飛んだ言葉遊びと緻密な韻が印象的なプーシャT。反して、マリースの明快で重みがあるフロウ。どんな名アーティストであっても、アルバムの中の1~2曲が良いのは月並みだが、なかなかアルバム全体を通して聴きごたえのある作品というものは、少ない。だが本作品は、間違いなく現時点で今年度1番のアルバムと豪語できる。ついでに我らが誇る、日本人アーティストVerdyとアメリカ人アーティストKawsが手掛けたアルバムやデザインコラボも胸キュンものである。聴いていないHiphopCsヘッズは、筆者が太鼓判を押す。是非視聴してくれ!