はじめに
Snoop Dogg(スヌープ・ドッグ)とDr. Dre(ドクター・ドレー)の名コンビが再び手を組む日が来た。30年以上前に世に送り出した『Doggystyle』は、東海岸からA Tribe Called QuestやWu-Tang Clan、Nasといった重鎮たちが頭角を現していた時代にあって、西海岸ヒップホップを象徴する金字塔であった。
あの頃から双方の才能は絶大な注目を浴びてきたが、Death Row Recordsの凋落を経てDr. DreはAftermathを立ち上げ、Eminemや50 Cent、The Game、Kendrick Lamarといった新世代スターを輩出していった。一方、Snoop DoggはStar TrakやNo Limitなどさまざまなレーベルに足を運びながらも、常にDr. Dreを頼れる盟友として見据えていた。そうした紆余曲折を経て、32年ぶりに再始動したのがこの新作『Missionary』である。
ウェストコーストの熱狂とノスタルジア
2024年の今、ウェストコーストのラップ・シーンは再び盛り上がりを見せている。そんな“郷愁”ブームの真っ只中でリリースされた『Missionary』は、あえて当時のテイストを色濃く残すことで“スタジアム・ロック”ならぬ“大人のヒップホップ”へと昇華している印象がある。Dr. Dreのプロダクションは、生楽器と定番サンプリングを大胆に融合し、Snoop Doggの存在感をいっそう際立たせる。Snoop自身もキャリア30年以上を経て、今なお新境地を模索する気概を示しているように感じられた。
Snoop Doggの復活とDr. Dreの手腕
本作でのSnoop Doggは、かつての「肩の力が抜けた独特のフロウ」に加え、洗練された韻の踏み方とベテランの貫禄を見せつけている。魅力的な部分は、ここ数作にはなかったほどの熱のこもったラップであろう。これにはDr. Dreのプロデュース力が大きく貢献しているのだろう。DreはSnoopのキャリアを熟知したうえで、レゲエに傾倒していた“Snoop Lion”の時代を匂わせるエッセンスや、初期のG-Funkを連想させるファンキーなシンセの使い方を、楽曲に織り交ぜているのだ。
たとえば「Fire」はCocoa Saraiを迎え、レゲエ調の要素が微かに感じられる構成となっており、Snoopが過去に試みた幅広い音楽性をうまく生かしている。さらに「Sticcy Situations」は、G-Funkを下敷きにしながら、ややハードロック寄りのストリングスを乗せる実験的なサウンドがユニークであった。
「Thank You」の和訳動画
「Thank You」は、Snoop Doggがこれまでのキャリアと自身の影響力を称えつつ、感謝の気持ちを込めかつ、自信と余裕に満ち溢れている。「ウェストコーストの話をするなら俺に感謝するんだ」という一節が象徴するように、この曲では彼の長年の成功とブランド力を再確認させられる。Dreのプロデュースは控えめながらも洗練されており、Snoopのラップを完璧に引き立てている。
キャリア30年以上の重みと成熟が感じられる一曲であり、ファンにとってはその功績を祝うアンセムともいえるだろう。
ときおり見える限界とサンプリングの古さ
しかし、本作が完璧かといえば、そうとは言い難い部分もある。
特にDr. Dreのプロダクションは依然として高品質ながら、近年のヒップホップ・シーンで見られる新しい波──たとえばKendrick Lamarが『To Pimp A Butterfly』で示したような先鋭的なサウンド──を積極的に取り込んでいるわけではない。インタビューでDre自身が「最後にインスパイアされたのはKendrickの『To Pimp A Butterfly』だ」と語ったが、本作『Missionary』ではあまり“新鮮な驚き”が見られないのは残念である。
具体的には、「Hard Knocks」におけるPink Floyd「Another Brick in the Wall (Part II)」の引用が、東海岸の渋味ある手法ほどの深みを伴わず、やや“ありがち”に留まっているのだ。
また、「Another Part of Me」と「Last Dance with Mary Jane」といった曲でも、懐かしのサンプルを多用するあまり、同世代を狙った“分かりやすい”構成に落ち着いてしまっている感がある。
Stingが参加する要素や、Jelly RollのフィーチャリングがTikTok界隈向け(とりわけクリスチャン系のコミュニティかもしれない)にも映り、統一感をそぐ部分も見受けられてしまったが、これはあくまで個人的見解である事を知っておいて欲しい。
30年越しの勝利宣言とコラボの妙
とはいえ、キャリア30年超のSnoopとDreが再び手を組んだ意義は小さくない。アルバムを通して感じるのは、一種の“勝利宣言”的な雰囲気である。中でも「Shangri-La」でのSnoopの一節
──「S-N-Double-O-P、俺の名は資産そのもの。俺と関わりたいなら、それなりの見返りを用意しろ」──
が示すように、長年築き上げてきたブランド力を誇る姿勢が鮮烈に表れている。
さらに「Outta the Blue」では、SnoopとDreがリリカルな掛け合いを披露し、長い付き合いならではの息の合い方を見せる。
一方、Method ManとSmittyを迎えた「Skyscrapers」では、重厚なストリングスとDreのタイトなビートを背景に、メソッド・マンの切れ味ある韻が際立っている。これに対して、50 CentとEminemが参加する「Gunz N Smoke」は、期待値が高かった割にやや拍子抜けだが、それでも50 Centのバースは最近では最高の部類に入り、SnoopやEmにも一歩も引けを取らない勢いが感じられる。
総括
『Missionary』は、歴史的な一枚『Doggystyle』ほどの衝撃を与える作品ではないかもしれない。しかし、Snoop DoggとDr. Dreは、もはや証明すべきことが何もない存在である。かつて二人が灯した炎は、世代を越えて次々と受け継がれてきた。本作において彼らは、壮年ならではの落ち着きと余裕をもって、自身の歩みを振り返りながらファンを楽しませる。それで十分なのではないか
──そう感じさせる一枚である。
若い頃の革新性に満ちた衝動とは異なるが、穏やかかつスムーズに聞ける仕上がりは、一つの円熟のかたちとも言えよう。往年のファンにとっては懐かしさと新しさが入り混じる贅沢なアルバムであり、改めてSnoopとDreの関係性がいまだ健在であることを思い出させてくれた。Via