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A$AP RockyがDrakeにディスの応酬「だからお前の女を奪った」深掘り

幾度の延期を経て、A$AP Rockyがついに新アルバム『Don‘t Be Dumb』をリリースした。前作から実に8年ぶりとなる本作は、半ばリリース自体を諦めていたリスナーも多かっただけに、想定より早く手元に届いたことへの歓喜の声が広がっている。 https://twitter.com/kurrco/status/2011810889922421094?s=61 Tim Burtonが携わったカバーアート、豪華な客演陣、そして“ついに公開された“という事実だけでも話題性は十分なのだが、それだけで終わらないのがRockyという男だ。 今回、彼はアルバム内でDrakeに対し、触れれば切れてしまいそうな程鋭いディスを放ったのである。 「だからお前の女を奪った」Drake涙目のディス連発 問題の楽曲は4曲目「STOLE YA FLOW」だ。同楽曲において、RockyはDrakeについて以下のように言及した。 「まずお前が俺のフローを盗んだんだ、だからお前の女を奪った」 この一節は、DrakeがRockyのスタイルを模倣してきたという長年の疑惑、そしてDrakeの元カノであり、現在Rockyの妻であるRihannaの存在を強く示唆している。 極めて鋭利。自分が言われたら恥ずかしくて爆発すると思う。 続けて、Drakeに浮上していた整形疑惑のある腹筋に絡めたラインを披露。この疑惑については、すでに昨年のKendrick Lamarによる「Euphoria」、そしてMetro Boominの「BBL...

2026年1月第2週|今週のヒップホップニュースを総まとめ

「物差しが壊れ、作品が戻った」──チャートの地殻変動と創作の帰還が交錯した1月第2週 HIPHOPCs Intelligence Unit|2026年1月16日更新 via @realcoleworld @asaprocky instagram 2026年1月第1週 | 今週のヒップホップニュースを総まとめ この記事でわかること YouTubeがBillboard集計から離脱(1/16施行)──チャートの"物差し"が変わる歴史的転換 J. Cole『The...

