木曜日, 4月 3, 2025
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Kendrick LamarとQuincy Jonesの対談から:ラップのルーツについて改めて考察してみたよ!

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去る2024年11月4日アメリカ音楽界の重鎮で大御所中の大御所、クインシー・ジョーンズ大先生が逝去されたんだけど(ご冥福をお祈りいたします)。その頃、約10年前のケンドリック・ラマ―さんとの対談の動画がネットに再浮遊していて、筆者ももれなく久しぶりに視聴しちゃったよね。その時クインシー大先生がケンドリックさんに「ラップのルーツはどこにあると思う?」ってたずねて、ケンドリックさんが「自分らの世代はブロンクスって思ってるけど」って答えてたのね。そしたら大先生が「Sh!t。インボンギ(口承詩人)から…アフリカからだよ。だけどみんな知らない」って嘆いていたのが印象的で。で、筆者もThreadsでラップの起源こと誰かに聞かれて「”グリオット”っていう西アフリカの語り部が起源だと思う」ってうろ覚えの記憶手繰り寄せて、適当に答えたんだけど。でも久しぶりに自分へのおさらいも含めて、ラップのルーツについてあらためてDigろうと思う。長くなりそうだけど、眠らないで読んでみてね!

1973年8月11日、セジウィックアベニュー1520番地

1973年にニューヨークはブロンクスで我らが愛するヒップホップが生まれたと言われていて、歴史好きもみんなその事実には一同異議無く同意しているんだけど。その「基盤」は上記のクインシー大先生が仰っているように、アフリカに遡るんだよね。

ブロンクスのセジウィックアベニュー1520番地がヒップホップ「ジャンル」の発祥の地であると広く信じられていて、すべては DJクールハークって人から始まったんだって。 1973年8月11日、彼の妹のシンディ・キャンベルが1520コミュニティセンターでの彼女の「Back to School(新学期)」ソングでレコードを回してほしいと頼んだと、クールハークさんはかつてNPRのインタビューで語ったそう。そこで、このジャマイカ生まれのDJがターンテーブルでの「メリーゴーランド」Deejay(ディージェイ)スタイルを初めて試して、そこにいる聴衆を長く踊らせる (ブレイクダンスする) ために楽器のブレイクを延長して、延長されたグルーヴの間に MC (ラップ) を始めたんだって。

ラップとアフリカの「グリオット」

で、この「ラップ」の起源なんだけど。やはり「グリオット(複数形でグリオッツ)」が有力みたい。時代は13世紀にまで遡って。西アフリカの王国や帝国には「グリオット」と呼ばれる語り手が存在していたんだよね(正確には数が少ないものの、まだ現存しているんだけど)。歴史的に、グリオットは非常に熟練した語り部、詩人、音楽家、賛美歌歌い、そして風刺家であり、帝国の歴史をリズムと反復朗読しながら旅をしたんだって。この口頭伝承は、ヒップホップの発展の基礎を築いたラップの最も初期の現れであると考えることができると主張する人がいるそうな。ちなみにアメリカを代表する黒人作家のアレックス・ヘイリー氏は、一人のグリオットの死は「図書館1つ無くすぐらいの大きな知識の損失だった」と生前述べていたそう。 「ラップは基本的に、すべての黒人音楽の基礎であるCall and Response(コールアンドレスポンス)に基にしている。Call and Responseは、ジェームス ブラウン (彼自身もゴスペル ミュージックに影響を受けていた) などのアーティストを通じて普及したんだって。歴史を作った1980年のカーティス・ブロウのトラック「ザ・ブレイクス」はヒップホップの最前線として取り上げられたけど、その基礎はアフリカの歴史を通じて見出すことができるそうな。「ヨルバ族のオリキスを司祭の歌声とともに聴くと、Call and Responseになる。(ヨルバ族の)フジの基礎を聴くと、それはヒップホップだ」「アフリカの私たちにとって音楽は儀式であり、単なる娯楽ではない。音楽はアフリカ社会の形態と機能に最初から組み込まれている。それは、音楽が私たちの心のメトロノームとも結びついているからだ」

筆者が補足をすると、昔奴隷貿易が盛んでアメリカ大陸の黒人の多くがそのルーツを持つ西アフリカでは「ジャリ」または「グリオット」クインシー大先生が挙げた中央アフリカと南アフリカの「インボンギ」、東部アフリカの「ムシャイリ」または「ンゴンベ(ラッパー)」、ヨルバ族の「イーアラ」は、由来する特定の文化の歴史や詳細によって多少違いはあれど、一般的な意味は同じで、皆アフリカの「グリオット=伝統伝達者」なんだよね。

1968年、ハーレムのザ・ラストポエッツ

上記1973年からさかのぼる事5年前。アメリカ公民権運動の最中に、The Last Poets(ザ・ラストポエッツ)と呼ばれるグループが、アフリカとアメリカのヒップホップを初めて融合させたそう。ヒップホップの「設計者」として知られる活動家、詩人、ミュージシャンの集まりは、暗殺された公民権運動指導者マルコムXの43歳の誕生日となる1968年5月19日に、現在のハーレムのマウント・モリス・パークに集まって、初めて公共の場で彼らのメッセージ(=詩)を朗読発表したそうな。 1970年、彼らはコンガドラムのビートに合わせて黒人のパワーを増幅させる朗読詩のセルフタイトルアルバムをリリースしたそう。このグループのボーカルスタイルには、アフリカ文化に基づいたCall and Responseやリズミカルなチャントの側面も含まれてたんだって。

以来、このグループの一連の作品は、あのCommon、Too $hort、N.W.A、The Tribe Called Quest、The Notrious B.I.G.などによってサンプリングされたり、参照されたりしたんだよ。ちなみにラストポエッツの創設メンバーだったアビオドゥン・オイェウォルさんは実際にアーティストの財産に対して著作権侵害訴訟を起こしたそうだけど、この訴訟は2018年に却下され、公平な使用とみなされたって。 スポークンワード(口語、詩の朗読に近いパフォーマンス)の要素は、何世紀にもわたってグリオットに遡って、その後ミュージシャン、詩人、ラッパーを含むように進化したそう。口頭伝承(オーラルヒストリー)と文化の豊かさを保存する上で重要な役割を果たしてきたんだって。

クインシー・ジョーンズからケンドリック・ラマーに授ける英知

上記のケンドリックさんとクインシー大先生との会話の続きなんだけど。先生は「Sh!t。インボンギ(口承詩人)から…アフリカからだよ。だけどみんな知らない」って言った後、「君の行きたいところに行くには、その前に何が起きたか知ると簡単になるんだ」と、つまり未来に進むために過去を知ることの重要性を説いて、ラッパーとしてのケンドリックさんの今後の人生の指標となるようなアドバイスしてたんだよね。この偉人の知恵は、今現在進行形でラップやヒップホップという音楽に打ち込んでいる人全員に該当すると筆者は思うんだよね。

この対談動画、クインシー大先生亡き後に再視聴すると、筆者はなんだか世代から世代へミュージシャンとしての聖火をバトンタッチする儀式の会話みたい見えたんだよね。不思議な感覚だった。

と、いうことで。ここまで眠らずに読んでくれた貴方は、かなりのヒップホップ好き、ファン、または私と同じオタクとみた!ご拝読、ありがとうございました。

https://www.cnn.com/2023/12/15/africa/africa-hip-hop-50th-anniversary-history-spc/index.html

https://www.vibe.com/music/music-news/kendrick-lamar-quincy-jones-video-375315

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