前回の聖地巡礼記事で、エミネムのスパゲッティ屋さんを紹介したが、今回はエミネムが育った家を紹介しよう。
親ガチャに外れたけど…
エミネムの母、デビー・ネルソンさんが1999年、自身の息子に1000万ドルを求めて訴えていたことはご存じだろうか?エミネムが『My Name Is』や『Cleanin’ Out My Closet』など自身の楽曲で母親を中傷、薬物のヘビーユーザーだったと主張していたことに端を発する。訴訟は最終的に 2001 年に和解へと至った。しかし、デビーさんが勝ち取ったのは 25,000 ドルだけで、そのほとんどが弁護士費用に充てられ、彼女の手元には1,600 ドルしか残らなかったそう。後年親子関係は修復されたようで、2014年にエミネムは『Headlights』というタイトルの曲をリリースし、その中で過去に関係なく母親を今も愛していると主張した。
エミネムにとって2024年は、5月に愛娘の結婚式、12月に母親の逝去と、家族関係で慶弔入り混じった年であったようだ。
エミネムが幼少期を過ごした家
さて。デトロイトのエミネムのスパゲッティ屋さんに寄った後、筆者は彼が幼少時代を過ごした家に連れて行ってもらった。お店から車で北東へ20分弱走らせた場所にあるこの家は、エミネムのアルバム、『The Marshall Mathers LP』と 『Marshall Mathers LP 2』のカバー写真にもなったことで有名である。住宅街なので具体的な住所は控えるが、この家から8マイル通りに出るまで歩いて10分もかからない。
小雨が降っていたからか、家の前を通る舗装されていないデコボコ道は、大きな水たまりがいくつも出来ていた。辺りはあまり治安が良いとも言えない上、夜だったからか薄気味悪い。友人たちが同行してくれなければ、私一人では絶対赴かなかったであろう場所にある。
驚愕の現在
さて。アルバム写真ような小汚い木造住宅を探していたのだが…。おやおや?外灯も無いし、辺りが暗いから見えないのかと、車のヘッドライトで家の住所を照らしてみた。
だがなんと!
エミネムの育った家は、雑草生い茂る「空き地」と化していた。土管があったらジャイアンやドラえもんがたむろってそうな雰囲気である。一瞬車内が凍り付き、私を含め友人全員の間で「え、嘘でしょ?」という空気が流れたが、しょうがないのでその何もない空き地の写真をパシャパシャと皆で撮り始めた。それが以下である。
筆者も一生懸命あのアルバムカバーを思い出し、ここにあったボロい木造住宅でエミネムが遊び、ラップし、母親のスパゲッティを食べ、時には吐いて、8マイルまで歩いて行ったのかと想像力を最大限に膨らませながら、写真を撮りまくった。
エミネムの母、デビーさんは1989年から2003年までこの家で住んでいたようだが、どうやら『Marshall Mathers LP 2』リリースと同じ年の2013年、火災が起きて取り壊しが決まったという。昨年7月にリリースされたエミネムの『Tobey』のMVでもCGで再現されたこの家が見れるぞ。
今回の旅行では時間が無かったのだが、次回のミシガン訪問時には聖地巡礼には欠かせない、幾つかある彼のミューラル(壁画)をレポートしてみたいと思う。乞うご期待!