【HIPHOPCs独占インタビュー】現LAの大門弥生が4SHOOTERSへ|ICE SPICE,Sexyy Redと同列に立てた理由と今後

スターになるために生まれてきた人っているんだなぁ、というのが大門弥生さんと初めて会って話をした時の筆者の印象である。本人もこの仕事以外したことが無いと言っていたように、自分の魅せ方も、表現の仕方も、恐らく全て知り尽くしている。笑顔になる度に覗く、歯のグリルズ。口調はゆっくりでも、好きな話題になるとキラリと輝く瞳が印象的で、人を惹きつける魅力に溢れている。恐らく生粋のアーティスト、とは彼女のような人を指すのだろう。 ロサンゼルス1月土曜日の昼下がり。大門さんが指定したコリアタウンのタイ料理屋で待っていると、すらりと背の高い美しい女性が、可愛い娘さんを乗せたベビーカーを押して現れた。筆者も6歳児を連れて来たので、業界でもなかなか無い、子連れ同士のインタビューが始まった。ちなみに今回は、弊社の記事でもお馴染み、自他ともに認める大門弥生ファンのCook Oliver記者も日本からリモートでインタビューに参加してくれた。後半部分の、大門ファンならではの視点で切り込んだ彼の質問にも、大注目して欲しい。 大門弥生が大門弥生を語る! Sei:じゃあ、えっと、もうね、日本でブレイクしてヒップホップ界で知らない人はいないと思いますが、ヒップホップ若葉マークの読者さんのために簡単な自己紹介をお願いします。 大門:自己紹介。えーっと。歌を歌ってます。大門弥生です。歌とラップをしていますが、一応、シンガーソングライターです。 Sei:自分でも書いてるんですよね。 大門:はい。今は2024年からロサンゼルス在住です。 Sei:デビューは何年ですか? 大門:めちゃくちゃ遡ると、 2010年にガールズユニットでデビューしてて。rhythmicっていう今のK-POPアイドルの超初期ぐらいの時代にガールズユニットでデビューして、そっから三年ぐらいアイドルを経て、ソロに変更した感じです。 Sei:その時は歌って踊って? 大門:その時は歌って踊ってたけど、メインはダンス。で、そのもっと前は大阪のアンダーグラウンドのシーンでヒップホップダンサーをしてたんですけど。 Sei:それは何歳の時ですか? 大門:まあ、ほんと 16、17ぐらい。で、子供だったけど、大人に混じって夜のクラブでやってました(笑) Sei:夜のクラブで (笑)。なるほど。じゃあヒップホップにハマったきっかけって、元々はダンスから入ったってことですか? 大門 : そうですね。13歳の時にリアーナがデビューで日本に来日しに来て、確か大阪の難波Hatchだったかな?1000人ぐらいのベニューなんですよ。オールスタンディングで。13歳だったんで、ちょっと身長もちっちゃいじゃないですか。一番前行ったろーと思って、他のお客さんを掻き分けて一番前に行って、くらったことから入ってます。 Sei:生リアーナを。 大門:生リアーナを。一番前で。初、生黒人を体感した経験でしたね、その時。 Sei:リアーナやはり綺麗でした?可愛かったですか? 大門:もちろんですが、私はその時リアーナのダンサーがかっこよすぎて。 Sei:あー、なるほどね。 大門:一番前のステージでダンサーに触れれるかどうか。絶対やったらあかんけど。絶対やったらあかんけどって(笑)。 Sei:(笑)すごい!なるほど。そこからじゃあヒップホップというか、ダンスにはまって。 大門:はい。 Sei:シンガーソングライターっていうことなんですが、自分で書き始めたのはいつなんですか? 大門:本格的に書き始めたのはガールズグループの活動が終わってからで、でも本当にそれより前はダンスがメインだったんで、歌詞を聞くっていうよりかは、リズムを重視に音楽を聴いてきたんですよね。なので、結構書くのはもう、右も左もわからぬままって感じでした。 Sei:当時メンターみたいな人はいなかったんですか? 大門:一人出会った人がテクノを作ってる方で。その人にビートを教えてもらったりとかしたけど、歌詞は独学です。 Sei:独学なんですね。自己流で頑張ってたんですね。あの、歌の歌詞とラップのリリックスって全然違うじゃないですか。自分のバースもご自身で書いてるんですよね。 大門:はい 『ヒールで任王立ち』後のスランプ期 Sei:ラップを始めようと思ったきっかけは?歌から? 大門:うーん。もともとヒップホップ好きだったんで。なんか歌とラップとダンスの境界線は私の中であんまりなくて。いろんな曲をやってみたかった中、『ヒールで仁王立ち』って曲。 Sei:超有名ですよね。かっこよかったし、セクシーでしたよね。 大門:ありがとうございます。あの楽曲は、SHINGO★西成さんにプロデュースしてもらって、もちろん皆さんご存知だと思いますが、大阪の大先輩ラッパーで。私が書いた歌詞を、SHINGOさんがほぼほぼ添削してくださったんです。 Sei:私あの曲めっちゃ大好きで。しかもあの、関西弁ですよね。関西弁でラップっていうのがもう斬新でしたね。大ショックでした。素晴らしいとしか言いようがなかったです。 大門:ありがとうございます。私も大好きで。本当に素晴らしい歌詞だったからこそ、SHINGOさんに書いてもらったっていうのが。次何書けるねんっていうプレッシャーがでかすぎて。 Sei:ああ、そうなっちゃいますよね。 大門:で、ちょっとライターブロック(スランプ)みたいなのにかかってしまって、すごい書くのが難しい時期があったんですけど、その『ヒールで仁王立ち』の次に『NO BRA!』って曲を出して、そんときにちょうどライターズブロックにかかってて。 Sei:あらら。 大門:その時は収録も入って、もうレコーディングで収録されるから全部書かないといけない。でもどんだけ徹夜しても、全く思い浮かばない。 Sei:完全にスランプですね。 大門:はい。というのが続いて。で、もう結構ヤケになって、収録中に書き上げたのをプロデューサーのXLIIさんに見せたら「めっちゃいいじゃん」って言ってくれて。でも私はもうあのSHINGOさんの歌詞が凄すぎたことによって、自分から出てくる歌詞がもう全部最低ぐらいに思えちゃって。プレッシャーになってたんです。 Sei:そうなんですね…。大門さんにもそんな時期があったんですね。 大門:なんで、その時はそのプロデューサーの一言で救われたっていうか。救われて楽曲になって、ありがたいことに皆に愛される曲になったんですけど。それが一番結構ライターズブロックかかったかもしれない。最初の頃ですね。 Sei:最初の頃ですか。なるほど。じゃあもうそれがやっぱラッパーとして苦労した点というか、つらかった点の一つですか? 大門:そうですね。私その時本当に自分の中ではリリックス初心者だったんで、急に大先輩のアドバイスが出てきて、自分でも書けないような表現も書かせてもらって。もしかしたら日本のシーンの皆さんが私に注目してくれ出してた時期が、一番なんか書くのが辛かった時期と合致してたかもしれないです。 Sei:逆になんかこう、アーティストで良かったなって思う瞬間とかありますか? 大門:もう全部です。結構ちっちゃい頃から音楽やってたんで、むしろこの職業しかやったことがなくて。 高校卒業でデビューしたから。...
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50セントがリル・ダークを支持、敏腕弁護士のサポートで逆転なるか

