エミネムと2Pacには、表向きには知られていない深い繋がりがあったという話をご存知だろうか。エミネムの音楽活動が本格化する前から、彼と2Pacの間には意外な縁が存在していたのだ。この驚くべきエピソードは、エミネムを発掘したA&Rであるエヴァン・“キッド”・ボガートが語ったものである。
エミネム発掘の背景に2Pacが関与
エヴァン・ボガートは当時、インタースコープ・レコードのA&Rとして2Pacの死後にリリースされるアルバムに携わっていた。しかし、そのアルバムの制作を進めている最中、ボガートは友人から「デトロイトの新人ラッパーを見に来ないか」と誘われたという。そこで見に行ったフリースタイルバトルが、エミネムを発掘するきっかけとなったのだ。
その時の状況について、ボガートは「正直、仕事を放り出すわけにはいかないと思いましたが、友人の熱意に負けてイングルウッドのフリースタイルバトルを見に行きました。そして、その場でエミネムがラップしている姿を見て驚愕しました。まるで『8 Mile』の映画そのもののようでした」と語っている。
エミネムとの出会い、そして「Slim Shady EP」
ボガートはその場で、バトルで惜しくも決勝で敗れたエミネムに声をかけ、インタースコープのA&Rであることを明かした。そこで初めてエミネムと直接コンタクトを取り、当時のマネージャーであったマーク・ケンプフ、後に彼の正式なマネージャーとなるポール・ローゼンバーグとも知り合うこととなった。
ケンプフはボガートに「Slim Shady EP」のカセットを手渡し、その後、帰り道でその音源を聴いたボガートと彼の友人たちはエミネムの才能に圧倒されたという。この時の衝撃が、エミネムをインタースコープに推薦する大きな動機となった。
ジミー・アイオヴィンとドクター・ドレーとの運命の出会い
ボガートは、エミネムを契約するようインタースコープの上層部に働きかけたが、すぐには成功しなかった。しかし、「Slim Shady EP」がジミー・アイオヴィンの手に渡ったことが転機となる。アイオヴィンとドクター・ドレーがその作品に興味を示し、エミネムとの会合を手配した。
こうしてエミネムは、アイオヴィンとドクター・ドレーという2人の音楽界の巨匠と出会うこととなり、その後の音楽キャリアが大きく開花した。エミネムの成功は、この出会いがあってこそ実現したものだったのである。
終わりに
エミネムの音楽キャリアの裏には、2Pacとの意外な繋がりが存在していたことが明らかとなった。ボガートが仕事を放り出してまでエミネムの才能を見に行ったこと、そしてその後の出会いが、エミネムを世界的なスターへと導いたのだ。このようなエピソードは、2人のラッパーの歴史に新たな一面を加えるものとなるだろう。 Via