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Reichi, XLII - 検索結果
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Reichi, XLII「Red Bull 64 Bars」| レビュー&解説
Text by HIPHOPCs編集部|
Reichi, XLIIの新曲『Red Bull 64 Bars』は、一言で言えば、ラッパーとしての技術を極限まで試すフリースタイル的な挑戦を感じさせる楽曲だ。タイトルに冠された「64 Bars」という数字が、この曲の構造とテーマを象徴しているように聴こえる。ヒップホップにおける技巧と持久力の両立を追求した一曲と言えるだろう。
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リリックから読み解くReichi, XLIIの現在地
『Red Bull 64 Bars』というトラック名には、「64 Bars」という明確な小節数が示されている。ヒップホップにおいて64小節という長さは、ラッパーの技量を測る指標として機能することが多く、フリースタイルバトルやサイファーの文脈でも頻繁に用いられる尺だ。ReichiとXLIIという二人のアーティストが名を連ねていることから、リレー形式あるいは掛け合いによる構成を想起させる。ベースラインは重心を低く保ちながらも前進するようなグルーヴを生み出しており、キックの配置が規則的でありながら緩急をつけたフロウを支えているように感じられる。声質に関しては、クリアでありながらも芯のある発声が印象的で、長尺のバースを最後まで聴かせる説得力を持っているようだ。
Red...
X 1ark × Lion melo「Crap World」レビュー|ドリルの闘犬が見せた、予想外のメロディアスな牙
Text by Rei Kmiya|2026-02-25
「クソみたいな世界」というタイトルが、Spotifyの公式プレイリストに並んだ。 だがニュースは"選ばれたこと"ではない。X 1arkが、ドリルの武器を一度置き、歌う方向へ踏み出したことだ。 『Crap World / Even god is Enemy』は、その転換点を刻む両A面シングルになっている。
https://open.spotify.com/track/5f2ft98c9imS3sXCqyJgd1
X 1ark「Crap World」はどんな曲?(一言で)
ドリルシーンから頭角を現した滋賀出身のラッパー・X 1arkが、Lion meloとのコラボでメロディアスな内省ラップに踏み込んだ転換作。「出来れば負けなんて知りたくなかった」「出来れば良い夢だけを見ていたい」——威嚇でも誇示でもなく、自分自身の弱さとの対話が核にある。2024年のソロ版を経て、2026年に再構築された両A面シングルの表題曲。
X 1arkとは何者か
X 1arkは滋賀出身のラッパー。2024年8月、HIPHOPメディア「スラムフッドスター」主催の次世代発掘オーディション「TOKYO DRILL 2」で数百名の応募者を退けて優勝した(PR TIMES)。当時17歳。「コンプレックスを武器にできるジャンルだと思った」と語り、ヘヴィでダークなドリルビートの上で自身の生い立ちをラップするスタイルで注目を集めた。
Pxrge Trxxxperとの「Dual Phantom」やEP『Evil...
【HIPHOPCs独占インタビュー】現LAの大門弥生が4SHOOTERSへ|ICE SPICE,Sexyy Redと同列に立てた理由と今後
スターになるために生まれてきた人っているんだなぁ、というのが大門弥生さんと初めて会って話をした時の筆者の印象である。本人もこの仕事以外したことが無いと言っていたように、自分の魅せ方も、表現の仕方も、恐らく全て知り尽くしている。笑顔になる度に覗く、歯のグリルズ。口調はゆっくりでも、好きな話題になるとキラリと輝く瞳が印象的で、人を惹きつける魅力に溢れている。恐らく生粋のアーティスト、とは彼女のような人を指すのだろう。
ロサンゼルス1月土曜日の昼下がり。大門さんが指定したコリアタウンのタイ料理屋で待っていると、すらりと背の高い美しい女性が、可愛い娘さんを乗せたベビーカーを押して現れた。筆者も6歳児を連れて来たので、業界でもなかなか無い、子連れ同士のインタビューが始まった。ちなみに今回は、弊社の記事でもお馴染み、自他ともに認める大門弥生ファンのCook Oliver記者も日本からリモートでインタビューに参加してくれた。後半部分の、大門ファンならではの視点で切り込んだ彼の質問にも、大注目して欲しい。
大門弥生が大門弥生を語る!
Sei:じゃあ、えっと、もうね、日本でブレイクしてヒップホップ界で知らない人はいないと思いますが、ヒップホップ若葉マークの読者さんのために簡単な自己紹介をお願いします。
大門:自己紹介。えーっと。歌を歌ってます。大門弥生です。歌とラップをしていますが、一応、シンガーソングライターです。
Sei:自分でも書いてるんですよね。
大門:はい。今は2024年からロサンゼルス在住です。
Sei:デビューは何年ですか?