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50セントがリル・ダークを支持、敏腕弁護士のサポートで逆転なるか
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シカゴ出身のラッパー、リル・ダークが殺人請負疑惑で収監され、終身刑若しくは死刑の窮地に立たされている中、50セントが彼の無罪を支持するコメントを発表した。ダークが著名な弁護士ドリュー・フィンドリングを雇用したことで、状況が好転する可能性があると見られている。

ドリュー・フィンドリングとは?敏腕弁護士の経歴

11月14日、50セントは自身のInstagramでフィンドリングの写真を投稿。フィンドリングはこれまでにカーディ・Bやリル・ベイビー、ダベイビーといった人気アーティストを法廷で弁護し、数々の成功を収めてきた人物である。この投稿で50セントは、
「リル・ダークは敏腕弁護士を味方につけた。検察が完璧に証拠を揃えていなければ、彼は再び自由になるだろう」
とコメントしている。

https://www.instagram.com/p/DCX7TvHPlnJ/?utm_source=ig_web_copy_link

リル・ダークがフィンドリングを新たに雇用した事実は、同日にロサンゼルス連邦裁判所で行われた彼の出廷にて明らかになった。この場で彼は、起訴された複数の罪状について無罪を主張している。

保釈審問の行方に注目

次回の拘留審問は12月12日に予定されており、保釈が認められるかどうかが決定される。しかし、検察は強く保釈に反対しており、ダークにとっては依然として厳しい状況が続いている。

補充起訴で罪状が増加

当初、リル・ダークはライバルラッパーのクアンド・ロンドのいとこを標的とした殺人請負の共謀罪で起訴されていた。しかし、11月7日に提出された補充起訴状では、以下の新たな罪状が加えられた。
1. 州間通信手段を利用した殺人請負による殺人
2. 暴力犯罪に関連する銃器および機関銃の使用、携行、発砲

これにより事件はさらに複雑化し、検察と弁護側の攻防が激化することが予想される。

50セントとリル・ダークの過去のエピソード

50セントは、リル・ダークが逮捕される以前から彼に助言を与えていたことを明かしている。朝の人気ラジオ番組『The Breakfast Club』でのインタビューでは、50セントがニューヨークでの音楽制作中に「お前の仲間には注意しろ」と忠告したと語っている。

その際、ダークは2021年に発生した自宅襲撃事件に言及し、「誰が俺の住所を知っているんだ?誰にも教えていないはずなのに」と疑念を抱いていたという。この事件をきっかけに、ダークの仲間であるOTF(Only The Family)の誰かが内通者として関与しているのではないかという噂が広まったが、現在のところその証拠はない。

今後の展開に期待

ドリュー・フィンドリングの手腕と50セントの後押しを得たリル・ダークが、この窮地を乗り越えることができるのか、注目が集まっている。12月12日の審問を皮切りに、法廷での攻防が大きな山場を迎えることになるだろう。

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