今でこそ当たり前に使用されているラップの即興「Freestyle(フリースタイル)」という言葉。フリースタイルと呼ばれる前は「Off the Dome(オフ・ザ・ドーム)」と呼ばれていたことをご存知だろうか?いや、筆者も今日のポッドキャストを視聴するまで、正直知らなかった。
言わずもがな、米国ヒップホップ界で最もスキルフルで影響力のあるMCのひとり。にもかかわらず、その名前:Big Daddy Kane(ビッグ・ダディ・ケイン)を聞いたことがあっても、もしかしたら世代的にこのラッパーの存在や楽曲を知らない読者がいるかもしれない。業界の重鎮で、グラミー賞を受賞したこともあるこのオリジナルOGは、1980年代後半に登場した伝説のJuice Crew(ジュース・クルー)のメンバーとして「ヒップホップの黄金時代」を築き上げた偉人の一人だ。今は貫禄アリアリのOG様だが、若い頃はイケメン枠で幅を利かせ、その上ヒップホップ初期を代表するリリカルなラッパーとして名を馳せていた。そんなスゴイ御仁が、Shannon Sharpe(シャノン・シャープ)のポッドキャスト『Club Shay Shay』に君臨してヒップホップ界についての私見や2Pac(2パック)、エミネムらについて言及した。ヒップホップ好きは気になるだろう内容を抜擢して、紹介する。
2時間20分以上の長いインタビューの中で、大御所はシャープ氏のシャープな(鋭利な)質問に対し、慎重に言葉を選んで、視聴者に余計な詮索や邪推、誤解をさせないよう返答していた。彼はパックが亡くなる1年前、Suge Knight(シュグ・ナイト)に誘われ、パックや当時所属していたMC Hammer(MCハマー)らDeath Rowのアーティストと一緒に仕事をしていたという。もちろんシュグに同レーベルと契約するよう勧められたらしいが、そのギャング的なやり方に違和感を覚え断ったそうだ。
シャープ氏の「あと15年、20年生きていたら2パックやBiggie(ビギ―)はどうなっていただろうか?」との質問に対し、「パックは恐らくヒップホップのマイケル・ジャクソンになっていただろうな」と答えていた。当時、女性だけでなく男性をも魅了していた2パックのカリスマを「女は皆奴と一緒に居たがり、男は皆あいつになりたがっていた」と回顧している。そして、シャノン氏の「パックは見た目ほどサグでもギャングスタでもなかったっていうが、本当なのか?」との問いには、「奴にはHoodの血が流れていたよ。リアルな奴だった。いい奴だった。だが、パックは簡単に影響されてしまうのが悪い所だった」と答えている。
また彼はEminem(エミネム)に関してもリリカルで研究熱心だと高く評価をしており、「彼は(ヒップホップの)偉大な生徒だ」と賛辞を贈っていた。その特徴として、当時はNY、LA、ATLなどの自身の出身都市のストリートを謳っていたり、はたまたギャングでもないのにギャングぶったり自身を過大に語っているようなラッパーが多くいる中、「デトロイト」のフッドではなく、極めて限られた8mile(8マイル)という自身の等身大のリアル「低所得者が多い白人のエリア」について語っていた点だと話していた。
インタビューを通し、素晴らしい知見と知識を披露してくれたOG。昔から現在に至るまで、まるで文化の中の風習のようになっているMC同士のビーフにも、「(MC同士の)ビーフはキャリア上良くは無いが、MCとしては良いことだと思う」と私見を述べていた。キャリア上宜しくないというのも、それが死に繋がることもあれば、ファンや周りが必要以上に熱狂したり扇動したりするからだそうだ。友人だったパックを亡くしたことも、彼に大きく影響しているのかもしれない。
レジェンドは昨今のヒップホップについての見識も問われ、「ヒップホップは死んだと言われているが、そう思うか?」という質問に対しては、「メインストリームでは強い存在感は無いが、まだ生きていると思う」と返答していた。昨今のヒップホップファンはリリックスにはフォーカスしておらず、ディスコの時代と同じくVibe(バイブス)を重視ししていると述べてた上で、反面リリックスが強い楽曲というのは力を保持し、何年も何年も誰かの心を動かすものだと述べていた。
ケイン氏の声は低く声優のように落ち着いていて、聞きとりやすく心地好い。今回のポッドキャストで知ったのだが、Kane(ケイン)は彼の本名ではなく(本名はAntonio Hardy/アントニオ・ハーディ)『Kung Fu』というテレビシリーズでDavid Carradine(デイビッド・キャラダイン)が演じたキャラクターから採用したそうだ。Big Daddyというパートは自身のライミングで多用していたので、その2つを合体させたという。
ところで、先の2パックが生きてたらヒップホップのマイケル・ジャクソンになっていた発言。読者はどう感じただろうか?ある人は「パックは亡くなったから神格化された感がある」と述べていたが、恐らくそれはエンタメの歴史を見ても間違いないだろう。早世するアーティストは俳優であれ歌手であれ神格化されやすい。だが、この(ヒップホップ)業界初期から身を置き、マイケルもパックも知っているビッグ・ダディ・ケインが語ると、その言葉の重みはひとしおだ。筆者はもしパックが生きていたら、俳優として大成功してハリウッドでWill Smith(ウィル・スミス)以上の人気と地位を得ていたと思っている。もちろん、今だからの「たられば」話だが。
まるでヒップホップの文化や歴史のお勉強会みたいだった本インタビュー。内容盛りだくさんで、ラジオ感覚で聞いていたのだが、かなり内容が濃く面白かった。もちろんインタビューで彼はJ. Cole(J・コール)、Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)やJay-Z(ジェイ・Z)など他のラッパーについても言及し称揚していた。
ビッグ・ダディ・ケイン氏の1998年の名曲『Set It Off』と、つい最近Redman(レッドマン)と共同発表した『Knock Knock ft. Black Thought, Joey Bada$$』を本記事に添付しておく。レジェンドが中堅、若手らと共演しつつ、レジェンドたる威厳と貫禄を見せつけていて、カッコイイ仕上がりだ。Long live the King!