大門:めちゃくちゃ遡ると、 2010年にガールズユニットでデビューしてて。rhythmicっていう今のK-POPアイドルの超初期ぐらいの時代にガールズユニットでデビューして、そっから三年ぐらいアイドルを経て、ソロに変更した感じです。
Sei:その時は歌って踊って?
大門:その時は歌って踊ってたけど、メインはダンス。で、そのもっと前は大阪のアンダーグラウンドのシーンでヒップホップダンサーをしてたんですけど。
Sei:それは何歳の時ですか?
大門:まあ、ほんと 16、17ぐらい。で、子供だったけど、大人に混じって夜のクラブでやってました(笑)
Sei:夜のクラブで (笑)。なるほど。じゃあヒップホップにハマったきっかけって、元々はダンスから入ったってことですか?
大門 : そうですね。13歳の時にリアーナがデビューで日本に来日しに来て、確か大阪の難波Hatchだったかな?1000人ぐらいのベニューなんですよ。オールスタンディングで。13歳だったんで、ちょっと身長もちっちゃいじゃないですか。一番前行ったろーと思って、他のお客さんを掻き分けて一番前に行って、くらったことから入ってます。
Sei:生リアーナを。
大門:生リアーナを。一番前で。初、生黒人を体感した経験でしたね、その時。
Sei:リアーナやはり綺麗でした?可愛かったですか?
大門:もちろんですが、私はその時リアーナのダンサーがかっこよすぎて。
Sei:あー、なるほどね。
大門:一番前のステージでダンサーに触れれるかどうか。絶対やったらあかんけど。絶対やったらあかんけどって(笑)。
Sei:(笑)すごい!なるほど。そこからじゃあヒップホップというか、ダンスにはまって。
大門:はい。
Sei:シンガーソングライターっていうことなんですが、自分で書き始めたのはいつなんですか?
大門:本格的に書き始めたのはガールズグループの活動が終わってからで、でも本当にそれより前はダンスがメインだったんで、歌詞を聞くっていうよりかは、リズムを重視に音楽を聴いてきたんですよね。なので、結構書くのはもう、右も左もわからぬままって感じでした。
Sei:当時メンターみたいな人はいなかったんですか?
大門:一人出会った人がテクノを作ってる方で。その人にビートを教えてもらったりとかしたけど、歌詞は独学です。
Sei:独学なんですね。自己流で頑張ってたんですね。あの、歌の歌詞とラップのリリックスって全然違うじゃないですか。自分のバースもご自身で書いてるんですよね。
大門:はい
『ヒールで任王立ち』後のスランプ期
Sei:ラップを始めようと思ったきっかけは?歌から?
大門:うーん。もともとヒップホップ好きだったんで。なんか歌とラップとダンスの境界線は私の中であんまりなくて。いろんな曲をやってみたかった中、『ヒールで仁王立ち』って曲。
Sei:超有名ですよね。かっこよかったし、セクシーでしたよね。
大門:ありがとうございます。あの楽曲は、SHINGO★西成さんにプロデュースしてもらって、もちろん皆さんご存知だと思いますが、大阪の大先輩ラッパーで。私が書いた歌詞を、SHINGOさんがほぼほぼ添削してくださったんです。
Sei:私あの曲めっちゃ大好きで。しかもあの、関西弁ですよね。関西弁でラップっていうのがもう斬新でしたね。大ショックでした。素晴らしいとしか言いようがなかったです。
大門:ありがとうございます。私も大好きで。本当に素晴らしい歌詞だったからこそ、SHINGOさんに書いてもらったっていうのが。次何書けるねんっていうプレッシャーがでかすぎて。
Sei:ああ、そうなっちゃいますよね。
大門:で、ちょっとライターブロック(スランプ)みたいなのにかかってしまって、すごい書くのが難しい時期があったんですけど、その『ヒールで仁王立ち』の次に『NO BRA!』って曲を出して、そんときにちょうどライターズブロックにかかってて。
Sei:あらら。
大門:その時は収録も入って、もうレコーディングで収録されるから全部書かないといけない。でもどんだけ徹夜しても、全く思い浮かばない。
Sei:完全にスランプですね。
大門:はい。というのが続いて。で、もう結構ヤケになって、収録中に書き上げたのをプロデューサーのXLIIさんに見せたら「めっちゃいいじゃん」って言ってくれて。でも私はもうあのSHINGOさんの歌詞が凄すぎたことによって、自分から出てくる歌詞がもう全部最低ぐらいに思えちゃって。プレッシャーになってたんです。
Sei:そうなんですね…。大門さんにもそんな時期があったんですね。
大門:なんで、その時はそのプロデューサーの一言で救われたっていうか。救われて楽曲になって、ありがたいことに皆に愛される曲になったんですけど。それが一番結構ライターズブロックかかったかもしれない。最初の頃ですね。
Sei:最初の頃ですか。なるほど。じゃあもうそれがやっぱラッパーとして苦労した点というか、つらかった点の一つですか?
大門:そうですね。私その時本当に自分の中ではリリックス初心者だったんで、急に大先輩のアドバイスが出てきて、自分でも書けないような表現も書かせてもらって。もしかしたら日本のシーンの皆さんが私に注目してくれ出してた時期が、一番なんか書くのが辛かった時期と合致してたかもしれないです。
Sei:逆になんかこう、アーティストで良かったなって思う瞬間とかありますか?
大門:もう全部です。結構ちっちゃい頃から音楽やってたんで、むしろこの職業しかやったことがなくて。 高校卒業でデビューしたから。 なんか本当に音楽の仕事とダンスを教える仕事しかしてないんで、他の人生をあんまり想像できないんですけど。 でもやっぱライブが一番好きです。
Sei:もうアーティストになるために生まれてきたようなもんですね。
大門:(笑)ありがとうございます。そうだと嬉しいです。今はLA在住なので、やっぱ日本にいた時みたいに毎週毎週ライブがあってファンが来てくれてっていうことが一旦なくなってるから。
Sei:うんうんうん。でもそれはそれで、なんか人生の中の違う大事な時間を過ごしてるわけじゃないですか。
大門:なんか今、次のフェーズに行くための孤独みたいな。準備みたいな感じです。
https://youtu.be/WtBAsKYDApA?si=eriGO4iLkE-WVVbE
女性ラッパーとして感じること
Sei:次のフェーズですか。なるほど。あの『ヒールで任王立ち』出ましたけど。あの強い女性像みたいな感じ。あれは自分で作ったキャラですか?それともリアルな大門さん?
大門:あれは正直、当時は憧れてた女性像だったんです。自分がなりたかった像。今は結構あれぐらいのモチベーションにはなってると思います(笑)。
Sei:(笑)ああ、そうですよね。なんかアメリカ住んでると強くなりますよね。
大門:なりますよね。あと、子供が出来て母になったのもあるし。
Sei:そっかそっか。あの、女性のつながりの質問なんですけど、日本もね、アメリカもそうなんですけど、HIPHOPって男性が強い業界じゃないですか。で、その中でも女性ラッパーって結構風当たりが強いじゃないですか。例えば男性ラッパーがエッチな歌を歌っても何にも言われないけど、女性ラッパーが歌うとなんか卑猥とかね。男性からも女性からも色々言われちゃうじゃないですか。なんかそういうことって日本にいて感じたことありますか?
大門:うん、昔はもうめっちゃありました。それこそダンサーは女の子が多かったけど、私、レゲエの界隈でもやらせてもらったんですよね。レゲエとHIPHOPは特にこの何年かは女の子がいっぱい増えてますし、自立してしっかりやってる子もめっちゃ多いけど、私がめっちゃ若い頃ってほぼいなかったんで。
Sei:そうですね。結構先駆者的な立ち位置でしたもんね。
大門:だから、うーん、なんか。差別まではいかないけど、不利に感じたりとかすることはすごくあって。だから多分...『ヒールで仁王立ち』みたいなちょっと強い像になりたかった、ていうのはめっちゃありました。
大門弥生が注目するアーティスト達
Sei:ありがとうございます。 リスペクトとか、好きなアーティストやラッパーいますか? 今注目してる方とかでもいいんですけど。
大門:注目してる人ですか?今 アメリカでやっぱアジア人として、ってなってきたらKHANTRAST っていう、中国人で移民で- ニューヨークでやってる方なんですけど。彼は移民としてアメリカに来たけど、いわゆる富裕層のリッチチャイニーズ、お金持ちのアジアンとして来たわけじゃなくて。ブロックリンで一から移民として成り上がってきたんだ、っていうのを歌詞にしてて。やっぱLAにみんな来るアーティストって、各国で成功した人が多いじゃないですか。だけど私は、やっぱりアメリカの音楽が好きで、こっちに基盤を移したくてやってきた。日本で自分が思った地位になってからアメリカに来たわけじゃなくて。(例えば他のアーティストみたいに)大勢のチームを連れて、派手にダーンってできるような感じで来たわけではなかったから。KHANTRASTの、移民の苦労とかストラグルというか……はめっちゃ共感するし。やっぱ今アメリカでもすごいK-POP が出てきてるけれど。
https://youtu.be/Hre1L9hFDvg?si=uHZeaq0QVQRjnEN_
Sei:そうですね、ここら辺(インタビューはコリアタウンで行われた)、LAにいっぱいいますもんね。韓国系アメリカ人ラッパーとかもね。
大門:その中で彼は結構、ほんと黒人のファンの方が多いぐらいと思います。それもめっちゃなんかアジア人として誇りというか。インスピレーションだし。女性だったらSAILORRは、やっぱ...彼女はベトナム系アメリカ人だけどアジアのカルチャーをしっかり出して。
https://youtu.be/st74boNsmEs?si=jMJ23RnzeUI658vb
Sei:うん、うん、うん。
大門:彼女も多分ファンベースは黒人が多いと思うんですよ。R&Bなんで。だから、ああ、このジャンルでもアジア人が出てきたんだっていう驚きと嬉しさと。
Sei:アメリカも最近はアジア系のラッパーも多いですからね。
大門:やっぱちょっと前までって考えられなかったじゃないですか。 ちょっと先輩の世代になったら、アメリカに住んでるけど日本をベースにしないといけない、ぐらいの考えの人が多かったかもしれないけど。なんか、その枠すら今もう変わってきてる先駆者が出始めてるっていうのはかなりインスピレーションや希望にもなってますし、この時代にアメリカに住めていることが本当に光栄です。
Sei:大門さんがこっちでラップをするとしたら英語ですか?日本語ですか?
大門:今結構出してない曲たちは9割英語です。
Sei:9割英語なんだ。なるほど。楽しみです。でもなんか日本語と英語を混ぜてもなんかカッコ良さそうですよね。
大門:そうですね。混ぜても面白いですね。でもやっぱ一発で聴いてアメリカ人にも分かるようなスキルは身につけたいなと思って。
Sei:なるほど。楽しみにしてます。ここからは大門さんの大ファン、HiphopCsきってのイケメンライター、日本のCook Oliver記者と繋げますね。
原点、ジャパレゲの記憶
Cook:大門弥生さんは昔、ジャパレゲのイメージがすごく強くて。自分が中学生の時代に友達の家でジャパレゲが流れてて、シャッフルで絶対I-VANさんとコラボしていた時の楽曲が流れていたのが大門さんの初めての楽曲だったの覚えています。あの頃の大門さんにとって、音楽活動はどんな位置づけでしたか?
大門:ボンボクラー!!ありがとうございます。位置づけ。音楽活動はLife、仕事。うーん。あぁ、あの時は本当にソロでデビュー、ほんとデビュー作ぐらいなんです。そのやってもらってたI-VANさんとの楽曲が。『BAD JAPANESE』って曲なんですけど。いや、もう結構がむしゃらでした。
https://youtu.be/Xr5ZbPV_7KY?si=2OB9eXmiTzWe1aPQ
Cook:がむしゃらだったんですね。次の質問です。ジャパレゲ全盛期に影響を受けたアーティスト、セレクター、サウンド、プロデューサーや(CHEHONさんとのSpicyも含めて)できれば当時の現場でのエピソードとか、大門さんのルーツなどに添えていただけるととてもありがたいです!
大門:私はめちゃくちゃジャパニーズレゲエの界隈で育ったわけではないんですけど、やっぱ大阪出身なんで、私がちっちゃい時はずっとジャパレゲが街で流れてました。一番最初の記憶は三木道三さんの『LIFETIME RESPECT』です。なんか、小学校のプールとか市民プールの時間にかかってて。めちゃくちゃ毎日流れてて、それが最初の出会いだけど、さっき言った通り、リアーナのコンサートに最初に行った時の衝撃がでかくて。その時なんかリアーナとかショーン・ポールとか、ポップのアーティストがダンスホールのインフルエンスを受けてる曲発売してるのがめっちゃ大きかったから。それは結構自分のベースかもしれない。なんかジャパレゲは自分が大人になってから完全に、その、界隈とコミュニティとして絡ませてもらえるようになって。一番尊敬してるのはMighty Crownさんです。
Cook:Mighty Crownさん。
大門:はい。みんなそうですかもしれないんですけどね。世界でバリバリやられてて。
転換点、シンガー、ラッパーの大門弥生
Cook:なるほど。 ありがとうございます。 ...


